真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――下に流れて恋ひ渡るらむ


宗岳大頼


第十九帖 冬川の上は凍れる我なれや――――

 

 大道寺銑治郎の趣味は散歩である。

 かの有名な英雄の生まれ変わりとも言えるクローン、源義経に引き分けにまで持ち込んだ驚異的な剣士である彼も、剣を腰から外してしまえば七十を過ぎたただの老人。老後の楽しみとして将棋を、健康のための日課として散歩を。ごくごく平凡な趣味をほどよく習慣づけているありふれた老体であった。しかし、そのような事実は言われずとも本人が誰よりも理解していた。

 銑治郎は太陽よりも早く起床し、山道を歩いて山頂から日の出の陽光を体に浴びせることでようやく一日を始められる。その後は川神山の麓にひっそりと存在している隠れ家に戻って軽い朝食を済ませる。食事の内容は大体が山菜か山の小川で釣れる山女魚などの魚だった。時折、専属新聞配達係である南浦梓に梅屋の残り物の差し入れを受け取ることもあり、栄養バランスはそこらの学生よりもしっかりしていた。

 朝食を済ませると昼寝か将棋か散歩のどれかを行う。ここは銑治郎の気分次第だが、その後の鍛錬は必ず決まって昼食前の二時間である。朝食と似たような内容の朝食を済ませ、遠出の散歩に乗り出す。川神山を降り多馬川を沿って進み、川神院の門前を通って仲見世通りへ。その後金柳街を折り返し地点として帰宅する。この道筋を銑治郎はこよなく愛しており、かれこれこの散歩は十年以上続けていた。

 家に帰ると食料の調達をしに山へ。魚を採って山菜を毟り、とってきた食材を抱えながら庭の植物の水やりを済ませる。そして夕食の準備に取り掛かる。

 夕食後は軽い鍛錬で済ませる。日中に体を動かしたため夜は頭脳を鍛える。将棋を一人でさしながら思考力と閃きを磨き、文献を読みあさってイメージトレーニング。それが終わったら、食材と一緒に集めてきた木材を燃料として風呂を沸かして入浴。手作りの露天風呂と自然光しかない山ならではの風情が溢れる空間は、銑治郎にとっては最高の癒しの場だった。

 風呂から上がると牛乳を飲みながら軽くストレッチをし、日を跨ぐ前に布団へ潜り込んで就寝し一日を終える。実に平和で穏やかな一日を銑治郎は過ごし始めていた。こんな生活になったのも、銑治郎が自分の剣技に変化が見られた二年前からだった。銑治郎はどうして急に自分が強くなったのかは理解していないが、理解する必要がないと本能的に察しているのか、深く考えることはできなかった。

 そんな生活が銑治郎の体に染み付いてきたある日、午後の散歩の途中に多馬川の土手で寝こけている知り合いを発見した。

 

 

「何をしとるんじゃ弁慶」

「あたっ、んん……? ああ、おじいちゃん」

 

 

 銑治郎は袖に入れていた手を出し、呑気に土手で寝転んでいる少女の額をパシッと叩いて眠気を覚まさせてやった。額を抑えながら目を開けた少女の名は武蔵坊弁慶。銑治郎が引き分けに持ち込んだ義経の家臣である。勿論この少女もクローンであり、銑治郎とは知己の仲だった。

 

 

「こんなところで豪傑の英雄が昼寝なんぞしとるんじゃなか。いや、英雄云々以前に、うら若き乙女が無防備にしよって……」

「なぁに、無防備じゃあないさ。ほら」

 

 

銑治郎の説教を軽く受け流しながら、弁慶は自分が持っている錫杖を体で挟むようにしてみせた。

 

 

「これで下着はまず見られないよ? それに、私に危害を加えようとしているかどうかは寝ていても分かる」

「……ふむ、お主ならそれぐらい出来ても良さそうじゃな。しかし、やはり放置できんわい。どうじゃ弁慶、儂の家を提供しよう。そこでのんびりと昼寝なりなんなりすれば良か」

 

 

 銑治郎は譲歩の案を提示する交渉人のように弁慶に問いかけた。その提案は弁慶にとっては非常に魅力的なものだった。一度だけ銑治郎の隠れ家、川神山の麓の山荘に訪れた弁慶であったが、何度も行きたくなるような引力のようなものがあった。

 しかし、弁慶がそこに行こうとすると、主である義経に幾度となく引き止められてしまう。義経曰く、「あんなに聡明で剽悍(ひょうかん)な人物に迷惑をかけてはいけない」とのこと。弁慶はその命令に近いものがあったため、少しばかり躊躇いというものがあった。

 

 

「いやー、ちょっと主に注意されててね……」

「なんじゃ、そんなことか。それならば問題は無か。義経には儂から言うておこう。儂は人との触れ合いが近頃の楽しみでのう。義経も弁慶も由紀江も来てくれぬので退屈しておったし寂しくて敵わん。時折梓が来るがそれも結構間が空くのでな。どうじゃ、良ければ」

「うーん。折角のご招待とあっては行かないわけには行かないね」

 

 

 嫌々そうな弁慶の言い方ではあったが、どう聞いてもそれが建前であり、自分が行きたいという思いがダダ漏れであった。勿論、そうなると見越しての銑治郎の発言であったのだが。

 

 

「それでは行くかいの。今日は特に暇そうじゃが、他に予定はないのか? 義経はおらんようじゃし」

「義経闘争、私逃走」

「…………不忠勤な……。これならクラウディオ殿に差し出したほうがよかったか?」

「ごめんそれは勘弁して」

冗句(joke)じゃよ」

「……お茶目な言葉使うんだね、おじーちゃん」

「まだまだ現役で行きたいからのう」

 

 

 銑治郎と弁慶の間にどこからともなく笑い声が漏れた。その笑いは親愛の間から生じるものに近似していた。銑治郎と弁慶はただの知人という関係を超え、孫と祖父のような親しき仲になっていた。その関係は長く銑治郎が夢見たもので、銑治郎の心の内は非常に満たされていた。

 さあ行こうかと、銑治郎が弁慶に手を差し出して起き上がらせようとした。その手を掴んだ弁慶はそれを支えとして起き上がろうとしたが、そこで弁慶が思い出したように起き上がるのを途中でやめた。体制的には、弁慶が銑治郎の腕に捕まったまま宙ぶらりんになっている。

 

 

「おじーちゃん。あれも連れて行っていい?」

「……? まあ一人や二人構わんが」

 

 

 弁慶が銑治郎の腕を軸にぶらぶらとしながら少し離れたところにある木陰で寝ている青色の髪の毛の少女を指差した。その少女は、いや、少女と呼ぶには身体の発育が異常であった。遠目で見ただけだが、身長は一八〇センチ近く有り、スタイルも弁慶や武神である百代に負けず劣らず、それこそテレビに出ていてもおかしくないような体型であった。俗世間から一時期離れていた銑治郎でさえ、この女性は所謂“美少女”に位置すると思わせるほどだ。

 それに加え、弁慶は今その少女のことを「あれ」と言った。つまり、そこまで年の差がないと銑治郎は推測した。長幼の序を持論と掲げる彼は年上を、少なくとも五つや六つ離れた人物に対して「あれ」呼ばわりすることは考えられなかったのだ。

 しかし、銑治郎は知らないが、年の差どころか生まれた違いは半年ほどしかないという驚愕の事実があるが、それを知らされるのはもう少し後の話。

 その後、少女、板垣辰子が弁慶やとある少年と共に銑治郎の家に居座るようになったのも、またまた後の話。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「むにゃ……」

「ここに来るまで寝たままとは……。ある種の才能を感じるのう」

「気づいたら隣で寝てたとか、最近の河原じゃ日常茶飯事だよ」

 

 

 銑治郎の家がある川神山の麓に着くまで、弁慶は辰子を背負って、銑治郎は両手が不三がっている弁慶の錫杖を代わりに持っていた。

 家に着いて縁側まで来ると、弁慶は放り投げるように辰子を背中から引き剥がし、自身も縁側にドサッと倒れ込んでしまった。

 

 

「しんどくはないけど面倒だったね」

「うぅぅ、痛いよぉ……」

「おい、辰子が呻いておるが大丈夫か……?」

「大丈夫だよ、ほら」

「うーん、くかー…………」

「睡眠の才能……じゃな。かのアインシュタインも長眠者だったようじゃが、こやつは何か眠れる才能を持っておるのかのう……。そうは見えんが」

 

 

 銑治郎が後頭部を激しく打ち付けたにもかかわらず、少し痛そうにしただけで直ぐに睡眠に戻ってしまった辰子を見て呆れていた。しかし、それを聞いた弁慶が銑治郎に苦言を呈する。

 

 

「おじーちゃん、辰子を甘く見ないほうがいいよ。私だってただの力比べじゃ必ず勝てるとは言えないから」

「――――なんと、これは失礼なことを言ったようじゃな。弁慶との力比べができる女子(おなご)は武神くらいじゃと思っておったが、こんな身近にかような逸材が。小石しかないと思っておった河原に原石が転がっていようとは」

 

 

 銑治郎が両手を合わせて寝ている辰子に軽く頭を下げた。失礼だと思わせる態度をとったりい、無礼だと感じさせる言葉を発したり、自分に非があると認識した場合、銑治郎は例え年下であろうだ年上であろうが頭を下げて非を詫びる。それが大道寺という家で習った当たり前の行動なのだ。

 

 

「この体制から見るとさ、辰子のお尻を「ありがたや、眼福じゃ」って言ってるようにしか見え――――」

「黙っとれ阿呆」

 

 

 弁慶の揶揄するような言葉だったが、改めて辰子を視界に捉えた銑治郎が真っ先に目にしたのは辰子の見事に大きく発達した尻であった。その尻大きさたるや十台とは思えぬもの、色気なぞ感じる前に性欲が湧き上がってしまいそうな魅惑な脂肪の塊。豊満な胸に勝るとも劣らない魅力的な果実のようなヒップに対し、合掌して拝するのは確かに奇妙に映ると、自身を客観的に見て銑治郎は反省した。

 辰子が起きるのを待とうと思ったが、辰子からは一切起きる気配が感じられなかったので、銑治郎は立ち上がって茶の用意を始めた。それを見た弁慶は瞬時に「おつまみ!」と宣ったので、銑治郎は前々から用意してあった簡単な料理を出し、ついでに買ったばかりの肴も盆に乗せて縁側に戻ってきた。それと同時に、銑治郎は縁側に面する部屋の一角から将棋盤と駒、そして駒台を取り出した。

 

 

「将棋は指せるか?」

「人並み程度に強いよー」

「まあ、S組なる秀才揃いの学園生活らしいしの。そこそこはできるじゃろうと思っておったが勘が当たったわい」

「指すのはいいけどその前に、川神水とおつまみをチャージ……」

 

 

 将棋に駒を並べていた銑治郎が顔を上げて弁慶を見ると、弁慶の顔は既に朱に染まっていた。一体何本の川神水を開けたんだと問い詰めたくなったが、今更かと諦めて銑治郎は溜め息を吐いた。

 

 

「飲兵衛じゃな……。酒ではないんじゃがもう酒浸りのようじゃ。ほれ、じゃこ天じゃ」

「文面に起こせば“じゃ”がゲシュタルト崩壊しそうだったね。それにしても、また長宗我部の四国物産展やってたのか……」

「愛媛宇和島の名産じゃからのう、あやつには世話になっておる」

 

 

 将棋の駒を弁慶の分も並べ終えた銑治郎。目上の者に全て並ばせた弁慶はじゃこ天に舌鼓を打ってご満悦であった。

 将棋の王将を使用するのは銑治郎、玉将は弁慶となった。理由は至極簡潔、銑治郎が年上だからである。オリジナルの武蔵坊弁慶まで加味すれば弁慶に王将が渡されるが、「私は弁慶のクローンだけど記憶もないし、戦闘スタイルも若干違う。昔のことは考えないでいいよ。私はクローン以前に、一人の女子なんだから」と、同一視されるのを忌避しているようだった。

 自己を牢として確立している弁慶に感心していた銑治郎は、自陣の歩を五枚手に取り、カラカラと手の中で振り混ぜる。数回振ったところで、銑治郎は将棋盤の中央へ五枚の歩を散らばらせた。表面である“歩”を表示している駒は四枚、裏面である“と”は一枚。

 

 

「先手じゃ。かたじけなか」

「後手だね。それじゃあ……んぐっ、どうぞ」

「盃から口を話しきってから話せ。酒仙め」

 

 

 若干苛立ちを顕にしながら、銑治郎は歩を進めようと歩を掴み一つ前のマスに宛てがった。

 バチィィイン!! と、山麓の静けさを切り裂くような乾いた音が響き渡った。その音の鋭さたるや、数百メートル先にいる人物まで一直線に澄んだ音を届けると思われるほど。

 しかし、その駒音は騒音と感じ取れない奇妙な感覚があった。事実、それほど大きな音が発生したのにも関わらず、未だ睡眠中の辰子の寝顔に不快感は浮かんでいなかった。一度目をギュッと閉じたが、その後の表情は非常に快楽的であった。

 その音を心地よく感じ取っていたのは辰子のみならず、対局者である弁慶もまたその音に心を動かされたようで、目を閉じて駒音の余韻に浸っていた。

 

 

「………………ふぅ。いいね、それじゃあこっちも……?」

 

 

 弁慶が駒音をじっくりと堪能した後、自分も歩を進めようと駒を手に取ったところで動きが止まった。弁慶は手に取った駒を自分の眼前にまで運び、それをまじまじと眺め、何かに気づいたように盤上に目を凝らし、駒台にも目をやった。

 駒は綺麗な虎斑を浮かび上がらせており、角度を変える度にその虎の横縞のような模様が姿を変えていた。将棋盤は木目がまっすぐ平行に走っており歪みはほとんど確認できない美しいもの。駒台は将棋盤より濃い焦げた茶色のような色をしており、駒置きを支える一本足の滑らかさは至高といっても過言ではないだろう。

 

 

「…………おじーちゃん。これ、黄楊(つげ)の駒だよね? それに将棋盤はかなり質のいい(かや)みたいだし、駒台も桂か桑か……。何百万かけたの?」

「ほう、流石は偉人のクローン、九鬼の教育の下で育ったこともあるのじゃろうが、これを見抜けるとは天晴れ。如何にも、黄楊で作製された盛上駒じゃ。将棋盤は榧、駒台は桑。かなりの資金を投じた一品じゃ。合計三百万は固い」

 

 

 腕を組んで胸を張る銑治郎に値段を聞かされ、弁慶は改めて将棋に使われている道具に視線を落とす。将棋の駒は盛上駒、木目の平行線が流麗である榧の将棋盤、将棋盤よりも黒く別の素材である桑の一本足。将棋指しならば一度はこのセットで指してみたいと思わせる魅惑の最高級品に、弁慶は開いた口が塞がらなかった。

 

 

「私、こんな綺麗な駒を使っている素人なんか初めて見たよ。一般人なら飾っておくもんじゃあないの?」

「戯け。使ってやらねば駒が気の毒じゃろう。使ってもらい本望と悟り、磨り減り満悦に浸り、使い切って本懐を遂げる。それが駒として生まれた樹々への最大限の謝辞であろう」

 

 

 弁慶を苛む言葉は、国宝を武器として使用する銑治郎独自の世界観であった。

 動物だろうが植物だろうが鉱物だろうが、鉛筆だろうが手帳だろうが付箋だろうが、剣だろうが槍だろうが銃だろうが、目的を持って生まれたからには、何もせず何もされない観賞用に留まるべきではないと銑治郎は考える。絵画や石像と言った当初から見てもらうことを目的として造られたものは、銑治郎も見てもらうべきだと考える。しかし、恩師からもらったという理由で削ってもいない鉛筆や、たかが国宝に認定されたという理由で博物館に展示しておる日本刀は、壊れるまで使い切って然るべきなのだと考える。

 

 

「“本来の使い方で壊される”、即ち“本懐”こそ全ての存在の正しく進むべき末路。故にこやつらは代々使われて受け継がれてきた。まさか、こやつらで不服ではあるまい?」

「不服なんて、寧ろ恐縮してるよ。私らは武士として質素倹約を重んじられて今まで生きてきたからね。ちょっとした豪遊気分だ」

「そうじゃ。その程度の認識で問題なか。さりとて、畏敬の念は忘れず、豪快に使い壊そうぞ」

「そうだね……遠慮なく!」

 

 

 弁慶はむんずと歩を盤上から掴み上げ、一歩敵陣へ接近させた。その際の駒音もまた、銑治郎に負けず劣らずの大音量。しかし、枕元で大きな音を立てられた辰子は眉を顰めることなく、心地の良さそうな表情を浮かべていた。その寝息もまた安らかで、そよ風と相まって流れるように山の空気に溶けていった。

 弁慶と銑治郎の手が数十手ずつ続いた頃、銑治郎が顎を右手で擦って弁慶を睨みつける。

 

 

「…………おい弁慶」

「なんだいおじーちゃん」

「早う攻めんかい」

「え、私はもっと時間をかけて堅い城壁を組み立てたくて」

「三十分は経っとるわ! 受けは金、攻めは銀という格言があるというのに、なして主は金銀財宝全てを盾に回しとるんじゃ! プロや奨励会でもあるまいて!」

「受動形将棋也」

「だらけの真髄、ここに見たり。見とうなかったが……致し方なか。付き合おうぞ」

 

 

 銑治郎は半ば呆れたように溜め息をつき、首を曲げてゴキゴキと大きな音を鳴らし、攻め手に向けていた駒を自陣に引き戻し始めた。どうやら根比べの持久戦を引き受けたようだ。

 

 

「付き合いいいね、流石人生の大先輩様。大人な対応」

「嘲りおってからに。長幼の序を弁えんか。今回は折れてやったが、次は容赦なく居玉急戦に持ち込む。覚悟せい」

「今回だけだよ、こんな分かりやすい受け将棋は。ちょっとお話したくてさ」

 

 

 そう言って弁慶は玉の護りを堅固なものとした。これ以上固くしてまで長話したいのかと、銑治郎は弁慶の真意を探ろうとした。しかし、弁慶は探られるまでもなく、会話を少しでも長く続けたい理由を自ら吐露した。

 

 

「本当はさ、何度かおじーちゃんちにお邪魔しようとしたんだ。行けなかったけど」

「無礼もなにも考えずに訪ねてくればよかろう」

「いやぁ。私は良かったんだけど、義経がね……」

 

 

 義経という言葉を出しただけで、銑治郎は瞬時に弁慶が言わんとしていることを理解した。ここに来る前にも弁慶が愚痴のように零していたため、その先に言いたいことはすぐに分かった。

 弁慶の主である義経は、二、三度しかあっていない銑治郎にさえも“遠慮がちな性格”と思わせる人物。義経が銑治郎に尊敬の念を分かりやすく抱いているため、その銑治郎の家に単身で訪問しようとしている弁慶を、義経が咎めるように許可しなかったのも容易に想像できてしまう。

 

 

「先程も言うておったのう。頑固な主の命令を遵守しておったところは賞賛に値する」

「ありがと。けど、私も少し言い返したんだ。「おじーちゃんはそんな狭量な人じゃないってこと、義経も知ってるでしょ?」ってさ」

「現に儂はこうして主を招いておる。あやつは過剰に頓着しよる。もう少し周囲の目を見て気を弛緩し――――」

 

 

 義経が心配性であることに同意しようとした銑治郎だったが、その言葉が突然喉から吐き出されることを拒絶し、昨日の鉄心の言葉がフラッシュバックのように銑治郎の脳内で何度も再生され始める。

 

 

 ――――もう少し妥協というか、緩めどころを見つけよ。

 

 

 義経の頑固な態度と、指摘された自身の厳格さが重なり合い、己の愚かさが肺腑に染み、銑治郎は心の中で自嘲する。

 

 

 ――――儂は、狸じゃのう。義経のことなど笑えん。剣においても性格においても、同じ穴の(むじな)、か。

 

 

「……片腹痛か」

「え?」

「暇があれば、義経をここへ招致しよう。互いに反省すべき点は多そうじゃ。全く、孫に近い若造を見て我がふりを直そうと試みるとは……。儂は成長せん。あの頃と、何が変わったのか。失ってばかりじゃ」

 

 

 銑治郎は自陣の守りをさらに堅めたところで、縁側から熱さを凌いでくれる木々へ視線を移した。ざわざわと涼風で枝葉が揺れる度に光の量と角度を調節し、決して同じ木漏れ日を感じさせない自然の豊かさを体に浴びながら、銑治郎は目を細めていた。

 ゾッと、弁慶の背中に悪寒が走った。背中を急速に凍結させられ固まったように骨は軋みをあげ、空恐ろしい感覚に支配された。堪らなくなった弁慶は思わず拳を握りしめ、縁側の床を殴りつけた。しかしそれは壊すための行為ではなく、自身に痛覚を持たせることで自己を確認する荒療治だった。

 

 

「……どうした弁慶。まだ一度も儂らは交戦しておらぬぞ?」

「そんな、茶地なことじゃないよ。自分が今、どんな表情して、どんな気配でいたか、ちゃんと自覚してる?」

 

 

 銑治郎を問責するような声をかけた弁慶は、銑治郎の危うさというものを直感的に感じ取ってしまった。自然に浸ることを、弁慶は当然のように否定はしない。だらけ部部員や昼寝愛好家としての立場からも、日光を浴びて体を温めることを責めはしない。

 弁慶が苛んだのは、銑治郎が自然の中に溶け入りそうな危うさを秘めた表情を浮かべ、気配を大気と同化させるように希薄にしていたことだった。そして何より、目の前にいる自分のことなど初めからいなかったことのように忘れていた事を、銑治郎自身が自覚していなかったことだった。

 

 

「今の感覚を私は知ってるよ。オリジナルの記憶はないけど、それは分かる。“死を覚悟してる敗残兵”の目だ。まさか死にたいなんて、思ってないよね?」

 

 

 その言葉に銑治郎は目を見開いた。驚きのあまり体を萎縮させたせいか、銑治郎の気配も瞳も普段通りのそれに戻っていた。

 そして、銑治郎は弁慶の言葉を噛み締めるように目蓋を閉じて片手で額を抑え、しばらくの間そのままの体制で硬直していた。その間およそ数分、銑治郎は顔を上げると額に当てていた手を後頭部に回し、ガシガシと勢いよく頭を掻き毟った。

 

 

「忸怩たらざるを得ん。まだ二十にも満たぬ小童に、こうまで見透かされるとは」

 

 

 銑治郎は核心を突かれ苦笑いする。

 

 

「死にたい、か。正確には、“死を受け入れていた老兵”の目じゃ」

「……何か、あったの?」

「未来ある若者に話すような内容ではない。それでは納得いかんじゃろうが、儂は一度殺された人間。詳しく語らずとも、これだけで理解はできようぞ」

「…………死者を生き返らせる方法は一つとしてない。つまり、おじーちゃんは一度精神的に、死んでしまったって言いたいの?」

「残念なことに、のう。しかし、儂は後悔しておらん。今こうして、第二の人生の余生をこうまで楽しく過ごせるとは思わなんだ。一度死んだことを、儂は幸運と受け入れておるんじゃよ」

 

 

 

 

 

 

『大道寺。お前の刀には志がない。崇高な理念も高尚な大義もない。軽く薄い、価値のない剣だ。守るべきものも誇るべきものもない剣に、私の剣が負けるはずがない。この勝敗は予見されていた。まだ学園の剣道部の方が重い剣を振れたであろう。分かるか? 自身の愚かさというものが』

 

 

 

 

 

 

「全てを否定され、あるべき姿を見失った」

 

 

 

 

 

 

『…………こうなることは分かっていましたし、貴方も理解していてくれました。本当に、素晴らしい夢を見れました。期間限定とは言え、此方に一人の少女としての喜びを与えてくれて、ありがとうございます。本当に、言葉で表せないくらいに…………。さようなら、です。銑治郎さん』

 

 

 

 

 

 

「求めたものを失ったが故の、大敗だったのかもしれん」

 

 

 

 

 

 

『生きる意味なんて見つけようとするものじゃあないよ、可愛い隠者。生きる意味というのは後付けなんだ。キミが今これからすべきことを、ぼくは見守り尊重しよう。願わくば、キミにぼくを受け入れてほしい。この世界に変革をもたらす、豪放磊落な玩具となって欲しい』

 

 

 

 

 

 

「愛と力を否定され、儂は死んだ。そして、第二の人生を歩み始めた。あの時、くだらない幼稚な白昼夢を真に受けて」

 

 

 銑治郎は茶を啜って一息つき、弁慶にしっかりと向き合った。その瞳は眩い輝きを宿しており、死人だと銑治郎を責めることのできる要因は一つもなくなっていた。

 

 

「儂は生きとるよ。死のうなど思っておらん。ただ、死が怖くないだけじゃ。安心せい。儂は死にゃあせん。お主や義経、百代に由紀江、それにそこの寝腐れも。儂の人生は主らで満たされておる。それを無碍に捨てるなどという愚行は犯さん。それを今、誓おう」

 

 

 銑治郎は弁慶をじっと見つめて、自信を持って己を確立した。自身の汚点とも言える不甲斐のない過去と向き合い、弁慶の苦言で覚醒した。銑治郎は完成型にまた一歩、自らの意思で進んだのだ。

 そして、その確固たる誓約を受けた弁慶は、口に手を当てて少し悩んでいる様子でいた。

 

 

「……ねえ、おじーちゃん」

 

 

 弁慶は悩みに区切りをつけたのか、銑治郎に負けない力強い視線で銑治郎の目を射抜き、将棋盤を倒さん勢いで身を乗り出した。

 

 

 

 

 

 

「おじーちゃんの初恋って、どんなのだったの?」

 

 

 

 

 

 

 ドサッと、銑治郎は胡座をかいたまま後ろへ倒れこんでしまった。数秒間倒れ込んだままだった銑治郎は、顔をひくつかせ拳を握り締め、身体をわなわなと震わせていた。そして勢いよく上半身を起こし、指を突き立て弁慶の額を何度も小突き始める。

 

 

「っ――――! あれだけ! 儂の死について心を砕いておるような態度を見せおって! 実質考えておったのは! 儂の失恋だけか戯けぇ!!」

「あたっ、ちょっ、ごめっ、まっ、あうっ!」

 

 

 総回数五回の刺突を受けた弁慶の額は真っ赤になり、弁慶はそれを冷ますように手でパタパタと額を扇いで風を送っていた。

 

 

「義経の心配性から始まり、儂が鉄心殿に指摘された自身の過ちをようやく理解し、儂からすれば青二才の主に醜態を晒し、過去を恥じておったところに、なんちゅう下らぬ問いを投げかけるんじゃ!」

「だって、お年寄りの恋バナなんて貴重でしょ?」

「よか、教えてやろう。人の恥ずべき過去を掘り下げる愚かさを」

 

 

 そう言って銑治郎は拳を握り締め勢いよく振り下ろし――――盤上に駒を叩きつけた。

 

 

「――――おいおじーちゃん。私言ったよね、長話をしたいって」

「言ったのう。この耳で然と聞き取ったわ」

「だよね。なのに、こんな混戦に持ち込む様な歩を打ち込んでさ。こっちに集中しなきゃ負けちゃうじゃないか」

「能動形将棋也。しばし儂の流れに乗ってもらうぞ」

 

 

 銑治郎は両手を袖入れてにやりと笑い、弁慶が少しでも困った顔を見せたら腹を抱えて笑ってやる準備をしていた。大の大人にあるまじき言動、鉄心が否定した“お堅い銑治郎”とは対照的な行動だった。

 しかし、銑治郎の思惑は外れ、弁慶は笑いをこらえるように手を口に当てていた。

 

 

「だいたい聞きたいこと聞けたし、今日は仕方なく諦めるよ。妥協も弛緩も大事だからね」

「なんじゃ、珍しく気を遣いおって。容赦はせんぞ?」

「おつまみ分はおじーちゃんに応えるよ。誠心誠意をもって、ね」

 

 

 弁慶の言葉に、銑治郎はカッカッカ! と、大きな笑い声を上げて嬉々としていた。その笑顔に、先程のような危うさは見られなかった。

 銑治郎が弁慶に対し挑んだ混戦を、より混沌な物にしようと企み駒を手にとろうとしたが、右手を袖から出した拍子に、袖の奥から一枚の写真がこぼれ落ちてしまった。その写真に銑治郎も弁慶も気づかなかったが、それが床を滑り顔に張り付いた少女は気づかざるを得なかった。

 

 

「むぅぅ……? あ、ソラちゃんだ」

「え、何その写真……わお、美少年」

「む? ああ、そやつは天野慶と言ってな。何でも行方不明らしい」

「へぇ。こんなイケメンだったら目立つと思うけどね」

「隠れることは得意らしくてのう。今もどこで何をしているか見当も――――待て、辰子」

 

 

 辰子の先程の発言に不審な点を見つけた銑治郎は話を中断した。

 

 

「ソラというのは、こやつの渾名じゃろう?」

「そうだよー。そう呼んでねって言われたんだぁ」

「そ、そのソラとやらが、今どこにおるか知っておるのか?」

 

 

 

 

 

 

「私たちの家で居候してるよー?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……へっくち!」

「おや、どうしたんだい?」

「風邪か? 可愛いくしゃみだなオイ」

「あはは、誰かが私を恨んでるんですよ、きっと」

「……そ、そこはフツー噂じゃねーの?」

「アンタを恨むやつなんて、私には想像できないけどねぇ」

「少なくとも好かれるタイプなんじゃねえか? アミ姉がこんなにも親しく話してるなんて珍しいしよ」

「それより飯! 腹減った!」

「天、落ち着きな。一応これでも私の友人なんだ」

「それにしても……分からんな。お前男じゃなさそうだな」

「リュウが反応しないし、ソラは女なんじゃねー?」

「それはどうだろうねぇ。ソラは色々と規格外だよ?」

「あはは、性別はお任せします。リュウが私を男と思えば私は男、女と思えば女になりますから」

「掴みどころのない奴だ」

「なぁー、飯まだー?」

「もうすぐ出来ますよー」

 

 

 天野慶。元川神学園所属、現板垣家使用人。

 

 





 恋愛は幸福を殺し、幸福は恋愛を殺す。

 ミゲル・デ・ウナムノ

◆◆◆◆◆◆

 大変、申し訳ございませんでした。一週間と言っておきながら二週間も間を開けてしまいました。新年度ということで身の回りが異常に忙しく、どうしても執筆に時間を割くことが叶いませんでした。そして今後もやはり更新が若干遅れそうです。一週間以内には更新する予定ですが、何分働き先のリーダーが変わって色々と混乱していまして……申し訳ありません。

 銑治郎さんの一日、書きたいことを書きました。これに関して後悔しておりません。反省はしております。お尻を拝むシーン、銑治郎さんごめんなさい。

 MNSコンテスト副産物、各キャラの推定バストカップの最高値はFでした。某ゲームではQとかSカップとか出ているんで感覚が麻痺していますが、現実的には魔乳だとか超乳だとか鬼乳だとか呼ばれるサイズだそうで。それではその規格外な胸の保持者三名をリストアップ。


 川神百代(圧巻の爆乳91センチ。作中最大?)
 黛由紀江(軍師を尻から胸に惹きつけた魔の乳)
 ステイシー(ボンキュボン、米国は格が違った)


 武神は胸も強い。あの黒いビキニで一体何人の舎弟が生まれたことでしょうか。あれはピーチじゃなくメロンですよ。メロン乳なんて通称が付けられた女子アナがいるそうですが……。
 由紀江はあの白い水着はいいものですが露出が足りませんね。アニメ、真剣で私に恋しなさい!! の円盤のパッケージイラストはハートが散りばめられた際どい水着だというのに……。
 ステイシーの水着は刺激が強すぎましたね。どうしても思い出せないという方は小十郎と一緒に興奮するため、イベントモードでタッグマッチトーナメント予選をご覧になってください。あれじゃあ星条旗もはためく事ができませんね。張りっぱなしです。
 それではこの方々のバスト評価。全員揃ってオールSです。京以外は理想より小さいのですが、この方々は余裕でしたね。

 もっとも、その他の評価は悲惨でしたが。


 百代・由紀江・ステイシー(((総評Bか)))
 焔「何? 大友がS評価だと!」
 百代・由紀江・ステイシー「「「!?」」」


 予告。そんなほむほむの解説。
 報告。誕生日一覧製作中。
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