定期テストが終わり、川崎の一件も終わったと言ってもいいだろう。
後、一学期に残っている行事は明日の職業体験くらいだ。
ちなみに俺はIT系の企業に行くことになっている。
このメンバーを決める際に、戸部・大岡・大和の三人の間に不穏な空気を感じたので、みんな一緒のところに行けばメンバーとか関係ないよな、と言ったところ、葉山が提案したこの企業に行くことになったのだ。
まぁ、将来の夢とか特に決まっていないから、どこでもいいのだが。
もちろん、クラスの人気者二人が行くところに他のクラスメイトが殺到するのは当然で、俺たちの職業体験はプチ社会科見学と化している。
さて、そんなことよりも、問題は由比ヶ浜だ。
あいつがお菓子の人、つまり犬の飼い主だとすれば少々厄介なことになる。
もしも、雪ノ下家の車が由比ヶ浜の犬を轢きそうになって、俺がそれを助けようとして飛び込んだ、なんて事実が露見した場合、どうして知っていたのに言わなかったのかと問い詰められるかもしれない。
しらばっくれればどうとでもなる話だが、雪ノ下に嘘はつきたくない。
ならば、由比ヶ浜に事情を話すことが最良の策だろう。
そもそも、雪ノ下が車に乗っていたかどうかも怪しいのだ。
雪ノ下に話さなかった理由はこれで大丈夫だ。
けれど、由比ヶ浜に言い訳は効かない。
それに、なによりも良い機会だ。
俺の地位をさらに確立するための。
****
そして、次の日、職業体験はつつがなく進み、あっという間に解散の時間となった。
クラスメイトが次々と建物から出ていく中、俺は一人その場にたたずむ。
すると、由比ヶ浜が一人でこちらに駆け寄ってくる。
「ヒッキー何してんの?優美子達待ってるよ、早く行こっ。」
由比ヶ浜は笑顔で俺の手を引っ張る。
予定通りだな、上手く二人きりになれた。
俺は心の中でほくそ笑みながら、表面上は真剣な表情で彼女に言う。
「なぁ、由比ヶ浜。」
「どうしたの?ヒッキー。」
俺の真剣な表情を見て、彼女の声は少し震えている。
だが、そんなことはお構いなしに俺は続ける。
「入学式の日のことって覚えてるか?」
俺がそう言った瞬間、彼女の表情がこわばる。
きっと、彼女にとってはひた隠しにしてきたことなのだろう。
「ヒ、ヒッキーは入学式の日に事故にあってるんだっけ?」
「ああ、轢かれそうになった犬を助けてな。」
俺が話の核心に近づくにつれて、由比ヶ浜はますます挙動不審になる。
「犬の飼い主、お前だったんだな。」
そして、俺は由比ヶ浜が隠し続けた真実を口にする。
すると、彼女は力なくあはは、と笑った。
その表情からは怯えが見て取れる。
「あはは、ヒッキー覚えてたんだ……。」
「いや、小町が教えてくれたんだ。」
「そっか……、小町ちゃんが。」
由比ヶ浜は小さくそう呟くと、今にも消え入りそうな声で続ける。
「……ごめん、ずっと黙ってて。怒ってるよね?」
きっと彼女が真実を俺に言えなかった理由はこれなのだろう。
彼女からしてみれば、俺はペットを助けてくれた恩人だ。
その人に対して礼も言わずに、ずっと一緒に過ごしてきたのだ。
いつでも真実を伝えられたのに、言わなかった。
それが彼女にとっては裏切りにも等しい行為なのだろう。
けれど、俺にとってはそんなもの大したことじゃない。
むしろ俺が今からやることの方がよっぽど外道だ。
彼女の恋情を利用して、自分の身を守ろうとするのだから。
俺は、由比ヶ浜の心情を全て理解した上で、嘘をつく。
「どうして怒らなきゃならないんだよ。」
「だ、だって、あたし、ずっとヒッキーを騙して……。」
自分自身を糾弾している由比ヶ浜に俺は優しく笑いかける。
「何言ってんだよ。どんな奴にも秘密の一つや二つあるもんだ。
それに、あのことがあったからずっと俺と仲良くしてくれてたわけじゃないんだろ?」
俺の言葉に彼女は戸惑いながらも答える。
「それは……そうだけど。」
「なら、十分すぎるほどに礼はもらった。
由比ヶ浜みたいな良いやつと高校生活を送れるんだからな。
それに、俺の思い違いじゃなかったら、あのクッキーもお礼のつもりだったんだろ?」
「……うん。本当に怒ってないの?」
由比ヶ浜は不安げに揺れる瞳で俺を見つめる。
そんな彼女に、俺は彼女にとって最高の、それでいて最低な言葉を言い放った。
「もちろんだ。
だから、俺たちはこれからもっと仲良くなれるよな?
事故のことなんかで引け目を感じることなんかなしで。」
俺の嘘を鵜呑みにした由比ヶ浜は先程までとは打って変わって笑顔になる。
「う、うん!これからもよろしくね、ヒッキー!」
俺はいつもの笑顔を浮かべて言う。
『由比ヶ浜結衣にとっての比企谷八幡』の笑顔で。
「ああ、よろしくな。」
****
やばっ、思ったよりも補習が長引いちゃった。
ヒッキーとゆきのんはもう部室にいるよね。
急がなくちゃ。
あたしは小走りで部室に向かうけど、意識は腕の中にあるクッキーの入った袋に向いている。
昨日、お礼はいらない、何て言われたけど、ちゃんと一回だけでも言葉にして言わなきゃね。
そしたら、もっと仲良くなれるのかな……。
今よりももっと仲良くなれるってことは、もしかしたら、あたしがヒッキーのかの……じょになれるってこと……?
そんなことを想像しただけで、自分の頬が熱くなるのを感じる。
あー、ダメダメ。こんなこと考えちゃったらヒッキーの顔まともに見れなくなっちゃうじゃん。
今日こそちゃんと渡すって決めたんだから。
あたしは気づくと部室に着いていた。
そして、袋を胸に抱きながら深呼吸をし、気合を入れてドアに手をかけた瞬間、中からヒッキーとゆきのんの話し声が聞こえてくる。
「ねぇ……ん。昨………ヶ浜さ…………しら?」
ゆきのんの声みたいだけど、上手く聞き取れないや。
ちょっと失礼だけど、聞いてみよっかな。
あたしのいない時にあの二人が何話してるのか気になるし。
あたしは扉を開けずに、ドアに近づいて耳を澄ませると、再び中から声が聞こえる。
「昨日?ああ、由比ヶ浜とちょっとな。」
あ!あたしの話だ。
「またお得意の嘘で彼女を言いくるめたの?」
え?嘘?
何言ってるの、ゆきのん。
「あいつとの昔のいざこざが発覚してな。
少し利用させてもらった。」
利用?あたしを?
中から聞こえてくる信じられない話を聞いて、あたしの体は小刻みに震え始めた。
それでも、二人の会話を聞かずにはいられない。
「あなたならわかっているんでしょ?彼女があなたをどう思ってるかくらい。
その上で利用だなんて、最低ね。」
「俺が最低だなんて今に始まったことじゃないだろう。
それに、俺が言ったのは、もっと仲良くなれるよなってことだけだ。」
そうだよ。ヒッキーは嘘なんてついてない。
ゆきのんが間違っているんだ。
あたしは自分の中で自分自身を納得させようとするが、その努力は虚しく、次の二人の言葉であたしの思いは全部撃ち砕かれる。
「けれど、それも嘘なんでしょう?」
「……まぁな。」
「……っ!」
嘘……?昨日のヒッキーの言葉が全部嘘?
嘘だよ。それが嘘に決まってるもん。
事実を受け止められないあたしは二人を問いただそうと立ち上がる。
しかし、その際に抱えていたクッキーの袋が廊下に落ちて、カサリ、という音がなった。
「由比ヶ浜?」
そのヒッキーの声が聞こえた瞬間、あたしは耐えられなくなってその場から逃げ出した。
ここから由比ヶ浜のターン。
と見せかけての、次回は多分陽乃さんですね。
急いで書き上げたので、誤字脱字誤用があるかもしれませんが、温かい目で見てやってください。
ここまで読んでいただきありがとうございました。