水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04 誤字修正しました。





第66話「シャムロ湾海戦」 その4 ~耐え時~

○HK02船団旗艦『香椎』

 

「ウミネコ、こちら香椎。香椎と福江をネウロイへ誘導してくれ」

 

≪は、はい。ネウロイは香椎から方位330、距離1300m、深度200mです≫

 

「よろしい。こちらの水中探信儀でも奴を捉えろ。福江、攻撃準備に入れ」

 

大山司令が支持を飛ばす。しかし砲術長が口をはさんだ。

 

「司令、深度200mということは爆雷の信管の調停深度を越えてます」

「何?」

 

扶桑海軍の2式爆雷の調定深度は30、60、90、120、150mの5段階。最大深度に設定しても200m下のネウロイには届かない。

 

「攻撃できないということか!」

 

大山司令が振り返る。そこに今度は水雷長が一歩前に出た。

 

「いや、待ってください。試験用に積んできた5式爆雷が何発かあるはずです。あれなら届きます」

 

5式爆雷は我々の並行世界では3式爆雷と言っていたものだ。これは沈降速度を増大させるため全長を長くし、流線型に形を変更したものだ。さらに調定深度も40、80、120、160、200mの5段階になっている。採用年が遅くなっているのは、この世界では実際の潜水艦との戦闘が起きていないため、性能改良の必要性がなかったからだ。

昨年末に扶桑近海に忍び込んだカールスラントのUボートXXI型U3088が深度200m以上に潜れるということが判明して各国海軍に衝撃を与えたが、細々と研究が進められていた新型爆雷がこれに対抗できるということで、急きょ正式採用したのである。まだ量産に入ってないため、工廠で急ぎハンドメイドしたものをHK船団の護衛艦用にと持ち込んでいた。機会があれば使って評価してほしいと言われていたものだ。

 

「まさかあれでないと攻撃できない敵が実際に現れるとは」

「ネウロイは人類の潜水艦以上です。当然もっと備えておるべきでした」

「何発配られている?」

「たしか約30発。すべてこの香椎に積んであります」

「そうか。本艦で攻撃するしかないということだな?」

 

大山司令は自分が乗る旗艦を敵に突っ込ませることに、何ら躊躇いはないようであった。

 

「水測、ネウロイの音は聞こえるか?」

「こちら水測。探信儀、聴音機とも反応ありません」

「何だと?しかしウミネコは探知していたぞ」

 

≪こちらウミネコ。ネウロイは速度4ノット、ほとんど音をたててません。水中聴音機では聞こえないかも、です。探信音波も80mと150m辺りの層で屈折するところがあるし、距離もあるので、難しいと思います≫

 

「それでもウミネコには聞こえているんだな。さすがだ」

「いえ、ウミネコは聞き耳をたてているのではなく、見ているそうですよ」

「驚きですね。どれほど光が差し込んでいるのか知りませんが、200mもの深みにいる奴も見えるんですね」

「相手はネウロイだ。こちらの切り札もそれくらい優秀でなくてはな。攻撃されたことも気付かぬうちに沈めてやる」

 

ちなみに天音の探信魔法に光は関係ない。

 

ネウロイは既にいつでも船団を攻撃できる距離にいると思われるので、香椎は最短でネウロイへの衝突コースを取った。ネウロイの正面を横切る形で針路上に爆雷の雨を降らせるつもりである。ウミネコの探知能力が高いからこそ横断攻撃やすれ違い攻撃も自信をもってできるのだ。

 

「ウミネコ、爆雷投下タイミングを指示してくれ。針路はこのままでよいか?」

 

≪投下タイミングは、えっとえっと、随分深くにいるから……≫

 

葉山から助け船が入る。

 

≪こちらミミズク。5式爆雷は沈降速度が毎秒5m。爆雷がネウロイの深度に到達するまでおよそ40秒だ。ネウロイの速度が4ノットなら80m前方で投下合図を≫

≪ありがとうございます、ウミネコ了解。えっと……香椎は針路右3度修正してください≫

 

「香椎、了解」

 

香椎は全速の18ノット。福江も全速19ノットでネウロイに向かっている。しかし5式爆雷を搭載しているのは香椎だけなので、福江は攻撃できない。なので福江はネウロイをなんとか探知しようとしていた。

 

≪爆雷投下まであと100m。……このネウロイも潜水艦なみに中が空洞です≫

 

「前にもそんなネウロイがいたな」

「ぎっしり詰まってる奴と何がどう違うんですかね?」

 

≪あっ! ネウロイ魚雷発射!! 4発!≫

 

「「何?!」」

 

虚を突かれ、香椎の艦橋の者はみな蒼白になった。八重櫻の撃沈が頭をよぎった。

 

「回避を!」

 

≪待ってください。香椎を狙ったものではありません。このまま行くと……、か 、貨物船に向かってます!≫

 

「どの船か?!」

 

≪あの、えっと……爆雷どうしますか?≫

 

「投下まであといくつだ?!」

 

≪も、もう落としていいです≫

 

「ば、爆雷攻撃始め!」

 

「くそっ、こっちを混乱させる気か!」

 

≪ミミズクよりウミネコへ。魚雷針路と狙われた船を突き止めてくれ≫

≪ウミネコ了解、魚雷を追います!≫

≪ミミズクより福江へ。ウミネコと交代し、香椎を攻撃誘導してくれ。ネウロイは捉えられるか?≫

≪ミミズク、こちら福江、現在捜索中。まだネウロイを捉えていない≫

 

福江はウミネコからネウロイの位置を教えられているというのに発見できないというもどかしさを感じていた。

 

≪こちらウミネコ。……魚雷は右列の商船を先頭から狙ってます。先頭から4隻目まで1発ずつ、です≫

 

「HK船団司令部より商船隊へ。再度取舵45度。針路180へ変針し魚雷を回避!」

 

大山司令が船団に指示を飛ばす。その香椎の後ろの海面では爆雷による盛り上がりがもりもりと林立した。

 

「福江、戦果確認!」

 

≪爆雷による騒音で現在確認不能≫

 

 

 

 

○427空1番 零式水偵卜部機

 

天音はなおも魚雷を追っていた。変針指示を受けても軍艦のようにきびきびとは反応しない商船達は、なかなか針路を変えようとはしなかった。狙われてない最後尾の陸軍特殊船がさっさと向きを変え、魚雷が向かいつつある先頭の貨物船は今だ真っ直ぐ突き進んでいる。

 

「何やってるんですか、早く向き変えないと魚雷がきちゃいますよぉ」

 

やきもきする船を見続けてるのも辛くて、広域探査の波も合間に発射した。すると、後を追うように続くものを捉えた。

 

「あっ、……こちらウミネコ!さらに魚雷4本が続いてます!さっきの魚雷の後ろ、約500m後ろ!」

 

≪こちらミミズク。新たな魚雷針路の先を確認せよ。誰が狙われてる?!≫

 

「す、少し待ってください。えっと、えっと、3本は最初の魚雷よりもっと南、1本は北寄りに向かってます。……南寄りのは、針路変えた船の方に向かって行くかも……」

 

≪針路変更することを読んでいたというのか!どの船だ?!≫

 

「先頭から2番目の大型客船と3番目の貨物船の近くを通ります。まだ船の針路が定まってないので、当たるかどうかまでは判別できません。せ、先頭の船はそろそろ向き変えないとヤバいかも……」

 

先頭の貨物船はようやくのろのろと向きを変え始めた。

 

「うわあ、当たるぅ~!」

 

天音は思わず目に手を当てて覆う。が、目で見てるのではなく、魔法波のエコーを尻尾で捉えて頭の中で映像を描いているので、目を覆ってもはっきり見えていた。

 

「きゃあ!」

 

悲鳴を上げたその時、魚雷は貨物船の船尾をかすめて通過していった。

息を着く間もなく、次の魚雷が2番目と3番目の船に近付く。

 

「やだもうー、みんな早く逃げてー!!」

 

2番目と3番目の船はそれぞれの見張りが接近する魚雷を発見した。しかしどちらも大型船なので機敏には動けない。しかも2番目の大型客船には多数の将兵が乗船している。命中すれば、沈まなかったとしても多数の死傷者が出ることは想像に難しくなかった。

 

「神様!」

 

天音は両手を組んで目をつぶって祈った。

祈りは通じたのか、2隻は自らの回避行動で、寸でのところで魚雷をかわした。

 

「よ、よかった……」

 

フロートの上でがっくりと力の抜けた天音が首をもたげていた。その様子を卜部と勝田は気の毒そうにコックピットから見下ろした。

 

「リアルタイムに広い戦場の様子を見ちゃってるんだよね。凄い能力だけど、疲れるなあ、これは」

 

勝田の言に卜部もうんうんと頷く。

 

「着弾観測機で乱戦となってる戦場の上空を飛ぶ時も似たような感じかな。空間把握できるウィッチが、負け戦は辛いって言ってたのも頷けるな」

 

≪ウミネコ、こちら福江。爆雷攻撃地点にネウロイを確認できない。沈んだのか逃げたのか、そちらで分かるか?≫

 

「ちっとは天音の代わりくらいやって見せろよー」

 

腑甲斐無い福江に、天音に代わって勝田が怒った。

しかし天音は文句も言わず、すぐ顔を上げる。姿勢を直して顔をパンパンと叩くと、すぐに零式水偵の下から全周囲に広がる魔法波が放たれた。

 

「うわ……」

 

天音の顔色がまた変わる。その様子を見て卜部が頭を掻いた。

 

「あー、また色んなもん見ちゃった感じだな。一崎、近くのものから報告しようか」

 

「え、え、え、はい。えっと、香椎が攻撃したネウロイは瞬間移動をやったみたいです。瞬間移動はイカみたいに水を勢いよく吹き出して移動するようです。ですが完全には逃げ切れなかったようで、福江の後方170m、深度180mにいます。速度2ノット。船体後部が凹んでます」

 

≪福江、こちらミミズク。今のウミネコの探知情報で再度ネウロイを捕捉し、攻撃せよ。ウミネコ、次に第1猟犬隊が追ってたネウロイの現在位置を確認してくれ≫

 

「え、そっちですか? ……えっと、香椎の280の方向、距離4000m。香椎に向かってるように見えます」

 

≪第1猟犬隊、現在位置は?!≫

≪こちら第1猟犬隊。ウミネコが報告したネウロイまであと2000m≫

 

ネウロイが人類の潜水艦では出さないような速度で水中を走っているものだから、駆逐艦も距離を縮めるのに時間がかかっていた。卜部が腕組みして頭を巡らした。

 

「遠いな。猟犬隊が追い付く頃には、香椎を攻撃出来るくらいまでネウロイが近付いちゃうんじゃないか?」

「だね。うちらでやろうか。ミミズク、こちらK2。そのネウロイはトビが攻撃する。うちらの方が早い」

 

≪K2、こちらミミズク。了解した。だがその前にウミネコへ。他に探知してるネウロイの状況も教えてくれ。北方のロ集団、ハ集団から突破したネウロイは見えるか?≫

 

「は、はい。あ……でも、そのも一つ前に、神川丸の後ろのネウロイをもう一度よく見たいんですけど……」

 

≪1万2千m後ろにいた奴か? まだ猶予あるんじゃないか?≫

 

「すみません、1万2千mはウミネコからの距離だったんです。なので神川丸からはもっと近いんじゃないかと思って……」

 

 

 

 

○12航戦『神川丸』

 

「何だって?!」

 

葉山は背筋に冷たいものが走った。天音から神川丸は7000mも離れている。それを差し引くと5000m以内?

しかも今、神川丸は完全に停止していたのだ。作業する者達の声が艦橋に響いていた。

 

「左舷、零水観収容用意」

「428空5番機、着水します」

「デリック左舷へ」

 

神川丸は攻撃から戻ってきた零式水上観測機を収容しようとしているところだったのだ。

 

「分かった、ウミネコ。急ぎ神川丸後方を索敵せよ。今、神川丸は攻撃に出ていた428空の零式水観を収容中で停止している」

 

≪は、はい。神川丸後方を至急索敵します!≫

 

天音は指向性のある探信波を神川丸の方に向けて放った。結果はすぐ返ってきた。

 

≪ネウロイ探知!神川丸からの方位088、距離4500m、深度10m、針路190で速度10ノット!≫

 

「か、艦長!」

 

葉山に呼ばれるまでもなく、通信を聞いていた有間艦長が即座に応じた。

 

「収容中止!機関始動」

「機関始動!」

「針路190へ、両舷強速!」

「針路190、速度15ノット!」

 

回転を上げたエンジンの鼓動が艦橋にも伝わってくる。図面の上の駒が微妙に揺れる。それを見ている葉山は唇を噛んだ。じわじわと迫ってくるネウロイの圧力で胸が締め付けられる。

 

「くそっ、いつまでこんな我慢が続くんだ」

 

航海員に指示を出し終えた有間艦長が葉山の方へ振り向いた。

 

「そろそろ主導権を取り戻してえな。葉山少尉、後ろの奴、カツオドリに攻撃させよう」

「は、はいっ!」

 

葉山はウィッチ隊の通信機に繋いだ。

 

「待機中のカツオドリ、緊急発進!準備できてるか?!」

 

緊迫した葉山に、静かな声が返ってきた。

 

≪こちらカツオドリ。いつでも行ける≫

 

「ミミズクよりカツオドリへ。ただちに発艦! 神川丸の東4500mのネウロイを攻撃せよ!」

 

≪ミミズク、こちらカツオドリ。ただちに発艦する≫

 

カタパルトの上に座って、上空を旋回していた零式水観を見ていた千里だが、命令を聞くや20mm機関砲を担ぎ上げると、既にシャトルに繋がれていた2式水戦脚に向かって飛び上がった。

足が入るなり、スクランブルの準備ができていた魔導エンジンは直ちに始動し、魔法陣がパアッと現れる。

 

「射出お願い」

 

千里が合図すると発艦操作員が親指を突き出してグッドラックと返答した。パーンと火薬が発火して、2式水戦脚が撃ち出された。

カタパルトから離れるやいなや、千里はギュンとすぐ右に急旋回し、神川丸の後方へすっ飛んでいった。

 

 

 




まだネウロイのターンですかね。神川丸もピーンチ?
12航戦のターンはトビとカツオドリから始まります。


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