水音の乙女   作:RightWorld

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第1章最後のお話となります。

2020/01/11
体裁修正しました。






第45話:そのころマレー半島

 

 

欧州各地では、小雪のちらつく中、森からモミの木を伐り出してこれから飾り付けられる姿を想像しつつ、真っ白い息を吐く馬と一緒にその木を運ぶ姿が見られた。

 

 

 

 

一方、1年じゅう暖かな赤道近くのシンガポール。

そこのセレター空軍基地の格納庫にも何かが飾り付けられていた。

ジャングルから引っこ抜かれたパパイヤの木。装飾は鈴なりのパパイヤの実に、特に目立つのはマレーを代表する花、真っ赤なハイビスカス。

 

「何のつもりだ? シィーニー軍曹」

 

インドネシア人の整備兵に梯子を押さえてもらい、大きなハイビスカスの花を手にどこに付けようか梯子の上で思案するマレー人植民地兵のシィーニーへ、ブリタニア空軍のバーン大尉が真冬のロンドンの空気をそのまま持ってきたような雰囲気をまとって質問した。

 

「クリスマスツリーです! 祖国から見放されて帰れないブリタニアの皆さんに、少しでも元気になって貰おうと思って!」

 

奇妙な見映えに加え、一言多いシィーニーのコメントに、テムズ川の霧で湿気たようなバーン大尉でさえも火が点いた。

 

「ぜっんぜん違う! クリスマスツリーがどんなのか知らないだろ。そもそも寒冷地で育つ木、モミの木を飾り付けるもんだし、だいたい飾り付け自体にセンスも何も……、なんだこりゃ!」

「ええー?!」

「クリスマスツリー見たけりゃリベリオンの基地行ってこい! あそこは金に糸目つけないから本物のツリーから七面鳥まで、何でも揃ってる!」

 

最前線兵士にまで七面鳥が行き届く驚異のリベリオンの兵站ロジックは、別の平行世界でUSAと言われていた国を見れば分かる。後方基地なら尚更朝飯前だ。

シィーニーは立ち上がるとピッと敬礼した。

 

「分かりました! シィーニー軍曹、リベリオン基地に偵察飛行してきます! さっそくバーン大尉、出撃命令を」

「誰がするか」

 

そのとき、ウーウーと警報が響き渡った。

 

≪地上監視哨よりスタッキングネウロイ3機出現。ケママン川に沿って東へ移動中。迎撃要請あり≫

 

バーン大尉がいつもの皮肉ったような笑いを見せた。

 

「シィーニー軍曹、お望みの出撃だ。ボーファイターの発進準備!」

「げー!」

 

バーン大尉はひっひっひと笑いながら管制塔へ走っていった。

 

 

 

 

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グオオオオオと重厚な音を響かせて、南国の明るい水色の空を飛ぶ黒い夜間戦闘脚、ブリスター・ボーファイター。

 

「バーン大尉、お願いですから、今度明るい白っぽい色に塗り替えてください。かえって目立ちますよ」

 

≪ネウロイは目視識別しているかどうかも分かっていない。もしかすると奴等の目には黒い物は味方に見えてるかもしれんぞ 。こんどハニカム模様も入れてみるか≫

 

「すみません、本当のこと言います。黒い機体は熱を吸収しちゃって暑くてたまりません! 火傷する前に塗り替えていただく事を希望します!」

 

≪ペンキと相談する≫

 

『ハニカム模様入れるペンキはあるんだ』

 

よっぽど嫌味言ってみようかと思ったが、立場の弱い植民地兵は口を尖らして見えない抗議をすることしかできなかった。

 

「あ、前方にスタッキングネウロイ発見! 事前情報通り3機。迎撃ポイントはいつもの辺りです」

 

≪よろしい。いつも通り輸送機部分を優先して攻撃せよ≫

 

「了解! 行きます!」

 

エンジン回転を上げると、速度を上げて高度を落とし、ネウロイへ向け突進した。

 

スタッキングネウロイは、上部に小さな羽の生えた輸送型、下部につるりとした涙滴形の潜水型ネウロイが合体したものだ。輸送型は潜水型を海まで輸送し、潜水型を海に投棄して巣に戻っていく。輸送状態だと飛行速度は時速60キロほどで、潜水型投棄後は時速200キロまで上がる。

輸送ネウロイは、長さ50mほど。武装は左右側面に連装機銃が6基ずつ、上部と下部に1基ずつビーム砲が付いているが、下に潜水型ネウロイをぶら下げている状態だと下部のビーム砲は撃てなくなる。

下にぶら下がる潜水型ネウロイは全長90mと130mの2タイプがあり、輸送中はまったくの無抵抗で反撃はしてこない。表面装甲はかなり硬く、グラディエーターの7.7ミリ機銃やグラディエーター Mk.Ⅱ状態での12.7ミリ機銃で攻撃してもまったく効かない。ボーファイターの20ミリ機関砲だと少しは装甲を削れるが、自己修復が早く、コアを露出させるまでには至らない。

下部ビーム砲が撃てず、動作の鈍い輸送状態を襲うのがスタッキングネウロイ攻撃では最も有効だった。

スタッキングネウロイはこのところ1日おきに現れており、シィーニーは既に7機の輸送ネウロイを撃墜し、その攻略方法は確立できていた。

 

シィーニーは隣の山の稜線に隠れるように接近すると、ネウロイと平行に並んだ。そこで20ミリ機関()を構える。機関()ではない。20ミリはもう機関()なのだ。ボーファイターはこの20ミリ機関砲を両手で2門持つだけのパワーを持っているが、シィーニーの腕力では片手では反動を制御しきれなかったので、1門を両手で扱うことにしていた。その分命中精度は高くなる。

 

シィーニーは緊張で乾き気味の唇をペロリと舐めた。

ここからはぶち落とすまで休憩なし。食い縛る口許はいつの間にか切れてしまうことがある。今度バーン大尉にリップクリームとかいうのを頼んでおこう。

 

「3、2、1、ゴー!!」

 

自身の合図と共に稜線から飛び出て、上昇しながら20ミリ機関砲をぶっぱなす。ガンガンガンガンと吠えたける剥き出しの機関砲。その一発一発が横隔膜を突き上げるような衝撃を発する。しかし馬力に余力たっぷりのボーファイターはその反動をものともせず、素早く機体をネウロイと同高度まで引き上げた。上部ビーム砲の死角になっているうちに20ミリの炸裂弾は側面の機銃を吹き飛ばし、真横に出るまでに全て沈黙させた。

ここからはビーム砲との撃ち合いだ。だがパワーの有り余っているボーファイターは攻撃と同時に防御にも十分な魔力を回してくれる。その増幅された魔力でシールドを張り、平行飛行しながら魔法力を込めた炸裂弾をたっぷりお見舞いする。

たった1門のビーム砲はこのシールドを破ることができず、瞬く間に砲座は潰された。反撃力を失ったところで、容赦なく装甲が削られていく。コアが露出するまでそう時間はかからなかった。

さすがは夜間に飛来する重爆撃機を撃墜する目的で作られた機体だ。

赤い宝石のようなコアが露になり、一呼吸置いて狙いをすました20ミリ弾がそれを貫いた。

硬質なガラスが割れるような音とともに、輸送ネウロイが真っ白な破片になって散った。

 

「1機撃墜!」

 

運び屋を失った潜水型ネウロイは、そのまま何もできずに地上へ向かって落下していった。

 

「残弾十分! 次行きます!」

 

シィーニーは次の目標を見定めると、接近路を素早く決定し、再び襲いかかるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

3機目の輸送ネウロイも光の粒となり、下にいた潜水型ネウロイは何の意思もないモノのように落下していった。

下はマングローブで覆われたジャングルと川。ネウロイは地響きを立ててマングローブの森に激突した。地面に当たったところがひしゃげたりしたが、白く光ると自己修復が始まる。暫くすると完全に直ってしまう。だが地上での移動手段を持たない潜水型ネウロイはそれ以上何もできず、その場に鎮座し続ける。

 

落下したネウロイの横には、今日落っことされたものの他、一昨日墜ちた潜水型ネウロイが横たわっていた。カメラを上空に引き上げて見下ろすと、川の左右のあちこちに潜水型ネウロイが寝そべっている。その数、今日の3体と合わせ、合計10体。

 

「こちらシィーニー、3機全ての輸送ネウロイを撃墜しました。例のごとく潜水型ネウロイは地上に落下、その位置に横たわっています」

 

≪ご苦労。今日墜ちた奴の座標を記録し、帰投せよ≫

 

「了解。……あのー、バーン大尉。このネウロイどうするんですか? このまま寝転がしておいても肥料にもなんないですよ?」

 

≪分かっている。500ポンド爆弾を手配中だ。入庫したらそれで爆撃するつもりだ≫

 

「誰がです?」

 

≪お前とボーファイターに決まってるだろう、バカもん≫

 

「500ポンド?! そんなの持って飛べるんですか?」

 

≪そのためのボーファイターだ≫

 

「ええー……」

 

 

 

 

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その晩、シャムロ湾を震源に大きな地震が発生した。津波が発生し、マレー半島の東側を津波が襲う。

 

 

翌朝、被害状況確認にグラディエーターMK.Ⅱで飛んだシィーニーは、ケママン川のチュカイ地区上空を飛んで仰天した。

 

「シンガポール基地、こちらシィーニー。津波が川を遡って……ネウロイを浚ってちゃいました。1匹も残ってません」

 

 

 





シィーニーちゃん久々の登場。
ここまでの本物語では数少ない空中戦闘シーンで頑張ってくれました。
天音ちゃんよ、ネウロイも準備万端だ。倒す敵の数に不足はないぞ。

シャムロ湾(我々の世界ではタイランド湾)は浅い海で海溝もないので、地震は起きそうにないところです。また1945年前後に東南アジア方面で地震が起きた史実もないので、ネウロイを浚っていった地震と津波は完全なでっちあげになります。



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