◆◆◆
「大丈夫ですか?」
と、声をかけられて、少女はハッとなった。
自分が公園に立っていたことに“初めて”気付いたのである。
「ええ。ご心配をおかけして申し訳御座いませんわ」
と、咄嗟にいったものの正直大丈夫ではない。
少女は、いわゆる記憶喪失だった。
自分が何者で、なぜここにいたのか、そういったものがすっぽ抜けてる。
でしたら……名前は?
「……シャル、ロッテ」
そして、通称シャル。
よかった、名前は覚えてますわ。少女……シャルはほっとした。
年齢は覚えてないものの、低い背丈に幼い体躯。恐らく小学校を卒業してはいない。
いまのご時世、普通なら子供がひとり突っ立ってようと気にも留めないだろう。しかし、白い肌を包んだフリフリのドレスに金髪碧眼、セミショートの巻き毛付。そんな子だったらどうだろうか?
大人は遠目で見るだけだろうけど、子供なら物珍しさに話しかけてきてもおかしくない。――と、シャルは何故かそう判断できた。
そして、シャルに話しかけてきた子は、自分と同年代か少し上の女の子だった。
「わ、私は……ユキミっていいます」
その女の子が名乗りだした。
どうやら先ほど呟いた際、シャルが名乗ったものと勘違いされてしまったらしい。
「ふふっ」
シャルは話をあわせ、ユキミという子に向き合い微笑んでみせる。そこで、シャルは彼女が同じ白人なのに気付いた。
陶器のような白い肌にロングヘアの銀髪碧眼。しかし、顔立ちや体躯は完全に日本人な所から、恐らくハーフか何かだろう。首にロザリオをかけた、物静かで存在感の薄そうな子だった。
「ユキミさんって申されるのですわね。初めまして」
「はい。初めまして、シャルロッテさん」
「シャルでよろしいですわ」
「えっと。……で、では、シャルさん」
ユキミは特に焦った様子もなく、しかし、しどろに言い直す。
不思議な子ですわね。シャルは思った。
ユキミからは活発な印象を全く覚えず、たとえ同じ肌質の同年代だからといって自分から絡んできそうにはみえない子なのに、
「それで。大丈夫ですか? 魂が抜けたみたいにぼーっとされてましたけど」
こうやって、シャルに話しかけてくる。
(うふふ。……もっとも)
不思議な子、だなんて自分がいえた事ではないのに。シャルは心の中でちょっとだけ笑ってから。
「ごめんなさい。どうやら…………」
言いかけて、シャルは固まった。
(い……いきなり記憶喪失だなんて、相手が困惑するだけですわああああああああっ!)
しかし、自分が誰なのかもここが日本のどこなのかも分からないせいか、他に誤魔化し方が思いつかない。そもそも記憶喪失ってもっと悲観し心が暗くなりそうなものではなかったのか。
ここにきてシャルは激しく混乱してしまう。
「ごめんなさい。……言えない事情でしたら構いません」
ユキミさんは申し訳なさそうにいい、かけていたロザリオをぎゅっと握った。
「でしたら、せめてあなたの未来に祈りを……」
その動作にシャルはふと思った。
「もしかして、クリスチャンの方ですか?」
「え? は、はい……」
ユキミはうなずいた。
「もしかして、私に声をかけて下さったのも」
「はい。……ご迷惑、でしたか?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
シャルはもう一度笑みで返す。
なるほど。相手がそういう事情で接してきたのなら、ちょっとだけ甘えてもいいかもしれない。キリスト教徒というのは親切でお節介焼きなのだ。
「実は私、いわゆる記憶喪失というものらしくて、ちょうど右も左も分からなかった所なのですわ」
ユキミはさすがにきょとんとしたが、厄介げな顔ひとつせず、
「きおく……そうしつ? なにも覚えてないのですか?」
「ええ。幸いにも名前と一通りの一般常識などは問題ないのですけど。自分が何者で何処から来たのか、さらにはここが何処の公園なのかまでさっぱりと」
「それは、大変なご不幸に。……持ち物は、確認されましたか?」
「あ、そうでしたわね」
さっき意識を取り戻したばかりなので、すっかり失念していたのだ。
軽く探してみた所、出てきたのは。
『デュエルディスク?』
ふたりは同時に呟いた。デッキの搭載されたひとつの機械。それがシャルの持つ唯一の持ち物だった。
「どうして、わざわざこれだけなのでしょう」
シャルはつぶやいた。他に身分を証明するものは何も見つからなかった、というのに。
「もしかしたら、これがシャルさんにとって何より思い入れの深いものだったのかもしれませんね」
ユキミは、ほのかに頬を緩めていった。
「なにか、これで気に掛かることはありませんか?」
「いいえ」
と、数秒ほど眺めてからシャルは首を振る。
「すみません。何もなさそうですわ」
「そうですか。残念です」
「……ですけど」
シャルは言った。
「ユキミさんが申された通り、私に思い入れの深いものだった可能性はありますわね。一度、デュエルをしてみれば何か発見があるかもしれませんわ」
そして、ユキミに向けて、
「ユキミさんは、デュエルはされないのですか?」
と、訊ねた。先ほどの反応から全くの無知ではなさそう、と思ったからだった。
「私、ですか?……はい、一応は」
「でしたら、よろしければ一度お相手願えませんでしょうか?」
とびっきりの笑顔を作り、シャルはいった。こうやって頼まれて断れるような人間ではない事をシャルは見抜いていたのだ。
「は、はい。……私でよろしければ」
そして、目論見通りユキミは自前のデュエルディスクを腕に装着して、応えたのだった。
シャルロッテ
LP4000
手札5
ユキミ
LP4000
手札5
デュエルディスクはシャルの先攻を告げたので。
「私のターンですわ。ドロー致しますわね」
と、シャルはカードを1枚引き抜こうとする。すると、突然ディスクはエラーを表示しだした。
「あ、あら?」
シャルが焦ってると、ユキミは「あ、あの……」と言い難そうに、
「昔はできたらしいのですけど。いまのルールだと……基本先攻のドローはできません」
「あ、そうだったのですのね。……え、えっとありがとうですわ」
シャルは恥ずかしさにあせあせしながらも、改めてデュエルを再開する。
ふと、シャルは考えた。
自分はいまのルールを知らなかった。これは自分に決闘者としてブランクがある、という証拠ではないだろうか。
(ふふっ)
これは、早速いい発見をしましたわ。なんて思いながら、シャルはモンスターを1枚ディスクに置き。
再びエラーを起こした。
「え、えっ、どういうことなのですか?」
「その……」
ユキミさんは再び言い辛そうに、
「もしかして、レベルが5以上だったり通常召喚できないモンスターだったりは……?」
「あ……」
大正解。シャルが呼び出そうとしてたモンスターは、まさにレベル5。しかも今回はルールの変化でもなんでもない、ただのイージーミス。
これはどうやら、先ほどの推測も怪しそうである。
「も、申し訳御座いませんでしたわ。……わ、私はモンスターを1枚セットしてターン終了ですわ」
やっとディスクはカードを正常に読み込み、シャルの前方にカードの拡大ビジョンが表示された。
「私のターンですね。ドローします」
ユキミはカードを引くと、数秒ほど考えてから、
「私も、モンスターを1枚セットします」
シャルと同じく、カードの拡大ビジョンがユキミの傍にも表示された。
「そして、伏せカードもセットです」
さらにもう1枚。
「私はこれでターン終了です」
「わかりましたわ。私のターン、えっと……ど、ど……ろー」
シャルはおそるおそるカードを引き抜く。今度はエラーは表示されなかった。
(よ、よかったですわああああああ)
シャルは大きな溜息をはいて、ほっとする。するとユキミが、
「くすっ」
と、小さく笑う。しかし、すぐしどろな態度になって、
「あ、ごめんなさい。……なんだか、微笑ましくて」
なんて謝るものだから、今度はシャルのほうが「くすっ」となってしまった。
「構いませんわ。……それよりも、私は手札からこのモンスターを通常召喚致しますわ。チューナーモンスター、《レッド・リゾネーター》!」
すると、シャルのフィールドに音叉を握った小さな悪魔が1体出現する。
「そして《レッド・リゾネーター》の効果ですわね。えっと、“このカードが召喚に成功した時に発動できる。手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。”……となると、出せるのはこれですわね。《レッド・スプリンター》!」
続いて、体に炎を纏った競走馬みたいなモンスターが1体、シャルのフィールドに出現した。
「それで確か、《レッド・リゾネーター》がチューナーだからシンクロ召喚ができたはずですわ」
シャルはいま召喚した2体をモンスターゾーンから墓地へ送り、別のモンスターを新たに読み込ませた。
「私は、レベル4《レッド・スプリンター》に、レベル2《レッド・リゾネーター》をチューニング。《レッド・ワイバーン》をシンクロ召喚ですわ」
2体のモンスターがそれぞれ星と輪にかわり、混ざり合って出現したのは、炎のたてがみに燃え盛る翼を持った1匹の飛竜の姿。
「デュエル、慣れてきたみたいですね」
ユキミはいった。
「ええ」
シャルは微笑んで、
「先ほどが嘘みたいにちゃんとプレイできましたわ。体はちゃんと覚えてた、ってことですのね」
「か……体が、覚え」
突然、顔を赤らめるユキミさん。……。…………。
シャルの微笑みに、つい別の意図が混ざる。
「うふふ、ユキミさんって見かけによらず。……実体験ですか?」
「ファッ、あはひゃ!?」
ユキミさんはまるで飛び跳ねるような反応をして、
「い、いえ……そういう事は、いけないことですから」
「あら? そういう事って?」
「っっっっっ」
口をぱくぱくさせるユキミさん。……可愛らしいですわ! シャルの背中をぞくりとした何かが駆け巡った。
あああ、もっとからかって羞恥に悶えるユキミさんを堪能したいですわ。いいえ、それよりも悪魔のささやきを流して流して流し続けて聖職者があるまじき欲望に心を堕とす姿を愉しむのも。ハッ、いっそ私自らの手で貞操に一生の傷を……はぁはぁ、はぁはぁはぁはぁハァハァハァハァウフフフフフフフフフフフフフフフフフフ♪
「あ、あの。……シャル、さん?」
「気持ち良かったですわあ。ほぼイキかけました」
「え?」
「あ」
しまったですわ! 今度はシャルがビクッと跳ねてしまった。興奮のあまりついトリップした挙句、声にまで出してしまったのだ。
「い、いまのは忘れてくださいませ。……デュ、デュエル続けますですわ」
「は、はい……」
ユキミは動揺しながらも小さくうなずく。そんな彼女の表情が偶然目につき、
(……あら?)
と、シャルは思った。
どことなく……なんてレベルじゃなくて、すごく残念そうな顔をしてるように見えたのだ。
まるで、ご褒美をお預けされてしょんぼりする子犬のような。
(――飼いたいですわ。性的な意味で)
咄嗟に浮かんだ危険な発想。あまりに危険な性癖っぷりに、記憶を失う前の自分が誰だったのか……ちょっとばかりじゃなく恐ろしくなってくる。
「裏守備モンスターを反転召喚、《ダーク・リゾネーター》! そのままバトルフェイズに入りますわ。《レッド・ワイバーン》でセットモンスターに攻撃」
ディスクがシャルの宣言を認識し、飛竜はユキミ側のカードに炎のブレスを吐いた。同時に、カードは表側になり彼女のモンスターが晒される。
それは、クリスチャンという持ち主の肩書きには似合わない、闇色の瘴気に浸蝕され、紫色の糸に繋がれた金属物……《星因士 ウヌク》の鎧だった。
「《シャドール・リザード》のリバース効果を発動します。このカードがリバースした場合、フィールドのモンスター1体を破壊します」
「え!?」
「私は、《レッド・ワイバーン》を破壊します」
瘴気と同時にどこからか糸が伸び、《レッド・ワイバーン》は魂を引き剥がされる形で破壊される。しかし、同時に炎のブレスもまた《シャドール・リザード》の体を完全に焼き尽くし、破壊に成功する。
「っ、まだですわ! 《ダーク・リゾネーター》で直接攻撃」
その横を掻い潜るように《ダーク・リゾネーター》はユキミの傍まで近づくと、《レッド・リゾネーター》と同じ音叉から超音波を発し、ユキミのライフを削る。
ユキミ LP4000→2700
「カードを1枚セット。私のターンはこれで終了ですわ」
「私のターンですね。ドローします」
再び相手のターン。
ユキミはカードを1枚引くと、まずは1枚の魔法カードを発動する。
「魔法カード《おろかな埋葬》です。デッキからモンスターを1体、《シャドール・ヘッジホッグ》を墓地に送ります」
墓地に送られたのは、同じく瘴気に浸蝕されたハリネズミのモンスター。
「そして《シャドール・ヘッジホッグ》は墓地に送られた事で、自身の効果を発動します。私はデッキからシャドールモンスターを1体手札に加えます。私はこの効果で《シャドール・ドラゴン》を手札に加えてそのまま召喚します」
現れたのは、他のシャドールたちと同じ特徴を持つ1体の竜。その攻撃力は1900と高い。
「《シャドール・ドラゴン》で攻撃します」
今度は、シャドール側の竜が瘴気のブレスを吐き、《ダーク・リゾネーター》を包み込んだ。しかし、モンスターは破壊されない。
「残念ですが《ダーク・リゾネーター》は1ターンに1度だけ戦闘破壊を防ぎますわ」
「そう、でした。……本当に残念です」
ユキミはいった。
「ですけど、せめてダメージは受けて頂きます」
同時に、ビジョンの瘴気はシャルの下まで届き、
シャル LP4000→3400
今度はシャル側のライフが僅かに削られた。
「ここでリゾネーターを破壊できなかったのは痛手です。私はカードを1枚セット、ターンを終了します」
ユキミのフィールドに1枚のカードが敷かれる。そこを、シャルは自分の伏せカードを表向きにしていった。
「速攻魔法《サイクロン》! いま伏せたそのカードを破壊致しますわ」
「……エンドサイク、ですか」
わかりました、とユキミは伏せたばかりのカードを墓地に送る。正体は《ブレイクスルー・スキル》だった。
ユキミは笑顔をつくり、
「すごいですね。……もう《サイクロン》を使いこなすまで勘を取り戻してるなんて、驚きました」
「ありがとうございますわ」
シャルは素直に受け取り、微笑んで返す。
「私は改めてターンを終了します」
と、ユキミはいったので再びシャルのターンが回ってきた。
「私のターン、ドローですわ」
シャルはカードを引くと、
「私は《レッド・ライダー》を特殊召喚しますわ」
と、フィールド上に炎に包まれたバイクに人が乗ったモンスターを呼び出す。
「このカードは自分フィールド上に存在するモンスターがチューナー1体のみの場合、手札から特殊召喚が可能ですわ。そして、レベル4《レッド・ライダー》にレベル3《ダーク・リゾネーター》をチューニングですわ」
2体のモンスターがそれぞれ輪と星に変わり、混ざり合う。
「シンクロ召喚!――降臨なさいませ、《レッド・ビム》!」
そして、新たにフィールド上に出現したのは三頭の首を持った悪魔竜の姿。
「《レッド・ビム》のモンスター効果を発動、さらにチェーンして《レッド・ライダー》のもうひとつの効果を発動ですわ」
すると、ビジョンは丁寧にチェーン1《レッド・ビム》、チェーン2《レッド・ライダー》と、文字を空間に描きだした。
「逆順処理につき、まずはチェーン2の《レッド・ライダー》の効果ですわ。このカードはS素材として墓地へ送られた場合に、墓地の悪魔族チューナー1体を手札に戻す効果。よって私は《ダーク・リゾネーター》を手札に戻しますわ」
墓地からモンスターを回収すると、描かれたチェーン2のビジョンが消滅する。
「続いてチェーン1《レッド・ビム》の効果ですわ。このカードはシンクロ召喚に成功した時、墓地から悪魔族モンスター1体を特殊召喚しますわ。私は《レッド・リゾネーター》を特殊召喚」
再び現れる音叉を持った悪魔モンスター。
「《レッド・リゾネーター》の効果を発動ですわ。このカードが特殊召喚に成功した時、フィールド上のモンスター1体の攻撃力分、私のライフを回復させますわ。私は《レッド・ビム》の攻撃力分、2300ポイント回復しますわ」
リゾネーターが音叉を慣らすと、今度は超音波をシャルへと飛ばし、ライフを回復させていく。
シャルロッテ LP3400→5700
「……エンドサイクだけではなくて、チェーンの使い方まで」
ユキミは、小さく驚いていた。
「まだいきますわ。私は手札から《マッド・デーモン》を召喚し、《レッド・リゾネーター》と2体でシンクロ召喚。再び現れなさいませ、《レッド・ワイバーン》!」
シャルのフィールド上に、墓地と併せて2体目の飛竜が出現した。
「バトルですわ! 私は《レッド・ワイバーン》で《シャドール・ドラゴン》に攻撃」
「罠カード《和睦の使者》です」
「え!?」
今度はシャルが驚いた。
このカードは、発動ターンの間に発生するあらゆる戦闘破壊と戦闘ダメージを消す効果を持っている。……けど、シャルが驚いたのはそこではなかった。
《和睦の使者》は、ユキミが最初のターンに伏せてた罠である。
つまり、もし前のシャルのターンで1体目の《レッド・ワイバーン》が攻撃した時にこのカードを使ってたならば、《シャドール・リザード》は破壊されずシャルのモンスターだけが返り討ちにあい《ダーク・リゾネーター》で追撃することもできなかった。
それだけではない。
《シャドール・リザード》の攻撃力は1800、前のターンにリザードが生き残ってたなら《シャドール・ドラゴン》と同時攻撃で《ダーク・リゾネーター》は破壊されてたのだ。そして、当時の反応からユキミは《ダーク・リゾネーター》の効果を一応知ってる様子だった。
とはいえ、第一にユキミは同時にリゾネーターの効果を失念してる反応も取っており、第二にこれは結果論である。あそこでユキミが《和睦の使者》を使わなくたって別に何もおかしくはないのだ。
――とは。シャルは考えなかった。
そして、
「危なかったです。《和睦の使者》がなければ私はここで負けてました」
と、ユキミがいった。……いや、相手を立てたのをみて。
シャルの中で、なにかが確信に変わった。
「ターンエンドですわ」
とはいえ、手札はレベル5のモンスターが1体と《ダーク・リゾネーター》。いまシャルができることは何もなく、ターンはユキミにまわった。
「はい、私のターン。ドローします」
ユキミはカードを引くと、当然のようにモンスターをセットし防戦一方に徹しようとする。
「待ってくださいませ」
見かねて、シャルはいった。
「ユキミさん。あなたもしかしてわざと手を抜いておりませんか?」
「え?」
「記憶を取り戻すために、わざと私に気持ちよくデュエルさせるような展開運びをされてるのでは」
「……」
ユキミは無言だった。
「うふふ、ここから先は接待デュエルなしで結構ですわ。少しは本気でぶつかって頂かないと、取り戻せる記憶も取り戻せないかもしれませんもの」
「……わかりました」
ユキミはうなずいた。
――ところで。
これはシャルには知る由もないことだが。実はユキミという人間は、従順で自発性のない人間であった。
幼くして自分の考えというものを放棄し、大人たちが求める“真面目でいい子”というものを取り繕って生きてきた。いい子でいれば目上の存在から最低限の庇護や愛を受け取れる。そして自分の安全も当然保障される。クリスチャンになったのもその過程が関係していた。
ユキミは無垢なまま既に性根が腐っていた。
シャルに接したのも真面目で従順なクリスチャンで居続ける為であり、しどろになった時も、しょんぼりした時も、笑った時も、すべて心の裏側は――虚無。ユキミの感情はなにもなかった。ただひとつ、いまユキミの心を支配する異常な程の性への興味を除いて。
だから、いまシャルの言葉にうなずいたのも、あくまで「シャルが」そう求めたから。それに従うのがユキミという虚像だからだった。
「……でしたら」
ユキミはいった。そして、先ほどセットしかけたモンスターを、なんと墓地に捨てだした。
「私は、手札を1枚捨てて《超融合》を発動します」
「融合……!?」
まさかユキミさんの真の戦術が融合だったなんて。シャルは驚く。
しかし、本当に驚くべきはまだ早かった。
「私は、私の《シャドール・ドラゴン》と、シャルさんの《レッド・ビム》を融合します」
「私のモンスターを!?」
ユキミの上空に稲妻を鳴らしながら時空の渦ができると、2体のモンスターが強引に取り込まれていく。
「他人のモンスターを奪って、融合素材に」
取り込まれていく自分のモンスターの様子に、なぜかシャルは何ともいえない胸の痛みを覚えた。
(こんな出来事、前にも……)
そう思った瞬間。
「ッ」
シャルの脳裏でバチッと別の光景が浮かんだのだ。しかし、それは一瞬のことで。すぐにシャルは強烈な頭痛と共に現実に引き戻される。
シャンデリアに照らされた、豪勢な寝室。
視線の先で、シャルを手招きする長い黒髪の“お姉さま”。
これは一体何なのだろうか。
「影糸に縛られし竜の人形よ、ソロモンに仕えし魔の竜よ、次元を束ねし力に交わりて
シャルをよそに、ユキミが召喚したのは炎の力を身に宿した一体の巨人。このモンスターも色こそ赤だが他のシャドール同様、糸に縛られている。そのレベルは7。
「そして、魔法カード《死者蘇生》を発動します」
続けてユキミが発動したのは、墓地のモンスターを特殊召喚する魔法カード。
「この効果で、私はシャルさんの墓地から《レッド・ビム》を蘇生します」
「また私のモンスターを!?」
光の粒子が集まって、ユキミのフィールドに再臨する《レッド・ビム》。
つい先ほどまでシャルのモンスターだったそれは、いまや持ち主を裏切りこちらへと敵意を向けている。
……“裏切り”。そう、シャルにはみえた。
そんな《レッド・ビム》の顔と、先ほどのみた黒い髪の女性が重なる。
(……ああ。そうだったのですわね)
シャルは気付いた。
自分は、お姉さまに裏切られたのだと。
「続けてレベル7の《レッド・ビム》と《エルシャドール・エグリスタ》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築します」
地面に渦巻く銀河が出現し、ユキミのモンスターたちが霊魂へと姿を変え、取り込まれる。
「シンクロ召喚! 降臨です、No.11。世界に広がるビッグな愛、そのつぶらな瞳で迷える者を
ユキミのフィールド上に一つ目の化け物が出現した。
「っ、《レッド・ワイバーン》の効果を使いますわ! S召喚したこのモンスターは1度だけ、このカードより攻撃力が高く、またフィールド上の攻撃力が一番高いモンスター1体を破壊することができますわ。この効果は相手ターンでも可能!」
「こちらも墓地の《ブレイクスルー・スキル》を使います。このカードを除外して、《レッド・ワイバーン》の効果をこのターンの間無効にします。
シャルの宣言を受け炎のブレスを吐く飛竜。しかしビッグ・アイの瞳が怪しく光ると、サイコキネシスだろうか炎の軌道を大きく逸らす。同時に、瞳と同じ怪しい光が《レッド・ワイバーン》の全身を包み込んだ。
「そのまま《No.11 ビッグ・アイ》のモンスター効果を使います。オーバーレイ・ユニットのエグリスタ取り除き《レッド・ワイバーン》のコントロールを奪います」
ビッグ・アイの発する怪しい光が更に強まると、飛竜の瞳から光が失われ、ふらふらとユキミの下へと身を寄せた。
「いい子ですね、可愛いですよ」
ユキミは、飛竜の頭をそっと撫でる。その目つきは恍惚そのもので、だけど優しく幸せそうな目だった。
少なくともシャルにはそう見え、今度は飛竜を愛でるユキミの姿と自分を呼ぶお姉さまの姿が重なる。胸が激しく痛んだ。
――自分は、お姉さまが全てだった。
この飛竜のように、何も考えずただただお姉さまに全てを捧げ身を寄せる日々。その幸せがずっと続くものと思っていた。
シャルは、お姉さまのことをとても愛し、恋し、そして依存していたのだ。
しかし、ある日そんな幻想は崩れ去った。偶然お姉さまが別の女性と過ごしてるのを見てしまったのだ。それだけではなく――。
とても楽しそうなお姉さま。見ず知らずの女性に奪われた?……いや、その後も自分といつも通りに接するお姉さまを前に、シャルは自分という存在が愛する者にとって遊びだったのだと理解した。
愛が、恋が、依存が、丸々失意と絶望に変わった瞬間だった。
「あ、ごめんなさい。《レッド・ワイバーン》がかわいく見えてしまって」
弁解するユキミさん。――そうだ、そういえばあの時も。
お姉さまとの最期の日。
その日もシャルはお姉さまの寝室へと招かれた。
『おいで』
お姉さまはベッドに腰かけ、シャルを手招きする。
『お姉さま』
シャルは小さくいい、そっと歩み寄った。
幽霊のように、ゆったりと。
『どうしたの? シャル』
首をかしげるお姉さま。シャルは、彼女の前で足を止めていった。
『……お姉さま? 先日、キスされてた方はどなたですか?』
『!? シャル、貴方……』
お姉さまの目がハッと見開きます。
『ち、違うのよ。あれは……』
『楽しそう、でしたわね。……オネエサマ』
『シャル、聞いて?……あの子は別にそういうのでは』
綺麗なお顔が段々悲痛なものに変わっていくのが分かる。しかし、お姉さまの発する弁解は的を得ない苦しい言い訳でしかなく、黒なのは明らかだった。
本当は、まだお姉さまの白を信じたかった。しかし、そんな想いすら適わず……。
失意と絶望が、今度は大きな憎悪に変わっていくのを感じた。
「ビッグ・アイとワイバーンで、シャルさんに直接攻撃します」
『オネエサマ……サヨウナラ』
現実でのユキミによる攻撃宣言が、あの日発した言葉とリンクする。
フラッシュバックされた世界の中で、シャルはお姉さまの胸を包丁で刺し貫く。同時に、現実ではビッグ・アイの瞳が放つ怪光線がシャルの胸を貫いた。
『シャ……ル……』
シャルは現実で膝をつきながら、トリップした世界の中でお姉さまを押し倒す。
『お姉……サ、マ゛ッ!!」
一旦包丁を引き抜き、勢いをつけて再び突き刺す。
『シャ…ヤ、メ……ガ、アァッ……』
お姉さまの呻きが、まるで悲鳴のようにシャルの心を満たす。苦しみ、もがき、泣き、震える姿。……心地良イイッ!
『はぁ……ハァッ』
ああ、未来ある人生半ばに命の灯火尽きようとするそのご尊顔、とても美しい。その悲鳴はまるで恐怖と絶望無数の想いが奏でるオーケストラのよう。ならこの血飛沫は会場を照らすライトかしら?
シャルには、これが神様がくれた救いの光のように思えた。全てを失った哀れな少女に、新たな人生そして喜びを教える道標。
息を荒げながら、シャルは何度もお姉さまを刺した。何度も、何度も、何度も刺して刺して刺して刺シテ刺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ殺シテ!!!
『うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
シャルは、高々と笑った。
フラッシュバックされた世界でも、そして現実でも。
『ごめん……シャ――』
『ッ』
ハッ、とシャルは笑みを止める。お姉さまは、既に息をしていなかった。
それどころか、彼女の胸部は包丁で刺しすぎて血と肉と骨と臓が混ざり、まるでミンチかタルタルステーキのようになっていたのだ。
(フ……ウフフ……)
とても美しく、醜い死に様だった。性器を陵辱するより余程深く深くその肉を魂を、死後の尊厳さえも陵辱したと実感した。再び、胸の内から笑みがこみ上げる。――なのに、今度は笑えない。
異臭纏った風が、シャルのぽっかり空いた穴をすーっと突き抜ける。
復讐を果たしたのに、心が前より冷えたように感じるのは何故だろうか。何かを更に失った気がしたのは何故だろうか。
心が、冷えて、そして酷く飢く。
それを満たすのは……そうだ。殺戮が足りない。あのオーケストラをもっと聴きたい。他人の輝かしい未来を陵辱して、絶望の顔を蜜にすすりたい。
シャルの心は、すでに壊れていた。
――しかし。
それからシャルが誰かを襲ったという記憶は存在しなかった。
その原因はすぐ、デュエルの中で判明した。飛竜によるシャルへの直接攻撃。モンスターが吐く炎が視界を真っ赤に染め上げると同時に、“あのあとすぐ、自分が死んだことを思い出した”のだ。
お姉さまを殺してすぐ、シャルは証拠隠滅にと遺体に火をつけ寝室から逃走を謀った。
しかし、シャルの体は自身が思ったより心労が重なり、躓いて転んでしまう。しかも、情けないことに腰が抜けてしまい、そのまま……。
シャルロッテ LP5700→3100→800
「ぁ……」
フラッシュバックもトリップも収まった時、シャルのライフはすでに3桁になっていた。そこまで認識して、シャルはいま自分がデュエルしていたことを思い出す。
過去に永く囚われすぎて、前のターンがもう何時間も前のように感じられた。
「ユキミ、さん」
シャルは、静かに、そして冷めた声でいった。
「全て……ではないですけど、大体思い出しましたわ」
「本当ですか? よかったです」
何も知らないユキミは、やんわりと微笑んで返す。
その命が、もう残り僅かだなんて少しも気付かずに。
「ええ」
そんなユキミが可愛らしく、早くぐちゃぐちゃにしたいとシャルもまた微笑んだ。
「ありがとうございますユキミさん。本当に感謝ですわ」
ええ、感謝しておりますわ。……ふふ、うふふ♪
「私は……ただ、当然のことをしたまでです」
「うふふ。それでユキミさん」
シャルは、晴れやかな笑顔でいった。
「このデュエルですけど、私からささやかなフィナーレをもって貴方へのお礼としたいのですけど、構いませんでしょうか?」
そう、私からのささやかな
確かにここまで付き合って頂いたことに素直な感謝を覚えてはいますわ。しかし、私から大事なモンスターを奪い、あまつさえ好き勝手に使ってくれた罪は、その身にたっぷりと償って貰わなくてはなりませんもの。
シャルの腹の底で、猟奇的な劣情が激しくこみ上げる。
「はい、喜んで。私はカードを1枚セット。これでターンを終了にします」
そんなことも、やはりなにも知らないユキミは無垢な笑みでターンを明け渡す。
シャルはいった。
「では、始めますわね。……このプライベート・コンサートのフィナーレを」
デュエルディスクがシャルのターンを告げた。
直後、瘴気が空を覆い、辺りは突如として暗闇に包まれる。
「え?」
何が起きたのか分からないユキミは、多少不安気に辺りに目を配る。そんなユキミとシャルの周りを蒼い炎が囲い込んだ。
「これでもう、逃げられませんわ」
シャルは、未だ変わらず晴れやかな顔のままいった。
ユキミは「え」と反応し、
「もしかして、シャルさんがしたのですか?」
「その通りですわ」
シャルはうなずく。
「うふふふふ、驚くのはまだ早いですわ。フィナーレはまだ始まったばかり。私のターン」
すると今度は、シャル自身の体が瘴気に包まれ、ドローしようとする手が、禍々しく輝いた。
「いきますわ。――暗き力は、ドローカードも闇に染める。ダークドロー!」
そんな口上と共に、シャルはカードを1枚引き抜く。
禍々しい輝きはドローカードにも伝染し、シャルが確認すると、ほぼ狙った通りのカードがそこにあった。
「いきますわ。私はスケール6の《ダークレッド・バルバトス》をPスケールにセッティング」
シャルの背後に光の円筒が現れ、その中を、辺りのそれと同じ蒼い炎を身に宿した悪魔の射手が上昇していく。
「ペンデュラムモンスター。デッキに入ってたのですか?」
ユキミは驚き訊ねる。
「いいえ」
シャルは、当然のように否定し、
「入っていたのではなく、いまこの場で創造したのですわ。ダークドローで」
「ダーク……ドロー?」
「その時がくれば、あなたも自然と分かりますわ。……機会があれば、ですけど」
いいながら、シャルはユキミのセットカードを指さす。
「《ダークレッド・バルバトス》のP効果を発動。このカードは1ターンに1度、フィールド上のカード1枚をこのターンの間ゲームから除外しますわ」
「え……」
「邪魔な伏せカードにはご退場願いますわ。ジェノサイド・スナイパー!」
バルバトスがPゾーンから矢を放つと、それは巨大なビームに変わってセットカードを飲み込む。
その時だった。
「え?……さっき、衝撃が」
ユキミは目をきょとん、とさせた。ただの立体映像なはずなのに、ビームの衝撃がユキミの肌に伝わったのである。
そんなユキミの反応を他所に、セットカードはフィールドから消え去る。《神の宣告》だった。
「まだいきますわ。私のフィールド上にモンスターが存在せず、相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、レベル5《バイス・ドラゴン》は手札から特殊召喚できますわ」
シャルのフィールドに現れたのは禍々しい1体の魔竜。最初のターンに召喚しようとしてエラーを起こしたカードである。
「続けて、私は手札から《ダーク・リゾネーター》を通常召喚。……そして、私はレベル5《バイス・ドラゴン》に、レベル3《ダーク・リゾネーター》をチューニングですわ!」
音叉を持った悪魔が3つの輪に姿を変えると、魔竜は潜り5つの星へと姿を変えて輪と混ざり合う。
そこまでは普通のシンクロ召喚の演出通り。……しかし、今回はそこに加えて暗闇の空に紫色の光が模様を描きだした。
「シャルの想い、輪廻を超え今ここに天地を揺るがす。魂に刻まれし傷痕を胸に、さあ……この決闘に狂乱の宴を! シンクロ召喚! お願い致しますわレベル8《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》!」
フィールドに出現したのは、全身に幾多もの傷を負った紅蓮の魔竜。
「うふふ、スカーライトのモンスター効果を発動ですわ! 1ターンに1度、このカード以外の、このカードの攻撃力以下の攻撃力を持つ特殊召喚された効果モンスターを全て破壊して、その数×500ダメージを相手に与えますわ」
シャルが宣言すると、魔竜は腕を振り上げ、巨大な炎を創り出す。同時にモンスターが放つ衝撃波が現実に砂埃を巻き上げる。
「っ……この衝撃、本物。……え、それって!?」
ユキミは自らの腕で目を覆って衝撃に耐えるも、途中で何か感づいたのか顔を青くする。
「あ、あの、シャル……さん?」
ユキミは、ここにきて初めて心の底から怯えた顔で。
「もしかして、スカーライトの炎も」
「ええ」
シャルは満面の笑みでいった。
「もちろん本物の炎ですわ」
「っ!?」
ユキミの顔が絶望に染まる。
「お、お願いします。……それをされたら、私は」
怯え、涙を流し、懇願する少女。シャルはたまらなく興奮した。それこそイキそうなほどに。
「スカーライトの攻撃力は3000、ユキミさんのモンスターはすべて3000未満、そして2体」
「お願いします、私の負けです! ですから」
「つまり、ユキミさんは1000ポイントのダメージですわ」
「嫌……お願い、助けてください! シャルさん! いやああああああああああああっ!!」
半ば半狂乱に訴えるユキミさんに向け、シャルはいった。
「いきますわ、生けとし生ける者を焼き尽くす、アブソリュート・パワー・フレイム!」
満面かつ恍惚な笑顔で。
紅蓮の魔竜は近くにいた飛竜ごと腕の炎を大地に叩きつける。
炎は爆風を巻き上げながらドーム状に拡大し、ビッグ・アイを、そしてユキミを飲み込んだ。
「っ、あぁあああああああああああああッ!!」
ユキミの悲鳴が響き渡る。
つい先ほどまで無垢に微笑んでいた少女が奏でる絶望のオーケストラ。炎に焼かれ、泣く余裕もなくもがき苦しむ様を、シャルは目を見開いて顔芸ばりにガン見した。
ユキミ LP2700→1700
程なくして炎が止むと、ユキミは光のない瞳で地面に倒れた。
「ぁ……ぁ……」
意識はある。そして、まだライフが残ってるせいかユキミの肌は綺麗なままだ。
しかし、その精神は酷く衰弱してるのが見てとれる。
「ど、どうして……シャル、さん」
シャルには、それが単に焼かれる痛みで疲弊したわけではないとすぐにわかった。
何か、彼女を形成する大事なものに裏切られたような。どこか以前の自分と重なる“ぼろぼろさ”に見えたのだ。
――実際。
いまユキミは“いい子でいれば庇護され愛される”というアンデンティティを失い、ショックに打ち拉がれていたのだが、やはりシャルには知る由もなく。
「フィナーレですわ。スカーライトの攻撃、灼熱のクリムゾン・ヘル・バーニング!」
紅蓮の魔竜に指示し、二度目の炎をユキミに浴びせた。
ユキミ LP1700→0
「……ぁ、ぁぁ」
二度目の悲鳴はなかった。
ユキミは、小さく呻くまま今度こそ小さな体を焼き焦がされていく。
反応が薄いのは少々残念だったが、いまユキミがどんな絶望を味わいながら未来を奪われているのか、何を想って命を閉じようとしているのか。……そんな想像をすると、少しだけ飢えが満ちていく。
『……そっか』
ふと、ユキミの言葉がシャルの耳に届いた。
『もっと早く……えっちな、悪い子になれば……良かっ……で……』
その声は、とても小さく。だけど、不思議と穏やかな声だった。
もしかしたら既にユキミは事切れてたのかもしれない。例えば残留思念か、例えば幽霊のユキミさんの言葉だったのか。あれだけ小さな声、燃え盛る炎の中で聞き取るなんて本来なら不可能なことだった。
『……シャルさんみたいに』
その言葉を最後に、ユキミの声は完全に途切れた。
(私の……ように?)
仮に前の『えっちな悪い子』と繋げたとしても、それが何を指してたのかシャルには全くわからない。
だけど。
最初に焼かれた後、まるで昔の自分のように打ち拉がれてたユキミを思い出し。
シャルは、ちょっとだけ胸がチクッとした……気がした。
程なくして、炎は止んだ。
ユキミの遺体は見つからなかった。炭ひとつ残らず消滅していたのだ。
「しまったですわ」
シャルは後悔した。最後は自分の手で包丁を突き立てようと思っていたのだ。
次回からは気をつけないと。そう思ったときだった。
ユキミのいた場所から光の粒子が浮かび上がり、シャルの体に溶けていくのを。
「あ……」
粒子がすべて取り込まれたとき、シャルはこの正体を理解した。
それは、ユキミのすべてだったのだ。
ユキミの肉体と魂は滅んでいない。すべてシャルと、空に描かれた模様によって囚われている。
(そして)
シャルは掌から光の粒子を浮かばせてカードを創造する。出てきたのは《No.11 ビッグ・アイ》だった。
シャルは、肉体や魂ごとユキミのカードもすべて取り込んだのである。
いまはカードしか創造できないが、いずれはユキミの肉体や魂を呼び出せるのではないだろうか?
それができれば、後日改めてユキミの体に包丁を突き立てることができる。それに……。
(まあいいですわ)
シャルは考えるのをやめた。
気になることは少しあったものの、これから何人もの人間を炎で焼き、包丁で貫き、その全てを取り込むのだ。ひとりひとり気にしてたらきりがない位、沢山のバッドエンドに立ち会えるに違いない。
沢山の人を取り込めば、それだけ自分の力が大きくなる。そんな確信がシャルにはあった。それを教えてくれたのは、空に浮かぶ光の模様。どうやら自分は、邪神スカーレッド・ノヴァの隷属としてこの世に舞い戻ってきたらしい。
本来なら持ち得ない、この時代この地の常識や言語そしてデュエルの知識を与えられて。
「……ふふっ」
シャルは微笑み、消えていく瘴気と共にその姿を消した。
レッド・ライダー
効果モンスター
星4/炎属性/悪魔族/攻1500/守1600
「レッド・ライダー」の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールド上に存在するモンスターがチューナー1体のみの場合、このカードを手札から特殊召喚できる。
②:このカードがS素材として墓地へ送られた場合に発動できる。自分の墓地に存在する悪魔族チューナー1体を手札に加える。
レッド・ビム
シンクロ・効果モンスター
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2300/守1900
悪魔族チューナー+チューナー以外の炎属性モンスター1体以上
「レッド・ビム」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードのS召喚に成功した時、自分の墓地に存在する悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。
(元ネタ:ソロモン72柱のブネ)
ダークレッド・バルバトス
ペンデュラム・効果モンスター
星5/炎属性/悪魔族/攻1900/守1200
【Pスケール:青6/赤6】
「ダークレッド・バルバトス」のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択したカードをゲームから除外する。
この効果で除外したカードは、このターンのエンドフェイズ時に同じ表示形式で持ち主のフィールド上に戻る。
【モンスター効果】
①:このカードのP召喚に成功した場合、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターは、レベルが3つまで上がり、S素材にできない。
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◆おまけ◆
※ この話は、本編との時系列・展開の流れとは一切関係がありません。
10月31日、今日はハロウィン。子供たちがTRICK or TREATを唱えて、お菓子をあげなかったら悪戯しちゃうぞっていうあれです。
日本ではあまり馴染みがないイベントですけど、私の場合は話が別です。主に要求される側として。
「紗瑠ー」
玄関からお母さんの声が聞こえました。たぶん、苺ちゃんたちが迎えにきたんです。
「はーい」
私は、朝食のマーガリンたっぷりの食パンをフルーツ牛乳で流し込み、学校に持っていく荷物を確認します。
今日の授業に使う教科書にノート。そして、
(えへへ)
ハロウィン対策のお菓子。
去年はつい用意するのを忘れちゃって苺ちゃんにしっかり悪戯されちゃったけど、今年はちゃんと用意することができました。
だって、今回は苺ちゃんに加えてシムーンちゃんもいるから。ひとりだけでも遠慮ないのに、ふたり掛かりでTRICK or TREATされてお菓子がなかったらと思うと想像しただけで震えちゃいます。……主に、ハロウィン関係なしにいつものことって現実に。
「いってきまーす」
靴を履いて、私は玄関を出ます。
「あ、紗瑠」
外ではふたりが待ってました。私は笑顔で、
「おはよう、苺ちゃんシムーンちゃん」
と、挨拶します。
「おはよー紗瑠」「おはよう、紗瑠」
ふたりはいい、
『そしてTRICK or TRICK』
早速切り出してきました!
だ、大丈夫。今日はちゃんとお菓子を持ってきてるから悪戯は回避できるはず。
「と……TREATで」
そこで、私は違和感を覚えました。
あれ? さっきの二択、微妙に違ってたような。
ふたりは、もう一度いいます。
「紗瑠?」
「TRICK or TRICK」
やっぱり聞き間違えじゃなかったみたいです。
い、苺ちゃんシムーンちゃん違うよ? それじゃあ悪戯か悪戯、どっちも同じだよ?
……。……………………。
あれ? もしかして?
「……ドヤッ」
シムーンちゃんの口角が、わずかに上がりました。
「ふぇええええええええええええええええええええええええっ!」
ナンデ!? 両方TRICKナンデ!?
私が早速嘆く中、ふたりは両手をわきわきさせながらいいます。
「ほら紗瑠、早くしなさいTRICK or TRICKよ」
「紗瑠、TRICK or TRICK」
「と、TREAT! TREAT!」
「そんなものはない」
「TREAT! TREAT! TREAT!」
「紗瑠、諦めて悪戯されて?」
「TREAT! お菓子あげるからTREATで!」
「じゃあお菓子貰ってからTRICK or TRICK」
「そんなぁあああああああああああああああああっ」
結局私は、ちゃっかりお菓子を取られた挙句好き勝手に悪戯されました。
「紗瑠、もしかして……また胸膨らんだ?」
服の上からセクハラしつつシムーンちゃんはいいます。えっと私、一応下にキャミソールタイプの子供ブラつけてるんですけど……なんかさわさわした手つきで巧みにめくり上げられちゃってます!
「ちょっと紗瑠、それ本当?」
苺ちゃんは、私の背中をつーっとなぞり上げながら、
「……フッ」
「ひゃっ!?」
耳に息を吹きかけてきます。
「わ゛っ、わからないけど……でも、どっちにしてもまだ無いも同じだよぉ」
だって本当にまだ膨らみ始めもいい所だもん。いまでもクラスで比べて下から数えたほうが早いくらいだから。
「紗瑠。まだ膨らみかけて“さえ”ない人の前で、すごい……ね」
「ふぇ? あ!?」
私は咄嗟にその人……苺ちゃんに顔を向けます。
「ホントに、ねえ?」
苺ちゃんの目が、ううん眼が怪しく光った気がしました。
「シムーン。やっちゃって」
「うん」
シムーンちゃんはうなずくと、服の上からおっぱいのさきっぽを――。
「ふぁぁっ」
「あ、感じた?」
「も、もぉやめてぇぇぇ」
この日、私たちは遅刻しかけました。
――そんな日の放課後。
「って、ことがあって朝からもみくちゃでした」
「そ、そう……」
夜夢先輩はなぜか鼻を押さえます。
いま私がいるのは先輩のお部屋。下校中に携帯でお誘いをもらい、数年ぶりに先輩のお屋敷にお邪魔することになりました。
昔の思い出と殆ど変わらない、シャンデリアに照らされた豪勢な寝室。……そういえば昔からお邪魔する度に変な既視感を感じたっけ。そんな感覚も、本当に久しぶりです。
「先輩、お風邪ですか?」
お鼻の調子、悪そうですから。
「大丈夫よ、気にする必要はないわ」
先輩はいいながら深呼吸を2,3回。
「けど、心配してくれたのね。ありがとう、紗瑠」
って、先輩は私の髪をやさしく撫でてくれます。私は「えへへ」となりながら、ちょっと甘えたくなっちゃって先輩に体を預けます。
「もう、甘えん坊なんだから」
なんて言いながらも先輩はそっと包み込んでくれて。
「いい匂いがするわね、紗瑠」
「えへへ、ありがとうございます。……たぶん、ここのボディソープとシャンプーの香りですけど」
実は先輩のお部屋にはシャワールームも備え付けられてて、学校帰りだったのもあって先ほど先輩の勧めで使わせて貰ったんです。
お着替えの服も先輩が用意してくれました。そのうえ、前に着ていた服もそちらでクリーニングに出すとまで言ってくれて、さすがに私は断ったんですけど。
「貴方を甘やかしたいのよ」
って先輩に言われちゃって、ありがたくご厚意に甘えることにしました。
「そういえば」
私はふと気になって、
「今日私を誘ってくれた理由ってなんだったのですか?」
「あら」
先輩は意外そうに、
「幼馴染なのに、貴方を家に招くのに理由が要るのかしら?」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさい」
や、やっちゃった。罪悪感と混乱に私が慌ててると、先輩はくすりと笑って、
「冗談よ」
って。
「せ、先輩そのからかい文句は酷いよぉ」
「ごめんなさい、ついあなたのいぢめてオーラにあてられてしまって」
先輩は、私をいい子いい子ってあやしながらいいました。
「今日はハロウィンでしょう。今年はパーティは行わないけど、かわりにシェフがいつもより豪華にディナーを用意してしれるのよ。なのに、お父様もお母様も今日は用事でいないっていうから。シェフの面子も立てる意味で、よかったら紗瑠も振舞われてくれないかしらって思ったの」
「そう、だったんですか」
納得する私に、先輩はいいました。
「それで、付き合ってくれるかしら?」
「は、はい」
一応、お呼ばれした時に夕食を一緒することまでは聞いてて、すでにお母さんにも許可は取ってたから。
私はこの場でうなずきました。
先輩は改めて微笑み直し、
「よかったわ」
「えへへ、お夕食楽しみですね先輩。……あ、そうだ」
私はふと思い至って、
「えっと、先輩」
両手を差し出し、いいました。
「その……TRICK or TREAT」
ちょっと、ううんすっごく恥ずかしさを感じながら。
だって、ずっと苺ちゃんやシムーンちゃん相手だったから(逆にTRICKされるの知ってるから)言えなかったけど、今日は私にだってこの言葉を言う権利、あると思うんです。
すると先輩は、ちょっとだけ意地悪さんな顔で、
「あら、ならして貰おうかしら? 紗瑠のTRICK」
迷う様子もなく先輩はいいます。
「わ、わかりました」
私はいいました。
えへへ、実は先輩だけにできる、とっておきのTRICKがあるんです。
「先輩、目を閉じてください」
「え、ええ」
言われるままに目を閉じる先輩。
私は。
そんな先輩のお顔に近づいて、――そっと、唇を奪っちゃいました。
「!?」
咄嗟に先輩の目が開きます。
「しゃ、紗瑠……」
先輩は、すっごく動揺してて。
私は、同じくらい動揺して、そのうえすっごく顔を真っ赤にしながらいいました。
「いつも“特別な挨拶”は先輩からでしたから。きょ、今日は私からしちゃいました」
その日のディナーの味は、わかりませんでした。
2015/11/01/01:39掲載:
あとがきは後で再編集します。
1時間半ほど遅れちゃったけど、happy halloween!
2015/11/01/18:06(頃)追記
半日遅れでのあとがき更新になります、すみませんでした。
本当は次週(今日は日曜だから今週か)に更新する予定でしたけど、土曜がハロウィンだったことに当日それも夕食中に流してたテレビのニュースで気付きまして。
急いでおまけを書き上げて更新した次第です。
一応、おまけは記述通り本編と時間枠などの繋がりはなく、コ○コロとかにある別冊雑誌の外伝みたく本編的にはあってないような扱いになりますが、実は全く本編と関係ないといえばちょっと嘘になります。
というのも、今回のEP5の某シーンと併せて、「あ」と思わせる暗示を投下させて頂きました。
続けて、今回の話は前回伝えた通り、遊戯帝国で公開してない新規エピソードとなってます。
この話に取り掛かった原因は、いま現在取り掛かってる話を書くのに、今回のエピソードを掘り下げる必要があったから、という個人的な理由だったりします。
かつ、タイミング的にEP4の後に投下するのが不穏な空気(なってたら嬉しいです)を匂わせるのに最適かな、と。
では、今回はこれで失礼します。次回EP6は遊戯帝国時代のEP5に当る話……というのか、遊戯帝国時代の投下できた最後の回になると思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。