Fate/after Silent Noise (フェイト/アフター サイレント・ノイズ)   作:どっこちゃん

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一章 過加速「ディーン・ドライブ」-3

 時刻は草木も眠る丑三つ時。

 

 僅かに風があるが、夜空には余計な雲がないせいか天上にから降り注ぐ月光の輝きを遮るものはなにもない。

 

 住宅地のある深山街から深遠川を挟んで対岸にある冬木市は新都。中心部こそ深夜までにぎわうことも少なくない繁華街ではあるが、そこから外れれば昔ながらの街並みが残っており、簡素な町並みを見ることが出来る。

 

 そんな中でも特にひっそりと人気の絶えた感のある郊外の高台には、半年前のある一件で主を失い、そのまま閉鎖されたままとなっている教会がある。

 

 地方都市には似つかわしくないほどの規模の立地で、外来・地元民を問わず利用する者も少なくなかった。しかし、今となっては管理する者もいないのか、この神の家に足を運ぶものも絶えて久しいようだ。

 

 そこへ続く、なだらかな坂道の斜面には十年あまり前に立てられた外人墓地があった。常の夜半なれば、まさか人の影があろうとは思われぬ物寂しい場所だ。しかし今この場には確かに二人ばかりの人影が認められたのだ。

 

 うち一人は星屑の粉を纏ったような金の髪の少女であった。もはや人とも思われぬ存在感と威風がその矮躯をまるで眠れる金色の獅子の如く着飾っている。

 

 それも当然のことであったかもしれない。そも、彼女は人ではなかったのだから。

 

「それで……半日もその御老人を伴って道案内をしていたのですか?」

 

 その少女に半ば呆れたような声をかけられたのは、この場にいたもう一人の人物であった。

 

 意志の強そうな目元が印象的ではあったが、傍らの天の砂金を纏ったような少女に比べれば、その存在はひどく凡庸であるといえた。それでも彼はこの場においてはこの少女を『使役』する立場にある存在だった。

 

 名を、衛宮士郎といった。

 

「案内しながら話を聞いてるうちに、勢いがついてきちゃったみたいでさ。表情は読めなくておっかなそうな人なんだけど、話してみたら結構気さくな爺さんだったんだ」

 

「何か……怪しいとは思わなかったのですか? なぜ街行く人の中からわざわざ貴方を選んだのかも解かりません。シロウ、日中とはいえ、もう少し警戒すべきです」

 

「ああ、悪い。でも、本人が言うには久しぶりにここに来たんで道に迷って辻占をやってたなんていうんだ。英国の人だっていってたのに、おかしな話だと思ってさ」

 

 辻占とは古来の日本で行われていた習慣のようなもので、何かを自分の判断で決めかねるとき、辻、つまりは今で言う交叉点に立って、初めて出会った人の意見を仰ぎ、それに従うというものである。

 

 そこで偶然老人が声をかけたのが彼、衛宮士郎であり、彼は何とそのまま日が翳るまで半日近く街中の案内をしていたというのだ。さすがに、この少女が訝るのも無理はない。

 

「何も普通に道を尋ねればいいのではないですか……それにたとえ引き止められたのだとしても、そこまで長々と付き合う必要はないでしょう」

 

「ああ、いや、確かに最初は道を聞かれただけだったんだけど……」

 

 さらに彼女が問いを重ねてみると、どうやら、彼のほうも興がのって相槌をうつ手にも力が入ったというのがそもそもの要因らしい。確かに、彼がロンドンについて話を聞きたがるのはわからない話でもない。彼も遠くない将来、魔術師の総本山である時計塔に足を運ぶことになるのだから。

 

 それで、道案内をするだけのはずが思わず長話になってしまったのだという。それを聞いて、金砂の光を纏う少女はやはり呆れ気味に息を吐いて眉根を上げた。

 

「シロウ、あなたらしいといえばそれまでですが。……しかしですね」

 

「……いや、悪かったよ。晩飯の用意が三十分も遅れたのは謝る。確かに軽率だった」

 

「マスター、早合点するのは良くない。私は貴方の迂闊な行動を心配をしているだけです。……しかし、どうやらその老人の方も貴方に負けず劣らずの変わった御人のようですね」

 

「まぁ、日本語も達者で面白い話も聞けたし、悪い人じゃなさそうだったな。なんていうか、厳しそうな人なのに雰囲気がそんな剣呑な感じじゃなかったっていうか。……そうだ、老人っていえば、今まで桜にお爺さんがいたなんて話も聞いたことなかったな」

 

「……シロウもそのことを知らなかったのですか?」

 

 二人は夜風に向かい踵を返すのに合わせて、話の向きを変えた。

 

「そうなんだ。家にも何度かお邪魔したことはあったんだけど、そのときは桜たち以外の人間が住んでいるとは思えなかったんだ」

 

「それで、桜はしばらくの間来れないと言っていたのですね」

 

「ああ、普段世話になってるんだし、できれば手伝ってやりたいとこだけど。何せ事情が事情だしな。それに今はこっちもこんな状態だし」

 

 話に上がった桜、というのは彼、衛宮士郎の友人の妹に当たる少女で、以前のある出来事をきっかけにして彼の家に家事の世話をしにきてくれている少女であった。そして彼にとっては学び舎の後輩でもある。

 

 彼女――間桐桜の兄は半年ほど前、彼らにとっても縁浅からぬとある事件に巻き込まれ、最近まで市内の病院に入院していたのだが、その彼がようやく退院した矢先に今度は彼女達の祖父に訃報があったと言うのだ。

 

 しかし士郎はこれまでそんな人物のことをなにも聞いたことはなかった。もっともどうしても友人の家族構成を把握しておきたいなどと言うつもりは彼にもさらさらなかったので、そこまで訝るようなことはなかった。

 

 士郎の言葉に、金の髪の少女も首肯する。

 

「その点にかぎって言えば、むしろよかったのかもしれません。いまこの街になにが起こっているにしろ、彼女に余計な心痛をかけるのは心苦しい」

 

「そうだな……」

 

 現在、二人はこの近日の内に新都近郊で連続している火事や小火騒ぎの調査に来ていたのだった。

 

 しかし特に何の成果をえることもなく、ほどなくこの外人墓地に立ち寄ったのだった。この外人墓地に眠るのは十数年前の大火災の被害者だけのはずなのだが、林立する墓石はまだ真新しいものばかりだ。

 

 すっかりと整地され、真新しくなった墓地は半年前のある事件によりほぼ全壊という憂き目を見ることになったのだ。

 

 林立する墓石の中を進みながら、少女はそのときのことを思い出していた。もう半年も前になるのだろうか、今でも鮮明に思い出せる戦華の日々であった。

 

 見上げた天蓋には、まるで夜の裂け目のような月が張り付いている。

 

 もう数日を待たずに消え行く運命の尖月は、——しかし、眉程に痩せ細りながらも淡い光の膜となって静寂の中に佇む少女の白く柔らかそうな輪郭をやさしく包み込んだ。

 

 そうして物思いにふけるように口をつぐんだ少女の横顔に降り注いだ光は、彼女の人ならざる輝きを矢庭に暴き出す。その光景はまるで一枚の絵画のようですらあった。

 

 士郎も、その横顔を見ながら静かに黙りこんだ。

 

 二人とも、言葉にこそ出さなかったがそれぞれに奇妙な予兆を感じていたのだ。

 

 きっと、もういつものような安穏とした夜はこの街には訪れない。他ならぬ街の気配が、空気が、しじまのざわめきがそれを物語っている。

 

 今のところ何の確信があるわけでもない。しかし、それはきっと確証を目にしていないだけで、目に見えないところで何かが蠢いているのだ。

 

 きっと数日を待たずして、否、もしかしたら今この次の瞬間にも、暗い虚の淵ぎりぎりにまでにじり寄ってきている気配が、泡のように弾ける瞬間を待っているのかもしれない。

 そんな理由なき確信を二人は同時に抱いていたのだ。

 

 それは決して確たるものではなかったかもしれない。だが強いてこの状況を言葉にするというのなら、今のこの街の気配は――あの時のそれに似すぎている、ということになる。

 

 士郎はふと傍らの少女から視線を外した。彼女の発する宝玉の如き稀人の煌めきに、今更ながら目が眩んだせいかもしれなかった。

 

 そして彼女に倣うように視線を上げた、——そのとき。彼は何か、奇妙なものを見つけた。

 

 星のない、真に暗き空の天蓋に唯一煌々と照りつける細った三日月の淵から――何か得体の知れないものが垂れ下がっていることに気が付いたのだ。

 

 それはまるで銀色の雫のようであった。それが細く煌めく一筋の線となり、月から滴り落ちているかのように煌めいて見えるのだ。

 

 ――月光の残滓!?

 

「なんだ……あれ」

 

 奇怪なれど、この世のものとも思えぬ美しい光景に暫し息を呑んだ士郎が、思わず口に洩らした次の瞬間、雫は不意にその数を倍に、倍々にと増やした。

 

 と、思われた途端。まるでそれぞれが意志を持っているかの如く戦慄いた銀色の蛇たちは目下の少年目掛けて殺到してきたのだ。

 

 飛来した銀色の線光は彼らのいた外人墓地そのものを両断していた。辺りにはまるで軽石の如く砕かれ、そして両断された墓石の欠片だけが無残な礫の山として辺りに散らばった。

 

 銀光の筋の標的となったはずの衛宮士郎は――果たして、無事であった。

 

「セイバー!」

 

 凄まじい炸裂音が響き渡り、次の瞬間には一瞬の内に銀色の戦支度に瞬転し、彼の身体を抱きかかえた騎士――セイバーと呼ばれた少女の姿があった。

 

 天の砂金を思わせる銀鈴の光を纏いて。

 そのきらめきは青の戦装束に身を包んだ彼女にこそ相応しい。戦女神の如き静謐の騎士が今再びこの冬木の地を踏みしめる。

 

 彼に先んじて月雫の異変を見て取ったセイバーは一瞬のうちにシロウを抱え、身を翻してその「斬撃」を回避していたのだ。

 

「大丈夫ですか、シロウ」

 

「ああ、問題ない。けど、今のは……」

 

「来ます!」

 

 セイバーは士郎を下ろし、その前に立って彼方の敵影を睨みつける。間を置かずに再度飛来する銀色の蛇の群れ。

 

 士郎は今度こそ、その怪異の正体を見た。

 

 それはどこまでも細く、繊細に鍛え上げられた鋼線だった。月下の暗空に幾重にも瞬きながら飛来したそれらをセイバーはその手に執る剣で打ち落とす。

 

 月光の加護なくば、目視も叶わぬであろうそれを正確無比なる太刀筋にて打ち払うその手練は、まさしく彼女が唯人ならざる剣の英霊であることの証であった。

 

 しかし、打ち払われてもなお、地にのたうつ銀色の竜たちは何の斟酌も見せず二人の周囲を取り囲んでいく。その数はさらに倍々に膨れ上がっている。一体何本の糸が蠢きながらこの空間を囲んでいるのかももはや判然としがたい。

 

「くッ――」

 

 苦悶の声を漏らす主にセイバーは声をかける。

 

「シロウ、私から離れないでください」

 

 士郎にも、柄を握り締めるセイバーの篭手の軋みが聞こえた。

 

 次なる斬糸の大渦を予見して、セイバーの集中力は極限まで高められていく。しかし彼らを取り囲んでいた銀の糸は一転、それをあざ笑うように彼女たちではなく周囲にあった墓石を両断し始めたのだ。

 

 まるで砂糖菓子か何かの如く両断されていく墓石。しかし何のつもりだろうか? 訝るセイバーを余所にそれまで鋼の鞭のようだった糸の躍動が、今度はまるで動き回る蛸の足の如く生動しはじめ、やにわに無数の石塊に分断された破片を掴み上げると、彼女らの頭上へ向けて跳ね上げ始めたのだ。

 

 同時に、周囲を取り囲んでいた陰色の渦が旋回を始める。それは降り注ぐ磊落の雨と蜘蛛糸の如き収斂(しゅうれん)線の競演であった。

 

 例えるならば頭上から降り注ぐ砲火と四方から迫るギロチンとが同時に襲い掛かってくるようなものだった。

 

『拙い――ッ!』

 

 それはサーヴァントであるセイバーが単騎であったなら、大した痛痒にもならぬ攻撃であったといえる。しかしこの凶器の嵐の只中に、主である士郎までもがいることが致命的だった。

 

 どうする?

 

 彼を抱えて跳躍し、鋼線の罠を避けると同時に磊落する石の雨の中に己が剣戟で道を切り開くのか?

 

 それとも四方から迫り繰る糸を断ち切り、主と共に石の飛沫の及ばぬ範囲まで跳び退くのか?

 

 セイバーはコンマ数秒のうちにそれぞれの対応策の可否を己が直感に問うていた。しかし、――駄目だ! いずれの方法も主の安全を確保できる保証は無く、さらには回避の後の一瞬の隙に、無防備な状態で更なる追撃に晒されることになる。

そうなれば如何にセイバーといえどもマスターを守りきることは叶わないだろう。

 

「セイバーッ!」

 

 そのとき、背中越しに彼女を呼ぶ声だけが耳に届いた。切迫するのでもなく、狼狽するのでもない。ただ澄んで、揺るがぬ声だった。

 

 それは信頼と覚悟の証だ。たとえどんなに危険な状態であろうとも、間違いなくセイバーを信じ抜くと言う絶対の信頼がその一言に込められていた。

 

 それを過たず聞き取ったセイバーの顔からも、惨とした表情が抜け落ち、力強い微笑が戻る。強い力が、体中に満ちていくのが実感できた。そうだ、怖じる必要などない。

 

 そも、英雄とは奇跡を担う者をさす言葉! 故にこの程度の危機は彼女たちを窮する脅威と呼ぶには程遠い!

 

 セイバーは眼を閉じた。それは石片の鈍い角刃が、迫る斬糸が彼女の金の前髪に触れようとした瞬間だった。

 

 それを見つめていたものたちはただひとりの例外もなく、眦を決したように目を見開きそれに魅入っていた。舞っている。瀑布の如く降り注ぐ石雨と、触れれば裂ける死の糸の渦とが交差する決死の嵐の中で、流麗なる星の輝きが妖精の如き剣舞を舞っているではないか。

 

 セイバーが選択したのは、迫り繰る二つの脅威の内一つを撃墜し、もう一方を回避するというものではなく、総ての脅威を己が剣によって打ち払うというものだったのだ。

 

 その脅威の群が目視の叶わぬ雨と風の大嵐だとするのなら、己が目に依らなければいいだけの話だ。

 

 彼女は判断の総てを己が「直感」のスキルに任せ、迫り来る危機の内から真に致命に到るものだけを紙一重で選別し、それを集中的に迎撃していったのだ。そうすることで、敵の攻撃を回避した後であっても隙に付け入られることもない。

 

 そして未来予知にさえ等しいといわれる危機感知能力と、最良の異名をとる剣士のサーヴァントの潜在能力は、見事にその危機を乗り切って見せたのだった。

 

 そして旋刃磊落の嵐は去り、彼女とその主はようやくこの襲撃を行った凶手の姿を見つけていた。

 

 百メートル以上も離れた高い鉄塔の上、そこから爛と閃く視線が、濛々と立ち込める土煙を隔てて千の星の光を束ねたかのようなセイバーの貴姿を静かに見つめていた。

 

 その二つの瞳はまるで別の表情を湛えながら眼下にいる二人を、ただ見つめているだけだった。己の奇襲が何の効果ももたらさなかったことなど何の斟酌もしていないかのように。

 

 月を背にする無機質なシルエットはひどく清潔な印象を与え、白い貌と黒鋼色の長い髪の陰影が簡素なモノトーンの輪郭を際立たせる。

 

 ただ、それが彼女の容貌を凡庸なものにしているかといえば、決してそうではない。誰もが一目見たのならば忘れることの出来ないであろう、宝石を想わせる大粒の二色の瞳(オッド・アイ)。その薄いグリーンとブラウンの色違いの双瞳のもたらすコントラストが焼きついたように目から離れない。

 

 それが敵であるかの判断以前に、それが本当に人なのかと言う疑念こそがまず先に立つ。それほどに、その無機質な存在感と煌めく双瞳は常人とは一線を画くほどに美しかった。

 

 しばし言葉を失う両者を見下ろすでもなく睥睨するでもなく、ただ真っ直ぐに見つめてくる色違いの視線。

 

 少女は言葉もなくただゆっくりと片腕を掲げあげる。すると背後の月輪がやおらに飛沫を跳ね上げた。銀色の弦糸が月夜の虚空に戦慄き、それらはまるで今まさに得物に襲いかかろうとする獣の下肢の如くこわばりを増していく。

 

 しかしそこで、その少女の挙動を遮るかのように凛とした声が当たりに響き渡った。

 

「――待ったァッ!!」

 

 セイバー達のいる地点から十メートルほど離れた場所。丁度そのニ色の瞳の少女を背にする形で、その戦士の姿はやにわに実体化を果たした。煌めきと共に現れ出でたのは一人の荘厳なる、紛れもない伝説の具現であった。

 

 そこからでも、対峙するセイバーと比しても頭一つ分以上はゆうにある上背と重厚な装甲を纏う堂々たる体格が見て取れた。しかし、今の硬質でありながら伸びのある声質から察するにこの戦士もまた女性であろうと察せられた。

 

 だが、その姿を前にした二人が今度こそ呆けたように声を無くすしかなかったのには別の理由があった。

 

 いかなる神の工法がこのような奇跡を現に織り成すというのか、その戦士の纏う凱甲は月光を弾いて輝くに止まらず、光を呑んで透化させている。

 

 その材質は金属でない。ましてや獣皮や布木などではありえない。強いて言うなら鉱石だ。まるで白乳に煙ぶる紫水晶(アメシスト)

 

 輝ける多面体で構成されたその甲冑は、造詣こそ粗暴にして無骨でありながら、荘厳と呼ぶにはあまりに美しすぎた。どんな豪奢に彩られた鎧飾りにも劣らぬ美の甲殻を、この戦士はまるで当然のように纏っていたのだ。

 

 そこでセイバーに向けて揚々と声を続けたのは、その紫晶甲の女戦士の方であった。

 

「先の奇襲は礼を欠いたようであったなァ。まぁ許せ。我がマスターは麗しき外見(そとみ)に反して、ことのほか性急なようでなァ」

 

 重厚な兜の奥に隠れて戦士の顔は窺い知れないのだが、唯一覗く口元だけでも彼女がひどく上機嫌なのはわかった。

 

「さて、それではぶしつけでアレなんだが、一応問うておこうか。貴殿はサーヴァントで相違ないな?」

 

 一見呑気そうに聞こえる声音は、しかし鈴の音というにはあまりに鋭く、硬質な響きを孕んでいた、それはむしろ剣戟に鳴る刃の響きを連想させた。

 

 本当に聖杯戦争が再会されているというのか! 今その眼前に提示されたセイバー以外のサーヴァントが現界しているという揺るがしようの無い事実。

 

 士郎は不可解なる驚愕を、セイバーは思考に先んじた直感的な確信を持ってその事実を受け止めた。

 

 しかし――彼女たちの目的はあくまでこの怪異の解明である。今はともかく襲撃の件を棚上げにしてでも事情を聞き出す必要があった。セイバーは対峙する戦士の話に応えて疑問を口にしようとした。

 

「いかにも。……だが、問うのはこちらが先だ。なぜいまさら――――ッ!」

 

 だが戦士は応えず、ただ微笑しながら肩に担いだ大槍――これも甲冑と同様に煌めく多面体で構成された鉱石の彫像であった――と、長くしなやかな四肢を大仰に振るい、執り成した。

 

「礼を欠いたことの――」

 

 そこでセイバーは気付いた。

 

「――償いは我が槍にて為したい――」

 

 この相手が、最初(ハナ)からこちらの返答などまったく聞く気などなかったのだということに。

 

「――――いざァッ!!」

 

 裂帛の気勢。そう、元よりこの女戦士はこれ以上眼前の敵と言を交わすつもりなどなかったのだ。最低限の礼としての挨拶は済ませた。ならばもう、後は刃を交えるのみ。それがこの女戦士の思考なのであった。

 

「……下がってください。シロウ」

 

 セイバーは自分でもいつからそうしていたのか気付かぬうちに、迎撃の用意を終えていた。もしかしたら、あの戦士とその侠気とに対峙したその瞬間から、彼女はこの戦闘が避けられないことを悟っていたのかもしれない。

 

「セイバー……」

 

 問答をしているような場合ではないことは、士郎にも過たず理解できた。

 

 一瞬でも気を抜けば、あの戦士の殺気と槍の穂先が刹那のうちにこちらの首を諸共に落とすだろう。この戦士はこの場に現れたときから既に針が振りきれる寸前の臨戦態勢であったのだ。

 

 斜に構えたセイバーを見止めて、煌めく兜の隙間から覗く口元がニッと口角を吊り上げて笑う。

 

 厚い口唇が可憐に歪んだ。

 

「――んじゃ、始めるか……っと、オオ、そうだ」

 

 そこで不意に何かを思い出したように、ランサーは獣が獲物に跳びかからんとするような姿勢もそのままで、器用に背後へ言葉を投げる。

 

 いつの間に下りてきていたのか、そこには先ほど百メートルも離れた鉄柱の上にいたはずの白衣の少女の姿があった。

 

「一応言っておくが――邪魔だけはしてくれるなよ? マスター」

 

 少女もすでに自分の攻撃ではセイバーを撃破することが叶わないであろうとこを推し量っていたのか、おとなしくその言葉に首肯した。

 

「分かりました。ここはアナタに任せます。……ですがランサー、何度もいうようですが、あなたの……」

 

 豪壮たる女戦士は、言いさした主の言葉を最後まで聞くこともしようとせず、走り出していた。

 

 その総身に紅水晶の輝きを煌めかせながら、夜の静謐を埋め尽くさんばかりの灼熱は今、眼前の玲瓏たる騎士に向けその抑え切れぬ熱量の捌け口を求めて吼え猛る。

 

 その真紅の瞳を、ただ血色の愉悦に染め上げながら。

 

 

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