水音の乙女   作:RightWorld

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2017/6/24
誤字修正しました。
報告感謝です。 >(ΦωΦ)さん

2017/11/18
誤字修正しました。前に直した時消し過ぎたようです。
報告感謝です。>最焉 終さん

2018/3/17
誤字修正しました。

2019/12/31
体裁修正しました。
また大量生産するチープな護衛空母の母体について“戦時用の標準規格商船(リバティ船)”としていたのを“リベリオン海事委員会が規格化した標準貨物船”に正しました。






第7話:コールサイン”キョクアジサシ”

 

 

出発したとき海上は霧が立っていた。定着氷の先はよく晴れていて、そこでの任務は順調に終わったが、最後の家に辿り着こうというところでまだ霧が立ち込めているとしたら少々やっかいだ。

だが心配は杞憂に終わった。透き通るような薄い雲の下にはやや暗いグリーンの海が広がっていた。あとは船のそばの波が荒れてなければ大丈夫だ。

筑波優奈は次第に高度を下げていった。

 

「手紙とか、ちゃんと届いたかなぁ」

 

それは3週間前、中学の友達や先生宛に送ったものだ。もう着いていておかしくない頃だ。

優奈は今、ベーリング海を飛んでいた。

 

 

 

 

オラーシャのネウロイが冬季に凍った北極海を渡ってファラウェイランドに進出するかもしれないという懸念が上がり、リベリオンとファラウェイランド、扶桑は北極圏に監視基地を設営したばかりだった。

扶桑はカムチャッカとアリューシャンの西側を担当し、リベリオンの領土ではあるが、アリューシャン列島のアッツ島とキスカ島にリベリオンと共同で基地を建設していた。

優奈の部隊はキスカ基地に偵察用水上機を運ぶことと、ベーリング海から北極点方向を広域航空偵察するという任務に就いていた。

 

キスカ基地に水上機を運んだ後、周辺の偵察や測量などをしていったんキスカ島に戻ると、ちょうど霞ヶ浦から二式飛行艇の連絡機が来ていて、内地に手紙が送れるというので、キスカ基地で撮った写真と便りを託したのだ。それらはベーリング海名産のカニで作った缶詰とともに在学していた中学校に送ったのだった。一応検閲があるというのだが、ネウロイが手紙を奪って読むという恐れがないため、検閲と言っても結構緩いものだそうだ。

 

 

 

 

眼下に広がるグリーンの海は、いつも見せる北極圏の厳しい姿ではないが、9時間以上飛んだにもかかわらず、優奈は集中力を緩めることなく慎重に飛んでいた。

 

霧はないが若干波が高い。でも、きっと艦長は静かなアヒルの池を作ってくれるだろう。

 

「こちらキョクアジサシ。北東より侵入中。まもなく視界に入ります」

 

≪了解、キョクアジサシ≫

 

前方の太陽が当たってキラキラ光る海上に、小さくぽつりと貨物船が見えた。ちょうど大きく雲が切れているようで、そこだけ春を思わせる暖かな日差しが降り注いでいた。

その貨物船は優奈の姿が近付いてくるのを確認すると、ゆっくり弧を描いて旋回し始めた。貨物船はそのまま旋回を続け、その場で大きく1周した。すると旋回した内側に丸い凪いだところが現れた。まるで池のように。船の航跡で発生した人工の波が自然の波と打ち解けあって、そこだけ波が穏やかになったのだ。

インカムから商船上がりの艦長の塩でしゃがれた声が聞こえてきた。

 

≪嬢ちゃん、“アヒルの池”ができたよ。戻っておいで≫

 

「ありがとうございます、艦長」

 

低空へ最後のアプローチ。

眼下でどんどんと後ろへ置いていかれるキラキラの海面は、反射する陽光がまるで光の粒になってはしゃぎまわっているようだ。

優奈は水平飛行から身体を起こし着水態勢にした。そしてその独特のストライカーを作動させる。そのストライカーの船底のような形をした前部分がかぱっと前に飛び出ると、ゆっくり下へ降りていった。それが水面と平行になると、優奈はいよいよ高度を落とし、速度を落としつつも失速しないように気を配る。

うねる海面が、ある一線から嘘のように穏やかになった。“アヒルの池”に入ったのだ。

ストライカーがついに水面と接触した。機首を少しあげる。

水の抵抗を大きく感じ取ると急速に速度は落ち、ざあっと両脇に大きく上がった水しぶきもすぐに収まった。そして白い航跡を引いて優奈は貨物船の方へ向かっていった。

 

貨物船の横まで来ると、デリックの一つが回ってきて、優奈の真上にロープを下ろしてきた。先端のシャックルを自分のバックルに繋げて合図すると、優奈はデリックで海上から引き上げられた。海から離れたフロートから雫がザザーっと落ち、一瞬虹が現れた。

船縁に吊された状態で船を見渡すと、この船が貨物船の形をしつつも少し変わっていることが分かる。前甲板こそ普通の貨物船だが、後甲板はデリックの支柱がある以外はまっ平らになっていて、Uの字に線路が敷いてある。線路の上には台車があり、その一つに水上飛行機が乗っている。零式水上観測機だ。本来は着弾観測が主任務の水上機なのに、非常に軽快な運動性を持っているので、陸上機が配備できないところでは戦闘機としても使われる。それゆえに501戦闘航空団の元ウィッチ坂本少佐が、魔法力が無くなってからもこれで飛んでいることで有名だ。

見たところ水上飛行機は1機しかないが、台車の数からすると8機は載るようだ。右舷側にはカタパルトが1基あった。

そして船首と船尾には貨物船らしからぬ砲座があり、14cm単装砲を1門ずつ構えている。中央にある船橋にも幾つか機関銃などが備わっている。

 

この船は商船ではない。6年前までは確かに太平洋航路の高速貨物船だったが、今はれっきとした扶桑皇国海軍に籍を置く軍艦、特設水上機母艦『神川丸』だ。

 

優奈はデリックで後部甲板に下ろされると、整備員が飛んできて拘束装置にユニットを預ける。シャックルをバックルから外し、ユニットから足が引き抜かれ、拘束装置に備わっているタラップで甲板まで降りると、優奈はさっきまで足に装着されていたユニットの横に立って、そのボリュームのある海上色に塗られた肌を撫でた。

 

「今日も無事帰れたね。ご苦労様。しっかり整備してもらってね」

 

優奈が履いていたストライカーユニットは『零式水上偵察脚』。珍しいフロートのついた飛行脚である。ずんぐりしているのは、飛行脚にフロートが付いているせいだった。通常の飛行脚に付いている先端の車輪はなく、その代わりに水上滑走で使用するフロートが付いており、引き込み式の支持脚でストライカーユニットの前部分(脛の側)と繋がっている。飛行中は支持脚で引き上げられ、脛側に接合される。接合された状態だと、いわゆる水上飛行機のフロートのような形となるストライカーユニットだった。

 

零式水上偵察脚はその名の通り、偵察が主任務である。そのためもともと航続距離の長いのが多い扶桑海軍のストライカーの中にあっても特に長い。3千kmは余裕で飛ぶことができる。燃料搭載量も多いが、ひとえに魔法力の消耗が少ないのが特徴だ。

陸軍も百式司令部偵察脚のように適地奥深くへ侵入して戦略偵察することに特化した、高速でありながら魔法力の消耗も少ない特殊なストライカーユニットを持っているが、海軍は海軍らしく、水上からの離着水を可能としたものを開発したのだ。

 

しかし地味な偵察、哨戒という任務は、いくら魔法力の消費が少ない機体とはいえ、その分長時間の飛行を強いられる。この任務には戦闘機乗りや爆撃機乗りとはまた違った素質も必要だった。

 

整備兵が優奈にラムネを差し出した。

 

「嬢ちゃん疲れたろう、一本やりな」

「ありがとう! でもこれくらいじゃぜんぜん疲れないよ。あたしはマラソンで鍛えてたからね!」

 

優奈の神川丸でのコールサインは“キョクアジサシ”だ。

キョクアジサシは渡り鳥最長の移動距離を誇る。なにしろ1年の間に北極と南極を行き来するというたまげた鳥だ。優奈もまた長距離・長時間の飛行をものともしないスタミナと、それをさらに強化する固有魔法により、通常の零水偵が飛ぶ航続距離の、実に2倍を飛ばすことができる。それがこのコールサインへと繋がっているのだ。

優奈はその並外れたスタミナで霞ヶ浦の航空教練場の時から注目されていて、北極圏の基地支援で長距離偵察員を探している話が出たときにはすぐに名があがり、訓練終了後ただちに水偵部隊への配属が決まったのだった。

 

 

扶桑では巡洋艦以上の軍艦や潜水艦で、偵察や着弾観測のために水上機を運用している。基本能力の高いウィッチ、特に偵察能力のあるウィッチが同様の任務を行うと、それは現代の早期警戒機並みの能力を発揮する。

ネウロイは水を嫌うといえど、沿岸部であれば飛行型は出てくるのだ。海上を迂回されて背後に回られてはたまらない。陸上基地が準備できないところでも自由に移動できる洋上艦からの偵察・警戒は、扶桑ならずとも重要性を感じられてた。

しかし航空ウィッチは発着に滑走路が必要で、海上でそれを行うには飛行甲板を持った空母が必要となる。だが空母は高価な上、護衛する艦船もそろえるとなると、空母艦隊というのはそうそう揃えられるものではない。数にも限りがある。あまり危険なところにほいほいと配備できるような兵器ではない。

 

ならば普通の艦船から偵察ウィッチを使うことはできないか。使えれば非常に作戦は多角的に展開できるようになる。

そこで水上機型のストライカーというわけだ。発進はカタパルトか水上滑走で。着水も水上滑走し、クレーンで引き上げてもらう。こうすることで飛行甲板も必要とせず、能力の高い航空ウィッチを通常の艦船から運用できるようになったのだ。

そして扶桑で特に発展したのが、水上機を専門に扱う『水上機母艦』だ。第2次ネウロイ大戦で艦隊随伴型の大型水上機母艦を運用しているのは扶桑だけだ。

 

しかし航空機の性能をフルに使えるのはやはり陸上・艦上機であり、空母だ。中には通常のストライカーを履いて、ホバリングに近いことをして船のマストに乗っかるようなベテランウィッチも欧州にはいるが、あれを正式運用とする国は扶桑でさえもなかった。

なのでそうした任務にもってこいなチープな護衛空母を、リベリオン海事委員会が規格化した標準貨物船を元に改造して大量に建造するということを、リベリオンとブリタニアが中心になって始めたところだ。とはいえまだ始まったばかりで、完成した小型空母は全て大西洋に配備されている。

 

 

「嬢ちゃん、今日の夕飯は“甘煮”だよ」

「わあい!おなかぺっこぺこ!」

 

 

 




前回第6話は、11月11日11時11分投稿をしたかったために急いだという・・(^^;

ついでに4~6話の話をすると、
天音ちゃんの固有魔法を「ソナー」にするのは、お話を企画したときに当たり前のように決まっていましたが、問題はどうやって生身の体に装備(?)させるかということ。
色々考えたんですが、結局曳航ソナーのようなものになりました。あまり気に入ってません。
使い魔ももっと音や音波に関係するものにしたかったですが、超音波出すコウモリじゃ顔がキモいし、魚やイルカ・クジラじゃ、尻尾は尾ひれなのか?耳も出せないし、ってなるし・・・。
尾にコブがあるものとしては・・アンキロサウルスか?!いや、絶滅してるから使い魔になれないでしょ。
他は思いつかなくて、長い尾ならなんでもいいやって投げやりに・・(--;
ちなみに天音ちゃんのアクティブソナーは音波ではなく、魔法波と考えています。なので音で調べること以上に色々な事ができる、というつもりです。
磁気探知(MAD)については、別の娘の固有魔法として出せないかなと思っています。


さて7話は天音ちゃんの親友、筑波優奈ちゃんの紹介を一話でやってしまいました。
失敗したーと思ったのは季節。下書きでは夏場を思い描いていたのですが、先のシィーニーちゃんの登場の時”シンガポールは雨季”と書いてしまったのです。シンガポールの雨季は11月から2月くらいとのこと。なので北半球は冬。優奈ちゃんたちは冬の真っ只中にアリューシャンやベーリング海へ出向いたことになってしまったのです。水上機運用できるのかな?
実際、アッツ島の水上機などは、戦闘より厳しい気象によって係留中に壊れたのが相当数に上ったらしいですよ。
なので優奈ちゃんたちの北極圏基地支援任務については、細かく追求しないでください。(^^;


それと7話では水上機型ストライカーの説明うんちくと描写があります。
たしかオリジナルの中には水上機型ストライカーは名前は登場しても、実際運用している場面の描写はなかったと思うので、形も含め想像してみました。
そもそもオリジナルの中では、普通のストライカーでもホバリングしてるし、その辺の草原からいきなり飛ぶこともできるし、滑走路なんていらなそうなシーンはいくらでもあるんですが、一応厳密にこだわってみました。



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