香港は華僑大陸沿岸部の都市である。華僑大陸の内陸部は遥か昔に怪異が出現して猛威を奮ったことで徹底的に荒廃し、今では広大な土地が人はおろか草木も生えない無価値な大地になってしまっていた。数億の人が暮らしていたと言われるが、殆どが死に絶え、逃げ延びた人々が僅かに残った沿岸部と島嶼部で暮らしている。
香港は島と半島状になっているところで構成され、半島の付け根に山があったこともあって怪異の侵入が防がれ、影響を免れた数少ない土地だ。それ故逃げた人々が集中して、さらに平野部が少ないことから人口過密である。空き地が少ないということは軍港も十分な広さに拡充するのが難いということ。碇泊地は島と半島の間の海峡がよい港になっているが、いかんせん地上部の施設を作るスペースがない。なので近代的な大型軍艦の整備基地としては今一つであった。
だが人が多いだけに歓楽街も発達しており、また内陸部から逃れてきた料理の技が受け継がれた中華料理というとても美味しい独特の料理も味わえる。台湾にも中華料理はあるが、香港の方が寒冷な北地方から亜熱帯の南地方の料理まで幅広いバリエーションを揃えていた。
そういうことで寄港地としての人気は高く、のんびり過ごすには不向きだが、男の船乗り達には人気の街だった。
神川丸の乗員達も、ようやく入った休暇を満喫していた。
◇◇◇
リベリオンの水兵たちに交じって繁華街の映画館からポップコーン片手に出てきたのは427空のウィッチ達。
「リベリオンの軍艦がたくさん入港してるからか、リベリオンの新作が見られてよかったね」
勝田が頭の後ろに腕を組んで天音と優奈に声を掛けた。
「女優さん綺麗だった~。E.バーグマン」
「男優もクールだったじゃん」
「H.ボガードだっけ? そう? わたしには全然ハンサムに見えませんでしたけど、葉山さんは?」
天音に問われた葉山は大人の女。
「態度とか仕草ね。扶桑の男にはできないわね。ああいうのをスマートって言うのかな」
「女の人に対しては女々しい感じがしたけどなあ」
「卜部さん。ネウロイから欧州大陸追われて、あんな風に北アフリカ逃げた人って一杯いたんですか?」
優奈に問いかけられた卜部が後ろに振り向いた。
「あんな逃げ方ができたのはお金や地位のある人達だね。ちなみに映画の舞台のカサブランカは、私達が護衛する商船も寄港してるはずだよ」
「わぁー、そうなんだー。関わりがあるって聞くとちょっと嬉しいねえ、優奈」
「そうね。いつか行ってみたいな。ね、千里」
「西アフリカに潜水型ネウロイが出没すれば行ける」
「うーん、その行き方は嬉しくないよ」
「それより、お腹減った」
千里がくぅーと鳴るお腹に手をやった。
「おーし、飯食い行こう」
「行きましょう、『娘娘』行きましょう!」
◇◇◇
『娘娘』とは427空のお気に入りの華僑料理店。香港寄港時には必ず寄る店である。
「こんちはー。6名、個室空いてるー?」
ホール係の緑色のショートヘアの娘が元気に振り向いた。
「はーい 、6名様ごあんなーい……て、扶桑のウィッチさん?!」
その娘の両脇の髪が驚いた犬の耳のように立ち上がった。
「デカルチャ!! 店長ー、扶桑の航空隊のウィッチさん御一行が来ました!」
「何やてー? うおっ、下妻さん!! ヤックデカルチャー! ナナセ、急いで食材補充頼んできなはれ!」
「はい! 行ってきます!!」
ナナセというメガネをかけた娘が、束ねた紫のロングヘアをたなびかせて勝手口からすっ飛んでいった。
「卜部ちゃーん、入港してたの~? 一言言っといてくんなはれ」
「ごめんごめん、店長。お任せでいいから許してくれ」
「アイヨ、お任せジャンジャン持ってきよるきに、奥の部屋使こうてくんなはれ」
「謝謝! ランカちゃーん、紹興酒!」
奥へ向かいながら卜部は上機嫌で緑の髪のホールの娘に注文する。
「はーい。でも筑波さんや一崎さんに飲ませちゃだめですよぉー」
「分かってるって」
そこに、バーンとドアが開いて制服の警官が飛び込んできた。
「失礼、香港警察だ! 未成年者が酒盛りしてると通報があった! 調べさせてもらう!」
「ええ? まだ飲ませてないぞ」
「わあ! まだ飲んでないです!」
「まだって、本当は飲ませる気だったの? って、天音飲む気だったの?」
優奈が呆れて聞き返す。
卜部達の脇を抜けて奥の別の部屋に踏み込んだ警官が、1人につき2人の子供を両脇に抱えて出てきた。
「まったく、どこの子だ。おとーさんとおかーさんは?」
「ボクは子供じゃないよ!」
「え? なになに? しれーかーん助けてー」
「へ、変なところ触るんじゃない! あ、卜部、何とかしろ!」
「ながなが、大丈夫?! あ、卜部ちゃん助けて!」
助けを求められた卜部、子供達を見て納得した。
「あ、22駆の……」
子供と言って連れてこられたのは、第22駆逐隊の艦長達であった。何しろ容姿は艦これの22駆の面々と全く同じ。水雷ウィッチである彼女達は既にあがり間近で誰もが二十歳を当に過ぎているが、魔法力のせいもあって幼い容姿のままなのである。
店員のランカが割って入ってきた。
「お客さんに何するんですか! この人達は子供じゃないです!」
「どう見ても子供だろう」
卜部がため息を吐いて、扶桑皇国が発給している身分証明書を出して警官に歩み寄った。
「もしもし、私は扶桑皇国海軍のウィッチ、卜部少尉だ。この人達も同じウィッチだ。この人達は二十歳過ぎだよ。もっともウィッチは特別条項が適用されるから未成年でも関係無いけどな。にしても身分証明書確認するくらいの時間はあげてもいいだろ?」
「本当ですか?」
床に下ろされた駆逐艦『皐月』の飯野五月女艦長が黒の短パンのポケットから身分証を出した。
「よく見てよほら! これでもボクは卜部ちゃんより年上なんだぞ!」
胸も大きくて年相応の卜部に対し、天音と同じかひょっとすると小さくてもいいかもというような飯野艦長だが、確かに身分証にある誕生年は卜部より一つ前の年だ。だが警官達は一様に不信な表情をする。百万円持ってると言われて見せられたのが子供銀行券のお金だったというのに等しい感じだ。
「なんなら扶桑海軍司令部に問い合わせるか? その代わり問題なかったらそれ相応の償いしてもらうぞ」
駆逐艦『長月』の高山穂長艦長が不機嫌そうな目付きを益々釣り上げる。
「げげ! ヤックデカルチャ!!」
「も、申し訳ありません! おい、引き上げるぞ!」
慌てて出ていく警官達に勝田が手をヒラヒラ振って見送った。
「ご苦労様ー。ま、あの艦長達じゃしょうがないねー」
「卜部ちゃんありがとうね~。こっちでみんなで飲も飲も~」
一波乱が片付いた駆逐艦『文月』の長倉秋初艦長が、皆を手招きした。
「いいんですか? おほー、もしかしておごり?」
「いいよ~」
「やった! みんな行くぞ」
「まて、千里がいるじゃないか」
『長月』の高山艦長が胃袋ブラックホールを指さす。指さされた本人は全く遠慮するそぶりも見せず、
「大丈夫。佐官クラスの艦長が4人もいれば」
と財布の中身の心配は無用と席に着いてメニュー表を取り上げた。
「あの~、あやめはまだ大尉なんだけど」
一人まだ佐官になってない駆逐艦『水無月』の磯部あやめ艦長がそろりと手を挙げる。
「大丈夫だって。辞令はきっと今頃扶桑本土を出発した頃だよ。ささ、みんな座ろう」
勝田は磯部艦長に適当なことを言い、天音と優奈も促されて並んで座った。
「天音ちゃん、なに食べる~?」
ちょっとほろ酔い入ってる『文月』の長倉艦長が、緩い笑顔でお品書きを差し出した。
「えっと……、じゃあ、ふかひれのオイスターソース炒め……」
「ちょっとあんた、おごりだからって少しは遠慮しなさいよ」
慌てて優奈がお品書きを取り上げた。
「ふかひれって、フカのヒラヒラしてるヒレでしょ? ランカさん、高いの?」
「そうね、安くはないかな」
「ふーん。分かりました。店長、船出してください。わたしがフカを見つけますから、いっぱい釣り上げましょう! だからちょっとまけてください」
「ははは。フカのヒレは取った後の加工も大変なんでおまっせ」
「わたしが獲ってくるのはヒレだけじゃなくてサメ丸ごとですからね? 新鮮な美味しい身とかキモもたっぷり付いてくるんだから」
「デカルチャ! 商売上手でんな。ハオ、わかりもした! 漁師の女神、天音ちゃんのお顔立ててお安くしときまひょ」
「やったー、娘娘大好き! 優奈にもね!」
「アイヨ!」
「わーお、さすが天音! さすが娘娘! ゴージャス、デリシャス、デカルチャー!」
あれー? タグにもないマクロスF要素を混ぜ込んでたら、瑞雲受け取るところまで書けなかった! ごめーん。
天音ちゃん達が観た映画は我々の史実では1942年作品の「カサブランカ」です。まだドイツと戦っている最中に凄いなあ。
彼女たちが彼の地へ行く日は来るでしょうか。