しばらくして、公理教会から裁定が通達された。内容は、公理教会―――セントラル・カセドラルの地下にて投獄、そののち
アリスの出生はユージオと同じ村。年代から見ても、おそらくアリスが連行される姿をユージオは目撃しているはず。村の規模からして、幼馴染である可能性も高い。つまり、どのような形であれ、罪人となった幼少期の知り合いを、記憶をなくして整合騎士となって迎えに行くということなのだ。これを残酷と言わずしてなんと形容しよう。
しかし、一定の理解もある。俺は、キリトとユージオが表出させていない能力はかなり高いと踏んでいる。であれば、万が一連行時に反抗された際、整合騎士の中でも最強格でなければ鎮圧は不可能と断じられても不思議ではない。そう考えると、人選はおのずと限られる。ファナティオ、ベルクーリ、アリスあたりでないと務まらない。さすがにこの中の二人以上を使うというのは防衛網に大きな穴をあけるということと同義になるため、一人だけ寄越す。なるほど合理的な判断だ。一番無難なのはファナティオのはずなのに、そこを選ばないあたりが最高司祭猊下らしいといえばらしい。
「―――以上が、公理教会が下した審判だ。時が来れば、また俺たちのどちらかが来る。それまでおとなしくしていろ。間違っても連行前に脱獄しようなどと思うなよ。それが俺かアズリカに見つかった瞬間、お前たちの天命は根こそぎ吹き飛ぶと思え」
審判を完全に記憶した俺の通達に、二人は特に不平を訴えなかった。それもそうだろう。いかなる理由であれ、人殺しは人殺しであり、それ以上でも以下でもない。下された審判には従う。それが、どのような世界であっても共通する掟だ。
「なら、これが最後の機会になるかもしれないから聞かせてくれ。あんた、一体何者だ?」
「何者だ、と言われてもな。この学院の寮監としか―――」
「そういうことを聞いているわけじゃない、ってことくらいわかるだろ」
うまく受け流そうとしたが、そうは問屋が卸さないらしい。できるだけ表情を変えずに、俺は問いを投げかけたキリトに言葉を返す。
「参考までに、どうしてそのような考えに至ったか、聞かせてもらってもいいか?」
「あんたがあの時使った神聖術だ。俺は、人より多少神聖術に詳しい自負があるからな。あの詠唱で使われた単語の意味から、そんじょそこらの術師に使えるものじゃあないってことくらいは簡単にわかる。それに、ユージオですら全く歯が立たない剣術の使い手ってことも聞いてる。そんな反則じみた強さを持つものなんて限られる。違うか、整合騎士様」
その答えに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。なるほどヒースクリフ―――茅場晶彦もこんな気分だったのかもしれない。実際に体験すると、苦笑い以外に浮かべる表情がない。
「確かにその通りだ。あの時使った術は、市井の術師に使えるようなものじゃあない。なるほど、神聖術の勉強にはあまり熱心ではないという評判から、少々の箝口令程度で十分だと考えていたが・・・どうやら、見積もりが甘かったらしいな」
「と、いうことは、やはり―――!」
「ご明察だ、若き剣士たちよ。それも踏まえ、改めて名乗ろう。
―――我が名は、ロータス。ロータス・シンセシス・ゼロ。本来存在せぬ、欠番の整合騎士だ」
冷酷に宣告する。その宣言に、二人は驚きの反応を見せた。
「まあ、無理もなかろう。俺が生きてきた百年あまりの中で、見破ったのは君たちが最初だ。そして、おそらく最後でもあろう」
「ちょ、ちょっと待ってください、
「ああ。我々整合騎士は、天命の自動減少凍結処理、そして一定以上の老化防止の術を施される。つまるところ、一定以上成長しない、というわけだ。むろん俺も例外ではない。ゆえに、ある程度壮年期になってから整合騎士になった例を除き、一定以下の年齢で整合騎士になったものは皆、二十代の前半程度で、肉体的な老化は止まる。そういうものなのだよ」
「つまり、あんたも見た目通りの年齢ではない、というわけか」
「正確な年齢など、とうの昔に数えるのをやめた。が、君らの数倍は生きていることは確かだろうな。なにせ百は超えているわけだから、それ以上の意味はないわけだしな」
「そんな―――」
「そういう術も世の中にはある、ということだよ。もし高みを目指したい、というのであれば、君たちには選ぶ権利があると思うがね。
そして、整合騎士の中でも、一部、手柄を上げたものには、神器というものが与えられることがある。一言でいえば、強力な武器だ。そして、君たちはそれぞれ、それに値する逸品を所持している。今は手元にないがな」
「まさか、青薔薇の剣?」
「いや、違うぞ。君
「恐るべき洞察力だな。その通りだ。だが、神器は必ずしも剣であるとは限らないし、奥の手も存在する。よく覚えておけ。そして警戒しろ。もっとも、警戒したところで無駄なものもあるがな」
最後の言葉に、キリトは怪訝な顔をした。セルルトの戦術をある程度とはいえど引き継いだキリトでも警戒する必要があるのか。そのような反応だった。
「なんにせよ、備えあれば憂いなし、だ。そういう存在を知っている、というだけでも十分だろう」
「ということは、あなたも?」
「お前さんらには隠しているだけで、現在も俺は神器を装備している。つまり、無いとは思うが、今お前さんらが何かしようと思ったら斬り伏せることは容易ということだ。
で、だ。お前さんらがこの世界の真実を知り、一度壊すことを望むのであれば、俺はこの世界の調停者として立ちはだからなくてはならないわけだ。その時には、ちゃんと戦う理由を見つけてこい。それが、俺の最後の言葉だ。いいな」
それだけ言い残すと、俺は踵を返した。本来、調停者が発するべき言葉ではないだろう。が、彼らならもしかすると。そんな淡い期待を抱かずにはいれなかった。
(いい加減壊されるべきなんだよ、この理想郷は)
そんな破滅願望にも似た発想に、俺は一人苦笑いを浮かべた。
いよいよ二人が投獄される、その日。時間に合わせて俺が広場に行くと、遠方に二頭の竜と、片方の背にたなびく金色の髪が見えた。間違いない、騎士アリスだ。間違いなく、俺が見てきた中でも最強格と言っても過言ではないほどの実力を持つ整合騎士。そのまま降りてきたアリスに、俺は騎士礼をした。
「お疲れ様、騎士アリス。まもなく、アズリカが合流地点に二人を連れてくる。俺がここで待っているから、向かってもらってもいいか」
「わかりました、向かいます。それより、待てないものもいるようですが」
そんな会話をしていると、肩に軽い衝撃が来た。腕を伸ばして、その犯人―――俺の騎竜である黒い竜、黒天の頭を撫でた。
「久しぶりだな、相棒」
俺の言葉に、黒天がグルルと鳴いた。甘えたがるのも無理はない。俺の立場上、黒天とともに空を飛ぶ機会自体が少ないのだ。たまにこうして一緒になったら、そりゃ甘えたくもなろう。もう少し一緒に飛ぶ機会を作ってやるべきなのだろう。周りの神聖力によっては、俺なら心意力で空を飛ぶくらいはできそうなものだが、かなり繊細な制御が要求されるうえに、竜のほうが速度は出せるだろう。ただ飛ぶだけ、という時間も作ろうか。考えてみてもいいかもしれない。そんなことを考えていると、アリスが二人を連れてきた。二人は、当然といえば当然だが、背中に両手を縛られる形で拘束されていた。
さて、いよいよ二人を竜の背に乗せて運ぶ、という段になって、側付き二人が呼び止めてきた。その手には、引きずるようにそれぞれの剣があった。
「見送りご苦労。と、言いたいところだが、剣は預かるぞ。いささか君らの手には余る代物だ」
「すみません、お願いします。実をいうと、ここまで運ぶのも一苦労で」
「だろうな。アリス、こちらの剣を頼む。さすがに俺が二振りも持っては重たい」
「わかりました。預かります」
そういって、俺は青薔薇の剣をアリスに渡した。そして、俺の手にはキリトの黒い剣があった。
「さて、せっかくここまで来たんだ。見送りの言葉くらいかけてやってやれ。そのくらい待つ時間はいくらでもある」
「よろしいので?」
「時間に余裕を持たせてあるからな。どちらにせよ、少々待つくらいなら最高司祭猊下も大目に見てくれるだろうよ」
俺の言葉に、アリスもおとなしく引き下がった。やがて、言葉を交わすと、2人の少女はそれぞれ距離をとった。
「別れは済ませたな。では、キリトは俺の背に、ユージオは騎士アリスの背に乗ってくれ。ひとっとびするぞ」
それだけ告げ、俺たちはそれぞれの竜の背に乗った。準備ができたところで、アリスに目配せする。どうやら向こうも準備が整ったらしく、手綱を握ったところだった。
「飛ぶぞ。しっかり捕まってろよ」
それだけ言うと、俺は黒天の手綱を引いた。次の瞬間、黒天が空へ舞い上がる。続いて、アリスの相棒である雨縁が上がってきた。距離を見つつ、俺は方向をカセドラルに向けた。その背に、キリトが問いかけた。
「なあ、あんたは、その―――全て覚えているのか?」
「それは無理だな。これだけの時間を生きていれば、忘れたものも多い。が、絶対に忘れられないものもある」
「それは―――」
「言うな。俺の推察が正しければ、お前ならそれが何を意味するか分かるだろう。その残酷さも」
俺の言葉に、キリトは押し黙った。しまった、少し言葉が厳しすぎたか。だが、これだけは言える。
「だが、時間は不可逆なものであり、あの時に戻ることもできない。だからこそ忘れられないものもある」
もう戻れないと知って、長い年月が経ってからようやく、自分の気持ちに気が付くとは。失ってから気が付くとはよく言ったものだ。だからこそ、俺にとっては軽く百年前の、しかもたった数年の記憶ですら、絶対に忘れられない記憶となった。たとえ俺が、この体で精神的な寿命の限界に到達し、記憶を削る必要が出てきたとしても、きっとその、たった数年の記録だけは消さないよう細心の注意を払うだろう。
(―――忘れられるものかよ)
―――今なら言える。それほどまでに、あいつと、彼女と共にあった、そのたった数年の記憶は、俺にとって何物にも代えられぬものなのだ、と。
はい、というわけで。
前回で高度な神聖術を使えたのはなぜか、といえば、彼が調停者として「本来存在しないはず」の欠番整合騎士であったから、ということでした。実をいうとさらに設定があるのですが、それは彼らがカセドラルで再び相まみえたときに明かすことにします。
最後のセリフがかなり意味深な雰囲気ですが、まあ、はい。察しのいいひとなら察せられると思います。多分アンダーワールド大戦あたりで明かすことになると思いますのでここでは伏せます。またしても気の長い話にはなりますが、明かすまでしばしお待ちいただければと思います。
次からは、カセドラルを上る二人と、それを迎え撃つ整合騎士という構図でお届けします。なんかこう、裏切る主人公ポジというあたりが若干懐かしいというか芸がないというか、そういうところはありますが、そこはご愛嬌ということでよろしくお願いします。
ではまた次回。