ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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67.真実を知る。

 ランのリアルに会った翌日、俺は結城家の邸宅を訪れていた。表向きは、親御さんとの話し合い。もともと、別の学校へ編入させたいという話は聞いていたから、そのあたりの折衝だ。だが、結城がそれを望んでいないことは、本人から直接聞かなくとも分かっていることではあった。事実、最近特に彼女はかなり気落ちしているようにも見えた。それゆえ、年が近いということ、結城とSAOの時から面識があるということから、俺が交渉役に選ばれたのだ。

 ゆっくり一つ息をつき、呼び鈴を鳴らす。応対に出た家政婦さんに話を通すと、そのまま応接間に通された。少し待っていると、すぐに結城夫人が姿を見せた。

 

「お時間をいただきありがとうございます」

 

「いえ、こちらとしてもあなたとは話したいところでしたから。あなたのことを調べたうえで、ですが」

 

「と、いうことは、私がSAOで行ってきた愚行も、あなたは理解されている、と?」

 

「あくまで書面上で、です。あなた自身の口からお聞かせください。そうでなければ、理解したとは言えないでしょう」

 

 ある程度覚悟はしていた。俺のやってきたことは到底許されることではない。目的が手段を正当化するようなことはあってはならない。色眼鏡で見られることも、十分にあり得ることなのだ、と。だが、この人は違う。あくまで自分が知っていることは紙の上に書かれていることに過ぎない。直接話を聞いて初めて理解することができると知っている。知ったうえで、俺をここに呼んで話を聞きたいと言ってきたのだ。ここまでされては、腹を括るほかない。

―――まあ、もとより。隠すつもりなど毛頭ないのではあるが。

 

「分かりました。お教えします」

 

 俺は洗いざらい話した。SAOで俺がやってきたこと、見てきたこと、感じたこと。すべてだ。話し終わるころには、淹れたてで熱かった紅茶はすっかり冷めていた。

 

「―――これが、自分のしてきたことのすべてです」

 

「ありがとうございます。少しだけ、時間をください」

 

「ええ、どうぞ。簡単に飲み込めることではないでしょうから」

 

 ある程度端折ったと言っても、2年半の俺のログだ。情報量としては相当なものだ。それも、俺ほど数奇なプレイログを持つプレイヤーなどいるわけがない。紅茶を飲み干し、少しカップを見つめてから、結城夫人は口を開いた。

 

「すみませんでしたね。さて、では質問をしていきます。

 まず、一つ。その抑止力的行為は、他にもっと合理的な手段はあったのではありませんか?例えば、もっと大人数を投入する、とか」

 

「人数による人海戦術は期待できる状況にありませんでした。ただでさえも攻略の最前線は常に人手不足で、結果的な最終ボスになった75層時点では40人強程度しか残っていなかったと言います。そこからさらに、75層では、偵察隊を含めて20人の犠牲者を生みました。仮に、最終的に100層まで上り詰めることができたとして、そこに立っているのは十数人程度しかいない、ということも考えられます。あるいは十人を割り込んでいたかもしれない。そのトッププレイヤーか、それに準ずるレベルでしか太刀打ちできず、彼ら彼女らの力をおいそれと借りるわけにもいかなかった状況では、人海戦術など取れる方法ではありませんでした。それ以外の合理的方法は、少なくとも私は思いつきませんでした」

 

「では、次に。それは、あなたがやらなければいけないことでしたか?ひいては、誰かを頼るという手はなかったのですか?」

 

「私がやらなければいけなかったのか、という点については疑問符が残り続けると思います。ですが、誰かを頼るという手はありませんでした。たとえ相手が何人も殺した大罪人といえど、誰が人殺しの片棒を担ぎたいと思うでしょうか。でも、誰かがやらねば、絶対にどこかでラフコフが障害となる日が来る。現に、中層プレイヤーは、ラフコフが討滅されてから活動が活発になった、と、知り合いが言っていました。そういう点では、誰かがやらなければいけなかっただろうが、自分でなくてもよかったかもしれない、という回答が適切かと思います」

 

「なるほど。で、その状態でも見捨てることのなかった子に少しでも恩を返したい、と?」

 

「恩返しなんて大層なものじゃないです。少しでも借りを返したい、ってだけです。年下の女の子に借りを作ったままでは、自分が釈然としないので」

 

「・・・なるほど。

 では、今度は娘についてです。SAOの中で、娘はどんな存在だったのですか?」

 

「ひとことで言ってしまえば旗頭ですね。ですが、一時期はとにかく攻略となっていた時期ことも多かったように思います。それを、キリトがうまく仲裁していたように思えます」

 

「とにかく攻略とは?」

 

「最低限の犠牲で、最速で攻略を進める以外に価値などない、という感覚です。ここでいう犠牲は、プレイヤーのことを指して、世界に設定されたNPCは範疇にありません。プレイヤーではないキャラクターをボスに殺させて、その間にプレイヤーがボスを攻撃して攻略をする、という立案をしたこともありました。高速攻略を至上命題とする彼女にとって、キリトの、だらける時はとことんだらけるというような態度は、その時には看過できなかったようですね。また、最初に彼女とまともなコンタクトを取ったのは自分とキリトだったのですが、その時彼女は店売りの武器を複数本買って、ただひたすら最前線で戦い続けるという状態でした。もっとも、自分たちと会った直後に限界になったようで、寝袋にくるまれ担がれて最前線から離脱するまで完全に気絶していましたが。それが、キリト―――ここではあえて、桐ヶ谷と呼びましょうか―――彼と関わることで、大きな変化があったように思えます」

 

「それは、あなたの目にはいい変化のようでしたか?」

 

「ええ。少なくとも、一人の人間としては確実にいい変化だと思いますよ」

 

「そう、ですか・・・」

 

 それから少し、結城夫人は考え込んだ。

 

「実は、編入に関して、本人の同意を得られていません。同意を得られ次第、そちらに連絡します。窓口はあなたでいいんですね?」

 

「はい。ご息女からでも、あなたからでも構いません。結論がどちらでもご連絡ください。期限は今学期くらいをめどに」

 

「分かりました」

 

 それだけ言葉を交わし、俺は結城家を後にした。

 

 その気になれば、無理矢理にでも転入させることはできるだろう。それをしないのは、自分の諫言が届いたからなのか、どうなのか。どちらにせよ、結城の望む未来になってくれれば、と、俺は祈っていた。

 

 

 さて、あれこれ交渉などが終わり、昼休みに俺は桐ヶ谷たちメカトロニクスコースの部室(?)に俺と結城は来ていた。用件は、例の視聴覚双方向通信プローブの最終調整。細かい調整はあれこれやはり議論の的になっているようで、そのたびに俺が諌め、というのを繰り返し、何とか調整を完結させた。機材としては、予備機としていくつかあったストックのうちの一台を突貫で設定をコピーすることで対処した。最終調整が終わったところで、桐ヶ谷から「念のため激しい動きは慎んでくれ」と釘を刺さされ、とりあえずその場は解散となった。ちなみに、プローブの“中の人”は、俺側がラン、結城側がユウキである。なんとも紛らわしいが、本人の希望なので仕方ない。

 結城たちに連れ添う形で国語総合の先生にあいさつに言った。特にこの国語総合の先生は非常に柔和で、あれこれ現代的なことにも理解のある先生だったから、俺は全く緊張していなかった。挨拶が終わって、自分のデスクから次の授業の用意を持ってくると、俺はそれとなくランに言った。

 

「なあラン、本当に俺のほうでよかったのか?」

 

『またその話ですか?むしろこんな体験のほうがめったにないんですから、こっちのほうがいいですよ』

 

「ま、そういうんならいいが。レインとかのほうがよかったんじゃないか?」

 

『その、蓮、さん、が一緒だからいいんです』

 

「そっか」

 

 なら、これ以上は何も聞くまい。確かに、ランの言う通り、先生の立場から見る教室というのもなかなか珍しいものだろう。

 

 

 その日の授業は全く問題なく終わった。ランも基本的に静かだったし、分からないところは空き時間を使って直接俺に聞いてきた。というか、今日俺が教えていたのは大体中学・高校の物理、化学分野だったのだが、よくついてこられたものだ。ぶっちゃけ並みの生徒ならわからないとお手上げ状態になるはずだが、その辺はさすがというかなんというか。

 特にその日は残業をするということもなかったので、少し引け目に感じながらお先に失礼することにした。

 

 車に乗り込んでから、ランがこちらに声をかけてきた。

 

『あの、蓮、さん。行ってほしいところがあるんですけど、いいですか?』

 

「お安い御用だ。どのへんだ?」

 

『道案内するので大丈夫です。まず、星川駅までお願いします』

 

「星川駅な。ストレア」

 

『はいはーい、ナビにポイント完了したよ』

 

「サンキュ」

 

 その言葉を聞き、俺はゆっくりと車を出した。

 

『蓮さん、は、その、なぜ教師に?』

 

「ま、まず一つはとにかく職と衣食住の確保かな。SAO事件のあと、家を追い出されちまってどうにもならない状況だったからな」

 

『追い出された、って』

 

「親だった人が頭の古い人でね。俺はどうあがいても、“2年もゲームごときに浪費したバカ”でしかなかったんだよ。SAOがクリアまで脱出不可、死んだら終わりのデスゲームだったってさんざん報道されていてたはずなのにな」

 

『そんな・・・』

 

「人ってな、意外と自分を守るためにはどこまででも排他的になれるもんなんだよ。それが血縁であってもな。・・・すまんな、こんな話して」

 

『いえ・・・。ところで、まず一つ、ということは、他の選択肢もあったんですか?』

 

「もう一つは、虹架・・・レインの存在かな」

 

『レインさんの、ですか?』

 

「俺のSAOでの略歴を話さなきゃ、まずそれは始まらない。ぶっちゃけ信じられない話だとは思うが・・・聞くか?」

 

『聞かせてください』

 

 俺の話に、ランは即答した。それに俺は驚きつつ答えた。

 

「まず、SAO開幕直後、俺はいわゆる攻略の最前線にいた。それが、確か30層ぐらいまで。それまで、レインは俺の相棒みたいなもんだったんだ。そこから、俺は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の一員となって、ラフコフの構成メンバーともどもPKを行っていた」

 

『え・・・』

 

「正直な話、途中から俺も数えるのを忘れてたけど、俺のPK数はトップクラスのはずだ。つまるところ、SAOで最も人を殺したプレイヤーの一人、ということだな。ラフコフ討滅戦の後、俺は流れのプレイヤーとなって、あちこちでオレンジ―――もっと言っちまえばラフコフの残党殺しまでやってたしな」

 

『それに、レインさんはどう絡んでくるんですか?』

 

「ぶっちゃけ、俺の思想に共感するヤツなんざいないって、俺自身が諦めてたんだ。それもそうだよな、俺がやってたのは、大を生かすために小を殺し続けるってことなんだから。でも、あいつは、それは間違ってるって、止めようとしてくれたんだ。神出鬼没もいいとこな俺を追いかけてきて、な。で、75層のボスがヤバ気って聞いて、俺はこっそりボス部屋に入って、ボス攻略に参加した。そんな俺でも、レインは背中を預けて戦ってくれた。その後、普通に帰れるはずがすったもんだあって、そんな中でもレインは俺を見つけてくれた。あいつがいなけりゃ、間違いなく俺はこうしてここにいることはない」

 

『ALO事件、ですか?』

 

「そそ。博識だな

 ALO事件に際して、俺は洗脳を受けていた。洗脳が解けるトリガーになったのは、ほかならぬレイン関連だった。ほんと、あいつには借りが多すぎるからな。ここらで少しくらい返却しておかないと、なんていうか、性に合わん」

 

『律儀なんですね』

 

「変なとこで、な」

 

 そうして車を走らせると、目的地に近づいてきていた。

 

 

 ランに言われるままたどり着いたのは、少しさびれた一軒家だった。

 

「なあ、ここって、もしかして―――」

 

『ええ、そのもしかしてで合っていると思いますよ。私たちの家です。住んでいたのは一年足らずでしたが』

 

「中に入らなくていいのか?よっぽどなもんじゃなければ大体の鍵はどうにかなるが」

 

『ここで十分です。というかどんな技術ですかそれ』

 

 俺の返答に、ランは穏やかに笑った。

 

『短かったからなのか、ここで暮らした日々は本当に、鮮烈に覚えています。きっと最後の瞬間まで忘れることが無いだろう、というくらいに。庭で木綿季と遊んだり、バーベキューしたり』

 

「うらやましいな。本当に楽しそうだ」

 

『ええ。だから最後に見ておきたかったんです。取り壊されてしまうそうですから』

 

「ここをか?」

 

『親戚はここを売るか、コンビニにしたいそうなんです。フルダイブして交渉しに来た人もいました。ハンコ押すだけでいいから、と。現実での私は腕どころか指一本自由に動かせませんが?って言ったときの顔は見てもらいたいくらいに傑作でしたね』

 

「そりゃさぞ愉快だったろうな」

 

 今度は俺が笑う番だった。

 

『木綿季にいい人でも見つかればいいんですが・・・』

 

「スリーピングナイツの中にはいないのか?」

 

『本人曰く、“仲間の時間が長すぎて、そういう目で見る気になれない”そうです。もう少しお淑やかになれればモテそうなものなんですが』

 

「そりゃ無理だろ。全く想像つかないし。それに、おしとやかな木綿季とか木綿季じゃねえわ」

 

『確かに、ああやってみんなの前で笑い続けていないとあの子って感じがしませんね』

 

 そういって、少しためらいがちにランが言葉を続けた。

 

『ここまで来たら、あんまり手をかけすぎてはいけない、と、分かってはいるんです。でも、どうしても目が行ってしまうんですよ』

 

「それが姉ってもんだろ。俺にはもう肉親ってやつがいないけどさ。手をかけすぎちゃいけない、かまいすぎちゃいけないって分かってても、どうしても行動してしまう。それでいいんだよ」

 

『でも、それではもしも私に何かあったら、あの子は・・・』

 

「それこそ杞憂ってやつだ。あいつは一人じゃないんだ。忘れることはないだろうが、時間が解決してくれるだろうこともたくさんある」

 

『そう、ですね。

―――私も、最近気が付いたんです。ためらってる時間がもったいないんだ、って。最初から、さらけ出してぶつかって行けばいいんだって。蓮さんが、ロータスさんが私を見つけてくれたから。私も遠慮なくぶつかって行けたんです。だから、こうして行動ができるくらい、仲を深めれたんだと思います』

 

「そういってもらえると嬉しいな」

 

 そういって、俺はゆっくりとプローブを手で覆った。直接触れることはできなくても、これで伝わる思いもあるはずだ。

 




はい、というわけで。
予約のストックがなくなったので残弾をリロードしました。いつの間にかSAOのアニメも終わり、拙作のドン亀度合いに驚いております、はい。

今回はいろいろ暴露回ですね。
結城母、もとい京子さんがもとより実際に話を聞いてみたかった理由は、過去のことをロータス君自身がどう思っているか、というのを知りたかったということですね。もし悪びれていない真正のサイコパスなら容赦なく切ってました。
まあそうじゃないのでレインちゃんもエリーゼちゃんもついてきているわけですけどね。

そのあとはランちゃんの過去ですね。原作本編でのユウキの実家イベです。まあ、ロータス君にもこの手のイベントは必須かな、と思い入れました。改変入りまくる前のプロットにはこれが重要な伏線とあるんですけどどういうことでしょうか。果たしてそれは実現するんでしょうか。自分にもまだわからないです(オイ

ではまた次回。

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