真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――世をうぢ山と人はいふなり


喜撰法師


第四帖 わが庵は都のたつみしかぞすむ――――

 

「おいバンダナ、今日は上がっていいぞ」

「オス! あーっしたぁ!」

 

 

 川神の金柳街にある商店街、この川神で生活するなら必ず一度は訪れる場所に少年の声が木霊する。金柳街の商店街は活気立つ商人が競っている店や、自身の趣味で営業しているほのぼのとした店もあれば、サラリーマンが昼休憩時に訪れるような食事処もある。学生から主婦、子供からお年寄りまで幅広い客足があり愛されている商いの場である。

 そんな商店街で本を趣味で売っている店があり、そこで少年、風間翔一はバイトをしている。

午前中に働いた彼は午後を休暇に当てていた。何か新しいバイトがないかと商店街を回ったり、土手で陽射しを体中に浴びて昼寝をしたり、彼の仲間たちの集会場である秘密基地に行ったりと、やりたいことは山程あった。

 普通の学生であれば、どれか一つに専念したり、何かを繰り越したり切り捨てることが多いが、風間翔一という男は思い立ったら即行動という解りやすい性格をしていた。選択肢から排除するのではなく、選択してから放棄するのだ。

 翔一は商店街を練り歩くことにした。スピードキングと称された彼にしては珍しいスローペースだった。大した風の抵抗を受けることなく翔一は歩みを進める。

 

 

「いらっしゃいお兄ちゃん! 何か欲しいものでもある?」

 

 

 ふらふらと歩くこと数分、ふと立ち寄ったプラモデルの店で翔一は店員に声をかけられた。

 その店員は模型を専門に扱う店にしては珍しい、目も覚めるような美人な女の人だった。真っ赤な髪の毛を後頭部でまとめあげ散らしている、俗に言うパイナップルヘアーが印象的な女性だった。

しかし、翔一にとっては“綺麗な人”という認識だけで終わってしまう。翔一は異性に対する興味というものが恐ろしい程に欠落しており、恋などという異性間に発生することには全く理解知識がない。仲間内からは精神が子供とからかわれるほどだ。

男子の中でも美形であるため、川神学園のイケメン四天王(エレガンテ・クワットロ)の一人として認定されてはいるものの、他の三人と比べて大きく人気がないのはそこから来ているのかもしれない。尤も、残りの三人もツンデレ、バイセクシャル、言霊使いと、個性に関してだけ言えばどれも他の追随を許さないのだが。

 

 

「何が欲しい? 新しいの? 古いの?」

「うーん……ちょいと考え中」

「そう? じゃあ決まったら言ってね。在庫確認も気軽にね」

「ども!」

 

 

 ただ、現在の翔一はそういう外見的な観点よりも、特徴的な内面に惹かれる傾向にあるようだ。現に今、この女店員の対応はフレンドリーなもので翔一の気に入るところであった。

 

 

「あー、どーすっかな……百式でも作るか……」

「百式? 今なら塗装用品安くしといたげるよ?」

真剣(マジ)で!? じゃあ買いだ! へへっ、明日学園で組み立てっか!」

 

 

 更に気前のいい性分ときた、もう翔一が気に入らない訳がなかった。

 翔一は塗装用品とプラモデルを買ってお釣りをもらってから、赤い髪の女性店員に軽く話し掛ける。

 

 

「お姉さんバイト? 気前いいじゃん!」

「バイトだよー。いやー、ここそんなに売れ行き良くないからさー。これ位しないとって店長に提案したの。そしたら君みたいな子が買ってくれるでしょ? お買い上げありがと!」

「おっと、釣られちまった訳か。わははは、まあ気分がいいからいいや!」

「毎度ありー! また来てねー!」

 

 

 女性店員と軽い会話を交わしてから翔一は店を後にした。

 その後、翔一はスピードキングという二つ名に恥じない速度で無駄に素早く帰宅し、寮の自室に買ったプラモデルを置いてから再び外出。せわしない行動の末、多馬川の土手で昼寝をすることにしたようだ。まだ六月だというのに、太陽の発熱は初夏に匹敵する程であった。それでも風はまだ多少の涼しさを伴っており、昼寝をする分には問題のない気候であった。

翔一がさあ寝ようと土手に大の字で倒れ込んだその時、変態の橋を駆け抜ける自転車が目についた。自転車の速度は異様に速かったが、翔一が驚いたのはその速度ではなく、それに乗っていた人物であった。

 その人は、先程までプラモデルの店でバイトをしていた女性店員だった。ただ、先程と違う点がある。それは服装、プラモデル屋の服装はホットパンツにTシャツというラフな格好であったが、自転車を漕ぐその格好はピザ屋の制服であった。

 一体何故ピザ屋のバイトなのにバイクを使わずに自転車なのか、確かにそれも気になった翔一であったが、何故こんなにも早くバイトを入れ換えたのかが気になっていた。翔一と女性店員が別れてからまだ十分と立っていない。

 呼び止めようと思い立ち上がったはいいものの、赤い髪の女性はバイト中。同じくバイトをしている身として、しかもピザ屋のバイトをしている最中に邪魔をするのは躊躇われ、立ち上がっただけで終わってしまった。

 しかし、その起き上がるという行為が女性の目に留まったようだった。

 橋を渡りきった自転車が方向を変えて土手へ入り、砂埃を激しく撒き散らしながら翔一へ向かって進撃してきた。

 

 

「うおっ……!?」

「やっほー! また会ったねバンダナくん!」

「ど、ども」

 

 

 恐ろしい速度の自転車が急ブレーキをかけ、翔一の目の前でハンドルをきって止まったので、翔一の口から気の抜けたような声が無意識に漏れてしまった。

 

 

「あはは、ビックリした?」

「正直、死ぬかと」

「ゴメンゴメン! ピザは時間との戦いだからね、速度は出しすぎて丁度いいの」

「あ、そうだよ。配達はいいのかよ?」

「今終わったところ。ただスピード出してたのはトレーニングでさ。時間は余ったから余裕余裕!」

「自転車でバイクより速く走るトレーニングって」

 

 

 規格外のトレーニングに翔一は驚いていたが、それより驚くことは、この女性が汗一つかかずに平然としていること。それに加え、十分足らずでバイト先へ向かい一つの注文をすでに届け終えているという事実だった。

 

 

「えと……あー……」

「名前? 私は南浦(なんぽ)(あずさ)!」

「あ、俺は風間翔一!」

 

 

 本当に、本当に軽い自己紹介のつもりで翔一は名乗ったのだが、梓と名乗った女性は目を見開いて驚いていた。

 

 

「君が風間くんか! 話は聞いてたよ!」

「話? 誰から?」

「川神百代ちゃん」

 

 

 翔一にとっては予想外な名前が飛び出した。また女を誑かしているのかと呆れ気味の翔一だったが、別の可能性があると信じて問いを投げかける。

 

 

「モモ先輩? 何でまた?」

「私、元川神学園生だったからさ。百代ちゃんとはクラスメイトだったのだ。と言っても、家庭の事情で三ヶ月経たずに中退しちゃったけどね」

 

 

 君の方が付き合いは長いよと、苦笑いをしながら梓は付け足した。

 翔一はどう返答したらいいか迷い、迷った挙げ句、全くデリカシーのない発言をしてしまう。

 

 

「家庭の事情って?」

「うわお、それ聞いちゃうか。なかなか大胆だね?」

 

 

 梓は聞かれると思ってなかった質問に驚かされたが、直ぐに笑うくらいの余裕を取り戻した。

 

 

「お父さんが事故で死んじゃってね。ちょっと家計の余裕がなくなったから、学費を払い戻してもらってバイトに専念することにしたんだ。弟はまだ若いからさ、私が働かなきゃー! って感じで、必死だったんだよね」

 

 

 梓は笑いながら話していた。それを見ていた翔一は後悔し、居た堪らない気持ちに陥った。辛い身の上話というものは旅先でも幾らか聞いてきた翔一だったが、妙に近しい人物だと変な返事を返すわけには行かず少し考え込んだ。

 こんな時、軍師だったらすらすらと言葉が出るんだろうなと心の中で苦笑した。

 

 

「ちょっと、何か言ってよね。感想はないのかい?」

「あっと、その、お疲れ様です?」

「えー? 労いの言葉だけー?」

 

 

 翔一の苦し紛れの言葉は敬語になっていたが、決してこのような場合で正しいと思われるような発言ではなかった。

 しかし、今回は梓が相手であったこともあり、間違った発言ではなかったのだ。

 

 

「みんなさ、無駄な同情とか余計な気遣いとか、そんなことばっかりしてくるからさ。もう私の世の中イージーモード? たかが学校中退したくらいで悲劇のヒロイン扱い? そんなの真っ平御免だったのよ。だから君のその遠慮のない感じが心地好かった。ただね? 私だからよかったけど、他の人にそんなこといっちゃダメだよ?」

 

 

 梓はお姉さんのように翔一に注意をしたが、翔一がこれだけ動揺しているのは非常に珍しいことで、その原因は全て梓にあった。

 さっきまで平然とバイトをこなしていた明るい梓が、こんなにもアッサリと父の死を話したことに驚いたのが一番の原因だったのだろう。

 翔一自身、こんなにも動揺をしてしまうのは自分らしくないと感じ、いつも通り振る舞おうと気をしっかりと保とうとした。

 

 

「それで、どれだけバイトしてるんスか?」

「無駄な敬意いらない! さっきみたいに普段通り喋りなさい! 私を年上だとか思って接するんじゃないの!」

 

 

 自分よりも梓の方が年上だということと、先程の失礼な発言への礼を含めて敬語を使った翔一だったが、梓はそれが気に入らなかったらしい。

 それなら、接し方はモモ先輩よりも砕けた感じでいいかと、翔一は話し方を改めて設定して話を再開する。

 

「バイト、幾つ掛け持ちしてんの?」

「今は大分楽だよ。今日はプラモデル屋、ピザ屋、松屋。一日の掛け持ちは最高三つ、全体だと五種類かな」

「フリーターかよ」

「フリーターよりフリーよ。今はお母さんが収入が大分入るようになったから、仕事も多少楽なのを選べてるから」

 

 

 気軽に話しているが、三種のアルバイトで一日全てを費やすようなことは学生のやることではない。梓は学生ではないが、本来ならば学園に通っているはずの女の子なのだ。これは厳しいだろうと、翔一は自分もアルバイトをしている身なので、その辛さを少しは理解しているつもりでいた。

 

 

「辛くないのか? って顔してる」

「そりゃあな。こっちもバイトしてるからさ」

「百代ちゃんから聞いてるよ? 将来のための資金稼ぎだったよね? 確かに将来のための仕事なら幾分か楽だよね。でも私の場合、生きるためにやってるから重さが違うのかもね。でも、私にとってはこれが苦じゃないの」

 

 

 そう笑顔で言った梓の真意を翔一は掴めなかったが、それは梓が取り出した一枚の写真で全てを理解できた。

 そこに写っていたのは、もうすぐ中学生になりそうな歳の男の子だった。

 

 

「弟のためなら、この程度は容易いことよ」

「――――ブラコン?」

「私は弟が大好きだ。それを恥ずかしいとは思わない」

 

 

 どことなく、優等生クラスのハゲ頭と九鬼家の胡散臭い男が同時に思い浮かんだ翔一であった。

 翔一は少し呆けていたが、梓は構わずに話を続ける。

 

 

「姉弟、いい関係だと思うのよ。百代ちゃんだって舎弟、つまりは弟を作っちゃうでしょ? 血が繋がってないのに。それ程弟ってのは魅力的な存在なの。それに不良たちは男だろうが女だろうがお構いなしに舎弟にする。つまり、舎妹(しゃまい)は存在せずに射程が優位に立ってる。弟の方が妹よりも重宝されているのよ。弟は宝、弟は愛でるものよ。決して気嫌うものじゃないわ。弟は愛することでさらに可愛くなるの」

 

 

 どうやらあのハゲたちを思い浮かべたのは間違いでないと、翔一は強く確信を持った。

 これ以上話が長引いて収拾がつかなくなる前に話題を切り替えよう、翔一はそう思い立ち直ぐに行動に移す。話し出すと長く語る知り合いが仲間内に二人もいる翔一は、経験上、こういうことになったら直ぐに話題を変えることが正しいと理解していた。

 

 

「な、なるほどな。それにしても、何で自転車なんだ? トレーニングとか言ってたっけ」

「ん? そうそう。自分で言うことじゃないけど、私は元々足ばっかり鍛えててさ。川神学園でもトップクラスの速さだったと自負してるよ。それでバイトを始めてどれくらい経った頃かな、いつの間にか重労働のし過ぎで足が発達しすぎちゃって。折角だから足を活かしたバイトにして、ついでに足のトレーニングが出来る仕事にしようとしたの」

 

 

 その話を聞いてから、翔一は改めて梓の足を確認する。翔一は注目するのが遅かったが、ホットパンツを履いた美人の足を確認しないのは失礼だと、仲間に怒られてしまうのは後の話。

 よく梓の足を見ると、ムキムキの筋肉質という訳ではなく、どちらかというと柔らかそうでいてハリのある美脚だった。

 しかし、それだけではない。ただ綺麗なだけなら女性のモデル雑誌でも見れば嫌と言う程載っているが、そんなモデルの足などとは比べ物にならないようなものを梓は備えていた。

 しなやかそうでいて、弾力を保ちながらも鍛えている足。武道をやっているようにも見えるし、美しさを保つための努力をしているようにも見える。恐らく、梓はどちらもこなしているのだろうが。

 今まで見たことのない足、いや、この足に近いものを持っている人物を翔一は二人知っている。

 一人は梓の元クラスメイトらしい川神百代。彼女の場合頭の天辺から足の爪先まで武道のための体をしていて、それでいて学園中の注目を浴びる程の抜群のスタイルをしているために、足もまた美しいものだった。

 もう一人は、榊原小雪。彼女の足は友達を守るために鍛えられた驚異の足。百代に匹敵できる程に美しく強い足を、ただの学生が持っている特異な例である。

 そんな稀にしか見られない足を、偶然知り合ったにしては意外と繋がりがある女性が持っていた。翔一は今日一日中驚かされっぱなしだった。

 

 

「スゲェ、綺麗」

 

 

 そう、思わず翔一が口から漏らしてしまうぐらい、梓の足は綺麗なのだ。咄嗟に出てしまった言葉に口を両手で塞ぐが、時既に遅し。梓は解りやすくニヤニヤと翔一を細目で見つめていた。

 

 

「ふーん? 話で聞く限り、風間くんは異性に興味がないってことらしいけど?」

「あ、それは否定しない」

 

 

 翔一のストレートな言い種に、ズコッと、梓が解りやすく雛壇芸人のように転ぶ真似をして見せた。意外とユニークな一面があるんだなと、翔一は梓に対する認識を改めた。

 

 

「たださ、綺麗なものには惹かれちゃうじゃん」

「おろ。嬉しいこと言ってくれるね。鍛えた甲斐があったもんだよ」

 

 

 梓は少しばかり照れながら自分の腿を軽く叩いた。その振動で足が全体的に揺れるが、その揺れは全て均一がとれたものであった。無駄のない鍛え方とはこの事を言うんだなと、翔一は直感的にそう感じた。

 

 

「おっと、もうそろそろ次の配達。帰らなきゃ」

「おう。頑張れよ!」

「まっかせなさい!」

 

 

 別れの言葉よりも励ます言葉を優先する、人のいい二人の間だからこそ生まれる状態だった。

 梓は自転車に乗ってペダルを勢いよく踏みつけて、再び砂埃を巻き上げながらバイト先へと戻り、翔一は本来の目的の昼寝へ専念することにした。

 運がよければまた会えるだろう、翔一は別れを惜しまず期待を込めて眠りについた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「おいジジイ」

「何じゃい騒々しい。そこの蕎麦饅頭は供え物じゃから手を出すでないぞ」

 

 

 時は流れ夕刻、川神院の自室で雑誌を読んでいた鉄心の元に、黒い髪を携えた胴着姿の美少女が乗り込んできた。美少女と表現はしたものの、その顔は美少女に似つかわしくない怒りの籠った形相であった。

 鉄心は少女が乗り込んでくる前からこうなると予想はしていた。突然であったが、余りにも気の乱れが酷くなりすぎた自分の孫の行動が読めないほど、鉄心はまだ呆けてはいないと自負していた。

 そして少女は予想通り乗り込んできた。そして座している鉄心の目の前に立ち、震える声を発する。

 

 

「一子が、慶に会った、らしい」

「うむ、そのようじゃな」

 

 

 少女は驚いた。鉄心の度肝を抜こうと思っていた事実を伝えたのにも関わらず、当の鉄心はそれがどうしたと言わんばかりに、大した関心を持たずに雑誌をめくったことに逆に驚かされたのだ。

 その驚愕が収まると、少女の精神に怒りが沸々と沸き上がってきた。その怒りは大きな爆弾を抱えながら静かに膨張していく。

 

 

「……知ってたな?」

「うむ、知っておったわい。百代、それがどうした」

「ふざけるなよ――――」

 

 

 少女、川神百代は実の祖父である鉄心の胸ぐらを掴み、自分の顔との距離が十センチにも満たない程まで引き寄せた。

 鉄心は顔色一つ変えない。対する百代の顔は怒りに染まっていた。

 

 

「何で教えなかった」

「教えたらお前は慶に突っかかるじゃろう?」

「当たり前だ!」

 

 

 鉄心の胸ぐらを掴む力を強くして百代は言い放った。元クラスメイトに殴りかかると明言した。その顔は真剣そのもの、冗談など一ミリたりとも混ざっていない本音である。

 鉄心は百代の真剣な顔つき、本気で発した言葉、そして抑えきれていない怒りと闘気に触れて、溜め息をついた。

 

 

「慶を信じてやらんのか」

「目の前であいつの狂暴さを見た。もう穏便なあいつは信じられない」

「やれやれ、二年も前のことじゃぞ?」

「たった二年経っただけで、華月のトラウマが消えるはずがないだろうが!!」

 

 

 怒号、咆哮、百代の口から力任せに発せられた叫び声は、抑えきれていなかった闘気を爆発させ、鉄心さえも地震かと思わせる程に大地を震わせた。

 鉄心の喝は地面を揺らし地震測定器を動かす程だと言われており、孫と自分がより親密になった気がした鉄心は内心喜ばしかった。

 しかし、その喜びを決して表情に出すことはなく、鉄心はただ百代の叫びを受け止め続ける。

 

 

「今は落ち着いたけどな、慶の名前を出すだけであいつは何も喋れなくなる!! ちょっと前なんか体中が震えて止まらなかったんだぞ!? 華月をそこまでにした慶を、元クラスメイトだからって許す訳がないだろう!!」

「華月ちゃんはもう普通に学園生活が送れているじゃろうが」

「だからって、あいつに何の制裁もしないって言うのか!? それだけじゃない、あいつは他の学園生も重傷に追い込んだんだぞ!!」

「少し落ち着かんかい。退学になった上に、罪の意識かは知らんが、慶は川神から姿を消しておった。それこそ、人との関わりを完全に絶つほどに。孤独の二年じゃったはずじゃ」

 

 

 鉄心は激昂する百代を宥めようとする。二年、その期間で取り戻せるものを取り戻している被害者と、持つべきものを手放してきた加害者、既に均衡は保たれていると鉄心は諭した。

 そのお陰で百代は少しだけ冷静を取り戻し、鉄心の胸ぐらを離して机の対面に座った。

 

 

「相変わらずの美形ではあったが、髪の毛は荒れ放題じゃったぞ。白髪三千丈、恐らく一回も切ってないんじゃろうな。家族もおらん、実家に帰ったと言っておったが、両祖父母も既に他界しておられる。山籠りみたいなことをしておったのじゃろう。恐らく西の方で」

「何で西だと解る」

「松永燕、彼女の転向と帰省のタイミングがほぼ同じ。しかも西の方で見たこともない美人がいると、鍋島からも連絡があったからのう。それに最近は見かけぬとも聞いておった」

 

 

 正確には、朧の話を聞いた後、もしやと思い鉄心から連絡をとったのだが、朧の存在を知られる訳にはいかないので、鉄心は誤魔化し事実を黙っておく。

 

 

「西方十勇士の龍造寺が塞ぎこみかけたそうじゃよ。あんなに自分が好きな奴が自信をなくしかけるくらいじゃ。もう心当たりも限られる」

「やけに慶の肩を持つんだな。まだあいつが許される訳にはいかないだろうが」

 

 

 百代は未だに怒りを抑えられないままに、慶の罪を訴えていた。

 その孫の訴えを聞いた鉄心は、加害者とされる慶のことを、被害者とされる華月のことを少しばかり思い出していた。

 

 

 

 

『華月の心が完全に癒えてから、百代さんに真実を話してください。もし学長が、私のこの言い分を信じてくれるなら、ですが。それまで私はこの苦しみを甘んじて受け入れましょう。私の未熟さが招いた結果、ですから。私は機会を待ちますよ。何年でも……』

 

 

『が、がく、学長、あ、う、ごめ、ん、違う、の……わ、わたし、けい、ちゃん、に…………ううっ……酷い、こと、を…………』

 

 

 

 

 この鉄心が思い出した台詞だけを繋げれば、被害と加害の立場が逆転しているようにも思える。鉄心は誰が被害者で誰が加害者なのか、それを心得ているのかもしれない。

 

 

「そこまで気になるのじゃったら、自分で探せばよかろう」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 

 百代は鉄心の部屋から飛び出そうと立ち上がったが、完全に立ち上がる前に鉄心に両肩を掴まれ、立ち上がることを許されず再び座らされた。

 

 

「阿呆、もう夕飯時じゃ。日も落ちとる。明日からにせい。一子やワシをお前が帰るまで待たせておくきか?」

「……解った。ただなジジイ、今度川神院に慶が来たら知らせろよ」

「嫌じゃ。自分で探し出せ。いっそのこと、もうこれは試練扱いにした方がいいのかもしれん。ワシからの協力は無いと思え。こっちはこっちで少々忙しいことができてのう…………。川神院にいる時間が少なくなるやもしれん」

「…………まあ、忙しいなら仕方がないか」

 

 

 百代はようやく漏れっぱなしだった闘気を抑え、高揚していた精神を鎮めて鉄心の部屋から出ていった。

 暫く百代の闘気に当てられ続けていた鉄心は精神的に疲労し、溜め息と供に肺の中の空気を全て吐き出し、新しい空気を呼吸器官へ取り込んだ。

 

 

「やれやれ、本当に厄介なタイミングじゃよ、慶」

 

8





 前進するためには、行動するだけでは十分ではない。
 まず、どの方向に行動すべきかを、理解している必要がある。

 ギュスターヴ・ル・ボン 

 ◆◆◆◆◆◆

 三人目のオリジナルキャラクター、あずにゃんこと梓です。自称野良猫、性別不詳と崩壊気味なキャラの後にようやくまともなキャラクター、かと思いきやブラコンでした。どうしてこうなったのかは自分でもよくわかりません。
 あれ、でもこれ辻堂さんと被るんじゃない? と思われる方がいらしたら申し訳ありません。発売前からこれをにじファン様の方で投稿していまして、今更変更することなどできないほど愛着がわいてしまっています。なのでこのままで行かせていただきますのでご了承頂きたく。

 それとお知らせ。ここ一週間ほど遠出をしてしまうのでこちらで投稿することが難しくなってしまうかもしれません。頑張って一週間以内には時間を見つけて投稿したいと思っておりますので、悪しからず。

 さて、そろそろ冒頭の和歌についての解説を始めようかなと思ったんですが、どうせなら溜めに溜めてからでもいいかと思い立ったのでまた次の機会に。適当に有名どころを選んでいるわけではないのでご安心を。
 それでは、群集心理について。ルボンは群集心理で有名になりましたね。個人的な意識人格の消失、批判賛同などの判断全てが社会に動かされてしまうという、自律性の崩壊を示唆しました。現代はそんな感じですね。某知恵をお借りする袋や教えて! 系統の回答全てに振り回されたりするのが身近な例でしょうか。嘆かわしいことです
 本当はオルテガでも持ってこようかと思ったんですが、Aをプレイしたらもう引用されていたので自重しました。自重することが大事だって知恵を袋からお借りしましたからね。

 結論。知恵の詰まった袋が人間の操縦者。
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