水音の乙女   作:RightWorld

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第78話「女の子だからヒロインかな」

ペカン川河口から逃げた潜水型ネウロイは、天音が水中探信で見つけ出し、千里、優奈、そしてシィーニーの攻撃によって撃沈した。シィーニーは共同戦果だが初の海上にいる潜水型ネウロイを沈めたので、シンガポール セレター空軍基地のバーン大尉に意気揚々と報告していた。

 

≪何? 水中に逃げたネウロイを沈めただと?≫

 

「水中にいるのを扶桑のウィッチさんが攻めたてて浮かび上がらせたところを、一緒に攻撃して沈めたんですよ~。陸で動けない奴じゃなくて、ちゃんと沖に出て浮いてるのですよ?」

 

≪海に出た潜水型ネウロイをか≫

 

「はい~」

 

≪ブリタニア連邦としては海軍、空軍含め初ってことだな?≫

 

「扶桑以外で初めてらしいから、い並ぶ欧州列強の国の中でも初ですよ~」

 

≪宣伝が上手いな≫

 

「エヘヘー。バーン大尉~、だから減俸はなしってことにー。ね? ね?」

 

≪……ストライカーユニットはボーファイターだったな?≫

 

「はい~」

 

≪いいだろう。ボーファイターが活躍していると本国に報告しよう。減俸は許してやる≫

 

「ありがとうございます! 大尉さっすがー」

 

≪よしよし。もっと崇めろ≫

 

機嫌が良くなって鼻歌を流すシィーニーに、横を飛んでた優奈が眉を曲げて心配する。

 

「軍曹、それでいいの? 欧州組初戦果なら、報償金とか勲章とかを要求してもいいところじゃない?」

「それに、あなたの戦果じゃなくて、その黒いネウロイもどきの手柄にされてたように聞こえる」

 

と千里がボーファイターを指差す。

 

「宗主国様がご機嫌になればマレー、わたしの母国への支援も増えて、民が潤うんですよ~。わたし国に貢献してるんです。勲章とかちっぽけな事じゃないですか」

「立派な心がけに聞こえるけど」

「どっか腑に落ちないところがあるねー」

「はぁ~。わたし、学校で習った植民地ってのが何なのか実感持ってなかったけど、ヤバそうなものだって体が訴えるようになりました。海外って出てみるもんですねぇ」

 

零式水偵で卜部、勝田、天音がそれぞれに腕を組んで考えに浸る。

 

「それでは基地に帰投します。シンガポールに着いたら連絡下さい。椰子の実ジュースご馳走します」

「本当?! いくいく!」

「軍曹、気を付けてな。いろいろありがとう」

「こちらこそ! では、シーユー」

 

夕闇迫るマレーの空で、427空のウィッチ達とブリタニア空軍植民地兵のシィーニーはピシッと敬礼した後、友人と別れるように大きく手を振って、それぞれの基地や母艦に向け舳先を向けた。

 

 

 

 

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その日の日付が変わる頃、HK02船団はシンガポール海峡をゆっくりと進んでいた。

真夜中にも関わらず、大小多数の船が出てきて船団の左右に寄り添った。沿岸のあちこちにライトが点っている。扶桑のシンガポール根拠地隊が居を構えるチャンギ港は昼間のようだ。

 

12航戦に急遽組み込まれて船団護衛に参加したカールスラントの補給船アルトマルクでは、各国観戦武官に混じってアフリカ砂隊の金子主計中尉が感慨深げにシンガポール島を見ていた。

死の海域となった南シナ海。その最大の難関を大量の補給物資と共に無事突破できたのだ。この護衛戦では扶桑ウィッチの活躍という土産話もある。それをこの目で見てきたのだ。扶桑人の加東隊長や稲垣軍曹のみならず、マルセイユ大尉やペットゲン中尉だって興味あるはずだ。

 

「早くアフリカに帰りたい。……なんて思うようになるとは。もう私にはアフリカが第2の故郷なんだな」

 

 

 

 

チャンギ港沖を通り越し、シンガポール島南沿岸の西の端にあるジュロン島を中心とした工業地帯の停泊地に着くと、船団の商船が1隻ずつ錨を下ろした。扶桑皇国の国旗をはためかせた14隻の商船がずらりと並ぶ。

今ここにHK02船団は輸送船を1隻も失うことなく、シンガポールに到着したのである。

 

「輸送船全船投錨完了しました」

 

やや右に傾いた軽巡洋艦『香椎』の艦橋で、報告を受けた船団司令の大山少将が大きく頷き、マイクを取った。

 

「旗艦香椎より南遣艦隊全艦へ。船団護衛を終了する。総員よくやった、感謝する」

 

どっと香椎の艦内から歓声が上がった。

 

「俺達、やったんすね……」

「ああ、やったんだ。やり遂げたんだ」

 

初めて乗り込んだ若い水兵は涙を袖で拭き、古参兵は水兵の肩を叩く。

周囲にいる駆逐艦や海防艦からも海を伝って乗組員の歓喜の声が聞こえてくる。

商船が汽笛を鳴らし、甲板上に人々が出てきて喜ぶのが舷梯の灯りに照らされて見えた。

 

 

神川丸後部甲板でも、水偵の下で抱きつく427空メンバーの姿があった。

 

「卜部さん、なんだろこの達成感。北極圏の作戦の時とはまた違ったものがこみ上げてくる」

 

卜部の胸に頭をつけて優奈が熱くなる目頭を押さえた。

 

「命を懸けたし、私達に命が懸かってた人も大勢いたからな」

「ウィッチの晩年に、こんな大仕事ができるなんて思いもよらなかったよ。前線に残った甲斐があったね、卜部さん」

 

勝田も上気した顔で鼻の下をこする。

 

「残ろうって誘ったのは私だぞ。感謝しろよ」

「あんがと。……でも本当に感謝するのはきっと」

 

そういうと勝田は、がばっと天音に抱きついた。

 

「わあ!」

「こっちだと思うよ~」

 

卜部も天音の頭をくしゃくしゃに撫でた。

 

「その通りだ。一崎見ろ! ここに船団がいるのは全部お前とその固有魔法のお陰だぞ」

 

優奈も天音の首に巻きついた。

 

「あたしが思った通り! やっぱ天音は世界を救う人だったね!」

 

勝田と優奈の腕の隙間から僅かに顔を出した天音は、皆ほどの実感は持ってなかった。

やれることだけに集中し、言ってみればいつもの魚取りのように自分の魔法を使っただけで、役には立ったんだろうけど、自分の手でやっつけた訳でもない。ネウロイと刃を交えていたのは周りの人達ばかりだったし。

天音にはあまりにも周りの人達の命を懸けた働きが鮮烈過ぎて、自分の貢献度がちっぽけに見えていた。

 

「ううん、見つけたネウロイを皆がちゃんと追っ払ってくれたからだよ。立ち向かっていく航空隊や駆逐艦、海防艦の勇気は怖いくらいだった。千里さんもだよ」

 

見上げたところに、珍しくうっすら微笑みかけてる千里がいた。

 

「みんな誰がヒーローか、ちゃんと分かってる。ほら」

 

千里が停泊地の方を指差すと、全ての商船が神川丸に向けて発光信号を送っていた。

艦橋の通信員が信号を読み解くと艦内放送のスイッチを入れた。

 

「こちら艦橋。一崎一飛曹聞こえてますか? 各船より発光信号です。」

 

 

『水音の乙女に感謝する』

 

 

 

 




以上をもちまして第2部完となります。

訓練を終えた天音ちゃんが神川丸に乗り込み、12航戦の出撃からシンガポール到着までのたった半月を、振り返れば丸1年もかけて書いてました……。何やってんすかね。

この後はひとまず頂いてる誤字報告見てあちこち修正し、番外としてシンガポール上陸後の話を少し書くかもしれません。
第3部、需要あるかな。


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