水音の乙女   作:RightWorld

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12航戦が水上機部隊をHK02船団へ向けて飛ばす日の早朝の出来事、続きです。


話数がおかしいとおもったら、ここからずれてたんですね。直しました。(6/24)

2021/01/04
誤字修正しました。報告感謝です。>皇聖夜さん





第61話「半日前のエピソード その2」

後部甲板では予備のユニット拘束装置とともに零式水偵脚が暖気運転していた。

走ってきた整備兵の一宮2等水兵が鞄を勝田に渡した。

 

「勝田飛曹長、お待たせしました。これで間違いないですか?」

「ありがとう、これこれ」

 

勝田は鞄を受け取ると肩に掛ける。

 

「一宮、搭乗員控え室入ったのか?」

 

一宮より背の高い卜部が見下ろして言った。

 

「うあ……は、……」

 

はいって言っていいのか?これいいのか?

 

一宮は一瞬迷って言葉が詰まった。

 

「一崎が寝てたんじゃね?」

「あっ」

 

卜部に言われて勝田は今頃気付いて、人差し指を持ち上げ、斜め空を見る。

 

やっぱ俺なんかが入っちゃダメだった所だったんすかー!ちんちくりんな一崎とはいえ、結構ヤバイ格好のところ見ちゃったし!ズボンも散乱してたし!

 

背中に冷たい汗が滴った。

 

「ひ、一崎一飛曹が、さ、探してくれました」

「勝田ー、一崎起こしちゃったじゃんか」

「ごめんよぉー……あれ?」

 

勝田は鞄を開けて中身を確認してるようだった。顔を上げると、一宮をじとっと見る。

 

チョ、チョコレートが足りないの、バレてるんじゃ……。この目、完全に俺を疑ってる!

 

一宮はポケットをごそごそした。

 

「と、取ったんじゃ、ないです」

 

板チョコを出そうとするが、手が震えて引っ掛かって出てこない。

 

「天音がくれたの?」

「は、はい」

 

すると勝田はニコッと笑った。

 

「いいよ~、持っていきな」

「へー、お前、一崎に気に入られてるのか?」

「め、滅相も御座いません!!」

 

勝田と卜部に笑顔を向けられて一宮はほっとした。

向こうから、たかたかと天音と優奈が走ってやって来た。

 

「勝田さーん」

 

ストライカーユニットに足を通した勝田が、機体の各部を動かして点検を始めた。天音と優奈がその横に立った。

 

「勝田さん、飛ぶんですか?」

 

優奈がまさか自分のではとストライカーユニットを滑め見回した。

 

「というか、飛べるんですか?!」

 

天音は上がりを迎えたウィッチに心配する。

 

「まーかせて。飛ぶだけならそんなに魔法力って使わないんだよ。飛ぶ素質があるとだけど」

「そうなんですか?」

「カタパルトいつでもいけます!」

「おーし、運んでー」

 

整備兵達がユニット拘束装置に群がると、線路の上の拘束装置をカタパルトの方へと押した。一宮もその一人だ。

天音が押している一宮の横に並ぶと、両手をお腹の前で組んで少し体をくねらせ、

 

「い、一宮くん」

 

と小さな声で話し掛けた。

一宮は体を斜めにして拘束装置を押しながらチラリと天音を見る。

 

「あの、さっき……」

「さっき?」

「……どこまで見た?」

 

胸に手を置いてどこのことか無言で訴えると、一宮は盛大に足を滑らせてぶっ倒れた。

 

「一宮ーっ、しっかり押せー!」

「は、はい!」

 

素早く立ち上がってユニット拘束装置に取り付くと、顎を何回もしゃくって

 

「じゃま!じゃま!」

 

と小声で天音を遠ざけた。むーっと口を尖らせて仕方なく天音は距離をおく。

 

 

 

 

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カタパルトに引き上げられ、フロートを引き込んだ状態の零式水偵脚が牽引車にセットされた。右舷にゆっくり旋回すると、背中の方から差す太陽に照らされて、綺麗に晴れ上がった海上がきらきらと光る。

カタパルトに魔法陣が現れた。勝田が準備オーケーと親指を突き出す。優奈が

 

「そんなんでいいの?!」

 

と言うほど控え目なエンジン回転。だが合図とともに発艦操作員が火薬を発火させると、牽引車に引かれる力だけでポンと空中に射ち出された。零式水偵脚はしかし堕ちることなくすぅーっと水平に飛び、やがて左へ旋回する。まるで風のようだ。

飛行感覚を確かめるようにヒラリヒラリとやって、また静かに水平飛行。高度30mほどで神川丸の周囲を旋回する。

 

「どうだ、勝田」

 

卜部の問い掛けに、静かな飛行とは裏腹のひっくり返った声がインカムに返ってきた。

 

≪凄い、凄い気持ちいいよー!ずっと飛んでたい!≫

 

「ちぇーっ、いいなあ。次機会があったら今度は私だからな!早く仕事してこい!」

 

≪もうちょっと!あと高高度飛行!≫

 

バウウウウっとそれまで大人しかった金星4型魔導エンジンが唸りを上げ、それまでとは違った鋭い動きに変わった。切り揉みして向きを変え、神川丸の艦尾方向から真っ直ぐ向かってきて頭上を飛び越えると、艦首の先でぎゅんと上に向いた。そして飛行機雲を残してどんどんと昇っていった。

 

「すごーい!」

 

天音が手をかざして上を見上げる。いつの間にか横に千里が立っていた。

 

「あ、千里さん。お早うございます」

 

千里はそれに返事せず。天音と同じように手をかざして上昇する零式水偵脚を追っていた。

 

「……綺麗。水偵とは思えない。まるで戦闘脚」

「本当。悔しいけど、あんな風にわたしは飛べない」

 

一緒に見上げる優奈もまた静かに見入っていた。

 

「そうなの?」

 

自分で飛んだことのない天音にはそういう実感は全く感じることができない。

 

≪高度3000m≫

 

「ああいうのを、飛ぶ素質って言うんだ」

 

点となった飛行脚はまだまだ衰えることなく上昇していく。

卜部が手を腰に当てて空を見上げ、実力の差に愕然とする後輩達へ明るく語った。

 

「いやいや、アイツのだって飛行経験が磨き上げたものだ。空が好きになって、水上脚が好きなって、海が好きになって、それが水上機乗りを作るのさ」

「ふーん」

「いつか、わたしもあんな風に飛びたい」

「……飛びたい」

 

若き3人のウィッチは点も見えなくなりそうな零式水偵脚にそれぞれの想いを綴った。

 

≪高度5000m……。あれ?≫

 

「どうした、勝田」

 

≪ラジオ香港受信。……えー、続いて扶桑放送協会海外向け放送受信≫

 

 

 

 

神川丸の艦橋でも勝田の通信を聞いていた。

 

「成る程。青い液体には通信を阻害する物質があるんですな。たぶん揮発性で、蒸発して空気中を漂うんでしょう。水面に近いほど濃度が濃いから、高度を上げるほど効果が薄れて、そして影響空間を抜け出ると」

「5000m以上に昇れば通信できるんだな。よくやった勝田飛曹長」

 

 

 

 

と言うわけで、空飛んで遊んでいるうちに核心を見つけてしまい、勝田は予定より大幅に早く帰還する羽目になった。

 

≪うぇーん!海南島まで飛びたいー≫

 

「残念だな、戻ってこーい。うひゃひゃひゃひゃ!」

 

≪卜部さんのケチ!じゃあ一本釣りやって!≫

 

「えー?艦長が許してくれたらなあ」

 

 

 

 

「一本釣りって何ですか?」

 

優奈の疑問に卜部が説明する。

 

「普通、水上機を収容するときは、艦を停止しなきゃいけないだろ?あれは水上機を運用する母艦の弱点でもある」

「今回みたいな潜水艦もどきが相手だと、止まってる船なんて的ですもんねえ」

「そこで母艦が停止せずに収容する技が一本釣り」

「走ってる船に収容してもらうんですか?!」

 

優奈がビックリした。

 

「それ、サーカスじゃないんだ」

 

千里も顔はいつものように普通にしてるが、中はビックリしてるみたいだ。

 

「水上ストライカーだけができる技だよ」

 

伝令に飛んでいた水兵が報告に戻ってきた。

 

「艦長の許可下りました。たまにはやっておこうだそうです」

「よーし、一本釣り用意!」

 

甲板にいた整備員や作業員がわあっと散っていった。

 

「みんなはデリックの所へ」

 

 

 

 

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神川丸は風上へ向け5ノットで進んだ。横には補給を終えた駆逐艦皐月が左舷側に並走している。その艦橋では金色の髪と瞳をした、天音とさして変わらなそうな歳に見える女性(?)が跳び跳ねていた。

 

「水偵脚乗りの名人芸が拝めるよ!ボクも見るのは初めてさ。ワクワクするね!」

 

楽しげにしているのは皐月の艦長、飯野五月女(さつき)少佐。金色の瞳が一際光って見える。

 

「あまりはしゃがないで下さい艦長。本艦は神川丸の護衛艦です」

「そうだね。寝首を刈かれないようにしなきゃ。ソナー、怪しい音聞き漏らしちゃダメだよ!」

 

ゆっくりと神川丸に向かって降りてくる零式水偵脚。滑るように着水すると、神川丸をやや上回る速度で水上滑走し、船縁に寄ってきた。神川丸のデリックが左に大きく突き出し、先端でワイヤーが風に流れている。

 

「デリックの操作員はここが腕の見せ処だ!風を読め!ワイヤーの動きを安定させろ!もう少し下ろせ!」

 

卜部が指示を出す。一本釣りは艦、デリック、水偵脚の全ての呼吸が一致しないとできない。

艦尾方向に斜めに流されたワイヤーは安定している。先端は水上約1m。

やがてその横に水上滑走する勝田が並び、徐々に近寄るとワイヤーの先端のシャックルを掴み取った。そして自身のバックルに繋げる。勝田が手を上げた。

 

「デリック引き上げ!収容!」

 

ワイヤーが巻き取られ、勝田が水面から浮いた。

 

「ゆっくり!風を読め!高度は一定に!パイロットが振り回されないようにワイヤーの回転にも注視!」

 

止まっている時と違って、艦首方向から吹き付ける強風に零式水偵脚が流されて斜めになっている。空中に吊るされた勝田と零式水偵脚がひゅううと甲板の方へやって来た。艦の構造物の陰に入ってようやく斜めになっていた姿勢が垂直になった。そして左舷寄りの甲板空中2mに制止すると、ワイヤーの回転で横向きだったのが艦首方向に向き直ったところで甲板にストンと下ろされた。

 

「勝田機確保!」

「着艦!収容完了!」

「よっしゃあ!」

 

甲板にいたものが一斉に歓声を上げた。

 

「ただいまー」

「お帰り、勝田さん!」

「凄い凄い凄い!」

「……見直した」

 

往年の名人芸。今これができるウィッチならびに水上機母艦は、神川丸をおいて他にない。実戦の華々しい戦果は聞かれないが、かの坂本少佐も一目置いた海軍水上脚使いは、若きウィッチに多大なる影響を与えたのだった。

 

 

 




こんな運用方法もありかなと。
ストライクウィッチーズでも存在は資料上書かれてあるものの、実際作品に描かれているシーンがない水上ストライカーユニットですから、書いた者勝ちです。
勝田さんの高い飛行技術は、現役の優奈と千里を唸らせるほどのようです。
それと前々から度々出ていた、潜水型ネウロイと明るい青い色の謎の液体(バスクリンみたいな感じを想像してください)、あれの正体が明かされました。ミノフスキー粒子だったんですね(違います。作用は似てますが)。


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