Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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三章 加重細動「アンダー・ベクトル」-11

 

 絶――無音、

 

 虚――真空、

 

 轟――絶叫、

 

 削――暴風、

 

 穿――轟音、

 

 彩――赤火、

 

 揺――火花、

 

 烈――紅蓮、

 

 塞――閃光、

 

 潜――稲妻、

 

 緋――熱風、

 

 破――舞い上げられ、粉塵と化した城壁。

 

 それらは次々にではなく、滂沱の如く同時に、断間なく叩きつけられてくるのである。凄まじい不幸和音が轟き、音が、光が、振動が、刹那に押し込められ満遍の意味を忘却した。

 

 それはもはや敵を討つための攻撃ではなく荒れ狂う暴風雨の断末魔。大嵐という名の紛れもない自然災害に他ならなかった。あらゆるものの存命を許さぬ破壊。破壊。破壊。――極限の大破壊。全く持って「やりすぎ」の一言に尽きる光景であった。

 

 深と冷え切っていた筈の夜の森。そこに、濁流の如き大乱の嵐が降り注ぐ。遠目からでもその様が充分に視認できた。なぜなら彼女の視界を遮っていたはずの森の一角が一瞬で消失していたからだ。

 

 これは――狙撃? 否、これは砲撃だ。何処から撃っているのかも判然としない。ただ、暗い天空から雷と光と嵐と轟音が降り注ぐ。爆心地はあっという間に更地になり、文字通り根こそぎにされた巨木が粉砕されて遥かな上空にまで舞い上がる。

 

 だが城の惨状はその光景をはるかに上回っていた。荘厳な威容を誇っていたはずのそれはその全容の五割を瞬きほどの刹那に抉りぬかれ、吹き飛ばされていたのだ。

 

 言葉がなかった。敵の居場所を突き止めた時点で退散するかどうかを考えていた遠坂凛も身動きをすることが出来なかった。幸い、砲火の矛先は正確だ。息をひそめて今をやり過ごせば、逃げることも出来るだろう。しかし――。

 

 一度連絡を入れておくべきだったが、そうも言っていられない。念話の類は妙な霊的ノイズで妨害され、使い魔もこの状況でははたして目的地まで辿り着けるか疑問だ。そして少し前に買った携帯電話は――たしか実家の引き出しに入れっぱなしだった。

 

 そんな思案すら吹き飛ばすように、第二第三の衝撃が襲う。破壊。破壊。破壊――。いつまでもこうしている場合ではなった。凛は息を潜め、そのまま状況を探るように穏行に専心しながら森の中へ足を踏み入れた。

 

 彼女は意を決したのだ。この混乱こそ好機、と。

 

 そう果敢に判じることが出来たのは彼女の持ち前の気性と、己の確たる才覚を恃むが故の事であり、そして何よりも、この地を管理すべき己が家門の責務を果たさんとするが故の勇み足であった。

 

 それは彼女らしい勇敢さと矜持のなせる業であったと言えたが、この判断を英断と見なすのは尚早であったことだろう。

 

 なぜなら、この森の境界線より先は正しく人外魔境の最果てにして、もはや伏魔殿の深奥と成り果てているのである。いかに条理の外を歩む魔道の徒であれ、無事で済む保障など、――――在りはしないのだから。

 

 

 

 

 まるで地を掃うかのような砲火は未だ止まない。降り注ぐ破壊は今も堅固な筈の石造りの城壁を砂糖菓子か何かのように削り取っていく。

 

 だが、粉みじんに砕かれて石片へと変わっていく城から少し離れた場所で地面が盛り上がり、その下から大きな白球がごろり、と押し出されるように出てきた。直径にして三メートルばかりもありそうな巨大なものであった。すると、その滑らかだった表面が不意に空気の抜けた風船のごとくしぼみ始め、終いには小さな手布になってしまった。

 

 中から出てきたのはキャスターと、それに連れられたカリヨンだった。

 

 外に出た途端に地面にへたり込んだカリヨンが怖じけて、か細く震えた声とも取れぬうめきを漏らす。

 

「キ、キ、キ、キャスター。何でそのまま森の外まで行かないんだ。こ、ここんなところにいたら……」

 

「私は気配を遮断できるわけではありませんから、地中にいてもすぐ見つかる可能性が高いのです。それにその程度のことは相手も先刻承知でしょうから……」

 

 依然、声ばかりは冷静さを保っているキャスターも、その貌に昇る焦燥の色を隠せていない。

 

 ここで取りうる選択は? まずは逃げることだろう。これほどの砲火、間違いなくサーヴァントによるものだ。どこから砲射しているのかまでは知れないが、少なくともこちらからは反撃できるような場所から撃ってきてはいないのは明白だ。

 

 つまり今の状況ではこちらが一方的に殴られるだけの位置関係に置かれているということになる。勝負にもならない。そして、相手は当然キャスターたちが逃げを打つであろう事を承知した上で、それを逃がさぬための包囲網を引いていた。つまり――、

 

「うああああッ」

 

 カリヨンが悲鳴を上げる。何の予兆もなく、突如として頭上から、木陰から、繁みからいっせいに人が振ってきたのだ。それはとても人の動きとは思えない、猿どころか、むしろ巨大な爬虫を思わせる動きで二人に襲いかかかる。

 

 ――が、

 

流転もたらす闇夜の吐息(カーリー)

 

 闇を伝播したかの様な真言(マントラ)が虚空に響き渡り、歌声かと違うほどの流麗な声は各々の耳でなく、世界の根本にまで深く染みこんでいった。

 

 そして在るべき秩序は狂い、変転し、捻じ曲げられて、ここにひとつの悪意を結実させる。

 

 襲い掛かってくるかに思えた雑兵たちはやおら矛先を転じ、互いに噛み付き合い、組合い、ぶつかり合って一つの肉塊の如く絡み合うようにして争い初め、――じきに動かなくなった。

 

「……簡単に逃がしてはくれないでしょうね」

 

 とはいえ、仮にも正規のサーヴァントであるキャスターをこの程度の雑兵を配置した程度で包囲した、などとは笑止である。相手は詰めの手を誤った。この手は悪手だ。――ならばまだ、付け入る隙はあるということだろうか? 

 

「行きましょう、マスター。このまま囲みを突破して――」

 

 そう言って仰天したまま固まっているカリヨンの手を引こうとしたとき、絶命した筈の雑兵の遺骸から光が漏れた、そして次の瞬間には夜の森を一瞬で染め上げてしまうほどの凄まじい光と轟音を発しながら男たちの躯が炸裂したのだ。

 

 カリヨンは身体を丸めて悲鳴を上げている。これは致し方ないことだろう。いきなり視覚と聴覚を失えば人間は誰でもこうなるものだ。

 

 カリヨンの小さな身体を抱きかかえるキャスター自身も一時的に聴力と視力が麻痺していた。よもやこんな手で来るとは思っても見なかった。彼女は内心でこの包囲を悪手だと断じていたが、どうやら敵は彼女の予想以上に試合巧者であり、同時に人でなしであったようだ。

 

 キャスターは舌打ちする。殺しただけで自壊炸裂するのでは近寄られるだけで終わりだ。

 

 彼女が単身だったならともかく、マスターを連れて戦うには、否、逃げるには厄介な敵だと言う他ない。

 

 キャスターは白布を振るい、周囲の悪霊を呼び集めて即席の騎乗獣を用意した。あの自爆兵が大挙して押し寄せたのでは、彼女もさすがに対処しきれない。だが召喚獣を駆ろうとした瞬間、今度はまたあの砲火の雨が襲い掛かってきたのだった。

 

 そして間をおかずにまた雑兵が襲ってくる。彼らの五体は引き裂かれたように血まみれになっていた。度を越した使用がただの人間だった彼らの体を蝕んでいるのだ。彼等はもはや人ではない。自滅すら厭わぬ、狂った猟犬に他ならないのだ。

 

 自己を護るために備わっている筈の恐怖や痛みといった防衛本能を剥奪され、主に下された目的だけをその生存目的とするプログラムに書き加えられた捨て駒の群れ。さしものキャスターもこの敵に戦慄せざるを得ない。己が命を顧みないというだけで、唯の一般人がこの上なく厄介な手合いに置き換わる。敵は消耗品(・・・)の使い方をこの上もなく心得ている。

 

 キャスターが魔術でそれを撃退すると、またもや強力な光を発しながら派手に爆発した。

 

 それからも次々に雑兵は襲いかかっては自爆する。キャスターはカリヨンを連れて森の中を逃げ回る。この雑兵に加えて砲撃にも対処するためには、一時たりとも一所にとどまることは出来ない。

 

 しかし、強烈な音と閃光でキャスターの反応も僅かにズレが生じてくる。逃げ道は制限され、心身は徐々に削られていく。

 

 そしてまたもや飛来した暴風の砲火はキャスターの立ち位置から五メートルと離れていない場所に着弾した。それだけで騎乗獣が即死し、キャスター自身の防護障壁も粉砕された。

 

 周囲からは命知らずな特攻。遠方からは正確無比な砲撃。これではたまったものではない!

 

 現在、サーヴァントの大半は新都に集まっており、そこで戦闘が繰り広げられているのは疑いようがない。しかしその乱戦の中から遥か超遠距離のキャスターを狙うものがいるとは考えにくい。

 

 狙撃といえば真っ先に思い当たるのが弓兵、アーチャーのクラスだが、だからこそ注意深く観察していたし、アーチャーが狙撃を始めようとするならすぐに察知できる準備はしていたのだ。この砲撃はアーチャーの仕業ではない。

 

 ならば信じがたいことではあるが、考えられるのは一つ、キャスターが感知し得ぬ冬木市の外からこのアインツベルンの森を攻撃しているアーチャー以外のサーヴァントがいるというのだろうか。ならば推察が行き着くのはひとり、ライダーだ。

 

 しかし、それがこの状況を好転させる材料にはならない。敵の正体がわかったとして、これをどう捌くかが問題なのだ。狙撃を前提としたクラスでもないのに、なぜこれほど正確な砲撃が出来るのか? そのうえ、この破壊力は既に砲火ではなく爆撃のそれに近しい。

 

 如何にサーヴァントといえども、それほどの遠距離からこちらの正確な位置を掴むことなど出来るはずもない。ましてやここは深い森の中だ。千里眼でもない限り標的の位置を把握することは出来ないはずなのだ。

 

 この敵は、どうやって移動し続けているキャスター達の位置を掴んでいるのだろうか?

 

 そのとき 夜の森を疾走するキャスターの左右から、雑兵が襲い掛かってきた。

 

「チッ――――?」

 

 しかし、彼らは迎撃しようと白布を振りかざしたキャスターには近寄ろうとせず、不意に足を止めると、やおら自らの喉を掻き切り強烈な音と光を撒き散らして自爆した。

 

 間髪入れず、またもや夜の森を暴風が襲った。またもや、砲弾の照準は正確だった。

 

〝そういうことか〟

 

 爆風に薙ぎ払われながらも、キャスターはようやくこの敵の使用する攻法のロジックに思い至った。遥か遠方の狙撃主はキャスターを狙っていたわけではなく、最初からあの雑兵の発する光を狙っていただけだというのか。

 

 ならば、この雑兵は最初から戦力でも武器でもなく〝的〟だったという事になる! 

 

 そして総てを理解したキャスターを囲んでいた雑兵たちは、これで最後だといわんばかりに総員で特攻を掛けてきた。

 

「―――――マスターッ、」

 

 そして濃紺の夜が紅蓮に染まった。

  

 

 

 

「――――――マスターッ、ここは私が引き付けます。それでどうか……」

 

 ひとりで……と、続くその苦りきった声は、しかしカリヨンの耳には届いていなかった。

 

 このとき、少年の耳にはあらゆるものが聞こえていなかった。脳裏に届く声はどこか別の世界のざわめきのように聞こえていた。ここが現実だなどということが信じられなかった。彼はこれが走馬灯なのだと思った。

 

 なぜなら、総ての光景が緩慢に滞り、聞こえ、そして飛び散る木っ端や空気の撓みまでもが本来の物理法則からかけ離れた動きを見せているのだ。

 

 これはきっと死の直前に与えられる猶予なのだ。一抹の慈悲なのだと思った。ならばとカリヨンは必死に思い出そうとしていた、これまでの自分というものを。

 

 しかし彼にとっての過去とは、もう一度思い返したいような、反芻したいと思うような輝かしいものではないのだ。だから彼はこのひどく緩慢な時間の停滞を持て余しかけ、そしてひとつの煌めきに行き着いた。

 

 テフェリーだ。そうだ。さっき決意したばかりではないか。もう一度、彼女に会うのだと。なら、こんなところで安寧な死を願っている場合ではない――。

 

 瞬間。周囲の景色が、先ほどとは比べ物にならないほどの停滞に陥った。総てが静止しているようだった。

 

 焦燥に駆られたキャスターの瞳が警戒するように周囲を巡った後でゆっくりと自分に向けられる。その様をカリヨンはしげしげと観察していた。まるで蝸牛が這うような速度で木っ端の欠片が虚空を泳いでいく。それがキャスターの頬に当たりそうになったので、彼はそれを手で捕まえた。

 

 凄まじい豪速で飛び交っている筈のそれは意外にも難なくつかみ取れた。自分に向けられていたキャスターの視線が唖然とした驚愕に変わるまでのその間に、カリヨンは彼女の腕から抜け出し、逆にその身体を抱えて安全圏まで走った。

 

 ひどく緩慢に流れる爆風は粘土のようで、よろけながら進んでいく。しかし彼がそうやって歩くだけでも、あらゆる万象は彼に追随することさえ出来ないのだ。

 

 これが走馬灯? 違う! カリヨン自身の体感速度が、尋常でないほど加速しているのだ。どうしてなのかは解からないし、因果関係もさっぱりだ。でも、今はそんなことは存外どうでもいいことだった。

 

 ――ただ、キャスターだけは驚愕しながらも主のこの行為の意味を察していた。その動きには見覚えがあったのだ。これは昨夜、あの鏡面の間者が見せた高速体術に他ならない! サーヴァントとしてのキャスターの認識は狂いようもなくそれを結論づけていた。無論、彼女とて倫理的な回答を探しあぐねていたのだが――

 

「――マスター、これは……」

 

 それまで引き延ばされたようだったキャスターの声が元に戻る。同時に緩慢だった時間が常態に帰結し、彼の耳にも再び耳をつんざくような轟音の旋律が正常に再開される。そして次の瞬間には、今までの比ではないほどの弾雨が飛来する。

 

「話は後だキャスター。……いけるかもしれない!」

 

 気を吐くようにカリヨンは声を張った。

 

 再び彼の眼前に死が押し寄せる。彼の脳裏にはその死から連想される男の顔が浮かんだ。あの日から彼を追いかけてきた死の象徴だ。そしてもうひとつ、時を同じくして彼の根幹に刻み込まれた最愛の少女の死。それに加えて死者との再会の喜び。そしてその危機。それらが一纏りになって彼の脳裏ではじけた。生まれたのは意志だ。彼の人生で初めて生まれた、克己の意志!

 

 それはこんなところでは死ねないのだという、生への執着に他ならない。

 

 再び、世界の流動は緩慢に引き延ばされ、彼は再びその神の速域を馳せるべく地を蹴った。

 

 もう、誰も彼に追いつくことなど出来ないのだという、確信とともに。

 

 

 

 

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