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2020/01/04
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漁船から5キロ地点にまで戻った卜部機は水上に着水した。
ゆっくり揺れる零式水偵のフロートの上に腰掛けた天音は尻尾を水中に放した。
「もう葉山さんの船は攻撃されまくっちゃって、わたし達の護衛任務は失敗なんですよね?」
天音はシュンとした顔を卜部に向ける。
輸送作戦成功の切り札として期待されて海軍に入隊したっていうのに、実戦形式の演習に挑んでみればまるで駄目じゃん。こんなじゃ、もっと巨大で無慈悲な本物のネウロイなんか相手にできるわけない。世界を救うどころか、葉山さんの乗る船も守れない。
「そう情けない顔するな。私らが護衛しているのは船団だ。数隻沈んだかもしれないが、まだ残っている船もあると思った方がいい。それに潜水艇側もまだ攻撃を繰り返えそうとしている。生き残った船を最後まで守るのも仕事だぞ」
操縦席の卜部はそれほど気落ちした様子も見せず天音を励ます。
後席で旋回機銃を空に向けて警戒している勝田もだ。
「天音はきちんと仕事できてると思うよ~? 今日だって天音を責める人はいないよ。卜部さんはちぃっと怒られるかもしれないけど」
「うへっ、やっぱり?」
「怒られるのは士官さん達に任せて、天音は自分のできることを精一杯やること。それに何か思うことがあったら遠慮なく言いなよ。僕らはウィッチ隊だからね」
「は、はい。ありがとうございます」
「おーい、勝田もベテランなんだから、士官さんに任せてなんて言ってられないからな」
「げっ」
「それじゃ天音、漁船の周りの捜索、頼むぞ」
深呼吸して気を取り直すと、天音は水中に漂う尻尾に魔力を注ぎ込んだ。魔導針の輪が点滅をやめ光を増す。漁船の周囲に沢山潜んでいるらしいと聞いていたので、広域探査波だけでなく、旗艦方向に指向性の高い波も放ってみることにした。
ぱひーん……ん……ん
真っ先に見つけたのは、広域探査波によって自分のすぐ近くにいた潜水艇だ。
「うわわわ! 右舷50度、距離600m、深度20mに潜水艇! 速度3ノット!」
≪それ、さっきわたしが攻撃した6号艇かなあ≫
優奈が返信した。
「旗艦に脅威はない。そいつは無視だ」
卜部が旗艦の方に集中させる。
続いて旗艦の周辺に放った探信波が返ってきた。3隻いる。
「こちらウミネコ、3隻を探知」
天音はその中で1隻だけ気配の違うのを感じ取った。
「旗艦正面、約1000mに1隻! 深度20m、ほとんど停止状態!」
≪他は? 見えたもの全部報告して≫
「葉山さん! これ、先に攻撃してください。頭をそっちに向けてます、今にも撃ちそうな感じです!」
≪? ……判った! カツオドリ、攻撃せよ。ウミネコ、詳細な攻撃諸元を≫
「旗艦前方右舷4度、距離987m、深度20m。海流に乗って漂ってるだけです!」
≪カツオドリ、了解。攻撃に入る≫
≪カツオドリ、任せたぞ。ウミネコ、他の探知を報告して≫
天音はふうっと一息深呼吸した。そして次の目標に集中した。
「続いて旗艦右舷50度に1隻。距離1800m、深度15m、速度16ノットで遠ざかってます」
≪他には?≫
「もう1隻、旗艦左舷250度、距離2100m、速度10ノットから減速中。深度……浮上しようとしてると思います」
◇◇◇
葉山は潜水艇がいると教えられた方角をそれぞれ見渡した。
勿論、海上からは何も伺えない。
『やはり一崎はすごい。あの見えない敵への不安がどうだ、来たとたんに一掃されてしまった。それどころか、潜水艇側からしたら、発見されたことを知らないかもしれないんだ。形勢がまったく逆転してしまった。それになんだ、止まっている潜水艇の向きまでわかるのか? 水中探信儀じゃ考えられんことまでやってくれる』
正面で千里が潜水艇に爆雷攻撃しているのが見えた。
◇◇◇
3番目に報告された旗艦左舷250度の探知の上空に優奈が到着した。
黒い影が上がってきて、やがて潜水艇が浮上した。
「こちらキョクアジサシ。旗艦8時方向の潜水艇浮上を確認」
≪10号艇だ。電池切れにより浮上した。演習目標から外してくれ……っと、もう見つかってたみたいだな≫
10号艇艇長は、もう既に上空にいた優奈を見上げて、眩しい日差しを遮るため帽子をずらした。
≪キョクアジサシ、旗艦右舷50度の潜水艇を攻撃せよ。速度速いから破裂音聞こえんかもしれないぞ。そいつの進路前方に2、3発投弾してやれ≫
「了解」
優奈は漁船の上空まで戻り、右に変針すると、袋から1番2号爆弾を2発取り出して両手に持った。
「ウミネコ、正確な距離を教えて」
≪今、旗艦から1782.5m≫
「うわー、1m以下の数値出てきたー」
≪毎秒8mちょっとずつ離れていってる≫
「ええ?! えーと、えーと、命中させるには……」
≪当てるな、バカモン≫
葉山少尉に怒られた。
「そ、そうでした。えーと……」
≪2000mの地点に投弾すれば潜水艇の前方50mくらいになる。もうすぐ投下しないと≫
攻撃の終わった千里からアドバイスが届いた。横川少佐に教えられて、今427空で最も正確な攻撃をする人だ。既に千里が攻撃した潜水艇は負けを認めて浮上している。
「と、投下!」
優奈は僅かに間隔を空けて2発を投下した。
小さな水柱が2本立ち上った。
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霞ヶ浦の基地に戻った葉山少尉と天音達427空メンバー、そして潜水艇艇長達が集まって演習評価が行われた。
「やられたね」
8号艇単独を相手に練習して自信をつけつつあった天音達であったが、何度も漁船が攻撃されたとあってかなり気を落としていた。特に指揮を取った葉山少尉に至っては悔しさもあって、目を赤くしていた。
「潜水艇側も人命を考えたら取れないような戦術だったが、ネウロイなら有りだろ」
「葉山君。一崎一飛曹を護衛対象から離しちゃったのは失敗だったね」
葉山少尉は演習前、田所司令に大見得きっていただけに相当堪えていた。2、3回天国に召された田所中佐も穏やかでなかったが、潜水艇艇長達は希望は明るいと励ました。
「しかし、いい経験だったと思うぞ少尉。この教訓は必ず生きる。本番前に対策できるんだ。それに君の手持ちの駒はいずれも優秀だというのも証明できたしな」
「ああ。正しい位置に配置すれば守りでも攻撃でも間違いなく主導権を取れる」
「最後の狩は見事だったじゃないか」
「うむ。俺は潜望鏡も使わず、音だけで攻撃してやろうと息を潜めて波間に漂って針路上で待ってたんだが、一崎一飛曹には通用しなかった」
天音が「今にも撃ちそうだ」と言った潜水艇だ。無音潜航は潜水艦の取れる最も効果的な戦術だが、天音の前では存在を消すことはできなかったようだ。
「結局、私次第ってことですね……」
葉山が呟くように言うと、潜水艇艇長達が肩をたたいて励ます。
「同じ間違いはもうしないよなあ。葉山少尉」
「卜部少尉もだぞ。君はもっと葉山君をサポートしないといけない」
「そうだ。士官学校出たての葉山君と違って、君らはもう10年近く戦っているんだからな」
14、5才でウィッチになった卜部と勝田は、既にそれくらいのキャリアを積んでいるベテランなのであった。
「はっ! もし再試合することがあれば、次はやられません!」
「まったく、威勢だけはいいな。……ではこれで解散とする。ご苦労であった。各艇、各隊の戦闘詳報は明日午前中にそれぞれの上位所属部隊へ提出のこと」
田所司令が憮然とした顔で閉会した。
427空のメンバーを残して、会議室からみんな退出していった。
残った427空の面々はお通夜のような雰囲気だった。
「ごめんね、気が利かなくて、葉山少尉」
しょんぼりした葉山に勝田が近付いた。
「わたし達も何か直すところあったら言ってください」
優奈が天音と千里を引き連れて葉山に寄る。
「あー、私もあまり深く考えずに行動して悪かった。ただこう……ウィッチは感覚を大切にすることも重要で……」
「卜部さんはもうウィッチじゃないじゃんかー」
「な、なにを言う勝田。お前も私も完全に魔法力が消失したわけじゃない。まだあの野生の勘みたいなのは……」
「はいはい。いずれなくなる力に頼らないこと。それがウィッチ卒業後も軍隊に残るものの鉄則でしょ。だいたい卜部さんの勘は現役ウィッチの時から全く当てにならなかったから」
「はうっ!!」
二人のやり取りを見て葉山少尉は少し顔をほころばせた。
「すまない皆。気を使わせてしまって」
卜部少尉はともかく、新人を含む他の下士官メンバーまでもが、上官である葉山に本当に親身になって心配してくれていることが少し意外でもあり、少し後ろめたさもあった。
それに気付いた勝田。
「葉山少尉。ボクらはウィッチ隊だよ。軍隊という序列や規律も大切だけど、それ以上に、みんなの総合力をいかに引き出せる環境を作れるかもウィッチ隊には重要なんだ」
卜部が、いいことを言う、と勝田へ親指をぐいっと突き立てた。
「その通り! 隊によってそのカラーはまちまちだけど、一崎と葉山少尉を新たに加えた、新しい427空のカラーを作っていこう!」
葉山も顔を上げた。
「そうだな。ありがとう」
そして卜部はニヤリと笑った。
「思うに……、私らはもっと打ち解けあう必要があると思うんだが。よし、今日から葉山少尉も下士官食堂で私らと夕飯だ! それから風呂も一緒に入るぞ!」
それがベテランの答えかというようなことを言う卜部に、勝田に優奈、千里までもが眉間に皺を寄せて顎をカックンと落とした。
「な、馴れ合えばいいってもんじゃないと思うが」
「ウィッチの世界はまた違うんだって!」
「わ、私はウィッチじゃない」
「いいのいいの。おっし、筑波一飛曹、一崎一飛曹、先行って浴室を確保せよ!」
「はー……。了解~」
「え?! りょ、了解……?」
実戦形式の演習は百戦錬磨の潜水艇たちにしてやられてしまった第427航空隊でありました。
すぶの素人の天音ちゃんを半月で実戦に投入しようというのですから、これくらいの挫折は味わっておかないと。
でも決してその実力が否定されたわけでありません。いやむしろ認められたのです。隊のメンバーの結束も固め、来るネウロイとの戦いに向けあともう少し、訓練は続きます。