カッコ好いかもしれない雁夜おじさん
外国というのは兎に角治安が悪い。
いや、寧ろ日本が度を過ぎて治安が良いんだろう。
うん、そうだ。そうに違いない。
だってそうでなきゃ一日に5回も盗みや強奪の標的になるワケないだろう。
1回目は凛ちゃんくらいの子供が公衆電話で話している隙に鞄を盗もうとした(防衛成功)。
2回目は歩道を走っていたバイクが擦れ違い様に肩掛け鞄の紐を短剣で切って強奪しようとした(防衛成功)。
3回目は軽食屋で代金を払う為に財布を出した瞬間に従業員に似た服装の中年が強奪しようとした(防衛成功)。
4回目は情報源になる浮浪者達に金を渡していたのを見て俺が金持ちと勘違いした馬鹿たちが強請りと強奪を試みた(撃退が難しかったから逃走に切り替えた)。
5回目は逃走した後に出た人の気配が無い公園に居た吸血鬼に魔力と英知を寄越せと命令された。
……勘弁してくれ。
降魔が刻だからって、別に今日は厄年の仏滅で受死日でも減衰大殺界の天中殺でもないだろ?
なのに何で今日山程碌でも無い事が在った締めに、最低を通り越して最悪な事態に遭遇するんだよ!?
アレか!?吸血鬼擬きの爺と長年居たから吸血鬼を呼び寄せ易いのか!?
もしそうなら俺は力の限り自分の出生を呪う!!
家に居れば行く末は蟲の苗床で、家を出れば吸血鬼との遭遇率が馬鹿高いとか、生まれる前から詰んでるなんて最悪以前に塵か道化の人生だろうが!!??
因果応報だとしたら前世の俺は一体どれだけ碌でも無い事をしでかしたんだ!!??って言うか何で憶えていない前世のツケを今世の奴が払わなければならないんだよ!!??
……いやいや、落ち着け落ち着け。
幾ら存在が猥褻物陳列罪な爺でも、運命干渉とか吸血鬼の誘導とか不可能だろうし、下手すれば自分にも災厄が降りかかるから、出来ても実行なんて先ずしないだろうし、因果応報説が正しければ世の中はもう少しマシな筈だ。
特に保身へ直走った結果、人間止めてモザイク蟲に成り下がり果てた歩く18禁物体の爺が、万が一でも自分が危険に晒される辺りの事を忘れるとは考えられない。
……ってことは、ナニか?
この状況は純粋に俺の運が悪いのか?
なら仕方無い。
子供が年老いることに絶望して自殺しかねない程の忌避感と嫌悪感を凝縮した爺だが、関係無いなら呪うのは筋違いだ。
メガ・ミリオンズで単独1等を当てたら燃料気化爆弾搭載のICBMを家に10本打ち込む気持ちは消えないが、筋違いなら今は思い出しても脳の無駄働きになる爺を思い出すのは止めよう。
改めて現在状況の確認だ。
今俺の前には吸血鬼が1体(爺と感じが似てるから間違いないだろう)。
聖堂教会の者と戦ったのか、人間なら即死級の欠損具合だ。
場所は人気の無い公園の端で、しかも背後は柄の悪い連中が屯する裏路地に続く小路。
そして俺は結構走ったから、息切れはしていないが息が上がっていて疲れ気味。
しかも俺は魔術刻印どころか魔術回路を励起させるのがやっとのほぼ一般人。
なのに相手は怪我をしているとは雖も最低でも吸血鬼。悪ければ死徒。
その上怪我から回復するためにやる気を漲らせている。
止めに俺を魔術師と勘違いしたみたいだから、初手から勝負を決めに来そうな雰囲気が凄過ぎる。
おまけに逃げ出さずに思考している段階で俺は錯乱してるっぽい。
あー、うん。駄目だな、これは。
相手は傷ついていると雖も吸血鬼以上なのに、俺は魔力を励起させて強化擬きの発動が限界の俄か魔術師擬きのほぼ一般人。
距離は10mも離れていない上に遮蔽物無し。
周囲に人気は無いし携帯電話も無いから救援も呼べない(在っても呼んだのがバレたら、最悪聖堂教会か魔術教会に神秘漏洩と判断されて粛清されそうだが)。
しかも公園なのに渇水で池が干上がっている上、近くに流水は一切無し。
おまけに現在は黄昏から茜色に空が染まり変わる辺りな為、当然日の光は望めない。
止めに今日は満月。
詰んでるじゃん、コレ。
爺でも死ぬだろ、コレ。
悪意を感じるぞ、コレ。
人生此処迄だな、コレ。
………人間諦めが肝心か。
………葵さんにフられ………る以前に告白すらしてなかったな。
………凛ちゃんのかわいい顔………でお土産強請られ捲ったな(〔ねだる〕も〔ゆする〕も、〔強請る〕って同じ字だよなぁ……)。
……桜ちゃんのかわいい顔……で俺の葵さんへの思いを察して同情的な顔がキツかったなぁ。
……兄貴……の髪型を見る度に俺に遺伝してなくて良かったと安堵したな。
……爺…………どうせ死ぬなら地獄へ叩きと落としたかったな。
…………………………ちょっと待て。
何だ俺の人生?
良いのかコレで?
どう客観的に見ても碌でも無いぞ。
って言うか惨め過ぎだろ。
と言うか寧ろギャグだろ?
良いのか? 俺の人生がギャグと括られる様なモノで?
何より時臣の野郎なら……悔しいが此の状況でも何とかしてしまうだろうな。
…………………………いいだろう。
特に生きたい理由は見つからないけど、時臣の野郎に負けたと思いながら死ぬのは我慢ならない。
全力で抗ってやる!!!
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……まぁ、意気込みや命を賭けただけで実力差が引っくり返せるなら、日本は戦争に負けてないよな。
〔彼を知り、己を知れば、百戦危うからず〕
〔彼を知らず、己を知れば、一勝一敗〕
〔彼を知らず、己を知らざれば、戦う毎に必ず危うし〕
…………確かにそうだろう。相手と自分がある程度同じ土俵ならな。
だけどな……世の中には遭遇した段階で負けが確定する奴が存在するんだよ!!!
無理!
走馬灯が走る程脳がテンパッたおかげで、多分エジプトの錬金術師級に考えられるけど、高速思考だか加速思考だか自体が全然戦闘向けじゃないから、焼け石に水どころか溶岩に熱湯にすら成ってない!!
自滅覚悟で足腰に魔力を強引に流して疾走してるってのに、余裕で回り込まれる!!
おまけに右腕に相手の手刀が掠っただけで千切れ飛んだ上、俺の腕の血を吸って回復してやがる!!!
しかも期待外れの塵を見る目に変わったのが、スッゲェむかつく!!!
……だけどいい加減限界だ。
どう楽観的に見ても俺の体はもうボロボロ。
脚は多分十数秒後に筋肉が完全に千切れて物理的に動かなくなるだろうし、跳躍や着地の反動や衝撃で足腰どころか背骨も粉砕骨折寸前だろうし、右腕の千切れた箇所から血を流し過ぎたし、残存魔力よりも無茶な魔力励起で魔術回路の方に限界が迫っているわ、………向こうは少しとはいえ回復しているのにこっちは自滅寸前とか、もう笑うしかない。
だけど、俺の腕の血を啜って少ししか回復してない事実に安堵した時、十分苦笑いだが内心で笑ったから、今更笑う気力は無い。
いや、解っていたけど、何の捻りも無く、見事なまでにあっさりと、予想通りに絶体絶命だな。
20秒後くらいに捕食されて、運が悪ければグールの仲間入りだな。
あぁ……此処が日本じゃないから間違っても葵さん達を襲うことが無いのがせめてもの救いか。
…………いや、待て。
曲がりなりにも500年以上の歴史が在る間桐の家に無警戒で入れる俺がグールになったら、……コイツが間桐に向かわない保障が何処に在る?
戯れ気分ででも俺の記憶を覗かれたら、葵さんに凛ちゃんに桜ちゃん迄も標的になると考えるべきだろう。
少なくても、魔術師擬きの俺でもあの三人の素養が並外れているのは簡単に感じられる。
そして幾ら時臣が強くても、傍に居るなら兎も角、傍に居ない者達を、況してや吸血鬼クラスの相手から守れる程の腕前だとはとてもじゃないが思えない。
つまり…………俺は死ぬなら記憶を覗かれない程に脳を破壊しなければならない。
当然俺の手持ちに手榴弾は無い。
況してやそれが可能な魔術なんて習得していない。
ならばどうするか?
考えられる選択は二つ。
一つ目は放火でもして発生させた火の中に高所からヘッドダイビングで飛び込み、脳髄をばら撒いた上で焼き焦がす。
二つ目は魔術回路に限界を超えて魔力を流し込んで励起させ続け、魔力暴走で内部から派手に自爆する。
うん、二つ目だな。
どう考えてもこれ以上逃げ続けられない。
それに未練がましいけど、やっぱり好きな人が傷つく可能性は少しでも減らしたい。
此処で此の吸血鬼をもし倒せたら、何かの間違いで日本に行ったコイツが葵さん達を傷つけるっていう可能性が無くなるんだから、…………俺のちっぽけなプライドも満たされる。
よし……それじゃあやるか。
宛ら最後の切り札を余裕たっぷりで切った様に振舞おう。
幸い、魔術師は自滅覚悟なら簡単に自分の限界を超えられるんだ。
勿論それでも越えられない壁は在るだろうけど、俺とコイツの差は、俺が全身全霊で躊躇無く自滅前提の暴走に巻き込めば心中出来る程度の差だ。
多分爺も道連れに出来るし、油断していれば時臣にも届くだろう。
……………………………………あぁ…………少しでもあの野郎の鼻を明かせるんなら悪くない。
………………………………………………ボロボロの全身は痛いし、体が欠損したという事実が怖いし、死ぬのは嫌だけど、…………本当に死ぬのは嫌だけど、………………………………………………ああ………………本当に死ぬのは嫌だ! だから死にたくない! 生きていたい! 見っとも無くても生きていたい! 無様でも生きていたい!
何で自分を選んでくれなかった人の為に命を賭ける必要が在るんだ!? 振り向いてくれない! それどころか気付いてすらくれない!
ああそうさ!! 告白すらしなかったんだから気付いてもらえなくて当然だ!! そもそも葵さんが色恋の機微には疎い事も含めて好きになったんだから完全な八つ当たりだって解ってる!! だけど!! それでも気付いてほしかった!!!
応えてくれないのは仕方が無い! 無理矢理好きになってもらおうだなんて思わない! だけど気付くぐらいはしてほしかった!!!
意識ぐらいはしてほしかった! 少しでも俺のことを男として見てほしかった!! なにより俺のことを少しでもいいから考えてほしかった!! 少しでもいいから想ってほしかった!!!
………………………………………………………………………………………………最低だな…………。
最期の最期でどれだけ見っとも無いことを思ってるんだ俺は。
全部が全部、嫌われたり拒絶されたりするのが怖くて自分から動こうとしなかった結果じゃないか。
…………………………本当に自分に愛想が尽きたな。
だけど………………それでも好きな人は少しでも健やかに………………安全に暮らしてほしい。
一生葵さんを想い続けるの無理かもしれない。
凛ちゃんや桜ちゃんだけじゃなく、時臣とも幸せに暮らしてる葵さんにとって、俺の思いはきっと碌でも無いモノでしかないんだろう。
だけど今直ぐ想いを無くしたりは出来ない。
だって…………………………どうしようもないくらい好きなんだから。
もし時臣への敵愾心を失くせば振り向いてくれたのなら、直ぐにでも捨て去った。
もし爺を始末して間桐の当主に成れば振り向いてくれたのなら、暗殺でも何でもしてみせた。
もし時臣より優れた魔術師なら振り向いてくれたのなら、死に物狂いで修行した上で悪魔に残り寿命の9割を差し出すぐらいはした。
そしてそれは今も変わらない。…………いや、好きだけど振り向いてほしくない。
もう俺にそんな価値が在るとは思えない。
どれだけ俺が自分勝手で醜い八つ当たりの念を抱いていたのかが解ったから。
だから……せめて勝手に力に成らせてほしい。
いや、勝手に力に成れると思わせてほしい。
碌でも無い俺だけど、葵さんの為なら限界の先に至れるんだと思うのを許してほしい。
もう自分を省みようとも思わないの俺の代わりに、葵さんを勝手にその場所に据えるのを許してほしい。
そして…………………………もう自分が大嫌いな俺が貴女を好きになのを許してほしい。
もしも………………………………………生きて帰れたら必ず………………迷惑でしかないだろうけど、貴女に気持ちを伝えて此の気持ちにケリを着けるから…………貴女の為という勝手な理由で俺の全てを賭けさせてくれ。
俺の想いが決まった瞬間、まるで合わせたかの様なタイミングで吸血鬼が襲い掛かってきた。
何故逃げずに向かってきたのかは解らないが、自分から自爆に巻き込まれに来てくれるの有り難い。
即死しない程度に攻撃を受け、……野郎に抱き付くのは嫌だが、抱き付いた後に自爆してやる。
そして、俺は右腹を貫かれた瞬間に手足を絡ませながら抱き付き、爆ぜた。