もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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ep.13 由比ヶ浜結衣は選ばない

『由比ヶ浜さんの誕生日、あなたが部室に彼女を連れてきてくれないかしら?』

 

雪ノ下陽乃との会偶の後の帰りの電車の中、雪ノ下は唐突にそう言った。

 

『なんだよ急に。別に構わないが……。』

 

そう、別に俺が連れてくることに異存はない。

ただ、連れてこれるかどうかが問題なだけだ。

 

そんな俺の心中を悟ったかのように、雪ノ下は続けた。

 

『連れてこられなかったらそれでも構わないわ。

それに、由比ヶ浜さん自身が来たくないと言うなら無理強いはしなくていいの。

ただ、あなたが彼女を連れてこようとしなさい。』

 

きっと、雪ノ下も由比ヶ浜が来なくなったら理由に察しがついているのだろう。

それはこの買い物に行く前、部室での言動からも読み取れる。

 

『……了解。善処する。』

 

言うと、雪ノ下は何も答えずにそっと目を閉じた。

 

そんな会話をしたのがこの前の休日。

そして、今日は由比ヶ浜の誕生日だ。

 

当然、俺たちのグループでも彼女を祝おうと計画は建てているのだが、当の本人があまり乗り気ではないようで、どこかに食べに行く、程度のことしか決まっていない。

 

「由比ヶ浜、ちょっといいか。」

 

放課後、俺は由比ヶ浜に声をかける。

 

「え、ヒッキー?

う、うん……いいけど。」

 

俺は彼女が俺をあからさまに避けるようになってからできる限り彼女に接触しようとしていなかった。

だから、突然俺が話しかけたことで、由比ヶ浜は驚いた表情を見せる。

けれど、彼女はすぐにその表情をとり繕って無理に貼り付けたような笑顔を浮かべて了承した。

 

「今日は部活に来てくれないか?

雪ノ下も俺も用があるんだが……。」

 

「……分かった。」

 

暗く沈んだ顔で彼女は答える。

すると、不意に背後から声をかけられる。

 

「ハチ、今日はあーしらと夜食べに行くこと分かってるよね?」

 

話しかけてきたのは三浦だ。

まぁ、元々そういう予定だったのだ。そう言われることは大体予想できていた。

 

「悪い、三浦。ちょっと部活に用事があるんだよ。

後から俺たちで合流するからさ、適当に連絡くれないか?」

 

「うーん、まぁいいけど。

あんまり遅れないでよ?結衣がいなくちゃ始まらないから。」

 

しぶしぶだが許可する三浦。

俺は正直、意外だと思った。もっと食い下がってくるものだと思っていたのだが、彼女も彼女なりに由比ヶ浜の変化を感じ取ってる、ということなんだろう。

 

「了解。

じゃあ、さっさと行くか、由比ヶ浜。」

 

俺はそう言ってさっさと歩き出す。

 

「……うん。」

 

そして、俺の後を由比ヶ浜は重い足取りでついてきた。

 

****

 

無言。

当然と言えば当然なのだが、奉仕部へ向かう最中、由比ヶ浜は俺から少し距離をとって無言でついてくる。

 

はぁ……、どうしたものか。

雪ノ下の口ぶりから察するに、部室に着くまでにケリをつけろってことなんだろうが……。

 

頭の中で思案を巡らせながら歩いていると、人気のない階段の踊り場に差し掛かった時、由比ヶ浜から俺に話しかけてきた。

 

「ね、ねぇ、ヒッキー。」

 

小さく、か細い声だったが俺の耳に確かに届き、俺は次の階段の一段目に足をかけた状態で止まる。

そして、そのまま振り返らずに答える。

 

「なんだ?」

 

「あ、あのさ。この前、部室の前でヒッキーとゆきのんの話、き、聞いちゃってさ……。」

 

おどおどと言葉を詰まらせながら由比ヶ浜はそう言った。

 

予想通りってところか。

最も予想できた理由で最悪の理由だ。

 

「……それで?」

 

俺は振り返って由比ヶ浜の顔を見ながら彼女の話を促す。

 

「そ、それでね、ゆきのんがさ、ヒッキーがあたしを……騙してるって聞こえたの。

う、嘘だよね?ゆきのんが冗談言ってるだけだよね⁉︎」

 

ずっと心に押しとどめていたものを吐き出せたからなのか、由比ヶ浜がさっきまでとは打って変わって大きな声で俺にまくしたてる。

 

……きっとここで『そうだ』と言えば由比ヶ浜は信じるだろう。

何しろ俺はあいつの片想いの相手だ。

盗み聞きした程度で俺を疑うようになったのも、話の相手があの雪ノ下だった、というのも一枚噛んでいるはすだ。

それでも半信半疑だった由比ヶ浜は俺から離れるでもなく近づくでもない微妙な立場をずっと保っていたのだろう。

 

だから、ここで雪ノ下の言葉を俺がはっきりと否定してやれば彼女は間違いなく俺を信じる。

そして、俺もこんな軋轢がなかったかのように、これからもいつも通りの生活を送れるように立ち回り、嘘をつける自信がある。

 

ただーー。

 

「……嘘じゃない、事実だ。」

 

「……っ!」

 

由比ヶ浜と決着をつけてから部室に来い、という雪ノ下の言葉にしなかった命令を破るのに抵抗を覚えた。

 

そして何よりも、俺の嘘が雪ノ下の言葉を嘘にすることが耐えられなかった。

 

「職業体験で言ったあの言葉も全て本心じゃない。

口から出まかせだ。

あんなこと言ったのは俺自身の立場を守るためだ。

今までも同じ理由だった。」

 

俺の答えを聞いた由比ヶ浜は呆然と信じられないという表情を浮かべる。

 

「そう……なんだ。」

 

あるいは、独り言だったのかもしれない。

言葉にすることで自分自身を納得させようとしたのかもしれない。

それくらいに、彼女の口からこぼれた言葉に力はなかった。

 

「……ゆきのんもあたしを騙してたの?」

 

絞り出すような声で由比ヶ浜が問いかけてくる。

 

「違う。

あいつは俺がお前に嘘をついてることにずっと抵抗を覚えていた。

お前が盗み聞きした話もそうだっただろう?」

 

そうだ、雪ノ下雪乃は嘘を許さない。

俺のことを認めない。

彼女自身も決して嘘をつかない。

 

それが雪ノ下の在り方なのだから。

 

「……そっか。」

 

由比ヶ浜は力なく呟く。

それきり、自分からは口を開こうとしなかった。

 

俺はこうなった時に相手にすると決めていた質問を口にする。

 

「さて、これからお前はどうする?

こんなことなかったかのようにしていつも通り生活するか、もう一緒にはいられないと思うなら、お前のそばから離れる。

由比ヶ浜、お前が選べ。」

 

少し間が空いてから由比ヶ浜はか細い声でこう言った。

 

「ヒッキーが……、ヒッキーだけがあたしを……騙して利用、してたん、だよね?」

 

「ああ、そういうことだ。」

 

最後の確認、と言わんばかりの質問に俺は即答する。

 

由比ヶ浜は絶望したように目を見開き、そしてだんだんと彼女の目に涙が溜まっていく。

 

「………ごめん。」

 

最後には涙を流しながら、由比ヶ浜はそう言って振り返った。

そしてそのまま、階段の方向へ向かう。

 

……はぁ。

俺は小さくため息をつく。

 

俺はーーー。

 

「きゃっ!」

 

俺の思考はその叫び声で遮られ、咄嗟に由比ヶ浜を見る。

すると、彼女は急いでいたからなのか、まさに階段から落ちようとしてる瞬間だった。

 

「由比ヶ浜っ!」

 

足が勝手に走り出した。

 

 

 

****

 

 

 

「見たところちょっと打ち身になってるくらいで大丈夫だと思うよ。」

 

保健の先生がこちらを向いて微笑みながら言う。

 

「はい……、ありがとうございます。」

 

「いやー、それにしてもかっこいいね、比企谷君。

今時、こんなことしてくれる男の子なんて滅多にいないよ?

びっくりしたもの。気絶してるあなたを背負って彼が来るんだから。

しかも『こいつが階段から落ちました。診てやってください。』って。

明らかに本人の方が重症なのにね。」

 

「そう……ですか。」

 

「あんまり自分を責めちゃだめだよ?その代わり、彼が起きたらちゃんとお礼を言うこと。

私はちょっと職員室に用事があるから出て行くけど、彼が起きたら一応呼びに来てね。」

 

「……分かりました。」

 

そして、先生は部屋から出て行った。

 

……あたしは、バカだ。

ヒッキーがあの話を認めて、訳わかんなくなって、その場から逃げ出そうとした。

 

どうしてヒッキーがこんな事してまであたし達と一緒にいたのか、その理由も聞こうとしないで。

挙げ句の果てにまた助けてもらった。

 

……でも、これで分かったことがある。

あたしの中のヒッキー、入学式の日に危険を顧みずにサブレを助けてくれたあたしの大好きなヒッキーは偽物じゃなかったってことが。

 

だから、謝らなきゃ。

逃げ出そうとしてごめんって。

 

ありがとうって言わなくちゃ。

あたしを二回も助けてくれたんだから。

 

それからーーー。

 

それから、あたしはどうしたらいいんだろう。

 

『由比ヶ浜、お前が選べ。』

彼の言葉が頭の中で再生される。

 

「どうしたら……いいのかな。」

 

目の前で寝ている彼の頬に貼られた大きなガーゼにあたしはそっと触れる。

今、目の前にいるヒッキーは何でもできて頼りになるヒッキーじゃないのに。

あたしが選ばなきゃいけないのに。

無意識にそんな呟きが漏れていた。

 

「……う、ん。」

 

すると、あたしの言葉に反応したのか、彼がゆっくりと目を開いた。

あたしは慌ててその頬から手を引っ込める。

 

「わわっ!ヒッキー!?起きたの?」

 

彼は状況を飲みこめていないのか、おぼろげな目であたしを見る。

 

「由比……ヶ浜?」

 

そう言った瞬間、何があったのか思い出したらしく、彼は一気にベッドから跳ね起きた。

 

「由比ヶ浜!?大丈夫なのか!?」

 

「う、うん……あたしは大丈夫だよ。

ヒッキーが、助けてくれたから……。」

 

彼はそれを聞いて安心したのか、ふぅっと小さくため息をつく。

 

「そうか……なら良かった。」

 

そして、あたしから遠ざかるかのように再びあたしに背を向ける格好で横たわり、言う。

 

「付いていてくれてありがとな。

もう俺は大丈夫だ。お前は三浦のところに行け。

俺が行かなかった事に関しては自分で何とかする。

だから、これっきりだ。由比ヶ浜。」

 

彼は淡々と別れの言葉を告げる。

 

でも、このままじゃダメなんだ。

あたしはまだヒッキーに何も言ってない。

 

「あ、あのさ、ヒッキー。

……ごめんね、また助けられちゃって。」

 

あたしの言葉に彼は少し間を空けてからそのままの体勢で答える。

 

「もしも、助けられたから俺に恩義を感じてるなら、それは勘違いだ。

俺はずっとお前を騙し続けてきた。今さら善行の一つでどうにかなるものじゃない。

それに……もしかするとその行動すら演技かもしれないんだからな。」

 

彼は自嘲的な口調で言う。

 

でも、それはーーー。

 

「嘘。

その嘘はあたしでも分かるよ、ヒッキー。

ヒッキーはあたしを本当に助けようとしてくれたもん。」

 

「………。」

 

彼は何も言わない。

 

「だからさ、ありがとう。ヒッキー。

あたしを助けてくれて。」

 

なんでだよ、そう小さく呟きながら彼はベッドに腰掛け、あたしの目を見て言う。

 

「……俺に謝るな。感謝するな。

俺はそんなものを受け取る権利、持ってない。

お前にとっての『比企谷八幡』は偽物だ。

その『比企谷八幡』は俺じゃない。」

 

ゆっくりと、けれど力のこもった声で彼は言い切る。

 

あたしは、そんなヒッキーの言葉の中に怒りを感じた。

お前は俺を見ていない、と。

誰も俺自身を見ていない、と。

 

誰も自分を見てくれない、期待された自分を演じ続ける。

きっとそれは辛いことなんだろう。

 

そう思った瞬間、あたしの中に一つ疑問がわいた。

きっとこれが分かれば、あたしは選べるんだと思う。

 

自分の中で定まった疑問ははっきりと言葉になってあたしの口から出て行く。

 

「どうして?

どうしてそんなに辛いのにそんな生き方をしてるの?

あたしは、それが知りたい。

それを知ったら、これからあたしがどうしていいのか分かると思う。」

 

しっかりと彼を見据えてそう言った。

すると、彼は自虐的な笑みを浮かべる。

 

「辛い……か。

でもな、もしも俺がここでその質問に答えたとしてだ、お前はそれを信じられるのか?

嘘ばっかりついて生きてきた俺の言葉を。」

 

「信じるよ。

あたしはヒッキーの言葉を信じられるよ。」

 

即答する。

信じられるに決まってる。

だってーーー。

 

「ヒッキーは二回もあたしを助けれくれたもん。

信じられないわけないじゃん。」

 

そう言い切ったあたしに対して、彼は強く拳を握りながら絞り出すような声で言う。

 

「分から……ない。どうして信じられる。

疑えよ、信じるなよ。

今までずっと騙し続けてきた俺を恨めよ。

暴言ならいくらでも聞いてやる。

だから……。」

 

確かにあたしは騙されていたんだろう。

普段のヒッキーはあたしに嘘をついていて、素顔なんて全然見せなかったんだと思う。

 

でも、普段あたしが見ていたヒッキーは偽物だったとしても、あたしが信じていたヒッキーは本物だった。

それで信じる理由には十分だ。

 

「あたしは信じる。

あたしの中のヒッキーは嘘じゃなかったから。

だから、教えてくれないかな?」

 

もう一度彼に問いかける。

すると、彼は少し困惑したような表情を浮かべた後、先ほどよりもずっと弱々しい声で呟く。

 

「それでも、教えられない。

その理由ってやつを話すべきなんだってのは分かってる。

でも、話せない。

だから、もう……。」

 

自分と一緒にいるな、と言いたいんだろうか。

 

でも、まだあたしは選べてないから。

その答えを知るまであたしは選べないから。

だからーーー。

 

「分かった。

ならあたしは待つよ。

ヒッキーが話してくれるまで待つ。」

 

あたしの言葉にヒッキーは本当に驚いたようで、すっとんきょうな声を上げる。

 

「はぁ?

待つってお前。それまでどうするつもりなんだよ?」

 

あたしは少し考えてから答える。

 

「うーん、今まで通りでいいよ。

でも、あたしの前じゃ嘘はつかないでね。

隼人君たちと一緒にいるときは仕方ないけど。」

 

「お前は……それでいいのか?」

 

おそるおそると言わんばかりに彼が尋ねてくる。

 

「もちろん、嘘はついてほしくないよ?

でも、ヒッキーがそうする理由が分かるまでは我慢する。

だから、いつか絶対教えてよね。」

 

それを聞いた瞬間、彼はふっと息を吐き出し、破顔する。

 

「由比ヶ浜はやっぱりバカだな……。」

 

「えへへ、そうかもしんない。」

 

あたしも同じような笑いながらそう言った。

 

 

 

****

 

 

 

見ると、壁時計は既に頂点を過ぎ、家の中からも外からも音は聞こえなくなっていた。

 

目を閉じると由比ヶ浜の泣き顔が脳裏によぎる。

……眠れるわけがない。

 

『最終的に丸く収まったから良い、なんて思ってるのか?』

 

過去の自分が、心の奥底に閉じ込めたはずの自分が俺自身に問いかけてくる。

 

思ってるわけないだろう。

結果がどうであれ、俺が彼女を傷つけたの紛れもない事実だ。

俺のせいで彼女は涙を流した。

言い逃れも何もできない。

 

『なら、お前はこれからどうするんだ?』

 

これからどうする、か。

何も変わらない。

いつも通り学校へ行き、いつも通りの生活を送る。

ただ、俺の秘密を知るやつが一人増えただけだ。

 

『彼女はお前のその在り方を容認したが、お前はそれでいいと思ってるのか?』

 

思っていない。

こんなの間違っている。

 

『だったら、どうしてその生き方を選んだんだ?』

 

俺のせいで誰かが傷つくのを見たくなかったから。

俺が弱いことで、他人を傷つけたくないから。

 

『じゃあ分かってるんだろ?

今回の出来事は本末転倒だってことくらい。』

 

分かってる。

分かっていた。

それを理解した上で俺は変わらない。

 

俺はあいつらみたいに強くなれないから。

 

 




4月16日、一色いろはさんの誕生日です!
おめでとうございます!

短編を書こうかと思ったのですが、まだ本編にも登場していないのでどうかと思い、誕生日に投稿という形にさせていただきました。

登場までにはだいぶ時間がかかりそうですね……。


ちょっと今回は由比ヶ浜と八幡の主張がブレブレな気がします。
私の文章力ではこれが限界でした……。
見苦しい点があればすいませんでした。

後、視点移動の際の〜sideを無くしてみました。
読みづらくなっていたら申し訳ありません。
もし、こっちのほうがいい、という意見がございましたら2話における視点移動の〜sideも消させていただこうと思います。


では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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