もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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ep.18 どうしても比企谷八幡は

 

夜風が木々の間を吹き抜けた。

虫や鳥の鳴き声、何かが木の枝を踏むパキッという音……、森には様々なことがひしめき合っている。

その中に一つ、異質な音ーーーいや、声が聞こえる。

年端のいかぬ少女達の話し声だ。

 

大丈夫、バレていない。

背にした樹木を確かめるように触れる。

その間にも声の主達は刻一刻とこちらに近づいてきている。

 

ギリギリまで我慢し、最高のタイミングでーーー、今だ!

 

強張った筋肉を動かし、木の陰から飛び出て、俺は小学生のグループの前に立ち塞がった。

 

「「「キャァァァーー!!ゾンビー!!」」」

 

けたたましい叫び声と共に、彼女らは一様に回れ右をして走り去った。

ただ、一人を除いて。

 

「何してるの?」

 

一人残った少女、鶴見留美は冷ややかな瞳を俺に向けながら言う。

 

「肝試しのお化け役。」

 

「……ゾンビ?」

 

「ノーメイクだ。」

 

****

 

ーーー数時間前

 

「比企谷君、結果を報告してくれるかしら。」

 

雪ノ下が言う。

明確な目的語が欠けた文だが、それが鶴見留美と接触した結果であることは明白だ。

 

「ヒッキー今日ずっとあたし達と一緒にいたけど、大丈夫?」

 

おい、やめろ由比ヶ浜。その服装で前かがみになるな。

何故かは言わないが非常に心臓に悪い。

 

心配そうに声をかけてくる由比ヶ浜に声を出さずにつっこむ。

というのも、今はちょうど林間学校の目玉でもある肝試しのお化け役を任された俺たちの衣装変え中なのだ。

 

由比ヶ浜は化け猫変装のつもりなのか、黒を基調とした猫耳付きの衣装だ。

それはいいんだが、妙に露出が多い気がするのは俺の気のせいだろうか……。

加えて、そのせいで安っぽいコスプレにしか見えない。

 

一方雪ノ下は真っ白の着物を着ている。

白の布地に彼女の黒髪が映え、むしろそれがデフォルト衣装じゃないのか、とまで思わせる。

その立ち姿は雪女を彷彿とさせる。

……ちなみに性格も加味したりしている。

 

「ああ、あの子とは話した。」

 

余計な思考を打ち切り、雪ノ下に伝える。

 

「え?いつ?」

 

俺の言葉に由比ヶ浜が驚くのも無理はないだろう。

さっき彼女が言った通り、今日一日中俺は鶴見に接触していない。

 

「まぁちょっとな。」

 

ただ、昨夜のことを説明するのも億劫なので、適当にはぐらかす。

 

「そこで、一つ提案がある。」

 

提案、と言うよりは頼みに近い気もするが、あの会合から俺が考えていたことを口にする。

 

「この件、俺一人に任せてくれないか?」

 

「え?」

 

「………。」

 

俺の発言に由比ヶ浜は間抜けな声をあげ、雪ノ下は無言でじっと俺を見る。

 

「なんで?皆んなで協力してやればいいじゃん!」

 

由比ヶ浜が反論する。

それは正論だ。

元々俺たちで対処しようと言い出したことを特定の一人に一任するのは間違っている。

 

「……ああ、確かにそうなんだが。」

 

それは重々承知しているが、俺の提案を後押しする意見は見つからない。

だからこそ、提案ではなく頼みなのだ。

 

そして、俺の歯切れの悪い返事を最後に議論は膠着状態に陥った。

由比ヶ浜はいたたまれないようにしきりに雪ノ下と俺を交互に見る。

 

……やっぱり、こんな突拍子もない発言じゃ無理か。

 

分かりきっていたことだが、これに納得してもらえないなら俺に打つ手はもうない。

昨夜のことを雪ノ下に事細かに話して任せるしかないだろう。

 

「比企谷君。私はまだあなたの報告を聞いてないわ。

それとも、昨日頼んだ内容すら忘れてしまったのかしら?」

 

そう思った矢先、これまで一度も口を開かなかった雪ノ下が話し出す。

 

「は?」

 

思わず聞き返した俺に、彼女は呆れたと言わんばかりにため息をつく。

 

「はぁ……、まさか本当に忘れているわけではないでしょう?

昨日あなたに聞き出してくるように指示したことよ。」

 

そこまで言われてやっと理解する。

雪ノ下が先ほどまで頑なに口を開かなかったのは、注意深く由比ヶ浜と俺の会話に耳を傾けていたわけでも、はたまた上の空だったわけでもない。

ただ、待っていたのだ。

最初に言っていたじゃないか、結果を報告しろ、と。

 

なら、それはーーー

 

「彼女は、鶴見留美さんは救いを必要としてるの?」

 

「ああ。」

 

その問いに俺は頷いた。

少なくとも昨晩の俺の質問に対する彼女の一人でいい、という返事は嘘だった。

なら、俺のすることがお節介でも、彼女が救いを望んでいなくても、その嘘をひっぺがす必要はある。

 

ーーー俺が言うのもなんだが、自分に嘘をつき続けるのは、ひどく寂しいことだから。

 

「……そう。ならあなたの言う通りにしましょう。」

 

すると、雪ノ下は俺の頼みに首を縦に振った。

 

「ちょっと、ゆきのん!?」

 

由比ヶ浜が抗議の声を上げる。

 

「確かに由比ヶ浜さんの言い分も正しいわ。

けれど、この中で唯一鶴見留美さんに直接相対したのは彼だけよ。

その彼が一人で十分と言っているのだから、私たちはそれに従うべきではないかしら。」

 

穏やかな声色で雪ノ下が由比ヶ浜をなだめる。

 

「それに、一から百まであなた一人で片付けるわけではないでしょう?」

 

未だ不服そうな由比ヶ浜に優しく微笑むと、彼女は俺に向き直る。

 

「もちろん協力してほしいことはある。」

 

その問いに頷く。

 

「頼めるか?」

 

「ええ。」

 

「うん!」

 

雪ノ下はいつも通りの冷静な表情で、由比ヶ浜は頼りにされたのが嬉しかったのか、明るい声で答えた。

 

 

****

 

「どこに行くの?」

 

人が通るために舗装された道ではなく、獣たちが通るような道ならぬ道をかき分けながら進む俺に、鶴見留美が背後から不安そうな声を出す。

 

「見てわからないか?森の中だ。」

 

答えながら、目の前の邪魔な木の枝を奥へ押しやる。

 

「いや、そうじゃなくて……。」

 

「教師たちなら大丈夫だ。

葉山たちがなんとかしてくれてる。」

 

「だ、だから……「怖いのか?」

 

そう聞くと彼女は黙って俯いてしまう。

ま、無理もないか。

夜に灯りも持たずに知り合ったばかりの年上の男に目的地も伝えられず、森の奥に進んでいるのだから。

 

あれ?

これって改めて考えると完全にアウトな行為じゃね?

 

「あー、なんだ。別に危ないことをするわけじゃないから安心しろ。」

 

「……信じられると思ってるの?」

 

で、ですよね。

 

彼女はバカじゃないの、とでも言いたげな視線を俺にぶつける……が

 

「はぁ、どうせ戻ってもすることなんてないし、ついていけばいいんでしょ。」

 

諦めたようなため息をついて、渋々了承してくれる。

 

俺が鶴見を連れ出してから十分ほどが過ぎた。

他の小学生たちはキャンプファイアーを始めたところだろうか。

 

俺たちももう着いてもおかしくない頃合いなんだが……。

 

そう思って木の枝を払いのけると

 

「着いたぞ。」

 

何かを建てるつもりだったのか、真ん中に丸太が数本捨てられた広場に出た。

 

「ここは?」

 

「さぁな。

俺がお前と同じくらいの時に来たことある場所だ。」

 

彼女の質問に答えつつ、広場の中心にある丸太の状態を確かめる。

ほとんど腐り、苔むしている。

 

さすがにもう座れないか……。

 

「ここに連れて来て何するの?」

 

疑わしげにそう言う彼女にこれは黙って上を指差した。

 

「だから、何をーーー」

 

言葉は続かない。

彼女が息を呑む。

 

見上げればそこには星空。

昨晩、半端にかけていた月は美しい円を作り、その銀色の月光を惜しむことなく放っている。

周りの星々もそれに負けぬように自らの輝きを主張している。

そして、それが集まりまるで光の川のように闇色のキャンパスを彩っていた。

 

きっと、ここから見えるこの空は俺たちのコテージから見えるそれとさほど変わらないだろう。

 

ーーーだが、俺には全く違ったものに見える。

他のどこでもなく、この場所から見上げられる空の下なら、俺は嘘をつかずに、全てが真実とは言えないまでも、せめて『正直』に鶴見に接することができるはずだ。

 

それが、彼女をここまで連れて来た理由。

 

そんな自分勝手な考えと、自己満足の結論を以て俺は彼女に語る。

 

「ここはな、二人の場所なんだ。」

 

「二人?」

 

星空に圧倒されていた彼女が我に帰る。

 

「ああ。さっき言っただろ。

俺もお前と同じくらいの時にここに来たって。

付け加えると、お前みたいに連れてこられたんだ。」

 

面白いものが見れるよ、と周りにバレないようにそっと二人で抜け出したあの夜を思い出す。

 

「……友達なの?」

 

「大切な友達だった。」

 

躊躇うようなその質問に即答する。

 

「だった?」

 

「今ではどうなのか分からない。

確かめようと思っても会えるのはまだまだ先になりそうだからな。」

 

ーーーそれが俺の過去。ではここで、仮定の話をしよう。

 

「もしも、あいつと出会ってなかったら、俺もお前と同じになってたかもな。」

 

IFの世界。

もしもあの出会いがなければ、孤独を肯定し、受け入れ、友情を否定し、拒絶するような人間に俺はなっていたかもしれない。

 

「ただ、結局のところもしもの話だ。

今の俺はここにいるし、その過去の自分を否定も後悔も反省もしている。」

 

不満はないけどな、と心の中で付け加える。

 

「ただ、鶴見。お前はまだ選べる。」

 

彼女の目を見つめる。

夜の闇のように黒い瞳が不安げに揺れていた。

 

「……何を……選ぶの?」

 

注意深く言葉を探すように彼女は問う。

 

「お前がこれからどうするか、だ。」

 

言って、人差し指から薬指までの三本の指を立てる。

 

「ひとつは、今のまま一人を受け入れる。」

 

今の彼女が立っている道だ。

 

「ふたつ目は孤独を受け入れてなお自分を周囲が追いつかないほど高めて、一人で立ち続ける。」

 

二人の顔が眼に浮かぶ。

 

「そして最後は、孤立を排斥し、俺のように自分を偽ることだ。」

 

三つの選択肢。

逃げるか立ち向かうか飲み込まれるか。

それらが、彼女にはあった。

 

「わた、私は……。」

 

鶴見が必死に言葉を紡ぐ。

 

だがーーー

 

「これが今までのお前な。

しかし、残念なことにその三つの道にはもう進めない。」

 

「……は?」

 

突然、このシリアスな雰囲気をぶち壊す俺の陽気な口調に彼女は思わず声を上げる。

 

「さっきのは元々お前が一人だ、ってのが前提だろ?」

 

それに構わず俺は続ける。

 

「だが、この場所は俺が昔、友人と来たところだ。

なら、逆説的に考えて、今二人でここにいるお前は俺の友達ってわけだ。」

 

証明終了、と言わんばかりにドヤ顔をしている(であろう)俺を見て、彼女はポカンと口を開けて呆然としていたが、すぐにクスクスと笑いだす。

 

「ふふ、何それ。」

 

「つまりお前にはもう友達がいるから、さっきの選択はできないってことだ。」

 

「そんな屁理屈を唱えるためにここまで連れて来たの?」

 

言葉の内容こそ刺々しいが、その口調は柔らかい。

 

「八幡が私の友達か……。こんな捻くれたことしかできない人だけど、それでも、そう言ってくれるのは嬉しいな。」

 

けどね、ダメなの、と彼女は続ける。

 

「これは私のしたことの報いだから。」

 

そして鶴見は語りだす。

 

昔は友達がいたこと。

その中で特定の誰かを意味もなく孤立させる遊びが流行りだし、自分もそれに関わったこと。

……気づいたら、自分がその標的になっていたこと。

 

「おかしな話だよね。

他人に孤立することを強いてきたのに、いざ自分がこうなると、辛くて怖くて寂しくて、結局こんな風になっちゃった。」

 

自嘲的に彼女は笑う。

 

彼女はずっと一人で負い目を感じていて、誰かに助けを求めるわけでもなく、一人で殻に閉じこもった。

全くもって、おかしな話などではない。

これはただの心優しい少女の物語だ。

 

確かに彼女のやったことは褒められたものではない。

その罪を償うべきなのかもしれない。

 

だとしても、彼女が救われてはならない理由にはならない。

 

俺に『救う』などと大それたことは言えない。

ただ、少女の立つ舞台にそっと忍び込む。

そしてもう一つ、その手を引いて舞台から降ろすくらいはできるだろう。

 

「なあ、お前が以前いじめた連中はみんながみんな、今でも不幸で、今でも一人で、今でも苦しんでいるのか?」

 

「そんなことはない……と思う。

苦しんでるかどうかは分からないけど。」

 

当然だろう。

むしろ俺のようなやつが手を差し伸べてくれる方が稀なケースだろう。

どこにだって他者を排斥する『みんな』がいるように、どこにだって他者に手を伸ばす『誰か』はいるのだ。

かつての俺がそうだったように。

 

「なら、次はお前の番じゃないか?

鶴見留美はもう十分に苦しんだ、そうだろ。」

 

それでも、彼女は俯いたままだ。

 

「でも…。」

 

その姿にどことなく既視感を覚える。

もう一歩が踏み出せなかった自分自身を。

そんな俺の手を引っ張ってくれたあいつの言葉を。

ーーー自分が救われた言葉を思い出す。

 

「どんな人間であれ、幸せになる権利は等しくある。

お前が苦しんでいるならそれを助ける人がいる。

今回はたまたま俺だったみたいだ。」

 

鶴見がはっと顔を上げる。

 

「受け売りの言葉だけどな。

俺みたいなやつでも、相談には乗れるし、辛いことがあれば慰めることもできる。

俺と友達になって幸せになるかも、救われるかも保証はできない。

ただ、俺にできることならなんだってやる。」

 

冗談めかした、けれど本心の言葉を彼女に伝える。

 

「本当に……いいのかな?」

 

まだ迷いを見せる彼女の頭にぽん、と手を置く。

 

「それを決めるのは俺じゃない。

そんな権利も資格も俺にはないからな。

持ってるのは鶴見、お前だ。」

 

許しを請う勇気と、許される努力。

その両方を彼女は持ち合わせているはずだ。

 

「……ありがとう、八幡。」

 

そう小さく呟いて、鶴見はにっこりと笑った。

 

****

 

周囲の協力と借り物の場所、借り物の言葉を以てやっとできたことが、女の子一人と友達になることだけだった。

我ながら情けないと思うが、自らを棚上げにしたその言葉の中に、ようやく自分を見つけることができた。

 

だがーーー俺が俺を許せる日はいつまでも来ないだろう。





林間学校がやっと次の話で終わりそうです。

この比企谷八幡のとった行動が鶴見留美を舞台から連れ出す、なら、原作の八幡は舞台ごとぶち壊す、と言った感じでしょうか。
なんか自己満足の無理矢理な解決方法だな、と感じた場合はすいません。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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