真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜 作:霜焼雪
朧月夜
「ご足労感謝するぞい、銑治郎殿」
「お止めくだされ。儂のような若輩者にそのような敬称なぞ。思い切り、使い走りの丁稚に呼びかけるよう、銑治郎と呼びつけてくだされ」
「それでよいならこちらとしてはそちらの方が呼びやすい。銑治郎、孫と生徒が世話になったようじゃのう」
「この程度、大したことではありませぬ。それに、百代と義経との決闘は儂の血を煮え立たせ、年甲斐もなく張り切ってしまい、寧ろこちらが感謝しているくらいであります」
川神院の最奥、総代である川神鉄心の自室に銑治郎は招かれていた。鉄心が銑治郎を招いた大きな建前としては、孫である百代との決闘における所感を述べ合うことを発端とし、互の親睦を深め合うといったものだった。親睦を深め合う、という提案は鉄心からではなく、銑治郎が前から願っていたことだった。以前百代が銑治郎の自宅に訪れた際、百代に確認を取らせていたことであった。
鉄心としてもそれは大歓迎であったが、鉄心の目的は他に複数存在した。
「それにしても、剣聖意外にもこのような剣技の使い手がおったとは驚きじゃわい。見たところ、“壁”を越えているようじゃしのう」
「……見ただけで、分かると?」
「伊達に川神院総代を名乗っとりゃせんわい。触ればもっと確実なんじゃがのう」
「ははあ、恐れ入りまする」
そう言いながらも、そうそう戦闘力を瞬時に判断できるものではないと、鉄心は心の中で自身の発言を否定していた。戦闘中や常時闘気が漏れている状態ならば、鉄心にとってその相手の力量を読み取ることは造作もない。しかし、今の銑治郎のような臨戦態勢に入っていない状態では読み取れることは難しい。鉄心に対しての敵対心が一切ないのだ。
では何故、鉄心が銑治郎の力量を推し量ることができたか。それは至極簡単なことである。鉄心にだけ読み取れる、人外の気配が銑治郎に混じっていたからだ。
鉄心はそれを決して言葉にも表情にも表すことなく、銑治郎との対談を続けていく。そこで、銑治郎が恐る恐るといった具合で鉄心に問いかける。
「ところで、剣聖に会ったことがあるように聞こえましたが……」
「うむ、何度か会ったことがあるわい。黛大成、何せ帯刀許可が出るほどの実力者じゃし。あやつの剣技はワシが知る限り、剣士で最も素早く鋭かった」
「やはり……。それではまだ届きそうにありませぬな」
鉄心が剣聖、黛大成についての記憶を呼び起こし話している最中に、銑治郎の表情に一瞬の翳りが現れたのを、鉄心は見逃さなかった。
「何か、剣聖に対して思うところがあるようじゃのう」
「……隠せませぬな、鉄心殿には」
銑治郎は諦めたように苦笑し、ゆっくりと深呼吸をした。次に紡がれるであろう言葉を、鉄心は一言も発する事無く待ち続ける。
「儂は一度、黛大成に大敗を期しております」
鉄心は何も言わない、いや、言えないのだ。銑治郎が必死に過去の辛い記憶を呼び起こして話している最中に、余計な言葉を発してそれを遮るなどは愚の骨頂であると、鉄心は一切の無礼なしに銑治郎の言葉に耳を傾けていた。その言葉一つ一つを噛み締めるように、鉄心は聞くことに徹していた。
「一度百代や由紀江には話し申したが、儂は本当に酷い負け方をした。それこそ、剣の道を諦めようかと心を砕いたほど。今の今まで握ってきた刀を突然奪われへし折られた様な、怒りよりも先に虚脱感が儂を襲ったことは今でもはっきりと思い出せてしまう。胸にぽっかりと穴があいたような虚しさに支配された儂は、完全に外界から逃げるために山へ。何か新しい道が開けると思って選んだその行為が、まさか再び儂を剣の道へ引き戻すとは思わなんだ。頭を空っぽにして真っ先にとった行動が、まさか素振りとは……。呆れたもので、儂にはやはり剣しかなかったようでして。それで二十年近く山に篭もり続け、今に至るのです。この、奇妙な力を手に入れて――――」
銑治郎が自分の右の掌を見つめた。その掌は何かに恐怖しているように小刻みに震えており、その痙攣のような震えは鉄心からも視認することができた。ここが挟みどころかと、鉄心は口を開いた。
「二年前、何かあったと聞く」
「ああ、そういえば百代には話していたか……。二年前、儂の体に異変が訪れた」
銑治郎は徐に浴衣の上半身をはだけさせ、鉄心に“異変”を晒す。それを見た鉄心は思わず目を見開いてしまう。
銑治郎の上半身にあった傷は異常だった。切り傷だとか銃創だとか縫い目だとか、そういった類のものではない。包帯から解かれた左肩にあった傷は、一度捻れてしまったものを治す際に、あえて一回転させてから治療するという、傷を悪化させたような跡。胸部にはスコップで思いっきり抉られた様な二度と塞がることのないであろう十字傷。そして決定的だったのは、背骨が異様に発達しすぎた結果に生じた布との擦り傷。背中には血が出なくなるほどに擦り切られた傷跡が十から二十は存在していた。
その光景に、鉄心は思わず吐き気を催してしまうほど。
「普通の武道家ならば、傷は恥ではなく誇りであると、積み重ねた己の道筋であると言う。剣士は背中の切傷については恥とされるが、他の傷ではとりたてて何も言われぬ。しかし、このような奇っ怪な傷はどうであろうか。まるで餓鬼に飽きるまで弄られ続けた玩具の末路ではないか……。そして何より、儂が一番恐れていることは、この傷の痛みや理由、その全てが儂の記憶にはないんじゃ……!」
銑治郎が顔を覆い、頭を掻き毟って震える体を止めようとする。憧れの武道家の一人である鉄心が目の前にいることすら忘れてしまうほどに、銑治郎は恐怖に塗れ我を忘れてしまう醜態を晒す。次第に瞳孔が開き切り、動悸も激しくなってきた。銑治郎は何かに操られている感覚を拭いきれていなかった。その得体の知れない何かを、銑治郎は理解しているようだった。
「儂の頭の中で囁く、あの声。幻聴や勘違いではなか。明らかに儂以外の意思を持った存在の実感。二年前、儂の体を捏ね繰り回した時から確かにあるこれは……」
「……もうよい」
「何よりも恐るべきは、その何かの正体を明らかにしたいと願いながら、“儂がそれをはっきりと理解している”という矛盾が存在する……! 本能で理解している故、理性はそれを求めない。心の奥底で理解していてもそれをはっきりと理解できない、この辻褄の合わない行為考察が、儂を苦しませる……!」
「もうよい! よさんか馬鹿者!!」
銑治郎の瞳がついに何も捕えなくなった瞬間、鉄心は覇気の籠った爆発のような叱責を入れた。その声という振動の波紋は鉄心を中心に球場に広がるのではなく、鉄心の前方に大砲のように圧縮され発射された。メガホンや拡声器といった物に頼らず、鉄心はまっすぐ遠くに貫くような爆音を銑治郎の体にぶつけた。その声は一本の銛となり銑治郎の胴体に打ち込まれ、銑治郎を心の深淵という深海から引き上げる命綱となった。その衝撃は体が爆ぜたようで、銑治郎をこちらに引き戻すには十分な威力だった。
銑治郎はハッと意識を取り戻す。その激しい衝撃は無防備だったとはいえ、壁を越えた者である銑治郎の体の内側ですら、大きな支障をきたしかねないダメージを齎した。三半規管は振り回されたように揺らぎ、腸は正しくあるべき位置を見失い、血液は飛びのき思わず来た道を逆走しそうになった。その身体の影響に銑治郎は思わず蹲るが、先ほどの銑治郎を襲っていた気味の悪い感覚、繰糸に節々と脳髄を縫い付けられ操作されていた感触は消え去っていた。
暫くして銑治郎の鼓膜が正しい働きを再開し、外で修行する修行僧たちの活気あふれる声や、意気揚々と土から姿を現した蝉の喧しい鳴き声が銑治郎の世界に戻ってきた。それと同時に、今まで感じる余裕を失っていた五感の全ての感覚を取り戻した。
それを確認した鉄心は安堵の息を漏らして銑治郎の肩に手を置き、その存在の不確かさが失われたことを実感してから銑治郎に声をかける。
「自信を持て、という訳ではないが、個を確立せよ。己を再認識せよと、ワシは苦言を呈そう。確かにその傷の原因や痛覚の記憶がないということは辛いであろう。じゃが、それを確認できないことに囚われるでない。数年前のことを思い出せないということは中年でもよくあることじゃ。ましてやワシら老い耄れがそう確かな記憶力を保持することは難しかろう。いっそのこと、仕方がないと割り切ってしまえ」
「し、しかし鉄心殿。そんな軽い考えで生きるなど……」
「軽く生きんでどうするんじゃ戯け。人生絞めっ放しでは早死にする。お主にはゆとりが足りん。山奥でのんびり暮らしておるようじゃが、それ以前に精神的に張り詰めた結果の考えすぎ、というやつじゃ。もう少し妥協というか、緩めどころを見つけよ。上っ面だけ緩んだような生活を送っていても、その深層意識までは緩めきれておれんことが最大の失態じゃ。自分のことに対して厳しくなりすぎじゃ。もっと楽に生きよ」
銑治郎がこれで納得しきるとは鉄心も思っていない。ほんの少し、僅かでもその苦しみを緩和できればと思い発した「楽を生きよ」という言葉。勿論、銑治郎の生活を聞くに、何不自由のない悠々自適な生活を謳歌していることは事実なのであろう。しかし、鉄心はもっと気楽に生きろと助言した。“人に頼れ”という意味を暗に伝えようとしていた。
その言葉をかけられた銑治郎は眉を顰めていた。楽にしようとして力が入る典型的パターンに陥っているのか、若干唸り声も聞こえてくる。
それを見かねた鉄心は更に言葉をかけようと頭をひねる。
「あー、なんじゃ。まずは何も考えないで一日を過ごしてみるといい。修行も抜きに何をするでもなく歩き回ってみるといい。一日くらい休んで休暇を与えてやれ」
「……はぁ。しかしですな、逆に何もしないというのは聊か抵抗が……」
「ふむ、では仕事を頼もう。これを優先し明日を過ごすといい」
「仕事……? それをせよと申せられるなら」
気楽に何も考えず休めと言いながら仕事を与えるとは、我ながら矛盾した行動をとっていると自身に呆れる鉄心。更に何の抵抗も見せずにそれに応じてしまう銑治郎にも溜め息が出てしまう。年上に従順すぎるのも考え物であるなと、銑治郎の性格に僅かな欠点を見つけた鉄心であった。
「人探しじゃ。ただ、自分から探し出そうとするでない」
「何とも、奇妙な案件で」
「こやつは忍ばないくせに、見つけようとすると何故か見つからない奇人でな。顔写真だけは渡しておくが、決して意識するな。記憶の片隅に留めておくだけでよい。それで明日を乗り切れ」
鉄心は懐から幾つか写真を取り出し、その内の二枚を銑治郎に手渡した。その他の女子の際どい写真は一体何なのか問い詰めたい銑治郎であったが、ここはグッと堪えて渡された写真を見る。
一枚は、真っ黒な髪の毛を肩まで届く長さを綺麗に整えた人物の写真。着ている服は川神学園の制服だが、正しく着ている義経や由紀江、男子制服と併用している百代や弁慶が身につけていたものとは違う。どこかで見たことのある他校の制服の上から川神学園の冬服を羽織り、下は男子同様の紺色のズボン。周囲に写っている学生が夏服を着用していることもあってか、一目見ただけで異質と思われる。
もう一枚は、さきほどの少女の髪の毛が真っ白になり、整えるという行為を放棄した結果の暴れ髪を携えた写真。来ている服はまたしても夏には合いそうもない真っ黒なTシャツと、腰に巻きつけた赤と黒のチェックのシャツ。見ているだけで汗が出そうな着込みっぷりであった。
この二枚の違いは、大きく見れば髪型と服装と分かりやすいが、銑治郎はそれ以外にも相違点を見つけていた。
それは、表情。前者は少々大人びて見えるものの、普通の学生らしく可愛らしい笑顔を振りまいていた。
しかし、後者は学生らしさを一切排除したものに見られた。何かを諦めたような、何かに捨てられたような、“自分に近い”と銑治郎に感じさせる危うさを秘めた憂い顔だった。
「ふむ、興味深い
「そやつなぁ、ワシも女子と思っとった」
「なんと、かような
「じゃろ? ワシもそう思っとった」
「…………? とどのつまり、どちらで?」
「ワシも分からん。何せこやつ、無戸籍者じゃし。就籍届を出そうとせんからのう」
「……出生届も就籍届も出しておらん者がこのような身近にいようとは」
銑治郎はその事実に驚き、その無戸籍者の写真を再び見つめる。
無戸籍者になる者は極めて珍しいが決して有り得ないという訳ではない。基本的には無戸籍者が保護された場合、両親の消息や身元が不明でも戸籍を作ることができる。しかし、希に無戸籍者になる条件を備えた者がいる。今回、鉄心が語るのは出生届を出せない状況下で二週間が過ぎ、戸籍を獲得するための就籍届を出さない事由である。
「本人に聞けばはぐらかされてしまうし、こやつ天涯孤独じゃしのう」
「無理矢理剥いだりしようとする輩、百代などはやりそうであるが……」
「それも無駄じゃろうな。あやつの生まれたままの姿というものは既になくなっておるからのう。これ以上追求してやるな。あやつの深く深く刻まれた傷を抉り返してしまう」
「承った。この、ええっと、名を何と言うのか」
「慶。天野慶じゃ」
「この天野とやらを、見かけたらご報告するということで」
「うむ、頼むぞ。“国宝の番人”」
国宝の番人。その単語に銑治郎の目が見開かれ、思わず刀を手に取りその場から飛び退き、刀をいつでも一息で抜けるような臨戦態勢を取っていた。
それを見た鉄心は非常に落ち着いたものだった。ここで鉄心を満たしていた感情は、ある人外と自分が体験した構図が再び現れたという懐旧の思い。以前の自分はこのように焦っているように見えたのかと、心の中で苦笑していた。
「慌てなくてもよい。別に言いふらそうとも思っとらんし、言いふらしたところでどうということもあるまい」
「――――いや、申し訳ない。つい条件反射で。その肩書きは大成に負けてから放棄したと思い込んでおりましたが、いやはやどうも捨てきれなかったようで」
銑治郎は鉄心に促されるまま再び自分が座っていた場所に座した。座るまでは従順であったが、刀を置くまでに数分もかかった。
「しかし、儂の家のことを知っておるとは」
「国宝の番人、大道寺。日本国で生まれた国宝を全て把握し、失われた国宝を採集するようにと、国家が秘密裏に任命した名家。ワシくらい長生きしとったらそれくらいは、のう」
「三大名家の阿呆共と九鬼には知られておっても嬉しくなかったが、鉄心殿に知られているというのは中々誇らしい」
「もっと自信を持たんかい。国宝の番人の名を継いだだけでも偉業じゃというのに」
「儂はもう引退しておりまする。今代で大道寺の分家にでも番人の役割は移行される次第。何せ儂には孫どころか愚息と呼べる者もおらぬもので」
銑治郎の表情が今にも消え入りそうな虚しさの漂うものになった。何かを思い出しているのだと、傍から見た鉄心でさえそれを読み取ることができた。その内容は恐らく、恋。それも叶わなかった、儚く散った失恋であると理解できてしまう。
「似合わぬことで夢想してしまうとは、情けない」
「若い若い、若いのう」
「む、弄らないでいただきたい。これでも悲しんでおるのです」
◆◆◆◆◆◆
銑治郎と暫く武に関することのみならず、近況や生徒たちの様子を談義すること小一時間。銑治郎は「そことなく、気を抜いてみるといたしましょう」と、まだまだ堅苦しい様子で川神院を後にした。残された鉄心は残った茶を全て飲み干し、修行僧に用意させた蕎麦饅頭を用意させて縁側で座っていた。
「これで三人目じゃよ。朧」
月見団子でも載せるような台座である三宝の上に、一つだけポツンと置かれた蕎麦饅頭が哀愁を誘う。
その饅頭から視線を外し、修行僧が修行に励む声を聞いて鉄心は目を閉じて沈思黙考する。
先程出会った大道寺銑治郎の傷跡や目を見て、銑治郎が己の苦しみを吐露するのを聞いて、鉄心は一つの確信を持った。
大道寺銑治郎は朧の玩具である、と。
鉄心が銑治郎を初めて見た時、鉄心の背中には嫌な汗がぶわっと吹き出ていた。その理由は至極簡単。銑治郎の目から、足から、背中から、決して見慣れたくのない気配がこれでもかと溢れ出ていたからだ。
朧は「自分の気配を強くしておいた」と言った。それを実感するのが今回で三回目とはいえ、その人外の威圧感は鉄心の精神面をゴリゴリと音を立てて削っていった。
ここで鉄心は三回の経験と、神出鬼没する朧との複数回の遭遇を加味して仮説を打ち立てていく。
一つ目の仮説は、朧が付与した才能というものは代償が大きいということ。
この仮説を裏付けるものが先程の銑治郎の告白に当たる。自分が強くなったという事実があって、そこに至るまでの経緯を知りたいという意識があって、その意識を無理矢理ねじ伏せる何らかの力が存在する。その強引さは人体から精神面へと幅広く影響を与え、結果、銑治郎のように苦しでしまう。鉄心はそう考えていた。
あそこまで悪趣味なことを朧がすると考えたくなかった鉄心だったが、目の前でああも不安定な状態を見せられてしまっては認めざるを得なかった。
二つ目の仮説は、その才能というものはじわじわと体に溶け込んでいくということ。
これは銑治郎のみならず、先に会った二人の玩具にも言えることだった。その二人は元学生であり、鉄心の教え子だった。
一人は南浦梓、その両脚から発せられる気配の密度は、三人の中でも群を抜いて異常だったと、鉄心は自信を持って言えた。
彼女の脚は元から才能の塊であったと鉄心は記憶していた。鉄心の記憶では、彼女は全力で走る百代と併走できたという記録を残していたとある。そんな才能に溢れた両脚に付けられた朧の才能は、段々と上半身にまで侵食していったのが見られた。これは銑治郎の最も気配の濃かった両目から伝わるように、背骨と足おぼろの気配に侵食されていったのと同様だった。
もう一人は天野慶、失われた左肩から形をなすように発せられる朧の気配は、三人の中で最も怪奇で別次元なものだった。
慶の才能は川上学園在籍時から鉄心が目をつけていたほどであった。その程度を測り示す際によく用いられた言葉が、“武神の鎮静剤”であった。精神面においても戦闘面においても、天野慶という存在は川神百代にとってとても大きなものだった。川神学園入学時から既に壁を越えていた実力者でありながら成長途中。そして何より、百代より圧倒的に精神的に勝っていたこと。以上の二点から見ても慶は百代にとって、そして川神院にとって欠かせない存在であったと言える。
そんな慶に授けられた“才能”、それは鉄心でも計り知れないのもだった。何故なら、朧の気配が最も濃く見られた部分は、既に慶の体からは喪失してしまっていたからだ。
「二年、か。長いようで短い期間じゃったな」
鉄心は二年前のことを回顧する。
『あはは、はは、学長ぉ…………。私、どうしよぉ……! やめだぐっ、ないよぉ……!!』
『必ず、華月だけでも救ってみせる。それが私の、贖罪なんです。私がどうなろうと、復讐は成し遂げる』
『ジジィ、何であの人が、こんな目に遭わなくちゃ、ならないんだ……? 教えてくれよ、理不尽すぎるだろ……?』
「二年、か」
反芻するように再び二年という言葉を口にした。この二年という歳月は、川神において平穏に過ぎていった訳ではない。二年前に起きた事件で人生が変わってしまった者たちが、ゆっくりと傷を修復していく治療期間であったのだ。
二年前、同級生を殺しかけるという罪を被せられたと明言する学生が行方不明となった――――二年後、学生は自分のことを省みずに復讐に心を染めた。
二年前、どう足掻いても学園生としての自分と家族を取り戻せなかった学生が退学した――――二年後、学生は残された家族と共に強く逞しく生きてきた。
二年前、目の前で
二年前、親友と信じてきた友人が狂人に一変した様を目撃しそれを撃退した学生がいた――――二年後、学生は被害者の回復を願って小まめに動いている。
二年前、人助けを生き甲斐としていた執事が死にかけていた人を助け昏睡状態に陥った――――そして二年後、彼はまだ眠ったままだった。
「いい加減起きぬと説教じゃぞ?」
鉄心はここにいない青年の顔を思いだし、思い立ったように立ち上がって外へ行く準備を始めた。簡単な貴重品を身に付けるだけの準備だったが、非常に悠然とした行動だった。
先に川神学園の花畑に向かうと、最近転入してきたばかりの文学少女が植物に水を上げていた。そこで鉄心は彼女と協力して見舞い用の花束を作り上げた。自分には何の関係もないはずの少女の真剣振りに、鉄心は心の中で感涙した。
鉄心が向かうは病院、勇気と覚悟はあるが起きる様子がない若者へ喝を入れに行った。
朧の描いた物語に必要な“彼”が起きるのは、もう少し先のお話――――
死は人生の終末ではない 生涯の完成である。
マルティン・ルター
◆◆◆◆◆◆
銑治郎、梓、慶が朧の用意した玩具であると明言いたしました。これで渕と朧の対談を加えると、六人のうち四人が確定いたしました。あと二人、その内一人は鉄心の知人ということで、近いうち登場するかもしれませんが、その前に銑治郎さんの日常と、渕の秘密について少し触れたいので二話は開きます。
ここでついでに告知ですが、暫くレポートに追われます。今回遅れてしまったのもそれが原因であります。次回更新は一週間後、ということにさせていただきます。今話も急ピッチで仕上げたので、いつも以上に拙い文章で支離滅裂やもしれません。次回と今回の件を合わせて謝罪いたします。申し訳ありませんでした。
さて、MNSコンテスト。切り替えていきましょう。
林冲さん、A‐4において、焔ちゃんと共にヒロイン昇格おめでとうございます。流石女性人気投票の激戦を制してトップ10に入っただけはあります。壁を越えている上に様々な萌え要素を兼ね備えている、発表直後から大人気だっただけはあります。
今回の順位、最下位ですけど。
最下位です。最下位一人だけです。総評価Cは他にもいますが、点数評価に変更すると10点(25点中)で、最下位です。因みにブービーは不死川さんちの心さんと板垣さんちの辰子さんです(11点)です。
なぜこのように人気の高いキャラが低いのか。京は人気も高く初期ヒロインで一番、対するSで爆発した新キャラ林冲は人気は高いが最下位。その違いとは。それはこのMNSコンテストのある一点が原因です。以前もお話しましたが、やはり身長が高いとこのMNSコンテストは不利になってしまうのです。
ただ、これを覆す公式の一言が。
“スレンダー”という、公式でグラマーではないと明言していました。
つまり、林冲さんはMNSコンテストで負けてしまうことは自明の理だったのです。長身スレンダーはMNSコンテストで最も不利な条件ですからね。
勿論、これはあくまでスタイルの美を競う戦い。スレンダー好みの人にとっては嬉しい情報でしょう。工○静香と細○ふみえのどちらが好きか、スレンダー体型とグラマー体型、どちらが好みかは人次第なのです。今一度、MNSコンテストの本質をと思い記述いたしました。
林冲「私はみんなの順位を守っただけ……ぐすっ」
予告。Fカップの三人組。
注意。今回のあとがきと四月馬鹿は一切関係ありません(友人に“中学時代の担任が倒れたと嘘の電話をいただきエイプリルフールと気づく逸民っぷり”)。