クラナガンで開かれる夏祭りに、なのはがティアナを誘った、というストーリーです。

ティアナの心情ベースで作っています。


若干の加筆修正を加えて、投稿します。性的な百合描写はありませんが百合のつもり。というかこれ以上は作者の力量的に書けない。

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夏音

本作品は、リリカルマジカル10にて販売しました同人誌『メモリアル・デイズ2』(A.C.S.BreakerS)収録の中編を訂正・改稿したものです。

 

Arcadiaにも掲載しております。(徐々にArcadiaから撤退させる予定……)

 

 

(なのはViVidが現在ほどまで進展していなかった頃の作品ですので、ViVidとの整合性が取れていません。改稿しようとも思いましたが、作品のメッセージを大きく損ねてしまうので、そのままに致しました。ご了承くださいませ)

 

 

 

 

 

 

 二つ目のチューインガムの味は一度目よりも味気なく感じられ、信号が青に変わるまでの間にバイクに走行を命じた。クラナガン近郊交通網のラッシュは、まるで一斉に蟻地獄の穴から這い出る蟻の群のようで、それでも中心街はまだ活気に満ち溢れているのだろう、と進まない道を行く中でティアナは思った。

 忙しなく揺れる蛇のような車の渋滞を抜けるまで、あと三十分。いつもならば三分の一の時間で到着できる目的地は、今日の祭のせいで遠い存在になってしまっていた。二十分前に出たオフィスが今は夜勤族の溜まり場になっていることを思えば、このことはティアナにとっては大した苦痛ではなかったが。

(ああっ……進むの遅い!)

 連勤続きのこの数日は正直うんざりしていた。事件の現場での若手のミスから始まったトラブルによって掻き乱された部署は、始末書やら発注書やらが混在していて紙が舞い散っていた。これが何かの役に立つことなのなら、やりがいも感じられるのだが、残念ながら凶悪犯罪の事件調査とは違い、必要悪とすら思える事務所仕事は辟易とするものでしかない。そんなここ数日を思い浮かべて、ティアナは欠伸をした。妙に渋滞がイライラするのが仕事のせいだと思えば、余計にストレスが溜まっていくようだった。

(でも、何でなんだろう)

 クラナガン中央広場。平日でさえ家族連れでにぎわうこの広場は、今日は祭日ということもあって人で埋め尽くされていた。その場所がティアナの目的地だったのだが、その場所へ呼んだのは意外にも、昔の指導教官であった高町なのはだった。

(何で、私を呼んだんだろう)

 奇妙な巡り合わせだった。友達のスバルはオフシフトが入ったために祭には参加できず、元上司のフェイトは次元航行の短期パトロールに随行して不在。六課仲間のエリオとキャロに連絡を取っても、次元世界が異なるということでもちろん参加は不可能だった。言ってみれば、彼氏のいない今、ティアナは仕事だけに生きているようなものだった。だから、呼ばれたときにすぐに行くと答えられた。

『ティアナ、今大丈夫かな?』

 けれど今回、祭に行かないかな、と誘ってきた相手には驚いた。仕事の休憩時間に入ったメールで、今夜予定が空いているかと尋ねられ、空いていると言えば、昔の強引さそのままにイベントに誘われた。普通の友達関係ならよくありそうなことだったが、相手は仕事上の上司。その縁があっての合同旅行で一緒に話をしたり、またトレーニングを一緒にしたり、という関係はあったが、プライベートでのメールはこれが初めてだった。何か仕事上のトラブルだとか、魔法技術のことなんかでティアナがメールを送ることはあっても、なのはの方からやってくることは一度もなかった。

『今日、クラナガン中央広場で祭あるの知ってるよね? 行かない?』

 不思議だった。

 渋滞で止まっていた車たちが少し動き始める中を、縫うようにバイクで車を抜き去っていく。皆目的地が一緒なのか、バイクに乗っているティアナはドライバーの羨望の眼差しを背に感じていた。約束の時間はあと僅かだが、元教官を待たせるなど許せないティアナのポリシーが、だんだんと焦りを生みだしていた。グリップを握る手に汗が滲み、ティアナはできるだけ早く目的地にたどり着くことだけを考えた。

 クラナガンへ続く高速道路を外れ、一般道に入ったティアナは一気にスピードを上げた。祭に行くとはいえ、バイクを使うティアナは浴衣ではなくいつも通りの服を着ている。その服が、風にはためいてとても気持ちよい。

 歩道には、りんご飴やら綿飴やらで頬を汚している子どもの風景。平和。自分たちの仕事がもたらした一時は、しっかりとみんなが享受している。誇らしくしても、今日くらい罰はあたらないだろう、とティアナはギアを上げた。

「あ、ティアナーっ!」

 広場に近付いて、浴衣姿の懐かしい声をティアナは聞いた。その浴衣姿は、まだバイクを走らせているこちらに向かってきている様だった。

「ちょ――なのはさん、今から駐輪しに行きますから! あと危ないです」

「あはは、ごめんごめん」

 浴衣をはためかせながら、なのははティアナのバイクに着いていった。

 

 

 

        ※        ※

 

 

 

 中央広場付近は毎年恒例なのだが、大きな花火大会のために交通規制がかけられる。早めにバイクを公営の駐車場に留めて、広場に歩いていこう、というのがなのはとティアナの戦略だった。

「今年も混んでますね」

「だねー。去年はフェイトちゃんとヴィヴィオと来たんだけどね、もう人、人、人で全然動けなかったよー」

「しかもマスコミを捲かないといけないですしね」

「あはは、そうだね」

 そうティアナは言いながら、やはり先ほどからの理由を考えていた。 何で、私を呼んだんだろう。

バイクを留めて、ティアナはなのはと一緒に歩き始めた。歩道にはちらほら出店も見え始めている。

 犯人捜査、上手くいってる? からはじまり、教え子の愚痴などの仕事の雑談をしながら、300メートルほど二人が歩いたときに、不意になのはが尋ねた。

「あー、そういえばさ、ティアナって、祭の何が好き?」

「え……ええと……」

 急に問われて、ティアナは少し言葉に詰まった。

 祭は好きだった(・・・)

 蝉の鳴き声が響き、じわりと汗が額を伝う。ティアナは、過去を思い出すようにして喋った。

「そうですね……射的……」

「射的……?」

 耳にしつこく迫ってくる蝉の音に紛れて、戸惑いの声が聞こえたのを、ティアナは過去を覗きながら聞いた。

 射的。コルク栓を弾丸にして、景品を獲得するゲームだ。

 大昔に秘した記憶は鮮明で、ティアナの前に蘇る。あの頃はぬいぐるみが大好きで、兄に取ってもらっていた。優秀な狙撃手だった兄にしてみれば、射的は本当にお遊びに違いなかったのだろう。大きなぬいぐるみをたくさん取ってくれた光景が、ティアナの脳裏に焼き付いていた。

「……」

「じゃあ、今のティアナはもうお手の物だね」

「え?」

 過ぎる記憶をそのままに、ティアナは返事をした。

「だって、もう、どんな景品でも取れちゃうでしょ?」

「そうですね――」

「昔よりつまんないかもしれないね、簡単に取れ過ぎちゃって」

「昔……?」

 善意で呟かれた言葉に、ティアナは再び過去に視線を注ぐ。兄はいくつか私に最初に射的をやらせて、まぐれ当たりがあるとものすごく喜んでくれた、という記憶がフラッシュバックする。そして、その後に私が一番欲しかった景品を容易く――いや、何回かわざと外して、我侭だった私の顔色を楽しんでから、最後の一発で容易く奪って見せていた。

 蝉の鳴き声はもう聞こえなくなっていた。周囲の雑踏が、蝉を祭に寄せつけまいとしているかのようだった。

「昔は、兄さんが取ってくれていたんです」

「――あ、ごめん!」

 うっかり失念していた、と申し訳なさそうになのはが謝った。彼女に全く悪意はなかったのだろうが、夏音に紛れて蘇ってくる思い出はティアナにとってあまりに切なかった。

「いえ、もう昔のことですから」

 形だけそう呟いて、ティアナは自問自答する。殉職した兄の名誉を守るため、という復讐紛いの「強さ」への欲求は、機動六課で捨てていた。何か煮え切らないものが残るけれども、それは「孤独」という名の寂しさなのだろうか。機動六課で得た仲間と、仕事場の同僚は得ても、帰るべき場所がないのは苦しいばかりだった。

 なのはも形骸の言葉を理解しているのか、次に紡ぐべき言葉を見つけられなかったようだった。おいしいねー、や花火まだかなー、という歓喜の列の中に、二つの沈黙が続いていた。自然と二人の足取りは重くなり、周りの人々が二人を抜き去ってゆく。

 何メートルほど歩いただろうか、ティアナは射的の出店を一つ見つけた。なのはの浴衣をちょいとつまむと、本当に驚いたような表情で振り向かれて、ティアナは本当の意味で笑った。

「なぁーに、ティアナ」

 それにつられて、なのはの声も自然と明るみを増していた。

「あの出店、行きませんか?」

「え?」

 なのはの声に、怪訝さが入った。話すことがタブーだと思っていたところに、その話題に直接触れにいくようなことをするとは、思っていなかったのだろう。覗きこんでくるような顔色を見て、ティアナは少し、頬を緩ませた。

「行きませんか?」

 声を強く、ティアナは尋ねる。

 二人は足を止めていた。雑踏は沈黙を避けるように進んでいく。進んでいくのは人の群れだけではなく、時間も一緒だ。

「ティアナがいいなら――」

 そう、なのはが呟いた瞬間にティアナはなのはの腕を握った。少し冷たい、そう思いながら、ティアナは遅れた時間を取り戻すかのように射的の出店に向かう。

「ちょ、ちょっとティアナ、今日わたし浴衣――」

 いきなり進みだしたことに驚いたのか、と振り返ってみれば、慌てて裾を上げてなのはがついてきていることをティアナは確認した。でも、ティアナは何故か、一刻も早く射的がしたかった。人々の中を駆け抜け、二人は出店の列についた。

「ご、ごめんなさい」

「驚いたよ……でも、久しぶりに走ったかも」

 えへへ、となのはが笑うのを見て、ティアナも笑った。

「射的、お得意ですか――高町一尉(・・・・)

 ティアナは遊び半分でそう言った。敢えて階級をつけて呼び会う遊び。

「うーん、砲撃なら得意だけど?」

 おどけたなのはに、くすっとティアナは笑った。純粋にツボに入ってしまったのだ。

「もー、ティアナ、笑わないでよ」

「ご、ごめんなさい――でも、昔からなのはさんには敵いません」

「この前の合宿の戦闘じゃ、スターライト・ブレイカーの撃ち合いで負けたけどなぁー、ティアナは随分強くなったね」

「まあ、あれはリミット付きでしたし……そ、それにマルチレイド数発でこちらのファントムストライクを防がれたら、教え子としてちょっと恥ずかしいです」

「ふふ、そうだね」

心底楽しそうに、なのはが笑った。

 

  ※        ※

 

射的の順番が回ってきた。

なのはとティアナはそれぞれお金を渡して5発のコルクをもらった。

「なのはさんは、何を狙うんですか?」

「んー、あのちっちゃなフェレットの人形かなー」

右上隅にちょこんと隠れるようにあったふさふさの人形を狙うようだ。ティアナはそれを眺めて言った。

「セイクリッドハートの隣に置くと、仲良しに見えますね」

「ふふ、そう? 嬉しいかも」

「じゃあ、なのはさんからどうぞ」

「え、私から?」

「見本を見せてください、教導官(・・・)

 そう言うと、なのはは怒ったようにちょっと頬を膨らませてから、ゆっくりと射撃体勢に入った。

 初弾。パスっ、という音がした弾は、目標の僅か2ミリほどずれたようだった。

「そういえば、ティアナは何が欲しいの?」

「私ですか? えーと、……猫のぬいぐるみ」

 恥ずかしそうにティアナがそう言ったのは、犬の人形は嫌いだったからだ。昔、兄さんが取ってくれたから。

 二発目、三発目。近づいていくが、なかなか当たらない。

 確かになのはの砲撃精度は抜群に高いのだけれども、それは弾頭をなのは自身が作っているからだ。射的のコルクはそう上手くはできていない。それに、銃の砲身もまっすぐではない。

 それでも抜群の空間把握能力を持つなのはは、四発目で目標の人形に掠らせた。

 最後の一発。じーっとティアナは見つめていたが、なのはは迷いなく引き金を引いた。結果は外れだ。人形の右を通り過ぎた弾に、なのはは悔しそうに、店員はにんまりとした笑顔になる。

「あーん、悔しぃー」

 なのははそう言って、ティアナの方を向いた。

 夢中になっていたのだろうか。本当に悔しそうにしているなのはは、まだ射的をやっていないティアナを恨めしそうに見ていた。

ティアナはそれを見て、何か弄ってやりたいようなそんな感覚に襲われた。

 ――弄る?

 誰を? 何故?

「残念でしたね、なのはさん(・・・・・)

 そうアクセントをつけて呟いて、ティアナは銃を構えた。

 初めての感覚。横にいる女性を、無性に虐めたくなったのだ。ティアナはちらっと、横目でなのはを見た。何か不満そうな顔つきだった。

「……今日は何で独りなんですか?」

「ヴィヴィオは宿泊学習だし、フェイトちゃんは仕事だし」

「フェイトさんは――法務関係の仕事の処理ですから、仕方ないじゃないですか」

「うー」

 初弾。銃のクセを調べるために、わざと大きなクマのぬいぐるみをティアナは狙った。鼻を狙ったコルクの銃弾は、クマの左目を擦るかのようにぶつかった。六課時代の先輩のヴァイスが言うには、「射撃の精密度を上げるには、まず銃のクセを知らなくてはならない。」

「ヴィヴィオはどんな感じで宿泊合宿に行ったんです? やっぱりワクワクドキドキですかね、ほら、あの頃っていったら、なのはさんもやんちゃだったんでしょう? ほら、フェイトさんとの決闘とか」

「……怒られた」

 ――え? 何で?

 声には出さなかったが、ティアナはクエスチョン・マークが射的の目標に重なって見えるように思えた。

 二弾目。猫のぬいぐるみの左足にヒットさせた。重心がぐらついたが、まだ台から落ちる、つまり獲得には至らない。少し大きめのぬいぐるみなので、もう少し当て続けることが肝要だ。

「心配し過ぎ、だってさ。たまには喧嘩もするんだけど、何か喧嘩じゃなくて、寂しくなっちゃった」

「……」

 三弾目。無言のまま、ティアナは引き金にかけた指に力を込めた。右足にヒットした。目論見通り、あと一押しだ。

「ごめんね、愚痴っちゃって」

「いーえ、大丈夫ですよ」

 四発目。これで落とさねばならない。

 本当の目標は、猫ではないのだ。

「寂しいんですか?」

「……そう、かな。何でだろうね、私」

 疑問で返答されたので、ティアナは一旦照準動作をやめてなのはの方を向いた。なのはは本当に寂しげな表情をしていた。まるで、さっきのふてくされた表情が空元気とでも言うかのようだった。

「あ、ごめんごめん、ティアナ、射的に集中して」

 見つめられていることに気がついたのか、なのはがそう言った。先ほど見えた翳りの表情は全く見えない。ティアナは、巧い、と思った。寂しさを隠蔽するなのはの技術が。

「じゃあ、落とします」

 今は、隣の人に喜んでほしい。ティアナはそう思って、照準動作に戻った。

 発射。命中。

 ただそれだけの力学が、射的屋を支配した。

 ぬいぐるみの左足に再び命中した弾丸は、ほんの少しぬいぐるみを台座の後ろに追いやり、空に投げ出した。重力はもとから働いていたのだけれど、それに拮抗していた抗力が失われてぬいぐるみが落ちる。

「おー、景品でーっす」

 その店員のわざとらしい声が響く前、ティアナは銃弾を詰めていた。即座に右上隅の、本当の目標を狙う。

 一発。

 全神経をその一発に込めた。距離は3メートルあるかないかだが、獲物を一発で仕留めるには重心を傾けることが大切。少しコルク栓を右回転させるこの銃の性格を考えれば、ほんの僅か右に照準をずらすべき。そんな命中のためのあらゆる法則を頭に叩き込んで、ティアナは引き金を絞った。過たずその一発は、フェレットのぬいぐるみ(・・・・・・・・・・・)の頭を射抜いた。

「――お客さん、やりますね」

 度肝を抜かれたような声で、店員が言葉を続けた。実際、ティアナほど集中して射的に取り組む客もいないのだろう、景品が揃えられている射的の棚には、まだたくさんの景品が残っている。

 そして、ティアナが集中したとはいえ即座に五発目で、それも自分が狙っていたものを撃ち落したので、なのはもその場に立ち尽くすしかなかった。言葉が出なかったからだ。

 さっと店員が差し出した二つのぬいぐるみを取って、ティアナはなのはの方を向いた。

「いきましょう。あと、これ……」

「あ、うん。ティアナすごいね! ありがと!」

「い、いえ……」

 少し恥じらいを見せて、ティアナは顔をそむけた。

「と、とにかく次のお客さんもいますし」

「あ! ……ごめんなさい!」

 なのはは店員にそう言うと、ティアナが差し出したフェレットのぬいぐるみを受け取って外に出た。

 

 

 

        ※        ※

 

 

 

 少し祭の中心から外れた川の河川敷では、鈴虫や蝉の鳴き声が辺りを埋め尽くしていた。クラナガンの中でも緑の多い場所は、夜の帳に隠れて仄暗かった。ちらほらと衛星の光に照らされて、河原の草原が踊る。花火があまり見られないこの場所は今日も人が多すぎると言うことはなく、小さなメロディーに耳を傾けることができる。なのはとティアナは、そんな河川敷の階段に腰掛けていた。

「はぁー、いい風だね……」

 浴衣がはためく様子は、見ているだけで涼しげだった。

「ティアナは大きなぬいぐるみ取ったし、フェレットも取ってくれたね、ありがとう。さすがだな、私は全然当らなかったのに」

「祭の時に、昔からやってましたから……」

「そっかぁ……」

 しばらく、二人は風に背を預けてゆっくり虫の音を聴いていた。せせらぎが交じって、自然の交響曲が二人を包む。時を見計らって、ティアナが声をかけた。

「あの」

「うん?」

「なのはさん、今、仕合わせですか?」

 視線は合わせずに、川辺に向かってティアナは呟いた。

「何でそんなこと聞くの?」

「なのはさんが、独りぼっちのような気がしたから」

 意図した言葉ではなかった。自然と口を突いて出たような、そんな言葉だった。

「独りじゃ、ないよ」

 自分自身を納得させるような口調で、なのはは言った。

「だって、ティアナがいるじゃない」

「あ……そうですね」

 そう言って、二人は笑い合った。寂しさを紛らわせる、笑い。

「そういえばティアナ、射的のコツってあるの?」

 ぬいぐるみを片手に持ったなのはが尋ねた。

「はい。……あれ、照準に合わせてもなかなか当たらないんですよ」

「そうなの?」

 初めて、なのはは横を向いた。

「コルクの形とか、銃のクセとか、出店によって撃ち方が全然違うんです。今日の店はまだマシですけど、酷いところだと狙った的の隣に当たることだってあるんですよ。弾の数で最初考えるのがコツなんです。今日の店は5つだったんで、最初に大きな獲物に当てて、クセを調べて――」

 そこまで言ったところで、ティアナは気付いた。自分が今言っているのは、兄がその昔に、自分に説明していたことだ、と。

 ティアナもなのはの方を向いた。二人の視線が交錯する。ティアナは、なのはの瞳が前より輝いているように見えた。兄も私の輝く瞳を見ていたのだろうか。

「じゃあ、来年の祭はティアナに教えてもらおーっかな」

「来年はヴィヴィオもいるんじゃないんですか?」

「ヴィヴィオにも教えてあげてくれない? それに、もしかしたらフェイトちゃんもいるけど、フェイトちゃん、こういうのきっと知らないよ? 結構、あれで負けず嫌いなところがあるから張り合うかも。あ、そうだ。知ってる? フェイトちゃんって、執務官試験を二浪もしたって」

「はい――禁句ですよね。どーんと沈んじゃうから」

「あれ、私のせいだったんだけどね。ほら、私が大怪我したときのこと、知ってる? あの時はね、病室で独りぼっちになるからものすごく寂しかったな。そんなときに、試験で忙しいのに、たまに、ううん、かなり覗きに来てくれたんだ」

 ふふ、と笑ってなのはは続けた。視線は反らして、また川の方を向いている。

「私ね、ちっちゃい頃、結構寂しかったんだ。お父さんや、お母さんが仕事で忙しくて、お兄ちゃんとかもね。で、独りぼっちになることが多かった。あっちの世界――私の住んでた世界にもね、友達がいるんだけど。ほら、一度任務で行った時の」

「アリサさんとすずかさん?」

「そう。よく覚えてるね。小学校に入ってあの二人と出逢ってからも、何故か少し寂しかったんだ。そんな時、魔法に出逢った。ジュエルシード事件。知ってる?」

「はい、シャーリーさんから少し聞きました。……フェイトさんからも」

「そうなんだ。フェイトちゃんがどう言ったか知らないんだけど、あの頃は精一杯頑張ることしかできなくてね。無我夢中でフェイトちゃんを追いかけて、ぶつかって、……友達になった。二人で空を飛ぶことは楽しかったな。いつの間にか、私は今の仕事を目指すようになって、ちょっと無茶もしたけど、今の仕事、教導官に就けた。ティアナも、今、念願の執務官をやってるよね」

「……はい」

「J・S事件の時も、ヴィヴィオを助けることができて、今はちっちゃな不思議な家庭も持って――でも何でだろう。今日みたいな日は、寂しさがね。充実している日々のはずなのに」

 空を見上げてそう語るなのはは、ひどくか弱そうにティアナには見えた。

「ふと、思うことがあるんだ。何で私、教導官やってるんだろう、ってね」

「それは……」

 ははは、と笑いながら言うなのはの言葉は、ティアナの隠していた心に響いた。生涯孤独となった後に、最初に自分を訪ねた感情は怒りだった。兄の死を笑った上官に対する怒りをバネに、機動六課に配属され、そのまま念願の執務官に――兄と同じ道に配属された。けれど、怒りから生まれた目標が過ぎた今、私は何のために(・・・・・)生きているんだろう。そんな思いがティアナの中で交錯した。

 ティアナは改めて、なのはの方を向いた。この人は、私と同じなのかもしれない。例えばヴィヴィオが独り立ちしたり、フェイトさんが結婚したり、そんな些細な家族関係の変化が、この人を大きく苦しめるのかもしれない。そして、そんな未来に怯えているのかもしれない。今の私のように、孤独になる未来(・・・・・・・)に、怯えてる?

 そんなティアナの思考を、なのはが遮った。

「でもね、今日は楽しくもあったかな」

「え?」

「教えてもらう、って久しぶりだったかも。新しいことを知って、何か世界が広がった感じ。あんまりフェイトちゃんが私に教えてくれることってないし。いっつも『なのはは無茶するからこれ以上はダメー』って。だから、今日の射的は楽しかったよ。私、これだけ管理局でばんばん砲撃してても、射的は全然だめだったんだよね。ディバインシューターの練習量は、誇れるんだけどなぁ」

 そう言って、なのははティアナの顔を凝視する。

「教えてもらえる、って、久々だったよ。ありがと、ティアナ」

「は、はい! どういたしまして」

「べ、別にそんなに堅苦しい返事じゃなくていいよ、もうー。ね、ティアナ。私たち、もう友達だよ?」

「友達?」

「もう、上司とか部下とか、そんなのやめちゃおうよ。あの頃はあの頃、今は今なんだからさ。プライベートで一緒に祭にいるのなんて、友達くらいだよ?」

「そうですね」

 ティアナは、友達という言葉の意味を噛みしめた。どこか自分から孤独を選んできた今までで、友と呼べる人の数はティアナは案外少なかった。何か肩書きを与えて、別の人間に仕立て上げてしまっていた。エリオやキャロも、「仲間」だけれど友達じゃなかった。スバルくらいかもしれない。

「まだ堅いなー」

「え?」

「ねぇ、友達になる魔法の言葉って知ってる?」

「魔法の言葉……あぁ」

 二人は、互いを見つめあった。その裏にある寂しさを、互いに見透かして。寂しさを消す、魔法の言葉を探した。

「ふふ……名前を呼べばいいんですね」

「……。フェイトちゃんから聞いてるんだね」

 なのははほんのり頬を赤くした。

「でも、なんて言えばいいのかな。ふふ、ティアナちゃんかな?」

「え――ちょっと、それは……なんか幼くないですか?」

「だーめ?」

「だって……なのはさんは、『ちゃん』づけが多いんですね」

「そうだね。ティアナちゃんは、どう私を呼ぶ? 友達を呼ぶ時は、呼び捨てだよね?」

「……はい」

「呼んでみてよ。『なのは』って」

 そう、なのははくすっと笑って言った。

「『なの……は』」

「ふふ、あはは」

 ティアナは名前を呼んだ。なのはは、それを聞いて笑いだした。

「はは、ティアナ――ちゃんは、不器用だね。ヴィータちゃんみたい」

「え」

「ヴィータちゃんも昔、私の名前呼びにくかったの。フェイトちゃんもだけど。もう、名前変えちゃおっかな?」

「そんなのだめです!」

「分かってる。ふふ、フェイトちゃんにヴィータちゃん、それにいろんな人に、ティアナちゃんに呼んでもらってる名前だもん」

 なのはは、また笑いだした。本当に楽しそうな笑い方で、ティアナもつられて笑った。

「なのはさんだって」

「違うよ」

「あ――なのはだって、不器用です」

「そう?」

「そうですよ。寂しがってばかりいると、幸せが逃げていっちゃうんですよ」

 今のなのはの幸せそうな顔を見て、ティアナはそう言った。この幸せを、大事にしてほしかった。孤独に埋もれる日々では、不安に押しつぶされそうになる。けれど、笑顔でいれば、小さな幸せはやってくるものだ。

 一度、六課時代にクロノの元に向かったときに、ヴェロッサ査察官から言われたことがティアナにはある。「偉くなっていくと、段々と孤立していく」そんな寂しげな運命に向かう三人と年を超えて仲良くしてほしい、と言っていた。なのはの場合は、偉くなっているわけではない。強くなっているのだ。強く、何にも負けない強さを手にしようとしているから、人を頼ったり甘えたりすることがもともと苦手ななのはは、ストレスを人よりもため込んでいるのかもしれない。今日、人形をプレゼントできたことは、予想以上によかったのかもしれない。ティアナは、本当の意味で「孤独」に慣れているから、強さを怒りの形で外に発散できたけれども、なのはの場合はストレスが内面化しているに違いなかった。カウンセラーがいれば、きっと強く休息を勧めるはずだ。不屈と謳われる管理局のエースも、プライベートではもっと甘える場所が必要だ。

 遠くで、花火が打ち上げられた。ほんの僅かしか見えないけれども、音はしっかり聞こえる。

「花火……」

「そうだ、ティアナちゃん――集束砲の面白い使い方、教えよっか?」

「――どっちなんですか? 私はやっぱりなのはさん(・・・・・)の生徒?」

「ううん、私たち、もう友達。友達が教え合っちゃいけない? さっき射的を教えてくれたとき、すごくうれしかったんだよ。それにね――」

 少し間を空けて、なのはが続ける。

「それに、ティアナのおかげで、教導官やっててよかった、と思った。すごく、嬉しくなった」

 そう言うと、なのはは眼の前の河原に駆けて行った。

「はーい! スターライトブレイカー、平和利用のはじまりーっ!」

 遅れまいと、ティアナが続いた。

 私たちはきっと、機動六課で出逢ってから、ずっと上司と部下の関係だった。あるいは、先生と生徒の関係だった。でも、もう少し前進してもいいのかもしれない。ティアナはそう思った。互いに寂しさを紛らわすのでもいい。二人で楽しめればそれでいい。

 二人の友達関係は、まだ始まったばかりだ。最初もちょっと特殊な始まり方で、打ち上げ花火のレッスンからだ。けれどその夏音に包まれた二人は、どこか今までと違うはずだった。

 蝉が鳴いて、花火の音に掻き消された。

 ティアナは、もう少しプライベートでなのはにメールをしようと思った。それから、何かなのはの知らないことで、なのはを驚かせよう。そう決めてから、祭から離れた場所ではしゃぎながら集束魔法を使い始めているなのはに一回溜息をついて、自分の心のセーブを解いた。

 

 はしゃぐ二人は、だんだんと夏音に溶けていった。


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