水音の乙女   作:RightWorld

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2019/6/9
司令塔と艦橋の区別間違いを修正しました。




第98話「リベリオンの対潜ウィッチ その3」

 

 

「デラニー、捜索に行きます!」

 

≪待て、デラニー少尉。ライト視認可能範囲から出るな!≫

 

「今いたんです! シェナンゴを呼ぶ声が聞こえたんです! たった4、5kmのところにいるんです!」

 

≪分かる。だがデラニー少尉も戻れなくなるぞ!≫

 

「今ちょっと動けばまた聞こえるかもしれないんです! あたしはウィッチだ! 行きます!」

 

≪早まるな、デラニー少尉!≫

 

「扇形捜索します!」

 

≪デラニー少尉!!≫

 

「ジョディー!」

 

暗闇へ消えていくジョデルを最後に見たのはジェシカだった。

 

≪誰かデラニー少尉を見たか?!≫

 

「こちらジェシカ! シアンタン島南端から南西5km! 南へ向かって行きました!」

 

≪ブッシュ少尉、そこにいてくれ。今向かう。ナドー少尉、君は引き続き今まで通りに捜索を頼む≫

≪レア了解≫

 

程なくウィラのF4Uがやって来る。

 

「ブッシュ少尉!」

「あ、ホワイト中尉! じゃ、わたしも行きます!」

「え?! いや、待て、待ってくれ!」

 

ジェシカはアヴェンジャーの機体前方下部に着いている大型サーチライトを点けた。夜間海上の目標を照らすための物だが、電力消費に比例して魔力消費も激しいので、ストライカーユニットではジェシカのアヴェンジャーだけに試験装着している装備だ。

 

「わたしのライトが見えなくなりそうになったら言ってください! これであと3kmくらいは捜索半径を広げられるでしょう!」

「ったく、了解した!」

「ジョディーー!」

 

ジェシカもまた暗闇へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

ジョデルは後先考えず無謀な行動に走ったのだろうか。

 

彼女は突入前に宣言していた。

扇型捜索をすると。

 

実際ジョデルは闇雲に飛ぶのではなく、宣言通り扇形捜索をしていた。つまり一定距離直進し、横に変針して一定距離を飛び、再び変針して最初と同じ距離を飛ぶ。変針する方位さえ正しければ元に戻ってこれるのだ。視界が効かない状況なので、目標物がない洋上や夜間、荒天時に使う、推測航法という方法を併用する。

だが言うは易しで、大気速度や風向などをよく観測して、流される分を計算に入れないと思うようにはいかない。何の目標もない洋上飛行を行う海軍ならではの技術で、水偵を駆る扶桑の偵察ウィッチはこれが出来ることこそ真骨頂だ。長大な航続距離を誇るアヴェンジャーを扱うリベリオンのウィッチも当然訓練していた。

だが、ジョデルは十分な事前準備、つまり補正に必要な情報をちゃんと得ない状態で行動を起こしていた。言わばその1点がジョデルの無謀だった。

 

「こちらジョデル・デラニー少尉、応答願います!」

 

≪……≫

 

「駄目だ。こっちじゃなかったのかな」

 

ジョデルは南下した後、東へ針路を変えた。F4Fは泊地の西で哨戒していたのだから、戻るため東西方向は東へ向かって飛んでいたと考えるのが妥当なはず。これで捉えられなかったとなると、哨戒機は西へ向かって飛んでたのかもしれない。東へ行き過ぎたと思って戻ってきたところを、一瞬無線が捉えたんだろうか。

 

もう一度やり直すべく、ジョデルは北へ変針した。

大気速度と時間から予定の飛行距離を飛ぶ。泊地は無風だったから補正はほとんどいらないはずとふんでいた。だが、そろそろ見えるはずの空母のサーチライトが見えてこない。ジョデルはサーッと血の気が引いた。

 

「計算が狂った?! 予想地点がずれてる。島の南端に着かない!」

 

焦る気持ちを何とか落ち着かせようと深呼吸すると、インカムのスイッチを入れた。

 

「こちらデラニー。タフィー1各機、応答願います」

 

≪……≫

 

泊地の周囲上空には仲間が飛んでいる。5km程まで近付いていれば届くはず。

 

「こちらデラニー。タフィー1各機、応答願います」

 

≪……≫

 

「こちらジョデル・デラニー。タフィー1各機!」

 

≪……≫

 

もはや下がってくる血の気もなかった。自分の軽率な行動を嘆いた。

でもすぐ動かなかったら、哨戒機は本当に声の届かないところへ行ってしまう。あの時だって、既に電波が届くぎりぎりにいたんだ。

ウィッチは人を助けてなんぼだ。行動しない訳にはいかない。あそこで何もしないで見捨てるくらいなら、やってみたけど駄目だったって方が自分に納得がいく。

 

でも……でも……

 

涙が溢れてきた。

 

「こちらデラニー。タフィー1各機、応答願います」

 

≪……≫

 

ごめんなさい、お父さん、お母さん。

 

「こちらデラニー。みんな……みんな……」

 

≪《ザッ》……≫

 

!!

 

≪《ザッ》……シュ≫

 

「こちらデラニー! 誰か、応答願います!」

 

≪ジョディ……《ザッ》……ッシュ≫

 

「ジェシカ?!」

 

≪こちらジェシカ・ブッシュ! ジョディ聞こえる?!≫

 

左の方に海上をほのかに照らす明りが見えた。

 

「ジェシカ!」

 

明りの方に機首を向ける。

 

「ジョディー!」

 

眩いサーチライトが向かってくる。そして真っ直ぐ飛んできたジェシカはジョデルに体当たりするように飛び付いた。

 

「ジョディ、良かった、良かったあ~」

「ジェシカ、来てくれたんだ」

「もうやだー、勝手に行っちゃダメよー」

 

抱きついたジェシカは、ジョデルを確かめるように回した手で背中をさすった。

 

「ジェシカ、ありがとう。ごめんね」

「うん、うん。さあ帰ろう。こちらジェシカ・ブッシュ。ジョデル少尉を確保。ホワイト中尉、聞こえますか?」

 

≪……≫

 

「こちらジェシカ・ブッシュ。ホワイト中尉ー」

 

≪……≫

 

無応答にジョデルがまた青い顔に戻った。

 

「やだ、どうしよ」

 

振り向いたジェシカのセリフがさらに追い詰める。

 

三重遭難?!

 

「み、ミイラ取りのミイラを取りに行ったミイラ取りがまたミイラに!!」

 

半分パニックな悲鳴じみた声をジョデルがあげる。

 

「この状況下でよく間違わずに言えたわね。ジョディの無線が聞こえたとき、既にウィラさんとの通信もヤバい距離だったんだ。わたし来たのこっちだった?」

「た、たぶん……」

 

ジョデルの目から涙がダーッと流れた。

 

「戻ろう! 二人で呼び掛けよう! ウィラさーん!」

「ほ、ホワイト中尉ー!」

 

無線なんかいらないのではというくらい大声で叫びながら飛ぶこと数分。前の方からピカッと光が見えた。

はっと気付いた二人は一瞬顔が綻びかけたが、次の瞬間、シュルシュルと音が近づいてきて、バンと破裂音がした。

 

「今のは?!」

「マイティラット?!」

「飛んで来た方に行けばいいのね!」

 

ジョデルがぐしゃぐしゃになった顔を緩ませる。

だがジェシカは真っ青になった。それを裏付けるようにもう1発、ロケット弾が方向を変えて飛んできて破裂した。

 

「次に撃たれる前に行くわよ! 飛ばすだけならまだしも、時限信管で爆発までさせるなんて、近くで爆発したらこっちが危ないわ!」

 

ジェシカに言われてその危険性に気付いたジョデルの目に、またダーッと涙が溢れる。

 

「もうやだー! ウィラ中尉、私達を殺さないでー!」

「し、シールド張ってこう、ジョディ!」

「ホワイト中尉、早まらないでー!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

無事4名のウィッチは船団の上空に戻ってこれた。

泣き崩れてしゃくりあげるジェシカとジョデルをナドーが頭を撫でてあやす。

 

「二人とも上官の命令無視して手の届かないところへ行ってしまうからだ。少々怖い思いするのもそのツケだ」

 

マイティラットを担ぐウィラが突っぱねたように言い放つ。

 

「うう、でもマイティラット爆発させるのはやり過ぎです~」

「それくらいの音がないと戻れなかっただろう?」

「そうですけど、そうですけど……」

 

ジョデルに負けぬ泣きじゃくり具合から、頭の回転が良すぎるジェシカはまた要らぬところまで考えが巡って、ジョデル以上に肝を冷やしたのかもしれない。

ウィラはふうっと溜め息をついた。

 

「まあでも懲罰もどきもそこまでだ。残念だったな、見つけられなくて。二人共よくやった」

 

命を懸けた捜索の甲斐もなく、哨戒機は発見できなかったのだ。

未帰還機3機。

TF77.1(タフィー1)はまたしても大きな傷を負ったのだった。

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

「艦長、ちっと上がってきてもらえますか?」

 

艦橋に上がっている見張りから、艦内にいた千早中佐へ連絡が来た。

梯子を登って外に出ると、生暖かいながらも艦が進む事で吹いてくる風が汗ばんだ顔を気持ちよく撫でる。

HK05船団救援のため、南シナ海を北東へ向け航行する、扶桑皇国海軍の潜水艦『伊号401』であった。

 

どうした、と聞くまでもなく、千早艦長は異常に気付いた。浮上航行で進む艦の前方に黒い雲の壁が立ちはだかっているのだ。

 

「今まで(もや)ってて見えなかったのですが、今しがたハッキリと見えてきました」

 

普通のスコール雲と違うのは一目で分かる。海面から垂直に立ち上り、遥か上空まで伸びている。

 

「方向はアナンバス諸島の方か?」

「そうです」

「まさかネウロイの巣じゃないでしょうな?」

 

別の当直士官が不安な目をこっちへ投げててくる。

 

「これまで知られている巣は全て渦巻き状で、地表から千メートルくらいのところから始まっている。でもあいつは海上からすぐ立ち上がってそうじゃないか。巣とは違うと思うな。もっとも始めて現れたやつという可能性もあるが」

「ど、どうしますか?」

「決まってる。突っ込むぞ」

 

千早艦長に迷いはなかった。

 

「やばそうになったらすぐ潜航する。電池の充電は?」

「満タンです」

「宜しい。電探、水測は警戒を厳となせ」

「ようそろ」

「イオナとシィーニー軍曹、飛行長を呼んでくれ。見といてもらおう」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

シィーニーとイオナは晴嵐が収まってる格納塔の中で、マイティラットの弾頭に魔法力を注入していた。発射時に込めるのではなく、こうして予め注入しておけば、戦闘時に魔力を消費しないで済む。現場で込めるより多少弱くはなるが、元々威力のある弾頭なのでさほど影響ない、というのがリベリオンからの情報だ。

いつでも潜航できるよう閉めきった格納塔の中は蒸し暑いなんてものではなかった。

 

「霧間少尉、なんでそんな涼しい顔してられるんですか?」

 

後からやって来て魔法力注入作業を始めたイオナは、ここに入ってきてからも……というより、出港時からずっと清楚な姿を保っている。シンガポールからずっと洋上航行しているので、艦内には絶えず外気を取り入れているから潜水艦としては最高の空調状態が続いているとはいえ、ここは赤道近くの南洋の海、やはり潜水艦の環境は快適とは程遠い。シィーニーは汗で服が絞れるのではと思っていた。

 

「私は出港以来、保護魔法をずっとかけている」

「え?! それじゃ魔法力をずっと消費してるって事ですか?」

「生命維持の保護魔法はそれほど魔法力を使わないし、睡眠時の回復力の方が消費量を遥かに上回るから、朝には元通りになる」

「で、でも、そうすると、もし就寝直前に出撃とかなったら、戦闘に使える魔法力が物足りなくなりませんか?」

「そうかもしれない。でも私も一応女の子」

 

イオナは手を休めてシィーニーの方に向いた。

 

「何週間もお風呂に入れない劣悪な潜水艦だからって、垢と油で汚れて汗臭い姿をさらしたくはない」

「ほぁ~……」

 

やっぱり先進国のウィッチは違うと、目を輝かせる。

 

「い、今からでも遅くないでしょうか!」

 

既にお尻の下の甲板に汗の水溜まりを作っているシィーニーだが、自分も女の子であることを思い出した。

 

「……手遅れかもしれないけど、それより悪化は……しないでしょう、たぶん」

 

そこに伝令がやって来た。

 

「霧間少尉、シィーニー軍曹。艦長がお呼びです。艦橋まで上がってください」

「わかった」

「は、はい!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

伊401の艦橋は、格納塔の上部横に出っ張るようにくっついている。

格納塔の扉を開ければ前甲板に出られて、艦橋はすぐなのだが、潜航に備えきっちり閉じられているので、その道順は使えない。ではどうするかというと、ぐるりと艦内を遠回りすることになる。

格納塔は潜航中でも出入りできるよう、ハッチで艦内と繋がっているので、そこから艦体本体の内殻へ入り、食料や色んな物資で狭くなった長い艦内通路を通り、発令所も通過して、司令塔から梯子を登って艦橋に至る。

 

「はぁぁ~、涼しいー」

 

艦橋の上に立ったシィーニーは思わず両手を横に広げて立ち止まってしまった。

 

外の風が天国のよう。空気の美味しさといい、広い空間といい、外界がこんなに気持ちいいなんて。こんな感覚、基地から飛ぶだけの空軍兵じゃ絶対経験できなかったなぁ~。

 

「格納塔は暑かったろう? 汗を引っ込めていくといいよ」

 

千早艦長はシィーニーに微笑んだ。

 

「あれ? ウィッチさんって汗かかないんじゃないんですかい?」

 

伊401の航空隊の飛行長が不思議そうに聞く。

 

「どうやら下級な魔女は違うようだ」

「ふえ?!」

 

イオナに下級魔女扱いされたシィーニーがすっとんきょうな声をあげる。

 

「そんな植民地兵をいじめるブリタニアの将校みたいな事言わないで下さいよ~。てか、ウィッチの間違った知識を植え付けないでください」

 

イオナがペロッと舌を出した。

 

「すまない、冗談。ウィッチだって人間だから、体の仕組みは一般の人と何ら変わりない。私は魔法でコントロールしてただけだ」

 

そう言ってイオナは手ぐしを髪に通すと、シャンプーしたてのようにサラサラの髪を風に泳がせる。

 

いやいや霧間少尉、どれだけ身だしなみ維持に魔法力を注いでるんですか。

 

シィーニーはそれを見て、真似してたら飛べなくなると思った。

一方、千早艦長を除くそこにいた皆が、シィーニーは格下の魔女か、さもなくばイオナが桁外れな上級魔女だからに違いないと確信した。

二人のあまりの落差に、間違った知識は払拭できなかったみたいだ。

 

「ところで、あの雲なに?」

 

イオナが例の黒い雲の壁を指差す。

 

「うおっ!」

「わ! なんですかあれは?!」

 

飛行長とシィーニーが仰け反って驚いた。

世界の果てですと言ってるかのごとく、左から右へ真っ直ぐ一直線に立ちはだかる平坦な壁にシィーニーが

 

「わたし達の世界って、巨人の箱の中に作られてたんですねぇ」

 

と舷側から身を乗り出して納得顔をする。イオナがサラサラの髪の先をくるくるしつつ呟いた。

 

「シィーニー軍曹、地球が丸いって知っているか?」

「とにかく……」

 

千早艦長はシィーニーの宇宙観のことは無視と決め込んだようだ。

 

「我々はあの中に突っ込む。HK05船団はあの向こうだからな」

 

飛行長はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。イオナは毛先をくるくるしたまま表情を変えない。

 

「ぶつかって跳ね返されませんかね~」

 

手をおでこにかざして黒灰色の壁をしばし観察し、

 

「でも助けを求める船団がいるからには、行くしかなさそうですね」

 

と振り返ったシィーニーも腰が引けている様子はなかった。実戦で鍛えられたウィッチらしい肝の据わった顔に、千早艦長はほおっと感心し、にっこりと笑う。そして艦内との通話器を取った。

 

「発令所、こちら艦橋。およそ1時間で本艦は艦の針路前方に広がる密雲に突入する。30分後に総員戦闘態勢。今一度、各部物品の固定を確認せよ」

 

≪発令所、了解≫

 

 

 


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