○HK船団南南西6000m 藤間艦隊 駆逐艦『山雲』
「旗風の浸水止まったそうです」
「まったくネウロイの野郎やってくれたぜ。それで松風は戻ってきたか?」
「引き返してきています。戻りながら必死に水中を探してますが、今だネウロイ発見の報告はなく……」
魚雷を撃たれた松風は、魚雷に挟まれて9Kmも一緒に並走し、ようやく引き返してきたのだった。
「ええい。水を全部汲み上げちまいたいな」
「そうしたら水上に浮いている山雲も動けなくなりますよ」
「水偵とウィッチが来ます。水偵の方は着水するようです」
山雲の上空を旋回するウィッチは、2式水戦脚のカツオドリこと下妻千里上飛曹だ。
千里に見守られながら山雲の近くの海上にピョンピョンと波に跳ねながら降りてきたのは、卜部少尉の操縦する零式水偵だった。
○HK船団南南西6000m 零式水偵
山雲の近くに着水した卜部機では、天音が水中探信をすべく偵察員席から立ち上がった。風防を開けてコックピットから身を乗り出した天音に、勝田がボードを差し出した。
「ありがとう、勝田さん」
「艦の名前、直しといたよ~」
「え?」
天音はボードに目を落とした。ボードには探知したネウロイや船の位置と、一部通信を交わした艦の名前が書き記してある。
通信で聞いた艦名がどんな漢字を当てているのか知らないので、全て仮名で書いたのだけど……
かさど→笠戸
みくら→御蔵
勝田によって漢字の艦名が書き添えてあった。
これははまだ良いにしても……
きかんかしい→旗艦 香椎
は見て顔がかあーっとなった。
そ、そうだったのかー。『きかんかしい』って名前だと思ってた!
旗艦って、たしか偉い人が乗ってる船だったよね!
「固有名詞は知らなきゃ書けないもんねぇ~。まー仕方ないよ」
「はうう!」
天音は真っ赤になった。
その時、頭上を飛び越えた2式水戦脚の千里がスピードを上げて南へすっ飛んでいった。同時に通信が入る。
≪こちらカツオドリ。南約2000mに浮上中ネウロイ≫
山雲がそれに返答した。
≪カツオドリ、こちら山雲。それはさっき松風が爆雷攻撃した奴かもしれない。損傷して浮上してたはずだ≫
≪確認する≫
○HK船団南南西8000m 2式水戦脚
千里は20mm機関砲を構えると、南に発見したネウロイへ向かって飛んでいった。爆弾はもう持ってないので、武器はこれだけだ。それでも水上にいるならこれで少しはダメージを与えられるかもしれない。
前方の海上に淡い白い航跡が見える。航跡の白波の大きさからみて、速度はそれほど出してないらしい。
すると天音の声がインカムから流れてきた。
≪カツオドリ、ウミネコです。こちらでも捉えました。なんだろ……他のネウロイより中の空洞が大きいですね≫
双眼鏡を取り出してネウロイに向けると、その状態を観察した。
「表面全般にひび割れ模様が見えるが、自己修復がかなり進んでいる。間もなく修復も終わると思われる。これより攻撃してみる」
千里は速度をさらに上げ、ネウロイに突っ込んでいった。そして照準をつけると20mm機関砲を連射する。だが既に表面装甲は十分な強度まで回復してしまったようで、簡単には削れなかった。それでも魔法力を纏った弾丸。パラパラと白い破片が舞い、次第に深く穴が開いていく。千里は1隻沈めたときにコアの位置を把握しているので、瘤のところを集中的に狙っていた。堪らずネウロイは潜航して逃げようとする。
ネウロイの船体がはっきり見える真上を飛び越え、高度を上げながらインカムのスイッチを入れた。
「ネウロイは潜航開始。コアがあると思われる背中の瘤のところに攻撃を集中したが、コア露出には至らず。今水深1mほど。カツオドリは爆弾を使い果たしている。これ以上攻撃できない」
≪カツオドリ、こちらトビ。駆逐艦をそっちへ向かわせようか≫
そこへ通信に割って入ってくるものがいた。
≪その必要はない。ボクが攻撃する≫
千里のところに向かって水上ストライカーが斜めにスライドしながら急速に接近してきた。ウィッチとほぼ同じ大きさの6番爆弾を抱えてきたその機体は、水上ストライカーユニット『瑞雲』だった。そして千里の2式水戦脚と並んだ。
「航空巡洋艦 最上1番機の西條だ。ボクの6番2号爆弾は信管の深度調整ができない。浅いところのしか狙えないから調度いい」
千里は西條を見るとこくりと頷いた。
「任せた。船体の下で爆発させるよう狙って」
「心得た!」
西條はにっと笑うと体を翻し、まだ水面下に見えるネウロイ目掛け急降下していった。
「今度は逃がさないからね!」
爆弾に魔法力が注入され青白く光り出す。西條の身体とさほど変わらない大きさの爆弾だから、照り返しを受けて西條の全身も白く輝いている。
「いっけー!」
切り離された爆弾は空中をひゅううぅと音をたてて落下し、ネウロイの黒い船体の少し手前にドボンと着水する。水中を突き進む爆弾はネウロイの船体を通り越し、狙った通り真下で爆発した。
魔法力のこもった6番爆弾の威力は強烈で、下から突き上げられたネウロイは真っ二つに割れ、同時にコアも粉砕した。Vの字に折れた船体の先が海上に突き出たところで、パッと真っ白な結晶になって吹き飛んだ。
○HK船団南南西6000m 藤間艦隊 駆逐艦『山雲』
「西條中尉がネウロイを沈めたそうです!」
「そうか!藤間艦隊もこれで一矢報いたな!」
「まだまだ。山雲もやってやらねば!」
「山雲より松風へ。ネウロイは見つかったか?」
≪こちら松風。まだ発見できない。12航戦、見つけられるか?所在不明の無傷のがもう1隻付近にいるはずだ≫
≪こちら12航戦、トビ。所在不明のはこちらで見つけよう。数分待ってくれ≫
「12航戦の水偵、随分な自信だな」
「松風も旗風も、新しい探信儀使っていてもなかなか見つけられないってのに」
≪こちら12航戦のトビ。ウミネコによる広域水中探信を開始する≫
「ウミネコってのはさっき船団のそばのネウロイを見つけたという奴だな?」
「見せてもらおうか、12航戦」
みんなは双眼鏡を水偵に向けた。
「おぉ、器用にフロート股がって……。あれが噂の水中探信ウィッチということですか」
小さな少女が揺れる水偵のフロートに跨がって座る様を興味深げに見守る。長く伸びた尻尾を一度水から引き上げ、顔の前に持ってきて、念仏でも唱えているかのように暫く見つめると再び海へ落とした。
儀式のような一連の仕草をじっと見守る山雲の人達。
やがてフロートの直下の海が青く光りだし、どんどんと白く明るくなっていく。そして機体を下から照らしていた眩い明かりがパッと輝くと同時に、零式水偵から青白い波紋がサーっと周囲へ走っていった。
「光った!」
「光ったぞ!」
「光の波紋がこっちへ来る!」
シュンっと波紋が山雲の真下も通過して、さらに遠くへと広がっていく。
「あれが探信波なのか」
≪近くの駆逐艦は山雲、ですね?こちらはウミネコです。山雲の後方5時の方向730m、深度60mに1隻潜んでます。速度1ノット弱≫
「も、もう見つけた?!」
「松風があれほど苦労していた奴を一瞬で!」
「本艦の後方だと?!」
「ウミネコ、間違いないか?」
≪はい、間違いありません≫
「なんつうことだ。爆雷戦用意!」
「艦長、爆雷あと5発しかありません」
「誰だ、そんな浪費した野郎は。ウミネコ、山雲は爆雷があと5発しかない。無駄玉をばら蒔く余裕はないぞ。寸分違わぬ位置を指示しろ」
いままで勘で目くら滅法にばら蒔いて爆雷を無駄に浪費してきたことを棚に置いて、注文を付けるふてぶてしい山雲の艦長であった。
≪こちらトビ。ウミネコの探知はカンペキだ。動いてない奴なら5発ありゃ十分だ。なんなら2、3発でもいい。あとは落とす奴の腕次第だ≫
ふてぶてしさに挑戦するかのような卜部の返答が返る。
≪卜部さ~ん、あんまり無茶ぶりしないでくださいよぉ~≫
≪大丈夫だって、自分を信用しろっての。ここでお前のスゲーのを見せつけてやらんでどうする≫
「言うてくれるな、トビ、ウミネコ。こちら山雲だ。誘導してくれ。2発しか落とさんぞ」
≪トビ了解≫
≪う、卜部さーん!≫
○HK船団南南西6700m 藤間艦隊 駆逐艦『山雲』
ぐるりとターンした山雲は、指示されたネウロイのいる方向へ進むと、速度を歩くほどに落とした。
≪ウミネコです。あと40m。ですが海流があるので、20mになったら落としてください。山雲の全長は118m、落っことすのは船の一番後ろからでいいですよね?≫
「艦尾からで間違いない。20mになったら投下、深度は1発目90m、2発目60m」
≪あと25m≫
「投下用意!」
≪20m、今です!≫
「テーッ!!」
艦尾の爆雷投下台が傾き、90mにセットされた爆雷がまず落下、続いて60mにセットされた2発目が海へドボンと落下した。
≪順調に沈降中。ネウロイも動いてません≫
待つこと約30秒。
ズシンと真下から衝撃が突き上げた。
爆雷はネウロイの真下と背中のところで爆発し、爆圧と水圧に船体の中央が包み込まれた。一瞬にして中央部の表面にヒビが入り、海水が侵入すると船体中央がバラバラに砕け、瘤の部分も粉砕した。コアが放り出され、1秒ほど爆圧で渦巻く海中で揉まれると破裂した。それが合図のように船体全体が砕け散った。
真っ白なネウロイの破片が混じった水柱が山雲の後方に高々と立ち上った。
≪こちらウミネコ。命中しました、撃沈です≫
水柱とともに吹き上げられたネウロイの破片が空中にキラキラと舞うのを見て、山雲の乗組員も撃沈を確信した。
「本当に2発でやっつけました!」
「艦長、山雲の手柄ですよ!」
艦長は降ってくるネウロイの破片を見上げて呆けたように言った。
「爆雷で沈められるんだな。いままで50発くらい撒いたのは何だったんだ」
○HK船団北方6100m
北方にいた1隻の大型ネウロイ。
そのネウロイはこれまでほとんど動くことがなかった。だが事態の急変をこの目で確かめようとするかのようにゆっくりと浮上し、水上に瘤の部分を出した。
--船の集団の気配はある。これまで多少抵抗は受けても、思うように沈めることができた。なのに今そこにある船の集団には何故か届かない。
--ある時点から何かが変わった。
--仲間が次々と連絡を断っている。
--特に南の方にいたもの達が全て答えなくなった。
--西に配したものはまだ通じている。だが執拗に音波で探し回られて、攻撃を受けてやられたものもいる。
--攻撃を受けてやられたなら分かる。だが、南のものは何も言ってこなかった。唐突に消えた。
--……また西のものが音波で発見されたと言っている。これもやられるのか。
--このままでは……なにもできず全てやられる。
○HK船団西方4000m上空 零式水偵
≪こちら第1猟犬隊『朝風』。ネウロイを見失った。また急な変化をしたらしい 。428空1番機、そちらでも探してくれ≫
ネウロイは攻撃を受けたり、しつこく追い回されると、忽然と消えることがあった。いや、実際は消えたのではない。一瞬だけ急にスピードを出すのだ。それに合わせて方向や深度を変えることで、その場から消えたかのように見えるのだ。
だが428空は瞬間移動を見抜いた。ソナーからは消えるが、消えたところから100から200mの範囲を磁気探知装置で調べると、移動したネウロイを再び捉えることができたのだ。奴の瞬間移動能力は最大200mだ。
5式磁気探知機を搭載した2機の428空の零式水偵はそのようにして、水上の艦と連携して1隻を仕留めていた。
「428空1番機、了解」
「東、また150m外周を調べるぞ」
「いや、荒又少尉、待ってください。反応はこの下にあります。いままでの瞬間移動とはちょっと違うのかもしれません」
「何?」
「こちら428空1番機。朝風、ネウロイは本機の下にいる模様。再度調べられたし」
○HK船団西方4000m海上 第1猟犬隊 駆逐艦『朝風』
「さっきとさほど変わらないところにいるらしい。水測、調べ直せ」
「了解」
だが朝風の水中探信儀はネウロイのエコーを捉えられなかった。
「こちら水測。やはり反応ありません」
「428空1番機、こちらでは見つけられない。まだそっちでは捉えているか」
≪磁気探知には反応あります。北へ向かっている模様≫
「なんだと。朝風の探信儀は発見できない」
歯痒さに奥歯をギリっと噛んだところで、声高な少女が通信に割り込んできた。
≪朝風、こちらウミネコです。ネウロイは駆逐艦の北西180m、深度140mにいます針路北。速度8ノット≫
「あの水中探信ウィッチだ。磁気探知と同じ方向にいると言ってるぞ」
「こちら朝風。ウミネコ、それは本当か?本艦の探信儀ではその方角には何も捉えられない」
≪水深90m付近から下の水の質が違ってます。急に冷たくなってます。たぶん塩分濃度も違うと思います。音波だと境目で跳ね返ってます≫
「なんと!」
艦橋の者達が顔を見合わせる。
「ウミネコはなぜそれでも見えてるのだ?」
≪ウミネコは魔法波を10種類くらい混ぜて飛ばしてるので、影響を受けることはまずないです≫
朝風の艦橋ではみんなが口を半開きに開けてか呆れかえった顔に似た表情を並べた。水測員は首を左右に振って、敵わないと溜め息をついた。機械とは次元が違う。
≪ネウロイ速度上げてます。10ノット≫
続けて入った通信にみんなが我に返った。
艦長が号令をかける。
「ヘッジホッグで攻撃する!」
○HK船団南南西6000m 零式水偵
気を取り直した朝風と荒又機がネウロイを攻撃している頃、天音は広域探査で残り少なくなったネウロイを捉え直した。
「北から接近してた3隻も船団へ向かうのをやめたようです。Uターンしました」
≪ウミネコ、こちらミミズク。そこから見えるネウロイをもう一度報告せよ≫
「ミミズク、こちらウミネコ。了解。船団西方4000mに2隻。針路北。このうち1隻は今428空と朝風が攻撃中です。他には北方4900mに3隻。先程北へ針路を変えて、速度10ノットで遠ざかってます。そのさらに北6100mにも1隻。こちらは停止中です。このネウロイは最初からぜんぜん動いてないです」
≪一斉に北へ針路を向けたようだな≫
「そうですね。号令がかかったみたいに一斉に北へ向かいましたね」
「号令って、もしかしてネウロイもなんか通信手段あるってこと?」
勝田が疑問を呈する。そして卜部も勝田の方に振り返って言った。
「しかも命令を出してる奴がいるかもってことか」
○HK02船団 旗艦『香椎』
「第1猟犬隊と428空、深々度のネウロイを撃沈!」
「ウミネコからです。西方の1隻、北方の4隻もウミネコの探知外へ去ったとのことです」
「つまり……」
「我々の周囲にネウロイはいなくなった……」
みんなの顔が明るくなった。
「司令、ネウロイを、撃退しました。我々は船団を守り抜いたんです!」
おおおー、と香椎の艦橋は歓喜に包まれた。
長い1日だった。航空部隊がネウロイを見つけては会敵しないよう都度々針路を変えて避けていったが、いつしか包囲され、護衛艦隊の内側にまで入り込まれ、輸送船団は死刑執行の寸前にまで追い詰められた。だが……
「12航戦の航空隊が来てからだったな」
「ええ。あの噂の水中探信ウィッチが状況を全てひっくり返してくれました」
見えなかった敵が一瞬にして晒け出された。それは暗闇に支配されていた洞窟の天井が開けられて太陽光が降り注いできたように、闇の恐怖を一掃してしまった。
HK02船団大山司令は高らかに宣言した。
「戦闘態勢解除!」
嬉しさに満ちた復唱が繰り返された。
「戦闘態勢解除!」
「戦闘態勢解除!」
「ミミズク、こちらHK船団司令部。戦闘態勢を解き、通常警戒に戻す。ご苦労だった。君達のお陰だ。船団は無事だ」
ミミズクこと葉山少尉の安堵と喜びの混じった返信が聴こえてきた。
≪HK船団司令部、こちらミミズク。了解。あ!ありがとうございました!≫
そして葉山はもうひとつ別のところへも報告を発した。
≪神川丸、こちらは前線指揮官機ミミズク。戦闘終了。HK船団輸送船に被害なし!≫
……
≪神川丸、こちらミミズク。船団護衛艦の被害は小破程度。藤間艦隊に中破被害が出てます≫
……
≪神川丸、こちらミミズク。潜水型ネウロイはHK船団護衛艦、並びに藤間艦隊と連携し、7隻を撃沈! 12航戦は全機健在≫
大山司令以下の香椎首脳陣はその通信に我を疑った。それは紛いなく神川丸とやり取りを交わしているものだったからだ。
≪ミミズク了解。キョクアジサシを残し全機帰投します≫
「ミミズク、HK船団司令部だ。神川丸とは通信が通じるのか?神川丸は今どこだ?通信妨害の影響はないのか?」
≪HK船団司令部、こちらミミズク。ネウロイによる通信妨害は、高度5000m以上では影響受けません。低高度ほど影響があります。神川丸も上空に通信中継用の水偵を1機飛ばしています。本機はそれと通信をしました≫
「そうか、それでミミズクはずっと高度5000mにいたのか!」
「高度5000m以上だと通信が通じるというのはいつ分かったんだ?」
≪今日の早朝です。12航戦では今朝、このことを発見しました≫
「そうだったのか。やるな!12航戦!」
司令部の参謀は軍帽を取ると頭を掻いた。
「この度は全て12航戦にしてやられましたな」
「ああ。12航戦がいなかったら船団は今頃海底だった」
「しかし我々はその12航戦を待たずに出航したというのに」
「まさか12航戦が間に合うとは思いませんでした」
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その日の夕方。船団はインドシナ トゥーラン沖で、トゥーラン基地の航空隊援護の下に入った。
そしてそこでHK02船団と藤間艦隊は、12航戦と無事合流したのだった。
船団の後方に接近する、駆逐艦に囲まれた貨物船とタンカー。小さな輸送船団のようなその艦隊こそ、特設水上機母艦『神川丸』とカールスラントのタンカー『アルトマルク』、そして睦月型1等駆逐艦『皐月』『水無月』『文月』『長月』からなる第12航空戦隊だった。
この小さな航空戦隊こそが、扶桑と欧州を結ぶ航路の運命を握っている。
それが事実であることをこの日まざまざと見せつけられたHK02船団は、黒い水平線と紫色の空をバックにシルエットで浮かぶ特設水上機母艦の影を、盛大な歓声をもって迎えたのであった。
「有馬艦長、これはまた大変な歓迎を受けたものですな」
「あれほど苦しめられた潜水型ネウロイを1日にして7隻も葬ったんだ。なにより商船が無傷。そりゃ喜ばれるわな。……俺もこの出来すぎ具合にゃ少なからず驚いてるがな」
「南西方面艦隊の結中将がまた世界にどでかく発表するんでしょうな」
「やり過ぎないことを祈るぜ。シンガポールに着いて始めてこの任務は成功となるんだからな」
だが、世界の新聞を真っ先に賑わせたのは、以外な伏兵であった。
それは南西方面艦隊司令の結中将が、速報と詳細発表の2回に分けて発表したことがよくなかったのかもしれない。潜水型ネウロイと戦っていたのが、まさか12航戦以外にもあったとは思いもよらなかったのだ。
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『~大快挙!潜水型ネウロイ 世界初撃沈! シンガポールブリタニア空軍~
シンガポール駐留ブリタニア空軍司令部の発表によると、1月9日、午後3時15分、ブリタニア空軍所属のウィッチが潜水型ネウロイ1隻を爆撃し、これを完全に撃破したことを確認した。
しかもこのネウロイは、従来確認されているいずれの潜水型ネウロイよりも大型の全長150m級とのことである。』
HK02船団のことは、その記事の下の方に小さく添えられていた。
『なお同日、香港からシンガポールへ向かうコンボイ『HK02』も、扶桑のウィッチの活躍により潜水型ネウロイから船団を守ったとの速報が届いている。
この2つの報告は、今ネウロイの進行を必死に食い止めているガリア東部の人類連合軍前線兵士達を勇気づける事は間違いないだろう。』
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○1月9日、午後2時50分 マレー半島パハン管区チュカイ地区上空
ブリタニア空軍ウィッチのマレー人植民地兵であるシィーニー・タム・ワン軍曹は、真っ昼間の南国の熱い日差しの中、闇夜に溶け込む真っ黒な塗装の夜間戦闘脚ブリスター・ボーファイターに、巨大な500ポンド爆弾をぶら下げて飛んでいた。
「わたしより5倍くらいありそうな、こんなデッカイ爆弾持って飛べるなんて、どんだけ凄いのよー、ボーファイターさん。あー暑い!」
黒い機体が太陽熱を吸収しまくって、足は蒸れ蒸れである。
「もー、なんで空色とか白とか、涼しそうな色に塗り替えてくれないのかなー、あの某大尉は!輸送ネウロイ1機墜とす毎に撃墜マーク代わりに赤ペンキで六角形模様が描かれてって、だんだん本物のネウロイみたくなってきてるんだけど!これもブリタニアジョーク?!」
シィーニーは目的地へ向かっている間、ずっとこんな調子で文句たらたらして飛んでいた。誰にも聞かれることのない空の上だけが声を大にして言いたいこと言える唯一の場所。植民地兵は何かと肩身狭い思いをして強いたげられているのであった。
前方のジャングルに、巨大で長く黒い物体が横たわっていた。昨日タマンネガラの森から飛んできた輸送型ネウロイがぶら下げていた潜水型ネウロイだ。
それは今までにない巨大な奴だった。全長150m。それまでのネウロイはみな背中の前寄りに瘤があったが、これは中央にある。今まで同様、魚雷発射管が艦首前方にある他、瘤の前の背中にも6ヶ所ほど似たようなのがある。
バーン大尉は、『もしかすると上に向かって撃つのかもな』とか言ってた。上って誰に向かって?もしかして航空ウィッチに向かって撃つのかな。やだなそうなったら。今まで航空機には何も対抗手段がなかった潜水型ネウロイだけど、これも進化してそのうち反撃してくるのかしら。
シィーニーは垂直姿勢になると、ボーファイターをホバリングさせるようにゆっくりと飛ばし、やがて横たわるネウロイの広い背中に着陸した。
「ともかくぅ~、あんたはまだ陸上では手も足も出ない、抵抗不可能なネウロイちゃん。ここで大人しく天寿を全うしないさい」
ぐわっぐわっっと、それを嫌がるようにネウロイが身を揺すらせた。
「だってこんなところで寝ててもやることもないでしょ?下敷きになってるマングローブだって邪魔だって言ってるよ。それにあんたも黒い体で熱持っちゃってアツアツじゃない!嫌でしょ、こんなところで太陽に1日じゅう明日も明後日も日に晒されるの」
ぐわぁ~っと同意するようにネウロイが身悶える。
「ボーファイターも昼間しか飛ばないから、最近少し色褪せてきた感じがしてさあ。あんたの黒い体も日に照らされてると色褪せてくるのかな」
爆弾を機体から外すと、魔法力をフルパワー出してうんしょうんしょと運ぶ。なにしろ500ポンド爆弾は扶桑で言えば25番爆弾相当、相撲取り2人分である。そして背中の瘤のところに寄りかからせた。
瘤のところにコアがあるらしいというのは、SG01船団やHK01船団の戦闘報告から推測されていた。ただここに航空爆撃で命中させる自信がシィーニーにはないので、それなら降りて置いてこいと、バーン大尉に指示されたのだった。身動き取れぬ陸上での潜水型ネウロイだからできる、なんとものどかな攻撃方法である。
「ふぃー、重い。ま、わたしが看取ってあげるから、生まれ変わって人生やり直すといいよ。あ、植民地兵はあんまりお薦めしないよ」
そうですかとばかりに、ぐわわ~とネウロイが唸る。
シィーニーはマジックを取り出すと、爆弾に落書きを始めた。バーン大尉と思われる似顔絵に、バーカ、バーカ、とか、鼻毛とかを書き加えると、爆弾を両手で掴んで魔法力を注ぎ込んだ。きいいいんと白く輝きだし、500ポンド爆弾は2000ポンド爆弾以上の破壊力を纏う。
「じゃね、ネウロイちゃん。生まれ変わったら一緒に椰子の実ジュース飲もう!」
熱々のボーファイターに足を通すと、潜水型ネウロイの背中を滑走路にして飛び上がった。
十分な距離を保つと、起爆装置への信号を送る無線装置のスイッチに指をかけた。
「バイバイ、ネウロイちゃん。ぶっ飛べ!バーン大尉!」
スイッチを持つ手を高々と上げて、スイッチをカチッと押すと、ドッカーンとマングローブ林で大爆発が起こった。コアも一瞬で蒸発し、カッと光るとともにネウロイが真っ白な結晶になって四散した。
「わーははははーー!見たかバーン大尉!」
1月9日、15時15分。南シナ海で千里が潜水型ネウロイを撃沈する27分前、世界初の潜水型ネウロイ撃沈の記録は、こうして陸上でマレー人植民地兵シィーニー・タム・ワン軍曹によって刻まれたのであった。
シィーニーちゃん大戦果です!
しかし歴史に名を残せたでしょうか。
ブリタニア空軍所属のウィッチ。でも名前も、マレー人植民地兵とも書かれてない。その意外な攻撃手段も。
きっとブリタニア空軍の一方的な手柄にされてしまうのでしょう。
そしてその曖昧なことが余計なネタを作ってくれる……予定です。