ドアを開ける。
そこに立っていたのはゾンビだった。
刹那。
そのゾンビからいらっとした雰囲気を感じた。
「おい、変なこと考えてんじゃねぇよ」
否。
そのゾンビは人間だった。
名前は比企谷八幡。
職業大学生、性別男性。身長体格、共にまあまあなくらい。外見はそこそこかっこいい―ただしその異様なまでの、ぼくを超えるくらいの目の腐り方をのぞけばだ。髪型は一般的なものだが、唯一特徴としてアホ毛がちょろっと生えている。
割と最近知り合ったばかりで、ここの住所を教えた覚えはない。けれどどうしてここを見つけられたか問い詰めても仕方ないので、ぼくは単純に「うっす」とあいさつをした。そして「何か用かい?」と続ける。
すると比企谷くんはため息をひとつついた。
そしてこちらを半笑いでみる。
ぼくはそんな比企谷くんの表情の気持ち悪さを一瞬気に掛けてしまった。比企谷くんはそのうちに、半笑いのままでぼくに近づいてきて、半笑いのままで拳を固め、半笑いのままでその拳に、超小型だけれど、しかし黒くて四角で重厚な、まるでスタンガンのような物体を握りこんだまま、ぼくの腹をなぐった。
どすん、と鈍い音が自分の鳩尾から響く。
ショックで気絶する直前、ぼくの目に映った比企谷くんは、いつもどおりの仏頂面だった。
―――――――
「ふぅ」
ため息をつき、ちょっとドアの前で休憩する。
京都に来て3ヶ月ほど。
俺は再び《こいつ》を持ち上げながらこれまでのことを思い返す。
高校の時、奉仕部としての活動をしながら俺はもうひとつある活動に関わっていた。というか奉仕部に入る前から俺はその活動に関わっていた。
まぁ、とにかく。その活動をしていた時、俺はあるひとつの大きなへまをした。その時のことは今でも覚えている。なぜなら俺はそのせいである大きな物を取られてしまったからだ。
それを取り戻そうと調べた結果、俺は京都で作戦を練ることにした。ただ、ある活動のことを隠し、京都に進学するとアイツらに言ったら、ついてきてしまったことは誤算だったが。
そして俺は今取られた物に関する情報を集めるため、またアイツらに活動に関することをごまかすため作った奉仕部の後釜的なものにきた依頼をしているところだ。
そんなことを考えている間に俺はアパートの駐車場についた。そしてすぐ目につく赤い人の元まで行く。
「で、こいつ連れてきましたけど?」
「ん、あぁ、ご苦労」
アパートから担いで来た荷物を下ろす。くそ、肩いてぇ。
俺は今回の依頼人である哀川さんの顔を見る。
まぁ、依頼人と言っても仕事を無理矢理手伝わされたといったといった感じなのだが。
「で、今回の仕事はなんなんです?」
「ん、澄百合学園からこいつをつれだしてくるって仕事だ」
と、ぴらっと投げられた写真を見る。
それは純粋な笑顔の少女が映っている写真だった。
「ま、俺には関係ないな」
「んあ、なんか言ったか?」
「んいや、何も言ってねえよ」
「んま、そゆことだ。いくぞ」
といって、俺の車に乗りに行く哀川さん。
俺はその後ろをとろとろとついていった。
―――――――
……あれ。
振動音らしきものに煩わされて目を開けると、そこは車の中だった。ちなみに普通の自家用車だ。
ぼくはどうもそれの後部座席に寝かされていたらしい。では振動音があるということは、運転手がいるということ。そんなうざったいくらい回りくどくは考えず、ぼくは運転席のほうを見た。
運転席には比企谷のすわっている様子が見えたが、助手席にもだれか座っている。それが誰だろうと考えるより前にその人が言葉を発してきた。
「ん?あ、いーたん、起きた?おはよー」
驚くべきことに助手席に座っていたのは哀川さんだった。意外なのは哀川さんがいるということではなく、哀川さんが自分で運転せずに自分はただ座っているという行為をしていることが、意外なのだ。
まあなぜそんなことを聞いても仕方がないので普通に「おはようございます」と応じる。
すると哀川さんは黙ってしまったので、ぼくは哀川さんに質問を投げ掛けることにした。
「えっと……ここ、どこですか」
起きてから目下不思議だったことを問う。
窓の外をながれていく景色は、どうも高速道路のものだから、にわかには現在位置がつかめない。少なくともほくのアパートじゃないことは確かだけれど。ん、いや。というかなんでぼく、哀川さんと比企谷とドライブなんかしているんだ?心当たりが全くないし、ぼくはこんな穏便ではないところにのこのこいくくらい間抜けてはなかったと思うんだが。
「いまいち、記憶が曖昧なんですけど」
「いやもー本っ当に大変だったよなあ!ヒッキー!」
「そうですねー。あんなことがあるなんて!っつか、ヒッキーって呼ぶな」
哀川さんと比企谷は珍しく仲良く二人して、まるで張り上げるような大声で、ぼくに顔を向ける。
「ん。ひょっとしてわすれてしまったのか?」
「仕方ないですよ。
「そうだな、ショックで記憶がなくなっても仕方ないな。
「あ、あれほどの事件、ですか?」
スタッカート標準装備の事件、しかも哀川さんと比企谷がいうレベルの事件。
ぼくはよっぽど恐ろしい事件に巻き込まれていたらしい。
「そうだ。とても一言じゃ語り尽くせない、猛烈な悲劇だった」
「俺たちがあと一歩遅れていたら、お前は死ぬどころか死体の欠片すら残らなかったかもしれない」
「そ、そんな……。そういえばさっきから腹部に疼痛があるのですが」
「そう、それが敵の攻撃の後遺症だ」
その言葉を皮切りに、哀川さんは事件のショックで記憶を失ってしまったぼくに、この三日間の間に一体何があったのか話してくれた。それはただの三日の物語だが、同時に戦闘と戦争の物語であり、悲劇と奇劇の物語であり、流血と肉片の物語であり、そしてなにより愛と涙の物語だった。その物語の最中、何度も命を落とし掛けたぼくを2人して助けてくれたらしい。
話し手が哀川さんでなければ、そして比企谷がよみがえった恐怖のせいか運転席でぷるぷる震えていなければ、ぼくはこんな荒唐無稽な話絶対に信じなかっただろう。
「そうだっんですか……、そんな惨事を忘れてしまうなんて、いくらぼくでもどうかしている。改めて御礼を言わせてもらいます」
「おいおい水くせーじゃねえか」
「んだよ、困ったときはお互い様だろ」
そして二人でこっちにサムズアップしてきた。
こんな格好いい人たち、そしていい人たちだったなんてぼくは知らなかった。比企谷はただの皮肉屋じゃ、哀川さんはただの自惚屋じゃないらしい。これはぼくの認識を改めないといけないようだ。
「いえいえ、親しき仲にも礼儀ありともいいますし、このご恩は必ず返させていただきますよ。一も二もなく四の五の言わずに三倍返し。二人だからさらに二倍して六倍返し、いらないといわれても、強引に否応なく返しますからね。なにか困ったことがあれば、是非このぼくにご用命ください」
「そうか。ああ……そうだな……そこで言われたら仕方ないな」
「お前の気持ちを踏みにじるわけにもいかないしな」
哀川さんは悩むような表情を、比企谷なんてこんどは感動からかぷるぷる震えている。そこまで感動しなくてもいいのに。
「そうだ、たまたまちょうどいい用事があったんだった。お前にしか頼めない用事なんだけど。引き受けてくれるかな?」
「もちろん、戯言遣いはあなたがたのために死にましょう」
すると、まえからよかったとホットする雰囲気が伝わってきた。そんなに慌てていた用事なのだろうか?
「実は今、その場所に向かっている最中でな。えーと。澄百合学園知ってるか?」
「そりゃま、名前くらいは知ってますけど」
「名前からどこまで知ってる?」
「えーっと……」
澄百合学園。
京都郊外にある、超をいくつ重ねてもたりないくらいの名門進学女子高にして上流階級専門学校。つまりぼくのような一般人では関わりようのない、向かうところ敵なしの教育機関。
「ふん、それだけか」
「ですね。澄百合に限らず学校ってのは排他主義の秘密主義ですから。今言った話だって玖渚のやつに聞いただけですし」
「なんで、玖渚友は知ってるんだ?確かにあの人も上流階級におられるけど」
急に口を挟んできた比企谷。
それに驚いたが、考えたらずっとしゃべらずに運転するのも辛いからだろう。……あれ?玖渚の話なんてぼくしたことあったっけ?
「あいつが興味あるのは制服の方だよ。あいつ、結構なブルセラっ娘だから、《うにー、澄百合の制服だけは手に入らないよー》って嘆いてた」
「へえん、あいつでも手に入らないものがあるんだ。救われる話だね」
「いえでも、まだ諦めてないみたいですよ」
「へえぇーん」
「で、澄百合がどうしたんですか?」
「あぁそうだ、お前に頼みたいことはその格好で学園の中入って、ある生徒を連れ出してきて欲しいってとこだ」
《その格好》といわれ、ぼくは自分が着用しているのが普段着じゃないことに気づいた。いや、というより、異常な格好をしているという方が正確だ。簡単にいえばぼくはセーラーカラーの上とプリーツスカートをはいていた。
「それ、澄百合学園の制服な」
「ぶふっ……、似合ってるぞ。お前華奢だからな」
「……これは何故」
「寝てる間に着替えさせた。あ、えーと返り血で汚れてたからそうせざるを得なかったんだ。決してその時点でお前を巻き込むことを目論んでいたわけじゃないぞ」
「いや、そんなことはおもってませんよ。でも、この格好19歳日本男児としては恥ずかしいものがあるんですけど」
「諦めろよ、女子校に侵入するんだから誰かがそれ着ないとダメだったんだよ。んで、哀川さんが着るわけにはいかなかったし、俺は論外。よってお前が着るってことになったんだ」
「いや、確かにそうだけど……」
大事な所を比企谷くんにうまくはぐらかされた気がするが協力できる所には協力しておくか。どうせ暇だし。
それからぼくは偽造学生証や学校内の地図、そして連れ出してくるある生徒ー紫木一姫というらしいーの顔写真を手渡された。
それを渡すと哀川さんは寝始め、比企谷くんは運転に戻った。というか比企谷くんは未成年なので車の運転はできないはずだが、まぁそれをいうならぼくもなのでいわないでおく。
ぼくは前部座席に向けていた視線を持っている写真に落とした。
そこには皮肉で笑うのでもなく無垢で笑うのでもなく傑作で笑うのでもなく、半笑いでもない、ただの純粋な笑顔があった。
ふむ、なんだか知らないけれど……
少しだけ、興味の湧く相をしている。
そう、この娘の雰囲気はー
「あるいは戯言抜きで楽しめるかもね」
ぼくは誰にも聞こえないようにそう呟いて、写真を胸のポケットにしまった。
難しい 難しいよね 難しい(難しい)
どうも真竹です。
今回はただ八幡を絡め始めただけですが次からは大分八幡が大きな役割になってきます。
この世界の八幡は大学生で色々な経験も増えた八幡です。
高校の時とは違う考えで動く八幡なので、もしかしたら〇〇の生存ルートもあるかもなんて。