水音の乙女   作:RightWorld

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2021/01/04
誤字修正しました。報告感謝です。>皇聖夜さん





第89話「一宮くんの魔チューン」

朝7時。

 

427空のウィッチ達は神川丸に“出勤”してきた。接岸する前に水上機は艦から降ろして水上機基地へ移動しており、ウィッチ隊は陸上の宿舎に寝泊まりしているので、神川丸での補給整備作業のため宿舎からやって来たのである。

 

「それじゃあ午前は手分けして搭乗員控室、女子トイレの清掃をする。昼食は水上機基地の食堂で。午後はストライカーユニットの調整と整備。一崎は発動機同調テストな」

 

隊長の卜部が今日の予定を告げる。

 

「休暇いつから~?」

「明日から3日。あと1日頑張れ!」

「「「りょーかい」」」

「千里、控室に常備しとくお茶と軽食の補充リスト作って主計科へ出してくれ」

「ウィ」

「一崎、清掃で使うホースをトイレまで引っ張ってきてくれ」

「分かりましたー」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

行った先で天音は整備兵の一宮に出会った。

 

「あ、一宮君。おはよー」

「ちぇ、何だお前か」

「え? なに?」

「何でもありません! おはようございます、一崎一飛曹!」

「元気いいねー」

「なんでこんなちんちくりんが上官なんだ」

「なんだって?」

「何でもありません!」

 

ぷいっとあっち向かれてしまった。

天音は腰を折ると、下から一宮の顔を覗く。

 

「他に誰もいないから敬語なんか使わなくていいよ?」

 

くりくりした目がすぐ傍で一宮を見つめた。

 

「ち、近く寄るんじゃねえっていつも言ってんだろ!」

 

慌てた一宮は跳ね起きて、周囲をキョロキョロする。周到に見回すが声が聞こえそうな範囲に人はいなさそうだった。

 

「誰が見てるとも限らねえんだぞ」

「うふ、大丈夫だよ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「ねえねえ一宮君。とうとうわたしのところに瑞雲が届くんだって」

「あ? 良かったじゃねえか」

「いよいよわたしも空飛べるんだあ」

 

青空を仰ぐ天音だが

 

「零式水偵で飛べてねえじゃんか。金星62に換装してあるのに」

「はう!」

 

痛いところを突かれた。

 

「そ、そうなんだよね。わたし用の瑞雲で使うエンジンと同じのを積んでくれてるのに、出力が飛ぶ域まで上がらないんだよね」

「お前に飛ぶ素養がねーんじゃねえか?」

 

天音が涙目になる。

 

「や、やっぱそうかな。魔法を感知する部品のせいじゃなくて、根本的にわたしの能力が足りないのかな」

 

うすうすそうなんじゃないかなーって思い始めてたところなんだ、と言って天音は肩を落とした。その様子を見て一宮も言い過ぎたかと思った。

 

「はーっ。飛ぶ素養とエンジンの出力や回転数に因果関係はねえはずだ。関係するのは魔法力の強さ。お前、別に魔法力弱い訳じゃねーんだろ?」

「うん。魔法の強さは至って普通だって。じゃあ何で出力出ないんだろ。今日も午後やってみるんだけど……」

 

そこで天音はふと顔をあげて一宮を見た。

 

「一宮君、エンジン見れないの?」

「ここではまだ一人ではやらせてもらえてないけど、実家じゃ熊谷飛行場の陸軍機のエンジンとかいじってるし、だいたい解るぞ」

 

天音は一宮の手を取って握った。

 

「一宮君 、見て!」

「え?!」

 

少し汗ばんだ天音の手に包まれて、その湿り気が手に伝わってくると一宮の耳が赤くなった。

 

「他の人がいじってもこれまであまり変わらなかったし、ダメもとでやってみよ! わたし、話しとくから」

「そ、そんなことまかり通るか?!」

「ダメもとでだって。ね? 頼んどくから。一宮君に迷惑掛けないから」

 

一宮も整備科のはしくれなだけに、実はエンジンをいじりたくて仕方ないのだ。公式に触っていいのであれば……

 

「……きょ、許可おりたら、見てやらんでもない」

 

目線をそらして迷惑そうに答えるが、素直でない少年の内心は、実は期待で一杯である。

 

「ありがと!」

 

天音が一宮に飛びついた。

 

「うわあ!!」

 

ウィッチとの接触は必要最小限!

度を超えたら処罰!

最悪の最悪は、極刑!!

 

ぜ、全身で接触してるんだが……。もしかしてこれは死刑レベルなのでは? い、いや、しかし接触してきたのはウィッチの方。情状酌量の余地があるんじゃ……

 

一瞬の間にぐるぐると思いが走った。

 

「ば、ばっか! 離れろ!!」

「はわ! ご、ごめんなさい。痛かった? わわ……何で抱きついちゃったんだろ」

 

離れた天音も顔を赤くしてわたわたした。

 

「じ、じゃあ、午後水上機基地でね」

 

手を振って天音は駆け出した。

が、すぐ戻ってきた。

 

「ほ、ホース忘れてた。あははは」

 

魔法力を発動させると、ひょいとホースの束を持ち上げて走っていった。

普通の人じゃ一人では持てない重さのアレを、一人で、しかも走って持っていく様を見て、一宮は改めてウィッチというのが自分とは違う人間なんだと思った。でも体に残る、抱きついてきた天音のちょっと柔らかな感触とほのかに残る香りは、一宮の体の中に何かモヤモヤと疼くものを残し、少年は「うがー!」と頭を掻きむしるのだった。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「ふぃー、お腹いっぱい」

「食べ足りない……」

 

昼食を終えた427空の面々は、ストライカーユニットが置いてある水上機基地の格納庫で、午後の作業の準備をしていた。

 

「一宮二水来ました!」

 

天音に呼ばれていた一宮が、格納庫のシャッターの前に現れた。

 

「お、一崎のダンナ様が来たぞ」

「は?!」

「違います!!!」

 

天音以外がニヤニヤするウィッチ達に迎えられて苦虫を噛み潰したような表情をした一宮は、さっさと終わらして帰ろうと心に決めた。

天音の魔改造零式水偵脚がセットされているユニット拘束装置の脇に、水上機基地の機材を借りて必要な機械や工具を並べて準備する。

 

「どれくらい魔法力捉えてるか見たいんで、計器繋いだら1回回してくれるか?」

「うん。分かった」

 

準備が整ってエンジン全開にすると、計器が示す出力は仕様諸元表に書かれた最高値の70%辺りをいったり来たりしている。艦の上で計った時と同じだ。

 

「聞いてた通りだな。エンジン止めて一度足抜いてくれ」

 

一宮はここで魔導波検波装置内の魔導共鳴子という、魔法力を帯びさせた水晶の入った部品を交換する。

 

「魔法力発動してユニット装着。エンジンは回さなくていいぞ」

 

計器を見つめる一宮。

 

「ふーん……。また抜いてくれ」

 

再び部品を交換する。

 

「足入れてくれ。また魔法力発動させて、エンジンは回さない」

 

計器を見つめる一宮の顔がにやつく。

 

「こんなこったろうと思ったぜ。じゃ、チューンするんで、休憩しててくれ」

「うん」

 

はてなマークを頭上に浮かべるウィッチ達。一緒に作業を見守っていた千里と優奈に、卜部が手で追いやった。

 

「こっちはいいから、お前らは自分の機体の調整してこい」

「はーい」

 

千里と優奈は自分たちのストライカーユニットが収まった拘束装置の方へと歩いていった。

一宮は、さっきの魔導共鳴子が複数並んだヘンテコな基板を取り付けていた。

 

「ちぇ、基盤がでかくて蓋閉めにくいったらありゃしねえ。実験だから仮でしょうがねえか」

 

一宮はなんとか蓋を閉め、額の汗をぬぐうと天音の方に向いた。

 

「一崎一飛曹、いいぞ」

「はーい。バッチリ?」

「バッチリだ。多分思い切りぶん回せる」

「本当? よーし」

 

足を通した天音はエンジンを起動させ、アイドリングの安定を確認すると

 

「いきまーす」

 

と右手を挙げた。そして勢いよく魔法力を解放した。

とたんに今までの倍の大きさの魔法陣が広がり、排気管から青い炎が吹き出る。

 

「ええ?! なにこれ?!」

「存分に飛んでこい!」

 

一宮がバキンと拘束装置のロックを外した。とたんに天音はゲージを飛び出た競走馬のように、ばひょっとロケットスタートして、斜め上に向かってすっ飛んだ。

 

「おわあああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

絶叫がフェードアウトして、天音の姿も空の彼方にどんどん小さくなっていく。

見ていた卜部と勝田、立ち会っていた基地の整備兵達の目が点になる。卜部が一宮を見下ろした。

 

「な、何したんだ?」

「一崎に合った魔導共鳴子に換えたんすよ」

「魔導共鳴子って?」

「魔導波検波装置は魔法波を魔導共鳴子で共鳴させて増幅するんですが、ウィッチの波長に合わせて共鳴子を変えられるようになってます。4番、5番、6番の3種類があって、普通は5番で事足りるんですが、ナイトウィッチやあがり間近の人は波長が短いんで6番使うと調子がいいんす。卜部少尉や勝田飛曹長が使う機体も6番入れてるんっすよ」

「へー」

 

一宮はさらに説明を続ける。

 

「4番が合う人は滅多にいなくて、陸軍のストライカーユニットは4番が使えないセッティングになってます。一崎は魔法波の波長が長いっていうことだから工廠の方で4番入れてたんでしょうが、奴の場合もっと低くて、たぶん3.5番とかあるとぴったり合うんだと思います。

んで、そんな番数が合わないときは、実は裏ワザとして倍数にしても拾えるんですよ。3.5の倍なら7。でも7番なんてないから、さらに倍の14。これなら5番二つと4番一つを繋ぎ合わせれば作れるんで、魔導共鳴子を複数繋ぎ合わせられる特殊な基盤を用意しといたんす。

予想通りっすね。機体内に上手く納めるのが課題っすけど」

 

すっ飛んでいった天音は、ぐらぐらしながら飛んでいたが、次第に高度が下がり、最後はシールドを張って海に落ちていった。

 

「なんだあいつ。まだ飛行操作方法知らねえのか?」

「頭で聞いただけで、いきなり操縦できる奴はほどんどいないだろうな。おーい、筑波ー」

「はい! 千里、救助行くよ!」

「一崎さん、やるね」

「回してー!」

 

2人が足を通したユニット拘束装置が車で滑り台へ押されていった。

滑り台を降りて水中に降ろされ、浮き上がった零式水偵脚と2式水戦脚が天音の着水地点へ向けて大急ぎで水上滑走していく。それを追って船外機付きボートも何艘か走っていった。

 

 




派手な初飛行でした。一宮君のおかげで飛ぶ目途はついたようです。
今日は2話連続投稿します。

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