真剣で私に恋しなさい!S 〜春霞の月、秋露の花〜 作:霜焼雪
右大将道綱母
川神市のある日の夜、親不孝通りの入り口付近で、まるで幽霊のようにひっそりと歩いている少年の姿があった。こんな時間に彼のような若々しく童顔な男の子が、こんなにも不良の溜まり場となっている場を彷徨いていれば、取り締まりのために巡回している教師や警官に捕らえられ補導されているはずだ。
しかし、少年は警官とすれ違っても何の注意もされず、教師とばったりあっても話しかけられず、誰とも関わることなく放浪できた。少年も気づかれようと思っていないのか、ヘッドフォンを耳につけて外界からの音を遮断し、下を向いて人を見ることなく歩いていた。
誰にも見られず、誰にも気づかれず、ただただ独りで闇に浸っていた。
伊那渕、川神学園二年S組。一部の学園生は彼のことを“影”と呼ぶ。無論影が薄いから、等という在り来たりなものではない。彼は影だから、影と呼ばれる。そして、影と呼んだ者はその読んだという事実さえ忘れてしまう。
クラスメイトで渕に気づくのは一人か二人、気づいたとしても「あ、いたんだ」と思い出したように気付き、直ぐに意識から外して記憶の隅に追いやられる。担任でさえも、出席簿の名前を見てようやく思い出す。元々他人を蹴落とすことが乱発しているクラスなので、他人を何とも思わない連中が多いのだが。
人の影に紛れ込む天才、渕は一度もそう呼ばれたこともないが、自分のことをそうだと認識している。そうでも思わないと、自分が何であるかが解らないから。
川神学園に入学し、彼は希望を失った。学園に入りさえすれば、自分をしっかりと見てくれる人が現れる、そう信じていた渕だったが、結局誰にも気づかれることなく二年目に突入した。
自暴自棄に陥ったという訳ではない、この世に嫌気が差して死にたくなったという訳でもない。渕だって死ぬのは怖い。痛いのも嫌う。一般的な普通の人間だ。渕は、“死んだらそれだけ、天国地獄は夢物語、来世も前世もありはしない、人は無くなる”を持論に掲げ、死ぬことを忌み嫌っている。以前読んだとある物理学者の本にそう記されており、非常に感銘を受けたからだ。
人は死んだところで何も残らない、渕はもう誰からも気づかれていないが、いなくなることだけは避けたかった。
渕は武道も嗜んでいないし、特に部活にはいっている訳でもない。強いて得意な競技をあげるなら、ドッジボールと反復横飛びが彼の自慢であった。ドッジボールは生まれてこの方一度もボールに触れたことがない。反復横飛びはクラスで一番を取り続けている。そのどちらも、誰にも気づかれていないのだが。
このように、意義が見いだせないような人生を歩く宿命であっても、渕は川神でも有数の危険地帯の深夜を徘徊している。死にたがり、とは言えない。渕は誰にも気づかれないことをもう得意技としている。だから襲われることはないと自負している。
理由は簡単、闇が、夜が、好きなのだ。
輪郭がなくなり、スゥッと体が溶け込んでいく感覚。そこに浸ることができれば、自分と同じような人間に出会えるかもしれないと思っていたから。
そして先日、渕は劇的な出逢いを果たした。渕に襲い掛かり、渕のことをしっかりと捕捉し、渕のことを気に入った男が現れた。
板垣竜兵、親不孝通り有数の喧嘩屋である。
渕は彼に会いに来たようなものである。渕は竜兵と話せたことが非常に新鮮なことで、たった一回のことであったのに竜兵が忘れられなかった。
誤解無きよう注釈すると、渕は女の子が人並みに好きである。決して、ホモセクシャルであるとかバイセクシャルであるとか、そんな異常で奇特な性格ではない。竜兵とはそういう性的な観点から興味を持っている訳ではないことを先に述べておく。竜兵にはその気があるやも知れないが。
「お」
「あ」
そんな彼らが今夜、二度目の出逢いを果たした。
渕は心なしか嬉しそうな表情であったが、竜兵の顔は何やら良からぬことを企んでいそうな表情であった。その何か不穏な空気を孕んだ表情に、渕は僅かに戦慄する。
「よぉ、伊那とか言ったな」
「ど、どうも」
「早々で悪いが、覚悟しろや」
「え?」
渕が気の抜けた声を上げたのと同時に、竜兵は許可を取ることなく獣のように襲い掛かった。狙いは下半身、動きが驚異的に素早い獲物を狩り捕ろうとする猛獣のようだった。
しかし、不意をついた筈のその突進ですら空を切った。竜兵は目標にぶつからなかったためにバランスを崩し、渕は竜兵のタックルを紙一重でかわしていた。勿論、渕本人は前回と同様に驚いているだけであった。
「ヘッ、やるじゃねぇか」
「んな、なななんななな何だいきなりぃ!?」
「何だよって、鬼ごっこだ。俺が鬼、お前が逃げる」
「何ソレ!? つーか何で始まったのさ!?」
「そりゃあ、アレだ。お前が――――いい男だからだ」
ゾクッと、渕は分かりやすいくらいに身震いした。体中を舐め尽くすように
渕の本能が警告していた。この男は危険であると、この男に捕まると拙いと、この男に大事な何かを持っていかれると。
渕は後退り、竜兵は一歩進む。距離は開かず縮まらない。竜兵の方が一歩の歩幅が大きいことは体型の差から明らかなのだが、竜兵は敢えて歩幅を小さくしていた。ジリジリと首輪を締めるように、ゆっくりと嬲り舐るために。
渕はただ、竜兵と親しげに会話が交わせればなと思っていただけだった。それなのにいきなり貞操の危機に陥ってしまった。この時が、淵が初めて竜兵と出逢って後悔した瞬間だった。
「行くぜオラァ!」
「
再びタックルをしかける竜兵。技術も作戦も眼中にない彼はそれの一点張り、それで今まで男を食ってきた彼にしてはそれが全てなのだ。それが故に、その技法は恐ろしく鋭く極められている。
それをよく見てかわそうとする渕だったが、竜兵のタックルが速くてぶれて見え、見えたとしても自慢の反復横飛びを使えない速さであった。
しかし、渕の体が勝手に動いた。脳は動けという命令を信号に変えて体に発信していない。それどころか、いつ来るかも解らないタックルを脳が判断できる筈がない。それでも、渕はタックルをかわした。今度は竜兵の肩に手をついて、鞍馬で逆立ちをする体操選手のように華麗に回避して見せた。それは全くもって無意識なことであった。
「うおっと……。ヘッ! そうこなくちゃ面白くねぇ……。じっくりと味わってやるぜ」
ゾゾゾッと、渕は体に這っていた百足の数が増えたように感じた。それ程までに竜兵の舌舐りは気持ちの悪い気配をしていた。
渕の学園にも男が食える頭のよい顔の整った人間が一人いるが、彼と少し近いものを感じた。竜兵の方が野生的、学園生の方が理性的ではあるのだが、近いものであることには変わりがなかった。違う点を挙げるのであれば、学園生は人外も受け付けているということか。
渕はその気色の悪い感覚を振り払い、現状を確認して作戦を立てる。
まず、何故こうも自分が相手の攻撃を回避できるのか、その理解が必要だった。ほとんどまともに見えていない攻撃を、まるで闘牛士のように軽くヒラリとかわしたり、銃弾を避ける少年漫画の登場人物のような離れ技をやってのけたりと、明らかに渕のスペックを上回ったものを、渕の肉体は相手にも自分にも見せつけていた。
ここで確認した。渕はこんなことができた記憶がないことを。反復横飛びが得意という地味且つ役に立ちそうもないことしか胸を張れない男が、いきなり特撮のヒーローのような仰天な技を披露することなどまず不可能。
しかし、もう既に何回もできてしまっていることについては疑いようがない。一番それを信じたくないのは渕自身であるが、一番それを見て体験しているのも渕自身である。
もう諦めて受け入れてしまおう、渕はあっさりと考えることを放棄した。諦めの域に達するまで要した時間は五秒とかからなかった。これ以上考えても仕方がないことではある。考えても答えが見つからないことを考えても意味がないと、目の前の問題を無かったことにしようとしていた。
そうなると、どのようにして竜兵から逃れるかが決め手となる。今まではその渕の得体の知れない高等技術で回避できていたものの、今後もそれができるとは限らない。どうせそれができなければ捕まってしまう、そう考えた渕はがむしゃらに竜兵をかわすことにした。
そこまではよかった。覚悟を決めた男らしかった。しかし、構えたはいいものの、ここからどうすればいいのかがさっぱり解らない。こんなところで反復横飛びは活かせないと痛感した渕。こんな武道家たちがあつまる川神に住んでいるのだから、もう少し何かしらの技でも学んでおくんだったと、渕は人生で初めてそんな後悔をした。
――――兎に角、やるしかない。
改めて決意した渕は素人ながらも構えらしきものを取った。足を広げ、腰を落とし、腕は前にぶら下げておく構え。その時の表情は、一瞬だけ瞳からハイライトが奪われたように見えるほど絶望的だった。悲しんでいるとか哀しんでいるとか、そんな類の感情では表現できない。
死の淵に、死の“
渕はこの構えを取ったが、渕にとってこれほど得意な構えはなかったと言える。竜兵が知らないのも無理はないほどの彼固有の構えなのだ。そう、体力測定における反復横飛び百戦錬磨の渕が好む、反復横飛びの構え――――ようはハッタリである。
それでも多少の意味はあった。まず一つ、渕の気持ちに若干の余裕ができた。慣れ親しんだその構えは、渕が
そして何より、渕の黒い表情が竜兵に死のイメージを塗りつけた。
しかし、何せ全く未知なる構えに竜兵は僅かに動揺したのも一瞬のこと。敵を自慢の拳で殴る、彼はいつだってそうしてきたのだから。後者の効果はそれ程なかったように思われた。
しかし、渕にとっては僅かな隙穴で充分だった。その油断を逃さず、渕は全力で人混みの多い方へ走って行った。覚悟を決めた男の敵前逃亡である。
「あ! 待てコラ!!」
その気持ちいいほどの撤退に美学を感じなかった竜兵は、鬼のような形相で渕を全力で追い掛けた。その速度は歴然の違い、竜兵が自動車とすれば、渕の速度は三輪車である。渕は人混みに紛れる前にあっさりと回り込まれてしまった。
「どこ行こうとしてんだ、おい」
「ぅお、鬼ごっこなんだから逃げるさ」
「警察かなんかに逃げ込みそうな勢いだったろ?」
ジリジリと竜兵に詰め寄られていく渕、さっきのが唯一のチャンスだったと思っていたので、もう既に諦め気味な状況に陥ってしまっていた。もう竜兵が近寄ってきても先程までの逃げたい気持ちは失せてしまっていた。
竜兵と渕との距離が五メートルを切った。もう完全に竜兵の射程内に入ってしまった渕は僅かに後ずさるが、もう逃げようがなくなってしまっていた。
そして距離が三メートルに差し掛かった辺りで、竜兵は覆い被さるように飛び込んできた。
嗚呼、捕られた、渕は見えないタックルに抵抗することもできず、目を閉じて諦めた――――
――――諦めた、筈だった。
「――――あれ?」
一番驚いたのはやはり渕だった。それもそのはず、竜兵の姿がいつの間にか見えなくなっていたからだ。
竜兵が隙をついて襲うために移動したんだと考えた渕は、竜兵の姿を探して辺りを見渡す。そこでようやく竜兵の姿を見つけることができた。
竜兵の位置は渕の後方十メートル先。移動したのは竜兵ではなく、渕だった。
どうやら竜兵も状況が理解できていないらしく、辺りをキョロキョロと見回していた。そこで、二人の目線が合致した。
そこで竜兵が追いかけてくる前に、渕は素早く人混みの中に紛れ込むことに成功した。それを見た竜兵は解りやすく舌打ちをし、近くの壁を殴って苛立ちを露にしていた。
しかし、その苛立ちが段々と収まると、竜兵は渕という男に興味を持っていった。いい男、そんなことよりも、彼がどんな人間なのかを知りたくなっていった。
◆◆◆◆◆◆
一方、辛くも竜兵から逃れることができた渕は、今になって両手が震えだした。この震えが来るところはどこからなのか、渕はそれを頭で必死に考える。
――――竜兵への恐怖、それもある。
――――貞操の危機、それもある。
しかし、一番の理由は何と言っても、渕が使えたあの高等技術の底が知れない現実、そんな力が一般人の渕に眠っていたという事実に他ならない。渕は震えを抑えるために、疲労回復の休憩と夜食も兼ねてファミレスで落ち着くことにした。手早く好物のチーズケーキとミルクティーを頼んで一息つく渕。そこでようやく疲れがドッと溢れだしてきた。急に瞼が重くなるほどに疲労感が込み上げてきた。それほどまでに体はが酷使されていたのだろう。
渕は腕を回して体の調子を確認する。どこにも悪いところは見られない、それが不思議でならなかった。
渕にもそれなりの一般教養があるつもりである。だからこそ、自分の体に何らかの変化がないと説明がつかない状況にいるのだ。
そう、あんな超スピードで動き回ったにも関わらず、体のどこにも痛みが感じられず、寧ろ今までよりも楽に体が動くようになっていたのだ。運動の第一法則から第三法則にかけて、渕を縛るものはなかったという奇怪な事実が存在していた。
渕の疑問は少しも紐解かれない。いくら考えても理由など浮かばない。原因など思い当たる節もない。渕の疑問はよりごちゃごちゃになっていき、頭の中が酷く淀んだ状態になってしまっていた。
渕が頭を抱えていると、店員が恐る恐る注文された品を運んできた。渕は怪しい姿を見られてしまったと恥ずかしがったが、どうせ一時の事だと開き直ってチーズケーキを食すことにした。渕が溜め息をついてケーキにフォークを突き立てた、その時だった。
「美味しそうだね」
突然対面から聞こえた声に渕の手が止まった。渕はテーブル席に座ってはいるが、当然対面には誰にもいないしテーブル席は確りと区切られている。その半個室の状況で渕に声をかけることができた人物はいなかった筈だ。
渕はケーキに向けていた視線をゆっくりと上げ、いる筈のない声の主へ向けた。
そこにいたのは、まだ十歳に満たないような外見をした男の子。白色と灰色が混ざりあった綺麗な灰白色の髪をツインテールにしており、どこかで見たことがあるようなスタンダードな紅白の巫女服を適当に着ており、異質な程に輝く
ゾクッと、渕の体に気持ちの悪い感覚が襲い掛かった。しかし、竜兵から感じた百足が這うような感覚ではなく、大きな手で潰される限界まで握られ、力を抜かれ、また握られるといった感覚だった。生殺しにされている、という表現が正しいかもしれない。
「美味しいかい?」
「あ、うん」
素朴な質問についつい答えてしまった渕だったが、不思議とそのやり取りに違和感は感じられなかった。まるで、この男の子と渕が初対面ではないかのようだった。
「よければ一口くれないかな?」
「な……お、うん…………あーん……」
断りきれなかった、渕はチーズケーキを一欠片フォークに突き刺し、男の子に向けて突き出した。渕はその行動に、何の抵抗もなかったことに吐き気を催しそうだった。
「あー、ん!」
男の子はケーキをパクッと加えた。そしてそれを、まるで栗鼠のように口を膨らませてじっくりと咀嚼していた。決して多い量ではなかったのに、実に大袈裟に可愛らしく食していた。
「むぐむぐ、やはり洋菓子も美味いなぁ。今度はあのご老体に蕎麦饅頭だけじゃなくて、タルトケーキでも用意してもらおうかな」
「え、っとぉ…………。あんた誰?」
「むん? ああそうか、覚えてないよね。ぼくは朧、しがない野良猫の擬人だ」
胸を張って意味不明な自己紹介をした朧に、渕はまたしても何の疑問も抱かなかった。体が宙に浮いたような気味の悪い感覚が渕にドッと押し寄せてきた。何故これ程までにこの朧という少年に疑問を抱かないのか、という疑問に渕は悩まされていく。
それを見た朧は渕からフォークを奪い取り、ケーキに突き刺して渕に向けて突き出した。
「まあまずは糖分でも摂取するといい。脳の働きが活性化するかもしれないぜ? 人体の構造は人間もよく解っちゃいないようだし、気休めに過ぎないけどさ」
さあ食べろ、朧はそう言って更にケーキを突き出してきた。渕は仕方なくそのケーキを加えゆっくりと噛み締めた。気休め、そう言った朧の言葉がよく解るようだった。“噛む”という単調な行動は精神を整える作用がある、好物ならば尚更だ。渕はそのお陰で少しだけ落ち着くことができた。
「それにしても、遅いよ渕くん。君が二年目にしてようやく最後だ」
すると突然、朧は腕を組んで解りやすく可愛く子供らしく怒っていた。そこまで怒っているようではなかったが、多少は渕に対して文句を言いたかったようだ。
一方の渕はというと、初対面な筈の奇妙な少年にいきなり叱りつけられ、もう何が何だかよく解らなくなってきていた。
「他の五人は一年以内に気づいたよ? それに引き換え、君と来たら…………男に掘られそうになって気づくってのは何だい。気づかないよりはましだけどさ」
「…………気づくってのは、この体の変化のことか?」
プンスカと声に出して茶目っ気溢れる怒り方をしていた朧に、渕は恐る恐る自分の疑問を叩きつけた。竜兵から逃れる際に使用できた驚異的な回避能力、人間離れの脅威的な運動能力、どれもこれもが渕のスペックを越えているものだった。
この目の前の不思議で不可思議な少年なら、その変化について何か知っているかもしれない、そう考えた渕は思い切って尋ねてみることにしたのだ。僅かに手が震えたが、拳を強く握ってそれを押し潰した。
その渕に対する朧の応えは、実に簡潔で単純明快なものであった。
「そうそれ。ぼくがあげた力」
「…………………………………………は?」
「いやだから、ぼくが君にあげた人並み外れたスキルみたいな奴。まあ実際、それに耐えられるような体に弄くってあるけど」
何を言ってるんだ、そう朧に突っ掛かりたかった渕だったが、何故かそうする気が起きなくなってしまった。体が拒否反応を示していたのだ。そんなことをしても意味はないと、このやり取りは無駄であると、まるで既に経験してきたかのような反応を体が示していた。
「その体は覚えているみたいだね。君の頭の記憶の方にはぼくに関する記憶はないだろうけど、体は正直って奴だね」
朧は渕の頭を撫でた。それだけで、渕の脳内に莫大な情報が送り込まれ、引きずり出され、一瞬で靄を払うように整頓された。
突然の不快感の解消に、渕はただただ戸惑うばかりだった。
「じゃあ簡潔に改めて、君に知識として植え付けておいて上げた。どうせぼくのことは“忘れる”。それじゃあ話すからね。君の体のある機能を、“壁を越えた者”って呼ばれる驚異的な強さを持つ武人たちと同じレベルまで引き上げてある。ぼくの気まぐれでね。戻すつもりはないから充分楽しんでよ。君の他にもあと五人、同じ境遇にしてやった奴等がいるから仲良くしてやってね。それと、その機能が何なのかは自分で見つけて鍛えていきなよ? そうしなきゃ意味がないからね。まあ簡単に言えばこれくらいかな。ああ、無理して覚えようとしなくていいよ。種は確り海馬に打ち込んであげたから、忘れようにも忘れられないだろうさ。まあ、ぼくのことは忘れちゃうだろうけど。さて、伝えることは伝えたし、ちょっと今日色々ありすぎて疲れたのかな、顔が死んでるよ? 仕方無いな、ぼくが家まで運んでいって上げるよ。会計も、まあ勝手に財布から拝借するから。それじゃあお休み、いい日が来るといいね」
渕の意識は朧の慈愛の愛撫により、瞬間的に闇に蹴落とされた。
壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の架空のおとぎ話だ
スティーヴン・ホーキング
◆◆◆◆◆◆
竜兵と渕の貞操と自尊心をかけた闘争を繰り広げる逃走劇、書いていながら何故自分はこんなにホモを中心的に書いているのかと苦慮しております。この時点で渕の“才能”に気づける人はいるのでしょうか、実はもう出てるんですけども。
一週間近く空いてしまって申し訳ありませんでした。バイト先のリーダーに“暇なら入ってよ、稼ぎ時だよ?”と言われ、週六という謎の社畜状態でして、手が空きませんでした。次回更新も社畜状態での更新ですので、一週間は気長にお待ち頂けると幸いでございます。
自分の死生感を決定づけた一言です。闇を恐る人の架空のおとぎ話ときました。まさしくその通りかとおもいます。この現在日本では宗教の坩堝となるほど他宗教化、宗教思想の自由があるために私のこの発言は受け流してくれて構いません。
しかし、やっぱり死ぬってこわいと思うんです。死んでもやり直しが効くなんて幼稚な考えを持っている幼児から中年までいるようですが、死んだらそれまでです。動くことも食べることも話すことも聞くことも触ることも見ることも、考えることもできないんです。これと似た持論を掲げた恩師がいました。もう定年退職してられますが……。その人がこう言いました。
「死ぬことがこわくなくなったら、その時君は一種の光が見えるようになるよ」
先生、私にはまだその光が見えません……。
結論。命はくれぐれも、光が見える日が来るまでお大事に……。