水音の乙女   作:RightWorld

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ただでさえ展開が遅いってのに、逆戻りすんじゃねえってお叱り受けそうですが……





第60話「半日前のエピソード その1」

話は少し戻り、12航戦が水上機部隊をHK02船団へ向けて飛ばす日の早朝のこと。

12航戦は日の出を待って、洋上補給のため海南島の東200Kmの、大海原の真っ只中に停止した。

 

「皐月と水無月から補給する。周囲警戒は428空4番機、5番機、6番機。天音君は?」

「搭乗員控え室で昨夜から就寝中です」

「ネウロイが現れない限りそのまま寝かせといてやれ。今日はHK船団へ飛んだらもう休む間もないだろうからな。通信は?」

「香港に加え、海南島基地とも不通。HK船団は依然として応答なし。台湾高雄、扶桑本土も、各地のラジオ放送も全く入りません」

「12航戦の艦同士とは大丈夫なんだろ?」

「はい」

「世界は俺らだけになっちまったみたいだ」

「朝食の握り飯をお持ちしましたー!」

「おお、ご苦労」

 

暗いうちから慌ただしく作業を開始した艦隊は、朝から戦闘食である。

 

HK船団をとにかく早く追いかけたい12航戦だが、最終的にシンガポールまで同行することを考えると駆逐艦は燃料がもたない。合流すれば護衛に専念しなければならないし、補給のタイミングは今しかなかった。

同行したアルトマルクがカールスラント海軍の補給艦だったので、洋上補給という手段が取れた事は幸運だった。駆逐艦に燃料補給をし準備万端整ったら、今日は水上機の航続距離を活かして遠方から航空支援をし、艦隊は全速で船団を追うのである。

 

「とは言え通信が通じないのは不便だ」

 

と、そこへ

 

「おっはよーございまーす」

 

早朝からテンション高い勝田が入ってきた。後ろからイマイチ目の覚めてない卜部が続いてやって来る。

 

「お早う…ござい…ま……すぅ~」

「寝るな!卜部さん!」

「今日は目一杯飛んでもらわねばならんところ、朝早くからすまんな」

「なぁ~に?哨戒?でも天音は起こさないって……」

「ああ、補給中の哨戒は予定通り428空にやってもらう。実は通信が全く出来なくなってな。君達に調べて貰いたいんだ」

「通信、ですか?」

「うむ。艦隊がここに到着した時は香港の短波放送は聞こえていたんだ。それが日が昇ってから聞こえなくなった。それどころかどこの基地とも艦隊とも連絡が取れなくなった。もしかすると電探にも影響が出てるかもしれん」

「局所的な通信障害ですか?」

「それを調べて貰いたい。海南島方向に80カイリ程の往復飛行をして、海口基地と通信が通じるかみて貰いたいんだ。同時に対空電探でも君らの機影を追跡してみる」

 

副長の三田村中佐も会話に加わった。

 

「実はここに到着した時、この一帯の海は明るい青色をしていたんだ」

「え?あのネウロイから出てた?」

「ああ。そして日が出たら色は消えてしまった。それと時を同じくして通信障害が始まったんだ」

「青い海と通信障害が関係していると?」

「正確にはネウロイが撒いてる青い液体と関係しているんじゃないかとな」

「あれじゃない?ミノフスキー粒子」

「そりゃ作品が違うよ」

「青い液体は採取したんですか?」

「まだだ。今度見つけたら優先して採取しようとしている」

「駆逐艦の補給が終わったら全速で移動して、船団がいると思われる方へ航空隊を飛ばす。だから補給している今のうちにやってしまいたいのだ」

 

ふーんとここまで話を聞いた勝田は、卜部を見上げると目で合図した。卜部も何を言わんとしてるか気付き、にかっと笑って頷く。勝田は艦長に向き直った。

 

「じゃ、ストライカーユニットでサッと行ってきちゃいましょう」

「そうだな。それがいい」

 

勝田の発言に卜部も即同意する。

 

「勝田飛曹長、ストライカーユニットで飛ぶ気か?」

「大丈夫か?それなりの距離があるが、飛べるかね」

 

副長と艦長の心配に、卜部が自信満々で答えた。

 

「飛ぶだけなら全く問題ないでしょう」

「行って帰るだけで、やることは通信だけだったら、ストライカーユニットの方が身軽で速いし、楽だよ~」

 

ふむ、と艦長は頷いた。

 

「そうか。そうすると零式水偵脚の予備機か。どちらか1人だけだな」

「おーし!勝田、じゃんけんだ」

「負けるわけにはいかないね!」

「「じゃーんけーん」」

 

 

 

 

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水上機が並んでいる後部甲板にすぐ出られる上甲板の一室が、飛行隊員用に搭乗員控え室として宛がわれていた。飛行隊員用とは言うが、神川丸はずっと水偵ウィッチを運用してきたことから、実質ウィッチの日中の溜まり場である。後からやって来た男達の428空は、昼間に前甲板に立てられるテントが控え室になっている。これはこれで煙草の煙が充満しなくていいらしい。

 

さてそのウィッチ用の控え室に向かって、通路をブツクサ言いながら歩くのは、整備兵の一宮少年兵だった。

 

「くそ、勝田飛曹長も人使い荒いぜ。朝飯の握り飯頬張っておきながら、この上まだ食い物持って飛ぶだなんて。魔法力使うって、そんなに腹減るんか?」

 

控え室の扉をガクンと開ける。

 

「勝田飛曹長の鞄取ってこいって、そこに常時食い物入れてるのか、あの人は。俺ら整備兵にも分けて欲しいぜ」

 

育ち盛りの少年には、食事のいい海軍にあっても3食だけでは物足りないようだ。

ごぉんと水密扉が開くと、汗臭い整備兵の部屋とは違い、戦場とは場違いなうっすら甘い香りが漂った。化粧や香水とも違う、女の匂いだ。うっ、と一宮はヤバイ部屋に入ってしまった事に今更ながら気付いたが、もう遅い。命令されているので任務は遂行せねばならない。

部屋は窓もカバーを閉じていたので真っ暗である。壁のスイッチを入れて灯りを点ける。真っ先に目に入ったのはハンモックだった。

 

「ああ?!総員起こし過ぎてんのにまだ寝てる奴がいるんか?!こんな隠れ家使って、ズルいぞ、誰だ!」

 

毛布をひっぺ剥がすと、幸せそうな寝顔を見せたのは天音だった。

 

「げっ!!一崎一飛曹!」

「ふあ、眩し!」

 

目を覆おうと急に動いたら、ハンモックが跳ねて天音が転落した。

 

「あいた……。あれ?今何時?」

「……7時過ぎ…ゲッ!」

 

答えた一宮だが、床に転げ落ちた天音を見て驚いた。このシチュエーションで天音は当然の如く、相当に肌着が着崩れていたのだ。まだ見られて困るほどではないかもしれないが、胸元から成長始めて幾ばくかの中身が、もう見える寸前である。

 

「ほあっ!」

 

天音が真っ赤になって身を丸めた。

 

「うわああ!」

 

一宮もほとんど悲鳴である。

 

「何?誰?!」

「あ、怪しいもんじゃない!勝田飛曹長に頼まれたんだ!俺は整備班の一宮2等水兵!」

「よ、夜這い?名前堂々と明かしちゃってなんて大胆な……」

「全然違ーう!だから勝田飛曹長に頼まれたんだって!」

 

よく見れば知った顔である。

 

「あれ?一宮くん?!」

「そうだよ!」

 

天音はまたさっきとは違って、ぽっと頬を上気させた。

 

「わ、わたし達、まだそういう仲じゃ……」

「だから!頼まれたんだって!勝田飛曹長に!」

 

助けてくれーっと部屋の甘い香りと合わさって一宮はもう気が変になりそうである。気が違ってしまうことを、一般に気違いと言う。

 

「勝田さん?」

「そう!勝田飛曹長が出撃するんで、鞄取ってこいって。なんか食い物入ってるらしいんだけど……」

「出撃?!あれ?わたしは?!」

「勝田飛曹長がストライカーユニットで一人で飛ぶんだ」

「勝田さんがストライカーユニットで?」

「気になるなら自分で見てこいよ。それより俺は早いとこ鞄持っていかないと……」

「勝田さんの鞄?ああ、あれのことだ。探してあげる」

 

天音は椅子に掛かっていたガウン状の上着をそそくさと羽織ると、散らかった長椅子の所へ行き、乗っかっている手拭いなどを退けた。下から出てきたのはズボンが何枚か。ズボンとは、勿論ストライクウィッチーズにおけるズボンのことだ。

 

「あぐ!」

 

思わず声を漏らしてしまうのは男の子である。

真っ赤になった天音は振り返って一宮の方に向き直ると、一宮の肩を押して部屋の外へ送り出した。

 

「す、すぐ探すから!外で待ってて」

「う、うん」

 

最初からちょっとヤバそうな命令だと思ったんだよなー。

 

ほどなく扉が開いて、天音が肩掛け鞄を持って出てきた。

 

「これのことだと思う」

 

天音は鞄をパカッと開けた。中には拳銃と予備弾装、あめ玉に板チョコレートが何枚か。

 

「あ!」

 

チョコレートは酒保でも高額で、1日に出す数も少ないので、一宮のような下っ端はまず手にできない。天音はキョロキョロすると、1枚取り出して一宮のポケットに突っ込んだ。

 

「ウィッチは飛行加給食として貰えるの。あげる」

「マジ?」

「急いで。着替えたらわたしも行く!」

 

 






「マジ?」なんて、昭和初期には使わない言葉だろうなあ。
天音ちゃんと一宮君の夫婦漫才は書いてる方も面白いです。
なおじゃんけんに勝ったのは勝田さんです。ということで次回は、勝田さんがベテランの飛行技術をご披露します。



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