「敵襲ー!!」
アナンバス諸島に築いた船団停泊地の北側で、数隻の艦船が火柱を上げた。
バックレイ級護衛艦は舷側に開いた大穴から海水が流れ込み、あっという間に艦が横倒しになった。貨物船は船首から沈み込み、海底に船底をぶつける。その横ではタグボートが文字通り木っ端みじんになって単なる漂流物になっている。
艦隊旗艦の空母サンガモンの艦橋は、大慌てで右往左往する乗員達でごった返した。
「もういい! どうせ何もわかってないだろうから、全員状況把握に努めろ! 被害艦と攻撃手法、攻撃の方向、まだ攻撃が続いているのかどうか!」
「各艦が一斉に通信を送ってきていて無線電話が混信しまくっています!」
「防潜網は開いたのか? 哨戒艇を呼び出せ! 出てきた船1隻ずつ順番にサブチャンネルに誘導してヒアリングしろ!」
≪哨戒艇3号です。防潜網を開けた後、停泊地内に魚雷が飛び込んでいくのを見ました。その直後に爆発が≫
「魚雷だな? 魚雷で攻撃してきたんだな? ……わかった。司令! 敵は防潜網の外から開いた開口部に向けて魚雷を撃ちこんできたようです!」
「防潜網はまだ開いてるのか? 開いてるなら閉じさせろ! まて、その前に外へ出た艦はあるか?」
「護衛駆逐艦ハドソンが外にいるようです!」
「ん~~~。わかった、防潜網は閉じさせろ! ハドソンは外で水上、水中を捜索! 近くにいるぞ。夜間対潜哨戒機出せるか?!」
「艦が停止中では飛べません」
「カタパルトでもだめなのか?!」
「無風なのです、司令。合成風力が得られず、アヴェンジャーの装備重量では発艦揚力に達しません。ましてや夜戦用レーダーを積んだタイプは……」
サンガモン級護衛空母は、リベリオン護衛空母の中でも最大だが、それでも飛行甲板の長さは153m、速力は19ノットでしかない。それが重さ8トン以上もあるグラマー・TBFアヴェンジャーをぽんぽんと飛ばして運用できたのは、リベリオンが開発に成功した油圧式カタパルトの功績である。
扶桑の商船改造特設航空母艦『大鷹』型は飛行甲板の長さ162m、速力21ノットとずっと優秀だが、カタパルトがなければ飛行甲板を端から端まで目いっぱい使って旧式の97艦攻を飛ばすのが精一杯だった。空母で実用できるカタパルトこそが、小型護衛空母を戦力として成功させた要因なのだ。
だが各国雷撃機の中でも特に大きいグラマー・TBFアヴェンジャーは、護衛空母が搭載するH-4カタパルト単独の加速だけでは離艦に必要な揚力が僅かに不足し、艦が風上に向かって進むことで発生する向かい風と合わさっての合成風力が僅かに必要だった。10ノットも出せればいいのだ。それに相応する自然風が吹くでもいい。だが商船ひしめく狭い泊地で空母を航行させるわけにもいかず、自然の風も吹いてないとなると、さしものリベリオン護衛空母もお手上げだった。
「
「対潜捜索能力がない。目視で探すにしても明るくならないことには」
「ウィッチも同様です。光が差し込まないと対潜ウィッチも海中を見通せません」
「日の出まで待つしかないか」
そのとき、再び北水道で火柱が上がった。
「防潜網を閉じる作業をしていた哨戒艇が攻撃されました!」
さらに悲報が入る。
「防潜網の外の護衛艦ハドソンに魚雷命中!」
「防潜網をなんとしても閉じさせろ! 魚雷の侵入経路が塞がっているだけでいい!」
「護衛艦を1隻盾になるよう配置しますか?」
「それは閉鎖船に成りかねない。船団が出られなくなる」
「作業用にゴムボートを下ろせ!」
◇◇◇
空が次第に白やんでくると、浮かび上がるのは着底した数隻の艦船と、まだ鎮火しない火災と立ち昇る黒い煙、無数の救命ボート。防潜網の外で雷撃された護衛駆逐艦は浅瀬に座礁させて沈没から逃れていた。周囲の小島の岸には、船から脱出した将兵が重油で汚れた黒い顔を並べている。
スプレイグ少将は、混乱は北水道の一角だけで済んだようで胸をなでおろした。幸い泊地の奥にいた船に被害はなかった。しかし外のどこかにいる敵を排除しないことには、船団が泊地から出ることはできない。シンガポールに向かえない。とにかく航空哨戒が必要だ。
「陸上に救護所を設営しよう。沈没船の将兵や負傷者を収容し、島に残す。明るくなったら対潜ウィッチによる捜索を始める。水上捜索しかできないがワイルドキャットも飛ばすぞ」
「停止した状態では運用しにくいですな」
「何とか頼む。それとシンガポールに救援要請だ。特に航空機による対潜哨戒支援が欲しい」
「しかしここはシンガポールから160カイリ以上離れています。往復と現場での哨戒飛行を考えると、飛んでこれる哨戒機があるかどうか……」
大きなマグカップにたっぷり注がれたコーヒーをすすると、スプレイグ少将は大きく息を吐いた。
「大陸から離れたことが、こんなところで仇になるとはな……」
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「わたしのボーファイターが!」
シンガポールのセレター空軍基地の格納庫で、マレー人植民地兵のシィーニー・タム・ワン軍曹は、黒い夜間戦闘脚が運ばれていくのを整備兵に取り押さえられながら見守るしかなかった。
「ごめんねえ、シィーニー軍曹。今日からこれは私が使うんだって。これは本国の指令ですから」
ジャケットをはおり、縞模様の太ももまであるハイソックスを履いた、いかにもブリタニアウィッチらしい人が、運搬されるボーファイターと一緒に歩いていた。久々にシンガポール航空隊に配属された正規のブリタニア空軍ウィッチ、ジェシカ・アンウィン曹長だった。
「その機体、いろいろわたし用に調整してるんですよ! きっと乗り心地悪いですよ~」
泣きべそかきそうなシィーニーである。
「そうなの? 整備士さん、セッティング、ノーマルに戻しといてくださる? 徐々に私用にチューンしますから。あ、消耗品は届いてる新品に交換しといてくださいね。その前にあのネウロイみたいな塗装、塗り替えましょうか。あんなふうに塗りたくるなんて、あなたもずいぶん悪趣味ねえ」
「わたしの趣味じゃないですー!」
待機場から整備場へ運ばれていくボーファイターを後ろから見送るしかないシィーニーは涙をにじませる。
「う、う、う……」
残ったのは山のようにある複葉戦闘脚、グラディエーターMkⅡ。インド軍を退役し、行き着いた先がここである。この先はスクラップ場か博物館しかない。つまり戦場としては、世界広しと言えどここが最後と言うことだ。確かにグラディエーターは複葉戦闘脚としては優秀である。だが武装が貧弱過ぎた。ビーム兵器を搭載するネウロイには対抗できないのである。
格納庫の入り口から注ぐ光が陰った。バーン大尉が立っていた。大尉は格納庫の中を見渡すと、ゆっくりと歩いてきた。そしてシィーニーの傍まで来ると歩みを止めた。
「……わたしは役に立ちませんか」
俯いたままのシィーニーが呟く。
「わたしではマレーを、シンガポールを、守れないってことですかあ!」
がばっと立ち上がり、ハクビシンの耳と尻尾が生え、シィーニーの魔法力が発動された。バーン大尉の肩より低いシィーニーが、両手で大尉の胸の辺りの服を掴む。大尉の足が地面から浮いた。
「上官への暴行は営荘入り7日間」
シィーニーはパッと手を離し、くしゃくしゃになった大尉の服をきれいに伸ばす。
そして再び頭を垂れた。
少しの沈黙の後、バーン大尉の低い声がシィーニーに向けられた。
「お前にはこの基地を出ていってもらう」
「!!」
ガバッと涙で濡れた顔をあげて大尉を見た。しかし見下ろされる冷たい目に、シィーニーはすぐ目線を反らしてまった。
「潜水型ネウロイに対し、扶桑とリベリオンは航空艦隊と対潜ウィッチを配備した。だが我がブリタニアは高価な空母は出し渋り、能力者がいないからとウィッチの派遣もしなかった。
そこへ潜水型ネウロイがまだ陸上にあるとき、つまりスタッキングネウロイの状態であれば、海に出なくとも迎撃できる事が分かった。ボーファイターが有効であると実戦で証明し、本国のウィッチに東南アジアへの関心を高めさせ、こうして新人ウィッチが配属されるまでになった。全てお前の功績だ」
「……それで本国からウィッチが来るようになったから、もうお払い箱ってことですか」
ゆっくりとシィーニーは立ち上がると歩きだした。
「ま、そうですよね。わたしがスカウトされたのは、ブリタニア人のウィッチさんがみんな本国に引き上げてしまったからで、また戻ってくるなら、元通りわたしが去って、場所を空けなければなんないですよね」
とぼとぼ歩くシィーニーは、振り向くこともなく力ない右手を挙げた。
「今日までのお給料だけは振り込んでくださいね。出身地の村に学校建てたかったんです。ウィッチは給料いいから、もうちょっと働ければ実現できるんだけど、残りは掃除婦でもしてコツコツ貯めます」
そう言って夢遊病患者のように格納庫の外へ向かって歩んでいった。
「まて。どこへ行く」
「だって基地を出ていけって」
「クビという意味ではない」
「……え?」
「配置替えだ。相変わらず私の組織下だがな」
格納庫の扉のところで立ち止まって振り替えろうとしたところで、足元に何かがぶつかった。