ゲームが開始してから、はや二年近くが経過したころ。最前線は第74層まで迫っていた。残りは、約四分の一。だが、二年かけてようやく四分の三。長すぎると言わざるを得ないだろう。もっとも、こんなデスゲームじゃなければ、十二分のボリューム、ほとんど発生しないバグ、ゲーム内での自由度の高さ、VRならではの臨場感、高い完成度、どれをとっても最高傑作だろう。現に、最初こそ混乱も見られたが、半年もするころには、もう大抵のプレイヤーがこの環境に順応していた。
「つっても、先は長ぇなぁ・・・」
軽くため息をつきつつ、木の上で一休みする。
俺は森のフィールドに潜っていた。クエストボスを倒すためだ。クエスト受注の際、NPCは倒してくれれば守護獣に関する情報を渡す、みたいなことを言っていたから、これがある種キークエなのだろう。背中には、ようやく最前線での実践に堪えうる熟練度まで上がってきた射撃スキルの武器、弓を背負っている。で、下には今回の目標である、梟のようなモンスター。毒やら眠りやら麻痺やら、極めつけにはスタンや、動きに大きな支障の出る、混乱というデバフやら、これでもかというほどの状態異常オンパレードな嫌がらせ中ボスだ。最も、鱗粉やら羽毛やらを使うという設定の問題か、そのほとんどが距離を取っていればそんなに驚異的なものではないこと、鳥のような見た目の割に飛ぶ時間が短いことを見切った俺は、森というフィールド特性を生かして、木々を文字通り跳びまわることで相手をかく乱しつつ回避、またこちらの射撃スキルでちまちまとHPを削っていくことに成功していた。だがそこはさすが中ボスというべきか、なかなか倒れてはくれなかった。
「さっさと死んじゃくれませんか・・・ね!」
弓をさらに引く。機動力重視でほとんど引き絞らず、ただひたすら、わずかなダメージを蓄積させていく。塵も積もればなんとやら、だ。だが、そんな戦いをかれこれ、30分くらいか?していると、さすがに飽きる。と、相手が翼の付け根を弓代わりにして撃ってきた。何が面倒くさいって、これが結構正確に撃ってくる上に予備モーションが短い。見切ってから回避までをかなりの速度でやらないと脳天に穴が開くということだ。ほとんど常に集中していないと全回避など不可能。もっとも、俺はこうして三次元戦闘を行っているから、回避率は必然的に高くなる。当たり前ではあるが、平面を動き回る敵と空間を動き回る敵、どっちに攻撃が当てやすいか、という話である。
ソロでとは言っても、これだけ長いこと戦闘していれば必然的にHPは削れるわけで、すでにHPバーは一本しか残っていない。その一本も、目算で5、6割くらいまでには削っていた。さて、んじゃまそろそろフィナーレと行きますか。
相変わらずぴょんぴょんと飛びつつ、相手のできるだけ直上を取り続ける。タイミングを見計らって、俺は中ボスに向かって跳んだ。
たいていのモンスターでそうなのだが、相手の直上というのは互いにとって死角であることが多い。体の構造を考えれば当然の話なのだが、そもそもが飛行方法がないのにどうやったら直上を取るか、って話なんだが。それに、互いにとっての死角、つまりこっちからも死角なわけだ。回避以上の意味は、
「ちょいとしっつれい、っと!」
ボスを踏み台にしつつ、蹴っ飛ばしながらくるりと身をひるがえし、引き絞ってあった矢を放つ。
つまるところ、飛び道具である以上、相手の死角=こっちの死角とは限らない。近接も使えるが、わざわざリスクを冒す理由はあまりない。うまく立ち回ってさえしまえば、こうして突破口を開くことはできるのだ。
ちょうどうなじのあたりの弱点に当たったらしく、相手が怯んで、HPが減った。残りのHPは、ラスト一本のうちの半分以下まで減少。
「イクイップメントチェンジ、セットワン!」
俺の叫びとともに現れるのは大小二本の刀。言うまでもなく鬼怨斬首刀とオニビカリだ。さぁて、行きますか。やっぱりラッシュ力だとこっちのほうが上だからな。一気呵成にたたく。
手始めに繰り出すのは小太刀での舞斑雪。翼の付け根を斬り、さらに刀で空中も含めた珍しい連撃系ソードスキル“
「いやはや、大変大変。もうボス単独撃破とかやめよ」
言いつつ、ドロップアイテムの整理。キーアイテムである“影梟の群青羽根”があることを確認すると、俺はフィールドをあとに―――しようとしたところで、俺の耳が微かな音をとらえた。
(こーいうときには、こういう自分を恨みたくなるなぁ・・・)
内心で一つため息をつきつつ、俺は腰の横に投げナイフが収まっているのを確認する。今は普通の投げナイフしかないはずだが、まあ問題ないだろう。
あえて気づいていないふりをしつつ、俺はそのまま街に引き上げる。大体の気配を追いつつ、俺は普段通り、ではなく、足音を消して歩く。俺からしたらこのくらい朝飯前だ。より感じ取りやすくなった気配から、相手は俺を追ってきていることには気が付いていた。
(この距離だと、森の中で仕掛けてはこないな。おそらく、森から草原に出た、少し警戒が和らぐところ。となると、多分最初に音を立てたのは―――相手が俺と知ってかそうでないかは分からんが―――、おそらくわざと。・・・案外、手慣れてやがる)
この手のPvPというのは、対Mob戦と決定的に違う点がある。それは相手が、血が通っていて、思考する人間であるということだ。これは俺も口を酸っぱくして言ってきた。いくらAIが発達してきたといっても、それは膨大な量の条件分岐が重なっているだけの話。人間独特の癖や、目の動き。それをもとにした、心理、思考、それらの分析。それを利用することがPvPにおいて重要視される。心理戦、というやつだ。それを、近接戦闘なら一瞬でこなす。感覚で全部こなす化け物じみたやつもいるが、そんなのは一握りしかいない。基本的にはこの思考をいかに素早く行えるか、それがPvPの神髄だと言える。と、俺は考えている。それを、こいつは身をもって実践している。
AIに疲労などない。だが、人間なら。どうあっても油断する瞬間はある。そこを突けばいい。その突破口を開く手段として、使える手を使っているだけだ。なるほど、頭がいい。なら、
(わざわざ敵さんの手に乗る意味もないな)
歩きながらMobの気配がないことを察すると、アンカー付きのロープを取り出す。手ごろな枝を見つけてそれを放ると、俺は木の上を移動しだした。さて、これで奴さんどう出るか。あえてストレージから石ころを取り出して、近くの木に当てる。さすがに俺でも、木から木に飛び移るときの音を殺すなんて言う超絶技巧は不可能だ。落ちた時のショックをどれだけ上手に吸収しても、どうあがいても枝葉のこすれる音がしてしまう。それを逆に利用する。だが投げナイフだと枝を切断する恐れがある。だからこその石ころだった。俺からすれば、もっと重たいものでないと音が軽すぎて違和感があるのだが、ま、その辺はうまく枝葉に当てることで多少なりともそれっぽくする。さて、これでどう出る。
気配の主は少しの間迷っていたが、やがてほんの少しずつ下がって行った。どうやら撤退したほうがいいと判断したらしい。賢明な判断だ。俺のほうが有利な地の利を取っているうえに、―――相手が知っているかどうかは置いておくとして―――こっちは遠距離攻撃手段を持っている。無理に踏み込んでくれば、何が起こっているのかもわからないままハチの巣だ。だが、どちらにせよ、意味はない。なぜなら、長い間俺に姿を見せてしまったからだ。結果、俺は索敵スキルを使って、相手をはっきりと視認することに成功していた。素早く距離と速度を分析し、思考する。
武器を素早く弓に変更し、追撃に入る。相手は追撃を警戒してジグザグに走っているようだが、それはこの森の中では悪手だ。俺からしたら、大体読める。何より、あくまで音を立てるのは
(チキンだな)
腕の良し悪し以前に、PKには向いていない。ま、俺のやることには変わりないが。
射程に入ったことを確認すると、素早く麻痺矢をつがえて放つ。今回使うのは、鏃に麻痺毒が塗ってあるもの。対毒POTなどで対策していなければ、掠っただけで麻痺に陥るようなものだ。カーソルはオレンジ。躊躇はない。俺の狙い通り放たれた矢は、そのまま狙い通り相手の胴をうがった。相手が倒れたことを確認して、俺は駆け寄った。
「ロータス・・・やっぱりあんたか」
「見覚えのない顔だな。てことは、お前さん、ラフコフメンバーじゃねえな?」
俺の言葉に、相手はだんまりを決め込んだ。自慢じゃないが、俺はラフコフメンバーの顔は大体覚えている。俺の把握しているメンバーなら、少なくともどっかで見たような、くらい程度には記憶しているはずなのだ。その俺が覚えていないということは、つまりはそういうことだろう。
「なんでPKなんざしようとした」
「しようとした、じゃない。俺はもうしたんだ。殺しを」
「じゃあなんで殺し続ける」
俺の問いかけに、相手は、かなりの間をおいて答えた。
「怖いんだ。夜眠るのが。未だに、最初に殺した相手の顔がちらついて。いっそ殺して殺して殺し続けて、狂っちまえばそれもなくなっちまうんじゃないかって、それで・・・」
相手の独白を、俺は黙って聞いていた。武器はもうすでに刀に変えてある。まだ抜いてはいない。が、その手はすでに柄を握っていた。いつでも殺せる。
「賭けてもいい。その悪夢は、ずっと付きまとう。お前が生きている限りだ」
「どうして、そう言い切れる・・・?」
「俺がそうだったからだ。そういうやつをこの目で見てきた。そうして、怯えて、狂って。そういうやつも見てきた。そいつらがどれだけ哀れだったことか」
その手の狂ったやつは、少し揺さぶればたいてい戻ってきた。その瞬間を見て、たいてい俺は殺した。それ以上道をたがえないように。だが、こいつの場合は違う。狂って揺さぶられて、そういう風ではない。狂おうとして狂えなかった、哀れな奴だ。
いっそ殺したほうが救いになる。そう思い、俺は柄を握る手に力を籠める。その瞬間だった。
『私はもう、あなたに人殺しをしてほしくない』
その台詞が脳裏をよぎった。一瞬手が止まる。だが、その一瞬は、思考の空白を作るのには十分すぎた。
「・・・選べ。監獄に送られて、この世界が終わるまでにそれと向き合う覚悟があるか。それか、ここで俺に殺されるか」
俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。相手にとって、これほどまでに究極の二択はあるまい。俺もそう思った。が、このままただ黙って殺す気も失せていた。
「なんで、そんなことを・・・」
「殺したほうが救いになることもある。が、生きてりゃどうにかなる」
そんなことをとっさに口走っていた。正直言って、なんでこんな問いを投げかけたのか。それは俺が聞きたかった。かつて、鮮血などという物騒な二つ名で呼ばれた俺が、あろうことか標的に情けをかけるようなことがあるとは。
相手の男も迷っている。まあ当然っちゃ当然か。相手にしちゃ、文字通り究極の二択だ。
「監獄に送ってくれ」
「OK、後悔すんなよ」
迷いに迷った男の選択を俺は即決した。こういうことを想定してか作られた、強制監獄送りのコマンドを使おうとメニューを開いたとき、男が口を開いた。
「あんた、甘くなったな」
「自分でもそう思う」
俺の回答に、男はどこか、ふと笑った。
「でもまあ、悪くないって顔してるぜ」
「実際そう思ってる。でもま、それはあんたに救いを見たからだ。そうじゃなけりゃ問答無用で首を飛ばしてる」
「そっか。・・・感謝していいのかな」
「いいと思うぜ。さ、使うぞ。監獄に入った瞬間に麻痺は強制解除される。暴れても無駄だから暴れんなよ」
「分かっている」
それだけ言うと、俺は準備が完了した監獄送りのコマンドを使った。転移結晶を使ったかのように、その場から男が消える。それを見て、俺は立ち上がった。件のクエストアイテムを納品して、情報を聞き出して、いったん帰る。明日は迷宮潜りになるから、準備も必要だろう。そんなことを頭の隅で考えていた。
はい、というわけで。
今回はまあ、前座ですね。これも閑話です。74層だから嘘ではない。
自分でもなんでこうなったか分からないちょっと謎な展開です。今までPKer死すべし慈悲など要らぬだったのが少し丸くなった、というのを書きたかったのに、どうしてこうなった。
今回出てきたボスは、モデルはホロロホルルですね。ただし、文章にも書いてある通りこれでもかというほどのデバフの嵐。嫌がらせです。なお本来はタンクが肉壁になれば雑魚の模様。・・・そもそもボス単独撃破するなよというツッコミは置いておく。
さて、次からはようやく物語が動き出します。
ではまた次回。
2018/6/28追記
無事に就職活動終了しました。今は卒研で使う道具を製作中です。加工場所の使用時間が限られているので、それまでにとりあえずALOifを完結させて、GGO編突入を目指します。