真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜   作:霜焼雪

8 / 37
――――花のさかりは過ぎやしぬらん


光源氏


第八帖 見しおりのつゆわすられぬ朝顔の――――

 

「やあ、(ぼく)

「やあ、槿(わたし)

「何用かな? こちとら準備で忙しいのだ。こんなに楽しいこと、止められないし、止まらないよ」

「人の遊戯(計画)に茶々を入れるんじゃあない。余計なことを。その中毒性を止めに来た。止めるべきなんだ」

「何を言いに来たのかと思えば、滑稽だ。戯言だ。荒唐無稽だ。元はと言えば、(ぼく)が始めたことじゃあないか」

「確かにその基盤はぼくだ。海のものとも山のものともしれないけれど、ぼくはそんな設計図を描いた覚えはないな」

「ははは、それこそ滑稽だ。設計図なんてあってないようなものだ。完全に作れないものの設計図をご丁寧に書き記したところで、それを完璧に再現できると本気で思っているのかい? こんな宙ぶらりんで不確定なものを用意したところでどうするって言うのさ」

「思っちゃいないよ、思っちゃいけない。その設計図はあくまで枠組み、制限だ。それをはみ出さないようにと敷いておいた限界値。けど、槿(わたし)のそれは逸脱している。目的を履き違えている。例えるなら、ぼくが病院を建てようとしているのに、槿(わたし)は拘置所を建てようとしている」

「どちらも人を閉じ込めるよ」

「そこに収容する理由が違う」

「隔離することには変わりない」

「そう見えていても待遇が違う」

「ふーん。何でさ、そんなにも人間をこよなく愛しているの?」

「それじゃあ逆に問うよ、何でそんなにも人間が嫌いなんだ?」

「答えてあげるよ、見ていて吐き気がするからだ」

「ならぼくも答える、見ていて胸が高まるからだ」

「おかしいね、(ぼく)はわたしなのに、こうも意見が食い違って一致しないなんてさ」

「ぼくと槿(わたし)は鏡写し。似ていながらも、決して同じじゃない。全てが真逆なんだ」

「対極する存在、か。わたしが負の感情の集まりとでも?」

「なんだ。槿(わたし)がちゃんと自覚していたなんて意外だったよ」

(ぼく)の真逆を言ったまでさ。特にそう感じたこともない」

「なるほど。しかし、何故こんなことを考えたのさ?」

「わたしは人が殺したい。先人の言うところの殺人愛という奴さ」

「隣人愛のような言い方を。殺人愛など十戒でも説かれていない」

「そこは新興宗教の御神体、若しくは十戒でも解かれていない裏の戒めなのさ」

「裏の戒めなど、根も葉もないことをよくもまあ平然と。無根拠、事実無根だ」

「そうさ。わたしらは事実無根の存在だ。曖昧模糊で不安定な存在だ」

「それは事実だが、下らない会話は仕舞いにして、早く本題に入ろう」

「そうそう、それで? 何をしに来たのか? こんな山奥まで物好きな(ぼく)だね」

槿(わたし)がやろうとしていることは、決してやってはいけないことだと教えに来た」

「誰がそんな規律を定めたのさ? こんな穢れきった世界に裁きの手を加えて何がいけないのさ」

「裁きの手を加えて、世界を無に帰そうと言うのか? それこそ、裁かれるべき行為じゃないか」

「天罰だって災厄だって、神が引き起こす事だってあるだろう?」

「天罰だろうが災厄だろうが、槿(わたし)のやることとは全く違うものだ」

「大同小異万古不易」

「堅白同異異端邪説」

「はあ、解り合えないね。逸脱した水掛け論という奴だ。無意味で無価値で不必要だ」

「仕方がないさ、ここまで平行線だと。ぼくらは鏡写しだ。決して触れ合えないのさ」

「わたしはね、(ぼく)のことは嫌いじゃないんだよ? 寧ろ愛しているくらいに憎らしい」

「矛盾してるね。だけど、ぼくも槿(わたし)のことは嫌じゃない、吐き気がするほど恋しい」

「人間の世界じゃ、これを相思相愛と理解するのか、それとも」

「気の触れた仲間だと思われるのが関の山だろう。やれやれだ」

「気の置けない仲間とは紙一重だ」

「全くだ。その考えは一致してる」

「さて、どうするんだい? (ぼく)。どうやら話し合いは無駄みたいだけど」

「そうだね。それでも、しっかりと(わたし)の暴挙を食い止めさせてもらおう」

「どうするのさ、武力勝負なんかできないだろう? わたしらは戦えないし、戦わない」

「じゃあ、カバラでもしようか? 久しくトランプは触っていない」

「わたしはポーカーがいいな。あの五枚全て揃った時の感覚がいい」

「じゃあそれら含めて幾つかやろうか。世界の命運を掛けたお遊戯だ」

「イカサマは止してくれよ? ただでさえわたしらは強運なんだから」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 普段は風の音や水流の音ばかりが響き渡る多馬川の河川敷だが、今日ばかりはそのような自然な音が掻き消される程の野次馬が集っていた。共に来た友人と繰り広げる会話、電話で状況を知らせている電子音、今か今かと待ち望んで堪えきれず漏れる奇声、人工的音源で多馬川は満たされていた。

 彼ら野次馬の目的は至極簡単、というか、野次馬が集まる理由など一つしかない。見物客として達観しに、第三者として楽観しに、無責任且つ無関係に見物しに来ているのだ。

 そして、その見物の晒しものとなるものは、類い稀な決闘。川神が誇る武神の審査に無傷で合格した老剣士と、壇ノ浦の英雄の蘇りである女剣士による、剣舞。互いの誇りを一閃に込めている、剣豪同士の決闘。

 野次馬としてやって来た一般人は、その胸を熱くさせてくれるであろう決闘に心を踊らせ、期待感に突き動かされて今ここに集まってきている。それはもう、飴に群がる働き蟻のように。

 そして、その決闘の役者が現れた。一人は橋の上から、一人は下流から。橋の上から飛び降りたのは、金色の柄を持つ所在が不明とされていた刀、かつては膝丸と称されていた伝説の刀、薄緑を携えた女剣士。

 下流から剣気を放ちながら歩いてきたのは、年老いたことを現す白い顎髭に白い角刈り、通気性は良さそうだが運動しにくい浴衣姿で、刀を一本だけ袋にいれたままの老剣士。

 今、二人が歩みより対峙する。観客の盛り上がりは上昇しているはずなのに、その歓声は段々と収まり私語は消え失せていく。唾を飲み込む音も諸方から聞こえてくる。

 

 

「お相手頂き、感謝する」

 

 

 先に口を開いたのは老剣士だった。重々しくも開かれたその口から発せられた言葉は、目の前にいる一回りも二回りも若い女子に向けたものであるのに、籠められている敬意は最上級のものであった。

 

 

「こちらこそ、剣を交えることを楽しみにしておりました」

 

 

 それに答えた女剣士は爽やかな笑顔をしていた。それにも関わらず、迫力はより一層増していた。老剣士の剣気に当てられて身が震えたのか、刀と鞘がぶつかり合う音が一瞬だけ聞こえた。

 互いの闘気と剣気が交差する。何も関係のない野次馬が、無関係にいた見物客の筈なのに、その気迫に当てられて後ずさる。その見物人の体からは冷や汗が滲み出ていた。

 

 

「それでは、お披露目といきまする。解りますかな、この刀」

 

 

 老剣士は抱えていた袋から一本の刀を取り出した。その刀は一見何の変鉄もない刀――素人から見ればどんな日本刀も刀でしかないのだが――であったのだが、女剣士がそれを直視した時、女剣士の心臓が爆発するかと思う程に大きく震動した。

 

 

「――――何と、こんなところで、“あの子”の気を感じるなんて……」

「お気に召したじゃろうか」

「ええ――――それはもう、有り難い程に」

「それは重畳、態々持って来た甲斐があったというものじゃ」

 

 

 老剣士は鞘から刀を抜き、鞘と袋を土手に投げ置いた。その際に袋で鞘が傷つかぬようにしたのは、手慣れたかのようなものであった。一見乱暴に扱っているようだが、その際に老剣士は細心の注意を払っている。

 

 

「それでは、始めようぞ」

「ああ!」

 

 

 老剣士と女剣士は互いに構えをとった。女剣士は刀を両手で持ち後ろへ流すような構え、近接の速度重視な刀法の構えであった。対する老剣士の構えは、昨日武神と戦った際に見せた、片手で担ぎ上げた突撃型の構え。

 

 

「こらこら、立会人が来てから始めろ」

 

 

 今にも決闘が始まろうというところで、若い女の声が天から響き渡ったかと思うと、空から黒髪の美少女が登場した。

 その現れた人物と、華麗な登場の仕方に観客の止んでいた歓声がドッ! と溢れ出した。

 

 

「川神、百代か。遅かったのう」

「時刻二分前だ。じいさんたちが早すぎるんだ」

「百代さん、早く来て損はない」

 

 

 時間に間に合えばいいという百代の短絡的な考え方と、二人の剣士の余裕をもった行動を優先する考え方は噛み合わなかった。

 

 

「では、互いに名乗りをあげろ!」

 

 

 百代が叫んだ。その叫び声に圧倒されて観客は強制的に黙らされた。いや、百代がそうしなくとも、より強くより濃く闘気を放つ二人の剣士の前で、何か無駄な話をしようとは誰も考えない。いや、考えている余裕すらないのだ。

 二人は構えを一切崩すことなく百代に対処しきり、再び目の前の対戦相手を凝視し、相手の喉元をかっ切るような剣気を放ち続ける。そこで女剣士が多馬大橋を反響させて揺らすような声をあげる。

 

 

「源義経、いざ参る!!」

「大道寺銑治郎、罷り通る」

 

 

女剣士、源義経の名乗りに対し、老剣士、大道寺銑治郎の名乗りは抑え目だった。しかし、その気迫は義経のそれに勝るとも劣らない。

 

 

「それでは、時間制限無し、一本勝負――――始めぇっ!!!」

 

 

 百代の開始の合図によって観客たちが歓声を蘇らせる――――

 

 

 

――――それよりも早く、二人の剣士は動いていた。

 

 

 

 観客の声が上がる直前に、二人の刀は激突した。一合目から鍔迫り合いの始まりに、観客たちの声は一度驚愕で静まり、あまりの速業に感動してより盛り上がりを見せた。

 

 

「流石源義経、この速さに対応できる剣士は、日本を巡っても二桁はおらん」

「そちらこそ、こんな速度の剣撃は滅多にお目にかかれない!」

 

 

 鍔迫り合いで刀がぶつかる鈍い音がしたまま、二人は互いの剣術を称賛する。それは戦いが激化してしまえば、もう終わった後にしか言えなくなってしまうのだから。

 

 

「では、本格的に戦おう!」

「うむ、行くぞ英雄」

 

 

 鍔迫り合いを互いに押しやり距離を取り、次の攻撃に移った。

 先に仕掛けたのは義経だった。驚異的な脚力を用いて飛び込み、鋭い斬撃を銑治郎の無防備な左脇を狙って放った。銑治郎は左腕を固定しているため、左手に刀を持ち換えることはできなかった。

しかし、銑治郎の対処は恐ろしい程に速かった。まるで左脇は右脇よりも感度が高いのか、まだ義経が斬りかかるかどうか解らない寸前のところで、既に銑治郎は左側の攻撃に対処するように刀を構えていた。そして、義経の斬撃を上方へいなし、今度は銑治郎が上から斬りつけた。ここまでの工程を、銑治郎は義経の太刀筋を一切見ずに行った。

 義経に完全に当たると思われていた銑治郎の斬撃、しかし、義経もまたそれを予測していた。先程の鍔迫り合いで互いの力量が測られ、警戒心は最高点に到達していたのだ。義経はいなされた勢いを寧ろ上げ、超速で一回転をしてその銑治郎の斬撃を受け止めた。銑治郎がいなした方向が上方であったため、銑治郎の構えもまた大降りであったがためにできた芸当であった。

 

 

「ほう……」

 

 

 思わず感嘆の声を漏らす銑治郎と、額に汗をにじませる義経を見れば、どちらが現在優位に立っているかが分かる。勿論、それは技術的な意味ではなく、精神的な意味である。

 再び刀同士が弾かれ距離が空いたが、互いに飛び出し距離を即座に埋めた。銑治郎が打ち上げ降り下ろしという二段攻撃で、義経の刀を弾こうとするも、義経は冷静に打ち上げの斬撃を銑治郎のようにいなし、戻ってくる降り下ろしを下に弾いた。

 その弾かれた勢いで銑治郎の刀が地面に刺さった。好機だと見いだした義経は小降りながらも銑治郎の胸元を斬りつけた。

 しかし、次の銑治郎の対処は義経の予測を上回った。

 一度刀を手放し、逆手に持ち換えて引き抜くように持ち上げた銑治郎の行動は、義経の降り下ろしの攻撃を防ぐことができた。

 義経も驚いたが、驚いてばかりもいられないので、攻めの手は休めずに連続で斬りかかる。義経が売りとする高速七連続斬撃が火を噴いた。

 

 

「ぬぅっ……!!」

 

 

 その高速斬撃に、初見では対処しきれなかった銑治郎に、防げなかった二斬が左腕と左脇腹を襲った。

 距離を置こうと後退しようとしていたために、多少のダメージは軽減できたものの、銑治郎の体に確かな傷が刻まれた。

 さらに義経は攻めの手番を譲らない。そのまま押しきろうと追撃を試みた。

 

 

「……天国(あまくに)式、小鴉(こがらす)

 

 

 そこで銑治郎の“対剣士用剣術”が遂に真価を見せた。

 即座に刀を担ぎ上げ左肩を突き出し、突撃してきた義経にタックルするように突っ込んだ銑治郎は、義経の一発目の斬撃をいなすと同時に、義経の脇をすり抜けた。

 義経は体制を崩されながらも転ぶことなく踏みとどまり、直ぐに銑治郎が走り去った方向へ振り返った。

 

 

 そこに、銑治郎の姿はなかった。

 

 

 拙い、義経は直感でそう感じて刀を構え、全方位に神経を集中させて銑治郎に備えた。時々勢いよく振り返り、背後の隙を限り無くゼロにする。

 しかし、二十秒程経っても銑治郎からの攻撃は全くなかった。義経は気味が悪くなって警戒心がより強くなった。その瞬間、義経の背後と右前方と左脇から、雪駄が雑草を踏み分ける音がほぼ同時に聞こえた。

 あまりにも奇妙なことに、義経は軽く十メートルは転がりながら前進した。そこで、振り返った義経の目に銑治郎が映った。映ったのだが、実に奇妙な光景だった。

 

 

 ほぼ上半身が動くことなく、まるで幽霊のように滑らかに移動していた。それは不気味でありながらも優麗であった。

 

 

 義経は理解した。銑治郎の剣術は錯乱主体であると。こうまで掻き乱されると、剣士が戦うにおいて必須の集中力を根刮ぎ持っていかれてしまう。義経は精神をより集中し、銑治郎の動きに対処しようとする。

 そこで銑治郎が新しい動きを見せた。先程まで滑らかにゆっくりと動いていた銑治郎が、まるで鉄砲から発射されたような加速度で義経に襲い掛かった。その踏み込みはほぼゼロ、最低速度から最高速度へ爆発的な加速を見せた。

 

 

「ッ――――!」

 

 

 思わず息を漏らした義経だったが、速度は義経も得意とするところ。この対決を逃げる訳にはいかなかった。

 しかし、義経は逃げなくても、銑治郎は義経から勢いよく逃げた。

 突進していた銑治郎は再び爆発的加速を用いて、途中で方向を変え義経の右側へと姿を消した。義経はそれを迎撃しようとするも、またしても銑治郎の姿はなかった。翻弄され狼狽する、義経は狩り場に追い込まれた獲物の感覚に苛まれたが、直ぐに狩人としての気持ちへと切り替えた。小賢しく素早い獲物を、自信と共に抉り取る精神で臨んだ。

 そこで義経は音に錯乱されていると判断し、目を閉じて銑治郎の気配を全力で追い掛けた。真っ暗な世界、瞼によって光が遮断された義経の視界に、輪郭がはっきりしない何かが侵入してきた。義経はそれを全力で、斬った。

 義経の刀が何かに触れた。直ぐ様瞼を抉じ開けた義経はその何かに突撃した。

そこにいたのは、刀を右肩に担ぎ上げている銑治郎。ただ、先程と違う点が一つあった。

 それは、銑治郎が左腕を解放し、上半身を剥き出しにしていることだった。その顕になった左腕はボロボロになった包帯で雁字搦めにされており、異様な威圧感を発していた。

 どうして片手で持つことを止めたのか、それが解らないまま義経は銑治郎に斬りかかる。先程の七連続斬撃よりも速い、九連続の斬撃。

 それを見た直後、後手を取った銑治郎の動きは凄まじかった。驚愕、その一言に尽きた。銑治郎は担ぎ上げていた刀の柄を両手持ちに変え、刀を全力で叩き下ろした。

 

 

「ぬあっ――――!!」

 

 

 銑治郎は体が軋むのを自分で感じ取った。それ程までに全力を尽くした一斬が、義経の左肩目掛けて降り下ろされる。

 義経はその九連続の斬撃を二撃で中断し、その脅威の対象となった斬撃に備えた。

 二撃与えた、のに――――

 備えた、のに――――

 

 

「なっ――――」

 

 

 銑治郎の刀と義経の刀がぶつかった瞬間、その刀同士の接点を中心とした球が広がるように衝撃波が発生した。観客の大半が吹き飛ばされてしまうほどの波動。それをフォローする九鬼家の従者部隊も唖然とする威力。

 義経はそのあまりにも鋭い剣撃に怯んだ。怯んでしまった。ただ速いだけの太刀筋が、こうまで奥義クラスとしての技になるとは思ってもみなかったからだ。

 

 

(この速度は、阿頼耶…………いや、それ以上…………!! 速さの黛と同等以上の速度とは……!!)

 

 

 義経の顔に一瞬の笑みが現れ、直ぐに真剣な面持ちへ戻った。

 義経は現状的に銑治郎の刀法を分析する。一つ、片手で刀を握っている場合はトリッキーな動きを主とする。一つ、両手で握っている場合は全力で捩じ伏せる技を主とする。一つ、恐らくは摺り足の昇華型と思われる銑治郎の移動方法は、義経が体験したことのない未知なるものであるということ。

 これだけ解れば充分だと、義経は勝負を決めることにした。

 刀を握り直し、銑治郎を見据え、意識を集中し、闘気を高めていく。銑治郎はそれを見て、刀の持ち方を変える。決闘開始時と同じ右手のみの握り方。

 

 

(この一合で、決める――――!)

(この一合で、そう考えとるのが見え見えじゃ…………。それでも、儂は儂らしく、いつも通り)

 

 

 勝ちにいく、互いの決意が固まった。ここから始まる怒濤の剣舞を完全に見切った者は、この場に五人といなかった。

 再び二人が間合いを詰めた。義経が繰り出した高速十二斬、銑治郎はそれを全て見切りいなし、反撃として瞬間的な斬撃を三閃放った。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 すると義経は、今までの意趣返しと言わんばかりに、その三つの斬撃をいなしきった。大振りをした後のように硬直し、銑治郎にできた一瞬のついて、義経は銑治郎の左脇へ斬りかかった。

 

 

「天国式、柳生(やぎゅう)

 

 

 銑治郎は口の端をひくつかせ、その斬り込みに体を預けた。義経はその感覚に鳥肌がたった。まるで沼のような斬る対象がはっきりとしないものに刀を突っ込んだような、気味の悪い感覚。

 銑治郎は刀が左脇に当たった瞬間、下半身を跳ね上げて刀の上を転がった。その大道芸のような技に義経は僅かに怯み、その隙をつかれて銑治郎に右肩を斬り裂かれた。

 しかし、銑治郎も回転していたこともあり狙いがうまくつけれなかったのか、傷は浅くダメージはそれほど酷いものではなかった。

 義経は一歩下がり、銑治郎から離れて力を溜めて再び突撃した。

 銑治郎は華麗に着地し、刀を両手に持ち換えた。その行動は銑治郎に突撃してくる義経を警戒させ、義経は片手を剣の峰に添え、剣を縦に構えていた先程の銑治郎の剛剣に備えた。しかし、それこそが銑治郎の狙いだった。義経が構えたことを確認した銑治郎は即座に握り手を右手だけに変更し、義経の刀を擦りながら義経の肩目掛けて槍のように刀を突き出した。

 

 

(しまっ――――)

 

 

 義経はそれを刀の腹で外側に押し出しながら前に屈み肩を回避させるが、速度が異様に速く判断が遅れたこともあり、義経の右頬に切り傷が入った。あと一瞬、判断が遅かったら確実に肩をやられていたと、動揺する義経の心臓が早鐘を打つ。しかし、その頬の傷が義経の警戒心を引き上げる。

 銑治郎は一歩下がり、刀を担ぎ直して義経に特効した。

 一方の義経はその傷を受けて怯んでいた気が引き締まり、義経の持てる力を振り絞って銑治郎に迎え撃とうと構えを取った。

 そして両者が互いの間合いに入ると、恐ろしく速い斬撃同士がぶつかり合い火花を散らし、時々衝撃波を発しながらも斬り合い続けた。

 十回、二十回、三十回と斬り合いは続けられていったが、所要時間は二十秒にも到達していない。更にその速度は衰えることなく寧ろ加速していた。

 戻ってきた見物人が震え出す。体から沸き上がってくる“何か”を押さえることができずに、腕を動かし、声をあげる。真剣同士、既に怪我を負っている二人の武士が、間違えれば致命傷を負う闘いに、雑多な大衆は当てられる。

 

 

 己の小ささを自覚し、巨大なものに憧れる。この世の摂理の縮尺がこの河川敷に体現した。

 

 

 そして、三十秒以上にも渡る高速の剣舞に幕切れが訪れる。

 義経は最後の一撃に全霊をかけ、銑治郎は両手で刀を握り腰を入れた。そして互いの刀が互いを、斬り裂いた。

 

 

「………………くっ……!」

 

 

 先に膝をついたのは銑治郎だった。浴衣に所々滲む血が、観客の体を震撼させた。

 

 

「……うっ…………あっ……!」

 

 

 しかし、義経もまた限界だった。刀を支えとし、膝立ちの状態で荒い息を整えていた。

 

 

「そこまで! 引き分け!!」

 

 

 立会人の百代の判決を下す声が響いた。これ以上は決闘の続行は不可能だという判断の下、百代は二人の決闘の仲裁に入ったのだ。しかも片方はご老体だ。血を流しすぎるのは些か危険だった。

 しかし、その結果でも観客は満足だった。その決闘を見れただけで満足だった。そして、見物人はその剣舞を見て、闘志と意欲に火が灯ったのだ。

 二人を称え、感謝するように、観客は盛大な拍手と歓声を上げた。

 

 

「……はぁ、はっ、ふぅ…………見事、感服いたした……流石は壇ノ浦の英雄じゃ」

「……いや、大道寺さんこそ、恐れ入った……! はぁ……ふぅ…………。こんなに楽しく疲れたのは、久しぶりだ……!」

「かっかっかっ、楽しいときたか……! 儂はヘトヘトじゃわい……。もう暫くは自宅でのんびりとしたいところじゃ……」

「もう息が整ってますね、流石です。傷の具合は?」

「お前さんが言えたことか。骨は問題ないじゃろう、ただの刀傷じゃ。川神院が手当てしてくれるはずじゃしのう……。あいたた、お前さんはどうじゃ?」

「私も、骨は無事ですね、肩が少し危ないですが……」

 

 

 じりじりと近寄って互いの体を気遣う二人、決闘を通じて二人の間に絆が芽生えたようだ。

 

 

「お互いに怪我人じゃのう……。満足したわい。痛み入る、義経殿」

「や、止めてください敬称なんて!」

 

 

 銑治郎が頭を下げ感謝の意を示すと、義経は慌ててそれを制した。歳上に頭を下げさせることが申し訳なかったのだ。

 しかも、自分と同じ、若しくはそれ以上の剣士でもある銑治郎に下手に出て欲しくはなかったのだ。

 

 

「……そうか? では改めて、感謝するぞい、義経」

「うん! こちらこそだ、銑治郎さん!」

 

 

 二人は固い握手を交わし、互いを称えあった。

 

 

「あれ……これ引き分けってしちゃったけど……誰が私とやるんだ……?」

 

 

 そして、自身の判断で決闘の相手を逃してしまった百代は、一人寂しく後悔するのであった。

 

 

 





 私は隣人に対する愛を諸君に勧めない。私が諸君に勧めるのは、いと遠きものに対する愛である

 ニーチェ

 ◆◆◆◆◆◆

 また一人、正体不明な人物が出てきましたが、しばらくは燻っていてもらいたい槿です。漢字読みは「むくげ」で読まれる事が多いですが、今回の読みは「あさがお」になります。数話前に名前だけ出ていた槿、今回ようやく登場ですが一切容姿は書いてません。まだ人に見られるわけにはいかないと、槿もいろいろと考えています。企んでいます。

 隣人愛を書いておきながらそれを否定するようなものを引っ張ってきて申し訳ないです。しかしこれはいい言葉です。特にこの「いと遠きもの」というところでしょうか。和訳で「いと」を持ってくるところも私好みであります。この愛を向ける対象が明確に設定されていないあたりも、仄めかすとかインプライとか問いかけるかたちが大好きな私にはたまらないのです。考え方は人それぞれ、隣人愛こそ至高という人もいれば、ニーチェのように考える人もいるわけです。
 その考えの中で複数に派生していって、この世は思考の坩堝になるわけですね。サラダボウルと坩堝、この文献読んだことある人いるのでしょうか……。

 結論。思考は混ざり膨れる。独立し共存する。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。