真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜 作:霜焼雪
凡河内躬恒
平日の午前九時三十分。定時など特殊でない通常の教育機関ならば、現在は一時限目の授業がすでに中間地点を過ぎた時刻。
そんな時間に三人の生徒が川神駅の前で私服に着替えて打ち合わせをしていた。学生がこの辺をうろうろとしていれば警官の要注意対象なのだが、堂々としていることもあってか声をかけられることはなかった。
俗に言うところの朝ラッシュの時間帯の終わりを迎えようとしている川神駅だが、休日でもないのになかなかの賑わいを見せていた。観光地付近の巨大な駅ともなると平日でもこうも混雑するものかと、地元のことながら感心している色黒の少年が感嘆の声を漏らす。
「人生初の大規模サボタージュですね」
サボるという何かしらの怠慢を表現する言葉の語源を口にし、改めて自分が学生の一種の憧れのような行動をとっているのだと噛み締めていた。
「フランス語では、“破壊活動”とも訳せるようですね。本来の起源では」
そんな無駄な知識を目を閉じて声に出した少年。その光を遮断した真っ暗な世界に映し出される映像は、自身が行ってきた学生とは思えない行動ばかり。
真夜中の路地裏で屯している不良たちを話術で掌握し、歯向かおうとする者は友人二名が始末し、この川神の裏に深く遍く広がるネットワークを構築し、その頂点に建つまでの経緯全てが、少年の瞼の裏に浮かび上がる。
今思えば愚かなことをしたと、憑き物が落ちたように少年は過去の自分を否定する。その否定は自身の否定であり、育ちの否定でもあった。
親が作り出す汚れた社会に従順に振る舞い、その裏では裏も表もなくす完全な社会破壊を行う。社会の汚さが横行することが世の常と理解できるが、それをただ見過ごしてはいけないと考えてしまうのも当然。その板挟みにあった少年は今までの自分と社会を全て敵に回す、悪のエリートを目指した。いっそのこと、全てを壊してしまえばいいのだと。
しかし、全ての元凶とも言える親が粛清され、少年は手を汚すことなく自由になった。
今までの行為全てがなかったことにされるわけではない。契約を交わした者との関係は続き、未だに自身を信仰する不良は存在する。ネットワークは半壊しても、消滅はしなかった。少年のカリスマはあまりにも強大で、性格から性癖まで歪めてしまうほど。
それを少年は全て受け止め、前に進む。学生らしい自分を取り戻そうと試行錯誤する。
その結果が
「いざ学生らしく過ごそうとしても、やはり戸惑いますね」
普段通りでいいと言われたこともありますが、少年はそう付け加えて自分の掌を見つめる。トレーニングと称された悪事、大きな罪に問われてもおかしくない犯罪にも手を染めた。それでも、「たかが十年そこそこしか生きていない赤子が余計な心配をするな」と言われたことを思い出す。
「九鬼財閥は呆れるほど愚直で、呆れるほど寛大で、呆れるほど厳しいものですよ」
自身を解き放ちつつ粛清しに来た九鬼の従者部隊の実質のトップが、少年の悪事をすべて考慮に入れた上でそう一喝した。九鬼に弱みを握られたということでもなく、やりなおせるやりなおせないということでもなく、何もなかったとされているのとほぼ同義だった。
恩を感じずにはいられなかった少年は深く感謝し、同じように悪事に手を染めてさせてしまった二人に謝罪し、自身を見つめ直したところで、彼らに出会う。
――――裏と表、この世はそんな単純じゃあない。キミの父君もまた、所詮小悪党に過ぎなかった。たかが世界の汚点を見つめて絶望したくらいでやり直せないなんて、甘えたことを決して考えるな。この世は汚点なしでは存命できない。汚点を見つめ飛翔する、それが人間に課せられた宿命なのだよ、葵冬馬くん。キミは普段通りでいい。キミは既に、武ではなく知という範疇において、飛翔の一歩手前まで来ているのだから、あとは身を委ねきれるかどうかだ。キミの目に映る世界は、一瞬にして
――――汚い人間というものは絶対にある。私が“それ”で、アイツらが“それ”だ。この世の普遍的心理として、汚い所業を好む者もいれば押し付ける者もいる。冬馬くんは押し付けられた者だ。好む者ではない。その事実さえ理性でも本能でも分かっていれば、何とかなるものだよ。冬馬くんは九鬼に救われ、自身を見つめ直した。それだけで準備万端だよ。あとは、ほんのちょっとの勇気と曝け出せる心があれば、君が言うところの学生らしくなれるんじゃないかな。
「言いたいことだけ言って、どこかへ消えてしまいましたが」
心の新しい柱には充分な言葉でした、そう冬馬は心の中で呟いて、一緒にサボりを働いた二人に意識を戻した。
「素行調査は弊社にお任せ!」
「あのロリアニメ実際にやって欲しかったもんだ。似たようなアニメはやっていたがあれは四人組だし」
「準は見てたの?」
「勿論ですとも! 眼鏡が本体じゃないか? と思わせるアニメと一緒に見てた」
「目的は?」
「妹キャラのデレ具合を楽しんでいました!」
――――本当に、こんな日常が普段通りになってくれてよかったです。
◆◆◆◆◆◆
「んで、具体的にどうするんだ?」
午前九時五十五分。一時限と二時限の間の休憩時間の折り返し時刻。
川神駅前から移動し地下商店街の喫茶店、準は新規メニューと書いてあった抹茶ケーキに舌鼓を打ちながら計画を立てようとする。小雪は計画も考えもなしに飛び出したのだと確信を持っており、それを放っておけない準と冬馬が追随した形になっているため、今後の行動を決めておくことは重要だと準は考えていた。
「多馬川上流にいるタチバナっていう人に会いにいくのだ!」
そんな保護者的観点から見ていた準からすれば、小雪がメモ帳に何かしらの情報をまとめて行動を計算しているということに
「橘…………。元武道四天王の一角ですね。最近調水設備付近に住み着いたと風の噂に聞きましたが」
「わ、若。そんなことより、ユキが計画性を持って行動してるぞ!」
「ええ。喜ばしいことですね」
準は小雪の順序立てに驚くことしかできなかったが、冬馬はそれを驚くのではなく微笑ましく思っているのか、自身の子供を見つめる母のように安らかな表情で珈琲を啜っていた。立場からすれば、娘の成長具合にどう対処していいか分からず慌てふためく父親が準で、優しく見守ってあげることが正解だと分かっている母が冬馬。そして、両親を振り回すように成長していく娘が小雪という、幸福な家族の有り様だった。
「今日は川神中を歩き回るよ!」
「戦線離脱も考えておきましょうかね」
「若ももう少し体力付けようぜ」
「体力はありますよ? 足が弱いんです。腰には自信があるんですが」
「日中から下に走るのは勘弁してくれ」
ふふふと、妙に艶やかに笑う冬馬を見て呆れながら、準はくだらないことばかりで塗れた人生を謳歌していた。
彼もまた、汚い世界に身を投じることとなった人物であり、それを冬馬以上に従順に受け入れざるを得なかった自己犠牲の体現。彼は自分よりも先に友人のことを考えて行動していた補佐役に徹していたこともあり、彼の優秀さは表立つことはなかった。それが幸いしてか、学園でも特に目立つことは――あくまで有能さの話であり、奇人変人といった類では突出して目立っている――なく、警戒もされず――あくまでも危険思想の話であり、男子たちからは人畜無害な少女愛好家と見られているが、女子からは近づくと変態が映ると警戒されている――学生として過ごしてきた。
彼は腕っ節も強く頭も働き、とある条件下においては能力値が数倍に膨れ上がるという特殊効果を保持していながらも、彼は友人と共に悪事に染まる。
見捨てることはできなかった、かと言って引き止めるということもできなかった。“友達ならばどこまでも共に行く”。それが彼の中での友というあり方だった。
そんな生活もある日を境に一変する。九鬼の粛清で親の悪事が秘密裏に処理され、準と冬馬はくだらない親の柵から解放されることとなった。
――――複雑な気分だ。
本来ならばお前が止めるべきだったと、九鬼の従者から説教をくらい狼狽したことは昨日のことのように思い出された。罰を受けずに今までどおり学生として過ごせと言われたこともそうだったが、自身が抱いていた友達のあり方を打ち砕かれ、新しい発想を埋め込まれたことに面食らったのだ。
喜んでいいのかも分からぬ程当惑し彷徨っていた準に、一人の女性が声をかけた。
――――何沈んでるのかな変態さん。いつもみたいにあの子供たちを真剣に見守らないの?
変態の橋で小学生の集団下校を眺めていた準に呼びかけた女性もまた、小学生の集団下校を見守っていたという。始めは不審者と思い準を危険視していたが、同族の匂いを感じ取ったと女性は後に語る。
そんな女性に対し、準はいつもとは何だと問いかけた。一学生が見知らぬ女性に問いかけるような質問ではないことは準も重々承知していた。しかし、自棄に近い状態の準はそうせずにはいられなかったのだ。
その問いに対し、女性は準に近寄り微笑みかける。
――――私さ、ブラコンに加えてショタコンだったんだよね。
などと、女性は準の問いかけに対する答えとは程遠い、自身の趣味嗜好を暴露しだしたのだ。その言葉に準は呆気にとられてしまうが、そんなことはお構いなしにと女性は話を続けていく。
――――こうやって小学生がわいわい騒ぎながら集団で帰宅していく様子なんか堪らないよね。こう、守りたくなるんだよ。あの純真無垢で肌に不純物がないのなんて、天使のようじゃない?
――――いや、その理屈はおかしい。
その思考に異論があったのか、思わず準は反論を口にしてしまう。
――――天使とは幼女のことだ。決して男の娘や未成熟純情少年のことなどではない。俺はそんな間違った正太郎少年愛好性癖は持たないね。
――――あら知らないの? 天使はかの創世記でも八割近く男で描かれることが多いのよ? 幼女なんかが天使に近づこうというのがおこがましいわね。
――――分かっていないな。かの徳川家康もロリコンだったんだ。もし家康公がご存命ならば神奈川県を分離させてロリコニアを作ってくれただろうよ。
――――ショタカディアの存在を知らないなんて愚かにも程があるわね。プラトンにソクラテス、彼らがショタコンである以上、ショタは哲学。
このような自身の嗜好に対する論争が約二時間続き、日が傾き小学生の集団などとうにいなくなってしまった頃、互いに息を切らし喉を枯らし、気づけば握手をしていたという。
「お前さんの嗜好は理解できないけど、同士だということは分かったぜ」
「あなたの趣味は性的に無理だけど、やはり語り合える仲間のようね」
この時偶然通りがかったバイト帰りの風間翔一は、「あれほど清々しい顔をしたスポーツマンのような二人は初めて見た」と語ったという。
ここで女性は準の顔をじっと見つめて、一言述べる。
――――どう? これでもいつも通りじゃないっていうの?
そこで準は、今まで自分が悩んでいたことが頭から完全に忘れられていたことに気づいた。いままで考えていたことが取るに足らないくだらないことだったかのように、脳はそれを無用と判断し記憶の片隅に追いやった。
理性ではそれを無理やり悩むものとし、本能ではその考察が既に無駄であると判断していた。既に結論は準の中で出ているのだと、いや、考えなくても普遍的な答えが人間としてすでに存在しいたことを、回りくどく女性は仄めかしたのだ。
――――それじゃあ今度会うときには、“いつも”みたいな変態さんでいてね。
「なあ若、俺っていつも変態か?」
「唐突ですね。普遍的変態ですよ?」
数分間黙りこくっていた準が開口一番、自身の変態度を冬馬に問うた。その質問がやけに奇妙だったこともあり冬馬は目を丸くしたが、直ぐに笑顔に戻してその質問に応える。
「それなら問題ない。堂々と“いつも通り”と胸を張れる」
「……お互い、苦労しましたね。苦労をかけました」
「なぁに、俺は若に着いて行くさ。いつまでもどこまでも。けど、時々道案内をさせてくれ」
「頼りにしていますよ」
冬馬と準は笑い合う。冬馬は口を開かず口角を釣り上げるだけであったが、その爽やかさは一般人では表現できない煌びやかなものだった。一方の準はにかっという擬態語が似合いそうな、歯を見せる笑顔で冬馬に向かい合っていた。
◆◆◆◆◆◆
「それで私のところへ来た訳か」
午前十時十七分。今日の二時限目は人間学だったと思い出し、ヒゲがトレードマークの担任教師の授業をすっぽかしながらも何故か罪悪感の浮かばない三人組が担任のことを忘れきる時刻。
多馬川の上流にある堤防の手すりに寄りかかっている銀髪の女性に小雪が食いかかる。
「タチバナ! 大和とどういう関係なのだ!」
「協力関係、というのが一番的を射ている。元より、直江とは敵同士であったしな。今は特に遺恨はないが、そこから恋仲に発展するほど私は盛っていない」
銀髪の女性、橘天衣が大和に対し何かしらの感情を抱いているのではないかと危惧していた葵ファミリーだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。橘との関係性が負のものでないと分かり、参謀役の冬馬は一つの懸念事項を取り除くことができた。
そして、二つ目の懸念事項を取り除こうとする。
「そう言いつつも大和くんの調教を受け……なるほど、フラグですね?」
「ち、調教だかフラグだか知らないが、私は恋愛ごとに向かない体質なんだ。相手を不幸にしてしまうからな。あいつがいなくなってからまた酷く…………。いや、今はいいか。それより、これに関しては私はこれ以上の情報提供はしない」
ここまで訪ねに来た葵ファミリーの目的と大和の容態、一子の欠席を聞いた天衣が彼らに突きつけたのは、言葉よりも目で訴えかけてくる明確な拒絶だった。
「何故ですか?」
「直江の心は壊れかけている。恐らく、私が思っている要因とは別にもう一つ何かを一人で抱え込んでいる。後者に関しては私はどうすることもできないが、前者に関しては私は手助けができる。“だから”、何も語らない」
「おいおい、何言ってんだアンタ。言ってることとやってることが噛み合ってないぜ?」
「これが最善の手段なんだ。直接的理由を話すと真実には到達できない。そういう奴だ、あいつは。百代も同じ手段であいつに到達した」
「…………難しくてよく分からない」
「私も今回ばかりは協力したくても協力できない。騙されたと思って、私の言う通りにしてくれないか?」
準と小雪は天衣が言いたいこともやりたいことも何も分かっていない。何故こうまで回りくどく伝わりにくい方法で道を示そうとするのか、単純明快な伝達方法がもっと他にあるだろうと苛立ちを覚えるほどだ。
しかし、冬馬だけはいつになく真剣な表情で天衣が云わんとしていることを理解しようと頭を働かせていた。こうすることも本来は間違いなのだろうと冬馬は曖昧ながらも理解していた。しかし、天衣から煮え切らない言葉を聞かされるより自分が伝えたほうがいいのだと、先を見据えた行動をとっていた。
加えて、冬馬はこの気味の悪い会話を理解しようと試みる、本人も無意識に理解している理由があった。それは、その真実というものに一度触れているということと、その真実を弄った存在にも接触しているということだった。
そのため、小雪や準と違い、冬馬はこの話を信じることができたのだ。
「一つ、お尋ねしても?」
「何だ?」
「後者の理由に関して一番詳しい人物は?」
「それは…………複数いるが、全員を教えることができない」
簡単な質問にも歯切れの悪くなる天衣に、冬馬は逆に気持ちのいい共通点を発見していた。しかし、これを突き止めてしまうことは天衣の意に反してしまう。恐らく天衣は真実しか口にしていない、人心掌握に長けたかつての裏の王はそう判断した。ならば、今回の作戦で自身が捨て駒になる必要があると、冬馬は結論を出す。
「分かりました。では、大和くんが沈んでしまう前に会っていた人物を教えてください」
「……それならば、問題ないな。むしろそれが正しい道筋だ」
「ん? んん? なあ若、何がどうなっているんだ?」
「これは理解してはいけませんよ。私はもう理解してしまったので、今回の作戦はここで脱落ですね」
「トーマ、帰っちゃうの?」
「いえ。まだ着いて行きますよ。ただ、今回の作戦の最後は……ユキ、貴女一人で迎えることになるはずです。気を引き締めてくださいね」
冬馬の言葉もまた、天衣のように不可解な言葉に置き換わってしまった。しかし、参謀である彼の考えには準も小雪も従いやすくなった。冬馬は自身を犠牲にし、小雪と天衣を繋ぐパイプとなることで、作戦を円滑に進めようとしたのだ。
「潔く自己犠牲を決めたか。男らしいな」
「貴女へのアプローチも上手に決めたいところなのですが」
「なっ――――」
「トーマ、見境無さすぎだよ」
「こればっかりは死んでも治らないだろうから諦めるしかないな」
何の躊躇いも恥じらいもなく好意を曝け出した冬馬に戦慄を覚えた天衣。それを見ていつものことだと天衣に説明する準と小雪だったが、積極的すぎる言葉に思わず肌を総立ちさせてしまった天衣に襲い来る気持ちの悪さは払拭されなかった。
「若。俺たちはこの橘さんが何を言いたいのか理解できそうもないけどよ。若が道を標してくれるんだろ?」
「ええ。私がユキのための道標になります。では橘さん。できるだけ真実に遠い人物を教えてください」
「あ、ああ……。この時間なら……まずは正午に梅屋に行ってみるといい。あの子は驚異的速度で圧迫と衝撃による粉砕骨折を九割回復させ、包帯まみれの体でバイトに行く筈だから」
◆◆◆◆◆◆
「へいお待ち! ただのお冷だけどね」
午前十二時四十五分。規則的な生活を営んでいるものならば腹の虫が鳴り始めるか、満たされた食欲に代わって睡眠欲が台頭してくる魔性の時刻。
サラリーマンが八割以上の席を埋め尽くしている梅屋の中に、この時間にいるべきでない若い顔が店員を含め四人も存在していた。そのうちの一人は店員だが、頬には四角く白い湿布に、帽子では隠しきれない包帯。腕にも足にも巻かれた包帯の数が見る人の表情を歪めようとする。しかし、そんなことは大したことのないことのように明るく振舞う店員の笑顔に、客は不思議と癒されながら食事をとることができている。
そんな店員が私服姿の学生三人にお冷を差し出し、注文を聞こうと笑顔を崩さず待機していた。
「貴女が、南浦梓さんですね」
三人の内の一人、葵冬馬が口を開いた。その内容は注文でも苦情でもなく、店員である筈の梓個人に対する直接的質問だった。その質問に、梓はほんの少し不機嫌になる。
「……そういう君は誰かな? 業務中の私的会話は余程のことがないと禁止されてるから手短にね」
「直江大和くんについて、お尋ねしたいことが」
「! …………二時まで食事と雑談で時間潰しててくれる? 一時間休憩取れるから、その時にまた、いい?」
「ええ。では後ほど」
「ありがとうね――――ご注文はいかがいたしますか?」
大和の話題が出た瞬間に事情を察したのか、貴重な休憩時間を割くと約束し、すぐに労働モードへと梓は切り替わった。これから先の話は一時間以上後と決定されたので、三人は先に食事を摂ることを優先した。
「では、カレギュウを一つ。並盛りで」
「俺は旨辛ネギたま牛めしつゆだくねぎだく特盛で」
「僕はビビン丼大盛りなのだー」
「畏まりました! 少々お待ちくださいね!」
梓は注文を聞くと即座に厨房へ戻る。常人では動けないような速度、粉砕骨折が完治していない足ならば尚更だが、ただのバイトとは思えない機敏さであったのに準と冬馬は感心する。その感心を向ける対象に、小雪は寒心を覚える。
同属嫌悪に近い拒絶、蛇蝎の如く忌避しなければならないと、小雪の本能が察する。それに呼応してか、家族と友を守るために鍛え上げたしなやかで強靭な脚が疼き振え萎縮してしまう。
「ユキ?」
それに気づいた準が小雪に声をかけた。その呼びかけに小雪は我に返り、何でもないよと返し作り笑いを浮かべる。当然、作り笑顔かどうかを見抜けない準と冬馬ではなく、体調が悪いのかと追求した。
それでも小雪は何でもないよと言い返す。小雪が抱いていた感情はあまりにも黒く醜い、嫉妬にも近いものであり、殺意にも近い悪意であったから。
「へい、カレギュウお待ち!」
「ああ、ありがとうござ――――」
カレギュウを注文していた冬馬が小雪から店員に意識を戻した瞬間、冬馬は思考を強制的に数秒間停止させられた。
「ようお前ら。学生らしくおサボりか?」
「どうしたんだ若――――って、んん!?」
「おー、釈迦堂さんだー!」
「な、何をしてるんですか、釈迦堂さん」
冬馬たち三人を三者三様の形で驚かせたのは、梅屋の制服がこれっぽっちも似合っていないはずなのに、そこに強引にねじ込まれつつ馴染んでしまっている釈迦堂刑部の真面目な勤務姿勢であった。
「何って、真面目に働いてるに決まってんだろ。お前ら知らなかったのか?」
「天職を見つけたと言われただけで梅屋と推測できませんよ。それにもう探すなと言ったのは貴方自身でしょう」
「そうだったそうだった。まあ見つかっちまったもんはしょうがねぇ。誰一人として豚丼の良さに気づかなかったみたいだが、まあゆっくり食っていけや。ちょっとばかし、話したいこともあるから――――」
釈迦堂が何故か置いてあった折りたたみの椅子を広げ、カウンターを挟んで文字通り腰を据えて冬馬たちと語らおうとした瞬間、スパァーン! と乾いた音が店内に響き渡った。
「サボってないで味噌汁出しなさい! 何で私より年上とは言え新人が腰を下ろして堂々とサボるの!」
「いってぇ……。そう無闇矢鱈にハリセン使うなよ。怒ると皺が増えるぜ?」
「殴られ足りないんですか……?」
「はいはい。おうお前らちょっと待ってろ。梓と同じ時間に休憩取るからよ」
「どこが真面目なのか疑いたくなるな……」
味噌汁を三杯お椀になみなみと満たしたことで再び頭を叩かれた刑部は、梓の目を盗みかつての雇い主であった冬馬たちとの会話を始めたが、ものの十秒で見つかり頭を三度叩かれ話は中断させられてしまった。
全ては午後二時、新人社員と熟年アルバイターの休憩時間まで持ち越されることとなった。
◆◆◆◆◆◆
真っ暗な部屋。布団の中で一人の少女が目を瞑って身を縮こまらせていた。決して、ただ働かず引き籠もり、惰眠を貪って微睡みの中に身を投じている訳ではない。今日と明日を跨ぐ時刻に決行されるある計画のため、体を休め睡眠を取ろうと努力していたのだった。
少女は極めて健康体であり、深夜二時や三時といった時刻には既に深い深い夢の中に沈んでいるのが少女の“いつも通り”であった。過剰だと思われる程のトレーニングの披露を癒すため、加えて早朝からの新聞配達のアルバイトのために早寝し、学生とは思えない程の時刻に少女は起床する。そのために睡眠を今のうちに取っておこうと考えた結果の行動だった。
少女は欠席という扱いだったが、その内訳が仮病などの単なるずる休みでもなく、病気で欠席したなどの体調に関するものでもなかった。その内容は公休扱い、学園という教育機関が認可した休みで、学長の許可もある正当なものだった。
何を隠そう、休めと指示を出した人物が、少女の通う学園の学長であり祖父であったからだ。
学長は少女の担任教師にも連絡を入れ、表面上は体調不良による欠席にし、記録上は出席日数にも含めない休みだと認可した。少女は休みを取る必要があったのだ。小雪たちが至ろうとしている真実に、少女は行き着く必要があったのだ。少女の祖父が権力を乱用してまで少女を向かわせる程に。
現在時刻は十二時五十五分。本来ならば少女が昼食を摂り終わり、授業が始まることに気が滅入っている時刻。少女は必死に睡眠を取ろうと努力し、苦しみながら布団の中で蹲っていた。
少女はまだ昼食を食べていなかった。
「お腹減ったよぉ……」
すぐ寝るから大丈夫と思い、少女は昼食を断ったのだが、それが見事に仇となった状態だった。けたたましく少女のお腹はぐぅぐぅ鳴り、胃や腸が消化するものをよこせと本体である少女に催促していた。そのせいで胃は妙に熱く、空腹であることが増長させられてしまう。あまりの空腹に少女は思わず涙目になっていた。その少女の様子は、周囲にいる人間が自分の弁当を差し出したいと思ってしまうほど哀れだった。
――――情けないねぇ。
ついに幻聴まで聞こえ始めたか、そう少女が思ったその時、ドサドサッ! と、自分の枕元に何やら複数の塊が落下する音が聞こえた。その音に驚いた少女は飛び起き、枕元の落下音の正体を確かめた。少女の枕元に落ちてきたもの、それは一つ一つ丁寧に包まれた饅頭、それも一つや二つではなく大量にあった。文字通り山になる程の饅頭の量に、口を開けたまま閉じることもせず唖然としている少女。加えて、ペットボトルのお茶も三本横に添えられていた。
「……サンタクロース?」
南半球ならばその発言に何ら問題はなかったが、北半球の夏ではサンタは準備期間であり、少女の答えは見当違い甚だしい。しかし、そう思って自身を誤魔化さなければ納得のしようのない現象が起きてしまったのだ。混乱するのも無理はない。
「……食べよう。きっと川神院の誰かの悪戯よ、そうに違いないわ」
少女はそう自身を無理やり得心行かせ、数十個はあるであろう饅頭の山に感謝の意を込めて手を合わせ、包を開こうとした――――その手がピタリと止まる。よくその饅頭たちを見ると、蕎麦饅頭と柚子饅頭と
――――そう言えば、一緒に食べられなかったわ。
――――饅頭も、グシャグシャになっちゃったし。
甘ったるいはずの餡子が少ししょっぱい、そう感じた少女が涙を流していると気づくまで
十秒以上の時間を要した。
――――川神百代と天野慶の仲違いは、やはり聞くのと見るのでは衝撃が違ったか。
――――純真故に、姉の人を傷つける姿は少々辛いものだったようだね。
――――頑張れ川神一子くん。ぼくの玩具を失望させるなよ?
単純であることは、究極の洗練である。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
◆◆◆◆◆◆
この小説は、救われなかった者が救われた世界のお話です。それは小雪に限らず、冬馬も準も、原作がこんな心情かどうかは分かりませんが、ただ何もなく解放されたということに喜々となるほど、彼らは単純じゃないと思うのです。だからこそ思い悩むというか、無駄に考え込んでしまうのではないかと、そう思い書いた今回でございます。当然の如く、書かれていないということは補完するべき点なので、そこは様々な考察があるでしょう。一人の未熟者の粗末な妄想と思ってください。
MNSコンテストいよいよ大詰め。そろそろ明確に比較してしまえばいいのではないかと思い立った今回でございます。ここでようやくまともな比較を行います。比較は完全なるスリーサイズの一致、でございます。理想体型だと単に身長が同じ、ということなので、今回はただのデータ比較ですので、別にMNSコンテストの表を用いる必要はないのですが、番外編ということで。
流石に一緒はいないだろう。そう思っていた時期が私にもありました。
いました。
綺麗に同じ数字が並んでいたので、打ち間違いかと疑い再び公式サイトに向かいチェックし、ビジュアルファンブックを二度見しました。
それでも完全に一致していました。それではその完全に一致のお二人、この方々です。
葉桜清楚&楊志(158センチ、82・57・81)
身長まで一緒とは、正直驚きました。こういうのは絶対にかぶらないものだと思っていたものですから、驚きです。流石にこんなに美少女がいればかぶるのも仕方がないのかもしれません。評価も20点と高評価でしたし。
他にも色々一致があって面白かったです。小島先生身長が高い分バストが大きかったですが、そのほかは清楚ちゃん達と一緒でしたし。
これに際して度数分布表とか標準偏差とか出し忘れていたので、またこのMNSコンテストの新しい幅が見つかりました、画像が載せられると嬉しいのですが。
予告。辻堂さんのコンテストロード(仮)。
報告。今後も一週間から二週間で更新させていただきます。