水音の乙女   作:RightWorld

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2020/01/04
体裁修正しました。





第25話:名物主計中尉、帰国を決意する

 

 

天音たちは翌日からも似たような訓練を演習海域を広げてやったり、停止潜行中の蛟龍(こうりゅう)から次第に離れつつ見失う距離を測ったり、潜行深度による探査の違いを確かめたりと、天音は自分の能力把握に多忙であった。漁で使うのとは全く違う、はるかに多様な使い方を求められた。

だがもともとの潜在能力に加えて、微妙なさじ加減から、いろんな状況下におけるアイデアを豊富に持っていた天音は、まるで地上を見ているかのごとく水面下の様子を見通した。しかし代償として、能力開発中の天音は魔力消費が激しいようで、とうとう零式水偵で次の捜索海域へ移動する僅かな時間でさえも爆睡する術を身につけてしまった。

 

「移動中の海上監視も重要な偵察員の仕事なんだがなあ」

「それじゃ、わたしが代わりにやるよ~」

 

もっぱら機銃構えて警戒するばかりの勝田が請け負おうとするが、

 

≪移動の時は勝田さんが上空警戒。海上はわたしが見ますよ≫

 

優奈が割って入った。

 

「偵察任務は普通単機で行動するから、いつもこうやって編隊組むとは限らないぞ」

 

≪そこはわたし達、潜水型ネウロイを捜索するっていう新たな戦術を開発してるんですから、”編隊飛行でやる必要があります”って押し切っちゃいましょうよ≫

 

並走して飛ぶ優奈は親指を立ててウインクする。勢いのある性格は、海軍に入ってからもますます磨きがかかっていた。

 

 

 

 

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シンガポールのセレター空軍基地に、再びブリタニアの輸送機が次々と着陸した。今回の積み荷もまたもや本国からの新型ソナー。今度のは扶桑とリベリオン向けのだった。

 

「シンガポール用の荷物は急いで降ろせ!」

「扶桑とフィリピン行きの輸送機は燃料補給!」

 

輸送機の周りで慌しく駆け回る基地要員達。

そんなブリタニア輸送機の1機から降りてきたのは、扶桑皇国陸軍の制服を着た男だった。胸章から察するに、陸軍経理部の者のようだ。

 

彼の目の前を、輸送機の護衛についていたブリタニアのウィッチが降りてきた。

 

『グラディエーターか。極東の植民地軍は貧弱な装備しかないと聞いてはいたが、こんなので最近暴れまわっているという潜水型ネウロイに対抗できるのかな?』

 

地中海方面でも見なくなって久しい古い機体に目を細めると、そのストライカーの重そうなランドセル型魔導エンジンを下ろし終えた小さな浅黒いウィッチに歩み寄った。

 

「護衛ご苦労だった。よかったらこれでも食べて鋭気を養ってくれ」

 

扶桑から来ていた慰問袋に入っていた牛酪飴を袋ごと手渡した。

 

「扶桑のキャンディーだ」

 

シィーニーはぱあっと小さな子供のような笑顔を返した。

 

「わあっ! ありがとうございます! ……えっと、中尉殿。うちの大尉とはえらい違いです!」

 

純朴そうな屈託ない笑みに似合わない皮肉の混じった返事に、『植民地兵として苦労してるんだろうな』と同情を目の縁に滲ませて、扶桑陸軍の中尉は手をひらひらと振って滑走路を後にした。

 

彼はそこでチャンギ港へ行く車を見つけて同乗すると、扶桑海軍のシンガポール根拠地隊へと向かった。

 

チャンギ港には、先のSG01船団の生き残りが修理の順番待ちをしているところで、艦首に魚雷を受けた海防艦がくちゃくちゃになった姿を晒していた。

 

「酷い有り様だな……」

 

痛々しい艦を見ていた陸軍士官に、海軍の者が声を掛けた。

 

「アフリカ砂隊の金子主計中尉ですか?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

チャンギ港の一部を桟橋ごと借り受けて陣取っている扶桑海軍の南西方面艦隊シンガポール根拠地隊。その営舎の廊下を案内の下士官と共に歩くのは、北アフリカ ストームウィッチーズの名物補給担当、“ハナG”こと金子主計中尉であった。

扶桑からの補給が途絶えることをいち早く察知した彼は、既にだいぶ前からあちこちで物資の調達を開始していた。ストームウィッチーズ隊長の加東圭子大尉が率先してカールスラントと機材武器の共通化を進めていたこともあり、武器弾薬の目処は結構早く付いたが、どうしても足りないのは扶桑の食材類。

 

通された根拠地隊の経理部の一角に設えた応接セットに腰を下ろすと、金子主計中尉は海軍側の主計中尉に一通りの挨拶をして、どこから貰ったのか扶桑海軍地中海派遣艦隊からの「協力してやってほしい」というような紹介状を添えて、中東産のナツメヤシを手渡した。

 

「輸送船団、ひどい有り様でしたな」

「お恥ずかしい限りで。いいようにやられてしまいました」

「心中お察しします。潜水型ネウロイがいかにやっかいなのか知ることができました。シンガポールから西への航路は大丈夫なのですか?」

「ええ。今のところインド洋には現れてませんね」

「インド洋にも現れたら、シンガポールは孤立してしまいますな」

「まったく。そうなる前にブリタニア人は全員本国へ引き揚げるというような噂も一時期出てたほどで。シンガポール基地司令のスミス大佐が必死に各基地を回って噂の払拭に努めてましたよ」

「まだブリタニアはシンガポールを捨てる気はないようですな」

 

金子中尉は出されていた麦茶を一口飲んだ。そして本題を切り出した。

 

「……ところで、アフリカの扶桑部隊向けにいくつか食糧の補給をしたいのですが」

「可能な限り力になります」

「ありがたい。では味噌醤油は都合つきますか?」

 

海軍の主計中尉はため息交じりの表情になった。

 

「ああ……味噌醤油ですか。……残念ですが扶桑からの物はもう余分な分がないのです。米ももうなくなってきていて、シャムロ米やビルマ米といった長粒米でがまんしている有様です。でも味や匂いが違うしパサついているから、握り飯もうまくできなくて困ってるんです。焼き飯なんかは旨いんですがね」

 

金子中尉は少なからず落胆した。

 

「そうでしたか。これはご無理を言って申し訳なかった」

「お力になれず残念です」

 

『シンガポールにも既に在庫はないか。これは扶桑まで行かねばならんな』

 

金子主計中尉は覚悟を新たにすると、砂糖とコーヒー豆の手配だけ済ませて、急ぎセレター空軍基地に戻った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

セレター空軍基地では、ブリタニアの輸送機隊が飛び立つ直前だった。

セキュリティのチェックをパスした金子中尉は滑走路脇に立って飛行場を見渡すと、エンジンを回し始めている輸送機に向かって駆け出した。

 

途中、グラディエーターが発進の準備をしているのが見えた。あの植民地兵のウィッチが手を振った。どうやらまた途中まで護衛してくれるようだ。

 

「あ、中尉殿~! 先程は美味しいのありがとうございましたー」

 

とたんに横にいたブリタニア人らしい士官に頭を小突かれた。何貰ったんだ、と詰問されているように見える。

やっぱり苦労しておるようだ。

だがすまん、今は構ってやる暇がない。

シィーニーへの返事もそこそこに、部下に指示を出していた輸送機隊の隊長へ駆け寄った。

 

「はあはあはあ、ふ、扶桑行きの輸送機に、また便乗させて頂けますか?」

「おや中尉。また乗りなさるか。……荷物の木箱の横に一人分くらい空きはあると思うよ。そうだなぁ……」

 

どの飛行機に乗せようかと選別しているところに金子中尉はごそごそとザックを漁った。

 

「申し訳ない。またよろしく頼みます」

 

そう言って金子中尉はビルマ産の葉巻を一箱差し出した。

急に穏やかな顔に変わった輸送機隊隊長。

 

「そうそう、2番機の補助席が引き出せるんじゃないかな? 私のクッションを貸してあげよう」

 

“ハナG”こと金子主計中尉は敬礼して感謝を告げると、後ろを向くなり

 

『くそ、シンガポールでは時間がなくて袖の下に入れるものの補給が出来んかった』

 

と悪態をついた。

 

 

 

 

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ここはサントロン。再結成した501JFWの基地。

 

隊長のミーナの執務室には、ロマーニャの504JFWから電話が来ていた。電話の先はそこの戦闘隊長を務めている扶桑のウィッチ、竹井醇子大尉だった。

用事の相手は501JFWで今では名誉戦闘隊長となっている坂本美緒少佐。サルベージした大和の指揮を執ったり、501に寄ればそこで訓練教官をしたり、たまに零式水観や零戦でウィッチと一緒に飛んで戦闘指揮を執ったりと、魔法力の有無関係なく相変わらず多忙な人である。

今はちょうど午後の訓練が終わったところで、隊員達とともに着替えか、あるいは汗を流しにシャワーを浴びに行ってしまっている。伝令によると、すぐこっちへ向かうとのことなので、しばし隊長のミーナ中佐と竹井大尉で他愛のない話をして時間をつぶしていた。リバウの貴婦人とも言われた竹井大尉だが、見かけだけではなく、欧州にいるうちに本当に貴婦人らしさも身に付け、結構ミーナとも話が合うようだ。

 

執務室のドアがノックされ、坂本少佐が入ってきた。こちらは欧州に渡ってから竹を割ったような性格が板に付き、昔を知るものでさえももはやかつての泣き虫を想像するのは難しい。まあそれは竹井大尉も同じだ。

 

「すまんすまん。ちょっと着替えをしていた。早くここにも風呂を備え付けないとだな。はっはっは」

「美緒、ここにも扶桑風の風呂を作るつもり?」

「当たり前だ。隊員の交流と保養には風呂が一番だと前から言ってるじゃないか」

「まったく扶桑の魔女は……」

 

≪お風呂なら私も同意見よ≫

 

はるかロマーニャからも坂本を肯定する声がきた。

 

「そう言えばそっちもお風呂作ったんでしたっけ」

 

≪扶桑から本職の職人呼んでね。赤ズボン隊にもフェデリカ隊長にも好評よ≫

 

「ロマーニャの魔女もどうかしてるわ。はい美緒」

 

いまだ大浴場に理解が及ばない、と言うか認めたくないらしいミーナが、坂本に受話器を手渡した。

 

「待たせたな醇子」

 

≪相変わらず忙しそうね。ところでこの間はナイトウィッチを使った実験ありがとう≫

 

「構わんさ。今うちにはハイデマリー少佐とサーニャの2人もナイトウィッチを抱えてるからな。言っとくが欲しくてもやらんぞ。こっちは夜襲撃してくるネウロイがすごく多くて、夜間出撃も日常茶飯事なんだ」

 

≪残念ね。おかげでうちは夜間哨戒持ち回りだから大変よ。ところで本題だけど≫

 

「うむ」

 

≪横川教官から速報のレポートを貰ったわ。正式なのが届くのはまだ暫くかかるでしょうから、先に伝えておきたかったの≫

 

「水中探信が出来るウィッチのことだな?」

 

≪ええ。一崎天音一等飛行兵曹よ≫

 

 

 





予告してましたスト魔女オリジナルからの出演者は、ケイズ・リポートの”ハナG”金子主計中尉でした。
それどころかちょっと予定より先まで書いて501、504の人まで登場。天音ちゃんが活躍してくれないと、この人達も困ってしまうのです。
なお本作の時期は前にも書きましたが、1945年末、スト魔女劇場版の少し後になるということで、基地はサントロン、ハイデマリーさんも501にいる、という設定です。
ナイトウィッチを使った実験とは、14話にあったナイトウィッチの探知系魔法が水中を調べられるか試したという話のことです。
次回はいよいよスト魔女の主人公も登場させちゃいます。


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