ぼくのかんがえた さいきょーの かんたい   作:変わり身

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戦艦2

「真空状態とは程遠い環境の為十全ではありませんが、戦闘に問題は無いみたいですね」

 

帰港したナデシコBさんはそんな事を宣ったが、俺には後半しか聞こえなかった。真に真に。

 

まぁそんな事はさておき、とりあえずナデシコBさんの性能がとんでもない事はこれ以上無く理解した訳だ。理屈では無く、感覚で。

……良いのかな、これ。俺みたいなペーペーにこんな高性能艦なんて、レベル1にオリハルコン装備持たせるようなもんじゃなかろうか。

 

俺の小さなハートに罪悪感に似た物を抱いたが、よく考えれば20日もの長い間五月雨さん一人で頑張ってきたのだ。それを考えればまぁ、妥当なのか?

何か面倒臭いしそれで良いか。俺は悩みを一瞬で忘れると、帰還した二人の補給申請の書類にサインをつけた。

 

五月雨さんは問題無いだろうが、ナデシコBさんはあれだけの砲撃を放ったのだ。

きっと相当燃料を消費している筈で……え? 相転移エンジン? EN回復S? つまり燃料は自動回復するから入渠だけしとけばそれでいいの?

 

「少女ですから」

 

意味ワカンネ。俺は思考と一緒に書類を丸めて放り投げた。

 

 

俺がこれ程戸惑っているのだ。あの砲撃を間近で見た五月雨さんはさぞ混乱しているだろうと思いきや、意外にもそんな様子は感じられなかった。

むしろ凄い凄いと興奮し、憧れを抱いているようだ。かと言って彼女に頼り切りになるでもなく、溝が生まれていない事に一安心。

 

「提督、ナデシコBさんに負けないよう、私も頑張りますねっ!」

 

……あんな一撃必殺兵器を搭載されてもなぁ。

まぁ何であれ切磋琢磨出来る仲間が居るのはいい事だ、うん。頭を撫でて茶を濁す。

 

ともあれ、今後の話。

ナデシコBさんという頼もしい仲間が増えた俺の艦隊ではあるが、かと言って出撃出来る海域を一気に拡大出来るかというと微妙な所だ。

艦娘の進軍は羅針盤の気まぐれに、艦娘二人のコンディションも影響する。何より致命的に人員が足りず、またそれをすぐに解決できる手立ても無いのだ。

 

無双キャラが一人居た所でそれらはどうにも出来ず、結果的には多少五月雨さん達が任務を終えるまでの時間が早まった程度に収まった。

むしろ更に余裕が出来、茶をしばきつつまったりする時間が増える始末。猫吊るしを加えた四人+猫で非常に穏やかな日々を満喫中だ。これで良いのか軍属。

 

「そういえば、他のドックはどうなんですか? ナデシコBさんが建造されたのなら、他のドックの人達も建造の目処が立っても良いと思いますけど……」

 

ああ、今日の朝見てきたけどダメだった。時間も未確定のまま変わらなくて、

 

「――こんなコトもあろうかとぉーーーーっ!」

 

――スパァン!

 

突然執務室の襖が開かれ、ウリバタケ班長が飛び込んできた。何があったと聞けば、工廠のドックの内二つが99:59:59表記になったらしい。

噂をすれば影とはこの事だろうか。茶呑ごとひっくり返った猫吊るしをタオルで拭きつつ、「こんなコトしてるばあいじゃねぇ!」と慌ただしくトンボ返った班長の背を見送った。こんな事って、提督なんだけどなぁ、俺……。

 

「このタイミングでの建造となると、ひょっとしたら私の同型艦かもしれませんね」

 

すると、様子を見ていたナデシコBさんがボソリと呟く。

理由を聞けば「単なる勘です」との事だったが、やはり同型艦だと通じ合うものがあるのだろうか。

 

何にせよ仲間が増えるのは楽しみだ。俺は寒さに震える猫吊るしを五月雨さんの胸元に突っ込み、まだ見ぬ艦娘へと思いを馳せた。

 

 

艦娘。

よーわからん深海棲艦との戦いにおいて主役を務めるよーわからん艦艇な娘さん達である。

 

しかしまぁ艦艇といっても大して人間と変わらない。嬉しい事があれば笑うし、悲しければ泣きもするのだ。

当然食べ物も普通に食べるし好き嫌いもある訳で、五月雨さんとナデシコBさんは飯時になると良く鎮守府内にある食堂を利用する。

 

ホウメイさんという女シェフと天河くんというコック見習い、そしてホウメイガールズと呼ばれる多数のウェイトレスが切り盛りする店だ。

俺も毎日のように利用しており、特にホウメイさんの特製ラーメンがお気に入り。俺のみならず五月雨さんにとっても好物でもあり、テーブル席に二人並んで腰掛けラーメンを啜るのが習慣であった

 

ナデシコBさんもラーメンは好きだという話であるが――ホウメイさんの物よりも天河くんが作った物の方が好きなご様子である。

 

何でも味としてはホウメイさんの方が数段上であるのだが、天河くんの物の方が何だか暖かく感じるそうな。

そうかなぁ。俺も昔彼のラーメンを食べた事あるけど、特段熱くも冷たくも無くまずい訳でも美味い訳でも無い普通の物だったような気が……。

 

しかしまぁ人の好みはそれぞれであろう。その話を聞いた天河くんも咽び泣いて喜んでいる訳だし、悪い事は何も無い。

俺も改めて彼のラーメンを頼んでみるかなぁ。そう思っていると、何やらどこからか湧いてきた猫吊るしが何とも言えない半笑いでナデシコBさんと天河くんを見比べている。

 

一体何だ気持ち悪い。そう思いつつ俺も二人に目をやると――ふと、気づく。ナデシコBさんが天河くんを見つめる瞳に、何やら複雑な色合いが混じっている。

兄を見るような、父を見るような、はたまた想い人を見るような。一言で言い表す事のできない、とても複雑な色だ。

 

天河くん自身は全く気が付いていないようなのだが……何だ、これはつまり、そういう事なのか。つーかいつの間にですか?

いやまぁ、艦娘と言えど女の子な訳で。この鎮守府もそういう事は禁止していないし、好きにロマンスしてくれて構わんよ。俺は喜んで祝福しよう。

猫吊るしと一緒にぱちぱちと拍手をすると、天河くんは首を傾げナデシコBさんからは無視された。ひどーい。

 

「あの、何で拍手してるんですか?」

 

すると私達の様子を見て五月雨さんがそんな事をのたまった。ので拍手の対象をそのまま彼女にシフトする。

そうして訳が分からず右往左往する五月雨さんをほっこりと見守ったのだった。ぱちぱち。

 

 

五日後、例の艦娘の建造が終わったと報告を受け取った。

喜び勇んで工廠へ足を運べば、そこには完了とデカデカ書かれたドックが二つ。どうやらほぼ同時に建造完了させたようで、床には班長と研究員を始めとした妖精の死骸が大量に転がっていた。さもありなん。

 

まぁとりあえずそんな彼らの介抱を猫吊るしに押し付け、ドック開放の時間である。五月雨さんとナデシコBさんを呼び、共に閉ざされた扉を押し開く。

そうして、何時もと違い緊張している様子のナデシコBさんの顔を、建造時特有の眩い光が照らし上げ――。

 

 

「――こんにちはーっ! ナデシコ級一番艦ND-001ナデシコです、これからよろしくお願いしますね! ぶいっ――って、ありゃ?」

 

 

――やたらテンションの高い、青みがかった髪の女性。ナデシコと名乗る彼女を見た瞬間、ナデシコBさんがその胸の中へ飛び込んだ。

 

「おっとと、えーっとどちら様かなー……って、Bちゃん! Bちゃんだ! やったー!」

「はい、はい……!」

 

ナデシコさんもナデシコBさんの事がすぐに分かったようで、そのままぐるぐると回りつつ再会(で、良いんだよな、多分)を喜び合っている。

一見微笑ましい姉妹の触れ合いに見えなくもないが、それにしては色々とオーバーのようにも感じる。史実で何かあったのかと図鑑を開いてみたが、やっぱり情報はゼロのまま。

図鑑って言葉の意味知ってる? ねぇ? これでは漬物石のがまだマシだとクッソ役に立たない図鑑に辟易していると、「あの、提督」と声をかけられた。

 

振り向けば立っていたのは当然ながら五月雨さん。先程まで浮かべていた羨ましげな表情を消し、困惑を顔に浮かべていた。

疑問に思いよく見ると、彼女の影に隠れるように一人の少女が縋り付いているようだった。ナデシコBさんによく似た大変可愛らしい娘さんである。はて、どちら様でしょう。

 

「えっと、この娘もう一つのドックから出てきちゃったみたいです。多分、ナデシコさん達の声が聞こえたんじゃないでしょうか」

 

何と。それではこの娘がもう一人の艦娘か。

俺は直ぐ様図鑑を投げ捨てると、ポケットから飴を取り出し差し出した。妖精さんにあげる為に用意したものだが、ちゃんと人間にも食べられる代物だ。

女の子はしばらく警戒した様子でじーーーーっと無表情に俺を見ていたが、五月雨さんに「大丈夫だからね」と促されおずおずと黒色の飴を受け取った。

 

うむ、それで君の名前は何だろか。なるべく柔らかく改めて問いかけると、彼女はその小さな唇を開き。

 

「……ナデシコ級第2世代戦艦、ユーチャリス」

 

予想はしていたが、やはりナデシコさん達の同型艦のようだ。少し離れた場所でくるくるしていた彼女達もユーチャリスちゃんの事に気づき、こちらへ近寄ってきた。

しかし何やら神妙な様子であり、先程のくるくる加減は鳴りを潜めている。割と微妙な雰囲気で、座りが悪い。

 

(……確執とか、あるのでしょうか?)

 

五月雨さんがひそっと聞いてくるが、俺に言われても分かんない。

そうしてハラハラしつつナデシコ姉妹の様子を伺っていると――やがて、ナデシコさんがユーチャリスちゃんを抱きしめた。

 

「……ありがとう、ね」

「……………………」

 

子を抱く母親のような、妹を慈しむ姉のような抱擁だった。交わされた言葉の意味は分からなかったが、きっと重要な意味を持っていたのだろう。

ユーチャリスちゃんもゆっくりとナデシコさんの背に手を伸ばし……しかし、それからどうしたら良いのか分からないように彷徨わせる。その動きはまるで迷子のようにも見え――。

 

「大丈夫ですよ」

「!」

 

そして、いつの間にか近寄っていたナデシコBさんがそっと彼女の手を導き、ナデシコさんの背に触れさせる。

この時、初めて3姉妹が触れ合ったのだ。以降会話は無かったけれど、それからの三人の間に流れる空気は穏やかなものとなっていた。

 

「……よく分かりませんけど、良かったですね」

 

そう……なのか? まぁ、そうなのか。

とりあえず、俺達は何らかの雪解けの瞬間に立ち会ったのかもしれない。

後日鎮守府内を三人並んで仲睦まじく歩く彼女達の姿を見て、何となくそう思った。

 

 

「あの、ちょっと良いすか。相談したい事があるんすけど……」

 

そう言って執務室の扉を叩いたのは天河くんだった。

おや、何時もはラーメンの修行で食堂に篭もりきりの彼がここに来るとは珍しい。何やら困った様子だが、一体どうした。

 

「や、ナデシコ達の事なんすけど、あいつらどうにかなりません? やたら俺にひっついてきて、なんつーかちょっと」

 

ああ、と頷く。そういえば、何故かナデシコ級の彼女達はその全員が天河くんに熱を上げている。

彼によく似た者が戦艦時代の記憶に居たのだろうか。彼女達の艦長か、船員か、或いは設計者か。図鑑が無いのが悔やまれる。

 

それはともかく、相談の話か。まぁ俺も婦女子として慎みに欠けると思わんでもないが、別に実害無いし容認姿勢である。

君もあんな可愛い娘達に迫られれば、男として冥利に尽きるんじゃねーの。嫉妬混じりに鼻をほじれば、彼は顔を真赤にさせて三段重ねのダンボール箱に縋り付く。

 

「んな事言ってらんないんすよ! あいつら……つっても殆どナデシコだけっすけど、何かある度アキトーアキトーって煩いったらありゃしない。ホウメイさんにも迷惑かけてるし、提督の方から何とか……」

 

「――アーキトッ! こんな所に居たの? 早くデートに行こうよー!」

 

――バタァン!

 

勢い良く執務室の扉が開かれ、噂のナデシコさんが現れた。

……教えた訳でもないのに、とんでもない天河レーダーだ。突然現れた彼女の姿に天河くんは慄き、窓際へと後退る。

 

「うっわもう来やがった! いい加減にしろよ、俺はお前とデートする約束なんて……!」

「恥ずかしがらなくても良いの! Bちゃんもユーチャリスちゃんも待ってるから、早く行きましょ!」

 

しかしナデシコさんは燐光を纏ったかと思うと瞬時に姿を消し、いつの間にか天河くんの眼前に出現。

むんずと彼の手を掴むと、そのままズルズルと引きずった。

 

「ぐあああっ! ちょ、待てって! 艦娘の力で、お前ッ!? だぁ、ちょ、誰か助っ――」

「今日はねー、皆でお買い物行く計画立ててるんだー。あ、提督さん、お邪魔しましたーっ!」

 

まぁ普通の人間が艦娘に勝てる道理などある筈も無し。彼は必死の抵抗むなしくナデシコさんに鹵獲され、パタムと執務室の扉が閉められた。

時間にしておよそ五分。強襲戦のような手早さである。

 

「……あの、良いんですか? 天河さんほっといても……」

 

そんな誘拐の様子を見ていた秘書艦を務める五月雨さんがそう言うが、気にする事は無いと手を振っておく。

あんなのは所詮ポーズだけなのだ。古来より続く由緒正しきハーレム男の典型であり、天河くんもそれに乗っ取り動いているだけ。何も心配する事など、無い。

 

「そうなんですか? よく分かりませんけど、提督がそう言うなら安心ですね!」

 

俺の力強い断言にあっさりと乗せられ、安心したように頷く五月雨さん。

そんな素直な彼女の頭を撫でながら――天河くんの引きずられていった執務室の扉を見る。そうして俺の心に湧き上がるのは、心配とは真逆の嫉妬心。

 

――あの位置、本来であれば提督の俺が居座るべき場所じゃないの? 

 

他所の鎮守府では提督LOVE勢なるものが流行ってるんだろ? だったら俺もそうなって然るべきと思うのだが……ねぇ?

 

そう膝の猫吊るしに問いかければ、返ってくるのは「身の程考えろやカス」と言いたげなゴミを見る視線。

 

言葉よりも明確に伝わる罵倒の意志。

いたく傷ついた俺は、その柔らかいほっぺたをむいーっと引っ張ったのである。


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