真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――松より浪は越えじものぞと


紫の上


第十七帖 うらなくも思ひけるかな契りしを――――

 

 「ふっふ……ふーはー……ふっはっふっは」

 

 

 川神一子は言いつけを守る良い子である。修行が終わったあとの買出しに課された条件に文句一つ言わず、それを実行し続けるお利口さんであった。この忠実さは本人が元から兼ね備えている集中力と持続力に加えて、友人に躾という名目で調教され続けてきたが故の賜物であった。

 一子は独特な呼吸法を続けながら仲見世通りまでやってくる。その際に川神院の近くを通ったのだが、特に知り合いに会うこともなかったのを少し寂しく思ったが、今は修行中であると気を引き締めた。

 仲見世通りまで来たものの、一子は何を買えばいいのかと必死に考えながら歩いていた。

 

 

 ――――お茶を買うべきか、スポーツドリンクを買うべきか、ジュースを買うべきか、迷うわ……。

 

 

 一子の思考回路は三つの大きな選択肢を提示した。お茶という選択肢が浮かんだのは、最も無難であり特に否定される理由が見つからなかったからだ。慶がお菓子を用意しているということは、お茶はまず外さない安全な選択といえよう。

 しかし、修行後ということを加味すれば、スポーツドリンクという選択肢も忘れる訳にはいかなかった。大量の発汗と失われたエネルギーの補給を考えるのであれば、スポーツドリンクは自販機の中で最良の選択と言えよう。

 最後にジュース。もしお菓子というのがケーキやシュークリームといった洋菓子であった場合、紅茶などの方がいいと思われるかもしれない。

 一子は必死に考える。こんな時、誰かと相談できたらなぁと一子は考えた。

 

 

「あれ? ワン子じゃん」

 

 

 そんな時、一子の聞きなれた声が背後から聞こえた。そこには、衿巾(えりはば)に“老舗小笠原”、“川神院”と刺繍された法被を身に纏った茶髪の女性が手を振っていた。

 一子が改めて景色を確認すると、そこは仲見世通りの中で級友の実家が経営している和菓子屋の前だった。色々と考えながら歩いていたせいか、変わりゆく景色が頭の中に入ってこなかったようだ。

 

 

「チカリン! グッタイミン!」

「何々? 困り事?」

 

 

 小笠原千花。川神学園で一子と同じクラスで学園生活を送る女子学生だ。一子たち武士娘と比べれば戦闘力は低く、お洒落に噂好きと一般女子学生に近い人物である。

 実家は仲見世通りでも有名な和菓子屋で、九鬼家の長女である九鬼揚羽にも味を認められている老舗であった。和菓子のみならず、赤飯や海苔巻きも揃えているあたり、様々な客層のニーズに答えられるようにしているのだろう。

 今日は休日なので、千花は和菓子屋の制服である法被を羽織っている。その着こなしもまた様になっており、休日や休み限定ではあるが、しっかりと看板娘として頑張っている辺りは真面目な少女である。

 

 

「実はね、お遣いを頼まれたんだけど、何を買えばいいか分からなくて……」

「? 川神院のお遣いじゃないの?」

「えーっとね、ちょっと大きな声じゃ言えないんだけど、最近川神に戻ってきた人で、アタシに稽古つけてくれてるの! その人がこれで飲み物とお菓子買っていいよって!」

「うわっ、新渡戸! 今日一日で二回も拝むことになるなんて……。ん? 最近川神に……?」

 

 

 何かを思い出したように頭を捻る千花。あれでもないし、これでもないと逡巡する。その様子を見ている一子は疑問符を頭に浮かべている。そんなに難しいことを聞いてしまったのかと若干焦ってしまったが、それはお門違いというものである。

 そこで、何か閃いたように千花が顔を上げた。

 

 

「ねぇ、ひょっとしてその人……片腕がない?」

「えっ!?」

「ビンゴ! いやー、世間は狭いわー」

 

 

 世間は広いようで狭い、イッツ・ア・スモールワールドという言葉が如何に的を得ているかを思い知らされたのか、千花は一人でうんうんと頷いて何かを納得していた。

 

 

「人に話すなって言っておきながら自分で知り合い作っていくんだから、ほとほと呆れてたのよ。ワン子にまで手を出してるんだから……」

「チカリン、ソラさんのこと知ってるの?」

「知ってるも何も。あの人、何年も前からウチの常連さんだもん」

「え?」

 

 

 一子は開いた口が塞がらなかった。あれだけ変装に拘って――どう足掻いても一子には匂いでばれた――、名前を出されることも好ましく思っていなかった世捨て人が、こんな人が集まる観光名所である仲見世通りに通っている新事実が発覚した。

 

 

 ――――どうして人気の多いところに行きたがるのかしら……。

 

 

 一子は呆れて溜め息を吐いて、遠い目をしながら笑うしかなかった。

 

 

「昔からの付き合いだけど、ここ一年……二年くらい? 全然顔を出してくれなかったから、県外の学校に進学したんだと思ってたら、髪の毛真っ白にしてひょっこり戻ってきたわね。それも開店直後の朝早く。結構多めの和菓子買っていったけど……一人分なんて量じゃないわね」

「チカリンナイス! この際もうあの人が見つかってもいいって思えてしまうくらいチカリンはいい働きをしたわ!」

「え? アタシ何かした?」

「これ以上ないってくらい!」

 

 

 流石チカリン! そう褒められながらサムズアップされてしまうと、特に何もしていないのに胸を張れてしまうくらい喜ばしくなった千花であった。

 慶が用意しているお菓子というのが和菓子だと判明し、一子は数ある選択肢の中から緑茶を選択することができた。それだけ買って帰ればよかったのだが、やはりお金が多く余ってしまう。

 

 

 ――――今思えば、五千円って大金よね。

 

 

 多くは渡さないと言いながら、迷わず五千円札を取り出した慶の金銭感覚を疑いながら、一子は残った四千円以上の残金の使い道を考える。そこで、千花に慶が何を買ったかを尋ねてみた。

 

 

「あの人なら……えーっと、蕎麦饅頭と柚子饅頭と薯蕷(じょうよ)饅頭を買っていったわ」

「これと、これと、これ?」

「それを二個ずつね」

 

 

 一子はショーケースに入っている和菓子の中から三つの和菓子を指差した。手作りとは思えない均等なサイズを見ると、職人の腕が如何に素晴らしいかが窺える。それを見た一子は目を凝らしその違いを見比べ、一つの結論を出した。

 

 

「……ゴメン、色以外一緒に見えるわ」

「製法殆ど一緒だからね」

 

 

 一子は千花に頭を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。蕎麦饅頭も柚子饅頭も薯蕷饅頭も手のひらサイズで、この三種類の形の違いはほとんど見られなかった。更には、柚子饅頭と薯蕷饅頭の製法の違いを聞かれれば、柚子が入っているかいないかという回答でほぼ正解なのだ。

 一子が色以外見分けがつかないと言うのも強ち間違っていなかったため、千花は正直に誤った一子を微笑ましく思った。

 

 

「じゃあ、久寿餅でも……? あれ、ない」

「あー、ゴメン。今日の分完売しちゃって……」

 

 

 ショーケースをよく見ると、品物の数が普段より少ないように見られた。内いくつかの商品は完売しているようで、残念ながら饅頭ばかりが多く残っていた。

 

 

「実はさ、九鬼財閥の揚羽さんところから多く注文が来て……。今日手が回ってないんだよね」

「そうなの?」

「ようやく落ち着いてきたところ。足りない分必死に補ってたけど、今日はこれが限界ね」

 

 

 両手を顔の横に並べてお手上げと体で示した千花。一子は何か買おうと思ったが、目当ての久寿餅がないので少し肩を落としていた。

 それを見兼ねたのか、千花は「ちょっと待ってて」と言って店の中に戻っていった。暫く待っていると、千花は小さな手のひらサイズの巾着袋を持ってきて、それを一子に渡した。

 

 

「本当は真与にお礼であげようと思ってたんだけど、今日の夜また作るから……これ、あの人とのお知り合いってことでサービス」

 

 

 一子は首を傾げて中を覗いてみると、そこには光を反射してキラキラと輝く宝石のような飴が沢山入っていた。それを見た一子の目もまたキラキラと輝いているように見えた。

 

 

「え、いいの?」

「うん。正直この状態のお店で満足してもらえるとは思ってないし、これで少しでも緩和されたらなって」

「そんなことないわ! ありがとう!」

 

 

 一子にもし尻尾が生えていたならば、間違いなく千切れんばかりにフリフリと振っていた頃だろう。それをみて千花も心が温かくなり、非常に満足気であった。

 

 

「どういたしまして。あの美人さんにもよろしくね?」

「美人さん……? ソラさんって女性なの?」

「え!? あれで男なの!?」

「い、いや、アタシも分からないんだけど……」

「しまった、完全に盲点だった……! 何で女って決めつけちゃったかな!? あれ男だったらチョーイケメンじゃん!」

 

 

 両手で頭を掴みながら首をブンブン振り回し、いい男を逃したと悔やんでいる千花。そう言えばアタシも全然知らないなと、一子は秘密主義の慶に少し寂しさを覚えた。

 いつか話してくれると嬉しいなと思ったが、もし女だったらと思うと、少しだけ複雑な気分になった一子であった。

 

 

「分かったら教えてね? 特に男だったらすぐに!」

「う、うん。分かったわ。それじゃあねチカリン。ありがとう!」

 

 

 そういって千花と一子は別れた。一子の腕には久寿餅も饅頭もなかったが、代わりに友人からもらった巾着が、お宝のように大事に抱えられていた。

 次はお茶を買おうと、一子は自動販売機を探す。できれば和菓子向けの緑茶を探しているのだが、中々緑茶に巡り会えず東奔西走。遂には仲見世通りを超え、駅前まで来てしまった。いつも移動や集合場所として使っている川神駅ではなく、川神院最寄りの川神大師えきであるが、やはり観光名所付近ともあって人も多く賑わっていた。

 しかしそこで、明らかに異質な露店が立っていた。

 

 

「“絶賛布教中・四国の名産店”……?」

 

 

 一子は視界に入った幟旗に書かれている文句を口に出していた。意外と繁盛しているようで、買っていく客も多く、ただの冷やかしという訳でもなさそうだった。これが商法のサクラなのかを判断できない――元よりあまりサクラというものがよく分かっていないのだが――が、一子はその店に近づいていった。普通の祭りに出ている露店の二倍ほどの敷地を利用した大きな店で、置いてある商品も豊富だった。

 そこで働いているのは三人。一人は会計、一人は包装、もう一人は商品紹介の接客であった。その三人に加え、現在先頭に並んでいる二人の人物を含めた五人に、一子は見覚えがあった。

 

 

「すいません。予約していた椎名ですけど」

「どうも、また来ちゃいました」

「お、これはクマちゃんご贔屓に。椎名は久しぶりだな。どうだった、みまからの味わいは?」

「なかなか、輸入品でないのにこの辛さは評価が高い。赤唐辛子ばかりだったから、この青唐辛子がクセに……」

「実はな、それよりも辛い商品を今日は持ってきたんだ」

「っ!? く、詳しく聞かせてもらいたい」

「僕は普通のみまからで満足だね」

 

 

 筋肉質で上半身裸の色黒の男に青い髪の少女が詰め寄っていたところに、一子が声をかける。

 

 

「何やってるの? 京にクマちゃん」

「あれ、ワン子?」

「川神さんも匂いに釣られたかな?」

「む、お前は確か島を倒した……」

「天神館の、長宗我部くんよね? これなに?」

 

 

 客側としてきていたのは二人、一人は一子とは幼馴染でもあり級友でもある椎名京。もう一人も一子の旧友。食に関しては川神学園で、いや、川神市内で一番のスペシャリストと言っても過言でない食通、熊谷満だった。

 そして接客に精を出していたのは、天神館の西方十勇士とも名高い生徒。以前行われた川神学園と天神館の生徒間の戦である東西交流戦で、盛り上がりの一役買った――名勝負を繰り広げたのではなく、火達磨になって打ち上げられ海に落とされた笑いどころであるが――長宗我部宗男であった。

 

 

「見ての通り物産展だ。四国の良さを広めるため、ちょくちょくここと川神駅に店を開いていてな」

「電車代も馬鹿にならないのに」

「スポンサーがいるから問題はない。売れ行きもいいしな。それよりどうだ、お前もちょっと見ていけ」

 

 

 そう言われて一子も並べられている名産物に目をやった。正直なところ、一子は“物産展”という言葉に非常に弱い。試食はできるし新しい食の発見もある。そこは満と来ている理由が一緒である。

 

 

「おい長宗我部、もっとしっかり客を捌け。混み合ってきた」

「しっかり頼むでー。しっかし、客寄せ麗しの美少女として来とるはずやのに、何でウチはレジ打ちなんや」

 

 

 そこで残り二人の従業員、と言うか、天神館の二人の生徒が根を上げてしまいそうで文句を垂れていた。

 

 

「うわ、あの二人も十勇士……」

「利益の一割献上、加えてただで関東に行けるという餌にかかった二人だ。鉢屋は正式に頼んだんだが、それを聞きつけた宇喜多は自主的に申し込んできた」

 

 

 素早い手先で商品を袋詰めしているのは、忍者として名を広げようとしている鉢屋壱助。その素早さもだが、一つ一つ丁寧に包装する技術は学生とは思えなかった。

 会計係を務めているのは、十勇士の中でも守銭奴として扱われている宇喜多秀美。会計をほとんど頭の中で済ませているため、レジにおける代金の受け渡しは非常に円滑であった。

 そこらのスーパーの二人体制のレジよりも素早く、それでいて丁寧な作業。見る人が見れば、熟練の腕だと絶賛することだろう。

 

 

「結果論だが、あいつらに任せて正解だったな。クレームも全くと言っていいほどないし、ミスはゼロときた」

「それより、例の辛味調味料を」

「おお、スマン。これが、みまからⅡだ。もしこれを完食できたのならば、次なるステップを用意しておこう。まあ、そう易易と突破できると思わないことだ」

「挑戦状? 私が満足できる辛さかな?」

 

 

 京は宗男から瓶詰めにされた調味料と挑発を受け取り、滅多に他人に心を開こうとしない京が笑顔を浮かべていた。笑顔といっても、家族や恋人に見せるような明るいものではなく、何かを含んだような不敵な笑みだった。

 

 

「僕は何事も、ほどほどがいいと思うな。あ、長宗我部さん」

「おう、熊ちゃんには四国の良さを伝えてもらってるから安くしよう。約束のすだちだ」

「ありがとう。やっぱりすだちは徳島だよね」

 

 

 一子が見ている内に、京と満の二人は買うものを決めてしまったようだ。そこで長宗我部が気を利かせてくれたのか、一子に話しかける。

 

 

「何がいい?」

「あ、緑茶に合う和菓子が欲しいと思って……。あ、饅頭以外で!」

「ほう、和菓子か。それなら……今日が初お披露目、まるごと愛媛特産のみかんが入った大福だ。その名も、まるごとみかん大福。饅頭に近いが味わいも食感も違うし問題ないだろう。食べてみるか?」

「食べる!」

 

 

 一子の元気のいい返事に長宗我部は大らかに笑い、大福を四分の一にカットして爪楊枝にさして数子に手渡した。切れ目から見えるみかんが大きなインパクトを与える。

 

 

「いちご大福みたい」

「ぶっちゃけ、中身が違うだけで製法は変わらないからな」

「いただきます! ……まぐまぐ…………美味しい!」

「ぬははは! そうだろうそうだろう! ついこの間テレビにとりあげられた、ある意味新鮮な和菓子よ! もっとも、この商品自体は冷凍なのだが」

「甘いわ……このみかん甘々よ! これにするわ!」

「気に入ってもらえてようで何よりだ。六個入りからだがいいか?」

「えーっと…………三で割れるわね。問題ないわ!」

 

 

 一子は結局未だに崩せていない旧五千円札を長宗我部に手渡した。

 

 

「ぬおっ、新渡戸……。あのつまみ爺さんは伊藤博文を渡してくるし、最近は旧札ブームなのか?」

「キューサツ?」

「こちらの話だ。おい宇喜多、勘定だ」

「まいどー!!」

 

 

 そのまま流されるようにレジまで移動した一子は、袋詰めをしていた壱助と目があった。以前一子が会った時、壱助はニット帽の上からフード、加えてマフラーを鼻まで巻きつけ目しか見せていなかったため、素顔を晒している壱助は一子にとって新鮮だった。

 そんなことを考えながら壱助をボーッと見つめていると、壱助が先に口を開いた。

 

 

「こちら何時間かかるご予定で?」

「え? えーっと、三十分もかからないかな?」

「ではドライアイスは不要に到す」

 

 

 同い年の学生に、しかも少し前まで敵であった壱助に、妙に業務的な会話を振られたことに違和感を感じたのか、一子は顔をヒクヒクと引きつらせていた。

 

 

「鉢屋の広告もご一緒させていただく」

 

 

 レジに運ばれる前に袋詰めが一瞬で終わり、ついでに壱助が自身を売り込むためのチラシを同封させていた。段々忍者というものの概念が崩れていく一子であった。

 壱助の袋詰めが一瞬で終わり、宗男から受け取った代金を預かった秀美が会計を始めた。

 

 

「はいこちら二千七百円、五千円お預かりや! ってうお! 新渡戸やんこれ! なあなあ長宗我部! これってあとでウチの樋口と変えてくれへん?」

「いいから早くレジ回せ! 混んでるんだから」

「言ったからな、約束取り付けたからな? あ、こちらお返しが二千三百円」

「あ、ありがと……」

「また来てやー!」

 

 

 若干西方十勇士の勢い、と言うか、学生とは思えない奇人ぶりに圧倒されつつも、一子は露店の人ごみから脱出できた。そこで一子は、自動販売機の前で本を読んでいた京を見つけた。一子は京に話しかけようと小走りで近づいていった。

 一子を待っていたのだろう、京は一子を確認するとすぐに本を閉じ、一子がこちらに寄ってくるのを待っていた。

 

 

「京とこんなところで会うなんてね」

「ワン子はこれからどうするの?」

「アタシは……そこの自販機で緑茶を買っていくわ!」

 

 

 一子はビシッ! っと京の背後にある自動販売機を指差した。そこには探し求めていた緑茶のペットボトル。一子は先程のお釣りである千円札を挿入し、緑茶を買っては取り出し、買っては取り出しを繰り返し、計五本の緑茶のペットボトルを購入し、あることに気づく。

 

 

「はっ……どう運ぼう」

 

 

 よくよく考えてみると、五本のペットボトルに加え、大福に巾着袋と持つ者は多かった。抱えて持っていくのもいいが、もし一度落としたら大変なことになる。ペットボトルはまだしも、折角の飴や大福が地面に落ちてしまうのは避けたかった。

 一子があわあわと口に出しながら慌てているのを見かねたのか、京は溜め息を吐いて先程も買ったばかりの瓶詰め調味料を取り出し、空っぽになった袋を一子に渡した。

 

 

「これあげる。私は手で持って行くから」

「いいの?」

「止めなかった私にも問題はあると思うので」

「ありがとう京! 今日はいろんな人にいいことしてもらえるいい日だわ!」

「今度同じことしたら見捨てるけどね」

「は、はい。すみません……」

 

 

 京はそのまま島津寮に帰り、買ったばかりの辛い調味料をすぐに試したいとのことでここで別れた。一子は両手に袋を携え、呼吸法を再開して河原に向かった。一子が再び仲見世通りを通り、川神院を通り過ぎようとした、その時だった。

 

 

 

 

 強大な気の膨れ上がりを感じ、周囲を見渡していると、多馬川の方角の上空へ、人が打ち上げられていた。

 

 

 

 

 その方角は間違いなく一子のスタート地点でありゴールでもある多馬川上流。しかもそこには、百代に見つかってはいけない慶がいる筈であった。まさか見つかった? そう考える一子を焦燥感が支配し始める。

 一子は呼吸法のことなど忘れ、全速力で多馬川の河原を目指した。もしこれが慶の悪戯で、呼吸法を忘れていないかのチェックだとしても、一子はそちらの方がよかった。百代に見つかってしまうよりはマシだと、本気でそう思っていた。

 

 

 ――――だって今日は、みんなが優しい、いい日だから!

 

 

 一子はそう信じて走り続け、多馬川の上流に到達した。

 

 

「何、してるの……? お姉様……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 燕の聞き覚えのある声、その声が聞こえた瞬間に、百代の握力が確かに弱まった。弱まったどころか、百代の気が抜けのか、燕は頭を解放されて地面に落とされる。

 頭を押さえ止血しながら、その声の主を確かめる。

 

 

 

 

 そこには、両手で持ってきたであろうお茶のペットボトルが沢山入った袋と、ちょっと高そうな和菓子が入っているであろう包と巾着が無残にも散らばっていた。そして、それを持ってきた張本人、川神一子が目を皿のようにしていた。

 

 

 

 

 木陰で血に染まって倒れている一子の修行の立会人である天衣。先程までなかった巨大なクレーター。その中央で泥塗れになって蹲っている見覚えのある女性。先程まで殺されん勢いで持ち上げられていた燕。そして、その現況と予測できる、一子の姉、川神百代。

 しかし、一子が最も気にかけていたのは、この場に一子が最も慕っていた心優しき人物、慶がその場にいないこと。これが嘘だと、夢だと信じたい状況。

 

 

「何、これ…………。ソラさん、天野さんは……?」

 

 

 ソラ、天野、この二つのワードを口にした一子。そこで百代の目が見開かれる。

 

 

「ワン子、お前まで慶に毒されて……」

 

 

 その一言に、一子はなんとなくこの惨状の原因を理解した。百代が慶を危険視していたことは前から知っていた。しかし、慶が百代と仲直りしたいことも知っていた。慶はこうなることを予測していたのだろう。慶と百代が一度出逢えば、話し合いなどなく、拳しか振るわれない争いになると。

 そして、慶はそれを望まなかった。平穏に事を済ませたかったと、一子の脳みそでも簡単に理解できる。

 それを放棄したのは、慶を一片も信じていない、目の前の武神。

 

 

「ワン子は、私の味方だよな?」

 

 

 百代は一子に問いかける。しかし、その目に普段の強い光はなかった。自分が正しいと思い込まなければ、精神が壊れてしまうように思えるほどに。

 しかし、一子は冷静にこの状況を見て、百代を正しいと言えなかった。

 

 

「お姉様は、一体何に拘っているの……?」

「何って、それは――――」

「お姉様、今やっていることは、味方とか敵とか関係ないわ」

「え――――」

「お姉様、“友達”を傷つけて、何にも思わないの? “仲間”を壊して、敵味方に拘っていられるの?」

 

 

 一子は良くも悪くも純粋だった。はっきりと間違っていると判断できてしまうのならば、それを一子は見過ごせなかった。義を重んじるドイツ人、クリスティアーネ・フリードリヒも、一子と同様に過ちを正そうとするに違いない。

 

 

「敵も味方も関係ない。友達とか他人とかも、この際関係ない。お姉様は話を聞かずに、ただ人を傷つけているだけ。そんなの、イケないことよ!」

「わ、ワン子……?」

「お姉様いつも言ってるじゃない! 暴力を使って人を傷つけるのは、相手が道に反した行為をした時だけだって! でも、今のお姉様は話を聞かずにただ倒しにかかる――――道に反してるのは、今のお姉様よ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――今日は、皆が、優しいはずだったのに――――

 

 

 

 

 

 

「お姉さまが、全てを、壊しちゃったのよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 一子が泣きながら百代を責めていた。その言葉を言い終わると同時に、一子は手で顔を覆い膝をつき、その場に泣き崩れてしまった。

 百代はそんな一子の姿を見て、自分の中にあった復讐の炎が鎮火し、徐々に体の熱が奪われていったのを感じ取った。

 

 

 体が冷え切った瞬間、自分がやってしまったことの愚かさに気づいた。

 

 

 自分を慕ってくれていた友や仲間を血塗れにし、下手をすれば命を落としかねない状況まで貶めていた。百代は冷めた体が更に凍えていくのを感じ取り、最も安否を確認できない梓の元へ駆け寄ろうとした。

 その時、百代の肩が掴まれ、クレーターの中に行くことを止められてしまった。

 

 

「……今、モモちゃんが行く資格はないよ」

 

 

 右目だけを開けている燕が、血を滴らせながら百代の進行を阻んだ。左目は目に血が入ってしまったのか、はたまた左目を開ける筋肉に傷を負ったのか、一向に左目だけ開く気配はなかった。

 

 

「今のモモちゃんがすべき事は、頭を冷やすこと。橘さんの介抱も梓ちゃんの回収も、一子ちゃんを宥めるのも、モモちゃんはやっちゃいけない」

「つ、燕……。わ、わた、私……!」

「ちょっと反省しなさい。私はこうなるって分かって請け負ったからいい。梓ちゃんもその覚悟だったけど、梓ちゃんは私を護って怪我をした。梓ちゃんは私が診る。モモちゃんは暫く考えるといいよ。自分がしたことを省みて、これからすべきことをね」

 

 

 そう言い残して、燕はクレーターの中へ飛び込んだ。そのあとを思わず追ってしまった百代だったが、クレーターの中には入らず様子だけ窺っていた。

 燕が梓を抱え上げるのを確認した百代は、梓の怪我の具合を確認しようと目を細めた。梓の上半身は殆ど傷がなかったが、右足があらぬ方向へ曲がっているのが見えてしまった。血が滴るような擦過傷も多く見られた。大きな火傷のような跡も見られた。梓の脚は重傷だと判断せざるを得なかった。

 未だに目を覚まさない天衣と、傷だらけの梓を見て、良心の呵責に苛まれる百代。

 

 

「私は……何てことを……!」

 

 

 百代は頭を掻き毟るように自分を責めた。何より、自分の感情が制御できずに仲間を傷つけたことを改めて実感し、自分の未熟さを思い知らされたのだ。

 今の私は、なんて愚かなことだろう、百代は何度も何度も後悔し、自分に対して怒りを覚えていった。友を傷つけ、仲間を壊し、妹を泣かせた。

 

 

 百代は重く伸し掛る自責の念に耐えられなくなり、意識を手放した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「どうだい。計画通りだろう? 不敵に笑えばいいじゃないか」

「…………ふざけるな。笑ってなんか、いられる訳ないだろうが!」

 

 

 場所は移り島津寮。畳が敷かれた和室には、浜などに生息している生物を買っていると思われる水槽や、“愛”という大きな文字があしらわれている兜が配置されていた。その和むべき空間に似つかわしくない、非常にピリピリとした空気が充満していた。

 部屋の主、直江大和は巫女姿の少年、朧に怒りを顕にしていた。朧は叱られようがいつもと変わらず、ただそれを聴き流すが如く涼しい顔をしていた。

 

 

「笑えばいいじゃないか。傲岸不遜に、大胆不敵に、厚顔無恥な政治家みたいに腹を抱えてのたうち回って笑い死ねばいいじゃないか。抱腹絶倒して窒息してしまえよ」

「……今回の作戦は、姉さんを来る日まで再起不能にする作戦だ。姉貴分を罠に嵌めて、どうして笑うことができるんだ……!」

 

 

 大和は今回の作戦が成功したことに、胸を抉られるような錯覚に陥っていた。頭を抱えて俯き、決して朧を見ようとはしなかった。

 大和がヤドカリの水槽の前で俯いて胡座をかいていたのに対し、朧は座布団を五枚重ねてその上に寝転んでいた。

 

 

「確かにキミはぼくの計画の末端に相応しいが、その後悔の仕方にぼくは若干の苛立ちを覚えるよ。今回の作戦にぼくは協力的だったはずだよ。何せ、あの場に川神鉄心やヒューム・ヘルシングと言った壁を越えた者を立ち入らせないようにしてやったのは、他でもないこのぼくなんだから」

「そうだ。これは俺の独断で、お前の目論見じゃなくて、九鬼の総意だ。利害一致だ、ミスなんか、一つもない」

「想定の範囲内の、最悪のケースで終わったがね」

 

 

 大和が自分に言い訳をするように弁明したが、朧はそんな言い訳をしっかりと受け取った上で、大和という個人の弱所を貫く。

 

 

「一子くんと百代くんの接触。これが一番危惧していたことだろう? しかも、一子が見たくない百代が、百代が見せたくない自分が世界を壊す深刻的終末(バッドエンド)。今回の被害は、橘天衣、松永燕、南浦梓の身体的損傷と、川神姉妹の精神的外傷。ぼくとしては死人が出なかっただけ良かったと思うよ」

「……姉さんが人を殺すわけ、ないだろう」

「歯切れが悪い、もっとしっかりと喋るといいよ。簡単に心が読まれるからね」

「何が言いたい」

「今回、下手をすれば誰かが死ぬと思っていただろう?」

 

 

 大和の身体がビクッと揺れた。瞳孔は開き切り、握りしめている拳が小刻みに震え、奥歯からはギリギリと噛み締める音も聞こえてきた。動揺をこうまで表面に表す人間だったかなと、朧は大和という個人の評価を改める。こいつは意外と人間臭い、そう朧は大和を慈愛の目で見つめていた。しかし、言葉は辛く苦しくなるものばかりを選択する。

 

 

「川神百代の内に眠る“狂戦士”。キミはそれを何度も耳と目から知識として刷り込まれていたはずだ。いつか人を傷つけることに躊躇しなくなる獣になると、キミは不安事項として心の片隅にいつも残しておいただろう?」

「そ、れは……」

「いい加減認めろよ。キミは川神百代を恐怖の対象として見なしていたんだ。その恐怖は死の恐怖。本能として“生きたい”と思う人間が誰しも抱える感情だ」

「………………」

「そのことに対し責める気はない。けどね、ぼくが人間のする行為であまり好きじゃないのが言い訳なんだ。それも“自分に対する言い訳”だ。ぼくは隠すことも公にすることも認めている。けど、現実から目を背けることは美徳とは言えない。隠すことも公にすることも汚点の自覚であるが、言い訳は汚点の否定である。汚点と向き合ってこそ、人間は“飛翔”できるんだ。宇佐美巨人は自分の強さを隠していたが、それは一種の戦略だ。他の自分の汚点は堂々と晒し、恥じながらもそれを受け止め汚く生きている。それが本来の人間のあるべき姿なんだ」

 

 

 朧が座布団の上から飛び降り、中指を突き立てて大和の顎に添え、くいっと大和の顔を正面に向けて向き合った。大和は至近距離で見開かれている朧の金目銀目(ヘテロクロミア)に吸い込まれそうになる。

 

 

「ぼくの価値観じゃない。これは天地開闢から今に至るまで生き続けてきたぼくの“統計”だ。絶対的な決定事項だ。だが、それを強要しようとは思わない。三者三様十人十色百人百様千差万別、だからこそ人間観察はやめられないんだから。おっと、話が逸れてしまったね。それじゃあ本題に戻ろう。直江大和くん。キミはこの計画を完遂させ堂々と笑いもしないが、その後、何を選ぶつもりだい?」

「何を、選ぶか?」

「選択肢は多いよ。例えば、今からここを飛び出して天野慶を探しに行くのもいい。松永燕と共に負傷者二人を介抱するのもいい。この後相談しに来る川神一子を慰めるのもいい。ああ、川神一子が相談を持ちかけるのは決定事項だから腹を決めておけよ? さて、何を選び、どんな未来を創るんだ?」

「…………なあ、朧。何で――――」

 

 

 

 

「「何で姉さんのことを真っ先に挙げなかったんだ?」、だろう?」

 

 

 

 

 次に紡ごうとしていた言葉すべてを奪われ、大和は言葉を詰まらせ黙り込んでしまう。せめてそれが正しいという意思だけでも伝えようと、大和は首を縦に降った。

 

 

「そんなの、キミの携帯電話を見れば選択肢として挙げるまでもないじゃないか」

 

 

 朧は苦笑いを浮かべながら携帯電話を指差した。その携帯電話は何度も何度も振動を繰り返し、震えていない時間の方が少ない位であった。普段から携帯電話を多く利用している大和であったが、先程から携帯電話の振動は間隔が異様に短すぎた。ライトも無駄にチカチカと点滅していた。

 画面には、着信件数も受信メール数も三桁を超えているのが見られた。画面に件数が表示されているのだから、当然大和はそれに手をつけていないことが分かる。

 

 

 

 

 

 

「キミは川神百代の味方になる選択肢を放棄したくせに」

 

 





 過去は、どんな強い人の手によっても決して戻ってはこない。

 セネカ

◆◆◆◆◆◆

 以前にじファン様で執筆させていただいた時、前二話と今回の話は一話にまとまっていました。それなのに、何を血迷ったのか三話構成に。長々と百代精神攻撃回、ありがとうございました。
 さて、まだまだ勢いづけていきます。まだ書きたいこと(心さんとマルさん)があるので全速力です。と、思った矢先に先日の大規模アクセス混雑……。文頭でありませんが謝罪させていただきます。更新遅れて申し訳ありませんでした。

 一体何人のヒロインが、草薙の剣を下半身に携える軍師によってア○ルキングダムに誘われたことか……。正直、そこを触られていないヒロインの方が少ないのでは……?
 そこで、軍師を誘惑するお尻について。理想値に近い原作キャラは一体誰なのか発表いたします。


 一位、源義経(誤差0.2センチ)


 総合一位の京を抜いて部門最優秀に輝きました。ええ、これはこれで素晴らしい結果と思われます。順当な人物が上位でした。上位から義経、京、天使、(羽黒)、梓(オリジナル)、小雪と続きます。天使は軍師が定期的に弄っていますので問題ないでしょう。小雪も下半身が自慢ですから順当でしょう。(羽黒インパクト再来)
 さてここで正ヒロインの公式お尻キャラをチェック。なんと由紀江が十三位という不甲斐ない結果、評価もAでした。同じ一年の伊予(七位)、紋様(十位)、小杉(十一位)に負け、一年では最下位です。
 もう一人公式お尻弄られ、お尻が叩かれるシーンが無駄に動いた不死川さんの順位なのですが……


 最下位(ただ一人マイナス10センチオーバー)でございます。


 その評価たるやD、最低評価でございます。何と言うことでしょう……あんなにいい音を立てて叩かれていた心さんのお尻が、そこまで理想とかけ離れていたなんて……


 小雪「心って、胸だけじゃなく全体的に貧相なんだー」
 心「高貴なる此方に向かって貧相とか言うなー!!」


 予告。林冲、ヒロイン降板の危機。
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