真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜 作:霜焼雪
柿本人麻呂
とある少年少女たちの秘密基地。秘密基地と前置いたが、少なくともそれは未成年の学生たちが有するような秘密基地という規模を遥かに超えている。それは会社が経営されていてもおかしくのないほど立派なビル、だったもの。立派だった頃の荘厳さは、ひび割れた外装から抜けきってしまっている。
廃ビルや廃墟と銘打てるその建物は、電気は通っていないものの、鞭打たれつつ秘密基地として新しい役目を全うしている。電気が通っていないことでその建造物はより廃れた印象を擦り付けるため、事情を知らない不良が溜まり場にしようと画策するほどである。
その廃ビルは今、厳重な監視下に置かれていた。
監視を敢行している集団は、統一感と清潔感のあるメイド服や燕尾服を身に纏った十数名で構成されていた。しかし、その部隊の中に、統一性を破壊するような学生服と病人服という異色二名が、部隊の中に混じっていた。
その集団は廃ビルの敷地から十数メートル離れた位置に配備されていた。皆の面持ちは真剣そのもの。中にはあまりの緊張で喉を乾かし枯らし過ぎ、苦しそうにむせている者までいた。廃ビルも普段とは違う空気に肩身が狭いのか、風化してしまっている外壁がガラリと少しだけ崩れてしまう。
そんな彼らの指揮を執っているのは、ここに集った九鬼従者部隊の中で序列の最も高い男、クラウディオ・ネエロ。そして、従者部隊に属してはいないが、クラウディオら従者部隊と比類してそこに立っている異色の二名のうち一人、学生服こと松永燕だった。
彼らは廃ビル内の情報を把握することが完全にはできない。あの廃ビルは一種の危険区域に指定されている。中にいる情緒不安定な化け物、起爆寸前の爆弾、それが今落ち着ける場所はあの廃ビルしかない状況だった。迂闊に突撃してしまえば、化け物が暴走してしまうことは必死だろう。その化け物が外に飛び出してしまうほど危険な状態になった時にしか彼らは動けない。そういう制約を課されている。
内通者からの簡単な通達は常時メールで送られてくる。それでも、その現場の雰囲気や空気は文面では中々伝わる物ではない。箇条書きに近い文面ではなおさらだ。見守ることしかできない自分を、クラウディオはむずがゆく思っていた。
もう一人の指揮監督、松永燕は現状の危うさに武者震いしていた。廃ビルという檻の中にいる猛獣が暴れて外に出た時、それを食い止め鎮圧させる役目を任されてしまった。その重圧と、僅かに感じる猛獣の高ぶる闘気のせいで、燕は身体を震わせてしまっていたのだ。
以前その鎮圧という役目を全うできなかったこともあり、燕の身体はより萎縮してしまっている。
「いっつぅ……」
ズキっと、頭部に走った痛覚に燕は顔を歪ませた。特に傷を負っている訳ではないし、病を患っていたりもしない。これは化け物に植え付けられた怪我の遺恨、痛覚の残滓、心的外傷が表層に現れているのだ。
――――梓ちゃんはいいなぁ、捜索部隊で……。こちとらあの一戦以来、百代ちゃんとはすっごい険悪なムードだっていうのにさ?
愚痴を言葉には出さず、松永は自身の武器を確認する。腰に付けられた複数のホルダーに手を添え、それに視線を落とし深呼吸をする。
自分の肉親が作ってくれた近代武器。様々な要因からそう簡単に使える代物ではないが、あると確認するだけで心の余裕ができた。
いざとなれば、これを使うことも視野に入れなくてはならないと、燕は覚悟を決めてこの場に立っていた。
「クラウディオさーん。俺病み上がりなんですけど。退院直後の指令がきつすぎです」
そんな折、緊迫していた空気の中で、平然としている男の声がクラウディオに向けて放たれた。その男は燕も心の片隅で注意していた異色の残り一人、病人服を着た男だった。
燕は部外者ながら一度注意しようかと考えたが、その考えは瞬間的に消え去った。その男の纏っている闘気が、ただの従者部隊と思えない程濃い密度で、その闘気のぶれが一切感じ取れなかったからだ。異色と異常さが相まって、病人服の姿は空間から淘汰されたように独立して存在しているように見えてしまう。
強い、病人服の姿を一目見ただけで、燕は病人服の力量を垣間見ていた。
「我慢しなさい。今の貴方でも“あれ”を止める役には立ちます」
「善処しますけど、なんでここに桐山くんと小十郎がいないんですか。戦闘できる筈なのに」
「鯉は捜索部隊です。小十郎は揚羽様のお供でシンガポールに」
「桐山くん捜索部隊なんですか? ずるいなぁ。九鬼の若者でも強者だっていうのに」
――――なんか、似た状況みたいね。
何故自分の方が戦闘部隊に配属されているのか、その一点において少しばかり不満を覚えていることに、燕は病人服に同意できた。
「仕方ないですね、それじゃあ気張ります。今の自分がどれだけできるか、いいテストです。けど、そうならない方が良いんですよね?」
「無論です」
病人服はクラウディオから離れて自分の持ち場に戻っていった。すると、その持ち場は燕の待機場所と隣接していたようで、声をかけようと思えばすぐにでもかけられる位置だった。距離は空いているものの、夜の静けさが声をよく通すために、話すぐらいでは全く問題にならない空間であった。
「退院直後なんですか?」
気軽に話しかけやすい立ち位置にいる病人服に、好奇心旺盛な燕が声をかけない訳がなかった。その問いかけが自分に向けられたものだとすぐに気付いた病人服は、燕の方へ身体を向けた。
「ええ、ちょっとありましてね。先日退院したばかりなんですよ。急な出動要請に加えて執事服もサイズが合わなくて、こんな見窄らしい格好でここに来るはめに……。いやはや失礼、お目汚しをしてしまい」
病人服は自身の服装を自嘲していた。それほど汚くも古くもない、一般的な病人服よりは小奇麗な服であるため、燕はその
「いえいえ、お気になさらず。どこか悪かった――――んですよね? 入院していたんですから」
「そうですね。二年間くらい昏睡状態でして。ここ一週間前に起きたばかりです」
はははと苦笑している病人服に、燕は驚愕を禁じ得なかった。そんな状態の人物がこの場にいるということ、それを九鬼の従者部隊でも聡明なクラウディオが止めなかったこと。そして何より、目覚めたばかりの人間がこんなにも強い気配を纏っているということが、燕にはどうしても納得できなかった。
そして同時に、病人服を着ていることにも納得していた。病人服の隙間からわずかに見えるその肉体は、洗練されきった従者のそれではなかった。ところどころ骨ばった体に、ほっそりとした四肢。腕の太さがそのまま強さに繋がるということは決してないが、その細さは虚弱からくるものだ。弱々しさではなく、痛々しさを覚える病人の身体だった。
――――大丈夫なのかな? 突風で吹き飛ばされちゃいそうだよ……。
そんな燕の戸惑っている様子を見て、病人服はニッコリと笑った。
「大丈夫ですよ」
「え?」
心の内が読まれたような錯覚に陥り、あまり表情を崩さない燕が目を見開き驚いた。
「俺はそんな軟じゃないですから。寧ろ強くなりましたよ。臨死体験が俺を強くしました。何も恐れるものはありません」
その自信はどこから湧いてきているのか、燕は解らなかった。細々とした両腕、骨が浮き出ている両脚、肺や心臓まで透けて見えるのではないかと思わせる肋骨。自信など湧くはずのない弱体化した身体の持ち主は、これ以上ないくらい強気であった。
はったりや虚勢を張っている、燕のその考えは一瞬にして吹き飛んでしまう。その言葉に嘘がないということだけは、燕も自信を持つことができた。
しかし、その自信がどこから湧いてきているのかを理解できていないのは燕だけではない。
病人服も、その自信の源が何なのかを明確に理解できている訳ではない。ただ、それが虚構でないことだけは確信が持てた。あの神様擬きの人間臭い少年姿の何かから、男は自信というものを勝ち得ていた。
会話を交わしたことにより、二人は顔見知りより少し近しい仲になった。仄かな絆のようなものが芽生えたようで、次のステップに映るのは造作もないことだった。
「……お名前を聞いてもいいですか?」
「九鬼従者部隊序列元十二番、現在は番外。三条成実といいます。以後、お見知りおきを」
病人服こと三条成実は、燕に向き合いしっかりと頭を下げる。そのあまりにも綺麗な動作に、燕も思わず「ま、松永燕、です!」と盛大に動揺しつつ頭を下げてしまう。その慌てた挙動は傍から見ているクラウディオを、何故かノスタルジックな思いに引き込むようなものだった。
――――成実は昔から引く手数多ですね。直ぐに女性と仲良くなるんですから。
「さて、互いに自己紹介も済んだことですし、ほんの少し戦法を教えてください。少しでも動きやすい連携が組めればいいかなと思いまして」
「いいですけど、本当にやる気ですか?」
さっさと本題に入ろうと言わんばかりに、成実は懐に入れていたメモ帳と万年筆を取り出して燕の言葉を待っていた。いきなり聞かれたこともあったが、燕は何より連携という言葉に納得がいかなかった。連携ということはつまり、燕が成実と協力して化け物と相対する、ということ。勿論、成実以外にも従者はいることも忘れてはいない。しかし、成実の言いぶりと雰囲気は明らかに当事者のものだった。
「やる気って聞かれれば、やる気ですよ」
「申し訳ないんですけど、戦えるんですか? その、二年寝ていたんですよね?」
「二回目の確認、ですか。答えは変わらずイエスです。戦えるはずですよ」
――――不安だなぁ。
「そう不安そうにしないでください。大丈夫、策はありますから」
「…………失礼ですけど、三条さん。エスパーか何かですか? 分かりやすく顔に出しているつもりはないんですけど……」
「十分に分かりやすいですよ。声の調子とか、ちょっとした仕草とか。嘘をついているかどうかはすぐ見抜けますし、動揺なんかは声だけで判断できます。八割がた勘ですけど」
「最後のセリフで全て台無しですよ」
少しでも感心した自分が愚かだったと、燕は大きくため息を吐いて再び成実を見据える。その成実を見つめる瞳の奥に宿る感情は、好奇心から呆れに映った。疑問は未だに残り続けているが、意味合いが違う。“何故病人がこのような危険地帯にいるのか?”という疑問は、“何故このような病人が危険地帯にいるのか?”という疑問へすり替わっていた。前者は病人を案じているが、後者は病人を奇異なものとして扱っている。
「えっと、燕ちゃん。色々と話したいことはあるんだけど、まずは一番に聞いておきたいことを聞かせてもらうね」
その燕の変化に気づいた成実は決して咎めることも責めることも、疑問を持つことすらせずにただ口調を変えた。事務的なものから日常的なものへ、警戒心を露骨に緩めた現れだ。唐突にフランクな対応になった成実にほんの少しだけ驚いた燕だったが、声を上げたり理由を尋ねたりせずに話を続ける。それどころか、対抗意識に近い何かを燃やし始め、
「何ですか? 成実さん」
などと、下の名前で呼び返した。この数日後、何故急に自分もこんなにい親しげに名前を呼んだのかと、時間差で恥ずかしくなり枕に顔を押し付けて叫ぶ燕が見られるのは少し先の話。
「あの中にいる標的のことだけど……。どう、勝てそう?」
「――――私一人だと、足止めが限度かなって思います」
自身の性能をあくまで客観視した結果、燕は自身の勝利の望みの薄さを吐露した。客観視したもの言いとは言え、その表情は暗いもの。地震の不甲斐なさを、非力さを悔やむもの。
「切り札がないことはないんです。でも、それも恐らく当たらない。今みたいな状況なら尚更、感覚が野生的になりすぎてると、私の切り札は通用しない」
「ふんふん、なるほど。今回の場合、“アイツ”の神経が研ぎ澄まされていて、それを使用しても意味がないと。その一撃必殺の切り札に相当の自信があるみたいだね」
――――えっ?
「「なんでそう思った?」って顔してる。少し落ち着きなよ。そんな言い分じゃあ、出会ってばっかりの俺に切り札を暴露してるようなもんだ。今は味方でも後先のことは誰にも分からない。言葉は選んだ方がいいよ」
燕は成実が自身の切り札を一撃必殺の単発タイプだと言い当てた。正確に言えば、彼女の切り札、決戦武装“平蜘蛛”は単発の切り札ではなく、汎用性の高い近代武器。しかし、燕の脳裏に浮かんだ光景は成実の言う通り、一撃での決着だった。平蜘蛛に貯められたエネルギーを圧縮し放出した砲撃、それこそが彼女の思い描く化物に対する勝利であった。
その光景を読み取ったかのような口ぶりの成実。燕は自身の口にした言葉を思い返そうとする前に、成実が講釈を垂れる。
「“当たらない”ことを危惧してるんだろ? じゃあ言い換えれば当たれば勝てるってことでしょ? しかも当たった後のことを考慮してないから、攻撃を繋げるような戦法じゃなさそうだ。俺の知識と経験じゃあ、そうそう連続攻撃を切り札としているのに当たるか当たらないかを気にしてる奴はいないよ」
「で、でも。初撃が当たるかどうかは重要でしょ?」
燕は知らず知らずの内に敬語を解いていた。ほんの少しだけ自分の中身を覗かれたことによる反動が、意地を張るという行動になって体現している。これは子供で言うところの“ムキになる”ということと同義だ。
「違うよ。そんな必殺技にスピードがある奴は初撃を気にしない。重要なのは“どうやって相手に当てるか”だ。“当たらない”なんて選択肢は最初から頭にないんだよ。ひょっとしたら、大半の奴はそれすら考えないだろうね。何せスピード自慢だ。当たることは前提で考えているんだろうさ。それに比べ、当たるかどうかを気にしてるってことは、初速とか気にしちゃってる隙が大きな証拠。スピード自慢が絶対に気にしないであろう項目だろう?」
「っ――――」
「そうだよ。気づいただろうけど、君の切り札ってのはタメも動作も大振りだ。だからこそ、ヒットを気にするんだ」
燕の切り札に関する情報を、事前に見聞きしていない成実が断言する口調を使用し始める。今までの自身の憶測からなされた懇切丁寧な説明は、全て正しいと燕めの目が物語っていた。
「逆に珍しいものさ。当たれば確実に勝てる自信があるんだから。そういう自信は嫌いじゃない。けど、ちょっと落ち着こうか。あの廃ビルの中で燻ってる闘気、殺気かな。あれが不気味なのはよく分かる。それでも動揺はしちゃダメだ。その腰についてるホルダーのどれがダミーで、どれが切り札か察せられてしまうその時点で、君は敗北の道まっしぐら。触るのはいいけど、ちゃんと考えてからにしようか?」
言われて初めて気がついた自身の失態に、燕は背筋に悪寒が走るのを感じた。敵とは言い切れないが、少なくとも心を完全に許せるような人間がいないこのアウェーな空間において、あまりにも意識を武器に集中させすぎていた。思わず頭を抱えたくなったほど、燕は自分の愚かなに愕然としてしまう。
「――――たった、たった二、三回の会話で……」
「だけ? 違うよ。君が気づいてないだけで、俺は君のことをそれなりに観察していたし、目とか喉とか胴とか、五感から入る情報は全て利用させえてもらったよ。このあたりは祖母と母の教えの賜物かな。人の顔色を伺う最終奥義、“人の全身を舐め回す”って言ってたね、祖母は」
成実は最後にニッコリと笑う。潜ってきた修羅場の数、積み重ねてきた努力や知識は、目の前の病人に決して叶わないと、たった数分の会話で実感させられてしまった燕。実際に拳は交えていないものの、完全に優位に立った成実はご満悦だった。
「さて、じゃあその切り札の存在も確認できたし、本題。その切り札、瞬間回復ってのには有効なの?」
「え? えっと……。切り札って言っても、それを使うまでに普通の武器としても使えて、その中にある能力の一つで瞬間回復を封じないと……」
「それは電撃系? 吸収系? 相殺系?」
「相殺系ってのは分からないですけど……。私のは一応電撃で」
「うーん。電気って嫌いなんだよね。如何にも甚振ってるって感じするから」
自身の戦闘に対する流儀は打撃に限る、そう成実は大きく宣言し、電撃の使用を分かりやすく拒否した。
「まあ、それをヒュームさんに言ったら電撃の雨あられだったのは今から三年近く昔のこと……。おおう、あの時のことを思い出すと反射で腕が痺れる……っ!」
「えーっと、成実さん?」
「おっといけない。フラッシュバックしてる場合じゃなかった」
両腕の痺れを払うように腕を振り、成実は思い起こされたヒュームとの特訓の記憶を頭を振って忘れようとした。
「閑話休題。その瞬間回復を潰す役は俺が担おう」
「へ?」
――――この人は一体何を言っているの?
「「何言ってんだこのクソ病人が」くらいは思っているだろうけど。まあ任せてみてよ。ここの最後の砦はクラウさんなんだけど、その砦が崩される前に俺がいるんだよ。“アイツ”がこんなに暴走したタイミングで目が覚めちゃったのは、きっと運命っていうやつなんだろうね。なりきれなかった兄貴分として、体を張らせてもらう」
「そ、そんな無茶な――――!?」
成実を案ようと発せられた言葉は、成実から滲み出す不気味な闘気によって遮られた。燕の背中に先ほどのように悪寒が走ったが、周りの空気はやけに生ぬるく感じられた。この夏の夜に湿気の多い空気があることは当たり前なのだが、そのように生易しいものではなかった。
強いて例えるのであれば、自身の体温が周りの空気に持って行かれているような、体温が下がり周りの気温が上がる、不可解な突発的現象。それを支配しているのは、まず間違いなく目の前の病人服を着た執事。
成実は病人服の前の縛り紐を緩め、ジャケットを羽織っているかのように病人服をカジュアルに着こなす。その服の間から除く胴体は、二年間寝たきりという状況ではありえないほど引き締まった肉体美を見せつけ、中央に刻まれた十字の縫い傷が彼の病状を物語る。
――――その縫い傷は完全に塞がっているはずなのに、今にも張り裂けそうに赤く染まっていく。
「大丈夫だよ燕ちゃん。俺も化け物だから」
ビーッ!! ビーッ!!
「「っ!?」」
堂々と成実が化け物宣言をした直後、通達用の連絡機器が大きな音を立てて鳴り響きだした。全従者の通信機器も、成実や燕のもの同様けたたましく鳴り響いており、無機質な同音階の合唱が完成する。
精神を不安定にさせ焦燥感に駆らせるその大音響の中、一通の音声伝達が入る。
『警戒レベル、イエローからオレンジへ。総員、戦闘態勢に突入せよ』
◆◆◆◆◆◆
『――――ということですので、迅速な慶さんの保護をお願いします』
「こちらも全力で当たっておる。態々報告すまんのう、成実」
『仕事って理由だけで片付けられない状況みたいですしね。それでは俺も持ち場に戻ります。あの馬鹿は任せてください』
「頼んだぞ」
電話の応答者、川神鉄心は相手が通話を終了したことを確認してから携帯電話を閉じた。
鉄心は今回の九鬼との共同作戦において、捜索組の指揮を執っている。捜索組は茎従者部隊から複数人。そして中核をなしているのは、今回の作戦の提案者、川神鉄心。前回の川神百代鎮圧作戦において結果を残しきれなかった南浦梓、橘天衣。捜索対象の一番弟子、一子、今回の作戦の発端となった密告者、大道寺銑治郎。以上の五人と九鬼従者部隊により作戦は結構された。
中核をなしているとは言っても、五人は別行動で対象を捜索していた。五人固まっていては非効率だということが分かりやすい理由である。また、対象は探そうと思うと見つけられない稀有で奇妙な能力を保持している。そのため、少しでも遭遇率を上げるためには散開する必要があった。
先程の連絡は、廃ビルの化物が更に情緒不安定なったという通達で、鉄心にも焦りが見られてきた。
明日、明日までもってくれと、鉄心は願うしかできない自分が悔しかった。
しかし、いざという時のための備えならば鉄心にもできる。それは、対象の保護。廃ビルで燻っている猛獣の牙から逃れるために、対象を鳥籠の中へと収容しようという計画だった。
対象の悲願の成就は、明日の放課後。川神学園で達成される。それまでの間、化け物から逃がしきれば鉄心たちの策略勝ちだった。しかし、現在鉄心たちが見つけられない以上、捜索する必要性はないと思われがちである。
この計画は重要である理由は二つ。一つは、対象が明日に自分の目的が現れることを知らないということにある。対象は携帯電話を所持していない。連絡は天衣を通じて入れることもできたが、日時が決定したのが対象が逃走し行方を眩ませてからのことだった。故に、鉄心は対象にこのことを伝えなければならなかった。これは学長である鉄心の失態。悔恨の思いに鉄心は苛まれていた。
そしてもう一つは、廃ビルの化け物の精神状態にあった。あのままでは、化け物の心は容易く崩壊してしまう。誰彼構わず襲ってしまう狂戦士になるか、誰の声にも見向きもしない抜け殻になってしまう恐れがあった。それを防ぐためにも、今回のチャンスを逃すことはできなかった。早い段階で、対象と化け物の内に生じている誤解を解消する必要があったのだ。
「鉄心様」
そんな時、鉄心の背後から囁くような声が聞こえた。声の主は今回の捜索の協力者、九鬼の従者部隊を先導する役の担い手。
「桐山君か」
「九鬼従者部隊を数名出向かせていますが、板垣家の人間を一人も発見できていません。どうやら全員仕事に向かっているか、隠れているか……。自宅を捜索しましたが、
「解った。それでは――――」
「ええ。我々も地道な捜索に転じます。見つけ次第ご連絡いたします」
「うむ」
そう言うと、桐山鯉はその場から音も立てずに姿を消した。流石は“壁を越えた者”クラスの脚を持った実力者かと、こんな状況でも鉄心は素直に感心していた。
今回の計画には九鬼の人間も複数参加している。勿論、九鬼の上層部である人間の許可は下りている。その重要な許可を下したのは、九鬼揚羽とクラウディオ・ネエロであった。
九鬼揚羽は化け物の暴走を抑えるためならばと喜んで賛同してくれた。それは鉄心の読み通り、期待通りの結果であった。だが、鉄心はどうにも解せなかった。今回の作戦に最も協力的だったのが、執事の鑑であるクラウディオであったことだ。
鉄心が揚羽に協力を申請するより以前から、クラウディオは今回の騒動に対する動きを取っていた。まるで今回の騒ぎを“誰か”から聞かされていたかのような、そんな一歩先を読んでいた動き。
主の許可無く、この作戦に参加する意志を示すだけでなく、この作戦を自発的に企てることは、執事の鑑とは思えない行動だった。
本人に問い質しても、「執事ですから」とはぐらかしてくるばかり。実に掴み所のない回答であった。
「あれ、学長?」
そんなことを考えていた鉄心に向けて、思いもよらない人物の声がかけられた。鉄心は思わず振り返る。するとそこには、鉄心たちが必死になって探し求めている人物が、葱が二本突き出したスーパーの袋を肘の内側にかけて、まるでそこいらの専業主婦かのような姿をしていた。
その光景に、鉄心は思わず開口したまま閉じることを忘れてしまっていた。
「あ、天野……? 何をやっとるんじゃお主……?」
「何って、夜食用の買い物ですよ。私がこんな姿で修行でもしていると思いですか?」
捜索対象、天野慶は葱を突き出して小首を傾げてみせた。
よく見ると、慶の前面にはチェックのエプロンが装着されていた。これでは最早完全に主婦、主夫にしか見えなかった。
「皆仕事で頑張っていますからね。今日は鶏肉も安かったので、葱と鶏肉を炒めて疲労回復でも狙ってみようかなと思いまして」
「そ、その皆というのは、居候先の板垣家のことか?」
「え、ええ。よくご存知ですね。亜巳さん、辰子さん、天ちゃん、竜兵さん。それに時々竜兵さんの友達と、釈迦堂さん」
聞き覚えのある名前ばかり、鉄心はその中でも釈迦堂が呼ばれたことに頭を抱えた。何故釈迦堂に聞き出すことを忘れていたのかと失念していた。前々から釈迦堂刑部と板垣家が一緒にいるところを目撃されていることを知っていながら、すっかり頭の中から抜け落ちていた鉄心は自責の念に囚われてしまう。
「それで、今日はどうしました? 百代さんがまたこちらに向かっているのですか?」
「いや、今日は伝えられることのできなかったことを早く伝えねばと、必死にお主を探し回っていったのじゃ」
「伝えたいこと、と言いますと?」
いつも通りに――二年の空白があり、今日に至るまで会った回数もたかが知れているが、それでも鉄心は慶のことをよく見ていたと自負している――ふるまっている慶。しかし、そんな能面な表情も、鉄心の謂わんとするところの“伝えたいこと”によって壊される。
「お主の“復讐対象”、明日の放課後に体育館に現れるぞ。それも、全員じゃ」
瞬間、慶の表情が鬼神の如き形相へと変貌した。
「それは、確かだな」
その鬼気迫る声と気迫に、鉄心は思わず足を一歩下げてしまう。百戦錬磨の武人を一瞬とはいえ怯ませた慶は評価されて然るべきだが、そんな鉄心の同様や萎縮など眼中にない当人は、ただ鉄心の回答だけを待っていた。
「う、うむ。明日の放課後に、同窓会という名目で奴らを呼び寄せた」
「そう、ですか――――ははっ」
慶は、笑う。それこそ、鬼が辺りを殲滅し、殺戮と暴虐の限りを尽くしている時の、快楽の破顔。
極めて醜悪な顔の綻びに、鉄心は頭を悩ませ、悔やんだ。ここまで堕ちてしまった教え子を、どうして自分は堕ちる前に救うことができなかったのかと。
「あの時、二年前のあの時。華月を盾にされていたが故に、私は罪を被らざるを得なかった。しかし、今回は学長の手助けと、九鬼の監視の目がある。華月を縛る鎖が放たれたのを、私は既に確認している。あとはアイツらが揃う機会を待つだけだったが、こうも早く機会が訪れるとは。この廻り合わせを、神に、あるいは悪魔に万謝しましょう。遠慮なく、アイツらに制裁できる」
慶は不敵に笑う。自分が今どんな表情を浮かべているのかも考えもせず、ただただ笑っていた――――
すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて。
サルバドール・ダリ
◆◆◆◆◆◆
一週間ほどの投稿遅延申し訳ありません。なんとか時間を見つけては書いているのですが、どうにも月一の執筆ペースになりつつあります。私の書く稚拙な物語を、ありがたいことにお気に入り登録されている方には大変申し訳なく思っております。
今月中にもう一話投稿したいところなのですが、実は今回の三十話目にして一種の節目を予定しておりました執筆当初の計画案通り、綺麗に三十話で予定のところまで収まりました。怖いものです。
なので今回を切りとして、ほんの少し考察期間に入らせてもらいます。とは言っても、来月には再開できると思われますが、お待たせすることには変わりありません。申し訳ありません。ご了承ください。
この後、一週間以内に新しい章へ移るための繋ぎとして通常の半分程度の文章を執筆したいと思っております。一週間以内に、なんとか……!
だんだんと形式ばったあとがきの前半も、ふざけた後半のように崩れてきました。これが私の限界だったのでしょう。
みなとそふとへの愚痴。
私のメール返信してくださいお願いします。どのメールかは言いませんよ? そんな未練たらしくMNSコンテストの続きやりたいからって沙也佳ちゃんの慎ましいおっぱいとかクッキーたちのぴっちりスーツが張り付いたお尻とか局様のおそらく完璧であろうくびれとかが知りたいとかそんなゲスなことは一切書いておりませんけどね? そんな感じのメールに返信してみるといいのではないかと思った次第です。
結論。コンテスト存続のために、手段は選ばない。