水音の乙女   作:RightWorld

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第73話「救援、マレーの花」

 

○427空2番機 零式水偵脚筑波機

 

≪駆逐艦の弾幕の中にネウロイを誘い込め!≫

 

「駆逐艦なんてどこ?!」

 

振り向くと、後方上空から弾丸の光がこちらに向かって来るのが見えた。

 

「とても駆逐艦まで間に合わないよーっ!!」

 

その時、ブリタニア語がインカムに入ってきた。

 

シールドを上側に張って下さい!

 

「え?!」

 

急にブリタニアで言われたので一瞬固まったが、シールドという単語に脳髄が反射的に反応してシールドを展開した。

 

「上へ?!」

 

投げ掛けられた言葉を脳ミソがやっと解読し、シールドを上に移動させる。途端に前方に別の曳光弾が現れて、水面に着弾による水飛沫が無数に上がった。しかもこっちへ向かってくる!

 

「ええー?!」

 

ガンガンガンっと展開したシールドに弾が当たって弾ける音がした。後ろの敵じゃない。当たったのは前から降ってきた弾だ。

 

「いやーっ! こっちも敵ぃー?!」

 

そう叫んだその時、優奈の後ろに流れてい行った曳光弾がぱっと光った。振り向くとオレンジの火の手が上がってネウロイがバラバラに砕けた。と同時に優奈の零式水偵脚の横を何かがすれ違った。

 

ギャオーッ

 

すれ違ったそれは悲鳴を残し、水面に1本の筋を引いていった。

 

あぶ! あぶ! (あぶ)

 

インカムに焦った声が届く。

そしてそれは上昇した。水面に接触したものの、辛うじて激突や墜落は免れたらしい。

 

 

 

 

○427空1番機 零式水偵卜部機

 

「ウィッチだ! 航空起動歩兵! 機種はわかんねえ!」

「ウィッチ?! 千里さん?」

「違うな。勝田、他に敵影ないか周囲警戒!」

「了解! 天音は水中を見張って」

「あ、はい。……うわっ! 島の方から水面を跳ねながら猛スピードで何か来ます!」

 

卜部と勝田が島の方へ振り返った。一瞬間を置いて、貨物船の間から物凄い水飛沫を跳ね上げるものが現れた。それは大きくカーブしてこっちへやって来る。水上スキー? いや水上スキーではない。水上ストライカーユニットだ。曲がり終わって直線になると、それは離水し、直ちにフロートを引き込んだ。水面から足が離れた途端、捻りながら上昇し、一点に向かって行った。

 

「千里さんだ!」

 

ド派手な飛行に天音も誰だか気が付いた。

 

 

 

 

○427空3番機 2式水戦脚下妻機

 

千里の2式水戦脚が真っ直ぐ向かっていった先、ロックオンされたのは、優奈の横を掠めたストライカーユニットだった。狙われた方は強烈な殺気に気付いて叫んだ。

 

わわわ、味方ですよ! わたしは味方!

 

インカムに流れたのはまたしてもブリタニア語。

千里は足を前に出して急制動をかけると、その姿勢から背面宙返りをしてさらに速度を落とし、ブリタニア語でしゃべるウィッチの横についた。

 

あなた誰?

 

千里も ブリタニア語で問いかけるが、相手は目を丸くしてるだけで返事が返ってこない。返事どころか逆に質問してきた。

 

さ、さっき、水上走ってませんでした?

走った。水上ストライカーユニットだから

水上ストライカーユニット? それであのスピード?! それどこから輸入したんです? カールスラント? ガリア?

国産。扶桑皇国の

こ、こ、こ、国産?! アジアで作ってるんですか?! か、かっこいーー!!

 

涙を流さんばかりに感激された。先に進まないので、千里は一先ずこのウィッチを無視することにした。

 

「キョクアジサシ、無事?」

 

≪千里?! こ、怖かったよー!≫

 

低空に逃げていた優奈が千里のところに上がってきた。

 

「筑波さん、飛行型ネウロイとの遭遇は初めてね」

「死ぬかと思ったー。あなたが助けてくれた人? 撃たれたような気がしないでもないけど。あ、ブリタニアのウィッチ? サンキュー ベリーマッチ フォー ユア ヘルプ」

 

千里と並んで飛ぶストライカーユニットに描かれたブリタニアのマークを見て、優奈はブリタニア語で助けてくれたお礼を言った。

 

それにしても何か変なストライカーユニットだ。胴体のブリタニアのマークに加えて尾翼には赤い花の絵が一つ。横に生えている翼は上下に2枚。ウィッチはストライカーユニットと太いパイプで繋がった大きな箱を背負っている。その箱からひゅうひゅうと魔導過給機が大気中のエーテルを吸い込むような音がする。もしかしてこれ、魔導エンジンの一部?

それにウィッチもブリタニアの機体履いてるというのに、欧州人に見えない。凹凸の少ない顔立ちからして、同じアジア系のようだ。次第に明るくなってくる空に照らされた肌の色は褐色のように見える。

そこに下から零式水偵まで上がってきた。卜部操縦の427空1番機だ。

 

「優奈ー、大丈夫ー?!」

 

フロートにしがみついたままの天音が叫んだ。

 

「筑波、怪我ないか?!」

 

卜部も機体を寄せてきて目視でも優奈の状態を観察する。

 

「被弾はしてなさそうだな」

「心配かけました。大丈夫、被弾してません」

わわわ! そんなことに乗って、危ないですよ!

 

扶桑語の会話の中にブリタニア語の叫びが入る。フロートの上の天音を見てブリタニアのウィッチが仰天したのだ。

 

命綱で繋いでるから大丈夫。優奈を助けてくれてありがとう

おーっ、懐かしいー。複葉のストライカーユニットじゃん! 95式艦戦以来だ。ブリタニアの複葉戦闘脚というと、もしかしてグラディエーター?

 

勝田がそのストライカーユニットに気づいた。

 

はいー、シンガポール航空隊の最新鋭制空戦闘脚グラディエーターMkⅡです!

最新鋭?

 

まあ間違ってはいない。シンガポール航空隊にとっては。

 

トレンガヌ前進基地のレーダーが島に向かって飛ぶ飛行型ネウロイを発見したので、スクランブルしました

そうだったのか。助かったよ。私は扶桑皇国海軍第427航空隊隊長の卜部ともえ少尉だ

 

ブリタニアのウィッチは自分より上の階級の者に先に挨拶させてしまった事に気付き、慌てて返答した。

 

あわわわ! き、恐縮です、少尉殿! わたしはブリタニア空軍海峡植民地軍シンガポール航空隊のシィーニー・タム・ワン軍曹です!

それで軍曹、敵は何機いたんだ?

あ! 2機です

そうか。そいつも叩き落としてくれたのか

えー……、言いにくいのですが、まだ何処かその辺に……

え?! じゃあこの反応はネウロイ?!

 

優奈が飛び上がって大声をあげ、島の方へ機首を向けた。

 

「対空電探に船団へ向かう機影あり! 神川丸、こちらキョクアジサシ、島の西の方角から船団へ向かう機影1を探知! 飛行型ネウロイの可能性あり!」

 

≪こちら神川丸、了解。だが神川丸の電探には何も捉えていない≫

 

「またネウロイの電波妨害じゃない?」

そ、そのストライカーユニット、レーダー積んでるんですか?

 

シィーニーが目をギラギラさせて優奈の零式水偵脚をガン見する。

 

そうよ。対空、対水上レーダー1つずつ

す、凄いー!! なんて近代的な!

 

またでっかく感激された。

 

感激している場合じゃない。戦闘脚は迎撃です

 

千里がシィーニーの肩をとんとんとつつくと、そう言い残してくるんとロールし、島へ向かって加速していった。

 

そ、そうでした。わたしも行きます!

 

シィーニーのグラディエーターもロールして千里の後を追う。

卜部が残るものに指示を出す。

 

「ネウロイの電波妨害なら低空ほど妨害受けるってやつだな? 筑波、高度上げて電探で周囲索敵! 一崎、私達は海上に降りて水中探信だ。電波妨害液撒いたネウロイがまだいるかもしれん」

「「了解!」」

 

 

 

 

高度を上げつつ時速400kmで飛ぶ千里の2式水上戦闘脚に追いすがるシィーニーのグラディエーター。

 

うわ、なんてスピード。ホントそれ水上機ですか~?

水上から飛び立つところ見たはず。いた、1時の方向

 

千里の目線の先に、防潜網内にまだいる貨物船に向け真っ直ぐ向かう小型の黒い機影がいた。

 

「神川丸、こちらカツオドリ。敵機影確認。島中央部上空、船団まであと1千m。機種は小型爆撃機」

 

高性能な機体に、驚きも慌てもしない淡々としたウィッチの声。シィーニーはもしかしてこのウィッチも機械なのではと思った。

 

あのー、曹長

……だめ。僅かに間に合わない

 

声はさっきと変わらず高揚ないが、声質に焦りの色が滲み出る。人間だ。シィーニーはちょっと安心した。

その時、船団のいる湾の方から、昇りつつある太陽の光を反射してキラリキラリと光るものが上がってきた。

 

≪カツオドリ、こちら428空6番機、7番機。俺達に任せろ≫

 

シィーニーは上がってきた機影を識別してまた驚いた。

 

複葉機?! しかも水上機!

 

船団が危なくて何でもいいから空に上げたんだと思った。自分達が到着するまで僅かでも時間を稼げればいいのだ。

 

成る程、さすがサムライの国の戦士。利にかなった英雄的行為!

 

だが上がってきた機体はそんな消極的なものじゃなかった。戦闘機としても使われる零式水上観測機である。2機は上昇しながら真っ正面にネウロイを捉えると機銃をぶっ放なした。突っ込んでくる2機に、ネウロイが堪らず回避する。すれ違うやいなや、あっという間に旋回してネウロイの後ろについた。

 

ええー? あれ本当に水上機?!

ちゃんとフロートが付いてる

 

千里に指摘されるまでもなくシィーニーにもそれは見えている。が、シンガポールで見かける水上機は零式水偵を始め、リベリオンのOS2U、カールスラントのアラド、いずれも偵察機で、のんびりと基地の周りを飛ぶ姿が思い浮かぶ。複葉機ともなればブリタニアのアルバコア雷撃機やソードフィッシュ雷撃機などもっとゆっくりのイメージしかない。グラディエーターも複葉機だが腐っても戦闘機だ。フロート着けてグラディエーター並みとはシィーニーにとって信じられない光景だった。

 

≪昔の爆撃兵器だ。このノロマめ!≫

 

ネウロイは左右に振って逃げようとするが、零式水観の方が圧倒的に速度も旋回性能も上回っていて、まったく逃げることができない。6番機は機銃掃射を浴びせて離脱した。

 

≪まだ足りねえか?!≫

≪次は俺の番だ!≫

 

続いて7番機が7.7mm弾をばら蒔いた。翼の付け根に命中し、翼をもぎ取ると、ネウロイはきりもみしながら島の森へ墜落した。

 

す、すごーい!!

 

シィーニーは千里にまたキラキラした目を向ける。

 

曹長、あれも全部アジアで生産されてるんですか?!

そう。扶桑皇国の国産

欧州なんて目じゃないじゃないですか!

 

変わったところに感心する人だなと思ったのも束の間。

 

あっ! 燃料がヤバいです! グラディエーターは航続距離がぜんぜんないのです。また後程! 皆さんに宜しく~

 

挨拶もそこそこに、グラディエーターは複葉脚らしい軽い動きでひらりと翻ると、マレー半島に向かって飛び去っていった。

 

あれ、シィーニー軍曹? 戻るんですか? こちらキョクアジサシ

 

電探でその動きに気付いた優奈が呼び掛ける。

 

キョ、キョ、キョキアサシン? こちらシィーニー。燃料がないので基地に戻ります

どうもありがとう。気を付けてお戻りください

こちらこそ。シーユー

シィーニーちゃん、こちらウミネコ。あなたは優奈の命の恩人だよ。ありがとう。またね

ちゃ、ちゃん? し、シーユー

 

 

 




 
やあ~、やっと天音ちゃんと優奈ちゃんとシィーニーちゃんを一緒に登場させることができました。


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