水音の乙女   作:RightWorld

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第97話「リベリオンの対潜ウィッチ その2」

 

「サンガモン コントロール、応答願います! こちらジェシカ・ブッシュ少尉!」

「スワニー コントロール、こちらレア・ナドー少尉。聞こえるか? シェナンゴ! サンティ!」

 

二人が航空管制室を持つ空母を片っ端から呼ぶ。

 

「レア、どうしよう! 誰とも連絡がつかない! 艦隊が全滅したんだわ! やだもう! しょ、食料がある島探して不時着しなくっちゃ……」

 

頭の回転が良すぎるのも考えものだ。ジェシカの脳ミソはあらぬ方に向かって先を読みすぎていた。

 

「ジェシカ、待て。艦隊に引き返そう。目で確認できる距離にいるんだから、そう結論付けるのは早すぎだ。悪い癖だぞ」

「うぅ、ごめんなさい……」

 

北水道近くのペンジャリン島を目指して最短で船団集結地へ向かうと、小島に囲まれた静かな水面には船団と4隻の護衛空母が元気に碇泊していた。

 

「よかったあ! みんな無事だぁ!」

「ったく、慌てすぎだ。こっちまで要らぬ胆冷やしちまったぜ」

 

≪こちらサンガモン コントロール。ブッシュ少尉、無事か?!≫

 

「サンガモン コントロール、こちらジェシカ・ブッシュ少尉。ナドー少尉ともども無事です!」

 

≪ブッシュ少尉、無事で何よりだ。応答がなくなったので心配していた。現在無線、レーダーとも5km程しか届かない。目視の方が確実な状態だ。そのつもりで行動してほしい≫

 

「ブッシュ了解」

「ナドー、了解」

 

二人はほっとして顔を見合わせた。

 

「ネウロイの通信妨害?」

「聞いてたのより強力じゃねえか」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

泊地の南の外に行ったジョデルも急に通信が取れなくなった事に気付いた。さらに対空レーダーが近くにいるはずのF4Fを捉えていない。水上レーダーも島影を映しきれてない。海上に漂っていた電波を妨害する青い液体も目立たなくなっていた。

 

「揮発して電波妨害粒子になって空中に拡散したってことかしら?」

 

ジョデルはさらに異常なものを見つけた。真っ黒な煙と言うか雲が、東の方から広がってきているのだ。

 

「何あれは?! サンガモン コントロール! ……って通じないか」

 

ジョデルは船団泊地へ引き返すことにした。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

船団泊地の上空ではジェシカとレアがどうしたもんかと話していた。

 

「一先ず島が見える範囲で北側の哨戒を継続するわ」

「分かった。遠い方はオレが行く。オレは水上にいる奴しか見つけられねえから、島に近い方はジェシカが水中までよく見張ってくれ」

「了解。何かあればライトでね」

 

そう言ってジェシカは発光信号に使うライトを手にして振った。

 

そこへ魔導インカムにジョデルの声が入ってきた。

 

≪こち《ザッ》デラニー《ザッ》……聞こえますか?≫

 

「ジョディ? どこ?」

 

「ジェシカ?《ザッ》」

 

シアンタン島の方からアヴェンジャー雷撃脚がキラリと光って見えた。

 

「あたしはシアンタン島の南西から南水道に向かってます。それよりジェシカ、東の水平線の方を見て」

 

ジェシカとレアは東へ目を転じる。黒い(もや)が水平線から中高度の空にかけて広がってきていた。次第に高さを増してるようだった。

 

「何あれ?!」

 

≪分かんない。でもこっちに迫ってるのは確かだわ。このままだと泊地はじきにあれに包まれてしまうかも≫

 

「雷雲か? いや、そんなもんじゃねぇな。低高度にも掛かってて全然見えねえ。夜になっちまうんじゃねえか?」

「え?!」

 

ジェシカの脳ミソが感嘆符を言い終わる前に結論付いた。

 

「サンガモン コントロール、哨戒機を急いで全部呼び戻してください!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「何だと、黒い雲が?」

 

≪はい。そんじょそこらの密雲とは違ってそうです。視界が奪われる可能性があります≫

 

呼び戻せと言ったって、無線は既に通じないのだ。船団泊地の空は徐々に暗くなりつつあった。

 

「無線も通じない。レーダーも使えない。それで有視界まで失ったら哨戒機は船団に戻れなくなるぞ!」

 

ジェシカの話を聞いたサンガモン司令部も大騒ぎになった。スプレイグ少将が司令官席を立ち上がった。

 

「甲板誘導灯点けろ! ありとあらゆる照明を点けろ! サーチライトも上空を照らせ!」

「て、敵を呼び寄せませんか?」

「敵って誰だ? 潜水型ネウロイはもう俺らの事を知っている。飛行型なら撃ち落とすまでだ」

「あ、アイアイ、サー!」

「ウィッチ隊、サーチライトの光が見える範囲で船団外周から哨戒機を捜してくれ」

 

≪ブッシュ了解≫

≪ナドー了解≫

≪デラニー了解≫

 

空母スワニーではウィッチで一人残っていたウィラ・ホワイト中尉が、ハンガーからスワニーの飛行管制室に電話を掛けていた。

 

「ホワイトだ。私も飛ぶか?」

 

≪お願いします。ただし母艦のライトが視認できる範囲から離れないで下さい。中尉も戻れなくなりますよ≫

 

「了解した。おい、ユニット促進装置をフライトデッキへ上げてくれ。発艦する」

 

エレベーターでF4Uコルセアが収まっている発進促進装置が飛行甲板へ引き上げられた。魔法力を発動したウィラは飛行甲板でストライカーユニットを装着するとエンジンを起動し、発進促進装置のウェポンベイから肩の高さに持ち上げられた13連装マイティラットを右肩に担ぐ。

誘導員が集まってきて、発進促進装置を艦首のカタパルトへと押していき、カタパルトレール上のシャトルとF4Uをブライドル・ワイヤーで繋いだ。

F4Uのエンジンが唸り、呪符のプロペラが人を吹き飛ばしそうなほどの風を巻き起こす。

発艦指揮官が、カタパルトの油圧が十分に上がった事を知らせてきた。ウィラは頷くと、手をサッと振って誘導員達に離れるよう指示する。左右の安全を確認すると、射出よしの合図を送った。カタパルトレールの横にしゃがんでいる誘導員も周囲の安全を確認すると、右手を大きく艦首の先へ向けて指した。

射出操作員が射出ボタンを押す。

ゴオッと急発進したシャトルに引かれてウィラのストライカーユニットが発進促進装置から引き出され、そのまま甲板を疾走する。そして艦首の先で海へ向けてパチンコ玉のように放り投げられた。

F4U戦闘爆撃脚は50cm程沈み込むと、徐々に高度を上げながら左へ旋回していった。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

泊地のある諸島は真っ黒な(もや)で覆い尽くされてしまった。空だけではない。霧のように海上にも漂っている。ただ霧ほどの密度はなく、サーチライトの光は3kmくらいまで届いた。

しかし星も月もないので真夜中以上の暗さだ。密雲なら普通雨や雷を伴う筈だし、気圧差で風も生じる。だが泊地は相変わらずの無風でベタ凪ぎ。生暖かい空気と湿気はそのままで、気味の悪さに外にいるものは一様に不安な顔をしていた。

 

4人のウィッチは、空母が放つサーチライトの光が辛うじて見えるギリギリまで行って、そこから周回しながら無線で呼掛けていた。無線が届くのは5kmほど。つまり泊地に8~9kmくらいまで近付かないとウィッチ達も誘導できないという厳しい状況だった。

 

「こちらサンガモンのジェシカ・ブッシュ! TF77.1(タフィー1)の哨戒機応答して下さい!」

 

≪ブッシュさん《ザッ》……だ《ザッ》……えるか≫

 

「こちらジェシカ・ブッシュ少尉! 聞こえます! 位置を割り出すから送信を続けて下さい!」

 

≪《ザッ》……サンティ4番…………《ザッ》こ飛んでるかわか……≫

 

ジェシカは旋回して信号の強くなる方を探した。

 

≪《ザッ》……も左も分か《ザッ》え。北にいたんだ。このまま南へ飛んでていいのか? オーバー≫

 

「サンティ4番機、こちらブッシュ。西に向いて飛んで! あなたは島の東の沖合の海上にいるわ! そのまま南へ飛んだら島を通り過ぎてしまう!」

 

≪ブッシュさん、こちらサンティ4番。西か! 了解!≫

 

「ライトを照らしてるわ、見えたら言って! 通信は途絶えさせないで!」

 

≪サンティ4番、西に針路を向けた。速度100ノット……あ、見えた! 灯りだ!≫

 

ほどなくジェシカの耳にもワイルドキャットのエンジン音が聞こえてきた。

 

≪助かったぁ!≫

 

「お疲れ! さあ、付いてきて。母艦に案内するわ」

 

こんな状況下にありながら、8機飛んだ哨戒機のうちこれで5機が戻ってきた。みんな異常な雲に気付いて闇に包まれる前に戻り始めていたのだ。

だが雲が接近するのとは反対側の西側に飛んだ哨戒機は気付くのが遅れたのだろうか。未だ戻らない3機は全て西側の哨戒機だった。

 

≪《ザッ》……シェナンゴ《ザッ》……≫

 

ジョデルのインカムに微かな声が空電の中から聞こえた。

 

「こちらデラニー! 聞こえますか?! 応答して下さい!」

 

≪見えな《ザッ》……かるか?《ザッ》≫

 

「こちらデラニーです! 聞こえますか?!」

 

≪《ザッ》アンダーソン《ザッ》……ナンゴ《ザッ》≫

 

『アンダーソン少尉だ!』

 

ジョデルはそれが今朝一緒に潜水型ネウロイを攻撃したシェナンゴ1番機だと気付いた。

 

「こちらデラニー! アンダーソン少尉、応答して下さい!」

 

≪……だ、帰りた……≫

 

「こちらデラニー! 声を出し続けて下さい、方位を探ります!」

 

≪……≫

 

「応答して下さい! 無線を発信して下さい!」

 

≪……≫

 

「何でもいいから言って!!」

 

ジョデルの悲鳴が響く。

 

≪……≫

 

「応答して下さい!」

 

≪……≫

 

「そ、そんな、嘘でしょ」

 

暗闇となった空を凝視する。

そして唇を噛むと、ジョデルは機首の向きを変えた。

 

「デラニー、捜索に行きます!」

 

≪待て、デラニー少尉。ライト視認可能範囲から出るな!≫

 

すぐさまウィラの注意が飛ぶ。

 

「今いたんです! シェナンゴを呼ぶ声が聞こえたんです! たった4、5kmのところにいるんです!」

 

≪分かる。だがデラニー少尉も戻れなくなるぞ!≫

 

「今ちょっと動けばまた聞こえるかもしれないんです! あたしはウィッチだ! 行きます!」

 

≪早まるな、デラニー少尉!≫

 

「扇形捜索します!」

 

ジョデルのアヴェンジャー雷撃脚は暗闇へ突入していった。

 

 

 


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