水音の乙女   作:RightWorld

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2019/6/9
司令塔と艦橋の区別間違いを修正しました。




第95話「蒼き鋼と」

リベリオン基地にトラックで雪崩れ込むと、シィーニーは射撃訓練場に案内された。ユニットケージに乗ったグラディエーターが降ろされて運び込まれ、標的の備え付けられた土手を前に設置される。訳のわからないシィーニーはおろおろするばかりだ。リベリオンの整備兵達はユニットケージの運び込みが終わるといなくなってしまった。

残されたのはユニットケージの上でグラディエーターを履いて突っ立っているシィーニーのみ。

 

「どどどどういうこと?! まさかわたしが標的じゃないでしょうね?」

 

いつでもシールドが張れるようにして警戒しながら待っていると、別の車で移動していた葉山少尉と磐城一飛曹がやってきた。いやもう一人色白の少女も一緒だった。

 

ほぁー……綺麗な人。リベリオン人には見えないな。東洋人だし、この服は扶桑の人かな? ウィッチみたいだけど、若いのに随分落ち着いた人だな。

 

じろじろ見てたら少し嫌な顔をされた。

 

「はわ、すみません! 海峡植民地軍のシィーニー・タム・ワン軍曹です!」

 

敬礼すると、その人が静かに答礼した。

 

「扶桑皇国海軍の霧間伊緒菜(きりまイオナ)少尉」

 

うわっ、士官さんだった!

 

慌ててペコペコするシィーニー。

 

「すまない。トラックが別だったから何の話も出来なかったね」

 

葉山少尉が詫びた。

 

「は、は? 今、なんと?」

「ほら、バーン大尉に説明は僕から聞けって言われてたのに、何の話もできなかったからね。申し訳なかったと言ったんだ」

「わたしに謝られたのですか?」

「……? そうだけど」

「はうっ!」

 

シィーニーが胸に手を当ててくるりと後ろを向いてしゃがみ込んだ。

 

「ど、どうしたんだ?! 体の具合でも?」

 

慌てる葉山少尉に、シィーニーは首だけ振り向いて薄っすら涙を浮かべた。

 

「い、いえ。あまりの優しさに胸が詰まってしまって……どっかの西洋人とはえらい違いです」

「体調が悪いなら作戦に支障をきたすので連れていけない。医務室へ行くか?」

 

イオナは表情だけ見ると全く心配している様に見えないが、手を引くため片手を差し出した。

 

「はわわ! ちっとも悪いところありません! ちょっと感激したものですから!」

「今のどこに感激するようなシーンがありましたですかね?」

 

磐城は首を傾げた。

 

「にしてもよかったです。このまま射撃の的にされるんじゃないかって気が気じゃありませんでした」

「まさか。ここでリベリオンから新しい武器の提供を受けるんだよ。いきなり使えっていっても無理だから、この射爆場で少し試していくといい」

「リベリオンの武器を? わたしも貰っていっていいんですか?」

「バーン大尉が手配したって言ってたから、いいんじゃないかな? 護衛空母艦隊のウィッチが採用した物だよ」

 

するとリベリオンの整備兵が手押しの運搬車を押してやってきた。車の上には細長い筒がいくつか乗っかっていた。その一つを磐城が担ぎ上げる。小さな磐城には不釣合なほど大きい。

 

「セレター基地でもちょっと言いかけましたが、これがグラディエーターでも使えそうだと言った武器であります」

「これが武器ですか? この筒が?」

「軍曹はフリーガーハマーを知ってる?」

 

大人しげな少女が問いかけた。

 

「え? 聞いたことはありますが……。たしかロケット発射する兵器でしたっけ?」

「そう」

「もしかしてこれがそうですか?!」

 

磐城と葉山が説明した。

 

「違うであります。フリーガーハマーはカールスラントが開発したものですが、こちらはリベリオン製ので、Mk4 FFARロケット、通称マイティラットと言うであります」

「マイティラットもロケット弾を撃つ兵器ということでは同じ種類のものだけど、フリーガーハマーがウィッチ専用なのに対し、マイティラットは航空機が搭載するのと共通で、ロケット弾の大きさがけた違いに大きい。航空機の場合はこのロケットポッドを翼の下に取り付ける。ウィッチ用はロケットポッドの外にグリップやトリガー、照準器が付けてある」

 

イオナも一つ取り上げた。それは磐城が持ったのよりさらに一回り大きかった。

 

「小型の7発装填タイプと、中型の12発装填タイプがウィッチ用のも用意されてる。大型の19連装タイプは今のところ航空機用だけだけど、ウィッチ用も作るって話だ。持てるのかねえ?」

「どうぞであります」

 

磐城がシィーニーに7発装填タイプを渡した。発射器は長さはシィーニーの背丈より長かった。

 

「全長は1525mm。軽いタイプでも装填状態で重さは80Kgあります。爆弾背負うくらいの労力はいるであります」

「ありがとうございます。うん、でも魔法力発動していれば、そんな重くないですよ」

「ロケット弾も航空機が搭載するのと共通で、直径2.75インチ、長さ4フィート。弾頭には予め魔法力を込めておけるんで、攻撃に伴う魔法力消費がない」

「あ、だからグラディエーターでも使えるんですね?」

「撃ち方を教える。軍曹は右利き?」

 

イオナが構えの手本を見せる。

 

「右肩に担いで、右手でトリガー、左手はホールドグリップを握る。左側面に出ている照準器で狙い、右手の引き金を引く。これが発射モード切り替えのスイッチで、単発、1秒間隔の間欠発射、一斉発射が選べる」

 

イオナの説明をうんうんと頷きながら聞くシィーニーは、さっそく構えてみる。

 

「こう、ですか?発射時の衝撃凄そうですね」

「排煙は後ろに逃げるから反動はない。火薬の入ってない演習弾を装填してある。撃ってみて構わない」

 

イオナが土手の方を指差した。

 

「そ、それじゃあ……」

 

言われたように構え、照準をつける。取り敢えず土手に置かれた戦車を模った板を十字の中に捕らえて、引き金を引いた。

シュバッ、シュバッと2発が噴煙と供に撃ち出される。反動は殆どない。発射塔の後ろから排煙されるためだ。

ロケット弾はひゅるひゅると渦巻くように回転しながら飛んでいき、目標の下と、随分離れた右に着弾した。

 

「わたし、あんなにブレましたか?」

「そうではない。ロケット弾は直進安定性がなくて、ど真ん中に命中させるのは期待できない。だから沢山撃ち込んで、一帯を広範囲に攻撃するのに向いてる」

「ええー? そんな兵器なんですか?」

「地上目標や大きい標的なら問題ない。大型の飛行型ネウロイ、勿論潜水型ネウロイも」

「何より破壊力が機関銃の比ではないであります。中型でも1発当たればコアまでいっちゃうであります」

「な、なるほど。そりゃ凄い」

 

イオナが構えると、遠慮なく12発を一斉発射した。周囲が噴煙で全く見えなくなり、直後にドドドドっと土手に当たった地響きが届く。炸薬が入ってなくても、高速で飛翔して激突する運動エネルギーの衝撃は半端ない。これで炸薬が入ってたら、しかも魔法力で強化されてたら、大型ネウロイもひとたまりもないのでは。

 

「シィーニー軍曹。セレター基地のバーン大尉から電話です」

 

伝令がやって来て、シィーニーは射撃場のオフィスに案内された。

 

「シィーニー軍曹です」

 

≪バーン大尉だ。シィーニー軍曹、命令を伝える。ブリタニア空軍シンガポール航空隊はHK05船団の救援にシィーニー軍曹を派遣する事にした。ブリタニア空軍の救援部隊として出撃を命ずる。

ストライカーユニットはシーグラディエーター。武器は受け取ったか? リベリオンのロケット弾発射器を使う。現地までは扶桑海軍の艦に便乗する。霧間少尉というウィッチが案内してくれるはずだ≫

 

「りょ、了解しました。ということは扶桑海軍の空母に乗るんですか?」

 

≪詳しくは霧間少尉に聞け。なお救出作戦後はリベリオンの護衛空母に乗って帰ってこい。沈まずに残っていればな。命令を復唱せよ≫

 

「は、はい。えっとえっと、HK05船団救出に向かいます! 機種はグラディエーター、武装はリベリオンからロケット弾発射器を受領、現地まで扶桑海軍の艦に便乗、作戦終了後はリベリオンの護衛空母に乗って帰還します!」

 

≪よろしい。ではくれぐれもブリタニア軍に泥を塗るような事がないように。戦果を期待している≫

 

「イエッサー!」

 

チンと受話器を置いた。そして振り返る。イオナと磐城、葉山少尉がじっと様子を窺っていた。

 

「と、言うことで、霧間少尉、現地までよろしくお願いします」

「わかった」

「え、えっと、空母ですよね?」

「潜水艦」

「は、はぁ?!」

「では行こう」

 

イオナはくるりと踵を返すと、スタスタと行ってしまった。

 

「え? あ、ちょっと!」

 

葉山少尉と磐城はオフィスの入り口のところで敬礼した。

 

「私達は欧州に行くんで、ここでお別れだ」

「あれ? 一緒に救援に行かないんですか?」

「巻き込まれたら欧州に行きそびれてしまうであります。椰子の実ジュースごちそうさまでした」

 

シィーニーは最初驚いた顔をしたが、事情が分かると笑顔に変わった。

 

「はい。欧州から戻るときはお立ち寄りください。またご馳走します」

「そうさせていただくであります」

「さあ早く。霧間少尉が見えなくなってしまうよ」

 

葉山少尉に促されて廊下を見ると、イオナは後ろに気遣うことなくどんどんと先に行ってしまっていた。

 

「わあ! それじゃあ失礼します!」

 

敬礼もそこそこにシィーニーはイオナを追って駆け出した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

待っていたジープに飛び乗ると、ジープはチャンギ港へと突っ走った。飛ばすこと飛ばすこと。舗装路だというのに、ちょっとした凹凸でジープのリーフスプリングサスペンションは派手にジャンプする。シィーニーは座席にしがみついていたが、イオナは涼しい顔でポンポンと跳ねる度に座席の上を悠々と浮遊する。

 

「き、き、霧間少尉。ところで船団はどこにいるんですか?」

「アナンバス諸島」

「え? そんな方にいるんですか? インドシナの方に行かなかったんでしょうか。随分遠いですよ。近くに基地ないんじゃ……」

「だから船で行く」

「船って、潜水艦でしたっけ? 潜水艦でどうやってわたし達はストライカーユニットを運用するんですか? あ、現地の島まで運んでもらって、そこの飛行場から飛ぶんですね?」

「心配ない。直接発艦できる」

「??」

 

南国の木々を抜けると、視界が開けた。目の前に港と軍艦のマストが見える。積み上がるコンテナをスラロームのように避けながら桟橋まで飛ばし、ジープはようやく止まった。

 

「うげぇ、酔いそうです」

 

ふらふらと顔を上げると、桟橋には通常の船とは違った低いシルエットが横たわっていた。軍艦なら普通灰色に塗られている筈だが、その船は青い色をしている。ジープを降りたシィーニーは少しよろけながら端まで歩くと、その艦を覗き込んだ。

 

「うわっ、なんですかこりゃ!」

 

桟橋に繋留されていた艦は潜水艦だった。形は確かに潜水艦だった。だけどおかしい。縮尺がおかしい。縦にも横にも引き伸ばされて異様なほど巨大だ。前甲板はやたら長くて幅広く、前に行くほど高くなる坂道が中央にある。その坂道を指差してイオナが言う。

 

「これカタパルト。ここから発進できる」

「はあ?!」

 

坂道の付け根の艦上構造物の先っぽ、尖ったところがバクンと動き、扉のようにゆっくり開き始めた。開くとその中は広くて長い洞窟のような空間になってた。

ジープに付いてきていたセレター基地のトラックから、マレー人整備兵達がグラディエーターを降ろすと、潜水艦の前甲板に立っていたクレーンが動きだし、グラディエーターが納まったユニットケージごとつまみ上げる。そして洞窟へと飲み込まれていった。

 

「格納塔。中に水上機2機とわたしの水上ストライカーユニットが入ってる。ストライカーユニットならもう1機載せられる空間があるから、そこに軍曹のを載せる。」

「か、貨物船ですか? このフネは。潜水できる……」

 

イオナは不機嫌な顔をした。

 

「センス悪い。マルユじゃあるまいし。潜水空母と言ってほしい」

「せ、潜水空母?! ……はぁ~、夢みたいです」

 

作業員によってマイティラットとロケット弾も積み込まれていった。

てきぱきと進む搭載作業を口をあんぐり開けて見ていると、

 

「シィーニー軍曹かい? ようこそ、蒼き鋼へ」

 

上の方から声を掛けられた。見上げると潜水艦の艦橋……とは思えないほど巨大な構築物の上から、白い軍帽に半袖の白い軍服を着た若い男の人が見下ろしていた。その人の下の壁面には白い字で記号のような一文字と数字で401とあった。

 

401。これが艦名か艦番号かな?

 

「潜水艦イ401の艦長、千早中佐だ」

 

声を掛けてきた人が中佐、しかも艦長と聞いて、慌てて直立して敬礼する。

 

「ブリタニア空軍海峡植民地軍シンガポール航空隊、シィーニー・タム・ワン軍曹です! HK05船団救援のため派遣されました! 現地まで同乗お願いします!」

「乗艦を許可する。さあ出港するよ」

 

イオナがスタスタとタラップに向かった。急いでシィーニーも追いかける。

タラップに足をかけようとしたシィーニーに、トラックに乗っていたマレー人整備兵が駆け寄った。

 

「シィーニー軍曹、忘れ物ですよ」

 

手渡されたのは、革の鞘に収められた山刀。マチェーテとかマチェットなどとも言われる大ナタであった。シィーニーが椰子の実を割るのに使っているやつだ。

 

「あ、大急ぎでバタバタしてたのに、持ってきてくれてたんだ」

「軍曹が魔法力を注ぎ込んだ妖刀です。きっと役に立ちます」

「ありがとう!」

「なにそれ」

 

イオナが覗き込む。

 

「ジャングル用のナタなんですけど」

 

鞘のストッパーをパチッと外し、少しだけ抜いた。

 

「おぉ……」

 

鉄の刀が妖しく光り、金属の肌の上を青白い魔法力が揺らいで、秘めた力を静かに主張していた。

 

「前に扶桑のベテランウィッチの卜部少尉と勝田准尉から教えてもらって、見よう見まねでちょっと鍛えてみたんです」

 

イオナの目が大きく見開かれ、その刀に見入った。

 

「……凄い。見直した」

 

そしてシィーニーの手を取ると艦へと導いた。

 

「ようこそ、蒼き鋼へ」

 

 

 


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