真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――紅葉はいとどてりまさりけり


紀貫之


第四帖 あしひきの山かきくもりしぐるれど――――

 

 

「さあさあ、次々!」

 

 

 相撲部期待の新人と言われていた巨漢の女子生徒を場外へ片手で弾き飛ばした成実は、燕尾服の襟をビシッときれいに整え、爽やかな笑顔で挑戦者を待っていた。

 と言っても、既に学生の方は残り人数が片手で数えられるほどしか残っていなかった。

華月の奇策と言う名の悪戯に一本取られた成実だったが、それを帳消しにして尚お釣りがくるほどの戦績と実力を知らしめていた。

 全員が全員気絶して退場した訳ではないものの、華月以降の組手に関してはその対処は実に円滑で無駄がなかった。

 サッカーに夢中になっている一般生徒や見学に精を出している生徒より、武術を学んでいる生徒の数はは圧倒的に少ない。しかしそれでも、五十人以上の生徒が成実に対して牙を向いていた筈だった。

 

 

 しかし、今に至るまで成実がその中で苦戦したのは僅かに二人。その苦戦と言う表現が適しているかどうかも怪しいほど、彼には外傷も疲労もほとんどない。

 

 

 一人は成実のことを昔から熟知している、妹のような存在である日野宮華月。彼女は成実の性格を知っているからこそ、成実の攻撃が次第に強くなることを予見してひたすらに防御に徹していた。そして華月は、一矢を報いるためだけに三分間をじっくり使って反撃に成功した。

 一人は天真爛漫な性格で、成実がスタイルを診断した南条・M・虎子。骨法という成実にとって未経験に近い武術で挑み、成実の攻撃を軽やかに回避しながらペチペチと攻撃を当てて行った。しかし、勢いに乗りすぎたというか調子に乗りすぎた結果、鳩尾に一撃をもらって膝から崩れ落ちたが、成実に汗をかかせたのは華月に次いで二人目だ。

 

 

 そして残るは、僅かに三人。

 

 

 加えて残り時間は、五十分授業の内の三十分も残っている。

 

 

「じゃあ、次は私が行きます!」

 

 

 そしてその内の一人、真っ赤な髪を後頭部でまとめ上げた少女が死地に赴くと宣言する。

 少女は屈伸を繰り返し、下半身を重点的に解していく。その痛さが心地いいのか、少女は目をギュッと閉じて「んぅっ……!」と甘い声を漏らしていた。

 

 

「今思ったのだけど、梓は武術習っているのかい?」

「そう言えば、私もそこのところ聞いてないな」

 

 

 残った二人の少女が心配そうに訊ねた。当事者である梓はその問いに対して笑って答える。

 

 

「素人だよ」

「「えっ?」」

「なんちゃら流だとかホニャララ拳法だとか、そういうのは習ったことない」

 

 

 そんなところに通い詰めている余裕もなかったし、そう付け足して梓は準備運動を再開する。しかし、その事実は梓の勝利に対する期待値をガクッと落とすようなもの。梓に対する心配は増えるばかりだ。

 

 

「そ、それなのになんでこっちに残ったんだよ」

「何で? いやぁ、別にそう大層な理由はないよ?」

 

 

 梓は最後にピョンピョンと飛び跳ね体の力を抜いてぷらぷらと揺らす。その際に体操服と下着で抑えきれなかった平均以上の豊満な胸が、まるでばいんばいんと音でも立てているかのように大きく揺れる。見学者の男子はその胸に釘付けだった。

 

 

「さ、触ってもいいか?」

「百代さん、自重しようか」

 

 

 そして最も梓の胸に対する欲望を全開にさせていたのは、あろうことか同性の女子である百代だった。残りの生徒のうち最後の一人、慶は百代の首根っこを掴んで梓から勢いよく引き離す。

 梓はその光景を見て本当に楽しそうに笑い、真っ黒なスニーカーの靴の紐をギュッと結ぶ。その姿勢を見て、慶と百代はハッとする。

 

 

 梓の脚が、この世のものと思えない程に美しく見えたのだ。

 

 

 筋繊維が浮かび上がり織物のような柄を映し出しているようにも見え、白子のように柔らかそうな太腿に鋼のような硬さを感じる。モデルの頂に立つ女性よりも美しく、格闘技の頂点に君臨する女性よりも強かだ。

 この世にこれほど万民を魅了する羨望の天物があったかと、二人は梓の脚を見て思わず生唾を飲み込みかける。

 梓は自分の剥き出しになった太腿に、パンパン! と張り手を数回叩きつけて喝を入れる。叩けば叩くほど、磨けば磨くほど輝くを増す奇跡の両脚だ。

 百代はその脚に嫉妬する。「触ってもいいか?」なんて軽口を叩く暇もなく、梓の脚に見入り憧れ、妬んでしまった。自分以上の美しさに嫉妬する自分に、百代は醜さを覚えた。

 一方の慶は黄金を見つける。自分の左上半身と同じ黄金を、彼女の両脚に見たのだ。同族を見つけたように、慶は歓喜に打ち震える。今までいなかった同族に、天涯孤独の少女は破顔する。

 

 

「美しさは二人の特権じゃないかんね? 特にソラ!」

 

 

 慶は梓に心を読まれたようで思わず目を見開くが、梓の笑顔を見てすぐに顔を和らげる。梓の笑顔の温かみに、慶は既に虜になっているようだ。

 そんな慶に向け、梓は親指と人差し指を伸ばして右手で銃を模し、「BANG!」と片目を閉じた状態で慶の胸を打ち抜くふりをした。

 

 

「ぐはっ……!!」

「百代さん。今のは私に向けてだ」

 

 

 打ち抜かれていないはずの百代が慶の隣で膝を突き、胸をギュッと握りしめて息を荒げていた。

 そのいつもの日常を見て、梓は実に楽しそうに微笑んだ。

 

 

「えへへ、それじゃあ行ってきます!」

 

 

 ビシッ! と敬礼を決めてリングの中に梓は足を踏み入れた。

 

 

「正直な話、武術をしている振る舞いじゃないと言うのは、話を聞く前に既に分かっていたよ」

 

 

 そんな彼女たちのやり取りを全て見聞きしていたリングの主の成実は、梓に向けて怪訝そうな視線を彼女の両脚に向ける。

 

 

「けど、その脚はあのマザコンを見ているようでね。油断できなさそうで困っちゃうよ」

 

 

 にっこりと笑っているはずの成実のその声は至って真剣だった。真剣に対応しなければならないことなのに、思わず軽い口調になってしまうのは彼の悪い癖である。

 不安なことをはねのけるように軽口を放ち、どうでもいいようなことに真剣になって対応する、三条成実という人間の悪癖が滲み出た瞬間であった。

 

 

 

 

 

「……ちっ」

 

 

 

 

 

「………………な、なぁソラ。今の舌打ちって、まさかとは思うけど梓か……?」

「………………何も聞かなかったことにしよう。そうしたい。そうさせてくれ」

 

 

 梓は軽口を叩かれたと思い込み、僅かな苛立ちを表層に表してしまう。それを聞いた百代と慶は普段の梓との嬉しくないギャップに激しく動揺するが、何もなかったことにしようと梓の悪態から目を逸らすことにしたようだ。

 梓は苛立ちを沈め、軽いステップを刻み始める。トントンとリズムよく飛び跳ね、まるでテニスのフットワークのようにも見える。

 

 

「それじゃあ五十二人目、準備はいいネ?」

「ばっちりです!」

「それじゃあ、始メ!!」

 

 

 成実の姿勢は一撃目は受け手に回る、ということだった。それは最初の専守防衛の華月を除き、今までの五十人全てに共通している。今回も、成実は防御に専念していた。そういう条件で学生に挑んできたのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、成実は綺麗に一撃をもらってしまった。

 

 

 

 

 

「んぅっ――――!?」

 

 

 成実は驚愕の表情をさらに苦痛で歪め、腹部にめり込んだ梓の蹴りにより弾き飛ばされた。しかし、成実はリングから出ないように両手を地面に叩きつけ、地面に指先を突き刺して場外を免れる。

 開始時、梓と成実の間には三メートルは距離があった。それほどの距離を詰められようものなら、例え反応できなくとも詰められたという視覚による記憶は残るはずだ。

 しかし、成実は見えなかった。その動きに対する反応はおろか、出だしすらまともに見ることができなかった。学生としての対応ならば慢心はなかったと言えるが、“壁を越えた者”との戦いでは虚を突かれてしまったと認めざるを得ない、愚かさを自覚する。

 “壁を越えた脚”のようであると認識したばかりなのに、すぐに気を緩めてしまった自分に成実は呆れてしまう。

 その蹴りを入れた梓はと言うと、元の位置でつま先を地面に叩きつけて靴の位置を修正している。余裕綽々かつ得意淡々、自分の戦場を作り上げていた。

 

 

「――――あはっ」

 

 

 成実の口から自嘲のような笑い声が漏れた。成実は立ち上がりながら梓の蹴りで貫かれた腹部を摩り、周囲の目を気にせず躊躇うことなく笑い出す。

 

 

「あっははははは。こりゃ参ったね。鯉以上じゃないか、ったく。最近の学生はすごいなぁ……」

 

 

 成実は腹部と同時に頭も抑え、恍惚の表情を浮かべて梓を視界に入れる。攻撃に成功した梓は大して笑うことなく、ひたすらにステップを続けている。彼女なりの構えなのだろう。

 

 

「学生相手に本気出したなんて知られたらヒュームさんに大目玉食らっちゃうかもしれないけど、そんなの別にいいや。めいっぱい楽しもう」

 

 

 彼が危惧しているヒュームという人物が二年後、目の前の梓に片膝をつかせられる事態が発生するのだが、それを成実は知ることはない。

 成実は従者の戦闘強化担当によるお仕置きを覚悟して――――

 

 

 

 

 

 ――――上半身を一気に剥き出しにした。

 

 

 

 

 

「ふぇっ!?」

「あー……。やっと脱いだか」

「脱ぐんだね。やっぱり」

 

 

 実に鮮やかに、実に爽やかにそれは行われた。

 燕尾服の下に着ていたシャツの首元に親指を突き刺し、タイとボタンを力づくで引き剥がし、余していた左手で左の胸襟をはだけさせる様に広げつつ回転。遠心力を用いて右側の胸襟を露出させて同時に両肩を顕にする。

 するとどうだろうか。服が落ちないように両肘に引っかけたまま、右腕を臍部に、左腕をそのまま背後に残し、首筋を見せるように首を傾け、まるでモデルのようなポーズをとっているではないか。

 従者として鍛え抜かれたその筋肉は主張しすぎず、ギュッと引き締まった肉体美を演出している。

 

 

「な、ななな、何してんのよアンタ!?」

「これからは本気で行かせてもらうと言う、俺の誠心誠意のアピール、戦闘服さ!!」

「服ってか脱いでんじゃんか!!」

「まあ落ち着いてください。今手袋も取ってしまうから」

「その露出を今すぐやめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 梓が顔を真っ赤にして成実の奇行に叫び声を上げるが、梓は興奮しているからか男の裸を見慣れていないからなのか、成実を直視できないでいた。両手を勢いよくブンブンと振って大声を上げている辺り、男の体と言うものにあまり体勢がないのが大きな理由かもしれない。

 

 

「あっはははははは。なぁソラ。梓があんな大声あげてるぞ」

「何も聞こえないよ。聞こえたら負けだ。ふふふふふふふふ」

 

 

 梓と知り合ってまだ一ヶ月と立っていない二人だが、梓とは十年来の親友のように感じ取ってきた。そんな梓が壊れていく様に、二人はただ笑うしかなかった。

 

 

「さぁて、準備完了!」

「ふっざけんな!! 何が準備完了よ!!」

「いやぁ、やはり戦闘は露出してこそだよ」

 

 

 成実は燕尾服だった残骸を丁寧に畳み、華月の鞄の中にしまっていた。何で華月の鞄にしまっているんだと突っ込む余裕が、梓や百代や慶、さらには見学者の野次馬にすらなかったようだ。

 成実がせっせと服を畳んでいる隙に、百代は助言を送ろうと梓に声をかける。

 

 

「お、おーい梓」

「なによ!?」

 

 

 百代の声にさえも顔を真っ赤にして大声で返してしまう梓。どうやら混乱しているせいでうまく自制が効いていないようだ。

 百代は大声で梓に怒鳴られたということで大きなショックを受けつつ、何とか伝えなければいけに事を必死に伝えようとする。声は震わせないように気張っていたが、百代の脚は生まれたての小鹿のように崩れ落ちる寸前まで震えていた。

 

 

 

「……あ、え、えっとな? 成実さん脱ぐとリミッター外れるから、気を付けろよ?」

「リミッター……? えっ!? これ以上変質者になるっての!? ふざけたこと言わないでよ!!」

「違うそうじゃない。変態度の話ではなく、成実さんの本気が出るぞ、ということだよ」

 

 

 百代が梓の大声にノックアウトさせられて崩れ落ちてしまいそうになるのを、慶が必死に右腕で抱え上げる。もう梓に声をかける勇気も気力もなくなってしまった百代の代わりに、慶が梓に助言を伝えきった。

 梓は百代と慶が一体何を言っているのか分からなかったが、混乱と憤怒で支配されていた脳内が一気にクリアになってしまうほど、成実の威圧感に充てられてしまった。

 さっきまでの飄々とした態度が嘘のように、成実が纏っている気の質が豹変していたのだ。まるで抜身の刀のように鋭い気迫。

 そんな気迫を放ちながら、成実は靴と靴下をせっせと脱いでリングの外に放り投げていた。

 

 

「ルー先生。この子には五分延長で。勝てるか分からないですし」

 

 

 そう提案すると返事も聞かず、成実は両腕に全く力を入れないで中腰の姿勢を取る。華月との対決の最後に見せた、本気の構えだ。

 

 

「行くよ」

 

 

 成実が思い切り右足を一歩大きく前に出し、左足の親指に力を入れた瞬間、左足の親指が真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

 その真っ赤に染まった左足が爆発したように、接地面である地面が大きな爆音と砂煙を起こし、成実は瞬間的に梓の懐まで飛び込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「えっ――――」

「意趣返しだよ後輩!」

 

 

 成実はやられたようにやり返すため、右足の親指の付け根を梓の腹部に押し込んだ。先程の爆発的移動を目の当たりにしていた梓は直感で拙いと判断し、全力で後退しようと脚に力を入れる。

 しかし、成実の脚は既に真っ赤に染まっており、梓の逃走を許さない。

 

 

「そぉら!」

 

 

 ボン! と分かりやすく弾けた音と共に、梓の腹部に激しい衝撃が走った。梓は苦しそうな表情を浮かべながら吹き飛ばされたように後退するが、そうさせた成実の顔が少々浮かばれない。

 

 

「ちぇっ、入りきらなかったか」

「あっ、ぶなー……。もう少し遅かったらダウンしてたかも――――お?」

 

 

 そう言って梓は自分の腹部を摩るが、何か感触がおかしなことに気づいたようで疑問符を浮かべている。そっと梓は自分の腹部を見ると――――

 

 

 

 ――――見事に体操着が破け、いわゆるヘソ出しルックというスタイルにさせられていた。

 

 

 

 加えて、そのヘソ出しのためだけとは思えない程裾が短く持って行かれてしまったため、風に靡くと梓の黒い下着がチラリと見えてしまう。

 

 

「あっ、ごめんよ」

 

 

 ブチリ、と梓の中の何かが、成実のヘラヘラした軽い物言いによって引きちぎられた音がした。

 

 

 

 

 

「――――おいテメェ!!」

 

 

 

 

 

「えっ」

「えっ」

「テメェだこのドグサレセクハラ執事!! 首切らせてブタ箱ぶち込んでやる!!」

「それは勘弁願いたいなぁ。これ一応組手だし、服が破けてしまうのは不可抗力であってだね」

「うるっさい!!」

 

 

 怒りにまかせた梓の右足による上段蹴りが成実を襲うが、成実は対応を変えてそれを両手で確りと受け止めた。成実はその脚を掴み反撃しようとしたが、梓は成実に押し付けている右足を軸として飛び跳ね回転し、左足の踵を成実の脳天に叩き落とす。

 その踵落としを間一髪で避けた成実。その成実の代わりに踵落としを受けたリングは地面にタイヤ程のクレーターを作っていた。

 

 

「ちょ、なにその威力洒落になんないぅお!?」

 

 

 成実が踵落としの威力に思わず戦慄して声を漏らしてしまったことには何の関心も持たず、梓は地面に刺さった左足を軸に前転し、勢いをつけてさらに右足の踵落としを成実に差し向ける。

 一体どんな体の構造をしていたら左足を固定したまま前転できるのだと恐怖と困惑に支配されつつも、成実はようやく戦闘に集中し始める。

 梓の踵落としを両手で確りと止め、左手はそのまま足首を握り、右手は膝に人差し指をグッと押し付けた。その人差し指は先程の足の親指同様真っ赤に染まり、梓の膝で爆発する。

 

 

「いづっ!?」

 

 

 堪らず梓は思い切り足を引いて体勢を立て直す。引き剥がされた成実の両手からは煙も一切出ていないが、成実の両手の周りの大気が揺らめいて見える。

 梓は何が何だか分からないままだが、成実に掴まらないよう慎重になりつつも今度は胴体を狙って突進する。

 

 

 

 

 

手脚纏闘(しゅかくてんとう)。磨きがかかっているね」

 

 

 

 

 

 その様子を見て、慶がぼそりと呟いた。

 

 

「ああ。脱いだのは伊達じゃないな。手袋まで取ったんだ。本気で相手をしに来ているな」

「その、手脚纏闘とは一体何で候?」

 

 

 百代が慶の発言に賛同している様子を見てか、見学者の席からコソコソと解説を求めにやってきた弓子が質問を投げかけた。

 

 

「おおユミ。ユミはやらないのか?」

「更地且つ場外ありきの一対一での弓勝負など、負けが見えているで候」

 

 

 弓以外に戦える自信がないのか、それとも戦える何かを隠していても叶わないと諦めているのか、どちらにしろ弓子は成実との戦いに勝利を導く術を持ち合わせていないようだ。

 

 

「まあそこはやってみないと分からないものだけどね。あの人の技、基本受身だから」

「話が逸れてしまったで候。それで、その技と言うのは一体……?」

「あの人の技には威力の上限値があるが、接地面が小さければ小さい程、初動から時間が経てば経つほど威力が上がる、ある意味基本的な武術じゃ矛盾した技なんだよ」

「な、何だその奇天烈な武術は!?」

 

 

 思わず弓子が大声を上げて驚いてしまうが、それは無理もないことだろう。端的に言ってしまえば、殴るよりも撫でる方が破壊力が増すと言っているようなものだ。

 

 

「武って言っていいか怪しいレベル何だよなぁ。張り手を腕で止めたと思ったら本命は指先で、腕を握られて暫く手は動かなかった」

「あの人の拳を私はまともに見たことがないよ。じゃんけんで見た回数の方が多いと確信を以て言えるよ」

「デタラメで候……。それであの露出、梓が焦るのも頷けるで候」

 

 

 弓子がデタラメと呆れた武術を行使する男は、梓との決闘の最中笑顔を崩さない。一方の梓はひたすらに攻め手に回っているが、どうしても成実に一撃が届いていない。先程から受け止められて反撃を食らうばかりだった。

 梓が顔を真っ赤にして攻撃の手を止めないのは、成実の奇行のせいで梓の調子が崩されてしまっているからだと推測した弓子に、百代が解説を加える。

 

 

「ただ脱いだだけじゃないぞ? 成実さんの手脚纏闘は服を着ていると威力が落ちる。あの燕尾服は成実さんの爆発するような攻撃に耐えられるようにしてあるから、その分威力が制限されてしまうんだ」

「なるほど、一応理由はあったと」

「露出狂なのは昔からだけど」

「そういうことは先に言うで候!!」

 

 

 弓子が成実を指さして顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。弓子は成実がそのうち最後の城壁(パンツ)一つであの場に立とうとしているのではないかと考えただけで、ゾゾッと背筋に悪寒が走り体を身震いさせていた。

 

 

「成実さんの露出癖は知っていたからあれなのだけれど、正直なところ、注目すべきは梓だ」

 

 

 観衆の目が集約されてしまうのも無理はないんだけどね、そう付け足して慶は観察する見学人たちには聞こえないように苦言を漏らす。

 

 

「ああ。梓があそこまで闘えるとは思わなかったな」

「ごほん……。やはり梓は強いで候。脚を見てそれは何となくだが――――」

「それもそうなんだけどね、私が言いたいのはそういうことじゃないんだ」

 

 

 百代と弓子が梓の戦闘力にただ感心していたが、慶は論点はそこではないと言わんばかりに二人とは違う観点からの判断を口にする。

 

 

「あの脚を見るまで、あの脚が戦闘用の備えをするまで、それを感じ取れなかったんだよ? 私や弓子ならまだしも、武神と恐れられる百代さんまでもが、だ」

 

 

 そう言われて百代と弓子はハッとした。手を握ったり肩を組んだりと、コミュニケーションの大半をスキンシップで行う梓に触れる回数は何度もあった。それなのにも関わらず、武神ともあろう者が相手の力量を測り切れていなかったのだ。

 

 

「成実さんに服を脱がせたというのは、はっきり言って学生では名誉に相当する。あの人が本気になったということは、梓は成実さんから見て同等以上の武人とみなされたということだ。成実さんは“壁を越えた者”だからね」

「…………つ、つまり、梓は“マスタークラス”であるということで候?」

「それは分からない。けど、あの“脚”だけは間違いなく驚異だ。何も武を習っていなくてあそこまで磨き上げている。すごい――――筈なんだけどな」

 

 

 ふと、そこで慶の顔が沈んだように翳りを帯びた。弓子も百代もその慶の表情に思わず恐怖してしまう。

 何か、慶の心の奥にある黒い何かの果てしない深さを垣間見てしまったような気がしたから。

 

 

「せいやぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 その空気の重さを吹き飛ばしたのは、成実に対して低空で滑り込み足を払おうとする梓の絶叫だった。制限時間も残りわずか、成実も梓も勝負を決めにかかっていた。

 

 

「甘いよっ!」

 

 

 その滑り込みを成実は足の裏でがっちりと止め、再び爆発するような攻撃で梓を弾き飛ばす。

 しかし、梓はそれを待ってましたと言わんばかりに笑顔を浮かべて弾き飛ばされた。

 

 

「が、ぁ――――!?」

 

 

 爆発により悶絶しているのは成実の方だった。成実の足の裏を見ると、まるでナイフにでも切られたように一本の切り傷が刻まれており、そこから割と多めの出血が見られる。

 

 

「脚で私に勝てると思ったら大間違いよ?」

 

 

 汗を全身に滲ませ、それでも不敵に無骨に笑う梓は美しかった。最前列で見学していた観客の何割かが、思わず梓という芸術品に生唾を飲み込んで食い入ってしまう。

 一方、一矢報いられた成実の表情は少し崩れ始めていた。先程の余裕の笑みとは違い、戦いに対する愉悦から来る強烈な歓喜の破顔。加えて、痛みにより表情が歪んでしまうのを抑えつけようとする余計な力が、成実の笑顔をより猟奇的なものへと変貌させる。

 

 

「俺の技を真似るだけじゃなく、応用までしてくるなんてね……。正直恐れ入ったよ。戦る気じゃなくて殺る気で迎え撃つべきだったと、今更になって後悔しているよ……!」

「露出なんかしているからそういうことになるのよ?」

 

 

 一転攻勢、梓は成実の裸にも耐性をつけ、余裕の態度を取り戻して挑発する。

 

 

「つまり、初めから露出しておくべきだったということだろう?」

「違うわ!!」

「いやはや申し訳ない。時間もないし、ちょっと自分の愚かさに対しての怒りを糧にして――――八つ当たりさせてもらうことにするよ」

 

 

 梓が成実に再び翻弄された次の瞬間、成実の足もとが再び爆音とともに爆ぜたが、その爆ぜ方が妙だった。先程は梓に向かっての推進力を得るための爆発であったために、その爆風に乗った砂は梓から離れるように巻き上がっていた。しかし、今回の砂煙は成実全体を覆う様に、とにかく大きく高く舞い上がったのだ。

 

 

 梓は思わずその砂煙を見上げてしまい、しまった、と心の中で後悔した。

 

 

 梓の背後には既に、強烈な爆風を用いることなく素早く移動してきた成実が、掌と指先を梓の腰にグッと押し付けていた。

 

 

「手脚纏闘・竹丸(たけまる)

 

 

 ドンッ! と梓の腹部から強烈な音が響いた。

 

 

「ふ、うっ――――」

 

 

 梓は一度大きく目を見開いたが、その後体の全ての力が抜けきってしまったように目蓋を落とし崩れ落ちる。顔が地面に落ちそうになった梓を成実は素早く抱きかかえる。少しだけ息を整え、梓をお姫様抱っこで担ぎ、成実は百代たちの元へ近づいていく。

 

 

「はい。梓ちゃんです」

 

 

 そう言って成実は梓を百代に差し出した。百代はほんの少しだけ戸惑ったが、梓は気を失っているだけだと確認して安堵した後に、ゆっくりと梓を受け取った。

 成実は梓を渡し終わった後、予めリングの外に用意しておいた給水用のペットボトルを開封して口に運ぶ。本日一回目の補給がようやく行われた。

 ゴクゴクと音を立ててペットボトルの水を一気に飲みほした成実は、梓を見つめながら小さく呟く。

 

 

「化け物だね、その子」

「……どういうことかな、成実さん」

「貶している訳じゃない。ただ、俺は何度もその脚に攻撃したのに、全く意に介していなかった。どういうことかと思ってお姫様抱っこしたんだけどさ」

 

 

 そう言って成実は梓の脚を指さした。

 

 

 

 

 

「結局、俺は彼女の脚に傷一つ付けられなかったようだよ」

 

 

 

 

 

 そう言われて、百代たちは梓の脚を凝視する。痣や切り傷はおろか、ほんのちょっとしたかすり傷すらついていない梓の脚は、戦う前に準備体操をしていたまま、黄金を保ったままに百代たちの羨望を集約させていた。

 上半身は泥が付いたり擦り剝けたりと、あの爆発交じりの戦いでは当然の結果だろう。しかし、梓の脚に至っては泥一つ付着していない。

 

 

「原理は分からないし、その脚がどういう経緯で鍛え抜かれたのかも知らない。けど、生半可な努力と“天賦の才能”じゃ、その武器にはなりえないよ」

「……成実さんは戦ってみて、どうでした?」

 

 

 梓に対して奇妙な賞賛を送る成実に対して、百代は素直な感想を訊ねた。

 ほんの少しだけ成実は考え、答えを導き出す。

 

 

「俺が脚で手脚纏闘を使って梓ちゃんに攻撃した時、彼女はそれを切り裂く様に俺と同じ手脚纏闘を行使してきた。こと脚技に限定すれば、彼女にできないことはないと思うよ。それを含めて、この子は化け物だ」

 

 

 そう言い残して、成実はリングの中央へと戻っていった。

 

 

「さて、それじゃあ私の番だね」

 

 

 成実がリングの中央で瞑想しながら待機し始めたのを確認して、慶が梓の頭をそっと撫でてから立ち上がる。

 

 

「気を付けろよソラ。お前は“壁越え”だから、成実さんは今まで以上に本気で来るぞ?」

 

 

 梓を膝に乗せたまま百代は慶に激励を送り、徐に右手を挙げた。何事かと思った慶だったが、数瞬してようやく百代の意図を汲み取り、にっこりと笑って右手を振り上げ、互いに勢いよく右手を振るう。

 パァン! と乾いた音がグラウンドに響き渡る。梓はその音で起きはしなかったが、心地よさそうに頬を緩めていた。

 

 

「弓子もやる? ハイタッチ」

「過激にしないのであれば、喜んでさせてもらうで候」

 

 

 見ている方まで痛くなるようなハイタッチは御免だと断っておきながら、弓子は恐る恐る右手を挙げた。

 慶はその様子に思わず微笑み、少しだけ音が鳴る程度に加減して手を叩いた。パン、と小さな音しかならなかったが、弓子も慶もご満悦だ。

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「行って来い」

「行ってくるで候」

 

 

 痺れる右手をグッと握りしめ、隻腕の武人が戦場に赴く。

 

 





 コラボ企画執筆中……

 ――――――

 本当はこんなキャラにする予定ではなかったんです。
 男の裸に見慣れてなくて顔を真っ赤にするような初心な女の子や、脱ぐことで強くなるとかいう奇妙な法則を従えた執事になるとは、私も夢にも思っていませんでした。
 構想上では、性知識はあっても実物を見たことのない耳年増な女の子と、汗っかきな執事という設定だったのですが、何を血迷ったのか、執事だけ変態になってしまいました。執事は常識人で通したかったのですが、如何せん周囲の常識が崩壊しかけているので、非常識人に見えても仕方がありませんね。

 さて、久々に和歌のお話。
 「おいてめぇ! これ冬の和歌じゃん! 話の中身春じゃん! どういうことじゃん!?」というお怒りの言葉、いただけるかどうかは別にして、前回が秋の和歌でしたので怒られたのです、知人に。
 これは中身と言うよりも、この和歌の季節が冬で、今までの順番で行くとこの通り使う必要があったのです。一体何の順番化と言うと、ある和歌集の並び順であります。拾遺集というのですが、これの巻数順に一つずつ、和歌を投下させていただいております。

失態、拾遺集を調べると二部の話数がばれてしまう。

予告、MNS番外編。
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