HK02船団はマレー半島とティオマン島の間の海峡に差し掛かかろうとしていた。
ここまで船団は、朝の空襲以降ネウロイと遭遇することもなく、ブリタニア海空軍によるバトンリレーのような援護の下、少し波の高くなってきた海を急いでいた。シンガポールまではあとおよそ250km。
船団先頭を行く軽巡香椎の上を、2人のウィッチが通過した。航路往復哨戒に出ていた優奈と卜部の零式水偵脚が戻ってきたのだ。
「船団司令部、こちらトビ。電探および目視による哨戒では予定航路上にネウロイ認められず」
≪トビ、こちら船団司令部。哨戒ご苦労だった≫
○12航戦『神川丸』
「トビとキョクアジサシが帰還する。左舷収容用意」
「香椎、こちら神川丸。ウィッチ収容のため戦列から離れる」
「皐月、文月。神川丸はウィッチ収容のため船団左へ離れる。直衛を頼む」
≪皐月、了解。まっかせてよ!≫
≪文月、りょ~かい≫
2機の収容のため慌ただしく準備が進められる中で、通信員からの報告が艦長に届けられた。
「パハン管区のブリタニア陸軍監視哨から、ペカン川を下るスタッキングネウロイ3体を発見したとの通信が入りました」
「スタッキングネウロイだと?」
スタッキングネウロイは、飛行型の輸送ネウロイが潜水型ネウロイをぶら下げて飛んでる奴のことだ。輸送ネウロイは海まで到達すると、潜水型ネウロイを切り離して海に投下する。着水したネウロイは海中に潜航し、言わずと知れた海上輸送路の脅威となるのだ。
有間艦長は葉山少尉が地図を広げているところへ大股で歩いていった。
「ペカン川ってどこだ?」
「これです」
葉山が指さしたそこは船団の後方だった。タマンネガラのジャングルを源流とし、南へ真っすぐ南下した後、東へ90度折れ曲がり、マレー半島東の町ペカンで海に注ぐ川だ。ペカン川の河口はHK02船団から見ると後ろの北北西約80km。4時間くらい前に通過したところだった。
通信員から続報が入った。
「シンガポールのブリタニア空軍司令部が、クアンタン前進基地で待機しているウィッチに迎撃指示を出しました。ただ迎撃ポイントは河口付近となる模様で、撃墜ではなく潜水型ネウロイの海上投下阻止を最優先とせよ、と言っています」
「なかなかな指示だな」
「阻止できなかったらどうなります?」
「海に放たれた潜水型ネウロイが船団を追ってくるかもしれん。奴の速度は船団の倍は出ることが分かっているから、シンガポールに着く前にもう一度襲撃される可能性があるな」
「監視と迎撃の準備をしておいた方がよさそうですね」
「うむ。しかし潜られてしまうと見つけるのが大変だ。できれば海に落っことされる前に片を付けてもらいたいんだがな」
「一崎を向かわせますか?」
「阻止できそうにないならそうしたいな。ちょっと大山司令と相談する。ネウロイの迎撃の行く末を見届けたい。誰か派遣できるか?」
「そうですね。要撃待機中のカツオドリか、帰還途上のキョクアジサシをそのまま向かわせるか……」
○427空 零式水偵脚卜部機、優奈機
「はい。燃料はまだまだ余裕です。卜部さん、そっちは?」
「私もまだいけるよ」
「トビ、キョクアジサシとも問題ありません」
≪こちらミミズク。では往復哨戒で疲れているところすまないが、もうひとっ飛び頼む≫
「キョクアジサシ、了解」
≪卜部さん、ずるい! まだ飛ぶの?!≫
「へっへーん、任務だからしょうがないじゃんか。勝田はまた今度な」
≪ひどーい! 艦長、今度から単なる順番じゃなくて飛行時間で交代するようにしようよ!≫
魔法力が衰えた卜部と勝田は基本的にストライカーユニットで飛ぶことはしないのだが、理由がある場合は別。前回海南島沖では勝田が飛んだので、次飛ぶときは卜部、というふうに交代するようにしていたのだが、海南島沖の時は勝田が遊んで飛び回っている間に用が済んでしまい、すぐ降りてこなければならなかったので、勝田としてはまったく飛び足りてないのだ。
≪考えとくよ≫
≪お願いしますよーっ!≫
「さあ、それじゃ筑波。散歩の続き行くぞ~♪」
「卜部さん、散歩じゃないでしょ。仕事よ仕事」
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ペカン川河口にたどり着いた優奈と卜部は、川に沿って遡った。すぐに優奈の電探が大きな物体を捉えた。
「7km先に大型反応3つ! 簡単に見つかるじゃない。なんでこんな海に近付くまで発見できなかったの?」
「上空からの電探と、地上に備え付けてある電探との捜索範囲違いじゃないか? 目視だって空から見渡した方が近くも遠くもよく見えるからな」
「そうか。あいつ低空を飛んでるから、ジャングルの木に阻まれたりして見えにくかったのね」
近付くと、向こうから大きな黒い塊が川の水面のすぐ上を舐めるように飛んでいるのが見えた。
でかい。全長90mの潜水型ネウロイが空中を飛ぶ姿は異様にでかく見える。
それを半分の長さの輸送ネウロイが重そうにぶら下げて運んでいた。
「あれが噂のスタッキングネウロイか」
「潜水型ネウロイが空にいるのは異様な姿ね。あ、対空電探に北から接近する反応。大きさ的にウィッチです」
「迎撃に出たブリタニアのウィッチだな」
迎撃のウィッチが近付く頃には、スタッキングネウロイはもう海岸近くまで来ていた。
「こりゃあやっぱ間に合わないぞ」
その時、スタッキングネウロイの脇から小型のネウロイが2機飛び出した。
「あれは?!」
それは卜部には見覚えがあった。昔扶桑海で戦ったやつだ。
「やばい、戦闘機型のネウロイだ! こいつら護衛をつけてきてやがった!」
2機が迎撃に来たウィッチの方へと向かっていった。
「接近中のウィッチ、こちら扶桑海軍偵察機のトビ! スタッキングネウロイには護衛機が2機付いていた。2機がそっちへ向かっている!」
≪こちらブリタニア空軍シィーニー軍曹。連絡感謝します。敵機見えました!≫
「あれ、もしかして君は今朝来てくれたウィッチか?」
≪その声は今朝の少尉さん。……むわっ! 我、これより空中戦に入ります!≫
2機の護衛ネウロイが迎撃に来たウィッチの正面に立ちはだかる。派手に空中戦が始まった。
シィーニーは今朝の軽快なグラディエーターではなく、大きなストライカーユニットを履いてきていた。夜間戦闘脚のボーファイターだ。対大型爆撃機用とも言っていいボーファイターは旋回するのも大回りで、小型の戦闘機型ネウロイに苦労しているようだった。
「ちーっ、このままじゃネウロイがみんな海にばら撒かれちまう。……神川丸、こちらトビ。スタッキングネウロイは既に海岸近くにあり、しかも護衛機を伴っている。ブリタニア空軍のウィッチが護衛機との空戦に入った。このままでは潜水型ネウロイが何隻か海に着くのは避けられそうにない」
≪トビ、こちらミミズクだ。了解した。潜水型ネウロイへの対応を考える。そちらは引き続き監視を頼む≫
「トビ了解。引き続き監視する」
「卜部さん、スタッキングネウロイが河口に着いちゃいますよ。シィーニー軍曹は小型ネウロイとの空戦で忙しくて、ぜんぜん近付けないじゃないですか」
「分かってる。筑波、小型ネウロイを私達の方に引き寄せるぞ! 軍曹をスタッキングネウロイのところに行かせてやらんと。お前も来い!」
「え、えー?!」
遠巻きに状況観察するのをやめ、高度を取ると、卜部は小型ネウロイの方へ突っ込んでいった。
「ち、ちょと、監視は?! 水偵が喧嘩吹っ掛けちゃいけないんじゃ……」
「まともに喧嘩するんじゃない。注意をこっちに引き付けるだけだ。後はひたすら逃げる!」
卜部はシィーニーとネウロイが混戦になっているところに、1機のネウロイに狙いを定めて機銃を撃ちながら飛び込んだ。降下しながら速度を生かしての一撃離脱だ。
「どりゃぁー!」
シィーニーを追いかけていたネウロイの傍を上から下へと掠めるように通過する。撃墜はできなかったが、攻撃を受けたネウロイは慌てて卜部の攻撃を回避し、シィーニーから離れていった。
「くっそ、当たらなかったか」
回避したネウロイは、驚かされたことに腹を立てたかのように卜部を追いかけてきた。もう1機も低空に降りた速度の遅い水偵脚の方が撃ち落としやすいと見たか、こちらも卜部を追っかけてきた。
「うほほー、目ぇ吊り上げてこっち来た! 軍曹、この隙にスタッキングネウロイをやっちまってくれ!」
≪あ、ありがとうございます、少尉殿!≫
ブリタニア語の返事が返る。
「筑波、どこだ?!」
卜部は周囲を見回した。すると優奈は最初に遠巻きに見ていたところからいくらも変わらないところにいた。今朝の空戦で恐怖を抱いた優奈は、ネウロイに近寄る勇気が出ないのだ。
「ま、しょうがねえか。筑波、私はこいつらを海の方へ引き連れてく! さっき教えたようにやるから、そっからよく見とけよ! もしスタッキングネウロイの方へ戻りそうになったら、そっから銃撃して威嚇しろ!」
そういうと卜部はシールドを後方に展開した。そしてできるだけ体から離れたところにシールドを持っていった。2機のネウロイが迫る。
「ま、枕も防げないようなシールドよ! 卜部さん、無理よ!」
霞ヶ浦の教練場で、天音の
低空に逃げる卜部の後ろにピッタリと戦闘機型ネウロイが張り付いてくる。そして、無情な機銃が乱射された。
「卜部さーーん!」
ようやく形になってきたのでゆるゆると再開です。第2部ラストスパートに入ります。