水音の乙女   作:RightWorld

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2018/10/08 誤字修正しました。

2021/01/04 誤字修正しました。





第51話「優奈攻撃します!」

海は次第に波が高くなってきていた。

葉山少尉が勝田から詳しい状況を聞き、神川丸の艦橋は慌しくなった。

上がってきたばかりの艦長に副長が報告する。

 

「艦長、ウミネコがネウロイと思われるものを捉えました。そしてその直後、海に転落したとのことです」

「何?びっくりして飛行機から落ちたか?」

「いえ、フロートから戻るときのようです」

 

びっくりして落下って、どんなシーンを思い浮かべたんだ?

横で聞いていた葉山は艦長の想像力にある意味感心した。

 

「波が高くなってきてるな。今、波高2mってとこか。救援は?」

「これから出します」

「敵を捉えたんじゃ内火艇は出せない。この波じゃ水偵もだめだ。ウィッチを出せ」

「次の上空警戒の準備をしていたカツオドリがすぐ行けると思います」

「よし飛ばしてくれ。ネウロイは?」

「本艦の南15キロ。速度5ノットで南西へ移動中。半没状態と思われると言っていたので、浮上航行状態かもしれません」

「・・遠ざかっているのか。こっちは見つかってないみたいだな?」

 

葉山が会話に加わった。

 

「トビに接近して本当にネウロイか確認させようとしていたところだったのですが、攻撃はどうしますか」

「別の機体を出そう。優奈ちゃんと428空1番機を爆装させて向かわせる」

 

 

 

 

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神川丸の後部甲板は、哨戒から戻ってきた水偵の引揚げ作業をしていたところだったが、急に殺気立ってきた。

 

「水観5号機の収容待て!カツオドリを緊急発進させる!カタパルト射出用意!」

 

引き揚げ終えた2機目の零式水偵を台車に乗せる作業をしていた整備兵達が、状況が掴めなくてきょろきょろしていた。

 

「なんだ?どうしたんだ?」

 

そこに千里が走って甲板にやってきた。ユニット拘束装置に駆け上がると、魔法力を発動させてすぐにストライカーユニットに足を通す。整備兵達が集まってきて、甲板上に敷かれた線路の上のユニット拘束装置をカタパルトの方へと押していった。

 

「下妻上飛曹、何があったんです?」

「一崎さんが海に落ちた。波に煽られたとき、掴まってた取っ手が取れて転落したって」

 

一緒に拘束装置を押していた整備兵の一宮2水が驚いて顔を上げた。

 

「一宮!貴様昨日ちゃんと増し締めしたんだろうな?!」

 

古参の整備兵がものすごい形相で睨みつける。

 

「し、しましたよ、全部ちゃんと!」

「あとネウロイも発見した。この後攻撃隊も飛ばすだろうからヨロシク」

「ネウロイ?!は、はっ!」

 

デリックからワイヤーが下ろされ、千里がシャックルをバックルに繋げる。拘束装置のロックが外され、合図するとカタパルトまで引き上げられる。そこで待っていた別の作業員がストライカーユニットをカタパルトにセットした。カタパルト射出の時は水上ストライカーユニットのフロート部を展開しなくていい。通常の陸上ストライカーユニットのように機動性の高い状態ですぐ飛行できるので、千里のような制空担当のウィッチには好都合だ。

 

カタパルトがゆっくり旋回し、風上の右80度へ指向した。

 

・・(カツオドリ、発艦用意よし)・・

 

千里が魔道エンジンの出力を上げた。カタパルト上に大きな魔法陣が描かられる。千里は前傾姿勢をとると親指を突き出して準備完了の合図を出した。

射出担当が応答し、射出ボタンを押した。

 

・・(テーッ!)・・

 

パアンとシリンダー内で火薬が発火。ピストンに引かれたワイヤーは幾つかの滑車を通してストライカーユニットを乗せているシャトルを勢いよく引っ張り、千里はカタパルト上を急滑走して空中に撃ち出された。

 

「キョクアジサシと428-1番機、爆装ー!」

「キョクアジサシを先に発艦させる!カタパルト発破カートリッジ交換急げ!」

「わあああ、天音が海に落ちたんだって?!」

「筑波一飛曹、饅頭咥えたまま走らんでください!」

「すいませーん、爆弾通りまーす」

 

神川丸の後部甲板の慌しさは戦場並みと化した。

 

 

 

 

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卜部の零式水偵は波に翻弄されながらゆっくり天音の方に近付いていた。大きなうねりの谷に沈む度に天音の姿が見えなくなる。

 

水上機ならいつでも好きな時に洋上に着水して、また好きな時に飛び立てばいいと思われるかもしれないが、外洋は意外とうねりがあって安易に着水や離水をすることは機体を壊しかねない危険な行為なのだ。なので水上機といえど普通は島陰に作った水上機基地の静かな水面から離水、着水し、水上艦から出撃した際も帰還時にはアヒルの池を作ってもらって(7話参照)、そこに着水する。途中で海の真っただ中に降りることは故障でもない限り殆どやらないことだった。それでも天音の水中探信の為、あえて洋上着水・離水を繰り返すという方法を取り入れられたのは、ひとえに卜部・勝田のベテラン元ウィッチの腕が卓越しているからだ。

おちゃらけた二人であるが、実は馬鹿にできないのである。

 

勝田が命綱を着けて翼のところまで降り、手に直径40cmほどの小さな救命浮き輪を持って構えていた。

 

「うわあ。剥がれた外装のところが固定されないから、他の取っ手も体重かけると下手すると外装ごと取れちゃいそうだよ」

「これ以上剥がさないでくれよ。その状態で引き上げられるか?勝田は落ちてもいいけど、天音はなんとしても助けないと」

「ヒドイ言われようだ」

 

勝田は魔法力を発動させたので耳と尻尾がぴょこっと生えてくる。弱くなったとはいえ、まだまだこういうときは役に立つ。天音まで5mほどのところまで近寄ったら、機は天音の方に後ろを向けた。エンジンが最小に絞られる。

天音が平泳ぎでやってくるが、なかなか進まない。勝田が浮き輪を放った。

 

 

一方の天音。

 

「海では焦らず、進むことより浮いていること」

 

地元で漁船に乗って漁に借り出されることもよくあった天音は、漁師達から教わったことを思い出して、助けがくるのを待っていた。目の前に卜部の零式水偵が近付いてきても、慌てて泳いだりしない。うねる外洋では力いっぱい泳いでも思ったほど進まないものなのだ。力を温存しゆっくりと浮かぶように浮き輪を目指して泳ぐ。じわりじわり。それでも確実に浮き輪に近付いてきている。

 

「自分で飛べるようになればこんなふうに海に落ちる心配もなくなるのよね。卜部さんの飛行機に乗るのは楽しいけど、やっぱりそれじゃだめだ。早く空飛ぼう!決めた、今決めた!」

 

伸ばした指先がついに浮き輪にたどり着いた。

 

「よいしょ!」

 

浮き輪の穴に腕を通す。

 

「でもわたし用のストライカーユニット、いつ来るのかな」

 

浮き輪が力強く引っ張られた。魔法力で増した力で勝田が巻き上げているので、瞬く間に水偵の翼の根元まで引っ張られ、卜部も手伝って浮き輪ごと天音は翼まで引き上げられた。その時ちょうど千里が上空に到達した。

 

「おう千里、来てくれてありがとう。今無事に引き上げたよ」

 

・・(・・よかった)・・

 

千里らしく簡潔に一言言っただけだったが、ほっとした感じがその声からしっかりと感じ取れた。

 

 

 

 

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優奈の零式水偵脚と荒又の零式水偵はネウロイの見つかった方に向かっていた。

 

・・(艦艇の電探には引っかからないらしい。水上にはあまり突起物出てないのかもしれんな)・・

 

「空からの方が探知しやすいんじゃない?小型潜水艇の潜望鏡とか、わたしよく見つけたよ。ほら、何か探知した。5千メートル先!」

 

優奈の零式水偵脚に搭載された電探が、うねる波の中の小さな盛り上がりを捉えた。いや、その盛り上がりを波と区別して識別できる優奈が優れているのだ。

 

・・(成る程、白波が立ってる。あの辺か。急行するぞ!)・・

 

白波は航跡によるものだった。さらに航跡の周囲の海は明るいブルーが靄のように広がっていた。

 

・・(何だあれは。何か液体でも流しているのか?)・・

 

2機が接近すると、今まで南西に向かって伸びていた一筋の白波の先端がすうっと消えていった。

 

・・(野郎、潜行しやがった!)・・

 

「わたし達に気付いた?!待ちなさい、一発お見舞いしてやるわ!」

 

優奈は速度を上げ白波の消えたところへ向け降下しながら突っ込んでいった。

 

「神川丸、こちらキョクアジサシ!ネウロイが潜行した。これより潜行地点を爆撃する!」

 

・・(キョクアジサシ、こちら葉山、了解。狙うのは潜行したところより少し先よ、分ってる?!)・・

 

「あ、そうか」

 

相手は止まっているわけじゃないのだから、潜行した地点を爆撃してももうそこにはいない。進路上の予想地点を目標にしなければならないのだが、単純な優奈はいつもその辺が甘いのだ。葉山に言われて慌てて目標地点を修正する。

 

「この辺かな。信管深度20mに調整!魔法力注入、投下!」

 

零式水偵脚の両翼下に吊るされていた3番2号爆弾4発のうち2発が、1秒の間隔を開けて投下された。潜水地点進路上の2箇所に着水すると、爆弾はおよそ4秒で爆発、そして水上にドバーっと巨大な水柱が2本立ち上がった。

 

「すげぇ。ウィッチが落とすとどれだけ威力があがるんだ」

 

荒又少尉はその大きな水柱に感心した。

 

大量に魔法力を込めた爆弾は、3番、つまり30キロ爆弾であっても100キロ爆弾以上の破壊力にグレードアップされる。爆心から20m以内にいれば普通の潜水艦ならまず、もたない。それを2発落としたのだから、撃沈可能範囲面積は幅20m、縦40mに及ぶ。なんらかの危害を加える範囲はさらに大きい。

 

荒又機は潜行地点前方を横切るように飛行した。南の方を通過したとき、5式1号磁気探知機が反応し、自動的に発煙弾が投下された。操作員の(あずま)が叫んだ。

 

・・(敵潜探知!奴は潜行してすぐ左へ変針したようだ)・・

 

爆撃を終えた優奈が上昇しながらぼやく。

 

「え?わたしの攻撃、空振り?!」

 

・・(しかも思ったより速い。潜行地点から推測すると15ノットくらい出してる)・・

 

「5ノットからの加速も考えるともっと速いかもよ。もう一度攻撃する!その煙のところ狙えばいいの?」

 

・・(待て。進行方向を探る!)・・

 

「面倒だな。天音ならここって明確に教えてくれるのに」

 

・・(あれは普通じゃねえから)・・

 

再び磁気探知機が反応し、発煙弾が自動投下された。先ほどのと結ぶ線が敵潜の進路だ。

 

・・(敵潜針路180、南へ真っ直ぐだ!速度推定20ノット!)・・

 

「オッケー!深度は?」

 

・・(すまんが磁気探知機で深度は分らん)・・

 

「えー?天音なら一発なのに!」

 

・・(あれは普通じゃねえんだって!)・・

 

「それじゃわたしの勘で50m!いっけーっ!!」

 

水中で爆発力というのは上に向かって広がる。だから爆発させるのは潜水艦の下がいい。逆に潜水艦の真上で爆発しても効果は薄いのだ。爆雷攻撃というのは2次元的位置だけでなく、爆発させる深度という3次元的要素も適切でないと有効打を与えられないのである。

 

優奈は残る2発を投下した。

 

優奈が投下した潜水艦攻撃用の航空爆弾である1式2号爆弾1型改は、弾体は普通の陸用爆弾と変わりないが、尾部の羽が普通4枚のところ小ぶりな羽8枚があり、2重のリング状のもので2箇所を固定している。弾頭部にも水中環が付いており、これらによって水中弾道性が良くなるのだ。

 

爆弾はふらつくことなく真っ直ぐと水中を突き進み、およそ10秒後爆発した。

 

「今度はどう?」

 

上昇しながら振り返る優奈。荒又機が付近を飛び、磁気探知機で捜索する。

 

・・(おかしい、反応がない)・・

 

「沈没したんじゃない?」

 

・・(潜水艦なら沈没すればオイルや浮遊物なんかが浮き上がってくるが、ネウロイはどうなるのか分かんねぇな)・・

 

「神川丸、こちらキョクアジサシ。ネウロイを攻撃しましたが、戦果不明です。ネウロイは沈んだか見失いました。漂流物もありません」

 

・・(こちらウミネコ。ここからもう1回探してみます)・・

 

「天音!!無事だった?!」

 

通信に入ってきた天音の声に、思わず優奈はコールサインも忘れて呼び掛けてしまった。

 

・・(無事だよ。心配かけたね)・・

 

「よかった」

 

 

 

 

「一崎、お前溺れかけたんだから、一刻も早く艦に戻って軍医のところに行かなきゃいけないんだぞ」

「溺れるほど消耗してないから大丈夫です。それに海に落ちちゃったせいでネウロイ見失っちゃったし」

「それはお前だけのせいじゃない。荒又機だって探知装置積んでるんだからな」

「いいよ卜部さん。今度は命綱を私がずっと掴んどくから。あまねー、とっとと見つけてきな。それでとっとと終わらせて帰ろう」

「ありがとう勝田さん」

「波がどんどん大きくなってるから早くね」

「そうだ。飛び立てなくなるぞ」

「急ぎまーす!」

 

天音は波を見ながらタイミングを計って、静まった僅かな時を使って素早くフロートに降りた。そして尻尾に魔法力を込めると海へ流す。

最初から優奈達がいる方へ指向性の強い探信魔導波を放った。木の葉のように揺れる零式水偵のフロートの上で目を瞑って戻ってくる探信波に聞き入った。

 

優奈が放った4発の爆弾によって水中はめちゃくちゃに掻き乱されている。水中聴音機ではぐちゃぐちゃの水流音しか聞こえず様子を伺えない状況であるが、天音は鹿島灘での演習でこの状況を経験し、送り出す魔導波を工夫してこんな水中でも水の中を見る(・・)という、それこそ桁外れな事を会得していた。ただ見たい場所はあまりにも遠い。

 

「いない」

 

全周囲広域捜査波に切り替えて広域を探査するが、やはり見つからなかった。辛うじて見えるのは逃げ惑う魚や爆発の衝撃でプカプカ浮かぶ死んだ魚ばかり。

 

「だめです。見つかりません。優奈のところも探知距離ぎりぎりのところだし、わたしの捜索範囲の外に逃げちゃったのかもしれません」

「分かった、もういい。戻ってこい」

「はい」

 

 

 




初探知のネウロイは取り逃がしてしまいました。でも潜水型ネウロイのいろいろな特徴を捉えたかと思います。この先も一筋縄ではいかない相手であることが分かっていきます。

さてブレイブ最新話の7話ではまさかの501メンバー登場。
そして早速公開日に艦これ劇場版見てきました。TVアニメがあまりにもすごい作品だったので映画が名作に見える・・・。少しネタバレになりますが、劇中に出てきたショートランドは本作で活躍する零式水偵達の水上機基地だったところで、非常に感慨深いものがありました。
いい週でした。



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