水音の乙女   作:RightWorld

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第84話「北アフリカ補給戦線に異常なし」 その3

隊長のテントを稲垣真美は訪れた。

 

「失礼します」

 

第31統合戦闘飛行隊『ストームウィッチーズ』の隊長加東圭子は、面倒な書類仕事を適当に切り上げてコーヒーを飲んでいた。

 

「いらっしゃい。珍しいわね、あなたの方からここに来るなんて。何か困った事でも?」

「あの、実は……」

 

稲垣は芳佳からもらった情報を加東に伝えた。

 

「そういう訳でジブラルタルに行きたいんですが、なんとかならないでしょうか」

 

加東も扶桑食と聞いて飛び上がりそうなほど喜んだが、そこはいろいろな情報を総合的に分析して判断を下す指揮官である。重要なことに気付いた。

 

「ちょっと待って。うちの主計中尉と最後に連絡を取ったのはいつだっけ?」

「ええと、5日前でしたでしょうか。……たしかダカールからって言ってましたっけ」

「こっちから連絡取れないの?」

「どこ宛に発信すればいいんでしょう?」

「知らない」

「……」

 

二人は苦笑いを交わす。

 

「帰路についたらしいことは分かったけど、定期報告はなく、あっちの好きな時に一方的に送って寄こすだけで、こっちからは連絡の取りようもなく、どうやって帰ってくるつもりなのか、今どこにいるのか、指揮官の私にも分からないってどういう事? あいつあれでも軍人?」

 

今頃隊長にそんな愚痴言われても、下っぱの稲垣は監督する立場でないのでどうしようもない。

 

「こ、困りましたね……」

「まあ荷物の量からして船に間違いないでしょうけど……。5日前にダカールだとすると、船ならそろそろジブラルタルに着いてもいいころじゃないかしら」

「は、はあ……。あの、もしかしてケイさん。宮藤さんが言ってたお味噌とか積んでる船って、金子中尉が乗ってる船のことかもしれないんですか?」

「私の勘が正しければそうよ。更に私の勘ではそこに向かっているのは501の宮藤さんだけじゃないわ。金子中尉が狙われて……いえ、金子中尉が運んできた積み荷が色んな奴らに狙われているのよ! 何とかしてハナGと連絡を取って! 荷物が危ないわ!」

「そ、そう言えば半月くらい前に、ロンメルおじ様が金子中尉になんとか茶を頼んだとか言ってました」

「お茶?! ロンメル将軍はあいつと連絡取れるの? いえ、その前にロンメル将軍はこのところ全然顔見せないけど……」

「扶桑のご飯が食べられなくなってから滅多に見ませんねぇ」

 

汗をかいた加東の右手が、リンゴを持たせたら握りつぶしてジュースを作りそうなほどきつく絞られた。

 

「……作戦指揮で来るより食事で来る方が多いなんて、うちの部隊は定食屋かあ!」

 

 

 

 

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港とジブラルタル海峡を望むカフェには芳佳とシャーリーがいた。

 

「うーん、タンカー来ませんねえ。沖合いに停泊している中にも写真の船はいないようですし……」

「それにあちこちの角に隠れるように東洋人がいるのが気になるな」

 

シャーリーに言われて芳佳も町中に目をやる。

 

「もしかして情報が漏れてたんですかね。扶桑陸軍のように見えますし」

「坂本少佐だってどういうルートで聞いたんだか……ちょっと待て宮藤。今桟橋にいるリベリオンの駆逐艦から降りてきた水兵はカールスラントの水兵服着ていたぞ」

「え?」

 

芳佳はシャーリーから双眼鏡を受け取ると、接岸しているフレッチャー級の駆逐艦を覗いた。

 

「あ!」

「そのタンカーはカールスラントの潜水艦の乗員をここで下ろすんだよな? タンカーは来ないのにカールスラントの水兵だけは来たということは……」

「シャーリーさん! あの人、牛酪飴食べてます!」

「うわあ宮藤、ヨダレ飛ばしながら喋るなあ!」

「す、すみません。扶桑の食べ物が目に入ったので、知らぬ間に唾液が……」

「ギューラクアメってなんだ?」

「はい。扶桑のキャンディで、水あめにバターを練り込んで作ったお菓子です。牛酪ってバターの事ですよ。美味しいんですよぉ~」

「そりゃ旨そうだ。でも扶桑のって何で分かるんだ?」

「袋です。扶桑語で書かれた袋から飴の入った包みを出してました」

「なーる。これは尋問の必要があるなあ。宮藤、例の写真の用意だ!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

下船したカールスラント水兵の一団を捕まえて、グリュンネ少佐のマル秘写真をチラつかせながら聞き取り吐かせたところ、彼らはジブラルタル海峡に入る前の大西洋上でリベリオンの駆逐艦に乗り換えたと分かった。その前に乗っていたのは確かにカールスラントのタンカーであった。

 

「やっぱりそういうことか」

 

するとそこに先任下士官の人がやって来てシャーリー達に声を掛けた。

 

「もしかして501統合戦闘航空団のウィッチの方々ですか?」

「ああそうだ」

「宮藤少尉はいらっしゃいますか?」

「はい、わたしです」

「おお、ガリア解放の英雄だぞ!」

「「「おおーっ!!」」」

「握手してください!」

「わああ、えへへー、押さないで。順番に、順番に」

「よかった。扶桑陸軍の稲垣曹長からの手紙を預かってます」

「稲垣さん?!」

「乗り換える前に船に来られて……」

 

先任下士官は手紙を懐から出すと、芳佳に手渡した。

 

手紙を開けるとこう書かれていた。

 

『宮藤さんへ

実はお味噌とかを積んだ船は、私達アフリカ飛行中隊の主計担当の尉官が手配していたもので、積み荷も私達のでした。宮藤さんの連絡がなかったら、私達の補給物資はジブラルタルでむしりとられていたところです。部隊上げて感謝します。

そんな宮藤さんを手ぶらで帰すわけにはいかないので、お裾分けを用意しておきました。リベリオンの駆逐艦から受け取ってください。航空爆弾に偽装した容器に入れてあります。それなら荷物を狙って集まってるだろう人達の目にも付かないでしょう。

お会いできず残念です。マルセイユ大尉から501に行ったとき食べた宮藤さんのご飯は美味しかったって聞いてます。

いつかきっと二人で扶桑料理の共演をしましょうね。

稲垣真美

大西洋上のタンカー『アルトマルク』から

 

「よかったな宮藤」

「はい。……稲垣さんありがとう」

 

芳佳は手紙をひしと抱きしめた。

 

「ところで君達も扶桑から来たんだろ? あっちじゃ潜水艦みたいなネウロイが出るそうじゃないか」

「ええ。でも扶桑の『ミズオトノオトメ』が……」

「凄かったです。彼女の前では水の中にあっても隠れるところは全くありません」

「信じらんねえよ。20隻以上の潜水型ネウロイが待ち構える中を突破したんだぜ。潜水艦乗りとしてはもう二度とあんな人敵にしたくねえ」

「貴女には目の前の海の中に何がいるか見えますか?」

 

先任下士官がジブラルタルの海を指差した。

 

「いや、まったく」

「でも『ミズオトノオトメ』には見えるんです。潜水艦も、泳いでる魚も、海底を這う海老も。それも何マイルも向こうから」

「す、凄い固有魔法だね」

 

芳佳には、夜でも雨でも、雲の遥か向こうまで見渡せるサーニャとかぶった。夜間戦闘と同じ。普通のウィッチでは手が出せない領域だとすぐ理解できた。

 

「だからもう少しの辛抱ですよ。あのウィッチがいれば、貨物船はやって来ます」

 

カールスラントの水兵達は、芳佳とシャーリーに笑顔で別れた。

芳佳は手にしていた手紙をもう一度見た。

 

「シャーリーさんは稲垣さんと面識あるんですよね?」

「ああ。小さくて人形みたいな娘だよ。でも凄い力持ちなんだ」

「会いたかったなあ」

「そのうち私がソードフィッシュで連れていってやるよ。休暇取って行こうぜ」

「わあ、絶対ですよぉ。ルッキーニちゃんも行くかなあ」

「あいつはあの部隊ではブラックリスト入りしてるからなあー」

「へ?」

「さあ、稲垣曹長のお土産取りに行こうぜ」

「あ、待ってくださいよー」

 

 

 

 

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北アフリカ キュレナイカのトブルク港で、カールスラントの旗をはためかせた大型タンカーの入港を、アフリカ軍団が総出で出迎えた。

桟橋に下ろされたタラップには扶桑式に紅白の布が巻き付けられ、軍楽隊が演奏する中、アルトマルク船長のビッケルトと金子主計中尉が下船する。出迎えたのはアフリカ軍団の3大首脳、ロンメルにパットン、モントゴメリー。

 

「北アフリカまで遠路補給物資の輸送ご苦労であった」

「恐縮です、将軍。船の手配など非常に助かりました」

「兵站は要だ。お安いご用さ」

「貴様のどの口がそんなこと言うか」

 

ロンメルをモントゴメリーが皮肉る。どこぞの並行世界で燃料が尽きるまで突っ走らせるロンメルの戦術は態勢を整えてなかった連合軍を恐れさせたが、本国での戦後の評価は散々であった。

 

「真美君の飯が食いたいだけさ」

「ぬおー、お前だってそうだろうがパットン! 言っとくがリベリオンの駆逐艦使った事は貸しでも借りでも何でもないからな!」

 

あんぐり開いた口が塞がらないのは加東隊長やマルセイユなどアフリカ飛行隊の面々。

 

「加東隊長。長らくお待たせしました。スマトラ産のハイオクタン価航空用ガソリン、武器弾薬、勿論食糧も、この船の積み荷は全て我々のものです」

「ご、ご苦労様」

「まさか本当に船1隻丸ごと持ってくるとはなあ」

「潜水艦に補給し損ねた魚雷などもありますが、要りますか?」

 

ビッケルト船長が加東に握手しながら言う。

 

「魚雷? え、遠慮しとくわ。ウチら陸軍だし」

「さあ稲垣曹長、今夜は扶桑食でパーティーですよ!」

「はーい、任せてください!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

それからと言うもの、今までしんみりとしていたストームウィッチーズの基地は、連日なんやかや理由を付けては多数の各国将兵が訪れ、あれだけあった大量の扶桑食材は2週間で使用制限が出された。

 

「うちは定食屋じゃなーい!!」

 

野外食堂の座席満席で、更に順番を待つ長蛇の列が砂漠へ延びるのを見て、加東隊長が吠えた回数は両手でも足らない。

だがこの時期、第31統合戦闘飛行隊『アフリカ』は最も物資に余裕のある部隊になっていたのは確かである。

 

 

扶桑食材の枯渇で苦しんでいる欧州の扶桑部隊へ、品物を横流して一儲けしようと企んでいた加東や金子中尉であったが、大部分を自分達のところで消費してしまったため、使用制限かけてかろうじて確保した食材を持って欧州派遣部隊に行商へ行ったが……

 

「冷凍伊勢海老?! んなもんより、鯵の干物とか塩鮭とか持って来ーい!」

「吟醸酒粕? 甘酒でも作れってか! 日本酒ねえのか! それより味噌はどうした味噌は!」

「お前、フナ寿司食える?」

「だ、駄目。この臭いオレ駄目」

 

と、庶民の味を求める需要に答えられず、グルメなガリア部隊に珍しがられて二束三文で引き取られ、数奇な運命を辿ったのであった。

 

 

 





はい、以上で第2部の後片付けみたいな2.5部でした。
では新しい章に向けてしばし構想にふけるとします。



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