水音の乙女   作:RightWorld

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第91話「瑞雲はいいぞ!」

タグボートに押されて桟橋に近付く船を427空の面々が見守っていた。

 

見かけは普通の貨客船。だが色は濃い灰色の扶桑軍艦色で、船首と船尾に砲座が設けられ、単装砲が鈍く光っている。掲げられた旗も軍艦旗だ。

これが特設航空機運搬艦「名古屋丸」。総トン数6071、最高速度16.5ノット。南洋海輸から徴用された元貨客船である。軍艦扱いだが、元々民間の商船で姿が変わるような改装もされてないので全く迫力がない。同じ民間徴用船でも神川丸はやはり戦闘艦艇たる水上機母艦だからだろうか、少なからず武人の風格が漂う。

 

接岸しロープで固定されると、タラップが取り付けられ、補給作業が始まった。

 

「おっし。拝みに行くか」

「「はーい」」

 

弾むように軽い足取りで、天音達は名古屋丸へ歩いていった。

するとタラップから見たような顔が降りてくる。

 

「あれ? 葉山少尉?」

「え? 何で名古屋丸に乗ってるの?」

 

427空の葉山少尉は今日、司令部に行っているはずなのだ。

 

「いや、葉山少尉より背が高いよ。あれはもしかして……」

「やあ、久しぶり、一崎さん」

 

タラップの中ほどからこっちに気付いたその人が軽く片手を挙げた。

 

「あ、葉山さんのお兄さんの方だ」

 

天音が気付いた。天音がまだ入隊する前、自分の水中探信魔法が潜水艦を見つけられるのか実験する為に横須賀まで行ったとき、立ち会った人だ。

 

「葉山少尉のお兄さん?」

「マジ?! そっくりじゃん!」

「そういえば双子だって言ってたっけ」

 

タラップを降りた葉山が敬礼した。

 

「卜部少尉ですね。海軍航空本部技術部の葉山少尉です」

「427空隊長の卜部少尉だ。こっちも葉山少尉か。二人ともいるときはなんて呼べばいいんだろ」

「妹は元気にやってますか?」

「ああ。船にも飛行機にも酔わなくなったよ。ん?」

 

葉山の足元に隠れるように子供がくっついていた。横に出てくると、いっちょまえにぴしっと敬礼した。

 

「卜部さん、軍港内に子供が紛れ込んでる。どうしよう」

 

千里が言うと、ちっこいのが怒った。

 

「失礼な! その仏頂面は下妻上飛曹ですね? 私はあなたより年上なのであります!」

 

ぷんすかと小さいのは怒った。

 

「誰?」

「同じく技術部から来ました、磐城一飛曹であります!」

「あ、磐城さん」

 

磐城は天音の横須賀での潜水艦探知実験で、天音の魔法波の周期が異様に長いことを見つけた人だ。

 

「あっ、一崎殿、お久しぶりであります! やっぱり一崎殿は英雄になったでありますね! 所蔵のサイン色紙(キスマーク入り)も価値がウナギ登りして嬉しい限りであります」

「え、こ、この口調と声はもしかして……」

 

わなわなと震える指で優奈が指さすと、指された磐城は一歩引いた。

 

「げ、おっぱいボイン」

「やっぱり陸軍! あんた何でここにいるの?!」

「そう言えばこやつも一崎殿と同じ部隊にいたんでしたね。忘れてたであります」

 

葉山少尉(兄)が磐城の頭をぽんぽんと叩いて言った。

 

「磐城君は僕と一緒に欧州まで行くんだよ」

「欧州?!」

 

優奈が大袈裟と思えるほどに驚いた。

欧州へ派遣されるウィッチは隊の中でも能力の高いものが選ばれるので、言うなればエリートコース。勿論そういう者でないと生き残れない過酷な戦場であるからこそ優秀な者が選ばれるわけだが……。

 

いくらウィッチが足りないからと言ってなんでもかんでも送り込んですぐ戦死されたら、褒賞や恩給など余計な事務仕事が増えて仕方がないはず。そこへ優奈とドングリの背比べな成績だった磐城が欧州へ派遣されるというのは、目の飛び出るような大躍進なのだ。ちなみに優奈の兵学校での評価は、「体力と省エネ飛行がずば抜けており、視力も良好。広大な太平洋での偵察任務に最適である。それしかない。決まり!」と最初(はな)から欧州のおの字も出てこなかった。

 

「何であんたが?! 欧州は空飛ぶ大型ネウロイがビームを撃ちまくってるところなのよ?! そんなに死にたいの?」

「戦闘しに行くのではないであります。一応ストライカーユニットは持っていきますが、技官として行くであります」

「君達が使えそうな新しい対潜兵器を探してくるんだよ。ブリタニアやカールスラントには新しい発想の兵器がたくさんあってね。磐城君には実際に試してもらうんだ」

「名古屋丸って欧州まで行くんですか?」

「いや、僕らは香港(ここ)で降りて、ここからは連絡機の二式飛行艇で行くんだよ」

「それは良かった。船だと一月かかるからな」

「ところで陸軍。あんた今何に乗ってるの?」

 

優奈は磐城が陸軍調のしゃべり方をするので 、訓練生の時から陸軍と呼んでいる。磐城の家は代々陸軍の軍人なのだが、彼女だけ海軍に入れられた。

 

「艦攻の流星であります」

 

平らな胸を張って、ふんっと鼻の穴を広げて息を吹き出した。流星は扶桑の艦上攻撃脚のバリバリ最新鋭機だ。

 

「あんの大きいのにあんたが?! なに考えてんの、体見えないんじゃない?」

「失礼な! 相変わらずこいつは口が悪いであります」

「流星て大きいの?」

 

天音が聞く。

 

「シィーニー軍曹のボーファイターほどでないにしろ、ストライカーユニットだと似たくらいあるんじゃない?」

 

天音と同じ大きさのシィーニーにボーファイターはかなり不釣合な大きさだった。シィーニーより遥かに小さい磐城では確かにストライカーユニットだけが飛んでるようになりそうだ。

 

「それはネウロイもびっくりしそうだねー」

「積もる話は後でもできるからさー。まずは荷物受け取ろうよ」

 

勝田がしびれを切らす。

 

「そうだった。一崎の瑞雲は来てるかい?」

「もちろん持ってきたよ。すぐ下ろしてもらおう」

「やったー!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ただちにデリックで木箱がいくつも下ろされた。いずれも予備エンジンや部品類などだった。良いコンディションを保つには潤沢な消耗部品のストックが必要なのである。戦争とは信じられない程の大消費活動なのだ。

だが生産ラインが少なく、正規の水上機母艦でも待ちの多い瑞雲だというのに、4機分はありそうな程の量が確保されていた。天音に掛ける期待が大きいのは分かるが、それにしても多すぎる。その前に機体本体はどこだ?

木箱が置かれる度に取り付いて確認していると、人が乗っかったまま下ろされてくるコンテナが見えた。

 

「一崎くーん」

 

コンテナの上で小豆色のセーラー服とショートパンツの人が腕を振っている。懐かしい顔にみんなが驚きの声を上げた。

 

「西條さん?!」

 

それは航空巡洋艦『最上』のウィッチ、西條中尉だった。

 

「お待たせ一崎君! 待ちくたびれたかい? さあ瑞雲をあげよう! 瑞雲いいよね~、瑞雲最高だろ~?」

「お、お久しぶりです、西條さん。最上も来てるんですか?」

「もがみんはフィリピンで応急修理の後、扶桑に回航して、今ドック入ってるよ。資材が足りなくて、修理がなかなか進まないんだ」

「そうなんですか。すみません、わたし達がもっと一杯貨物船連れていってれば……」

「そんなことないよ。君達はよくやってるよ」

 

卜部と勝田もやってくると話の輪に加わった。

 

「西條中尉、お疲れ様。今日はどうしたんだい?」

「あ、お久しぶりです、卜部少尉、勝田飛曹長!」

 

西條が二人に敬礼する。階級が上の西條から敬礼する様に葉山と磐城は首を傾げる。

 

「一崎一飛曹の瑞雲が出来たからお手伝いに来たんですよー」

「その為にわざわざ?」

「だって瑞雲ですよ~? 卜部少尉も使ったことないはずの機体だし、一崎一飛曹を瑞雲で洗脳……じゃなくて操縦訓練の指導するよう命令を受けました。ボクももがみんが動けないから暇ですし」

「それはありがたいね」

「それと、今回持ってきた高性能エンジンに積み換えた瑞雲、思った以上にできがいいらしいので、実戦で評価するのも任務です」

「え?じゃあナニ、付いてくるの?」

「はい、シンガポールまで神川丸に同行させてもらいます」

「そりゃ助かるね」

「ボクもみっちり大先輩の技を教えてもらえますし」

「そっか。それでこんなに予備部品もあるんだ。2機分ってことだ」

「てことで、一崎君、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

大量の木箱が水上機基地へ運び込まれると、神川丸から来てた整備兵の一宮を初めとする整備科の人達があっという間に瑞雲を組み立てた。零式水偵も大きくて良くできた飛行脚だと思ったが、瑞雲を見た後だと零式水偵が大人しく見えてくるから不思議だ。

天音の瑞雲には一宮による魔導共鳴子への改造(いわゆる魔チューン)が加えられ、いよいよエンジンに火が入る。

天音がちょっと不安な顔を一宮に向けると、

 

「俺の作った装置はちゃんと働いたろ。後はお前が乗りこなすだけだ」

 

と素っ気ない。

 

「うう……そうだよね。わかった、頑張る」

 

一宮に早く飛んでこいと突き放され、仕方なく魔法力を流し込んでストライカーユニットの魔導回路を開いた。魔法力を徐々に上げていく。前に魔チューン改造零式水偵でひどい目に遭ったので、天音も今回は慎重だ。呪符のプロペラが現れ、金星62型エンジンは力強く回りだす。

各部動作点検している間にエンジンも十分温まり、高回転試験に入る。魔法力をさらに送り込むとエンジンは唸りを上げ、排気管からは青白い排気炎が轟々と吹き出し、物凄い風圧で横に立てない程の風が格納庫の壁を揺らす。

天音が一宮をチラッと見ると、一宮は人差し指と親指で丸を作った。金星62は天音の魔法力を余すところなく拾い上げていた。

西條も新しくなったエンジンの瑞雲に満足気だ。

 

「この振動、200魔法力アップの余裕を感じさせるね。一崎君どう?」

「はい。改造零式水偵脚と同じです。問題ありません」

「じゃあ水上滑走してみようか。滑り台まで出してください」

「西條中尉、まだ飛ばないでくださいね。機体の状態確認が先ですよ」

 

先任整備士に念を押された。

 

「分かってまーす。大丈夫そうならジャンプくらいはやっちゃうかもしれないけど」

「大丈夫そうならですよ。羽もげても知りませんからね」

「君達の腕がそんなに悪いわけないよ」

 

そう言ってにっこり微笑むとGOの合図を出した。

 

「出しまーす!」

 

トラクターに押されてユニット拘束装置は格納庫を出、海に降りるコンクリートの斜面まで引き出された。

 

「ロック解除」

「フロート展開」

 

バキンとストライカーユニットを繋いでいたロックが外れ、脛側に収まってたフロートがパクンと開くと下にスライドしていき地面と水平になる。そのまま斜面を降り、水の中に降ろされると、拘束装置は水中に沈み、ストライカーユニットは水上に浮いた。

 

「さあ行くよ!」

「行ってきまぁす」

 

二人は岸の皆に敬礼し、エンジン回転を上げ、水上滑走で沖へと繰り出していった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

艦船が沢山係留されているヴィクトリア港から離れ、船のいないところまで出る。この辺はいくつもの島に囲まれているので海は穏やかだが、それでも海峡の中央まで来ると風で波頭が立つ。

 

「スピード出すよ。波は平気かい?」

「外洋に比べれば全然です」

 

天音も水上滑走だけでの運用はだいぶ経験積んだので、もう初心者の域ではない。

 

「一崎君も一端のモンになったね。行くよー」

「はい」

 

エンジンが唸り、後ろに飛沫を上げて2機の瑞雲が速度を上げていった。

 

「わーお、凄いや。もう飛べるくらいまで出てるよ」

「西條さんの今までの機体とは違いますか?」

「余裕綽々だね。これなら重たい12番爆弾抱えてても、神経質にならないですむよ」

「わたしも零式水偵脚よりストライカーユニットの頑丈さっていうか、しっかりしてる感じがします」

「剛性がこっちの方があるんだね。急降下爆撃ができる機体だもん。いい見方してるよ。よーし、この島一周してみよう、付いてきて」

「はい!」

 

西條はシャーッとカーブして島へと針路を向け、天音もそれを追っていった。

 

西條はたまに後ろを振り向いて天音が付いてきているか気を遣いつつ、水上スキーでも操るように小まめなカーブを描く。波の高いのが現れると、わざとそれに乗ってジャンプしたりと、まるで遊んでいるかのようだ。

 

「すごーい」

「フラップを上げすぎちゃダメだよ。ひっくり返るから」

 

天音も挑戦してみる。えいっとジャンプしたら、そのまま水面2mくらいを浮いたままになった。

 

「わ、西條さん! 飛んでます! 飛んじゃってます!!」

 

今まではストライカーユニットが天音の魔法力を捉え切れなかったので、推力不足で飛び続けることができなかった。初めて落ちずに飛べて天音は感激して思わず叫んでしまった。

 

「機首をお辞儀させないよう気を付けて、エンジンを徐々に絞って着水だよ」

「はい!」

 

ざあっと波を引いて着水すると、速度が止まるくらいにスピードが落ちた。

西條がザァーッと旋回して横にやって来る。

 

「風を読んで、空中姿勢とエンジン回転を見極めて、着水も触れるように滑らかにやると、スピード落とさずに滑走できるよ」

「楽しいです! なんか遊んでるみたいですけど、いいんですか?」

「遊んでなんかいないさ。こうやって自在に操れるようになることが、実戦でも役に立つのさ」

 

するといきなり凄い水飛沫をあげて誰かが横を通過していった。水を引っかけられた形の天音である。

 

「ぷあっ! 千里さんだ、これ!」

 

一度ストライカーユニットに足を通せばド派手になる千里のアクロバット操縦は、空中に限らず水上でもそのままだ。波頭でジャンプすると、横捻りしながらくるりと1回転して着水し、そのままスピードを緩めることなく彼方へ去っていった。フリースタイルスキーで言えばコークスクリュー360だ。

 

「凄いなァ。格闘戦得意の2式水戦脚とはいえ、良く乗れてるねえ」

「千里さんは実戦だともっと危ないです」

「さすが戦闘脚使いだねえ」

「ヤッホー、天音ー」

 

零式水偵脚の優奈も水上滑走でやってきた。

 

「優奈」

「どう? 瑞雲は」

「うん、いい感じだよ。がっしりしてて強そう」

「あはっ、そうだよね! 瑞雲いいだろう? 最高だよ!」

 

西條は瑞雲が誉められると我が事のように嬉しくなるらしい。

 

「あはは、そうですね……」

「優奈君もどう? 瑞雲に機種転換しないかい?」

「乗り換えたいけど、航続距離が短くなるからダメだって言われました」

「えー? でも急降下爆撃できるんだよ? 空中戦だっていけるのに」

「わたし爆撃下手だし、射撃もうまくないし……長距離飛ぶのだけが取り柄ですから」

「うーん、まあ確かに零式水偵脚を二式飛行艇並みに飛ばしちゃう優奈君は、他にはない存在だからなぁ。瑞雲でも4千キロは飛べそうじゃない?」

「優奈に課せられた使命は最低5千キロ飛ぶことなんだよね」

「はいっ! キョクアジサシのコールサインは伊達じゃありません!」

「うわー、厳しいね。次期瑞雲に期待だね」

 

 

 

 

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その頃、ブリタニアの新人ウィッチ訓練所では、異常事態が起きていた。

 

「今日で訓練課程を終了する。おめでとう」

「ありがとうございます!」

「これからは実戦部隊でさらに磨きをかけてくれたまえ。希望先はあるか?」

「はい! 是非ともシンガポール航空隊へ!」

「き、君もか。まさか君もあの新聞記事を見てかね?」

「ええ! 艦隊を、船団を守り、前線部隊を元気付ける。こんなにやりがいのある仕事はありません! 私もボーファイターで海のネウロイを倒します!」

 

 

 




天音ちゃん、やっと瑞雲受領です。ちょっとだけ飛べました(浮きました)。
そしてシンガポールではまたあの人に一波乱ありそうです。

インフルがこんなにきついとは思いませんでした。
この先の話まだ纏まってないのですが間がだいぶ空いてしまったのでうpしました。

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