元ライン川だった三日月湖の一つ『コラー湖』。そこにタグボートに牽引された巨大な灰色の戦艦がそそり立っていた。扶桑が誇る世界最大の戦艦『大和』だ。
どうやって内陸のこんな奥に大和を持ってこれたかといえば、劇場版ストライクウィッチーズを見た諸氏ならもうお分かりの事。あれよりさらに奥まで遡上させるには浮き輪だけではなく、燃料も電力供給に必要な最低限しか積まず、弾薬も防空用の機銃と高角砲弾だけとして喫水を浅くすることに努めた。その異常に浅い喫水のため、大和型の特徴である巨大なバルバス・バウはほとんど水面上に出ている状態だった。なので余計にそそり立って見えるのだ。ライン川からコラー湖に至る水道を浚渫して通れるようにしたガリアの作業員達もその大きさに目を丸くしていた。
大和の第2次ライン川遡上作戦を指揮しているのは今回も坂本美緒少佐である。この作戦はロッペンハイム周辺のガリア国境地域を奪還するためのものだ。ここを守備していた扶桑陸軍の失態を挽回するため、扶桑は陸軍・海軍関係なく、また501・506統合戦闘航空団指揮下にいた扶桑人ウィッチも一時的に引っこ抜いての総力戦である。
ロッペンハイムでは現在人類、ネウロイとも膠着状態にあるが、ネウロイはライン川東側のカールスルーエに新たな戦力が集結しつつあり、これが再びなだれ込んでくることは確実。これを遠方からアウトレンジでたたくのが大和の任務である。
これに呼応して、西隊長率いるガルパン知波単戦車中隊(金子主計中尉の隠し武器だった陸上中戦闘脚チハ改の提供を受けて戦場に馳せ参じた。62話参照)が空挺部隊と共にライン川東側のラシュタットに降下してカールスルーエのネウロイとの補給路を遮断し、またネウロイの後方を攪乱。これによって圧力を弱めるはずのロッペンハイム周辺のネウロイをライン川東岸へと押し返し、中洲を使ってネウロイが架けている仮設橋を破壊してライン川防衛ラインを再構築する。知波単戦車中隊と空挺部隊をいかにして脱出させるかも重要である。
誰か書いてください。(^^;
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コラー湖から3kmほど離れたところにあるヴァルトゼーの町からも畑を越えて黒鉄の城『大和』が見えた。だが周辺の住民がそれ以上に目を丸くしたのは、湖岸に作られた集積場に並べられた巨弾の山だ。赤く塗られた口径46cm、高さ160cmの3式弾がずらずらと並んでいるのである。大和に積んでは喫水が下がって遡上できなくなってしまうので、バージに載せて運び、砲撃地であるここで初めて搭載するのだ。
赤い砲弾の畑となって壮観この上ない物騒な情景に、住民達はこれまた目を閉じることも忘れたように大きく見開いて驚いていた。
「こんなでっかい弾をあの戦艦は撃つのかい?!」
「飛ばせられるのか?!」
「うちの屋根に落っことしたらただじゃ済まさんぞ」
砲弾の積込みを監督していた坂本少佐が黒髪のポニーテールを風に揺らして笑い飛ばした。
「はっはっは。着弾地点はカールスルーエだ。あなた方の家の上は数秒で通過しますよ。ああ、撃つときは音が凄いですから、気を付けて下さい」
「カールスルーエ?! そんなところまで飛ぶのか?」
「カールスラントの列車砲以来じゃのお」
「ちょっと失礼。おーい、宮藤」
「はい、坂本さん」
坂本は地上部隊との連絡から戻ってきた宮藤芳佳少尉を掴まえると、急ぎ足で指揮所のテントに連れ込んだ。そこには服部静香軍曹と、506JFWから応援に来ていた黒田那佳中尉がいた。
「宮藤、今からお前はすぐジブラルタルへ飛べ。燃料満載の増槽を着けた零式戦闘脚を用意してある。あれならここから無給油で行ける。リミッター入らないように魔力はセーブしてくれ」
「え? ジブラルタル? な、なんでですか? 作戦は?」
「1日だけお前を作戦から外し特別任務を与える。こっちは黒田と服部でなんとかする」
「ど、どうしたんですか?」
坂本は顔を近付けると、トーンを落として言った。
「極秘に扶桑食材を積んでる船がジブラルタルに入港する」
「え?!」
実は坂本も特殊なルートからアルトマルクの情報を掴んでいたのだった。
「宮藤さん、これです。カールスラントのタンカーですが、扶桑陸軍の主計中尉が乗ってるそうです」
静香が船の写真を机に広げた。坂本も静香も目が血走ってる。欧州慣れした坂本であっても、さすがにこれだけ長期間扶桑食から遠ざかったことはなかった。今までは機材や部品を運んでくる定期便があったので、誰に言われなくとも少なからず扶桑食も一緒に運ばれてきており、意識しなくとも意外と口にしていたのである。それが完全に枯渇してからというもの、坂本でさえも宮藤の言っていた心配事が如何に的を得ていたのか、今更ながらに身をもって感じていた。
「宮藤さーん、わたしは高野豆腐が入ったお味噌汁が飲みたいです~」
机にうなだれた那佳は力が抜けて妄想でトリップしそうな表情をしていた。芳佳も味噌汁と聞いて無意識によだれが垂れてきた。
「そ、そこに味噌が……?」
「醤油と味噌があるのは間違いない。私の情報網は確かだ」
芳佳は何をすべきか瞬時に理解した。軍事作戦なら3回は説明しないと頭に入らないというのに、この時は全ての段取りが一瞬で頭の中に浮かんだ。
「主計中尉と交渉してできるだけたくさん貰ってきます! それでどうやって持ち帰るんですか?」
「サントロン基地からシャーリーが休暇を利用して私物のソードフィッシュでジブラルタルに向かっている。それに積んで帰るんだ。ソードフィッシュは7、800kgくらいの積載能力がある」
「シャーリーさん?!」
「あいつも扶桑食ファンだからな」
坂本と芳佳は白い歯を見せ合って頷いた。
「わかりました、任せて下さい!」
おお、いつもと違ってなんと頼もしいことか。
今度は芳佳が顔を寄せて小声になった。
「それで、もし抵抗されたらどうするんですか?」
今度は那佳がニヤ~っと返す。胸元から封筒を取り出した。
「506B部隊隊長、ジーナ・プレディ中佐の入浴しゃし……」
言い終わるより早くブワッとテントが捲られて、消音銃のプシュプシュという静かな音とともに封筒に穴が開いた。ジーナの忠実なる副官クハネック軍曹が突き刺すような目で那佳を睨む。
「間違えました。506A部隊名誉隊長、ロザリー・ド・グリュンネ少佐の児童養護施設慰問の時、隠し撮られた写真」
新たな封筒を受け取った芳佳は頭の上にハテナを浮かべた。
「無邪気な子供達がグリュンネ少佐の服の中に投げ込んだネズミやトカゲ、クモなどを取り出すのに、更衣室でほぼ全ての着衣を取り除かねばなりませんでした。子供っていいですねぇ、罪に問われなくって」
聞いた坂本は絶句した。重要な民間施設慰問で子供の仕業とはいえ、よくお咎めがなかったものだ。
封筒から少し写真を出した芳佳が顔を真っ赤にして吹き出そうになる鼻血を抑えた。覗き見た静香が軍曹に振り向く。
「い、いいんですか?! これは止めなくていいんですか?!」
今度はクハネック軍曹なんの邪魔もしなかった。
「A部隊は私の関知するところではない」
「那佳ちゃん、わたしにも! これわたしにも焼き増しを!」
「おおーっと、お客さんお目が高い。でもこれは高いですよ~」
「ちょっと待って、今お財布を……」
坂本が芳佳の肩に手を置いた。
「宮藤、今は私情を挟んでいるときではない。先ずは味噌だ」
「うう……その通りですね。わかりました、坂本さん」
こうして大和が扶桑軍の反撃を決定付ける戦いの準備を進める傍らで、宮藤芳佳はジブラルタルへ向け飛び立ったのだ。
だがその前に、芳佳はあるところに電話を掛けた。同じ扶桑食の枯渇に苦しんでいたウィッチを思い出したのだ。
「もしもし? 宮藤芳佳です。しばらくです」
≪宮藤さん?! まあ嬉しい。どうしたんですか?≫
「ジブラルタルに来れないかな。お味噌が手に入るかもしれないよ?」
≪本当ですか?!≫
「秘密の情報なんだけど、稲垣さんとの仲だから、教えちゃう」
≪ありがとうございます! なんとか都合つけますね!≫
ロザリーのマル秘写真。506JFWが児童養護施設を慰問したとき、ジェニファーは蛇を手渡され、イザベルはポケットにカエルでしたが、ロザリーは襟にネズミを放り込まれてます。つまり他の人より取り出すのにひと手間懸かったはずということで、更衣室行に至ったのではという発想です。調子に乗った子供達はへたり込んだロザリーにさらにいろいろ追加投入したみたいですね。撮ったのはもちろんクローディアでしょう。