水音の乙女   作:RightWorld

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第92話「危機迫る、TF77.1と植民地兵?」

 

「あ? 補充兵だ?」

 

バーン大尉がシィーニーの哨戒報告を適当に受け流しているところに、本国からの連絡機でやって来た連絡将校の中尉の訪問を受け、机から顔を上げた。

 

「はい。新人ウィッチですが、ベルギカ方面で実戦の空を少し飛んできた者だそうです」

 

実は3日ほど偵察任務をしただけである。

 

「次のヨーク輸送機隊を使って補充機材と供に着任する予定です」

「なぜそんな事になった?」

「全てバーン大尉のおかげですよ」

 

連絡将校の中尉は楽しそうに経緯を説明した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

2月の終わり頃、ガリアに再侵攻したネウロイに対し、人類連合西部方面軍は一大反抗作戦を本格化した。ロッペンハイムを埋め尽くしていたネウロイをライン川の向こうへ押し返したのは、元々ロッペンハイムを守備していた扶桑陸軍であった。

 

戦端を開いた時の扶桑軍は、地中海や北アフリカ、あるいは南・東アフリカ、中東など、海外駐屯地各所からかき集められた少々旧式な装備が多い中で戦った。それが目を見張るほどに勢いが増したのは、HK02船団を構成していた貨物船群がガリアやヒスパニアの港に着いてからだ。交換部品がなくなって稼働率の落ちていた扶桑の新型戦車や航空機などが待ちに待っていた補給品が届き、稼働率向上と共に戦果が拡大していったのは間違いない。だが旧式装備の部隊も目覚ましい活躍をしている。なぜか。それは彼らの士気が飛躍的に高まったからだ。

 

港から直行してきたトラック第1便には、1回分の扶桑食材も積み込まれていた。3日以内に全将兵に提供するよう厳命されたそれは、劇的に扶桑軍の士気を高めた。

 

「白飯に味噌汁、塩鮭、沢庵です」

「「「「マジか!!!」」」」

 

この扶桑軍を無敵の軍隊に仕立て上げたHK02船団については欧州の主要新聞が記事にしたが、いかに苦労してここにやって来たかを特に詳しく特集を組んで解説したのがブリタニアの新聞だった。

 

『はるばる地球の反対側から応援に来ていた扶桑軍。我々はいつしかそれに慣れ、当たり前のように見ていたが、潜水型ネウロイの登場がその事を思い出させてくれた。彼らは海路で1万4千キロの彼方から来ていたのだ。

欧州と扶桑を結ぶ海路を潜水型ネウロイから守る上で要衝となるのが、東南アジアにあるシンガポールだ。ここは古くからブリタニアの植民地であり、海峡植民地軍と供にブリタニアの将兵も駐留している。南シナ海を遊弋する潜水型ネウロイをインド洋に出てこないよう阻止する役目も彼らの重要な任務だ。』

 

ネタはブリタニア軍から提供されたものだが、そのもとを辿ればシンガポールのバーン大尉の報告書である。

それはブリタニア本国で大きく誇張され、船団到着の立役者はあたかもシンガポールのブリタニア空軍のようであり(ただしシィーニーの名は全く出てこない)、ボーファイターが大活躍しているような印象を与えたのである。

確かにシンガポールに初めて船団が入港した頃は、南西方面艦隊の結司令が世界に向けてニュースを流し、扶桑ウィッチ部隊の活躍が大きく新聞に載ったが、結司令も報道は本職ではないし、本職の海軍広報部も継続して情報を発信するようなことはしなかった。こういったところは情報戦が下手くそな扶桑である。

 

そんな訳だから、ブリタニアの脚色に染まった記事によって、ブリタニア空軍の新人ウィッチ達に今まで存在すらも忘れられていたシンガポール航空隊が急に脚光を浴びることになったのだ。

 

「シンガポール……行ってみたいです」

「祖国から遠く離れる事になりますが、東洋との航路を守るためです!」

「アジアに欧州勢で今でも軍事拠点を確保できてるのはブリタニアだけでしょう? 兵士も必要なはず! 是非私をシンガポール配属に!」

 

配属希望先にシンガポールを上げる者がやたらと多く出たのも不思議ではないのである。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「1個中隊は作れそうなほど希望者が出ましてね。もっとも実際来るのは1人ですが」

 

雄弁を語り終えた中尉は、紅茶で乾いた喉を潤した。

 

「そんな補充兵より、私の交代要員を送ってくれ」

「おおそうそう、バーン大尉の赴任期間延長が許可されたそうですよ」

「許可ってなんだ?! んな申請なんか出してないぞ!」

「本国の海外植民地軍統括部が勝手に出してるようですね。シンガポールに限った話ではないですよ。まあ海外赴任手当がっつり貰えるからいいじゃないですか」

「……生きて戻れればな。それでその補充兵は機材何を使うんだ?」

「勿論、ボーファイターですよ」

 

これまで黙って突っ立っていたシィーニーがびっくりした。

 

「もう1機来るのか?」

「いえ。予備エンジンなんかは来ますが、2機稼働させるものではありません」

「そうしたらそこのマレー兵は何使うんだ?」

 

バーン大尉の指に挟まれた紙巻き煙草がシィーニーを指した。

 

「戦闘脚が有り余ってるそうじゃないですか。なんでもインド軍から次々と大量に流れてきてるとか」

「確かに体当たりさせてもいいくらい沢山あるがな」

 

怪しい流れに思わずシィーニーが割り込んでくる。

 

「ちょっちょっちょっと待ってください! いっぱいあるったってグラディエーターですよ?! 複葉脚で、背中にエンジン背負うやつですよ?!」

「ああ、そうそう。着艦フックとかシーグラディエーターに改造するキットが届くはずだよ。本国の部品倉庫で使われずに余ってたやつだ。もったいないから送らせた」

 

中尉はシィーニーに満面の笑顔と白い歯を見せた。

 

「シーグラディエーター? 空母が来るんですか?」

「いいや?」

「それじゃ何の足しにもならないじゃないですか! 重くなる分邪魔です! なんですかここは、グラディエーターの姥捨山ですか!」

「リベリオンの護衛空母が間もなく到着するじゃないか。そこに降りたら?」

「わたしをどこの軍の所属だと思ってるんですかあ! 勝手に降りようとしたら撃ち落とされかねません!」

「ブリタニア向けの護衛空母も作ってるらしいから、そのうち来るかもしれないよ」

「それ何年先の事ですか? それよりハリケーンでもいいからくださいよ!」

「あー、まあ伝えておく」

 

要望は前から出し続けているのに、一線からも姿を消しつつあるハリケーンでさえまだ植民地兵には出し渋る様に、シィーニーも込み上げてくるものに耐えきれなくなった。

 

「わーん、宗主国様のバカー!」

 

シィーニーはまたも泣いてバーン大尉の執務室を駆け出していった。

バーン大尉もため息である。

ため息を吐き終えると煙草に火を点けた。

 

「あれでも潜水型ネウロイを初撃沈したウィッチだぞ。もう少しいいもの与えられないのか? グラディエーターは使い慣れてはいるが、もうこの辺境でさえも火力不足だ」

「植民地軍にはねえ……。ボーファイターなんか普通じゃあり得ない破格の事だったんですよ」

 

バーン大尉は手を頭の後ろに組んで煙草を燻らした。しばらく揺れる紫雲に思案すると、煙草をもみ消して再び中尉に向いた。

 

「シィーニー軍曹の扱いには何か制限はあるのか?」

「いえ? それこそ体当たりさせても誰も咎めませんよ」

「……そうか。考えておこう」

「本気ですか?」

「1パーセントくらいな。それより入手できるか試してみたいものがある。ああ、珍しいもんじゃないから安心してくれ。セイロンか紅海、東アフリカあたりの海軍基地を帰りに当たってみてくれないか」

 

 

 

 

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リベリオンの護衛空母艦隊TF77.1(タフィー1)に護られたHK05船団は、シンガポールの北東300Kmに位置するアナンバス諸島にいた。

アナンバス諸島の東側にシャンタン島を主島とする諸島群があり、シャンタン島の東側と小さな小島にぐるりと囲まれた水域を、予め防潜網で閉鎖し、停泊地として作ってあった。船団はここで錨を下ろし夜明けを待っていたのである。

 

HK05船団は、従来12航戦が取っていたインドシナサイゴン沖コンソン島からマレー半島クランタンへと向かうシャムロ湾横断コースを採用せず、インドシナカムラン湾から南シナ海を真っ直ぐ南下し、ナトゥナ諸島、アナンバス諸島を経由してシンガポールへ行くという大陸から離れたコースを試みていた。シャムロ湾やトンキン湾は潜水型ネウロイが集団で出没することで知られており、大陸沿岸部もまた奴らの狩場で、船団に属さない近海輸送船や哨戒艇などが時たま犠牲になっている。

だがTF77.1(タフィー1)が空母4隻という恵まれた航空戦力を自前で持っていることから、HK05船団は必ずしも今までのように沿岸航空隊の援護を気にすることなく、自由に好きな航路を選べたのである。むしろ何もない大洋に紛れてしまった方が見つかりにくいのではないか。船団司令部はそう考えたのだ。

 

そして昼夜問わず南シナ海のど真ん中を進んだ船団は、潜水型ネウロイの姿をまったく見ることなく、目論見通りにアナンバス諸島にたどり着いたのだった。ここからシンガポールまでは満を持して昼中のみの航行とし、万膳を期す予定であった。

 

 

 

 

午前3時。シャンタン島に配備しておいたリベリオンの哨戒艇が北側水道の防潜網を開けた。

続いて艦隊の護衛駆逐艦バックレイ級の1隻が、開いた防潜網の口から出ていった。先行して周辺海域を哨戒し、船団が隊形を整えるまで警戒と安全を確保するためである。

島の周囲はサンゴなどで浅瀬が多く、一歩間違えれば簡単に座礁してしまう。まだ朝焼けさえもない時間であったが、周囲の島の白い砂の海岸は夜でもよく見えており、航路標識に立てたブイは鈍い明りを放ち、夜目に慣れた乗員達は沖合へ出るのに何の心配もしていなかった。

 

その時、開いた防潜網の中に向けて、数本の白い航跡が矢のように入り込んでいった。それは次に出ようと待機していた別のバックレイ級護衛駆逐艦、最も北側に位置していた貨物船、その貨物船の向きを変えようと準備していたタグボートに命中して、とたんに火炎が立ち昇った。

 

真夜中のサンゴ礁が、爆発音と燃える艦船の炎で明々と照らしだされ、打って変わって昼間のように明るくなった。

 

「敵襲ー!!」

 

 

 


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