戦闘機型ネウロイを墜とした卜部と優奈がペカン川の河口に戻ってきた。
「ネウロイが河口沖に落ちてますよ。シィーニー軍曹やりますねぇ。あ、なんか手招きしてません?」
「ああ、なんだか呼んでるみたいだな」
「わ! シィーニーさん、脚をネウロイに食べられてますよ!」
遠くから見るとシィーニーの脚にはその体に対して随分不釣り合いな、黒くて大きいストライカーユニットを履いている。そして目を凝らしてよく見ると、その黒い表面には六角形の模様がびっしりあった。黒い表面にハニカム模様とくれば……
「ホントだ! ネウロイに脚を食いつかれてる!」
そう見えても仕方なかった。
「ヤバい、急いで助けなきゃ!」
「それで助けを求めてたのね!」
「筑波、私が突っ込む。援護してくれ!」
「卜部さんシールド使えないんだから! あたしも行く!」
座礁している潜水型ネウロイの上空を旋回しながらシィーニーは扶桑のウィッチを待っていると、またしても強烈な殺気を感じて顔を上げた。見ると扶桑のウィッチが機関銃をこちらに向けて構え、突っ込んで来るではないか。
今朝もだけど、な、なんで扶桑のウィッチはわたしを攻撃したがるかな!
「わあああ! 味方! 味方!」
≪待ってろ、その脚に噛みついてるネウロイ、叩き落としてやる!≫
脚に噛みついてる?!
シィーニーは振り替えって自分の脚を見た。
わーん、バーン大尉のばかーっ!
状況が解った。
「だ、だからこんな塗装やめてって言ったんです!」
シィーニーはインカムのスイッチを入れて叫んだ。
「これネウロイじゃありませーん!!」
≪え?≫
卜部が狐につままれたような顔をして横を掠めていった。それでも機銃を下ろすことなく警戒しつつ引き返してきて、シィーニーの横に並ぶ。
「でもネウロイと同じ模様があるぞ? それネウロイじゃないのか?」
「あ、少尉殿! あれ? 少尉も今度はストライカーユニットで?」
卜部はシィーニーのストライカーユニットをまじまじと見る。随分と太くて長いが大型爆撃脚ほどではない。真っ黒に塗装されていて、そこに意図的にハニカム模様が描かれていた。
「筑波、彼女の言う通りネウロイじゃないようだ。こういうペイントらしい。一種の迷彩か欺瞞かい?」
プルプルとレシプロの音をたててもう1機の零式水偵脚がやって来た。
「どうもー、シィーニー軍曹」
「あ、今朝のレーダー搭載水上偵察脚の……、え、えっと、キョ、キョ、」
「キョクアジサシ。よかった、ネウロイに食べられてたわけじゃなかったのね。大きなストライカーユニットね」
「はい! ブリタニアの夜間戦闘脚ボーファイターです!」
「夜間戦闘脚? 卜部さん、何ですかそれ?」
「夜間戦闘脚かあ。それで大きめなんだ。扶桑海軍で夜間戦闘脚っていうと、月光ってのがあるよ」
「月光? ああ、大型爆撃ネウロイを迎撃する局地戦闘脚ですね。でっかい機関砲を斜め上へ向けてストライカーユニットに固定してるとかって」
「へえー、扶桑にもあるんですねえ」
その時、ぶっしゃああーっと下で物凄い水を吹き出すような音がした。
「「「な、何?」」」
座礁していたネウロイが大量の水をロケットのように噴き出していた。あの水中で瞬間移動する時に使う推進方法だ。
強力な推進力もそうだが、吹き出す水量と圧力で川底の砂も吹き飛ばされ、腹がつっかえていたはずのネウロイが動き出した。
身を揺すりながら猛烈な水の噴流によって脱出に成功したネウロイがゆっくりと沖へ向かって進んでいく。
「ああー、動いてる! 」
「沖に逃げられちゃう! 少尉殿、爆弾持ってないですか?!」
「あいやー、出撃してすぐ見つかったネウロイで使いきっちゃったんだ」
「ええー?!」
茶色く濁った川の水が注ぐ河口の先の海は全く透明度がなく、大きな体にも関わらず深く潜らなくてもすぐ姿は見えなくなった。
「バーン大尉、河口にいた1隻が脱出して沖に出ていっちゃいました! 扶桑のウィッチも爆弾持ってないそうです」
≪何だと? それみろ、お前がもっと早く頭を回転させてさっさと攻撃できてりゃ、今頃みんな陸亀になってて、後からゆっくり始末すればいいだけだったというのに、このすかたんが≫
「うえーん、ごめんなさ~い」
≪見失わないように追いかけろ≫
「それが水が濁ってて、もう見失いつつあるんですけど~」
≪なにぃ~? 減俸だ!≫
「そ、そんな~!」
「シィーニー軍曹、そんなに落ち込まないで」
優奈がシィーニーの肩を優しく撫でた。
「軍曹がここに落としてくれたお陰で十分時間は稼げたわ」
「ひっぐ、どういうことですか?」
「うちの切り札が来たのよ」
優奈が指差した先には水上機が飛んできていた。勝田が操縦し天音が乗っている零式水偵だ。横にはウィッチも飛んでる。千里の二式水戦脚だった。
≪こちらウミネコ。お待たせ≫
着水した水上偵察機からウィッチが降りてきて、フロートの上に座った。
≪こちらウミネコ。準備できました。シィーニーちゃん、潜水型ネウロイはどっちの方に向かっていった?≫
「ち、ちゃん? え、えっと、南東ですね」
≪分かった。ありがとう≫
シィーニーも見守る中、天音の水中探信が開始された。濁った水に負けない青白い探信魔法波がサーッと天音から周囲に走っていく。
「潜っちゃったネウロイを見つけられるんですか?」
≪うん。5、6kmの範囲にいればすぐ見つかるよ≫
「ホントですか?! か、カッコいいー!」
感激しているシィーニーだが、そこにじっと警戒の目線を投げつけ、それだけでなく何となく銃口も半分向けられてるようなのを感じて、その人に苦笑いを向けた。
「な、なんですか~? 曹長」
「……それ、ネウロイ?」
千里にストライカーユニットを指さされた。
「に、見えちゃいますよね~?」
てへへっと困った笑いをする。
「そういう塗装らしいんだ。ネウロイを騙せてもなかったみたいだし、なんか意味あんのかねえ」
卜部が肩をすぼめた。
「うちの上官の趣味っていうかなんていうか、黒いから暑いだけなんですけどね。アハハ」
「……悪趣味」
千里はバッサリ切って捨てた。
「ぜひうちの上官に向かって言ってやってください」
「わかった」
そこに天音の声が割り込む。
≪ほらいた。ウミネコからの方位152、距離830m、深度18m、速度6ノット≫
「本当に見つけたんですか?!」
「カツオドリ了解、攻撃する。あなたも来る?」
「うわ、ぜひ!」
千里は天音の乗る零式水偵の位置を今一度確かめると、投弾位置を素早く計算した。そしてくるりと宙返りすると、とある一点に向かって降下していく。
「調定深度20m。用意……投下」
翼下から切り離された3番2号爆弾2発が、魔法力を帯びて青白く光ながらぶれることなく真っ直ぐと一点に吸い込まれていった。
サブンと爆弾が着水してすぐ、そこの水が激しく掻き乱された。その直後に爆弾が爆発し、巨大な水柱が立ち上る。
≪こちらウミネコ。直前にネウロイが瞬間移動をやりました!≫
「逃げられた?」
≪待ってくだ……いえ、完全には逃げ切れなかったようです≫
少しダッシュしたところで、後ろから魔法で威力を増した2発の爆弾が爆発し、後部を煽られたネウロイはつんのめって舳先を海底に突っ込んで、瘤から前の艦首がボキッと折れた。
残った後が艦尾を上にして海上へ突き出た。
低空を飛んでたシィーニーの間近に潜水型ネウロイの黒い船体がそそり立つ。
「おわーっ、ネウロイが!」
サブーンと艦尾が落ち、全身にひび割れが走った。動力を失ったかのように潜水型ネウロイは揺れる波間に漂う。
「本当に狙ったところにネウロイがいたー! 濁ってて何も見えなかったのに! 何で?! 凄い、本当に見つけられるんですね!」
優奈が寄ってくる。
「ふふん、これが世界唯一のウミネコの力よ」
「扶桑のウィッチ、かっこいいー!」
潜水型ネウロイは上下左右に揺れ動くだけで逃げる気配はないが、傷口が白く輝きゆっくり自己修復が始まった。
「ボロボロだけど、沈まないですね。あ、修復始めた?!」
「軍曹、あの瘤のところ撃って。あそこにコアがある」
「瘤ですね? 了解!」
千里とシィーニー、そして優奈も加わって瘤に向けて射撃を開始した。3機ともみんな20mm機関砲である。なので魔力を帯びた機関砲弾の集中砲火はまるで駆逐艦の砲撃を受けているようだ。中でも夜間戦闘脚ボーファイターで増強された機関砲弾の威力は凄まじく、1発1発が大きくごっそりと瘤のところの弱くなった装甲を吹き飛ばしていく。赤いコアが露出するまでいくらもかからなかった。
「コア出たよ!」
「これで終わり」
千里がコアを撃ち抜いた。瘤一帯が爆発し、一呼吸置いて潜水型ネウロイがクワッと光って粉々に散った。
「千里、お見事!」
「うわーっ、こうやって撃沈するんですね。かっこいいー!」
「共同撃沈だけど、あなたにも撃沈カウントが付く」
「え、本当ですか?! わはっ、ラッキー。これで減俸されないで済むかもー」
≪おめでとう 、シィーニーちゃん≫
「あ、ウミネコさん?! 凄い、ウミネコさん凄いです!」