水音の乙女   作:RightWorld

83 / 193
第82話「北アフリカ補給戦線に異常なし」 その1

 

 

パレンバンで石油を満載したアルトマルク。およそ半月かけてインド洋を横断し、南アフリカのケープタウンに入港した。スエズ運河さえ通れれば、キュレナイカのトブルクまであと10日もあれば到着できただろう。だがスエズにはネウロイの巣が居座っており、アルトマルクは喜望峰周りという3倍近い距離を航海しなければならないのだ。

 

ケープタウン入港は補給ではなく、寄るように命令があったのである。駐留していたカールスラント陸軍の中隊をダカールに配置換えするためだ。定期便などないので、近くを通る船やたまたま寄港した船に便乗させることはよくあることだった。またそうやって陸軍に恩を売っておくことで、後々今度は海軍がピンチに陥った時役立つのである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

1日の寄港の間に、金子主計中尉は船を降りて扶桑軍のケープタウン根拠地隊を訪れた。ここには扶桑海軍の艦船や商船も補給によく寄るので、現地での手続きなどをスムーズにするため駐屯している部隊がいるのだ。

金子はここで南アフリカ名産のルイボス茶を仕入れた。ルイボスというマメ科の潅木の葉で作ったお茶で、他では栽培されておらず、この辺でしか取れない。ルイボス茶の購入には勿論根拠地隊の人が手伝ってくれた。

根拠地隊の人は久々の扶桑人の来訪に喜び、大変歓迎してくれた。何しろ去年の11月末の船団を最後に扶桑本国から来る船は途絶えていたのだ。

話しが盛り上がっていろいろ聞いたところでは、駐屯軍の物資のかなりを欧州派遣軍に供出してしまったのだという。ガリア東部防衛線崩壊の危機に際し、本国からの補給が途絶えた扶桑欧州派遣軍へ、海外各地の駐屯部隊の物資をかき集めてその穴埋めをしたためだ。ケープタウンはネウロイが出没しないので、武器弾薬が持ってかれるのはまあいいが、扶桑食材を持ってかれたのは痛かった。彼らはもう2ヶ月も扶桑の味から遠ざかっているという。間もなくHK02船団を構成していた船団が着くだろうが、この船の積み荷も欧州優先である。

 

「それはお気の毒な……」

 

話を聞いた金子中尉はお悔やみを申し上げているような顔になった。

北アフリカの自部隊向け以上に物資を確保していた金子中尉は、世話になった礼にと

 

「わずかではありますが……」

 

と言って、一斗缶1つずつの味噌と醤油、鰹節3本、佐久魔ドロップ5缶を置いていった。

 

「こ、これ、頂いていいんですか?!!!」

 

一斗缶と金子の顔を往復する目が驚愕で飛び出て落ちそうである。

 

「ええどうぞ。私も世話になりましたし、お互いさまです」

「このご恩、一生忘れません!!!」

 

足にしがみついて号泣された。

金子主計中尉は南アフリカのルイボス茶とともに笑顔でアルトマルクに戻り、大西洋へと船出していった。

 

 

 

 

しかしどこで見られているかわからないものである。後日、カールスラントのタンカーにどうやら補給に関する士官と、扶桑食材が積まれているらしい、という極秘電が空を飛んだのである。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

その後の出来事は飢えた人間がどれ程の執念を燃やすかを如実に物語っている。

彼らの恐ろしい努力により、アルトマルクが扶桑で拿捕された潜水艦U-3088の乗員をジブラルタルへ運んでいるということが突き止められたのだ。

 

「扶桑を立った船だったのか」

「どうりで扶桑食材を積んでるわけだ」

 

一方でその恐ろしい執念は秘密を秘密として押しとどめておくことを難しくした。僅かな手掛かりを頼りに秘密は推測され、解き明かされ、そして同じ結論に到達する。

2月の半ば過ぎ、ガリアはもとより、ヒスパニア、ロマーニャなど西欧州に駐留する一部の扶桑軍部隊で、扶桑食材調達の超極秘任務を帯びた少数精鋭がジブラルタルに向けて出発した。

 

 





第3部の前にもう一つ片付けておきたかったのがハナGです。こちらもケリをつけておきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。