真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜 作:霜焼雪
中納言朝忠
「準備はいい?」
「はい!」
「それじゃあ始めようか。今日の組み手」
百代たちが銑治郎宅で茶をもてなされている時、多馬川の上流では若者同士の模擬戦が行われようとしていた。それは、一子と慶の手合わせ。その手合わせの立会人は天衣。この実戦形式の修行は、最早一子の日課の修行の一環となってしまっていた。一子が毎日のように慶に組み手の申し込みに行き、慶はそれを断ることなく受け入れている。いつの間にかそれは互いの同意云々ではなく、顔を会わせればまず手合わせという流れが習慣付けられていた。
一子は若干迷惑をかけていると思いつつも、毎日慶の
しかし、慶は一子との手合わせを全く渋ってはいない。寧ろ好意的に一子の申し出を受け入れていた。慶の目的、慶が求める力を見つける慶の“力”を捨てるべきか否か、それを決めるためには、慶が求めるその力を持つ一子との手合わせが効果的であった。その求める力が本当に必要であるかどうか、それを見極めるために、一子との決闘が最も効率がよいと判断していたのだ。
それに加え、一子と共にいることで発生する慶の利益も別にあるのだが。
一子の“力”に当てられる度に慶の古傷が疼くが、ここ最近になって慶はそれを僅かだが抑えられるようになっていた。早速効果が出ていると、心の中で嬉々としている慶であった。
そんなことを慶が考えているとは露も知らず、一子は慶との修行が沢山できることに喜び意気揚々としていた。
「よし、それでは……始め!」
天衣から開始の合図がかけられた。
先手は一子、これは今までの手合わせで統一されていたことだった。何故なら、慶が手合わせ開始時から自発的に攻撃をしようとするまでには相当の時間がかかるからだ。乗り気でない、という訳ではないが、自分は防御主体であると明言していることは伊達ではなく、あまり獣のように攻撃的になることを好んでいないと、一子に予め伝えてあったのだ。
それを信じきっている一子は開始の合図と同時に慶に攻め込むようにしていた。
一子が信じきっている慶のそれは嘘ではないが、真実でもない。正確には、“今は”攻撃的になることを好んでいないのだ。慶が孤独に過ごしてきた二年という歳月は、慶の戦闘スタイルを抑え目にしてしまった。
二年前の、二年以上前の慶の戦闘スタイルを知っているものが今の慶を見れば、容姿を含めて別人だと言い切ることだろう。
「やぁ!!」
一子の握っている薙刀が地を這うような低さから、慶の顎を打ち上げるために跳ね上げられた。
慶はそれを完全に見切ってギリギリのところで回避し、一歩下がって薙刀の間合いから逃げ出した。慶にとって薙刀を使っての手合わせは、一子に限ってではなく、人生においても今回が始めてであった、そのため、慶はまずは回避に専念し、薙刀というものの使用方法などを解析していくことにした。
跳ね上げられた薙刀はその高さを維持して、一子は突進しながら薙刀を振り下ろした。慶もまたこれを紙一重で回避する。“薙”という漢字が武器に入っていることもあり、槍よりも“突く”という印象は薄れて感じ取っている慶であった。正確に言えば、槍との対処の違いを慶は感覚的に掴もうとしていた。
元来、槍というものは“突き”を基本とする中距離の武器。戦国時代に武士でない者を戦場に駆り出すのであれば、剣よりもまず槍を持たせていたという。将棋の歩兵のように安価な代わりの効く捨て駒、という意もあったのだろうが。
国一揆や一向一揆で蜂起した農民たちは槍を手に取り、たかが刀よりも間合いが広いという理由だけで武士を圧倒した。恐怖心を消し、がむしゃらに突いても相手は息絶える。
それ程強力な一転突破の武器、対処は極めてシンプルで、それでいて難度は高い。槍の回避に反復横飛びなどの回避はあってはならない。槍には突く以外にも、薙ぐ、絡める、叩く、払うといった動作も多々見られるため、前後の回避こそが槍に対する効果的な避け方だったと言える。
加えて、反復横飛びの際には必ず“静止”した時間が存在する。それも槍との距離は変わらないままでだ。槍を極めた者であれば、突いて払うという二段攻撃ができるという。横への回避は武士の死を意味した。
前後の回避、後ろに下がることこそが槍との戦いにおける基本動作であり、必須の動きであった。槍との距離を一定に保ち、
では、槍に対する攻撃とは? それは前後運動の前、突撃の姿勢である。
懐に潜り込めば持っている刀であろうが何であろうが、まず敵の首をかっ斬ることができる。それくらいか、そう思えるかもしれないが、襲い来る槍の切っ先を見極め、横移動は最小限にして、槍に向かって突撃することが、果たして簡単であろうか。
この戦法に必要不可欠なもの、それは動体視力でもなく、脚力腕力の類いでもない。それは確固たる意志、揺るがない勇気。槍の穂先を真っ直ぐに見据え、その鋭利な先端に敢えて突っ込む行動力。それらを備えてこそ槍を攻略できるのだ。
槍を相手にした際、自身が丸腰か刀のみを所持していた場合、相手を数段格上の相手と認識しろ、それが慶の師匠の教えであった。
しかし、ここで慶の状況を再確認する。相手は薙刀、長刀だ。“薙ぐ刀”、“長い刀”だ。つまりは“突く”以外にも“斬る”動作が含まれる。というよりも、斬る動作に特化した結果、振り回すことができるようになったのが薙刀であり、戦国の動乱においてそれが槍へと転換したのだ。女性の多くは戦国期に薙刀を使用したと言われるが、男の多かった武士は槍を扱っていたとされる。
斬る動作が含まれる以上、前後運動に拘泥していては薙刀を攻略することはできないだろう。慶は僅か一分でここまでの推測に辿り着いた。
ここから薙刀の攻略が始まる。
刀同様の上下からくる二連撃は脅威、基本動作がそれであるのだから困ったものである。蟹の鋏のように、獣の顎のように、挟むような攻撃こそがまず薙刀で叩き込まれることだという。
しかし、それは言い換えるならば、基本的な攻撃はほぼ直線的なものに限られるということだ。多少のブレは生じる可能性はあるが、連続して繰り出される場合は確実に一本の軌跡を描く。それが速ければ速い程に。
一子の今までの攻撃は確かに回避しやすいものだった。慶はそれを念頭に置きながら一子の動きに集中する。
「はぁッ!」
ようやく基本対処に至った慶に、基本から僅かに逸れた技が襲いかかった。薙刀を降り下ろす軌道が解りやすく曲がった。上段攻撃と見せ掛けた下段攻撃、そんな生易しいものではなかった。
一子の放った薙刀の切っ先がうねり、慶の脛と面の両方に同時に襲い掛かってきた。慶は咄嗟に片腕で頭を守ったが、実際に痛みが襲ってきたのは脛だけであった。
「うぐっ……!?」
慶は脛にダメージを受けながらも即座に距離を取った。分析を主としていたせいで得意のカウンターができなかったのだ。
「わお、びっくり」
「えへへ。奥義、牙を向く! 頭と足に同時攻撃と見せかけて本命は一本! ルー師範代との特訓で身につけました!」
「錯覚も織り混ぜれるのか、薙刀も応用範囲が広い武器なんだなぁ…………。よし、いいよ。おいで」
慶は一子の技を誉めながらも、心の中では機械的に薙刀を分析していた。槍よりも厄介なのは攻撃範囲が広いことであると慶は判断した。たったそれだけのことで、慶は薙刀に対する攻略を感覚で把握できた。
慶は一呼吸おいて頭の中を整理し、一子に攻撃するように手招きした。その余裕ぶりに、一子は何故か苛立ちを覚えなかった。それはやはり、慶という人物を一武人として尊敬しているからだろう。
「チェストぉ!!」
次の一子の攻撃は薙刀の長さを活かした斬撃ではなく、槍のように扱った高速の連続突きであった。高速と言っても、得物が大きいために速さはレイピアには遥かに及ばない。
それを見た慶の動きは全てを避けきる訳ではなく、一度目を横に避けてから薙刀を空虚な左腕の袖で巻き取った。
「うわっ!?」
「武器ばっかに頼っちゃダメだよ!」
袖で巻き取られた槍を引き戻そうにも固すぎてほどけずに一子は苦戦していた。そこで慶は、一子が再び槍を引き戻そうとした力に乗じて前に飛び、右肘を一子の腹部へ押し込み貯めていた気を撃ち込んだ。
「ぐうっ!! …………まだ、まだぁ!!」
一子は薙刀を使えないものと判断して切り捨て、慶の右腕を確りと掴んで高く跳び、慶のこめかみに向けて蹴りを放った。
慶はそれを体を逸らして何とか回避し、右腕から回転エネルギーを爆発させて一子の両手を弾き飛ばし拘束を解いた。
「はっははは、いいよ! もっと食らいついてみて!」
「はい!!」
一子の必死の攻撃、元気のいい返事は、慶の顔を清々しい笑顔に変えた。
一子は更に攻撃を続ける。回し蹴りの要領で慶の顎を狙うが、慶は右腕で一子の足を掴み、それを引き寄せながら一子の足を払った。勢いを止める足場がなくなった一子はそのまま回転して地面に転倒するが、直ぐに体を捻らせ慶の右腕を払い跳ね起きた。
体勢を整えた一子が見たものは、慶の左腕の袖がまるで喫茶店の天井にあるプロペラのように回っている奇妙な光景だった。
「いいもの見せてもらったお礼に、こっちも面白い技を見せてあげよう」
もう既に面白い、そんなこと思いながらも口には出さなかった一子は警戒心を強めた。
そこで慶が動いた。右肩を前に突き出しての突進、左袖を回しながらの奇妙な移動方法であった。その動きのまま慶は一子に手を伸ばせば届く距離まで近づいた。
その距離が縮まった途端、慶の左袖の回転が急激に加速した。濡れたタオルを思いっきり振り回すような速度、速すぎて袖が千切れてしまうのではないかと思わせるような光景に、一子は一瞬恐怖を覚えた。こんな奇妙な行動の後、何もないはずがないと警戒したのだ。
一子は咄嗟に両腕を使いガードを固めた。それは本能的に危険を察知して取った行動であり、それは正しい判断であった。
慶が右手の甲を一子のガードに軽く押し当てた。
「――――つあッ!!」
慶が吠えた。その外見に似つかわしくない、気高く荒々しい獅子のような咆哮。
その叫び声が発せられたのと同時に、まるで声の波動に弾かれたように一子が吹き飛ばされた。その弾き飛ばされ様もまた異様で、体勢は全く変化することなく全身が均一の力で押し出されたために、一子は転びもせず倒れもしなかった。
しかし、体の芯に衝撃波が伝わったように、一子の体がガクガクと急に震え出し、その振動と衝撃に耐えきれなかった一子は膝をついた。吹き飛ばされてから数秒後の異変だった。まるで三半規管を蹴り抜かれたような気持ちの悪さが一子を襲っていた。
慶は一子が耐え切れないことを予想していたのか、一子が倒れる直前に駆け寄った慶は一子を抱きかかえていた。まるで子供をあやす様に一子を包容している慶は、天衣も驚くような身の翻し様で優しく暖かい様子であった。
「うっ……かはっ…………。お、ああ……あ…………?」
「一分くらいで元に戻るよ。平衡感覚がなくなってちょっと気持ち悪いだろうけど、ちゃんと手加減してあるから」
「えげつないな……。今の技、一体何だ?」
地面から起き上がれずに苦しんでいる一子の背中をさすっている慶に天衣が問い掛けた。
「私の流派の攻撃技ですよ。体の中で練り上げた気を相手に撃ち込む、中国拳法では勁を撃ち込むというのかな……? その辺りの知識はあやふやではあるんですけど、私のこれは中国のそれに負けない自信がありますよ」
「お前の流派は防御主体なんだろう? それなのにそんな攻撃的な技があるのか?」
「あるんです。いや、この回転エネルギーが附随している気を撃ち込むことしかないんですよ」
慶はニッコリと笑い天衣と話しながらも一子を優しく手当てしていた。。
先程の鬼のような叫びに悪魔のような攻撃、そして今の看護士のように優しく怪我人を手厚く介抱している慶の姿に、天衣は不思議な気持ちに陥った。
「私は時々お前がどんな奴なのか解らないよ。性別だってはっきりと教えてくれやしない」
「天衣さんは私を女だと思うのなら、私は女ですよ」
「何だかなぁ。お前も難儀な奴だ」
◆◆◆◆◆◆
「あの、ソラさん」
「うん? どうしたんだい?」
一子の体力が回復した後、慶は一子の攻撃と動きの細かな指導を天衣と一緒に行った。天衣も一子も速さを得意とする所があり、川神院を除けばこれ以上ないくらいの環境で一子は修行ができた。
その修行が終わり、一息つこうと川を沿って散歩をしていた慶を一子は追いかけてきた。その呼称は“天野”ではなく“ソラ”になっていた。外で慶を呼ぶ際にこう呼ぶようにと、燕に要求したように一子にも頼んだのだ。
「まだ休憩してていいよ?」
「……その、聞きたいことが……」
「? 何だろうか?」
「……どうして、アタシにこんなにも修行をつけてくれるんですか?」
素朴且つ純粋な質問を真っ直ぐな瞳で与えられた慶は戸惑った。自分の利益になるからということもあるし、ただ単に一子を応援したいという気持ちもあったため、どうやって答えればいいかが解らなかったのだ。
仮にもし、応援したいという良い印象を与える返答をすると、それが何故かという疑問に繋がってしまう。かと言って、自分の利益を答えてしまったらそれこそ本末転倒、一子に嫌われてしまうかもしれない。
「うーん……。そうだね、一子ちゃんが好きだからってことにしておこうかな?」
「ふぇっ!?」
慶の最上級の笑顔で発せられた口説き言葉に、一子は解りやすく顔を茹でたように真っ赤にした。その口はパクパクと何度もはっきりとした言葉を出せずに動いていた。
「あはは、じゃあそういうことにしておいてよ」
「で、でででででも! ソラさんが男の人か解らないし!」
「一子ちゃんが私を男だと思ったのなら、私は男だよ」
いつものように笑いながら性別を誤魔化し、一子をからかって可愛がる慶であった。
◆◆◆◆◆◆
時は流れ夕刻、鉄心は多馬大橋の真下にいた。川面を眺めて時間の経過をあまり考えないようにしているところを見ると、人と待ち合わせをしているようだった。
鉄心が何度目か解らない溜め息をついて、水面から茜色に染まった空へと視線を変えた時、待ち人は土手を降りて鉄心の下へとやってきた。
「お待たせしました」
「うむ、五分前じゃ。相変わらず時間に余裕を持って動いておるのう」
鉄心が待っていたのは、忍ぶべき身であるのに堂々と待ち合わせを申し込んできた奇人、天野慶であった。一子との修行を終え、百代の監視に一子を抜擢し、鉄心との接触を図ろうとしていたのだ。
慶の表情は笑っているように見えたが、あくまで微笑みという範疇での笑みであり、決して明るく元気なイメージを擦り付けるような笑顔ではなかった。その微笑みの裏に隠された感情は、多くの修羅場を潜り抜けてきた鉄心にも読めなかった。
「して、何用じゃ天野よ。一子から手紙を預かった時は相当驚いたわい」
あはは、そう口に出して笑う慶であったが、反省の色は一切見られなかった。また何度もこういうことがあるのかと、鉄心は呆れて溜め息を吐いて自慢の髭をそっと撫でた。
「――――頼みごとがあるんです」
「頼み事、とは?」
「頼み事、というか、尋ね事です」
「ふむ、尋ね事」
「アイツらは、能天気に学園に来ているのか」
慶の表情が変わり、気配が一変した。笑いなど一切ない真剣な表情、慶の温和な印象など一切なくなるような冷え切った眼光、一回りどころか十回りは年の離れていそうな学生に対し、鉄心は不確かな恐怖を覚えてしまった。
そして、慶が言わんとしている“アイツら”に、鉄心は当然の如く心当たりがあった。慶がこのように口を汚くして“アイツら”と呼びつける人物を、鉄心は確信を持って知っていると言えた。慶の言うところの“アイツら”と、予想している人物たちが外れたら、鉄心は自害できるほどの自信があった。
それほどまでに、慶の殺意は明確であった。
「――――うむ、来ておる」
「何も変わらず、いつも通り?」
慶は無表情で鉄心に質問を投げ返す。鉄心はそれに動じないよう、心をしっかりと保ってそれに応える。
「――――うむ、変わらずじゃ」
「そうか。では、罪の意識は幾ばくもないと」
慶の質問は終わったが、鉄心にぶつけられる冷たく黒い殺意は収まっていなかった。それどころか、鉄心との問答を繰り返している間に、それは収まるところを知らず増幅してるようだった。一体これは誰の気の増幅なのか、目の前にいる鉄心ですら“天野慶”という人物に疑問を持ち始めてしまうほどだった。
「天野」
「――――よくものうのうと生きていけるものだな」
ゾクッと、鉄心は背中に走った鋭い悪寒に目を見開いてしまう。その目に映るのは、慶の体からじわじわと滲みだしてくる、漆黒の闘気。破壊を快楽とするような廃人が発する、邪悪な暴威。それを鉄心は知っている、確かにその気配を知っていた。
鉄心自身が日本の南から引き連れてきた、化物と忌み嫌われ両親からも捨てられた異端児、釈迦堂刑部。彼が川神院を破門される前に自身の体に宿していた禍々しい闘気と慶のそれが酷似していたのだ。それも色まで全く同じ、慶は落ちる寸前どころか、既に落ちていたのかもしれない。
二年前、慶を救えなかったことを今更になって激しく後悔する鉄心。今更だとは思いながらも、鉄心は心の中で謝罪するしかできなかった。
ただ、この時点で鉄心は勘違いをしている。
「――――ですが」
慶の闘気が急に膨張することを止め、次第に空気に溶け込むように消え入った。その後に残ったのは、いつも通り感情の読めない微笑みを浮かべている天野慶という一個人だった。鉄心もそれをはっきりと認識できた。何故いきなり元に戻ったのか、鉄心はそれを次のけいの台詞で理解することになる。
「私が人を殺めたら、華月は悲しむでしょうね……。それも大きな声で咽び泣いて、私は嫌われちゃいますね」
慶が暗黒面に陥りそうになっている原因は二年前の事件であったが、慶をつなぎ止めているのもまた二年前の事件であったのだ。慶は被害者であり加害者である。その奇妙な二面性が、慶の精神の天秤の釣り合いを取らせていた。
慶が暗黒面に落ちきっていないのは確かだが、片足を突っ込んでいるのもまた事実。慶は今非常に危うい状態に立たされていたのだ。
それでも、慶をつなぎとめようとする絆という鎖は多く存在する。慶を信じている鉄心やかつての同級生たち、慶が隠れるようになってからできた一子や燕との絆、慶の見方多く存在していた。
「実は今回の相談、さっきの答えを聞いた後、お礼参りに行こうと思っていたんです。総勢三十四名、全員半殺しにするつもりで。あ、首謀者は七割殺しで」
慶の微笑みが清々しい笑顔に変わる。決して、その内容と表情は一致しているとは言えない。傍から見れば狂人にしか見えない言動であった。
「けど、止めておきます。やはり私の復讐は、計画通りに行きましょう。学長、準備はどうですか?」
「……進んでおるわい。二ヵ年計画、というやつじゃからな。それをお主、いきなり現れて掻き乱しおって」
「我慢できなくて、つい」
「つい、じゃないわい…………。まあよい。九鬼との連携も進んでおる、華月の回復も順調じゃ。一週間以内には決着がつくじゃろう」
「楽しみにしています。アイツらに正しき裁きと鉄槌を、私たちの手で下しましょう。自分の教え子を罠に嵌めるのは気が進まないとは思いますが」
「正しき道に教えるために必要なことなら、ワシは喜んで奇策を弄そう」
その会話を最後として、鉄心と慶は別れた。
「一週間以内だからといって、二日三日と勘違いして生き急ぐなよ? ぼくの可愛い
その会話を一部始終眺めていた人外が、不敵な笑みを浮かべているとは知らずに。
孤独を味わうことで、人は自分に厳しく、他人に優しくなれる。
いずれにせよ、人格が磨かれる。
ニーチェ
◆◆◆◆◆◆
慶の口調が変わりました。特に二重人格というわけではありませんが、以前に書いたとおり、慶もまた業深き人間であります。裏と表を使い分けなければいけないと、慶が恨みを表層に表した時にこのようになります。その時、慶は釈迦堂さんに近くなるようです。鉄心が戦慄するほどです。あれ、これってチート臭いのでしょうか……? それでも慶は一介の学生であります。百代と張り合える、と付けると異常ですが。
今回も和歌について、百人一首や万葉集などは有名なので、この歌を知っている方も多いかと思われます。知らないという方はグーグル先生に頼れば色々教えてくれるでしょう。慶の心情に近かったので引用させていただきました。一人でいれば、自分も誰も恨むことはないのに、ということですね。この二年間、慶は孤独であるが故に平穏を保てていたということを汲み取って頂ければこれ幸いでございます。
結論。和歌の説明ないとダメかもしれない。