真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

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――――今ならずとも君がまにまに


大伴家持


第五帖 春風の音にし出なばありさりて――――

 

 暗い夜道、闇の世界。観光地としても有名な川神の裏の顔は、夜に姿を現す。

 無法地帯の如く荒くれ者が集うような警備の甘い街ではないが、川神の有名なものの一つに風俗があげられる。それに伴い、川神に夜が訪れると、ようやく俺たちの時間がやって来たと言わんばかりに、柄の悪い連中が街に姿を現し始める。

 しかし、やはり川神は無法地帯という訳ではないので、当然巡回する警察官はそれなりの人数を動員している。若者への帰宅の推奨、未成年の非行取り締まり、やることは山程ある。

 しかし、そんな権力を持った警察官でも、迂闊に立ち入れば逆に制裁を食らうような、川神中の負の集合地とも言える場所がある。

 それは親不孝通り。その名の通り、あまり善行とされる行いをしてこなかった者たちが集う場。警察など殴ればいい、権力に屈する奴は弱者のみ、法律を守ることは愚行であると考える輩が多々見られる。

 そんなアウトローな連中の中でも階級は存在する。無論それは貧富の差などによる社会的な物ではなく、強者や恐怖の対象に向けられる野性動物のような上下関係だ。

 男なら拳で語れ、そんな綺麗な話ではなく、拳で捩じ伏せて我を通すといった、力が全ての原始的な世界の話であった。今時、このご時世、そのような野蛮なことが起きるはずもないと思ってそこに足を踏み入れた者こそが、その裏世界で抹殺されてしまうのだ。

 そして、その弱肉強食を体現した世界でもトップクラスの存在、板垣家と呼ばれる四人の猛者がいた。

 三人は女、一人は男。全員がこの親不孝通りで恐れられている存在であった。

 長女はあるSMクラブの女王として君臨している。財界の大物や政界の重役までもが彼女の虜に、いや、家畜扱いをされている。しかもそれを好んで受け入れていることこそ、彼女の調教の手腕が窺える事実であった。

 次女はよく寝ることで有名であるが、親不孝通りの強者を決める闘技場で王者となった程の強者である。普段は大人しいために無害ではあるものの、やはり育ちが親不孝通りのせいか、社会に適合する可能性は低い。気に入ったものは手に入れたくなるという、若干性格が子供染みているところも社会不適合の理由かもしれない。

 三女は欲望に忠実なフリーター。よくゲームセンターで腕っぷしを披露していたりと、表の世界でもやっていけるのかと思われがちだが、闇の世界ではゴルフクラブを振り回し、人の頭をかち割って暴れまわるという危険人物に他ならないために、そんな淡い期待は抱いても意味がないと教えられる。薬を使い強くなる戦闘スタイルであったが、今は真面目に薬なしで鍛練を積んでいる。

 そして長男、板垣家次女とは双子である。川神随一の無頼漢、孤高の狼。気に入らないものはワンパンチで服従させる。アウトローが何なのかと疑問に思ったのならば、彼を見ればそれが何たるかをすぐに理解できるであろう。やりたいことをやる、欲望に忠実なのは最早血筋。武器も何も使わずに、鍛え上げたバランスのいい美しい筋肉を誇りとしており、ワンパンチで相手の戦意を消失させる喧嘩屋。彼の喧嘩では殺気がずば抜けており、その威圧感とパワーは親不孝通りで名を轟かせている。

 彼の名前は板垣竜兵、ワンパンの竜兵とも呼ばれる、親不孝通り切っての荒くれ者である。

 ただ、そんな男らしい彼には若干の、異常な性癖がある。

 

 

それは、男好き。

 

 

 本人もそれを公言しており、いい男を見つけたら即座に襲いにかかるという、ある意味厄介な部類にいる男であった。

 そんな彼が親不孝通りと表の通りの境界線を彷徨いていると、一人の少年が竜兵の目に留まった。この付近で一番大きな学園である川神学園の制服を着ており、耳には大きな黄色のヘッドフォンをつけており、視線を落としながら歩いていた。特に気落ちしているような気配ではないが、何故か下を向きながら歩いていた。

 その少年を見た時、竜兵の本能が激しく疼き始めた。

 男同士なら立ち技も寝技も百戦錬磨の竜兵は、いい男を見極める力を稀に発揮することがある。その竜兵の本能が、この少年の引き締まった肉体と僅かながら童顔であることを考慮に含めて、襲い掛かるべきだと肉体に信号を送っていた。そして竜兵は、その少年を今日の獲物として定めた。

 この時、とある寮の男子生徒の背中と肛門に悪寒が走ったが、それは言うまでもない。

竜兵は一歩下がり、獣のように飛び掛かる体制を整えた。

 まずは少年の足をとり、裏の世界(こちら側)へと引きずり込もうと、竜兵は簡潔に策を考えた。策と呼べる程凝ったものではないが、竜兵にしてはしっかりとした策なのだ。

そして少年が最も竜兵に近づいた瞬間、竜兵はハイエナのように襲い掛かった。

 捕った、少年に触れる直前で竜兵はそう確信した。

 

 

 しかし、竜兵の逞しい両腕がその少年を捕らえることはなかった。

 

 

 竜兵は何が起きたか解らなかった。手が届くまであと十センチもなかったところまでは少年を捕捉できていた。竜兵は自信を持って言える。問題はそこからだった。

 竜兵は全く瞬きをしていなかったのにも関わらず、少年の姿を見失ってしまったのだ。

竜兵は思わず辺りを見回した。すると、竜兵の右前方十メートル程の場所を少年が歩いていた。少年の様子は先程と全く変わっておらず、依然として下を向いたまま歩き続けていた。竜兵のことなど気に求めないで。

 いい度胸だと、竜兵はこめかみの血管を浮かび上がらせて怒りを露にしていた。挑発されているものだと思った竜兵は再び少年に対して突進した。今度は背後から押し倒すように飛び付こうとした。

 しかし、それすらも少年は回避した。しかも今度の回避は並大抵のものではない。竜兵の追撃は完全に少年の死角からのものであり、ヘッドフォンで外界からの音を遮断している少年は、竜兵の突進に気づくことはできなかった筈だ。

 その筈なのに、少年は竜兵の体が接触する直前に高く跳躍し、竜兵の肩を中間地点として更に高く跳び、竜兵の後ろに回り込むことで回避した。

それなのに、少年の意識は依然として竜兵に向けられない。どこかへふらふらと歩き始めた。

 竜兵は舐められていると思い、怒りを込めて右拳を少年の後頭部に向けて放った。追撃も考えて左拳も強く握っていた。その右拳は少年の後頭部を的確に捕らえた、筈だった。

 竜兵ご自慢のワンパンチは既のところで少年の右手に捕らえられ、その勢いを殺されず活かされ、まるで石ころを投げるかのように竜兵は投げられた。

 竜兵は驚愕した。体格は一回りも二回りも違う少年に自慢の拳を止められた上、いとも容易く放り投げられてしまったことが信じられなかったのだ。

しかし、もっと竜兵が驚いたのは別のことであった。

 

 

 竜兵を投げた本人が、自分は今何をしたんだと、竜兵と自分の手を交互に見て戸惑っていたのだ。

 

 

 竜兵は少年がいけ好かなかった。あれだけ凄い芸当を見せつけておきながら、自分自身が信じられないと思っている態度が気に食わなかった。

 その苛立ちを竜兵は余していた左拳に込めて、少年の顔面を陥没させる勢いで打ち込んだ。

 その拳が当たる直前、竜兵は信じられないものを目撃した。

 

 

 ヘッドフォンを外した少年の目が、顔が、明らかにさっきの戸惑っていた時のものとは変わっていた。有象無象を射抜く眼光、全てを見通すような澄んだ瞳、何もかもを掌握しようとする深い眼をしていた。

 

 

 一瞬、その目に引き込まれそうになった竜兵は、気づけば空高くに打ち上げられていた。先程の要領で真上に放り投げられていたのだ。

 約二メートルほどからの落下ならば竜兵はものともしない、それも初速度が零の放物線的落下であったので着地も容易だった。

 竜兵が見事に着地に成功をすると、投げた張本人である少年は解りやすいくらいに動揺していた。まるで、初めて自分が人を投げた、いや、人を投げることができる能力が自分が中に“居る”ことに驚いているようだった。

 自身を知った少年。少年の力を自覚させた竜兵は、後にこの少年と腐れ縁となるのだが、それはまた後の話。

 今はまだ、獲物と狩人の関係。正確には、強大過ぎた自身を自覚した獲物と、それを自覚させた狩人としての失格者の関係である。

 

 

「お前、何者だ」

 

 

 竜兵はまともなコミュニケーションを図ろうとした。襲い掛かろうとすることが無駄だと思い始めたのだろう。握り拳も緩めていた。

 少年は今この状況がどういうことなのかを全く把握できていない様子であったが、一応聞かれたことには答える真面目な生き方をしてきたようだ。いや、見ず知らずの人に襲われて混乱した状態で、生き方も糞もあったものではないのだが。

 

 

「……(しずか)伊那(いな)(しずか)。川神学園二年生」

 

 

 少年、伊那渕は驚きながらも、怖がりながらも、怯えながらも、今度は竜兵に質問を投げ掛けた。

 

 

「その、あんた、何で僕に気付いたんだ?」

 

 

 竜兵にとって、その質問は実に妙なものであった。気付いたというか、普通に視界に入ったんだから当然気づくと、竜兵は疑問符を浮かべながら言い放った。

 すると、渕は更に驚いたのか、解りやすく目を見開き動揺を隠しきれずにいた。その時の渕の顔は、僅かにほころびを見せていた。

 

 

「そっか、意識しないで見える人もいるのか」

 

 

 一人だけ何かを納得して頷いて笑っている渕に、竜兵は解りやすく苛立ちを舌打ちにして響かせた。それに反応した渕も解りやすく怯えていた。

 

 

「あ、じゃあ僕はこの辺で」

「待てやコラ」

 

 

 渕は何やらスッキリとした顔のまま踵を返したが、竜兵はドスの効いた声だけで渕の歩みを制した。いつもの竜兵ならこの時に腕くらいは掴んでいるものだが、先程からの渕の回避能力を目の当たりにしているので迂闊に行動ができないでいた。

 

 

「このまま逃がすと思ってんのか?」

「そうしてくれると実に助かるんだよ」

「…………いいぜ、行きな」

 

 

 渕が最も予想していなかった言葉が竜兵の口から発せられた。その言葉に解りやすく驚いている渕を見て、竜兵も解りやすく溜め息をついていた。

 

 

「まだ捕まえられるか解んねぇからよ。今日のところは俺の目測の誤りってことで見逃してやる。けどな、またこの辺りで見かけたら次は容赦なく、やらせてもらうぜ」

 

 

 竜兵は拳をバキバキと鳴らして威嚇する。渕は次に見つかったら死ぬまで殴られると思っていたが、実際に危ないのは命でなく貞操であることを、彼はまだ知らない。

 しかし、渕はそれを聞いても、何故かこの辺りをぶらつく行為をやめようとは思わなかった。寧ろ、更に続行したい気持ちで溢れ返っていた。

 

 

「また僕を、見つけてくれるのか?」

「? 見つけたら襲うぞ?」

「――――そっか。じゃあまた来るから、気軽に声をかけて。あなたのこと、興味が出てきた」

 

 

 勿論、渕の言う興味と言うのは、ある事情により他人から認識されなかった彼のことを、しっかりと認識してくれる竜兵の気持ちに対してであって、決して竜兵の男らしさに興味が出たわけではない。しかし、竜兵が今出逢ったばかり、しかも獲物としか見ていなかった少年の内情など知る由もない。

 つまり、竜兵はこの少年に気に入られたと思い、勘違いが竜兵の中で生まれてしまった。

この少年を襲うのは合意で、ゲーム感覚で襲えるのだという甚だしい勘違いが。

 

 

「そうかそうか! また来い! いつでも相手してやる!」

「? そ、そう? じゃあまたいつか……」

 

 

 やけにテンションとモチベーションが上がっていた竜兵を不思議に思いながら、渕はゆっくりと帰路へとついた。

 その際、尻を中心とする寒気が彼に襲い掛かったのは言うまでもない。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ! 天野さん!」

「ん……おや、また会ったね」

 

 

 変態の橋こと多馬大橋の上、まるで日課のように手摺にもたれ掛かって黄昏ていた慶に、トレーニング中の一子が偶然遭遇した。忍ぶ気があるのかどうか解らない慶であったために、出会ってしまうのは致し方無いことである。

 しかし、一応慶は帽子に眼鏡と変装をしており、髪の毛も無駄に伸ばして気配を殺しているので、古い知り合いには気づかれないようにはなっている。

 知り合ったばかりの一子に気づかれるのは仕方がないが、それにしても一子の反応は敏感だった。

 

 

「一応、変装しているのだけれど」

「匂いで解ります!」

「………………喜ばしいことなのかな、それは」

 

 

 苦笑いをしながら慶は頬を掻いた。少し肌寒い風が慶と一子に襲い掛かる。橋の上ということもあって、風は強く荒れていた。一子はトレーニング直後の体が急速に冷やされ少し身を震わせたが、慶は突風を疎ましく思うだけで行動には表さなかった。

 

 

「あ、そう言えば天野さん。お姉様とクラスメイトだったんですか?」

 

 

 ピクッと、突風に対して微塵の反応も示さなかった慶の体が僅かに反応して硬直した。それを見た一子は、言ってはいけないことを言ってしまったのかと不安になった。

 慶はそんな不安そうな一子を見て、一子の姉である百代に見つかるかもしれないという焦燥感を振り払い、今できるだけの笑顔を一子に向けた。

 

 

「うん。友達だったよ、二年前まで」

「…………何か、あったんですか?」

「私からは詳しくは話せないけどね。百代さんから聞いてないかな?」

「あ、はい。天野さんと会ったことをお姉様に伝えたら、お姉様は血相を変えて何処かに行っちゃったから……」

 

 

 これは不味いと、慶は心の中で現状を気がかりに思っていた。極力昔の知り合い、特に慶の元クラスメイトや慶の事件に関して情報を持った人物に出会ってしまうと、慶はこの川神で自由に行動ができなくなってしまう。

 そして、百代は慶が出会いたくない人物の典型的例であった。元クラスメイトであり、事件の現場を目の当たりにした証人として、慶にとっては最も危険な人物であった。

 慶は今の自分の置かれている状況を再確認したところで、こんな見晴らしのいいところにいるのはやはり危険だと判断した。しかし、慶がこの橋の上で物思いに耽るのは最早日課、慶にとっては日常的儀礼となっている。

 慶にとっては苦渋の決断ではあったが、橋の上に居続ける時間を制限することにした。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 暫く黙って自分のことを考えていたせいで、一子が今にも泣き出しそうな顔で慶を覗き込んでいた。そんな申し訳なさそうな顔を見せつけられたため、慶の中に罪悪感が芽生えてしまった。

 慶は僅かながらの罪滅ぼし、になると思ってやった行為ではないのだが、一子の頭をくしゃくしゃと軽く撫でた。

 

 

「大丈夫だよ」

「はふー」

「あはは、犬みたいだね。可愛いよ」

 

 

 そんな慶の何気ない一言に、一子は少しドキッとしてしまった。一子は慶を美男子、つまりは性別を男と認識しているために、そのような言葉を面と向かって言われることに耐性がないのだ。

 

 

「一子ちゃん。もう百代さんに私の話はしないでやってくれないか?」

「え?」

「色々あってね。まだ百代さんと会うには早いんだ」

「喧嘩してるんですか? だったら早く会った方が……」

 

 

 仲直りはすぐにしなきゃ、一子はそう言おうとしたが、慶に指一つで唇を押さえられて何も言えなかった。

 

 

「急いては事を仕損じる、だよ。百代さんのことは嫌いになりたくないんだ。今はまだ、和解の時じゃあない。だから一子ちゃんも協力してね」

 

 

 頼んだよと、慶はいつもの笑顔から真剣な表情になって一子に頼み込んだ。忍ぶべき身である筈の慶が帽子をとり、頭を下げるほど真剣に。

 一子は慶と百代の間に一体何があったのか、当然の如く知る由もない。しかし、これほどまでに真剣なお願いを断ることはできない、一子は元よりそういう性分なのだ。

 

 

「解りました!」

「感謝するよ。ありがとう一子ちゃん。ついでと言っては何なのだけど、お願いをもう一つ聞いてくれないかな? 勿論断ってくれて構わない」

「やります! って、言いたいところなんですが……内容に依るところが……」

 

 

 一子は自分の幼馴染みであるある少年から教育という大義名分の下、犬のような躾を日々施されている。その中に、以前安請け合いしたバイトが新薬の実験であったこともあり、内容を聞いてから物事を引き受けるようにと言われていた。

 

 

「そうだね。まずは内容を教えないとね。簡単なことなんだけど、これを学長に渡して欲しいんだ」

 

 

 慶はそう言うと、ズボンの右ポケットから白い封筒を取り出して一子に差し出した。

一子は裏表に何か書いていないかと確認してみたが、本当にまっさらで純白な封筒であった。

 

 

「川神院に直接渡しに行ければよかったのだけれど、今は会いたくない人が沢山いてね。だからどうやって渡そうかと迷っていたんだ」

「そこでアタシ?」

「ごめんね。本当にいいタイミングだったから」

「任せてください! 天野さんの頼みですから!」

 

 

 人に頼み事をすることに抵抗があるのか、慶は少しバツの悪そうな顔をしていたが、一子は一切気にすることなく慶の依頼を引き受けてくれた。

 まだ二回目の接触だというのに、ここまでも自分のことを信じてくれる一子に、今自分が罪の疑いをかけられている身として、慶は感謝してもしきれなかった。

 

 

「そのお礼と言っては何だけど、何か私も一子ちゃんのためになりたいな」

「じゃあ組み手! 手合わせをお願いします!」

「あはは、血気盛んなのはいいことだ。じゃあまた明日、この橋の下で落ち合おう。時間は……そうだね、午後三時にしよう」

 

 

 その日は組み手をすることなく、次の待ち合わせの時刻を定めただけで二人は別れた。一子は家に帰り、慶はまだ暫く橋の上から川を眺めていた。一子の姿が見えなくなり、感知できる気配が薄くなってくたところで慶は呟き始める。

 

 

「あは、は。元気なものだよ。本当に、羨ましい……くそっ、畜生……!」

 

 

 慶は無意識に空虚な左腕を掴もうとして、当然の如く握れなかった。代わりに肩を強く握り締め、奥歯が割れる勢いで噛み締めた。

 そんな時、一子を捉える度に慶の頭に激しく訴えてくる慶の力が、慶の瞳が、何者かの干渉を体現するように言葉を紡ぎ頭に響き渡らせる。

 

 

 

 

“恨め、怨め、憎め、悪め、羨め、妬め、嫉め。汚い自分に目を向けろ。悪意を抱け、遺恨を抱け。怨憎、嫉妬、怨嗟、嫌悪、唾棄、厭忌、結構なことじゃないか”

 

 

 

 

 負の感情が慶の心のダムを決壊させ、慶の精神を無重力下へ突き落とす。吐き気が慶を襲う。段々と昂ってくる気持ちに身体の支配権を奪われそうになる。

 しかし慶は踏ん張る。一時の感情に身を委ねたりはしない。その確固たる意思をもってしても、慶の苦しみは未だに収まらない。一子という心温かき人物、鉄心という未だに自分を信じてくれる恩師、燕という新しくできた同年代の友人、それらを想起し慶は踏みとどまる。負の感情のみで構成される“あちら側”へ落ちないように。

 しかし、頭の奥底から囁きかける声は慶の黒い部分を抉りだそうと、収束される負の感情を表した言葉を止めない。

 

 

 

 

“羨ましいんだ、自分の欠落した感情を持っていることが。怨めしいんだ、自分を孤独の道に追いやり、のうのうと学園生活を送っている奴等が”

 

 

 

 

 慶は頭を激しく振るい、ついには唇を噛んで痛みで声を無視しようとした。

 

 

 

 

“憎いんだ、川神で自分を棄てた奴等が”

 

 

 

 

「止めろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 慶は叫び、橋の手摺に飛び乗って、ドス黒い何かを振り払うように、橋から身を投げた。

 

 

 





 吟味のない生活というものは、人間の生きる生活ではない

 ソクラテス

 ◆◆◆◆◆◆

 四人目のオリキャラ、渕くんです。私のPCでは「しずか」ではなく「ふち」と入力しないと出てこないのですが、一応これでちゃんと「しずか」と読めます。名付けで使用されるようですね。恐らく、一番まともではないかと思われるキャラクターです。竜兵に目をつけられたのが運の尽き、という奴ですが。

 今回はソクラテスです。なぜこれを選んだのか、今回は若干ネタに走っています。特に深い意味もなく言葉は選びましたが、今回は人選に一番重きを置きました。ソクラテスは竜兵同様、同性愛者だったので。それも重度な。生殖行為のない男色を高次元とみなし、それを道徳的に捉えていらしました。いやはや、自分には到達できない次元です。

結論。野獣と天才は紙一重。
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