2017/8/16
ヘッジホッグを搭載していないはずの天草がヘッジホッグで攻撃している矛盾を修正しました。
また長月が14cm単装砲3基で射撃しているところを12cm単装砲4基に修正しました。
ダイダロスさん、ご指摘ありがとうございます。
○HK02船団旗艦『香椎』
「右舷中央部に被雷!」
「被害状況確認! 防水措置急げ!!」
艦橋も甲板も、慌ただしく水兵が行き来する。
「艦底部の右舷ぎりぎりを掠めたようです。浸水はありますが機関には損傷なし」
「雷跡は見なかったのか? 見張りは?!」
右舷の見張りが呼ばれてやって来た。
「雷跡は全く見えませんでした。ただ艦のすぐ横に魚雷が2本、水面から垂直に飛び出してきました。その直後に命中したんです」
「垂直に?」
「その魚雷はどうなった?」
「直後に魚雷が命中して爆発がありましたので、その後は見ていません」
「雷跡は見えず、垂直に飛び出した魚雷が2本……。司令、下から撃たれたのでは?」
「八重櫻の時と同じか!」
「真下に敵が?!」
「まずい! だとすると、次に奴の真上を通過するのは商船隊の貨物船だ!」
香椎は船団前方を固める護衛艦群の1艦である。商船隊は香椎の後ろに続いて2列になって進んでいた。待ち構えている真上に次々と商船が通過していくことになる。
「船団急速左回頭!」
「発行信号!無線電話でも呼びかけろ!」
「各船、衝突に注意!」
香椎が雷撃された後だったので、商船達の反応も早かった。左へ次々に回頭した船団は、今度は横幅の広い隊形となり、南下を始める。被雷した香椎も体を労わるようにゆっくりと向きを変えた。
香椎の艦橋では船団司令部が商船達の統率を取る傍らで、副長を筆頭に艦の幹部達が必死にダメージコントロールを指揮する。
「浸水区画を閉鎖します!」
「残っている者はいないか? よく確認しろよ!」
「排水ポンプもっと回してください!」
浸水で艦は右に傾いていたが、それも5度ほどで止まった。
「司令。司令部を移さなくてもいいですか? 移すなら神川丸でしょうが」
「傾斜は止まったようじゃないか。30度くらいまでなら俺は我慢するぞ。はっはっは」
「報告します! 浸水止まりました!」
「速度12ノットいけます」
報告を聞いた艦長が頷く。
「よろしい。司令、香椎戦列復帰です。船団にも十分ついていけます」
「よくやった。これでネウロイ探しに注力できるな」
「被雷ポイントには天草が向かっています」
右列護衛隊の先頭にいた択捉型海防艦「天草」は、香椎が雷撃された辺りにやってきていた。そして念入りに水中探信儀で索敵するが……
≪こちら天草。雷撃地点を探信するも、何の反応もなし≫
「くそう、敵はどこにいるんだ。どこから撃ってきたんだ」
○12航戦『神川丸』
神川丸では、卜部機を出撃させるため、海上に一時停止した。22駆逐隊の皐月と長月が神川丸の周りをゆっくり周回して警戒する。
「先行くぜ!」
カタパルトから荒又少尉の零式水偵が真っ暗な空へ飛び立つ。翼端灯が高度を上げていった。落ちることなく無事飛んだのだ。
≪こちら428空1番機。飛行正常。翼端灯を消灯し灯火管制に入る≫
荒又機は安全が確認できたので、余計な灯火を消し、船団の先頭へ向けて飛んで行った。
一方、卜部の零式水偵はデリックで吊り上げられ、海上に降ろされた。曇り空で真っ暗な海上は、まるで墨でも流したかのようで、時々崩れる波頭だけが白く見える。うねりも大きく、水面に降りるなり水偵はゆら~りゆら~りと大きく揺れた。
天音は水偵が艦上にあった時からフロートの上に腰かけ、落ちないように命綱を何本も引っ掛けていた。
「一崎、大丈夫か?」
「天音ー、落ちたら簡単には助けられないぞー。命綱は緩んでないか?」
「はーい、大丈夫です」
≪ウミネコ、ミミズクだ。直ちに水中探信を始めてくれ。まずは船団周囲近海にネウロイがいないかだ≫
「ウミネコ了解しました」
天音は尻尾を伸ばし、先端を掴んで目の前に持ってくると、いつものように念を入れた。
「絶対見つけるよ」
種型に膨らんだ尾の先端の両脇で魔導針の輪が点滅を始める。天音は尻尾を水中に流すと同時に探信波を発信した。
「全方位水中探査始めます!」
パンっと魔導針の輪が弾け、波紋となって広がる。が、探信波はすぐ横にいる神川丸の舷側に当たって跳ね返った。
「神川丸のいる側が見えませーん。神川丸が近すぎます」
「ちょっと待って、すぐ外れるから」
既に勝田がコックピットから出て、デリックと水偵を結びつけていたシャックルを外しにかかっていた。
「外れた! 卜部さん」
「おうよ!」
待ってましたとばかりにブオオオオオーとエンジンが唸り、探信波の波紋を広げながら、零式水偵が神川丸から離れていく。
天音は目をつぶった。目の前の視界は闇夜でほとんど見えず、目をつぶってもさして変わらない。しかし、水中だけは昼間のように明瞭な世界が広がっている。遠くまで全部が見える。魚も。船団のそれぞれの船の底も。海底も。そして……
「ウミネコからの方位、300。距離7000mに潜水型ネウロイ1隻。深度30m、速度7ノットで南へ移動してます」
○HK02船団旗艦『香椎』
「トビが発進。ウミネコが捜索を開始しました。……え、もう発見しました! ウミネコからの方位300。距離7000m!」
「どの辺だ?」
大山司令は海図を見下ろす。
「第1猟犬隊の近くです」
「それは占守が聞いた不審音の主じゃないか? そいつが雷撃したのなら水中聴音器で魚雷の走行音が聞こえたはずだ。香椎を雷撃したのは別にいるぞ。ウミネコには被雷地点を探らせろ」
「了解。ウミネコには香椎被雷地点を調べさせます」
「第1猟犬隊、ウミネコの捉えたネウロイを攻撃せよ!」
≪こちら428空1番機。第1猟犬隊を支援する≫
○427空1番機 零式水偵卜部機
第1猟犬隊が爆雷の水柱をどばどばと林立させ始めた頃、東の空が白やんできた。
「天音ー。香椎が雷撃された辺りを調べろってさ。今その辺には天草がいる」
勝田が香椎からの命令を伝えた。
「天草、天草……」
天音は船団を描いたボードを懐中電灯で照らして、天草を探す。
「右の列の護衛隊の先頭だから、これかぁ……」
「香椎は真下から撃たれたらしいって言ってる。あの八重櫻が沈められた時の攻撃と同じ方法かもしれないよ」
「八重櫻の時と?!」
天音は勝田の方を見上げた。見つめられて勝田は「同じかも、だよ。かも」とはぐらかした。
あの時ネウロイは、体を真上に向けて200mの深さで魚雷を発射した。200mというのは、その下はもう海底だったからそれ以上潜ろうにも潜れなかったからだ。
そんな深みから攻撃してきたのは初めてだった。人類の潜水艦ではカールスラントの新型を除けば潜ることができない深さだし、潜れても魚雷を撃つことはできない。
不可解なのはそこに姿を見つけるまで、移動してきた姿を捉えていないことだ。攻撃した後には体を水平に戻して船団に迫ってきたから、移動するところが見えない訳じゃないはず。
「指向性探査モード」
探信波を天草のいる方向にだけ飛ばした。詳しく調べてみよう。
「上を向いているネウロイはいない。近くに水平になって移動しているのもいない」
まだ暗い海の水面近くで探信波を発信し続ける尻尾を、いろいろ思考しながら焦点を合わせることなく見つめる天音。八重櫻が攻撃された前後をさらに思い起こす。
「あのネウロイは急に現れた。移動してくるところを見逃したんじゃなくて、きっと最初からそこにいたんだ。……もしかして!」
探信波の色がまた変わった。赤紫の波が混じる。飛んでいく方向は同じだ。だが探す方法が違う。
「ヒラメ、カレイ捜索モード」
地元の漁に手伝いに出たとき使う技だった。水中をまんべんなく進む青白いいつもの波に対し、赤紫の波は下へと沈んでいく。その波は海底を舐めていった。
「見つけた! 天草聞こえますか? こちらウミネコ!」
≪ウミネコ、こちら天草≫
「天草から方位018、距離700mにネウロイ! ネウロイは海底にいます。砂を被って寝そべってます!」
○択捉型海防艦『天草』
「海底だって?!」
≪砂を被って寝そべってます! 海底の水深は230m≫
「2式爆雷の調定深度は最大150m。230mでは調定外だ」
「ヘッジホッグならいけるかもしれません」
「当たるまで爆発しないアレか。しかし本艦は装備してないぞ」
扶桑本土から増援で来た神風型駆逐艦や御蔵型海防艦はヘッジホッグを搭載しているが、香港にいた南遣艦隊の分までは数が揃わず、一部の艦しか装備できなかったのだ。
「占守なら積んでます」
そのような中で、南遣艦隊の古参である海防艦占守は優先してヘッジホッグを搭載していたのである。占守は撃沈された八重櫻に代わり、船団の前方に配置を変えており、天草の近くにいた。
「いいだろう。占守を呼べ。ウミネコ誘導してくれ」
○占守型海防艦『占守』
商船と共に針路変更していた占守だが、天草に呼ばれて方向転換し、天音が伝えてきたネウロイへ向かう。
占守は扶桑海軍では駆逐艦より一回り小さい海防艦という艦種で、他の国ではスループやコルベットといったところに分類される。その主任務はまさに護衛だ。そして護衛専門の艦種に海防艦という名を付けるよう改まってから最初の型が占守型であり、その1番艦が占守である。なので占守型はまだ実験的要素も多く、占守型で得られた教訓を以降の海防艦が取り入れて改良されていった。
その改良型の第二弾が択捉型で、HK02船団の天草、福江、笠戸がそれに当たる。第3弾の御蔵型はまさに御蔵がHK02船団にいる。
また占守型は北方警備を視野にいれて設計されており、実際姉妹艦はほとんど千島列島やアリューシャンに配備されているのだが、なぜか占守は最初から南遣艦隊にいて、暑い南方で作戦している。だがおかげで南方に必要な装備改修ポイントも明らかになり、御蔵など随分その恩恵を受けているのだ。
≪占守、こちらウミネコ。ネウロイはちょい右、2度。あと200m≫
「微速に落とせ。150mで発射」
「両舷微速」
「150mでヘッジホッグ発射する」
「発射用意!」
「だいぶうねりがあります。爆雷がうまく散らばらないかもしれません」
「この発射台は改良が必要だな。このままじゃ荒天時は使えないぞ」
「発射5秒前」
「用意」
「テーッ」
ドドドドドドッ
ヘッジホッグの小型対潜爆雷が空中へ飛び出す。案の定楕円にはならなかったが、まあまあの散布界だ。沈降速度毎秒7mのヘッジホッグ爆雷が230m下に到達するまで33秒弱。
≪こちらウミネコ。1発が当たります≫
命中した1発に引きずられて24発の爆雷が海底で爆発した。海上に水柱が立つようなことはなかったが、くぐもった衝撃が艦底にも届く。
「どうだ、沈めたか?」
≪ウミネコです。砂が大量に巻き上がってます。今探しています≫
さらに指向性の高い魔導波がその一帯を探った。
≪ネウロイいました。速度5ノットで北へ向かって移動中。損傷は……後部上面にへこみあり。砂がクッションになったんでしょうか、あまり損害は受けてないみたいです≫
「くそう、ヘッジホッグ次弾装填!」
装填作業に当たる水兵が、弾薬庫から持ってきた細長い爆雷を1発ずつ抱えて並び、ヘッジホッグの発射台に爆雷を差し込むようにして装填していく。
≪ネウロイ、また砂に潜りました≫
「本当にヒラメやエイみたいな奴だ」
「どうしますか?これではまた砂が防壁になって、効果が薄まってしまいます」
「うーむ……」
そこに勝田の緊張感のない声が無線電話機のスピーカーから流れた。
≪あー、こちらK2。1撃でだめなら立て続けに2撃3撃とするか、爆雷投射量を増やしたらどうかな≫
○12航戦 第22駆逐隊『皐月』
「お待たせーっ、皐月だよ!」
HK02船団でヘッジホッグを搭載艦しているのは、船団直衛の海防艦御蔵か、猟犬隊の神風型駆逐艦、12航戦第22駆逐隊の睦月型駆逐艦である。直衛の海防艦は引っこ抜きたくないし、第1猟犬隊は最初に見つけたネウロイと交戦中、第2猟犬隊は位置的に遠かったので、自由に動ける22駆の駆逐艦が呼ばれたのだった。やって来たのは皐月と長月だ。
≪ウミネコの探知で、この下の海底にネウロイが隠れているのが見つかった。砂に埋まっているからヘッジホッグの一撃じゃ被害を与えられなかったのだ。なので……≫
「わかったーっ、まっかせてよ! 魔法魚雷戦、始めるよ!」
≪≪え?!≫≫
皐月の飯野
≪さっちん、魚雷をどうやって海底に向けて撃つつもりだ?!≫
長月の高山穂長艦長が当然の疑問を投げる。
「航海長、急速転舵すれば艦は20度は傾くよね? 一番傾いたところで発射するよ!」
「はっ! 25度は傾けて見せます!」
「やる気だね! ウミネコちゃん、ネウロイの場所詳しく教えて」
というわけで、皐月が25度の角度で水中に向けて魚雷を撃ち込んで、ネウロイに命中する位置が計算された。その位置に向けて元気に白波を蹴って行く駆逐艦皐月。皐月の雷撃であわよくば撃沈、沈められなくても焙り出したところを長月と占守、深度によっては天草も加わって攻撃するという手はずになった。
「艦長、まもなくです!」
既に皐月の1番3連装魚雷発射管は魔法力を帯びて青白く発光している。
「左舷魔法魚雷戦! 発射管左90度固定!」
「面舵入ります!」
がらがらと勢いよく回される舵輪。軽快な駆逐艦は直ちに舳先を変える。それと共に艦が左にぐぐっと傾斜し始めた。発射管の先は水平線から手前の海面へと変わり、手を延ばせば届きそうになる。
「間もなく発射点! 現在傾斜24度!」
「あとひと息だ!」
「お前ら左舷に行け!」
「「はいいいー!」」
若い水兵達が左舷へ走り寄り、手摺にしがみつく。
「発射5秒前、 4、 3、 2、 1」
「傾斜25度」
「てーっ!」
「沈んじゃえーっ!!」
ズドーンという魚雷とは思えない発射音と吹きあがる青炎。そして皐月の左舷に魚雷が命中したのではというような大きな水柱が立ち上がった。
「ウミネコちゃん、見ててー!」
○427空1番機 零式水偵卜部機
「え?! いや、ちょっと!」
見たこともない勢いで物体が海中を進んでいくのに、天音は大慌てになった。
「わ! 100ノットくらい?! え? わ!」
驚いている間に、魚雷は10秒とかからず海底に到達し、一帯を吹っ飛ばした。分かったのは、僅かにネウロイを飛び越えたっぽいことだ。
≪ウミネコちゃん、どう?!≫
「わーっ、たぶん外れましたー!」
おそらくほんの少し傾斜が足りなかったのだろう。しかし外れたといっても水雷ウィッチの魔法力注入魚雷である。辺り一帯の砂はもちろん、その下にいたネウロイも吹き飛ばされ、水中に放り投げられた。
「わわ! 砂と一緒にネウロイも舞い上がって、木の葉のように水中を舞ってます! 深度200mから上昇中!」
○12航戦 第22駆逐隊『長月』
目の前の海面が魚雷の爆発で吹き上がる。高山艦長がそこ目がけて長月を走らせた。
「長月、突撃する! ヘッジホッグ撃てーっ!」
艦橋の前、第1魚雷発射管の上に少し被さるように増設された砲座から、ドドドドドドっとヘッジホッグの対潜弾24発が空中に飛び出る。
「占守、天草も撃ち込め!」
占守も続けてヘッジホッグを発射し、水柱が落ちて白く泡立つ海面にバシャバシャと対潜弾の雨が降り注いだ。その上を天草が通過しながら調定深度最大でダメ押しの爆雷をばら撒く。
「水測、海中の様子分るか?」
「いやもう、ひっちゃかめっちゃかです! 轟音しか聞こえません!」
「ウミネコ!」
≪はいい! いっぱい当たりそうです!≫
1発が接触しただけで、2隻で48発のヘッジホッグ対潜弾がネウロイがいようがいまいが爆発した。広範囲の水中爆発に翻弄されたネウロイは上下逆さまになった船体を戻そうと倒立状態になる。だがそこで今度は天草の爆雷が炸裂した。深度150m付近にあった艦尾部分が爆発に巻き込まれ、ネウロイはコントロールを失う。上も下もの水中爆発でなす術もなくなったネウロイは縦に回転しながら浮上し、長月の目の前の海上に艦尾から飛び出した。ネウロイの船体は全身がひび割れ砕け、しかしぼろぼろになりながらもコアのある瘤のところは奇跡的に残っていた。
「右、砲雷撃戦! 撃ちまくれ!」
4基の12cm単装砲が火を噴く。そこにダメ押しの酸素魚雷3本が加わり、盛大な爆発と共に白い粉となったネウロイが散った。
その様子を上空から1機の複葉機が見ていた。哨戒に飛んできたブリタニアのアルバコア雷撃機だった。
「こちらブリタニア空軍コタ・バル基地哨戒機。扶桑船団上空に到達。扶桑の護衛艦隊は容赦ないぞ。今、潜水型ネウロイが1匹血祭りにあげられるのを見たところだ」