真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――月をあはれと忌みぞかねつる


作者不詳


第二十三帖 独り寝のわびしきままに起きゐつつ――――

 

「なるほど、橘さんが……。ふわぁ、豚丼ウマー」

「元四天王の嬢ちゃんかい。あいつも苦労性だ。いやぁ、働いた後の豚丼はサイッコーだねぇ」

 

 

 午後二時。食欲に代わった睡眠欲が真昼の陽気によって増長させられる時刻。

 約束通り、梓は冬馬たちのために休憩時間兼昼食時間という貴重な休息時間を割いて三人の話を聞いていた。更には、しばらく連絡を取り合っていなかったということもあってか、刑部もその四人の話し合いに参加していた。その際、梓と刑部は豚丼にとろろをかけたオリジナル丼を豪快に食らっていた。あまりにも美味しそうに賄いを食べる二人の姿を見て、先程食事を終えたばかりの三人の胃袋が勢いよく消化を始め、俗に言うところの別腹を作り出そうと精勤する。

 その魅惑の食べ方で丼を半分程度食べ終わったところで、聞きに徹していた梓が自身の考えと情報を提供する。

 

 

「モモちゃんが私たちに辿り着いたのと同じ方法で、か。それなら何とかなるかもね。それにしても、モモちゃんってば手加減してくれないんだから! お陰で全治一週間だよ!?」

「三センチ分の骨がさらっさらの粉末になったっつーのに、一生治らねえレベルだぜ?」

「え、骨折って自然治癒するもんじゃないんですか?」

「程度によるだろ。まあ、この川神にゃ程度を無視した例外が複数いるから、そこんトコ麻痺しててもしゃーねーか」

 

 

 恐るべき速度で脱線した話は人外的な会話へと発展し、冬馬たち三人を引き離し突き落としてしまった。特にその三人のうち二人は医者の息子であり、一般学生よりは遥かに医学に通暁しているため、その話が如何に奇妙奇天烈なものかが分かってしまう。

 ふと、三人がついて行けていないのを察した梓は我に返り、ゴホンと一つ咳払いして話を無理やり戻そうとする。

 

 

「ごめんごめん。私の脚の話なんかどうだっていいよね。えーっとそれで、大和くんのことだったね。私が教えられるのはどこまでなんだろう……。そうだね……大和くんは私とまっつんの仲介者だったんだ」

「まっつん?」

「ああごめん。松永燕ちゃんね。こないだニックネームつけたばかりなんだ。ほんとはスワローから取ってローちゃんだとか、松永だからダンジョーだとか考えたんだけど、どれもこれもあんまり印象が良くないからまっつんに――――あー、ごめんよ、また話が逸れてしまって……。それでだね、君たちが辿り着こうとしている真実は、行方不明なんだ」

 

 

 行方不明、その単語は小雪に疑問を持たせ、準に驚愕を与え、冬馬に納得を送った。その様子を肴とするかのように、刑部は勢いよく食事を再開する。

 

 

「だからね。その真実に至るためには、それを求めようとしちゃいけない。そこにしか至れないとなるまで、我慢が必要なんだよ」

「……よく分からない。はっきり言って」

 

 

 決して真実の具体性を口にしようとせず、天衣と同じように持って回った言い方しかしない梓に、小雪は苛立ちを覚えそれをぶつけた。初対面の人物相手には非常に無礼な行為だったが、小雪は躊躇う様子を見せなかった。

 その失礼な態度を正そうと保護者的立場である準は宥めようとしたが、表面に出さないだけで準も同様に気を揉んでいたためか、声に出して強く注意することはなかった。

 そんな二人とは対照的に、一切の憤りを感じていない冬馬は梓へ質問を投げかける。

 

 

「次に向かえばいいのは松永先輩の下ですか?」

「そう……だね。難しい話は苦手なんだけども……多分大丈夫。モモちゃんと違って私たちは協力できるからね。結構早く真実に届くんじゃあ――――」

 

 

 

 

 

「――――いい加減にしろ!!」

 

 

 

 

 

 その言葉が締めくくられる前に、机を叩き身を乗り出して梓に向けて蹴りを放とうとした小雪――――を手で無理やり抑え、毛髪が見えないほど剃り落とされたまっさらな頭に血管を浮かびあげた準が梓の胸倉を掴み上げた。

 

 

「……何がかな?」

「分かってんだろ……自分が矛盾したことしかしてねぇ上に、俺らを惑わせるようなことばかりしやがって……なあ梓、ふざけんのも大概にしろよ!!」

 

 

 準は梓の胸倉をさらに高く持ち上げ、座っていた梓の体を強制的に立たせ、五センチもないほど近く顔を寄せた。その光景と準の怒号のせいで梅屋は静まり返り、何人かの客が気まずそうにこちらを眺めてきていたが、準はお構いなしにと梓を睨みつける。

 

 

「おいおいやめてくれよ店内で……。どうせ怒られんの俺だしよぉ……」

「「釈迦堂さんは黙ってて!(くれ!)」」

「あいよー。あー、お客さん。気にせず食事続けてー」

 

 

 黙っていろと二人に怒鳴られてしまったからか、元より本気で止めるつもりがなかったのか、刑部は客に軽い謝罪をしただけであっさりと引き下がってしまった。

 

 

「何とか言えよ梓。温厚な俺が怒るとどうなるか、知らないとは言わせないぜ……?」

「ロリが危機に瀕したときくらいでしょ、アンタが怒るのって」

「悪いな。家族が真剣に悩んでるんだ。下手したらそれ以上に怒るつもりだ」

「……はぁあああ…………。うざったいわね。男ならそこの色黒イケメンみたいに黙っていうこと聞いて実行に移しなさいよ」

「納得できる理由をよこせって言ってんだよ」

「納得ねぇ……。そこの色黒イケメンは納得しちゃってるよ。それは本当はダメなんだけど」

 

 

 どうあっても話す気はないのか、梓の態度は一向に変わる気配を見せない。その憮然とした態度に準はさらに怒りを積もらせ、梓の胸倉を掴む手により力を込める。

 

 

「それで暴力に訴える? いいわよ、遠慮なく叩きのめしてあげようじゃない」

「……失望したぜ梓。そこまでして足止めしたいってのか」

 

 

 準が顔を伏せて言った言葉に、梓の態度が豹変する。

 

 

「……? ――――あがっ!?」

 

 

 梓の胸倉を掴んでいた準の手が梓の右手によって握られ、余っていた梓の左手は準の胸倉を掴み返した。そして、親の敵でも見るような目で準を睨みつける梓は頭を後ろへ振りかぶり、近距離にあった準の額へ全力で頭突きを叩き込んだ。

 

 

「何も知らないくせに、みんなが苦しんでいる理由を何も知らないくせに、勝手に見切り付けやがって。いいよ、教えてあげる。真実も私が知る限りのこと全て。その代わり、アンタは絶対後悔するよ。二度と真実へ到達できなくなるんだからね」

 

 

 梓の気迫と、光を失った瞳。

 準の背筋に悪寒が走った。梓の触れてはいけない何かに触れてしまったかと危惧したが時既に遅し。梓の形相からは怒りという感情しか読み取れず、梓に掴まれている手も段々と痺れてくるほどに力強かった。

 梓の突然の圧力に怒りが収まってしまった準は、完全に梓の威圧に飲まれてしまっていた。そんな怖気づいた準を、梓が外へ連れ出そうと胸倉を引っ張って出入口へ向かおうとしたが、その進行を阻止しようと立ちはだかる人物が二名現れる。

 

 

「まあ待ってやれよ梓。ある一点を超えると口調が汚くなるのはお前の悪いところだぜ?」

「非はこちらで詫びます。ですから、落ち着いていただけませんか?」

 

 

 刑部は扉を片手で抑えつつ、冬馬は机に片手を載せるようにして梓が出口へ向かう道を塞いでいた。やけに二人共格好をつけて通せんぼしていたためか、梓のこめかみに血管が浮かび上がるのが確認できた。よほど二人のポーズが気に入らなかったのだろう。

 

 

「――――どちらにしろ、ここで納得できなきゃ先に進めないんだよ。準には悪いけど、ここでそこの白髪の女の子以外は脱落だよ」

「……やれやれ。一度こうと決めちまったら曲げない質だったな、お前。諦めろや大将。このハゲは真実とやらには到達できないぜ」

「正直、遅かれ早かれ準は脱落すると思っていましたし、ユキさえ至ることができればそれでいいんですよ」

「じゃあ退いてくれるかしら。ここで喋っちゃいけないでしょ?」

 

 

 梓はそう言うと二人をやや力づくで跳ね除け、より力強く準を引っ張って店内から飛び出していった。出入口付近で足止めをしようとしていた刑部は、梓の速度と向かった方向を確認し、呆れたように溜め息を吐く。

 

 

「そこの嬢ちゃんには聞かせちゃダメってのは分かるけどよ、やけに遠くまで行ったな。川神駅ぐらいまで行ったんじゃねえか?」

「そんなに遠くまで、そんなに早くですか?」

「高速道路を走る車よりかは早いんじゃねえかな」

 

 

 準、死なないでくださいね。そう祈ることしかできなかった冬馬だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「準、生きてる?」

「後悔からくる自責の念で心は潰れそうだし、引きずられて擦過傷だらけの体はヒリヒリするぜ……」

 

 

 午後二時十五分。午後からの職務に励んでいる者たちが一息つけるためのスパートをかけ始める時刻。

 梅屋のカウンターテーブルで突っ伏している準は服がぼろぼろで泥だらけだったが、それよりも準の暗く沈んだ雰囲気のせいで目も当てられなかった。小雪はそれをお構いなしに箸を逆に持ち替えてツンツンと準をつついていたが、準は止めろとも言わず抵抗もせず、丸まったダンゴムシが生きているか死んでいるかを木の枝で確認されるように弄られていた。

 

 

「やれやれ、やはりこうなりましたか」

 

 

 準の姿を見て、冬馬は大きく息を吐きだした。こうなることは分かっていたかのような物言いに、僅か十数分で十数キロのランニングと五分以上の話し合いを終わらせ、汗をまったくかかず息切れ一つしていない梓と、賄いで許されるはずのない三杯目の豚丼を前に手を合わせていた刑部が問いかける。

 

 

「そこまで予測しておいて、諦めたのかい?」

「もっと引き止められるもんだと思ってたよ。正直拍子抜けかな?」

「遅かれ早かれ、小雪が爆発する前に過保護な準が代弁するだろうとは思っていたんです。世話好きなお父さんですからね」

 

 

 一歩下がって全ての状況を把握し、ことがうまく進むように成り行きを見守りつつ道標となる。慈愛の表情を浮かべる母のような冬馬は娘のための犠牲として父をリタイアさせた。

 そのリタイアさせられた父親、準はと言うと、未だに小雪のなすがままにされていたが、暫くすると顔を伏せて何の反応もしなくなり、何かを考えているように時折頭を揺らしていた。

 その態度を見た梓は、少しやりすぎたかと視線を準から逸らし頬をポリポリと掻いていた。そして、自分にも少しばかり非があったこと渋々認め、大きく息を吐きだして準の傍による。

 

「……今度ご飯奢りなさいよ、準。それで今日の無礼は許してあげる」

「……ああ」

「ちょっとやりすぎた。大怪我とか、してないわよね?」

「……ああ」

「それならいいんだけれど、これから自分がどうすればいいかは、分かるわね?」

「……ああ」

「……源氏物語二十三帖、巻名は?」

「……初音」

「ちゃんと聞いてたわね。それじゃあ、誠意を示しなさい。あなたの大事な大事な一人娘に、ね」

 

 

 少し上手に出つつも気遣いを忘れず、しっかりとやるべきことを理解させられたのかを確認し、話の内容を聞き流していないか鎌をかけ、梓は準の背中を軽くぽんと叩いた。

 それが準にとっては実に軽々しい転嫁で、それでいて重々しい責任が伸し掛るようになった。しかし、彼はそれを全て受け止めて、自分の大事な娘に向き合う。

 

 

「ユキ、絶対にお前を、真実に届けてやるからな」

「?」

「真実がなんなのか、分からなくてもいい、分かっちゃいけない。だから、俺と若が手をつないで案内してやる。真っ暗な上に複雑な迷路から脱出させてやる。だから文句は言わず、疑問も声に出さず、俺らについてきてくれないか?」

「……正直、納得いかないのだ」

 

 

 準の言葉に、小雪は得心行かず不貞腐れているようだった。家族家族と比喩されることはあっても、その実は同い年の友人なのだ。一人だけ仲間はずれにされている、そう考えてしまってもおかしくはない。壊れてはいないが、まだ幼い精神を持った少女には、この状況が少し息苦しかった。

 

 

「やはり、そう簡単にはイエスと言ってくれませんね」

「そりゃそうさ。無理を言ってるのは俺らなんだ」

 

 

 夫婦だけに通じる会話が繰り広げられる。それは小雪の機嫌を更に悪くしてしまう。大人の事情と切り捨てられ、会話に参加することも許されない子供のような心理状態。結局のところ、友人という観点から見ようが、家族という観点から見ようが、小雪が除け者のように見られてしまっていた。

 

 

「……でも」

 

 

 しかし、そんな一人だけの状況でも小雪ははっきりとした文句はぶつけない。今まで散々文句も愚痴もぶつけてしまった。無茶も聞いてもらい、家族として扱ってくれた大切な友人。そんな彼らが何かしらの思惑で、彼女のために動いてくれている。

 孤影悄然としてなすがままにされる現状に、文句も言わず我慢していこうと思ったのは、大切な彼らに対する恩返しか償いか。

 

 

「黙って着いて行くよ。そうしなきゃ、大和を元気にさせてあげられないんだ。トーマ、準。僕を導いて」

「――――ええ。誠心誠意、心を込めて」

「何も心配しなくていいぞ。任せとけ」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「それで? まっつんに会いに行けってことで話は決着したと思うんだけどね?」

 

 

 午後二時三十五分。業務で言えばコーヒーブレイクまでのラストスパート真っ只中にいる時刻。

 小雪は冬馬と準を先に店外に追いやり、梓と二人きりの場を作り出していた。実質、店員である刑部や客も店内にいるため、完全な二人きりとは言えないが、二人だけで話し合いがしたかった小雪にとってはこれで十分だった。刑部もなるべく話を聞かないようにと、関係者専用の扉から奥に入っていったため、小雪たちの関係者は他に誰もいないことになる。

 梓は何の話をされるか分かっていなかったが、絶対にされない話だけは理解できていた。

 

 

「流石に、真実についてなんて終わった話を持ち出す気はないよね?」

「うん。あれはトーマと準を信じることにした」

 

 

 それならよかった、梓はそう口にして分かりやす息を吐きだした。ここまで来てそんなことを聞かれたらたまったものじゃないと、梓はトーマと準の気苦労を少しだけ分けてもらった気分だった。

 

 

「じゃあ、何が聞きたいの?」

「……その脚」

 

 

 梓の問いかけに、小雪は指差しを以て答えた。その指先は揺れることなく梓の太もも付近を指しており、視線は梓の上半身などないもののように、腰から下の下半身を忌避されたものを見るように睨みつけていた。

 

 

「気持ちが悪い」

「酷い言われようね。確かに女の子にしちゃちょっとばかりゴツイかもしれないけど――――」

「とぼけるな。そんな話はしてないよ」

 

 

 自分の足を(さす)りながら苦笑いしていた梓に苛立ちを覚えた小雪は、さらに核心をつくような、梓の心の内を抉るような言葉をぶつけた。とぼけるな、その言葉通り、知っていることをすべて話せと強要しているのだ。

 その言葉が梓の中の何かに触れたのか、梓の態度が急変する。先程準に見せたような態度であり、少し違う。支配された感情は燃えるような怒りではなく、気だるそうな憤りに駆られたようなもので、目を細めて小雪をまじろぎもせず見ていた。その視線に、小雪が僅かに動揺する。

 

 

「何が言いたいのか、分からないわね。はっきりと言ってくれない?」

「っ……。お前の、脚。僕と近い。似ているけど、一緒じゃない。何か目的があって鍛えたんだろうけど、そんなの僕は認めない」

「アンタに認められなきゃいけないことはないでしょ」

「目的が、上を目指すだとか、誰かを守るだとか、人のためじゃない時点で許せないんだ」

 

 

 小雪の脚は友を守るために、決して怠けることなく弛まぬ自己研鑽に取り組み鍛えられた。自身が戦闘に臨むことで、友人と家族を守ろうと誓い、元からあった“天賦の才能”を腐らせることなく、その脚を“壁を越えた者”と同格の最高級品へと昇華させた逸品である。足技限定とするのであれば、武道四天王にも匹敵する脚力が備わっている。

 小雪はそれに自信を持っており、それを誇りとしている。己のアイデンティティーとも言えるまでに鍛え上げた脚に匹敵する脚を持つ者を、小雪が気にしないわけがなかった。

 加えて、目の前にある脚が鍛えられた理由が気に入らない。小雪はその理由を何故か把握できてしまっていた。全てを理解したわけではないが、“守る”や“一番になる”といった大まかなものは瞬間的に理解できた。

 

 

「“復讐”なんて、“痛めつける”なんて、そんな悲しい理由で僕の脚に及ぼうとしないでよ…………。越えようとしないでよ!」

「……うーん。やっぱり同族って奴なのかな。そうそう簡単に目的なんて読まれないと思ってたんだけど……。やっぱり、アレの言う通り。アンタと私はすごく密接な関係で、憎しみ合う関係みたいだね」

 

 

 梓は呆れたように頭を掻く。梓が言うところの“アレ”は何か分からないが、小雪もその説明に呆れるほど納得できてしまっていた。特に、憎しみ合う関係というのには何故かしっくりきていた。

 出会ったばかりの人物に、まるで生前からの恨みでも持ち越しているような、そんな気分に陥っていたのだ。

 

 

「そういうアンタの目的は、誰かを“守る”ってところだね。崇高で誇るべき目的だと思うよ。勿論、私はそれを憎むべきなんだろうけどね。目的には恨みはないよ。アンタのその幸せそうな顔に、何故か無性に腹が立つんだよ。初対面もいいところなのにね」

 

 

 どうやら梓も、小雪に対し表現できない恨みや憎しみを抱えているようだった。それも、小雪が梓に抱えているものと近く、近似していると言えるもの。

 

 

 

 

 

「同族嫌悪は、一方通行じゃないんだよ?」

 

 

 

 

 

 ゾクリと、小雪は下半身が氷漬けにされたように固まり、急速に血液が冷え切っていく感覚に襲われた。小雪に向けられた梓の殺気に近い嫌悪感は、小雪の両足を銛で乱雑で打ち付けたように固定し、筋肉を収縮させ硬直させた。

 

 

「アンタが私に嫌悪感を抱いているのは、合った瞬間に分かった。それこそ、アンタが私に出会った瞬間に嫌悪感を抱いたって事なんだろうけど。私たちは本当に似た者同士だね。出会った瞬間、一目惚れし合っちゃったようだ。真っ黒で真っ暗な、純悪な憎み合い()

「…………」

「だからって、取って食いはしないから安心してよ。こういう生前的憎しみってのは前世が関係しているのか、詳しいところは分からない。けど、アンタの性格とかはまだ知らない。これ以上マイナスになることはないだろうし、これからプラスを作っていきましょうよ、ね?」

 

 

 その言葉に嘘偽りはない、そう確信できた小雪だったが、先程の嫌悪感同様根拠は非常に曖昧なものだった。ただ、それを真実と分かっても、素直にその意見に賛同することはできなかった。言っていることは争いを産まず、実に和平的だということはわかる。平和的に話し合いと今後の付き合いを用いて、憎しみをうまく調和しようという算段も理解できる。それでも、小雪はそれに“YES”と答えられなかった。

 

 

「……前向きに、転倒する」

「――――確かに後ろに倒れ込むよりは、前のめりに倒れた方が良い印象を与えるわね。好印象のようで何より」

 

 

 ――――あれ、トーマの言いそうなことを言っただけなんだけど。

 

 

 実際は前向きに転倒ではなく、前向きに検討と言いたかったのだが、うろ覚えの言葉且つ普段から使用しない言葉、加えてこの緊迫した状況で頭が回らなかったのもありいい間違えてしまったのであった。しかし、意は汲み取ってくれたようで少しホッとした小雪であった。

 

 

「まぁ、気楽気のままに、憎しみをそこそこに消していこうよ」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「川神百代鎮圧計画――――。それが大和くんが苦しんでる理由なんだよ」

 

 

 午後三時。カステラ一番、電話は二番、三時のおやつで有名な、午後の間食、アフタヌーンティーが行われる時刻。

 変態の橋で、頭に包帯を巻いている黒髪の少女は、ついに核心に迫る話を切り出した。それを聞いた準と小雪は驚き動揺する。その内容にも驚いたが、その内容を聞いてしまった、喋ってしまったという事実に驚愕を禁じ得なかったのだ。

 

 

「お、おい先輩! それで大丈夫なんすか? 俺たち、それで直江の苦しむ理由に辿り着けるんですか?」

「間接的に、遠回り。けど、遠回りなだけで近づくことには変わらない。私は橘さんが言いたかったことの、前半くらいを喋ってもいいってだけ。何せ百代ちゃんの時と違って、この作戦に加担していた人物は片手で数えられちゃうからね。折り返しもいいところだ」

 

 

 少女は右手を広げて三人に掌を突き付ける。今まで冬馬たちが出会った関係者は、橘天衣、南浦梓、そして松永燕。この三人だけで既に前半を過ぎたと、折り返しという言葉を用いて燕は伝える。

 

 

「準が脱落したのは、妥当なタイミングだったようですね」

 

 

 ここで冬馬が自身の予定通りにことが運んでいたのだと再確認した。天衣と話していた時、既に準が脱落し小雪だけが残るビジョンを想像していた。そのタイミングは、ちょうど折り返し地点を過ぎた頃だという予測を打ち立てていた。

 しかし、準は冬馬が思うよりも早く、第二関門である梓の時点で爆発してしまったのだ。この時の冬馬の誤算は、準と梓が本音を言い合える関係にあったことだろう。これが天衣同様、初対面に近い人物であったら、準はもう二、三人は堪えることができただろう。だが、もう一つの誤算が冬馬の予測を正しいものにしてしまった。

 それは、関係者があまりにも少なかったことにある。冬馬の予測では十人弱、つまり、順の爆発予想である折り返し地点では、既に五人の人間と対話していると考えていたのだ。

 二つの誤算、悲しき誤算と嬉しき誤算が混じり合って、冬馬の予定より早くことが進んでいた。

 

 

「それより、その、鎮圧作戦って、大和が加担してるの!?」

「加担、だったらまだ幾分かマシだったろうね」

 

 

 大和が自身の姉貴分を陥れる作戦に参加しているという事実に、小雪はどうしても納得できず燕に詰め寄った。しかし、燕が浮かべた表情は誰かを憐れむようなもので、小雪の言い分に対する単なる否定ではなかった。それは、大和の立場がそれよりも悪い状況であると仄めかすようなものだった。

 

 

「大和くんはね、今回の作戦の首謀者なんだ」

「え――――」

「指導者、立案者。どう言い換えてもいいけど、モモちゃんの討伐を依頼したのは、他ならぬ大和くんだよ」

 

 

 燕が突きつけた事実は突拍子過ぎて、準や小雪だけでなく、頭脳労働担当の冬馬の思考回路すらも停止させてしまった。

 

 

「大和くんが、そんなことをするとは思えません」

「確かに……直江がそうまでして止める理由が分からん」

「大和はそんな友達にそんなことしないよ!」

 

 

 その停止された頭脳から絞り出された言葉は、大和の人格を考慮しての否定だった。直江大和という人間は、家族とも呼べる仲間を第一に考えた行動をとり、その行動の末に自身が犠牲になることも厭わない。卑怯で姑息な手段を用いることでも知られているが、それは自己犠牲と仲間を守るという意志から生まれた手段。自身にかかった責任は転嫁することはせず、逆に仲間が背負った責務を請け負う程。そんな人間が、仲間を、姉貴分を売るような真似をするはずがない。

 そう確信している葵ファミリー。冬馬はその人間性と覚悟を決めている姿に惚れ込み、準はクラスの垣根を越えてくだらない話ができる友と思い、小雪は彼の無自覚の優しさに助けられ恋心に近い恩義を感じている。

 

 

 

 

 

「罪悪感で潰されそうだって言ったら、どうする?」

 

 

 

 

 

 その確信が、揺らぐ。

 

 

 

 

 

「しかも、その罪を背負うことで、モモちゃんが幸せになれる未来が待っているとしたら、どうする?」

 

 

 

 

 

 その確信が、崩れる。

 

 

 

 

 

「責任を背負うタイプで、軍師なんて相性がある程頼れる存在ってのは、抱え込みやすいんだ。あの子、成功してから説明するタイプだし」

 

 

 締めの言葉が、三人の意志を逆転させてしまった。文字通りの絶句。声が喉に詰まり、表現しようにも言葉にならず外へ出ようとしない。その様が、正鵠を射る、言い得て妙といった言葉体現させていた。

 

 

「納得せざるを得ないでしょ? 特に、一度大和くんの姿を見た人ならさ。一昨日くらいから、かな。大和くんがファミリーの皆から責め立てられて、その時庇ってくれるはずの人物がいなかったんだから」

「庇ってくれる、人物?」

「今回の作戦に直接関わりはないけど、君たちが言うところの真実に近い子。それと、あそこのまとめ役、リーダー」

 

 

 真実に近い子というのは理解できなかったが、リーダーという言葉は三人が同じ人物を連想させるには十分すぎる言葉だった。

 風間翔一。大和が頭脳役として機能している幼馴染グループ、その名は彼の苗字を使用し風間ファミリーと呼ばれている。その翔一が、大和を庇う位置についているというのが意外、そう考える冬馬たち。しかし、考えればそれなりの予測はついた。

 

 

「輪を乱さず、収めようと努力したのですね。彼らは感情的になる人たちですからね」

「それに、あいつらが一番長い付き合いだろ。モモ先輩の妹もそうだが……あっ」

「うん。僕もそう思う。真実に近い子っていうのは、ワン子のことだね」

「……ここまで来たら、私が話す必要がなくなっちゃったねん」

 

 

 燕が呆れたように息を大きく吐き出した。友人のこととなると頭の回転が何十倍にも早くなる。そんな人材がゴロゴロ転がっているこの川神という土地に、川神学園という逸材の宝庫に、転校して二ヶ月弱の燕はまだまだ驚かされていた。

 口にしたとおり、これ以上燕が話すわけには行かなかった。次に向かうべき人物のことを早めに教えようとした、その時だった。

 その伝えようとしている人物が、燕の目の前、冬馬たち三人の背後から四人に向かって歩いてきていたのだ。その足取りは覚束なくフラフラとしており、まるで生気が感じられないようだった。

 背後に向けている燕の視線に、いち早く小雪が気づいた。いや、それよりも強く、背後から近づいてくる人物の気配を察知したのだ。小雪はその人物が誰か分かった途端、瞬時に振り返った。

 

 

 

 

「――――やま、と」

 

 

 





 自分と似たものを愛し求める人もいれば、自分と反対なものを愛し、これを追及する人もいる。

 ゲーテ

◆◆◆◆◆◆

 予定より二日も遅れてしまいました。申し訳ありません。全ては我が友人のせいです。責任転嫁です。貫徹なんて、そうそうするもんじゃあないですね。
 小雪が感情豊かになればなるほど、書きづらくなります。沈んで、はしゃぐ。そればかりだった子が人並みに照れたり、泣いたり、怒ったり、笑ったり。不思議ちゃんのような一面がありつつ、京よりも人間臭い。救われた小雪、純小雪とすると、彼女は表現が一番難しいキャラだと思います。一番簡単なのは……どう足掻いてもオリキャラ。至極当然ですね。

 MNSコンテスト番外編。辻堂さんのコンテストロード。今回は短くぶっ飛ばします。総勢14名のうちメインヒロインだけの結果を、漢字二文字で表すなら、凄惨でしょう。ワースト3の中に血塗れの恋奈と皆殺しのマキがいる時点で崩壊しているので……マキさんダントツ最下位おめでとうございます!
 すべてがズバ抜けているらしい喧嘩狼でさえ6位、これはひどいですね。

 さて、本編でリクエストがございましたので、一応リストアップしていこうと思います。
 それでは、33名+さくらちゃんの総勢34名のうち、下から順に行きましょう。下位14名です。
 追記:計算方法にミスが発覚したため、計算し直した結果を報告いたします。大した変動はありませんが。一位が単独になったりとしたので、気持ちの良い感じにはなりました。申し訳ございませんでした。


  林冲   CCCBD 総評C 10
 板垣辰子 CCCBC 総評C 11
 松永 燕  CCBCC 総評C 11
 不死川心 CCDSC 総評C 12
 板垣亜巳 BCBBC 総評B 13
 九鬼揚羽 BCSCD 総評B 13
 川神一子 CCCAB 総評B 13
 川神百代 SCBCD 総評B 13
 南條・M・虎子 CDBSD 総評B 14
 黛由紀江 SCACD 総評B 14
 マルギッテ BCABC 総評B 14
 小島梅子 BBCSC 総評B 15
 矢場弓子 BBABC 総評B 15
 甘粕真与 CBCAA 総評B 15
 
 となりました。5つのアルファベット評価ですが、左からバスト、ウェスト、ヒップ、ヒップウェスト比、バストウェスト比となります。
 無印メインヒロイン3名と、Sメインヒロインが4名、早くも脱落です。人気投票を逆さにしてシェイクしたようです。ちらほらSの値が見えますが、あくまでバランス、スタイル美を競っています。突出していては後半で下がりますし、かといってバランスだけ追求しても出るとこが出ていなければダメなのです。世知辛い審査です。我ながら。

 予告。引き続き発表。
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